ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第1章【物語の始まり】
第1話「地木隊」


コン……。

その部屋のドアが静かにノックされた。

 

「入りたまえ」

「失礼します」

部屋にいた界境防衛機関「ボーダー」の総司令官城戸政宗が入室を許し、1組の少年少女が部屋に足を踏み入れた。

 

「急に呼び出してすまないな」

城戸が静かな声でそう言い、

「いえ、気にしておりません」

片割れの少女がそう答えた。目上に対する失礼がないように毅然とした態度であった。

 

肩まで伸ばされた天然の茶髪に、愛嬌のある可愛らしい猫目。少々幼く見せる童顔。小柄な身体の割に手足の長い少女だった。

 

「そう急ぐ案件でもない。あまり気張らずに聞きたまえ地木君」

地木(ちき)と呼ばれた少女は城戸にそう言われ、雰囲気を少しだけ柔らかくした。城戸は続けて、

「月守君、君もだ……。むしろ君は、もう少し年相応に振舞ってもいいくらいだぞ?」

もう1人の少年に向かってそう言った。

 

サラサラとした黒髪に優しげな黒の瞳。線の細い身体に加えて中性的で整った顔立ちの、どこか不思議な雰囲気がある少年だった。

 

月守(つきもり)、と呼ばれた少年は、

「お言葉、ありがとうございます。善処はしますよ」

控えめな笑顔を浮かべてそう答えた。

 

しばらく間を空けてから、城戸はゆっくりと口を開いた。

「……まずは先日のラッド討伐作戦、ご苦労であった。諸君らの働きにより、ボーダーはようやく平常通りに戻ることができた」

それは労いの言葉であった。

 

先日まで三門市を騒がせていたイレギュラーゲート……。なかなか原因が掴めなかったのだが、ある隊員が掴んだ手がかりにより、原因は「ラッド」と呼ばれる小型のトリオン兵であることが判明した。

膨大な数のラッドが三門市内に潜んでいたが、ボーダーはそれを文字通り全戦力をもって駆逐することに成功した。

 

その労いの言葉を受け、

「……いえ、ボクたちはただ指示に従いラッドを討伐しただけですので、その言葉は勿体無いです。原因を突き止めた隊員にその言葉は送ってください」

地木はそう答えた。

 

「原因を突き止めた隊員、か……」

城戸はそう呟くと手元のキーボードを叩き、部屋のモニターにとある隊員の顔を映し出した。

メガネをした、真面目そうな少年だった。

 

「……?城戸司令、これは……?」

月守はその顔に見覚えがなく、城戸に尋ねた。地木も同じく見覚えがないようで、城戸の言葉を待っていた。

 

ゆっくりとした声で、城戸は質問に答えた。

「彼は三雲修。迅が言うには今回ラッドを見つけられたのは彼のおかげらしい。イレギュラーゲートの騒ぎの中、非常事態で訓練生で単独ながらもモールモッド2体を撃退している上に、今回の手柄の報酬という形で、今は正隊員に昇格している」

 

その説明を聞き、

「訓練生でモールモッドを単独撃破……!」

「へぇ、なかなか思いっきりの良さもあるんですね」

地木と月守はそれぞれ呟いた。

 

城戸は一呼吸とり、

「一見すると、非常に優秀だが……。彼の言動には不可解な点が幾つかあるのだよ」

そう言った。そしてそのまま言葉を続けた。

「我々は三輪隊の進言のもと、彼を今しばらく監視している。君たちを今回招集したのは、その三輪隊の補佐として監視を任せたいと思ったからだ」

どうやらこれが本題らしい、2人はそう認識した。

 

「引き受けてくれるかね?」

城戸は2人に問いかけた。

 

地木は横目で月守を見た。

『何か質問ある?』

その目がそう言っていたので、月守は控えめに挙手して、

「質問よろしいですか?」

そう発言した。

 

「許可する」

城戸の鋭い眼光をしっかりと見て、月守は口を開いた。

「この三雲くんに不審な点があるということでしたが……。城戸司令や三輪隊は、彼の行動の裏にどれほどのものがあると予想されているんですか?」

 

月守の質問に、城戸は僅かに押し黙った後、

「……人型ネイバーの干渉まで、十分にあり得ると踏んでいる」

しっかりとした声でそう答えた。

 

「……っ!」

まさかの答えに、今度は月守が押し黙った。

「他に質問はあるかね?」

城戸はそう尋ねるが、

「いえ、ありません」

月守はそう答え、質問を打ち切った。

 

城戸は声のトーンを下げ、再度問いかけた。

「引き受けるかね?」

 

さっきとは逆に、今度は月守が地木を見た。

『決めるのは君だから』

月守の目はそう言っていた。

 

彩笑は一呼吸おいて、

「ええ、やります」

城戸司令の目をしっかりと見て、任務を受諾した。

 

「では頼むぞ。地木隊」

城戸もそう言い、彼らに任務を託した。

 

*** *** ***

 

「……あー!疲れた!てか、すごい肩痛いんだけど!」

「気張らずにって言われても、ちょっと無理だよねー」

部屋を出て本部内を歩き、地木隊の作戦室にたどり着いたところで2人はようやく緊張の糸を解いた。

 

「もうっ、本当にそう!あの状況で力抜けるわけがないって!ボク2回は殺されるって思ったもん!」

地木は座った椅子の背もたれに体重を預けてぐぐっと寄りかかった。

 

彩笑(さえみ)、転ぶよ?」

咲耶(さくや)はお節介すぎー。このくらいじゃ転ばないから」

月守咲耶(つきもりさくや)地木彩笑(ちきさえみ)に向かって心配したように言ったが、バランス感覚に優れる彩笑に転ぶ気配は全く無かった。

 

「咲耶ー」

「なに?」

「肩凝ったー」

「だから?」

脱力しきった状態で彩笑は会話し、月守はそんな彩笑を見ながら会話をしていた。

 

「肩揉んでー」

彩笑のセリフを聞いた月守は呆れたようにため息を吐いた。

「やだよ。いい加減、マッサージチェア買えば?」

月守は言いつつも彩笑の後ろに回り肩もみを始めた。

 

「咲耶さ、やだって言う割には何だかんだいってやるよね」

「彩笑と争うことほど不毛なものはないって知ってるからな」

月守は淡々と答えた。するとそれを聞いた彩笑は嬉しそうに笑った。

「んー、今の発言はとうとう負けましたっいう宣言として受け取ってもいいのかな?」

「調子に乗んな」

そう言って月守はマッサージを止めた。

 

そこへ、

「あ、呼び出し終わりましたか?」

「お疲れ様、です」

作戦室のドアが開き、2人の少女が入ってきた。

 

「あー、2人ともおつかれ!」

「うん、呼び出しは終わったよー」

彩笑と月守はそれぞれ笑顔で、明るい声でそう答えた。

 

部屋に入った2人は、とりあえずいつもの椅子に座った。

そこで、

「あれ?真香(まなか)ちゃんその袋なに?」

彩笑が片方の少女に問いかけた。

 

和水真香(なごみまなか)

腰まで届く長い黒髪に、フレームレスのメガネに縁取られた瞳。彩笑とは逆に大人びた顔立ちであり、168センチという身長も相まってよく実年齢より年上に見られるのが少々コンプレックスな中学3年生だ。

 

真香はその袋をデスクに置いて、

「ああ、これですか?これは来る途中にコンビニに寄って適当に買ってきたお菓子です。みんなで食べましょう?」

そう言って袋に入ったお菓子を取り出した。

 

デスクの上に広がるお菓子を見て、月守は偏りに気づいた。少々、いや、明らかにチョコレート菓子が多かった。月守はクスっと笑い、

「これを選んだのは神音(しおん)かな?」

残る1人の少女を見ながらそう尋ねた。

 

艶があり、癖のない黒のショーヘア。僅かに碧みがかった黒い瞳。白く柔らかそうな肌。華奢な身体つき。無表情なのが勿体無く思える可愛らしい顔立ち。

 

しおん、と呼ばれた少女は、

「……はい。あの、なんで、分かったんです、か?」

不思議そうに月守に問いかけた。

 

「んー、なんとなく、かな?」

月守はやんわりと微笑んだままそう答えた。

 

神音はおっかなびっくりといった様子で、

「えっと、その、ダメ……、でしたか?」

月守の顔色を伺うように言った。

 

「ううん。むしろ甘いの好きだからオッケー。というわけでアルフォート貰います」

そう言って月守はアルフォートに手を伸ばした。

「え?咲耶アルフォート?じゃあボクはポッキー」

続いて彩笑がポッキーを手にした。

「しーちゃんどれがいい?」

真香がそう神音に問いかけ、

「あ、コアラのマーチが、いい」

神音はそう答えてコアラのマーチを手に取った。

「なら私はトッポいただきます」

真香が残ったお菓子からトッポを選び、ケンカすることなくお菓子が行き渡った。

 

お菓子を食べながら、彩笑は先ほど城戸司令から受けた任務の内容を説明した。

一通りの説明が終わったところで、真香が不思議そうに口を開いた。

「思うんですけど、もし本当にバックに人型ネイバーがいるって仮定するなら、なんで私たちが選ばれたんでしょうかね?三輪隊みたいにA級部隊を回せばいいのに……」

すかさず月守が答えた。

「多分、これ以上A級を割けないんじゃないかな?今は上位3チームが遠征に行ってるし、これでさらに監視任務にA級を当てたら通常業務が不安になるからだと思うよ」

「ああ、なるほど」

月守の答えに納得した真香は1つチョコを口に運んだ。

 

「ま!ざっくりまとめると、三輪隊と一緒に三雲くんを監視しようっていう任務だね」

「まあ、ざっくりまとめるとね」

本当にざっくりまとめた彩笑の意見を月守は肯定した。

 

そこで神音が控えめに、

「あの、でしたら、三輪隊と連絡、とります、か?」

そう意見した。

月守はそれと同意見だったようで、

「そだね。メインは三輪隊なんだし、連絡しよっか」

そう言い、素早くスマートフォンを取り出した。慣れた手つきで操作し、三輪の番号を見つけ出し早速電話をかけた。

 

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

 

(長いなぁ)

三輪がなかなか電話に出ず、隊全員がそう思ったところで、

 

『……もしもし』

ようやく三輪が電話に出た。声からしてあまり機嫌が良くないであろうことが分かった月守は、手早く要件をすませることにした。

 

「監視任務は順調ですか?」

『冷やかしで電話をかけてくるな』

プツッ!ツー……ツー……。

しかし電話は速攻で切られてしまった。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

作戦室中に、なんとも言えない空気が漂った。

 

「咲耶……。三輪先輩に嫌われてるの分かってるのによく電話かけたね」

彩笑は憐れむような、同情するような、そんな声を月守にかけた。

 

「……いや、嫌われてはないはず。もう一回…」

月守はめげずに再度電話をかけたが、

プルルルプツッ!

今度はワンコールがなりきる前に電話が切れた。

 

「月守先輩、認めてください」

今度は真香がそう言ったが、月守はめげずに再度電話をかけた。

 

『おかけになった番号は電源が入っていないか、電波の届かないところにあります』

しかし電話口から帰ってきたのはそんな無情なメッセージだった。

 

「……あの、月守先輩……。元気、出して、ください」

「……ん。神音、ありがと……」

月守は辛うじて神音の言葉に答えられたが、そこで力尽き机に突っ伏した。

 

それからしばらくして、月守を除く3人にメールが届いた。

『城戸司令からオレたちの補佐をするように言われたんだって?サンキュー!助かるぜ!現状報告もあるし、この後適当なところで落ち合おうぜ!』

三輪隊のアタッカー、米屋陽介から地木彩笑に。

 

『和水。お前たちが補佐してくれるとなると大分心強くなる。協力、感謝する。』

三輪隊のスナイパー、奈良坂透からオペレーターの和水真香に。

 

『天音ちゃん。上から聞いたけど任務のヘルプに入ってくれるのよね?ありがとう。すごく助かるわ。三輪くんには後で私から言っておくから、天音ちゃんも月守くんに元気出してって伝えておいてくれるかな?』

三輪隊のオペレーター、月見蓮から天音神音へと、それぞれメールが届き、地木隊は任務参加を許可された。




ここから後書きです。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりな人はお久しぶりになります。

この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。

本作には前身となった作品があり、これはそれをリメイクしたものになります。
前作を知っていても知らなくても、楽しんで読んでいただけたら幸いです。

少しでもお楽しみいただけるような物語を考えて、頑張っていきたいと思います。

本作は今のところ誰でも感想を書き込める作品ですので、疑問や違和感、純粋に質問等がありましたら感想に書き込んでください。

拙く未熟な部分もあると思いますが、本作を読んでいただけたら幸いです。

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