ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第9章【B級ランク戦・交錯】
第91話「どら焼き」


三雲修は緊張していた。

 

ランク戦ラウンド3を終えた日の夜、三雲は遊真だけに得点を取ってもらう今のチームの形では限界が来ると感じた。そして、自ら点を取る術を身につけるため、師匠である烏丸にシューターのより実戦的な戦い方を学ぼうとした。烏丸は初めこそ渋ったものの、どうせ教えるならと、A級の嵐山と出水といった射撃戦の専門家を三雲に紹介した。だが三雲はその2人に加えて、月守咲耶にも話を聞きたいと烏丸に伝えた。

 

「月守に……?修、お前……、あいつは次の試合の対戦相手だぞ?」

「それは……、わかってはいるんですが……。その、どうしても月守先輩から話を聞きたいんです」

 

烏丸は訝しんだものの、三雲が月守との対話を望んでいるならばと思い、月守との約束を取り付けた。

 

烏丸が言うには月守は午前中から作戦室にいるとのことで、三雲は早速、手土産を持って地木隊作戦室に向かった。

 

だんだんと地木隊作戦室が近くなるにつれて、緊張感が高まっていく。

(今まで地木隊の人と話したことはあるけど……、こうしてぼくの方から会いに来るのは初めてだ)

各隊の作戦室が集まるフロアまで来た三雲は緊張を沈めるために、今まで地木隊と遭遇した時の事を思い出し始めた。

(初めて会ったのは……、そう、ネイバーの空閑を捉えようとして駅で戦いなった時で……)

しかし、その思考が深くなる前に、

「だーれだっ!」

背後に回った何者かが三雲の視界をひんやりとした小さな手で塞ぎ、無邪気な声で問いかけてきて思考を遮ってきた。

 

「え、ちょっ……っ!」

いきなりのことで慌てる三雲だがすぐに視界は晴れて、目を隠した人物は三雲の前にその小柄な身体で躍り出た。

「あはは!ミックおはよっ!」

実のところ三雲も声や手の小ささなどで薄々気づいていたが、案の定イタズラを仕掛けてきたのは彩笑だった。ダッフルコートにマフラーという厚着な彩笑を前にして、三雲はぺこりと頭を下げて挨拶した。

「お、おはようございます、地木先輩。えっと、今日はその……」

「うん、大丈夫!ちゃんと話は聞いてるから!とりあえず、ボクらの作戦室まで行こっか!」

両手を後ろで組んで歩く彩笑はニコニコとした笑みで三雲に話しかける。

「昨日のランク戦、ミックたちが勝ったところ観てたよっ!鈴鳴と那須隊相手に4点ってすごいね!」

「ありがとうございます。……できれば最後は那須先輩を倒してもう1点取れればと思ったんですけど、トマホークを避けきれませんでした」

「いや〜、あれは技ありって感じだったよね!玲ちゃん先輩ってああいう戦い方もできるんだなーって、感心しちゃった!」

彩笑はそうして那須の戦いぶりを手放しで称賛してから、

「でもでも、それに負けないくらいミックもいい動きしてたよね!」

同じ笑顔のままで、三雲の戦いも良いものだったと褒めた。

 

「そ、そうですか?」

「あれ?ミックは自分で納得してない感じ?」

可愛らしく小首を傾げて、彩笑は言葉を続ける。

「立ち回りとか攻撃での圧力のかけ方とか、良かったじゃん。太刀川さんだって狙いが良かったって解説で褒めてたし、ボクもミックらしくて良いなぁ、って思ったよ?」

それでも納得しないの?と言いたげな目で彩笑は三雲の瞳を覗き込む。そのあまりにもまっすぐな視線には、強くて純粋な意志が込められているかのようで、見えない手で掴まれている感覚を三雲に与えた。

 

「えっと……」

戸惑う三雲を見て察したのか、それともたまたまか。彩笑は目を細めて優しく微笑んだ。

「まあ、あくまでボクが思ったことだからね!こういう意見もあるんだ〜、くらいに受け取っておけばいいよ!」

明るく無邪気に話す彩笑には、数秒前まであった圧迫感にも似た意志は全く感じられず、まるで一瞬で別人に入れ替わったかのようだった。

 

「そういえば京介から聞いたんだけど、ミックって咲耶だけじゃなくて、嵐山さんとか、いずみん先輩からも色々教えてもらうんでしょ?それも今日なの?」

彩笑はさっきの話はここまでと言わんばかりに話題を変えた。少なくとも三雲はそういう風に捉えて、彩笑の質問に答えた。

「いえ、嵐山さんや出水先輩からは、明日以降になるそうです。あと、その……、今日は午後から、別の用事が入っていて……」

「うへぇ……、ミックのスケジュールは大変だね。考えただけで疲れそう……。ココア飲む?」

疲れた時には甘いものだからね、と言って彩笑はバックから温かい缶のココアを取り出した。

「どーぞー」

「ありがとうございます。……もしかして、いつもココアを持ち歩いてるんですか?」

「あはは、さすがにいつもじゃないよ〜。偶然だよー、ぐーぜん」

最後の「ぐーぜん」がどこか白々しく聞こえた三雲は、

(もしかして偶然じゃないんじゃ……)

と勘ぐったが、その考えが顔に出ていたようで、それを見た彩笑はイタズラっぽい笑みを作って、

「ほんとに偶然だよ?」

茶化すような口調で念を押した。

 

会話をしながら歩き続けていた2人は、ほどなくした目的地である作戦室にたどり着いた。彩笑は数字ロックを解除して扉を開くと、中にはすでに真香と天音の2人がいた。ソファに座って仲良く1枚のタブレットでログを見ていた2人は彩笑と三雲に気づくと、手を止めてペコっと頭を下げた。

「地木隊長、おはようございます」

「三雲くんも、おはよう」

「2人ともおはようっ!咲耶はいる?」

笑顔で答えた彩笑が問いかけると、奥の小部屋から月守が顔を出した。

「いるよ」

「咲耶もおはよう。お客さん来てるよ」

「見ればわかる」

小さく笑いながら答えた月守は彩笑の後ろにいる三雲に視線を合わせた。

「ようこそ、三雲くん。京介からざっくり説明されたけど……、まあ、とりあえず話そうか。ひとまず座ってて」

「はい。あ、そういえばこれ、宇佐美先輩から持っていくようにって、言われたんですけど……。よかったら、食べませんか?」

三雲はそう言って手土産として持ってきた紙袋を見せると、地木隊全員の目の色が変わった。

「そうそれ!会った時からずっと気になってたけど、いいとこのどら焼きだよねっ!」

「『鹿のや』のどら焼きだね」

ワクワクしてる彩笑と比べて落ち着いてる様子の月守だが、2人とも顔に『食べたい』と出ていた。

 

「真香、お茶、出す?」

「準備しよっか。しーちゃん、ポットにお湯入ってる?」

「ん、今朝、入れた」

「オッケー」

真香と天音も早く食べたいと言わんばかりに、テキパキとお茶の用意を始めた。

 

持参のどら焼きと用意されたお茶をテーブルに出された三雲は、ひとまずそれらを口にしながら、今日ここに来た経緯を改めて説明した。

「つまり、1人でも点を取れるようになりたいってことか」

月守が三雲の説明を聞いて内容を確認するように呟くと、三雲は頷いた。

「はい。空閑頼みだと、この先限界はあると思いますし……」

「まあ、それは玉狛の試合観てて思った。開幕早々に遊真がスナイプでもされちゃったら、玉狛の勝ち筋なくなるし。そういう局面を危惧するとしたら、三雲くんの考えはすごく真っ当だと思うし、1シューターとしても当然だと思う」

「シューターとしても……?」

月守の言い方に引っかかりを覚えた三雲が訝しむと、月守がその疑問の掘り下げにかかった。

「そう。三雲くんみたいにB級なってから弾トリガー使い始めたのはちょっと違うかもだけど、C級の頃からシューター・ガンナーってのが正隊員に上がってくると、どうやって点を取るかって壁にぶつかる。極端な話だけど、そこそこトリオンがあるC級がキューブ適当にばら撒くだけでも、シールド無しのC級同士じゃそれなりに戦法になっちゃうからな」

 

月守の話を聞きながら彩笑は自分たちがC級だった頃を思い出していた。

(ボクらの時は、ニノさんがそれっぽかったかな。キューブばら撒いてるだけなのに、全然近づけなかったなぁ……)

 

彩笑が回想している間にも、月守の説明は続いた。

「でも正隊員になると、そうはいかない。全員がシールドセットできるし、他にもオプショントリガーを絡めてきたら、考え無しに撃つだけじゃ勝てなくなる。そんなわけだから、B級に上がってきたほとんどのガンナーやシューターは、どうやって点を取るか考えなきゃならない。だから、三雲くんが今直面してるそれは、特別変わったことじゃないし、むしろ普通だよ」

 

そこまで言った月守は一旦会話を区切り、お茶を一口飲んでから言葉を再開させた。

「俺としては、そんな風に悩んでる後輩に手を貸したり、稽古するのは全然構わない。そういうわけだから、みんながどら焼き食べ終わったら始めよっか」

「え?」

「ふぇ?」

月守の宣言を聞き、三雲と天音が同時に声を出した。天音を見ると手元に2組の包み紙があり、手には小さく食まれた焼きがあった。2つ目のどら焼きを口にしたばかりのようで、それを察した月守は小さく笑う。

「神音、焦らないでいいから、ゆっくり食べて」

「ご、ごめんなさい……」

無表情に、ほんの少しだけ申し訳なさを加わえながら食べ進める天音を、

「しーちゃん食いしん坊〜」

と言って真香がいじり、天音がどこか恨めしそうに見返す。そこへ、

「みんな食べるの早くない?ボクまだ半分残ってるんだけど」

彩笑が周囲を見渡しながら、問いかけるように言った。

「地木隊長、お口もちっちゃいからじゃないですか?」

「真香ちゃんお口も、って何さ!お口もって!」

憤慨する彩笑を見て月守が呆れたように口を開く。

「そうやって喋ってるから減らないんじゃないの?」

「咲耶の方が喋ってたじゃん!」

「三雲くんの説明聞いてる間に食べ終わったから関係ないね。……というか彩笑、そうしてるうちに神音が食べ終わりそうだよ?」

「神音ちゃん食べるの早すぎっ!」

黙々とどら焼きを食べ進める天音を見た彩笑は、慌てて残ったどら焼きを食べていった。

 

いつも通りの地木隊の会話に置き去りにされて呆気にとられる三雲に気づき、月守が声をかけた。

「三雲くん、さっき驚いてたみたいだけど、何かあった?」

「何かあったというか、その……。随分あっさりと稽古をしてくれると言ってくれたので……」

「稽古する気なかったら、そもそも断るからね。むしろここまで来て事情を聞くまでしたのに、稽古つけないって方が無理な話でしょ」

「それは、そうなんですけど……」

 

月守の言い分は分かるが、その答えが自分の聞きたいものではなかった三雲は、自身の考えが誤解なく伝わるように言い直した。

「その……、普通だったら、次の試合で当たる相手に稽古とかしないんじゃないかなと、思うんですけど……」

三雲の考えは最もであり、それは烏丸にも指摘されたことだった。次に戦う相手を鍛えるのはその試合の勝率が下がったり、苦戦する可能性が増す。普通なら、まず断る案件だが、月守はそれを承諾してくれた。言い換えれば、自らが不利になる条件を飲んだのだ。

 

それゆえに感じた違和感にも似た疑問だったが、それを聞いた月守は苦笑を返した。

「んー……、まあ、ぶっちゃけ、話を聞いた直後は迷ったよ。ここで三雲くん鍛えたのがきっかけで、試合で紙一重のとこで刺されたらどうしよっかな、とかね。でも、よくよく考えたら、彩笑は遊真に技を何個も教えてるし、真香ちゃんもC級のスナイパーの夏目さんを指導する時にセットで雨取さんにも教えてるから、別にいいかなってなってさ。それにこんな状況じゃなかったら……、仮に次の試合当たらないって状況で三雲くんが来たとしたら、無条件で首を縦に振る自信があるからね」

「だから、稽古を引き受けてくれたんですか?」

「うん」

そう言って月守は、あまりにもあっさりと首を縦に振って肯定を示した。

 

「月守先輩、本当にいいんですか?」

2人の会話を聞いていた真香が、残ったお茶を飲み干してから、月守に質問した。

「あれ?真香ちゃんは反対?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……。ほら、月守先輩がさっき自分で言ってたみたいに、次の試合で三雲くんに紙一重のところで倒されちゃったら、さすがにちょっとくらいは後悔とかしませんか?」

「するかもね」

これまたあっさりと言い放つ月守に軽く驚く三雲と真香だが、月守はすぐに、

「でもそれ以上に、三雲くんがネイバーにあと一歩のところで負けてボーダーとか街に被害が出ちゃった時とかに、『あの時鍛えておけば……』ってなる方が嫌じゃない?」

自身が思い描く、最大の後悔になりえる場面を伝えた。

 

その言い分を聞いた真香は、一度意識して呼吸を取ってから微苦笑した。

「確かそれは、すごく嫌ですね」

「でしょ?」

「はい。そういうことなら、バシバシ鍛えないといけませんね。トレーニングルーム、準備しておきます」

「うん、ありがと」

 

席を立った真香が奥のオペレータールームに向かうのを見届けると、どら焼きを食べ終えた彩笑が三雲に尋ねた。

「ところで、なんでミックは、わざわざ咲耶に教えてもらいたいって思ったの?嵐山さんとか出水先輩にも話がつきそうなら、そっちだけでもよくない?」

その質問は、月守も尋ねたかったことだった。嵐山や出水にも教えてもらえる予定があるなら、なぜわざわざ次の相手にも話を聞きに来たのかと、月守こそ知りたかった。

 

質問を受けた三雲は、まっすぐ射抜くような、それでいて敵意を全く込めない視線を向けてくる彩笑の目を見ながら答える。

「理由はいくつかあるんですけど……。月守先輩の戦い方や意見が、1番参考になるかなと思ったので……」

「んー、どの辺が?咲耶とミックって、スタイルあんまり似てないよね?」

「スタイルは違うんですけど……、その……」

三雲はこれから言うことにわずかに躊躇いを覚えて、一瞬だけ月守に視線を向けた後、すぐに彩笑に視線を戻して言葉を続けた。

「お互いに、シールドが脆いというところが共通してる、ので……。防御にあまり頼れない月守先輩の戦いは、参考になると思ったんです」

 

三雲の言葉を聞いた彩笑と月守はまず、素直に、

(あ、そこまではバレてるんだ)

と思った。そして同時に、

(でもそのこと、三雲くん(ミック)はどこで知ったのか)

と疑問を抱き、月守が次いでそれについて問いかけた。

「そういう意味じゃ、確かに俺の戦い方というか考え方は三雲くんの参考になるかもな。でも三雲くん、それはどこで知ったんだ?ログとか見て自分で気づいたのか?」

「えっと……、支部でログを観てたら、月守先輩のシールドに違和感を覚えて『もしかして……』って思ってたら、『こいつのシールドは脆いぞ』って、ヒュースと陽太郎が助言してきたんです」

それを言われて月守は納得した。

(確かに堂々とヒュースには言ったもんなぁ。まあ、そうじゃなくても玉狛の人達ならみんな俺のトリオンについては知ってるし、遅かれ早かれ三雲くんには伝わるんだろうけど……。ヒュースのやつ、案外馴染んでるな)

横道に逸れかけた思考を戻した月守はやんわりと笑い、

「まあでも、納得したよ。三雲くんの実力とかを見ながらになるけど、最終的には嵐山さんや出水先輩じゃ教えられないような、シールドに頼れない俺の戦い方についてレクチャーしよう」

そう言ってゆっくりと立ち上がって、三雲を鍛えるべくトレーニングルームへと誘う。

「さて……、どら焼きは食べ終わったね。それじゃ、早速始めようか」

「はい!」

どんな内容の訓練が来るのか、三雲は不安が半分、残る半分を好奇心という心境で構える。

 

そんな三雲に向けて、月守は至極真面目に、

「内容は……。最初だし、『鬼ごっこ』でいこうか」

誰もが知るであろう、子供の遊びを提案したのであった。




ここから後書きです。

どら焼きってなると、どうしても某猫型ロボットが頭に浮かびます。昔馴染みの奴とよく「ひみつ道具を1つだけ貰えるとしたら何がいい?」って話になった時、そいつは毎回「でんでんハウスの一択だろ」という引きこもりまっしぐらな発言をしてました。私は毎回答えが変わってました。今ではほんやくコンニャクが欲しいです。
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