ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第92話「にゃお」

地木隊のトレーニングルームは2種類ある。

 

1つは障害物も何もない、フラットかつシンプルなステージ。天音が復帰する際に勘を取り戻すためにモールモッドを使って訓練した場所であり、主に新技の特訓や連携の動きの確認をするために使う部屋である。

 

しかし三雲が特訓のために連れてこられたのは、もう1つの方の部屋だった。

 

その部屋を見た三雲の第一印象は、「柱の森」だった。7〜8メートルほどの柱が何本も乱立し、柱から伸びる複数の枝のようなもので近くの柱同士が接続されていた。どことなく電信柱を思わせるものがあった。柱同士の間隔は数メートルで不均一、そして伸びている枝も地面と平行というわけではなく、多少の傾きがあった。枝の太さはまちまちで、足場にできそうなほどの太さのものもあれば、鉄棒のようにちょうど手で握れる程度の太さのものもあった。

 

「……変わったトレーニングルームですね」

思わずと言った様子で三雲が呟くと、

「面白そうでしょ?あみだくじを立体にしたイメージで設計したんだよ!」

彩笑がなぜか誇らしげに、自慢するように答えた。

 

月守も天音もその隣に並び、言うまでもなく全員トリオン体である。3人が並んだところを見て、三雲は遅まきながら彼らの隊服が見慣れないものであることに気づいた。

 

普段のランク戦で着ているような黒いジャージでも、大規模侵攻の時のログにあった軍服のようなものでもなく、白のパーカーと、黒のジャージ地の細めのボトムスに、ブーツだった。パーカーは全体が白いわけではなく、肩から手首までの袖の部分と背中と脇の部分が黒く、モノトーンな色合いだ。ぱっと見、白いパーカーに黒い上着を羽織っているようにも見えるデザインで、独特な色の塗り分けを除けば、左胸の部分にボーダーのエンブレムが刺繍されているだけの、普通のパーカーに見えた。

「もしかして、隊服をリニューアルしたんですか?」

三雲が質問すると、彩笑は待ってましたと言わんばかりににっこりと笑い、

「そうそう!ミックたちの隊服見て、新しいの欲しいっ!ってなって作ったの!ミック、どう?」

その出来栄えを三雲に尋ねた。

 

良し悪しは正直分かりかねたが、彩笑がとても楽しそうにしている姿を見た三雲は空気を読み、無難な回答を選ぶ。

「はい、とても良いと思います」

「でっしょー!」

隊服デザインの原案を出した彩笑はことさら嬉しそうに破顔して、それに釣られて三雲も笑みをこぼした。

 

「変に色加えちゃうと、ボクらの中でも似合う人と似合わない人が出ちゃうから、色は無難にモノクロにしたの!あと、パーカーのサイズはすごいこだわったよ!わかる?このダボダボしすぎないけどゆとりがある、絶妙のサイズ感!それとね、ポケットの位置とか角度も、自然と手がスッと入るように調整したんだよ!パーカーでだいぶ遊んじゃったから、下はシンプルにジャージタイプにしてバランス取ったよ!細身丈だから、脚のシルエットが分かりやすくて良いでしょ!」

速射性の高いマシンガンばりに続く彩笑の隊服紹介を、三雲はひたすら受け続ける。なお月守はデザインが確定した時に似た攻撃に晒されており援護する気力はなく、屈伸や肩を回すなどの準備運動をしながら彩笑の弾丸が切れるのを待つ構えを見せていた。

 

「でも何より、1番見てほしいのはフードのデザイン!」

そう言ってフードを被った彩笑を見て、三雲は彼女が言わんとすることを理解した。

「ネコ……、ですか?」

白いフードには2つの三角形、いわゆる猫耳が付いていた。彩笑が自慢げにアピールするパーカーは、猫耳だったのだ。

「どうかな?かわいいよね?」

被ったフードの猫耳を両手で触りながら、彩笑は満面の笑みを見せる。

 

可愛いか可愛くないかと問われたら、可愛いだろうと三雲は思った。元々小柄な彩笑が猫耳パーカーを被ったことで、一層小動物っぽさが増したように感じて、より愛嬌が加わって見えたのだ。

「はい、かわいいと思います。ただ……」

三雲は素直に感想を告げるが、1つの懸念が頭をよぎり、その懸念の先へと視線を向ける。

 

ぎぎぎ、と、軋む音が聞こえるかのようにゆっくりと首を動かして視線を向けた先にいるのは、淡々と準備運動をしている月守と天音だった。

彩笑がデザインしたというこのパーカーは、本人の言を信じるならば新しい隊服なのである。隊服である以上、男女や体格の差で多少の違いはあれどもデザインは共有されているはずなのだ。

 

ということはつまり、

「……その、もしかして月守先輩や天音さんも、猫耳……、なんですか?」

地木隊全員が猫耳パーカーの可能性があるのだ。彩笑の猫耳パーカーは本人の外見や性格上違和感なく受け入れることができた三雲だが、月守や天音もそうだとは限らない。もし仮に、月守も猫耳パーカーだとして、それを被ったまま戦いのレクチャーをするとなると、猫耳に意識が向いて、きちんと話を聞いていられる自信が無かった。

 

しかしそんな三雲の心配を、

「えー?そんなわけないじゃんっ!」

そう言って彩笑は笑顔で切り捨てた。

 

「第一さ、ミックは咲耶に猫耳が似合うと思うの?」

「ええと……、その、地木先輩以上に似合うということは、無いと思います」

「でしょ?」

話しながら彩笑は三雲のそばを離れて、少しずつ月守と天音のそばに近寄っていく。

「さすがにボクだってさ、似合わないのを分かってて咲耶に猫耳をつけるなんてことはしないよ!いくら同じチームの隊服って言っても、デザインが全く同じじゃなきゃダメなんてことはないからね!その辺は考えてるもん」

彩笑は最もらしい言い分を語り、三雲の心配を払拭していく。

 

何はともあれ、三雲は猫耳月守から教えを請うというシチュエーションを避けれたことに安心して、ほっと胸を撫で下ろす。

 

三雲が安心しきったそのタイミングで、彩笑はこれまた楽しそうに笑い、準備運動をしている月守の背後に回ってフードに手をかけ、

「だから、ほら!咲耶のは犬耳にしたんだよっ!」

月守の頭にフードを被せながら宣言して、三雲に精神的な不意打ちを仕掛けた。

 

「なっ……っ!」

月守with犬耳を見た瞬間、三雲の全身から冷や汗が吹き出した。次いで、何かを口走ろうとする口を、必死になって三雲は閉じる。

軽はずみに言ってはいけない、口にする内容は吟味しなければいけない、いやむしろ下手に話すなと、三雲の脳内は全開でアラームを鳴らしていた。

 

今の三雲の状態は、例えるなら『尾行に気付かれかけた探偵』である。追跡の最中にうっかり物音を立ててしまい、相手が振り向いて無言ながらも警戒心を向けている状態だ。ドラマなどのフィクションの世界には往々にして訪れる場面であり、大抵は相手が、

「……気のせい、か」

などと言って警戒心を解き、一安心するのがお約束だ。

 

三雲の心境は限りなくその時の探偵に近い。今はまだ大丈夫だが、何かもう一押しされてしまったら耐えられなくなる……、そんな心境だ。

 

窮地に立つ三雲の心境を見抜いたのか、別の思惑があったのか。月守はそんな三雲に向けて、至極真面目に、

「わん」

と言い放って止めを刺した。

 

ああ、これはダメだ。もう笑ってしまう。

 

三雲がそう思った瞬間、

 

『あっはははははっ!つきっ、月守先ぱっ、犬耳、似合わな…っ、あはははっ!』

 

一連の光景を作戦室から見てたであろう真香が、耐えきれなくなって笑い始めた。

 

盛大に笑う真香の声をBGMにして、月守は肩をすくめながら彩笑に話しかける。

「デザインの段階から言ってたけど、やっぱり俺の犬耳はやめた方が良くないか?」

「えー?似合ってるのに?」

「真香ちゃん大笑いしてるし、三雲くんだって顔背けて必死に笑い堪えてるところを見るに、似合ってるとは言えないと思うんだけど?」

「それはあれでしょ、咲耶の『わん』がちょっとツボっちゃっただけじゃないの?」

「今さっき真香ちゃんははっきり『似合わない』っていった気がするけどな」

「気のせい気のせい!」

 

笑い続ける真香と、なんとか笑っているのを見られないようにしている三雲をよそに、彩笑は今度は天音の後ろに回り、

「じゃあさじゃあさ!神音ちゃんのはどう思う!?」

そう言いながら、月守にしたのと同じように天音にフードを被せた。

 

天音のフードは猫でも犬でもなく、耳の長さが特徴的なウサ耳だった。

 

月守が天音のウサ耳フードについて発言するより早く、天音が珍しく彩笑に抗議した。

「あの、地木隊長……、その、私のパーカー、は、普通のやつ、だって、言って、た、のに……。うさぎさんだなんて、聞いてない、です……」

「うん!神音ちゃんにビックリして欲しかったから言わなかった!」

「うー……、なんで、うさぎさん、に、したんです、か?」

「似合うと思ったから!」

悪びれもせず言い放つ彩笑を前にして、天音はわずかにたじろいだ。

 

別に、天音とて兎そのものが嫌いというわけではない。自身の星座でもあるし、野菜をもぐもぐと食べる姿に愛くるしさだって感じるし、小さくてモフモフとした身体を抱っこしてみたいとも思う。

 

だが、自分で兎に扮するのは話がまるで別である。似合う似合わないという話ではなく、純粋に恥ずかしいのだ。天音神音は無表情ではあるが、無感情ではない。少し話すのが苦手で、運動神経が多少優れているだけの、普通の女の子なのだ。

 

そしておそらく、3人の中では天音が1番正常な反応を取っている。少なくとも、いくら似合っている確信があるとはいえ躊躇いなく猫耳を装備したり、何の意図があるにせよ犬耳を装備して真顔で『わん』と言い放つ2人よりは、まともであろう。

 

自分の気持ちをどう言えば分かってもらえるか、天音がそれを思案する間に、彩笑は再び月守に問いかけた。

「咲耶どう?神音ちゃんのウサ耳パーカー、可愛いよねっ!」

彩笑の行動に、天音は一筋の希望を見出した。先ほどの会話で月守は自身の犬耳に疑問を持っていることが明らかであるため、同じように自分のウサ耳パーカーにも似たような反応をしてくれるはずだと、天音は思ったのだ。しかし、

「可愛いか可愛くないかだったら、間違いなく可愛いと思うよ」

月守の答えは無情にも天音のウサ耳を肯定するものだった。

 

「あう……」

まさかの反応に天音の口から、なんとも言えない声が出た。否定して欲しかったが、可愛いと言ってもらえたのは嬉しいという、複雑な心境だった。

 

月守からの可愛いのお墨付きをもらった彩笑は「でっしょー?」と言いながらニヤニヤとしたドヤ顔をしてみせる。だが月守はそこへ、

「可愛いけど……、これだとバッグワームのフードが被りにくいだろ」

可愛いと認めた上で構造的欠陥を指摘する。

 

レーダーから反応を消すオプショントリガー『バッグワーム』は展開すると外套やポンチョの形態に近く、フードも付いている。被ることで性能が変化するわけではないが、天候によっては気休めとして被る隊員がいる。彩笑が考案した動物耳パーカーでフードを被ろうとすれば、彩笑や月守のような猫や犬などの小さな耳ならまだしも、天音のウサ耳パーカーはその長い兎の耳が邪魔になってバッグワームのフードが上手く被れないようになっていた。

 

もっともらしい指摘だが、彩笑はそんなのは折り込み済みだと言わんばかりに反論した。

「バッグワームのフードを被らなきゃいいじゃん」

「この前みたく雪とか降ってたら被りたくなるだろ?」

「その時はウサ耳の方を被ればいい!」

「隠密行動してる時にウサ耳は主張が強すぎないか?」

「うぬぬ……」

反論は速攻で潰えた。彩笑としてはウサ耳パーカーの天音の可愛いを主張したいという思いがある一方で、それが実戦で足枷になってしまうのはダメであるという、まともな思考も一応あった。

 

2つの思いが心の中で対立した結果、

「真香ちゃん!咲耶が正論で殴ってくる!」

という捨てゼリフを残してトレーニングルームから退出して、真香に助けを求めに行くという手段に出た。

 

彩笑の行動を見て、

「正論で殴って何が悪い!つか、トレーニングするって言ってんのに逃げんな!」

月守はこれまた正論で反撃してから、逃げていった彩笑を追ってトレーニングルームを出て行った。

 

*** *** ***

 

「………」

「………」

彩笑と月守が出て行った後、トレーニングルームに残された天音と三雲は無言だった。正直なところ、2人が居なくなった時点で三雲は笑いを堪える状態からなんとか復活していたのだが、2人を追いかけたところで自分にできることはないだろうと判断して、トレーニングルームに残ることにした。

実際、2人の揉め事は明らかにチーム内のイザコザであるので、部外者である三雲が出しゃばっても解決することはない。

そのため三雲は、トレーニングルームに残るという選択をしたことを間違ったとは思っていない。しかし、2人きりの空間で無言なのは精神的に辛いものがあった。

 

トレーニングルームに乱立する柱の1つに背を預けてしゃがみながら、手持ち無沙汰そうに両手を閉じたり開いたりを繰り返している天音を見て、三雲は意を決して話しかけた。

「えっと……、天音さんは、2人を追いかけないんですか?」

天音は視線を三雲に合わせて、感情を読み取らせない無表情で見返してから答える。

「……追いかけよう、とは、思ったん、です、けど……、タイミング、逃し、ました」

「あ……、そう、だったんですね」

「うん」

 

しかし会話はそこであっさりと途切れた。元から会話が上手いとは言えない天音のせいでもあるが、そもそもお互いに共通する話題が何なのか分からずにいたため、会話を弾ませるのはなかなか難しかった。だが、それでも三雲は、天音と会話を試みた。話しかけてくることはないようだが、こちらから話す分には天音は答えるため、とにかく自分から会話を仕掛けて彩笑と月守が戻ってくるまで何とか間を繋ごうとした。

「……天音さんは、どうしてボーダーに入ったんですか?」

「…去年、クラスの人に、誘われて……。何人かで、一緒に試験、受けました」

「友達に誘われたからなんですね」

「んー……、友達……、だったの、かな……。試験、私だけ、合格して……、それ以来、話して、ない、けど……」

「それは……」

返答に困る内容が返ってきて、三雲は話題のチョイスを間違えたかと思った。

 

どう答えるか迷っていると、今度は天音が三雲に話しかけた。

「三雲くん、あの……、よかったら、地木隊長たちが、戻ってくる、まで……、私の、準備運動に、付き合ってもらっても、いいです、か?」

天音とて多少の気まずさは感じており、それゆえの提案だった。三雲も、手探りで会話の内容を探すよりはまだ楽かもしれないと思い、天音の提案を受け入れることにした。

「わかった。ええと、それでぼくは、何をすればいい?」

「んー……」

思案しながら天音はゆっくりと立ち上がり、弧月を展開した。

「んっと、それじゃあ、レイガスト、展開して、ください。チャンバラ、しましょう」

「チャンバラ……?」

天音の口から出てきた少し予想外の言葉に驚きながらも、三雲はレイガストを展開する。

「はい。えーと……、軽く剣を、振って、防いで……、お互いに、それの、繰り返し、です。剣は、相手が防げる、くらいの、力加減と、速さで……もし、当たりそうに、なったら、寸止めで、お願い、します」

「防げるくらいの攻撃で、当たりそうになったら寸止めだね」

「はい」

天音は言い終えると同時に、一足一刀の間合いを整えて、構えた。左半身を前にして左片手持ちで弧月を構えた天音に倣い、三雲も構える。普段なら右手はアステロイドをいつでも使えるようにフリーにしているが、今回はブレードのみということもあり、レイガストを両手で持って中段に構えた。

 

「じゃあ、行きます」

三雲の構えが整ったのを見てから天音は宣言し、軽く踏み込んで剣を振るった。横薙ぎによる一閃だが、動き出しが緩やかであるため、三雲はそれを落ち着いてレイガストで防ぐ。威力も速さも足りない斬撃だったが、2人のブレードがぶつかると同時に小気味好い音が響いた。

 

「次、どうぞ」

「はい」

天音の言葉に従い、三雲も軽くレイガストを薙いで天音に斬りかかった。それを当然のように弧月で受太刀した天音は、

「こんな、感じ、です。テンポ良く、いきます、ね」

チュートリアルが終わったことを告げて、滑らかな動きで反撃に転じ、再度単発の斬撃を三雲に浴びせた。それを防いだ三雲もまた、同じように反撃に出て、天音も同じ工程を繰り返す。

 

少しずつ攻防の速度が上がるが、互いにするべき行動が明確であるため淀むことなく斬撃と受太刀の応酬が続く。追い風に乗って自転車を漕ぐ時のように苦もなく速さが出ているため、不意にも三雲はこの準備運動が楽しいと思えた。

 

「三雲くん、楽しそうな顔、してます。楽しい、ですか?」

「はい。楽しいですし、思った以上に、自分が動けるような、感じがします」

攻防のリズムに合わせて天音が問いかけて、三雲もまた動きのテンポに乗るようにして答えて、そのまま会話が続く。

「だったら、良かった、です。この打ち合い、地木隊長は、『餅つきみたいだね』って、言って、ます」

「ああ。言われてみれば、餅つきみたいな、リズム感がありますね。地木隊は、いつもこの準備運動を、してるんですか?」

「んー…、時々、ですね。いつもは、私が1人で、ずっと、素振りしてたり、とかです。そもそも、普通なら、準備運動、あんまり、いらない、ですし」

 

天音の言うように、トリオン体での準備運動は効果が薄い。生身ならば準備運動によって身体を温めたり、筋肉に柔軟性を与えることで不要なケガを防止したりパフォーマンスを向上させることができるが、トリオン体はその辺りの勝手が違った。気休めであったり、生身の時の習慣で準備運動をすることはあっても、それでトリオン体の性能が上がるというわけではない。

ルーティンとして確立させるなら話は別だが、天音にとってはそれとはまた違った意味合いで準備運動が必要であった。

「前に、病院で会った、時、アスターシステム、のこと、言いました、よね?」

確認するように天音が言い、三雲はその時の記憶をなぞって彼女の病気と、それを抑えているというアスターシステムについて思い出した。

「確か……、天音さんの病気を、抑えてるもの、でしたね」

「うん。その、アスターシステムは、病気と、一緒に、私の、トリオン体の、動きにも、少し、制限を、かけてて……。だから、私は、イメージした、動きと、実際の、動きに、ちょっと、ズレが、あるん、です」

「あ、もしかして……。そのズレを、準備運動で、確認してるん、ですか?」

「はい、正解、です。だから、多分、……、準備運動、よりも、試運転の、方が、意味が近い、です」

 

天音が行う準備運動の意味を理解した三雲だったが、説明を受けている間にも互いの攻防は加速し続けて、説明が終わる頃には会話に意識を割くのが難しくなるほどの速度に達した。

 

これ以上速くなると流石にミスしそうだと、三雲が思った矢先、

「ただいまー!」

満面の笑みを浮かべた彩笑と、苦笑いを浮かべた月守がトレーニングルームに戻ってきた。

 

戻ってきた2人に三雲が意識を向けた、そのタイミングで、

「準備運動、終わり、です」

そう言った天音が、ここまで作ってきたテンポから外れる速さで踏み込んだ。そして天音が放った攻撃が、三雲が持つレイガストに当たった次の瞬間、レイガストが高く舞い上がった。

「……え?」

一瞬呆気にとられた三雲を横目に、天音は落ちてきたレイガストの持ち手をキャッチした。

「わ……。やっぱり、レイガストって、重い、ですね」

天音はいつも使う弧月よりも重みがあることを確かめるように言った後、

「ありがとう、ございました」

お礼の言葉と共に三雲にレイガストを返却した。

 

「あ……、いえ、こちらこそ」

受け取った三雲は、小走りで彩笑と月守のそばに駆け寄っていく天音に向けていた視線を、自分の手とレイガストに合わせる。

(今のは、なんだったんだ……?強く弾かれたとかじゃなくて……、何か変な力で()()()()()()()みたいな……)

その両手には斬撃と共に伝わってきた力の感触が気味悪く残っていた。

 

三雲は自分の手からその感触が消えていくのを感じながら、地木隊で交わされる会話の中から「デザインそのまま」や「でも耳は要検討」といった言葉を耳で拾っていた。




ここから後書きです。

本作の序盤で、彩笑が問題児扱いされてる的なこと書いたんですけど、それは多分今回みたいなことをするからだと思われます。ちなみに、彩笑はしっかりと真香のパーカーもデザインしてます。フクロウだそうです。

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