ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第93話「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

隊服についてひと段落ついたところで、彩笑と月守は三雲の前にならんで深々と頭を下げた。

 

「三雲くん、こっちの事情でトレーニングの開始が遅れてしまって、非常に申し訳ない」

「ミックごめんね〜」

月守と彩笑がそれぞれ謝り、

「いえ、大丈夫です」

と三雲の許しの言葉をもらってから、本格的に三雲のトレーニングが始まった。

 

「最初に言ったけど、やることは鬼ごっこだからね。鬼ごっこで三雲くんの実力とか色々確認して、それでいて俺の中にある『シューターが点を取るために必要なこと』を伝えようと思う」

「は、はい……」

返事をする三雲だが、今の月守の説明だけでは具体性に欠けるところがあり、内心では多少の不安が渦巻いていた。

 

そんな三雲の心境を知ってか知らずか、月守は淡々と説明を進行する。

「メンバーは俺と神音と三雲くんの3人と、彩笑1人でいこう。制限時間はとりあえず3分で、範囲は当たり前だけどトレーニングルーム内のみ。普通の鬼ごっこならタッチは当然手だけなんだけど、今回のトレーニングはトリガー有りで、それにもタッチの判定が入る」

そこまで言った月守は、今一度視線を三雲に合わせた。

「それで確認なんだけど……、三雲くん、君はアステロイドの威力・弾速・射程の割り振りは100分割式でやってるのかな?」

「はい」

「よし、なら俺と同じだ。今回、俺と三雲くんが使えるトリガーはアステロイドだけ。しかも、威力は34、弾速と射程は33でキューブの分割は8分割で固定ね」

「えーと……、威力が34、弾速と射程が33で、キューブの分割は8個、ですね」

「そう」

トリガーに縛りがあるルールを三雲は受け入れながらも、そこにある意図が何なのかを模索する。

 

だが三雲の思考がまとまるより早く、月守の口は説明を再開させた。

「神音は……、セットしてる攻撃トリガーは、弧月、ハウンド、メテオラだよね?」

「はい」

「だよね。3人で弾トリガーだと偏るから、神音は弧月でお願いしていいかな?」

「りょうかい、です」

「うっかり旋空使わないようにね」

「う……、気をつけ、ます」

からかうような笑顔で月守は天音に釘を刺して、最後に、

「彩笑はいつも通りで」

彼らを率いる小さな隊長にそれだけ言い、

「オッケー!」

彩笑は曖昧な言葉の中身を確かめることなく、笑顔で答えた。

 

月守が語る『いつも通り』の内容は、地木隊メンバーなら問題なく分かっても、今回が初参加になる三雲はその中身を知らない。だから当然、その詳細を知るべく尋ねた。

「えっと……、地木先輩のいつも通りっていうのは、スコーピオンだけってことですか?」

ここまで使えるトリガーは1人1つという制限だったのを考慮しての三雲の発言だったが、それを聞いた月守はキョトンとした表情で数回瞬きをしてから「1番肝心なこと言い忘れてた」と前置きして、この鬼ごっこの最も基本的なルールを語った。

 

「普通、鬼ごっこって鬼の方が少ないけど、この鬼ごっこはその逆。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが勝利条件だ」

「……え?」

 

ボーダーが誇る最速クラスのアタッカーに、一撃当てる。それが地木隊が行う変則式の鬼ごっこだった。

 

その内容を理解した三雲は、視線を月守から彩笑に移した。

(流石にぼくたち3人の方が有利なんじゃ……)

そう思いながら三雲が彩笑を見ていると、2人の視線が交差し、その直後に彩笑が好戦的な笑みをこぼした。

「ミック〜?ボクは全力で逃げるから、頑張って捕まえてね!」

言うや否や、彩笑は持ち前の敏捷性で素早く跳躍し、素早く3人から離れて、トレーニングルームに乱立している柱を登る。思い切りが良く、不均一な太さの足場への不安などはまるで感じさせない動きだった。そのわずかな動きだけで、このトレーニングルームでいかに長く修練を積んだのか垣間見えるものがあった。

 

トレーニングルームの中央部分にある柱から伸びる、1番太い枝の上に立った彩笑は、右手にスコーピオンを展開した。

「じゃあ始めるよ!スコーピオンを投げるから、それが地面に落ちたらスタートで!」

言い終えた彩笑は3人の返答を待たずに、右手に持った片刃のスコーピオンを軽く放り投げた。クルクルと回転しつつ、緩やかな放物線の軌道で落ちてくるスコーピオンを見て、月守は指示を出す。

「三雲くん、一応この鬼ごっこにもセオリーがあるんだけど、最初だからそれは無視していい。自分なりに、どうすればあの最速アタッカーに攻撃を当てれるか考えて動いてくれ」

それは指示というにはあまりにも大雑把で、中身など無いようなものだった。

 

指示の内容に不満にも近い疑問を覚える三雲だが、それを口に出す暇などなかった。彩笑の投げたスコーピオンが地面に当たり、甲高い開戦の音を奏でた。

 

 

 

開戦の瞬間、地木隊の3人は一斉に動く。

 

鬼側である天音は一瞬だけ態勢を沈めた反動で踏み込んで彩笑まで最短距離を駆け、月守は右手を掲げて素早くキューブを生成して8個に分割した。

三雲は隣にいた2人の動き出しに思わず目を向けてから、慌てて彩笑の方へと視線を戻した。だが、一瞬前までいたはずの場所に彩笑の姿は無く、三雲の視線は宙を彷徨う。そして、そんな三雲をおちょくるかのように、

 

「おーにさーんこーちらっ!手ーのなーる方へ!」

 

三雲と月守の後方で、手を叩く音と共に彩笑の声が聞こえた。

 

(速っ……、というかどうやって移動をっ!?)

三雲が振り返って彩笑の姿を視界に収めると同時に、月守が攻撃に出た。

「アステロイド!」

8個に分割したアステロイドを横一閃で撃つ。彩笑はそれに対して、足元にグラスホッパーを展開して、素早く踏み込んで跳躍してアステロイドを躱す。

 

月守はキューブを再度生成しながら彩笑との間合いを詰めるが、それより早く、天音がたどり着いた。天音は開戦と同時に移動した彩笑を一瞬見失ったものの、その後すぐに2人が背後を取られたことで位置を把握し、乱立している柱や枝を足場にして移動して、彩笑の跳躍先へと先回りすることに成功した。

 

2人の目線の高さが合い、視線が交錯する。天音はその流れのまま抜刀して彩笑に斬りかかるが、

「いい読みだねっ!」

彩笑はその一振りを、空中で躱した。彩笑は跳躍してすぐに視界の端の影で天音の存在を認識した。それから再度グラスホッパーの用意をして自身の目の前に展開し、天音が弧月を振り切る前にグラスホッパーに触れて後方に跳んだのだ。

 

彩笑はそのまま柱から伸びる枝の一本に着地して、態勢を整える。その間に月守はキューブを近くに展開したまま天音の真横を通る形で柱を登り、月守が通り過ぎた直後に天音は彩笑への追撃を開始した。

 

2人の行動を見て、彩笑は瞬時に相手の狙いを見抜く。

(神音ちゃんが追跡かけて、咲耶が上から狙う形かな)

続いて、それに対してどう動くか思案する。

(上取られるのは厄介なんだけど、ボクがそれに対策かけちゃったらミックがますます何もできなくなっちゃうなぁ……)

そこまで考えた彩笑は、チラッと一瞬だけ、視線を三雲に向けた。柱や枝を使わず、天音の影に隠れる形で走っている姿を見て、

(ミックも追撃狙い、かな?まあ、お手並み拝見だ)

そう予想を立ててから、移動のギアを1段階上げて逃走を再開した。

 

*** *** ***

 

地木隊作戦室で修行という名目の鬼ごっこが行われている頃、年末年始ぶりに自宅に帰っていた不知火花奈は重たい瞼を面倒くさそうに持ち上げた。

 

(……あー……、やっぱり家はいいなぁ……。静かだし、落ち着く……)

 

覚醒しきってない頭でし帰れる家のありがたみをしみじみと噛み締めた不知火は、そのまま二度寝してしまいたい欲に負けそうになる。しかし微睡みに落ちかけたところで、

 

(……そういえば、あの子が朝ごはんを……、サンドイッチを作ってくれたんだっけ……。食べなきゃなぁ……)

 

月守が用意してくれた朝食の存在を思い出し、布団を蹴飛ばしてベットからもぞもぞと降りて、リビングへと向かった。

 

裸足でペタペタと歩く度に伝わってくるフローリングの冷たさに身震いしつつリビングに辿り着くと、テーブルの上に用意されたタマゴサンドが目に入った。

 

「んぁー……。朝起きて、ご飯が用意されてることが……、こんなに幸せだなんて……」

 

テーブルに着いた不知火は手と心の中でそれぞれ合掌して月守に感謝の念を送ってから、「いただきます」と小さな声で呟いてからサンドイッチを食べ始めた。

王道とも言える卵サラダタイプのタマゴサンドを食べながら、不知火は今日は何をしようかなと考える。

(買い物でも行くか……、あーでも、今日、日曜日だから絶対混むなぁ……。でもお酒あんまり無いし、夕方とかにそれだけ買いに出かけて……、それか久々に飲み屋に顔出すかなぁ……)

もっもっも、とした口の動きでサンドイッチを咀嚼する不知火の脳内は寝起きにも関わらず酒で埋まりかけていたが、そのタイミングで不知火のスマートフォンに着信が入った。

 

「んあ?」

 

仕事用とプライベート用でスマートフォンを使い分ける不知火は、着信音で仕事用の方に連絡が来たことを知り、食事を一旦中断して寝室に置きっ放しだったスマートフォンを手に取った。画面に表示されている「サンダー寺島」という名前を確認した不知火は、少し思案してからイタズラっぽい笑みを浮かべてから電話に出た。

 

「わらひら」

『あ、副長お疲れさまっす。休暇中にすみません』

「てらひら〜、やすみ中に、でんわしれふるほわ、らりほほら!」

『あ、酔っ払った演技とかいいんで、要件言っていいっすか?』

「ちぃ、見抜かれたか。少しくらいは動揺して欲しかったが……。それで、要件は?」

 

同僚として不知火の性格を把握している寺島雷蔵はその演技を見抜き、電話越しに要件を告げた。

 

『えーと、なんか副長宛に荷物届いてて、副長の部屋の前まで持っていきました。木箱っす』

「おっ!やっと届いたね!」

その荷物に心当たりがあった不知火は嬉々とした声色で答える。

「よし、サンダー寺島。ワタシはこれから本部に向かう。その木箱にはそれ以上触れないように」

『わかりました』

今日の予定が一気に出来たことに喜び、不知火はまるで子供のような純粋な笑みをこぼす。そして最後に、

「それと……、ワタシが本部に着くまでに、『やつ』を起こしておけ』

そう言って寺島からの電話を切った。

 

寺島が伝えてくれた木箱の中身を、不知火は確信していた。知り合いのツテを辿って届けてくれるように手配したもので、ここ数日はそれが届くのが楽しみで仕方なかった。

「……さて、それじゃあ、急いで本部に向かおうかな」

自分に言い聞かせるように呟く不知火の顔は、ほんの数分前とはまるで違った。

久しぶりに獲得した休日をどう過ごそうかとぼんやりと考えていた気の抜けた顔から、やるべき事を見つけた仕事の時の顔に、完全に切り替わっていた。

 

そこからの不知火の行動は素早く、残ったタマゴサンドをあっという間に平らげてから外出の準備を始め、電話を受け取ってから1時間もしない内に自宅を出ていった。

 

 

なお、その日の夜。帰ってきた月守が、

「服くらいちゃんと洗濯カゴに入れといてって言いましたよね!」

服が脱ぎ散らかされた現場を見て、まるでオカンのように不知火を叱るのだが、それはまた別の話。

 

*** *** ***

 

結果からすると、鬼ごっこは彩笑の圧勝だった。

1回3分の勝負をインターバルを挟みつつ5セット行ったが、彩笑はその間、3人の攻撃を全て躱しきった上に、

「〜♪〜〜♪」

満面の笑みで鼻歌を歌う余裕すらあった。

 

余裕綽々な彩笑だが、その一方で、負けた側である3人はそれなりに疲労していた。中でも、初めてこのメニューに参加した三雲の疲労具合が顕著で、

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

膝に手をついて、盛大に息切れしていた。本来トリオン体ならばよほどのことがない限り息が切れることは無いのだが、激しく動いた直後だと生身の感覚を引きずって息切れする隊員は、一定数存在している。

 

そんな三雲を見て、彩笑は心配そうに声をかける。

「ミック〜?大丈夫〜?」

「あ……、はい。だいじょうぶ、です……」

なんとか答えた三雲は顔を上げて彩笑の姿を視界に入れるが、視認すると同時に首を傾げた。

 

今、4人がいるトレーニングルームはトリガーとコンピュータの技術を組み合わせて作られた仮想空間である。空間内では生体エネルギーであるトリオンをいくら使っても枯渇しないなど、現実の空間とは多少の差異はあるものの、おおよそ大体の現象は現実のものが再現されている。

そして当たり前だが、この空間にも当然のように重力が作用している。重力がまともに作用している以上、人は地面に足をつけて立つことが出来るのだが、彩笑の現状は、それに反していた。

 

「えっと……、地木先輩、()()はどうやってるんですか?」

 

柱から伸びた枝の1つに立つようにしてぶら下がる彩笑に、三雲は思わず問いかけた。彩笑はまるでコウモリのように頭を下にした状態で、なおかつ足は普通に立っているように枝にペタリと接触させるだけで、落ちることなく態勢を維持していた。

 

突っ込みに近い質問をされた彩笑は、重力に従ってダラリと垂れる髪の毛を指先で弄りながら、「待ってました」と言わんばかりのニンマリとした笑みを見せた。

「えへへー、どうミック?すごい?」

「えーと……、はい。すごいと思います」

「あっは!ありがと!」

 

素直に仕組みが知りたかった三雲としては、屈託のない笑顔を浮かべた彩笑にそれを再度尋ねるのが気が引けたが、それを察した月守が三雲の隣に並んで、天井に立っている仕組みの説明を始めた。

「モールクローの応用だよ。あの枝の中にスコーピオンを根っこみたいに張り巡らせて、身体を支えてる」

「あ、なるほど……」

「ついでに、スコーピオンの形態を鉤爪みたいにすれば支えられないけど、出し入れと足の動きを合わせれば壁を登れるらしい」

「なんか、忍者みたいですね」

「あれだけ騒がしかったら忍者には向かないだろうね」

 

そう言って月守はわずかに乱れた息を整えてから、三雲に尋ねた。

「さて……、三雲くん。率直に訊くけど、この鬼ごっこをやってどう思った?」

「え……、どうと言われても……」

「何でもいいよ。君が素直に思ったことを、そのまま言ってくれれば」

思ったことを素直に言うようにと月守は言うが、その漠然とした質問に対して、何をどんな風に答えればいいのか分からず、三雲は悩んで口を閉じた。

 

そんな三雲を見て月守は小さく笑い、質問の内容を言い換えた。

「……じゃあ、質問を少し変えよう。さっきの鬼ごっこで……、当てれそうだ、とか、惜しい、って思えた局面はあったかい?」

「あ……、それなら、ありました」

質問された三雲の脳裏によぎったのは、鬼ごっこ4本目の終盤の攻防だった。

 

 

 

 

三雲が撃ったアステロイドを彩笑は柱を駆け上がるようにして躱したが、その先には動きを先読みしたのか別の攻撃を仕掛けようとしていたのか、彩笑の上を陣取っていた天音がいた。

()り、ました」

「やっば!」

跳躍してきた彩笑に向けて淡々と弧月を振り下ろす天音だが、それに気づいた彩笑は右手に持ったスコーピオンで斬撃をいなすように受けて応戦する。

細い足場を飛び回りながら剣を交える2人だが、その攻防は長くは続かなかった。

 

「アステロイド」

彩笑の下方にいた月守がその一言と共に、円周上に仕込んでいたアステロイドを放った。彩笑は下から迫ってくる8発のアステロイドを察知して、天音からバク宙で距離を取りつつ展開したグラスホッパーを踏みつけて真下へと跳んだ。

 

アステロイドと天音からの斬撃の2つを回避してみせた彩笑だが、攻撃はそこで終わらない。

「ん」

真下へ急降下していく彩笑目掛けて、天音は弧月を全力で投擲した。唸りにも似た風切り音を上げながら弧月は彩笑に迫る。天音からの遠距離攻撃は無いと踏んでいた彩笑だったが、寸前で攻撃に気付いて慌てて空中で身体を捻ってスレスレで弧月を避けて、思わず視線を天音に向けた。

 

「あっぶ!ないっ!」

思わず叫ぶ彩笑の声と重なるように、

『トリガー臨時接続』

無機質な電子音が響いた。

天音が投擲の動きを始めた時点で月守は動き、彩笑がギリギリで避けた弧月を掴み取り、攻撃の構えに入っていた。

 

それはまるで、詰将棋のような、演舞のような、決まった流れをなぞっているようにスムーズな攻防だった。一連の動きを外からモニターしていた真香は、流石にここで決まると半ば確信した。

 

だが。

攻撃の選択肢を消された状態の彩笑は、

回避のみに選択肢を絞られたボーダー最速のアタッカーは、

誰もが詰んだと思えるこの状況すら覆してみせた。

 

月守が手にした弧月を、落ちてくる彩笑に向けて振るった瞬間、

「よっと!」

彩笑はまるで地面に受け身を取るかのように左手を差し出した。その手の先には、動きと並列してグラスホッパーが展開されており、伸ばした手がグラスホッパーに触れて、空中での跳躍を可能にした。彩笑が空中で取ったモーションはきちんと回避として成立し、落ちてくることを疑っていなかった月守の刃は虚しく空を切った。

 

「マジか……っ!」

攻撃が当たるのを確信していた月守の口から、思わず悔しそうな言葉が漏れ、それを聞いた彩笑は「どんなもんだい!」と言いたげなドヤ顔を見せる。

 

天音は唯一の武器を手放し、月守も渾身の一撃を外した。完全に攻撃が終わったと彩笑は思ったが、そんな彩笑のすぐそばを、トリオンキューブが駆け抜けていった。

 

「っ!」

「あっ!」

 

彩笑が驚くのと同時に、千載一遇の攻撃を外した三雲が思わず声を上げた。

 

その状況を、三雲は狙ったわけではなかった。ただ3人の流れるような攻防の中で、自分がたまたま彩笑の死角になる場所にいて、そのタイミングで偶然彩笑に大きな隙ができたから、アステロイドを撃った。しかし、距離や、動き、的の小ささ、制限されたアステロイドの設定など、あらゆる条件が絡み合った結果、弾丸は無情にも彩笑に当たることなく、射程限界まで突き進んで消滅してしまった。

 

「今のは、ホンットにやばかった!」

チャンスを逃して顔を青くした三雲を一瞥した彩笑は一筋の冷や汗をかきながらそう言い、グラスホッパーを複数展開して3人から距離を取って態勢を立て直していった。

 

 

 

三雲は自分が攻撃に絡んだ中で、最も大きなチャンスだったその場面を思い出したと同時に、あの時感じた悔しさも思い出した。

「多分、4本目の終わり辺りの攻防かな?」

月守が確認するように言うと、三雲は頷いてから口を開いた。

「はい……。きっとあの時が攻撃を当てることができた一番のチャンスでした。その、たらればになるんですけど、ぼくがもっと、地木隊の動きを先読み出来てたり……、アステロイドをもう少し細かく分割出来てたら、当てれたんじゃないかって、思ってしまいます……」

過ぎてしまったことを悔やみ、三雲は無意識に俯いたが、それに対して月守は、

 

「ああ、それなら大丈夫。やっぱり、ちゃんと()()()()んだね。だったら問題無いよ」

 

とても軽い口調で、失敗した三雲のことを問題無いと言い切った。

 

「え……?」

発言の意図を理解しかねた様子の三雲を見て、月守はこの鬼ごっこを通して何を伝えたかったのかを話し始めた。

「鬼ごっこを始める前に、俺、『三雲くんの実力とか()()確認しながら』って言ったよね。あれ、『色々』って言って誤魔化したけど、俺が見たかったのは『三雲くんの中に点を取るビジョンがあるか』ってことの、1つだけ」

「点を取るビジョン……、ですか?」

「そう。それを見えてるかどうか判断するために、使えるトリガーに制限を付けた鬼ごっこを、君にやらせたんだ」

三雲は以前、烏丸に教わった『反撃のイメージ』に似たものなのかと思った。

 

身体は勝手に動かない。先にイメージがあって、その動きを身体が追う。そのイメージが無ければ相手の隙に気付くこともできない、という教えだった。

 

烏丸の教えを思い出している三雲に対して、月守は説明を続ける。

「そう……。もっと具体的な技とか戦術とか立ち回りとか、点を取ることに直接結びつくようなものを教えればいいかとも思ったけど……、俺はまず、このビジョンについて教えておくべきだと思った。……でも、もしかして、京介から似たようなこと教わってたりしたかな?」

「似てるかどうかは分かりませんけど、反撃のイメージなら教わりました」

「あー、やっぱり?じゃあ、もしかしたら似たような説明になるかもしれないけど、それでも一応聞いてくれ」

気恥ずかしそうに頬を掻いてから、月守は説明を再開させた。

「戦いながら、『こうすれば点を取れる』『ダメージを与えられる』っていうビジョンを……、京介の言葉を借りるならイメージか。イメージを持ってるか持ってないかとか、イメージの質の良し悪しっていうのは、実際の得点やダメージに結びついていると思う。いい例が、れ……、那須先輩だね」

「那須先輩ですか?」

「うん。ほら、バイパーってどんな弾道を走らせるかイメージして使うんだけど、大抵そのイメージの終わりっていうのは相手に弾丸が当たって終わるようになってるから、バイパーを多用する人は自然と相手に攻撃を当てるイメージをせざるを得ないんだよね。その辺は、三雲くんは昨日那須先輩と戦ってるから、嫌でもわかってると思うんだけど……」

月守の言うように、那須の得点能力の高さについては三雲は前日のランク戦で十分に体感していた。

戦場を決めた側というアドバンテージがあったとしても、支援も無い中、単独で3得点というのは並大抵のことでは無い。そして月守の説明を信じるなら、あの得点力の根源は『点を取るビジョン』によるところが大きいのだと言う。

 

そうして自らを納得させてから、三雲は月守に尋ねた。

「月守先輩が言う、ビジョンの大切さというのは、何となくですけど理解できた気がします。それで、あの……。ぼくがそれを持っているか見極めることと、この関連でトリガーに制限を加えることには、関係があったんですか?」

「一応あるよ」

やんわりと笑んだ月守は、トリガーに制限をつけた意図を語り始めた。

「シューターの長所は、幅広い攻撃の選択肢だ。それは誰も疑う余地は無いけど、同時に短所でもある。出来ることが多過ぎて、迷いを生むことがあるからね。中級者と呼べるくらいに練度があればそういうことも減るけど、そこに辿り着くまでのシューターは、選択肢の多さにある程度振り回される。だから……」

「迷いを減らすために、トリガーに制限をつけた……、ということですか」

先回りして答えた三雲を、月守は手放しで褒めた。

「正解。それプラス、さっきの三雲くんが感じたみたいな『たられば』を強く意識させれる。たらればってあんまり良いものじゃない気がするかもしれないけど、自分だけに向くたらればは、ただの改善点だからね。自分に対してそう思ったことは、どんどん修正していけよ?」

「はい……!」

「うん。いい返事だ」

 

ひとまず教えなければと思っていたことを伝えた月守は、わずかに安堵の息を漏らしてから、力の抜けた表情を浮かべた。

「……でもまあ、三雲くんの中にちゃんとビジョンがあって良かったよ。もしそれが無かったら、『こういう場合はこうやって点を取る』みたいなことを、逐一教えなきゃなって思ってたからな」

「そ、そうならなくて良かったです……」

ほんの少し皮肉交じりの月守の言葉を受けて、三雲の顔に冷や汗が流れた。そして月守は、付け加えるように、

「ビジョンは昨日の那須先輩との戦闘からか、いつも隣にいる頼りになる相方から学んだのか……、それとも元からあったのか、それは定かじゃない。だけど結果として、三雲くんの中にはちゃんと点を取るビジョンがあるし、それを実行できるだけの技量も、今、身につけようとしてる。他の人からすれば、まだまだって言われるかもしれないけど……、三雲くん、君はちゃんと成長してる。自信持っていいよ」

素直に、三雲への称賛の言葉を送った。

 

「……っ、ありがとうございます」

月守の言葉を聞いた三雲は、自然と頭を下げて感謝の念を伝えていた。褒めてもらえたことの嬉しさと稽古をつけてくれた事に対して、三雲は月守にお礼の言葉を贈った。

 

 

そして三雲が頭を上げたそのタイミングで、ここまで監視に徹していた真香がトレーニングルームに通信を入れた。

『月守先輩、今ちょっといいですか?』

「んー、何かあった?」

『何かというか、月守先輩のケータイに電話入ってます』

「あ、本当?じゃあ1回トレーニングルーム出るよ」

『はーい』

 

その2人の会話を聞いていた彩笑は、会話を終えた月守に軽やかな動きで近寄ってから声をかけた。

「咲耶、丁度いいし休憩いれよっか?」

「そうだね。じゃあ休憩で……、って言っても、どうせ神音とトリガー制限無しの鬼ごっこするんだろ?」

「まあね!今日は調子いいし、こういう時にいい動きして身体に覚えさせときたい!」

「やりすぎないようにな」

「わかってるって!」

笑顔で話す彩笑を見て月守は「こいつ本当に分かってるのかな……」と思いながらも、トレーニングルームを後にした。

 

 

作戦室に戻ってきた月守に、真香は月守のスマートフォンを差し出した。

「どうぞ」

「ありがとう」

スマートフォンを受け取って画面を操作する月守に、真香は少し不思議そうな表情を作りながら問いかけた。

「月守先輩って、随分初歩的なことと言うか……、心得的なことから教えますよね」

「んー、そうだね。技術的なことって向き不向きがあるから、確実にこの人に合ってるっていうのが分かんないと教える気になれないし……。でも何より、今三雲くんに教えた『ビジョンを持つ』ってことは、俺が普段から大事にしてることだよ?」

「そうなんですか?」

「うん」

 

そこまで言った月守は少し陰りのある表情を見せて、小さな声で付け加えるようにして言った。

「昔、そのビジョンが全く持てなくなって、全然勝てなくなった奴を、1人知ってるから」

言い切ると同時に、月守は電話して来た人物に折り返しの電話をかけて、真香からの会話を閉ざした。

 

数回のコールを経て、相手が電話に出た。

『やあ咲耶。朝ごはん、美味しかったよ』

電話の相手は、昨日から帰宅している月守の保護者の不知火だった。

「そう言ってもらえると嬉しいです。……まさか、それ言うためだけに電話して来たんじゃないですよね?」

『そんなわけないだろう?』

心外だなとでも言いたそうに、電話越しで不知火は鋭く息を吐いた。

 

『咲耶。確認なんだけど、君まだお昼ご飯食べてないよね?』

「え?まあ、はい。まだ10時過ぎたばっかりですし……」

お昼ご飯の誘いなのかなと考える月守だが、彼が昼をまだ食べていないことを確認した不知火は電話越しで小さな声で「よっしゃ」と呟いた。

『ならよし。咲耶、悪いんだが昼時になったら、お昼ご飯を食べずに、エンジニア区画に来てくれるかい?あ、天音ちゃんと一緒に』

「……?」

不知火の要件に疑問を感じた月守は首を傾げ、詳細を尋ねた。

「別に構わないですけど……、というか不知火さん、今日休みなんじゃないんですか?」

『うん?急用が出来て、今急いで本部に向かってる。少々君たちに手伝って欲しい案件でね……、急だし詳しいことは今ちょっと説明できないんだが……、手伝ってくれるかい?』

手伝ってくれるか問われた月守は、間髪入れずに、確認を取った。

「その手伝いってのは、神音絡みですか?危険が伴ったりは……」

『しないしない。君たちには、一切の危険はないと約束する』

確認を取る月守と同様に、不知火もまた迷うことなく危険は無いと断言した。

 

「なら、まあ……。お昼時に、エンジニア区画に向かえばいいんですね?」

『そう。持ち物とか、用意することはない。ただ、空腹で来てくれればそれでいいよ。じゃあね』

言いたいことだけ言って電話を切った不知火だが、母が良くも悪くも自分本位というか、そういう性格だと知っている月守はわずかに嘆息だけして、無音になったスマートフォンを見つめていた。

 

(空腹でエンジニア区画に来てって……、健康診断か、試食会か……?)

不知火の言う案件が何なのか気になる月守だが、考えるにも情報が少な過ぎて答えは出ない。

 

一抹の不安はあるものの、危険は無いという不知火の言葉を信じて、月守は昼に天音と2人でエンジニア区画に向かうことに決めたのであった。




ここから後書きです。

最近、「の、ような。」という漫画にハマってます。よく言われる「子は親を選べない」に対するベストアンサーと言うか、「あー!そうだよね!」と唸るような素晴らしい答えがあって、良作という言葉が個人的にピッタリ嵌る漫画だなって思ってます。

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