三雲に訓練をつけた日の夜、彩笑のスマホに1つのメッセージが届いた。
「あれ?ゆまちからだ」
ランク戦ラウンド2の日に手合わせをした後にお互いの連絡先は交換していたが、こうしてメッセージが届くのは初めてだなと思いながら、彩笑は内容をチェックした。
『ちき先輩こんばんは。あした、むらかみ先輩とランク戦するけど、よかったらちき先輩もくる?もしかしたら、かげうら先輩もくるかもってむらかみ先輩がいってたよ』
「何この可愛い文章」
漢字が不得手らしい遊真の文章が可愛らしく見えた彩笑は、思わず破顔して、
『行くー!o(`ω´ )o』
秒で返事を書いて送信した。
翌日の放課後、彩笑は宣言通りソロランク戦のホールに足を運び、先に来ていた遊真と村上と軽く雑談した後、代わる代わるランク戦を行っていた。
1人が観戦し、2人が戦う。終われば見ていた1人が気付いたことを意見して2人はそれを反映させて、次は見ていた1人がどちらかと交代して、同じことを繰り返す。数回そのローテーションを回したところで、一度休憩を取ろうということになり、別々の場所に入っている3人はブース間の通信機能を使って雑談を始めた。
『あ、カゲから連絡入ってた。今日来るけど、だいぶ遅くなるらしい』
村上がランク戦中放置していたスマホを確認してそう言うと、
『ねえ。その、かげうら先輩ってどんな人?』
遊真がおもむろに影浦について、2人に質問した。
すると2人は同じタイミングで、
『強いやつだよ』
『お好み焼き作るのがすっごい上手な人!』
それぞれ違う答えを返した。
『お好み焼き……?』
彩笑の方の答えを拾った遊真が不思議そうに呟くと、村上は思わずと言った様子で笑った。
『はっは。確かに、地木の言うことは間違ってないな。カゲの作るお好み焼きは美味い』
『ですよね!言ってたら食べたくなってきました!村上先輩、奢ってください!』
『地木、そういうのは月守に頼め』
『はい!あ、良かったらゆまちも行く?』
声しか届いてないと知りつつも彩笑は笑顔で尋ねると、遊真は迷わず答えた。
『うん。お好み焼きって、食べたことないから』
『よしきた!お金は咲耶持ちだから、遠慮なく食べてよし!』
『ん、わかった』
月守の財布が悲鳴をあげることが確定した。
『……で、かげうら先輩って強いんでしょ?どのくらい強いの?』
話題をお好み焼きから元に戻した遊真の問いかけに、村上が答えた。
『カゲは、少なくとも俺より強いかな。俺が勝ち越せてないアタッカーの1人だ』
『へえ……。じゃあ、むらかみ先輩より順位は上なの?』
『いや、順位は高くないよ。多分、20位くらいだ』
『それなのに、むらかみ先輩より強いんだ』
回線に乗って聞こえてくる遊真の声から不思議そう思って首を傾げている様子がイメージできた彩笑は、クスっと小さく笑った。
彩笑はそこで、常に愛飲しているココアが切れていることに気づき、
『あ、ごめんなさい。ちょっとココア取ってくるので、一回出てきます』
2人に一言告げてから、個室を出た。
「ふーふーふ、ふふふ、ふふふ、ふっふーふふふ♪」
鼻歌交じりに階段を降りてココアを売ってる自販機目指すが、ロビーにあるソファーに見知った人影があることに気づき、半ば条件反射で声をかけた。
「イッコさーん!」
「お、地木ちゃんやん」
ソファに座っていたのは、生駒達人。京都出身のスカウト組の隊員であり、B級上位を安定してキープする生駒隊の隊長である。
生駒は常にかけているゴーグルを通して、駆け寄ってきた彩笑に視線を合わせる。
「地木ちゃん、相変わらず元気やな?」
「ボクはいつだって元気ですよー!」
「せやね。あ、そういえば地木隊、上位入りしたやん。ログも見たけど、地木ちゃんのあれすごない?あの、防御すり抜けたやつ」
「ブランクブレードですね!いやでも、あれそんな完璧な技じゃないですよ?」
「あ、やっぱり?海とも話したんやけど、対策2つくらい出たで」
「ですよね〜。対策は何個もありますけど、大きく分けちゃえばあの技の対策は、2種類に分かれますから」
ブランクブレードについてテンポ良く議論していくと、生駒が「せっかくやし」と前置きしてから立ち上がった。
「地木ちゃん、今時間ある?ちょっとランク戦して確かめたいねん」
「いいですよー!ボク、今ちょうど村上先輩とゆまちと一緒にランク戦してたので、よかったらイコさんそれに混ざりましょうよ!」
「ゆまち……って、誰や?」
「ゆまちは遊真ですよ!玉狛第二の!」
「あれか!鋼を水中戦に持ち込んで倒した奴!」
「そうですそうです!」
「俺あの勝負めっちゃ感動したんよ。海なんか二万回見たとか言ってるで」
「えー、それは絶対嘘じゃないですかー」
笑いながら彩笑は言った後、素早くココアを買い直して生駒と共にブースに向かう。ブースに入るなり彩笑は通信機能を使って、2人に呼びかけた。
『ただいま戻りましたー!あと、人数1人追加します!』
彩笑の呼びかけに、村上が先に反応した。
『まさかカゲか?』
『せやで。俺は影浦雅人や』
『あ、生駒さんですね。お疲れさまです』
『なんやねん。ちょっとは騙されてな』
共に上位ランカーである2人が仲良く話す中、初対面である遊真が不思議そうに問いかける。
『えっと、どちらさま?』
『あ、ゆまちとイコさん初めましてだよね?ゆまち、この関西弁の声の人が生駒達人さん、通称イコさん!アタッカーランキング6位で、特に旋空弧月に関してはボーダーで1番の人!
イコさん、この218番ブースにいるのが、ゆまちこと空閑遊真!玉狛第二のエースアタッカー!』
彩笑が仲介する形でお互いの名前と特徴を知った遊真と生駒は、改めて挨拶をする。
『ま、そういうわけや。初めましてやな、空閑遊真くん』
『遊真でいいよ。こちらこそ初めまして、いこまさん』
『おう。それじゃ遊真、早速ランク戦やらんか?色々自己紹介するより、これが一番手っ取り早いやろ』
『ほうほう、それもそうですな』
手合わせすることが自己紹介と言っても過言ではないアタッカーの性からか、2人はテキパキと段取りを進めるが、
「ちょっ、イコさん話が違うよー!ボクとランク戦するって言ったじゃん!」
生駒の隣にて、対戦する気満々だった彩笑がプンプンと怒りを露わにしつつ、ちょっとだけ悲痛そうな声で抗議した。それを見た生駒は『あかん、すっかり忘れとったわ』と言いたげな表情を浮かべてから、両手を合わせて頭を下げた。
「すまん!いやでも、地木ちゃん堪忍して。先に遊真と1戦だけバトらして。この通りや!」
「もー、仕方ないなぁ……。じゃあ、思わず笑っちゃうような面白いこと言ってくれたら許す!」
「いやいや地木ちゃん!?さらっとハードル高いこと言わんといて!?」
慌てる生駒を音声で察した村上は、クスッと笑い、
『空閑、ランク戦はちょっと待て。今から生駒さんが面白いこと言ってくれるそうだ』
『面白いこと?』
遊真も誘って生駒へのハードルを釣り上げた。
(面白いことやと……っ!?)
無茶振りに等しい状況に置かれて、生駒は全力で考えた。生駒はかつてボーダーにスカウトされ、三門市に来たばかりの頃、
「関西人でしょ?面白いこと言って!」
という無茶振りを散々振られた経験から、今この場で答えるべき最適解を導く。
(この状況やと、遊真と鋼に俺の姿は見えてへん。ということは動きがあって笑わせるタイプのものはアウトや。せやったら求められるのは親父ギャグに近いような……、言葉だけで笑わせるモノやな!)
言葉だけで笑わせる、というジャンルに絞った生駒は脳内にリストアップされているギャグリストから、直感で選択する。あまり時間をかけてはハードルが上がる一方であるため、速攻勝負に生駒は打って出た。
「ふっ……。いくで……!」
自信などない、だがそれを態度に出しては面白さは絶対に半減する。それを知る生駒は自信満々な態度を演じながら、渾身のギャグを放つ。
『速報!チリで内戦勃発!東西に分断!』
『『『…………』』』
生駒の渾身の一撃は、長い長い沈黙の末に、
『……さて、村上先輩、ランク戦の続きしましょうか』
『よし、やるか』
彩笑によって無かったことにされた。
『えっ!?それヒドない!?』
『イコさん、さっきのはボクの無茶振り含めて無かったことにしますから、忘れよ?』
『振っといてそらないで地木ちゃん!』
生駒の抗議は虚しく、彩笑と村上はテキパキとステージ設定を決めてランク戦を開始した。そして残された遊真に関しては、
『いこまさん、ちりって何?』
『ウソやろおい!!?』
そもそもチリという国の知識が欠落していたためギャグが伝わっておらず、生駒はキレのある突っ込みを披露することになった。
ちなみに、それからしばらくの間、『チリ』『内戦』『東西』といった単語が出る度に彩笑が笑う姿をチームメイトが目撃したため、生駒のギャグはそれなりに彩笑に刺さっていたのだが、生駒本人がそれを知るのは、しばらく先の話だった。
*** *** ***
彩笑と村上が設定したステージは河川敷A、ラウンド数は5。
川をまたぐ橋に転送された2人は、素早くトリガーを展開して臨戦態勢を整える。
(グラスホッパー!)
先に動いたのは、機動力に勝る彩笑だった。足元に展開したグラスホッパーの反発力で、一気に間合いを埋める。速くとも、直線的で読みやすい特攻を見て、村上は冷静に左手に待ったレイガストで防御の構えを取る。だが、彩笑はそこから続けざまに分割したグラスホッパーを展開して、速さを存分に生かしたピンボールに動きを繋げた。
軽量かつ小柄ゆえに生み出される速さは目で追いかけるのが困難なほどだが、村上はそれを見極める。
(このパターンだと、動きのほとんどが陽動で、最後に背後からの刺突に繋がる動きだな)
高速機動ゆえに現れる動きのパターンからフィニッシュの形を逆算した村上は、タイミングを合わせてシールドモードに展開したレイガストを背面に回す。するとまるで、そこに吸い込まれるように彩笑が飛び込んでいき、レイピア状にしたスコーピオンは刺突と共に甲高い音を奏でて砕け散った。
「くぅ……っ!」
悔しそうな表情を浮かべて彩笑が苦悶の声を上げる間に村上は態勢を整え、反撃に移る。
「スラスター」
盾にしたレイガストにスラスターを付与し、薙ぐように振るった。太い風切り音を纏って迫るレイガストを、彩笑は身を引いて回避するが、村上はそこから右手に持った弧月を軸にして連続で斬撃を放つ。アタッカー4位の名に恥じない鋭さと疾さ併せ持つ斬撃だが、彩笑はそれを全て避けて、時にいなし、僅かな隙を掻い潜ってカウンターのような攻撃を織り交ぜる。
彩笑の回避を見て、村上は思わず舌を巻いた。
(1対1になって、意識を全部地木に向けると、理想的な回避をしてるのが嫌でも分かるな。旋空を警戒して弧月の先に身体を残さないし、いなし方もこっちの動きを限定してくる感じで……、地木が避けやすい形に、自然と誘導されてる)
紐解けば理論や理屈で説明できるものを、彩笑は感覚でやってのける。その、ある種天賦の才とも言うべきものに、村上はほんの少しの羨望を覚える。だが、
「そこに勝ち負けは関係ないな」
その羨ましさを払拭して、村上は攻撃のギアを上げた。一層速く、鋭くなった村上の連続攻撃を前にして、彩笑はついに回避が追いつかなくなり、弧月を正面から受けた。
「ふ……っ、くぅ…っ!」
武器と体格の差が否応でも出る鍔迫り合いに持ち込まれ、彩笑の旗色が一気に悪くなる。刃の峰に左手を当てて必死な表情で持ちこたえる彩笑に、村上は問いかける。
「地木、どうしてブランクブレードを使わない?」
「やだなー。今、使ったら、ボクも斬られちゃいますよ」
「今、じゃない。オレと勝負してる時、地木はただの一度もブランクブレードを使わないじゃないか」
会話をしながらでも鍔迫り合いを続ける2人だが、耐えきれなくなった彩笑が何とか村上を弾いてステップを踏んで、剣の間合いから逃れた。構えを崩さないまま、2人は会話を再開させる。
「ブランクブレードを使わない理由……村上先輩ならとっくに気付いてるんじゃないですか?」
「……
「正解でーす!」
言いながら村上が動かして存在をアピールしたのは、左手に持つレイガストであり、それを見た彩笑はニコッと笑い、楽しそうに言葉を紡ぎ、答え合わせをする。
「ブランクブレードは相手が剣でガードしようとした部分をピンポイントですり抜ける技なので、遮蔽物に隠れられたら当てられないんですよ」
「やっぱりな」
ガードしようとして構えた剣の部分に、自分が振るったスコーピオンが当たる瞬間にスコーピオンを解除し、相手の剣の間合いに腕が入った時点で再展開して切る、というのが彩笑が考案したブランクブレードだ。しかし本人が言うように、遮蔽物に……、シールドモードにしたレイガストの影に相手の身体が隠れてしまっていては、斬ることができない。
防御をすり抜けるブランクブレードは、決して万能な技ではない。
村上はそれを看破することに成功したが、技の特性を見抜かれた彩笑には、一切の悲壮感が無かった。むしろ、見抜いてくれたことを楽しんでいるかのような、そんなそぶりすらあった。手品のタネが知れて尚、楽しそうにしている
「地木、どうして……」
「隙あり!」
しかし彩笑はその問答に答える事はせず、初撃と全く同じ展開で間合いを詰めてピンボールに持ち込んだ。ピンボールを前にした村上の対応は、一貫してパターンを読んでカウンターを合わせるものだ。
(これは、左右すれ違いざまに何度も切りつけてくるパターンだな)
「なっ……!?」
背後からの縦一閃に裂く斬撃、村上がそれを把握するのと同時に、
『トリオン伝達脳破壊。村上ダウン』
無機質なアナウンスが届き、自身が敗北したことを認識した。
次戦のためにすぐにトリオン体は再生され、回復した村上は正面で笑みを見せる彩笑に問いかけた。
「新しいパターンか?」
「ふっふーん、どうでしょうね?新しいパターンを覚えたかもしれませんし、もしかしたらあの速さで即興で動きを組めるようになったのかも?」
はぐらかすように答える彩笑の笑顔はどこまでも蠱惑的で、村上が困るのをとても楽しんでいるように見えた。少し考えて、村上は彩笑の言葉の真意を探るのを諦めた。
(新しいパターンか、高速機動に即興性を組めるようになったのか……。いずれにせよ、地木が成長してるのは間違いない、か……)
その答えはここからの戦いで探せばいいと結論付けた村上は、1つ、心に浮かんだ懸念を口にした。
「なあ、地木。お前、仲間を困らせてないか?」
「困らせてると思いますね!咲耶には毎日わがまま言ってます!」
「ああ、違う。そういうのじゃなくて……」
毎日わがままで振り回されてる月守に同情しつつ、村上は感じた懸念を、より正確な表現に言い換えた。
「そうじゃなくて……、お前の成長に合わせて、仲間に無茶させてないかってことだ。地木の速さに合わせてくれる月守からすれば、お前の動きの幅が広がるってことは、相当サポートが難しくなるんじゃないかと思ったんだが……、その辺はどうなんだ?」
ともすれば彩笑の成長の在り方を非難しているような言葉だが、村上にはそんな意図はまるでない。ただ自身の経験に……、止まらない成長を続けた結果、仲間がついてこれなかったかつての経験と重ね合わせただけの疑問だった。
問いかけられた彩笑には、そんな村上の真意を知るよしもない。だから彩笑は、ただ素直に、今までずっと感じていた当たり前のことを答えとして村上に伝えた。
「んー、今日明日くらいなら、咲耶に苦労はかけるかもです。でも、ここでボクが遠慮したら、それこそ明日にでも咲耶と神音ちゃんに置いていかれちゃうから、毎日必死ですよー」
手を抜けば置いていかれるから、毎日が必死。
それを聞いた村上は、
(ああ……。いいな、そういうの)
切磋琢磨していく関係の仲間が羨ましいと思った。決して、今のチームに不満があるわけでは無い。
成長についてくるだけでなく、成長を競い合える仲間という存在。かつての自分がどうしても欲しかったものだったから、それを持っていて、かつ、その状況を楽しんでいる彩笑が、眩しく思えた。
羨ましいと思われていることを知らない彩笑は、無邪気に、村上から一本取れたことを喜ぶ。
「先制できて幸先は良し!このまま全タテします!」
生意気な宣言をする彩笑を前にして、村上は小さく笑みをこぼした。
「はは、面白いこと言うな。…じゃあ、全タテできたら、さっき言ってたみたいに、カゲのところでメシを奢ってやる」
「やったー!村上先輩、その宣言忘れないでくださいよ!?後からやっぱ無しとか言わないでね!」
「忘れないし、そんなことは言わないさ」
自信に満ちた声で村上は言い、彩笑は心置きなく無料チャレンジに挑む。
自分が持つもの全てをかけて刃を交えて力比べをする2人の表情には、今が楽しくて仕方ないという感情が色濃く浮かんでいた。
ここから後書きです。
彩笑書くのは楽しい。こいつマジで人生楽しんでるんだろうなって感じがして羨ましいです。