「ん?あいつら待ち伏せのつもりなのか?」
三輪はレーダーで地木隊の動きが止まった事に気付いた。
「レーダー見りゃ天音ちゃんだけバッグワーム使ってるな…。ってかこれ、絶対罠だろ」
『地木ちゃんのスタミナ残り少ないんだし、一気に決めたいんじゃないのか?』
出水と当真の意見を聞き、三輪はどう動くか考えた。
(確かに出水が言う通り、これは罠だろう。だが当真さんの言うことも一理ある。それに跳び込むのは愚かとしか言えないが……。どうせあの月守のことだ。いくつも策を練っていて、これはその内の1つに過ぎないんだろう)
三輪は判断に迷ったが、すぐにそれを迫られる事になった。
ドンっ!
ここではない場所で、ベイルアウトの音が響いた。
「ん。また誰か飛んだぞ」
「またか……、今度は誰だ!?」
三輪の声に、オペレーターの月見蓮が答えた。
『風間の歌川くんね。だいぶ粘ったけど、ブラックトリガー相手はまだ厳しかったみたい。それと太刀川くんもダメージが大きい。形勢はかなり悪いわね』
報告を受けた三輪は思わず奥歯を噛み締めた。
「……迅……!」
「こりゃマジで早く片付けないとヤバいぞ、三輪」
それとなくその方向を見つつ、出水が呟くように言った。
向こうの戦況を見て三輪は短期決戦を、つまりは地木隊の罠という誘いに乗る事にした。
「わかっている。行くぞ。奴らがどんな罠を張っていようが、全てねじ伏せる」
三輪と出水、そして当真の3人は地木隊がいる場所へと急行した。
*** *** ***
「ふーむ。弧月もスコーピオンも、どっちも捨てがたい……」
「アステロイド以外の射撃用トリガー……。今のぼくに扱えるかな…」
その頃玉狛支部では、ボーダーのトリガーについて宇佐美から説明を受けた遊真と三雲がその内容を整理していた。
「なんだ、使うトリガーについて考えてるのか?」
宇佐美の説明が終わってからこの場に来た玉狛支部の隊員、木崎レイジが宇佐美に尋ねた。
「そうなの。2人とも方向性は定まってるみたいだけど、具体性はまだ無いから、必死に考えてるみたいだよ」
「そうか。いいんじゃないか?悩むことは悪くない」
レイジは腕組みをしながらそう言い、言葉を続けた。
「本部にだって、まだ色々とトリガーの構成を変えてる隊員がいるだろ」
「んーっと、地木隊の天音ちゃんのこと?」
「まあな」
その2人の会話に、小南と烏丸も加わった。
「天音ちゃんって、まだスタイル固定してないの?」
「みたいっすね。会うたびにトリガー構成変わってる気がします。……B級に上がりたての頃は確か、太刀川さんと同じ弧月二刀流でしたよね」
と烏丸。
「でも地木隊に入ってしばらくしてからは、鈴鳴第一の鋼さんと同じスタイルだったわよ。レイガストを盾代わりにした弧月メインのアタッカー」
と小南。
「そういえばこの前本部に顔出したんだけど、その時は三輪くんと同じクロスレンジオールラウンダーのスタイルでソロランク戦やってたよ?レッドバレットまで使ってたっけ」
と宇佐美。
そんな3人の話を聞いたレイジが、
「噂だと、今度はシューターにも挑戦したらしいぞ。……と、まあ、あの天音でさえ、まだ戦闘スタイルが定まって無いんだ。三雲たちが悩むのなんて、むしろ当たり前なくらいじゃないか?」
そう言い、
「ですね」
それに対して烏丸が言葉短く同意した。
手元にあった飲み物に口を付けた後、宇佐美が嬉々として言った。
「天音ちゃんはどのポジションでも今の所こなせてるし、もしかしたらレイジさんみたいなパーフェクトオールラウンダーになっちゃうかもよ?」
そう言われたレイジはほんの少し唸った後、
「どんな答えに行き着くのかは本人次第だ。……ただ、オレ個人として言うなら、天音はパーフェクトオールラウンダーとして全距離で戦うよりも、クロスレンジオールラウンダーとしてオプションを絡めて戦う方がいいとは思うがな」
そう私見を述べた。
そしてそれを言い終えてから、
(……まあ、そんなことはオレなんかより、近くで見てるあの2人の方がよく分かってるんだろうけどな)
ぼんやりとそんな事を思った。
*** *** ***
「お待ちしてました〜」
公園跡で待ち構えていた月守は、追ってきた三輪と出水の姿が見えたところでそう言った。
「月守……っ!」
三輪が憎々しげに睨むが、月守は何食わぬ顔でそれを受け流す。
そんな三輪とは対照的に出水は普段通りに声をかけた。
「なー、月守。さっきの合成弾だよな?」
「はい。神音と2人がかりの合成弾です」
「やっぱりな。…んで?その相方はどこよ?」
「さあ?どこでしょうね?」
月守は困ったような笑顔を浮かべて、そう言った。
「大方、奇襲だろう。この近くに潜んでチャンスを探しているはずだ。周囲の警戒を怠るなよ、出水」
「あいよ」
三輪がこの場にいない天音を警戒するように言った。
それを聞いた月守はゆっくりとハンドガン型トリガーを構えながら口を開く。
「おお、さすが三輪先輩。いい読みしてますね」
「だから咲耶。そんなちょっと上からみたいな言い方するから、三輪先輩とかに嫌われるんだって」
「えー、だって実際いい読みしてるじゃん」
「そうだけどさー」
ごく自然に月守の言葉に対し彩笑が口を挟み、いつもの緩い地木隊の空気が流れた。
三輪はそんな地木隊を見て不意打ちを仕掛けようとハンドガンに手を伸ばしたが、
『止めとけ、三輪。今撃っても当たんねーよ』
通信回線から当真の声が届き、そう三輪に忠告した。
『当真さん。狙撃位置に付きましたか?』
『おう。その公園の東側にある建物の4階に陣取ったぜ』
『分かりました。……それで、当たらないというのはどういうことです?』
三輪は当真にそう質問した。
『簡単だよ。あいつらお互いに会話してるけど、内心がっつり警戒してるぜ。今オレが狙撃しても、彩笑ちゃんはまたギリギリで反応して即死は避けるし、月守のヤローに撃っても多分致命傷は避けられてカウンターが来るだろうな』
『肉を切らせて骨を断つ……、ということか』
生意気な、と、三輪は思った。
『出水、先に地木を狙うぞ。弾幕を張って地木のトリオンを削ってくれ』
『了解』
打ち合わせを済ませた三輪と出水は同時に動いた。
三輪は弧月を抜刀し彩笑に切り掛かり、出水はそれを援護するように後方からアステロイドを放った。
彩笑と月守はそれを受けることはせず、左右に散って敵の意識を分断させた。
それと同時に、2人は通信回線を繋いだ。
『それじゃあ咲耶。打ち合わせ通りに行こっか』
『了解』
たったそれだけを言い、2人は反撃に出た。
月守は素早く左手を構え、トリオンを込める。
「メテオラ」
生成したトリオンキューブを64分割し、それを周囲に散らしてから放った。
ドドンッ!
公園全体に、うっすらと爆煙が広がり視界が遮られる。
(これはさっきと同じような状況……!)
三輪と出水の頭に、米屋がやられた光景がフラッシュバックした。
「何度もその手を食うか!」
三輪はそう叫び、すぐに視覚支援をオペレーターの月見に要請した。出水も同様に視覚支援を得て、2人の視界は確保された。と言っても、鮮明に見えているというわけでは無く、その視界はサーモグラフィーのそれに近かった。
『煙の中でも人影がなんとなく分かる』
そんな状態だ。
その視界状態で、三輪は敵を捉えた。三輪に向かってくるその人影は、それほど速くは無かった。
「トリオンを失いすぎたな、地木。動きがトロいぞ」
三輪はそう言い、ハンドガンを構えた。スコーピオンの間合いに入る前に撃つつもりだった。
だが、
「そりゃあ、あいつに比べりゃ俺の動きは遅いっすよ、三輪先輩」
その人影はそう言った。そしてその声は、地木彩笑の声では無かった。
瞬時に三輪は悟り、口を開く。
「つきも……」
相手の名前を言い切る前に、相手が動いた。
ドンドンドンッ!
素早く構えたその右手から3度の銃声が響き、2発が三輪を穿ち、1発が三輪の持っていたハンドガンに当たり、弾き飛ばした。
「くっ!」
相手はアタッカーの間合いに入り込んだ。三輪は弧月をその人影目掛けて振るったが、
「遅いっ!」
そいつは三輪の斬撃を躱してその手首を掴んで動きを抑え、同時に三輪の眼前にハンドガンの銃口を突きつけた。
「少しでも動いたり、トリオンの反応が有れば、撃ちます」
まだ煙が晴れきっていない中、その人影はそう脅しをかけた。
三輪は苦虫を噛んだような表情と声で相手の名前を言った。
「月守……!」
と。
一方、
「うおっ、速っ!」
出水は高速戦闘を誇る彩笑の動きに対応できず、その一瞬を突かれた。
「よっと」
彩笑は態勢を低くして今できる最高速度で肉迫し、出水の足を払い態勢を崩した。
「うおぉう!?」
倒れる出水を素早く組み伏せ、右腕のスコーピオンを変形させて出水の喉元に刃の切っ先を当てた。
「出水先輩がボクに攻撃するのと、ボクが出水先輩に攻撃するのなら、ボクの方が速い。だから、大人しくしてくださいね?」
彩笑はニッコリと笑いながらそう言った。だが、その笑顔は出水には煙に遮られて見えていなかった。
煙が薄まる中、三輪は口を開いた。
「……オレはこの戦いで、ずっと天音か地木を相手にしていた。だからだろうな。向かってくる相手は無意識の内にお前ではないと思い込んでいたようだ」
と。
「ああ、なるほど」
目の前にいる月守が答える。表情まではまだ分からないが、どうせ笑い顔なのだろうと三輪は思った。
「どこまで狙っていた?」
「んー、難しい質問ですね。……三輪先輩たちが俺たちの誘いに乗ってくれた時点で、この作戦に決めました。視界を制限して、近くにいる相手をそれぞれ抑える……、打ち合わせ自体はこれだけです。三輪先輩が勘違いしてくれたのとか、俺のアステロイドが三輪先輩の銃を弾いたのとかは、偶然ですよ」
月守はそう答えたが、三輪としてそれが正しいのかすら疑わしいと思っていた。
一瞬勝負を諦めた三輪だが、すぐにあることに気付いた。
(……!この体勢なら月守も地木も動けない。当真さんがここを狙撃すれば、まだ勝機は十分だ!)
だが、
『あ、あー、三輪、すまん。天音ちゃんに見つかって抑えられちまった。喉元に弧月当てられて、お手上げ状態だ……』
その当真から、そう通信が入った。
「なっ!?」
驚愕する三輪と同時に月守が口を開いた。
「三輪先輩、そっちにも連絡行ったみたいですけど、ウチの神音が当真さん抑えました」
と。
天音がバッグワームを着て隠密行動を取った理由は、戦闘中に三輪たちに奇襲することではなく、潜んでいるスナイパーの当真を探し出して、抑えることだった。
そして、完全に煙が晴れた。
「俺たちの勝ち、ですね」
そう言う月守の表情は、やはり三輪の予想どおり、笑い顔だった。
控えめで、どこか申し訳なさそうな笑い顔を浮かべていた。
その直後、迅が太刀川たちを全てベイルアウトさせ、作戦中止の連絡が各オペレーターから告げられた。
*** *** ***
天音と、天音に抑えられた当真が公園に降りてきたところで、その当真が月守に質問した。
「それにしても月守……。どうしておれの居場所が分かったんだ?」
月守はハンドガンをホルスターに収めながら、
「ウチには、元スナイパーで優秀なオペレーターがいるんで、当真さんがどこに潜んでるか大体予想して貰いました。何個か候補あったんですけど、上手く見つけられて良かったです」
やんわりとした声でそう答えた。
なるほどねぇ、と、当真が納得したところで、
「んじゃあ、次おれ。なんで三輪とおれをベイルアウトさせなかったんだ?」
出水が続けて質問した。
そこで月守は質問に答えようと口を開きかけたが、
「あ、それは……」
意外にもそれより早く、天音が答えた。
「私が当真先輩、見つけられなかったら、当真先輩に撃たせて、抑える予定、だったので……。その……囮のため、です」
と、申し訳無さそうに答えた。
そんな天音をフォローするように彩笑が駆け寄った。
「神音ちゃんはちゃんと仕事したんだから、そんなに自信無さそうにしなくていいんだよ?むしろ『どうだ先輩方!』くらいに堂々としてていいのー」
そう言いながら神音の頭を撫でた。
そんな2人のやり取りを見つつ、月守は3人との会話を再開させた。
「……ま、そんなとこですね。三輪先輩は、何かありますか?質問とか、言いたいこととか」
月守のその言葉に三輪はわずかな沈黙を挟んだ後、
「……月守、いや、地木隊。ネイバーを庇った事を後悔する日がいずれ来るぞ。お前たちは分かってない。家族や友人を殺された人間でなければ、ネイバーの本当の危険さは理解出来ないんだ」
しっかりと月守の目を見て、そう言った。
「ネイバーの本当の危険さ、か……」
呟くように月守は言った後、ゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。
「三輪先輩。あなたがネイバーを憎む理由は知ってます。そんで、俺たちはそれが全く理解できないってことは無いと思ってます。……俺たち地木隊だって大規模侵攻で、人であったり、住む場所であったり、思い出であったり、何かしらは亡くしてますし…。大規模侵攻じゃなくても、ネイバーの手で亡くしたものだってありますから」
「だったら!」
お前たちだって分かるんじゃないか!?
三輪はそう言葉を続けようとした。
「でも」
しかし月守はその言葉を遮り、自分の思いを告げた。
「俺たちには俺たちの考えがあるんです。憎しみよりも大きかった感情が、思いがあるんです」
と。
「…………!」
押し黙った三輪に向かって、月守は真剣な表情を向ける。
「理解してくれ、とは言いません。ただ、あなたとは違う考えを持って動く人がいるって事を、頭の片隅に入れててくれたなら、それでいいんです」
月守がそう言ったところで、残る全隊員に本部帰投への命令が下り、戦いは幕を閉じた。
ここから後書きです。
ブラックトリガー争奪戦、決着しました。
あまり上手く書けなかった、説明できなかった部分も多々あったと思います。これからも精進します。