第13話「コール」
プルルルル
冬休み前日の夜、自室で冬休みの課題に取り組んでいた月守の元に電話がかかってきた。
「もしもし?」
スマートフォンの画面すら確認せずに月守は電話に出た。
『あ、咲耶?ボクだけど』
電話をかけてきたのは彩笑だった。
「彩笑?なに?早速冬休みの課題に行き詰まったの?」
『ちがーう!ってか、そんなすぐにボクが冬休みの課題に手をつけると思ってるの!?』
「それもそうか」
月守は笑いながらそう言い、空いた右手でペン回しを始めた。
「それで?何の用?」
その問いかけに対して彩笑は即答した。
『んー、アンケート的な質問だよ』
と。
「アンケート?」
『うん。明日のお昼に、本部で各隊の隊長が集まって冬休み中のシフトの話し合いがあるんだけど、何か希望ある?この日は休みたいとか、この日はむしろ任務やりたいとか……』
そういえばそんな時期だったな、と、月守は思った。
どの隊も年末年始は休みたいために、この時ばかりは全隊長が招集されて、なるべく公平な状態にして休みの日を話し合うのだと言う。
ペン回しを続けながら月守は考えて、それから彩笑の問いかけに答えた。
「俺は特に無いよ。ただ、神音と真香ちゃんは今年受験生だし、冬休み中は毎回同じくらいの時間に防衛任務入れてあげた方がいいんじゃないかな」
『了解了解。……それにしても受験、懐かしいなー』
「ああ、去年は俺たちが受験生だったからね」
『咲耶覚えてる?防衛任務後に夕陽さんに呼び出されて何か急にテストやらされて……』
「覚えてる覚えてる。その2日後くらいに、『手が空いた時でいいから』って問題集渡されたやつでしょ?」
『そうそれ!それぞれの苦手なとこをピンポイントにまとめた夕陽さんお手製の問題集!』
2人はそうして去年の事をほんの少しだけ思い出すように語った後、話題を戻した。
『じゃあ、明日はそんな感じで会議出てくるから』
「ん、了解。頑張れ」
『頑張る。あ、そうだ!あと1個連絡あったんだ』
「何?」
月守はググッと体重を椅子の背もたれに掛けて、彩笑の言葉を待った。
『ちょっと急だけど、明日の10時から防衛任務入ったよ』
「了解……、って、あれ?明日の10時からって、確か玉狛支部が担当じゃ無かったっけ?」
明日のシフトを思い出して、月守はそう言った。
『うん、そうなんだけど……。それより咲耶、もしかして全部隊の防衛任務のシフト把握してるの?』
「んなわけない。たまたま覚えてたの。じゃあ明日の10時からってことは、代理?それとも合同?」
『合同。なんか明日運悪く防衛任務に入れるのが三雲くんしかいないみたいで、フォロー頼まれた。』
「……?」
その説明を受けた月守は少し疑問を覚えて、それを問いかけた。
「本当に三雲くん以外、任務に入れないの?」
『厳密に言えば、オペレーターの宇佐美先輩は大丈夫だって。レイジさんはボクと同じ会議で、迅さん、小南先輩、とりまるは皆手が離せない用事があるってさ』
「……ふーん。まあでも、どっちにしろ引き受けたんでしょ?」
月守は背もたれに掛けていて崩れていた姿勢を正しながら彩笑との通話を続けた。
『うん』
「だったらいいや。明日の10時でしょ?」
『そ。明日の午前10時ね。会議だからボクはいないけど、よろしく』
「了解。あ、そういえば、俺も1個連絡ある」
『うん?なになに?』
彩笑が真剣に耳を傾けたところで、月守はニコッと笑って言った。
「冬休みの課題は早めにやってね。夏休みの時みたく、ラスト一週間で片付けるとか無しだから」
『余計なお世話だよっ!あっ!あとついでに神音ちゃんには咲耶から連絡しといてねっ!』
電話の向こうの彩笑は楽しそうに笑い、電話を切った。
「連絡しといてって……、まあ、いいけど……」
月守はそのままスマートフォンを操作し、天音に電話をかけようとした。だが、
(ってか、今何時……?)
不意に月守は今が何時なのかを確認した。
スマートフォンの画面には、間も無く全ての数字が0に揃う直前の時間が表示されていた。
(……この時間だと電話って迷惑な気がする。ああでも、メールで気付かれなかったらそれこそ本末転倒だよな)
悩んだ末、結局電話をかけることにした。
プルルルル
そのコール音が、耳に当てたスマートフォンから何度も聞こえた。
「……寝てるかな」
コール音が10回を数え、月守は仕方ないと諦めてメールを送ろうとした。
その瞬間、
『ふぁい…………。どちらさま、でふか……?』
電話口から、眠そうでフワフワとした可愛らしい声が届いた。
月守は思わず破顔してから、言葉を紡いだ。
「月守です。こんばんは、神音。今、電話いいかな?」
『……………』
天音は月守の言葉に対して沈黙を挟んだあと、
『……つ、月守先輩ですか!?あ、あの、その……、こ、こんばんは!』
慌てた様子で答えた。
「神音、大丈夫?ビックリさせちゃったね」
『い、いえ、その……。ちょっ、ちょっとだけ、待ってください!』
天音の慌てた様子は収まらず、1度電話は切られた。
(……電話だけど、あんなに慌てた神音は久々だなー)
月守はそんな事を考えつつ、天音からの着信を待った。
1分ほどして、天音から折り返しの電話がかかってきた。
「もしもし?」
『……神音、です……。こんばんは』
電話口から聞こえてくるのは、いつものか細い天音の声だった。
月守は何となく、座ってた椅子から立ち上がって部屋の中をグルグルと回るように歩きながら天音との通話を続けた。
「夜遅くにごめんね。寝てた?」
『はい……。あ、あの……、何か用事、ですか?』
「うん。今、彩笑から連絡あってさ、明日の午前10時から合同の防衛任務入ったんだ。急だけど、いける?」
『……10時、ですか?えっと…、はい、大丈夫、です』
急な任務ながらも月守同様に天音は承諾した。
「ほんと?ありがとね」
『いえ、どういたし、まして。その他に、何か用事、あります、か?』
天音の確認するような声を聞き、月守は向こうから見えていないと分かっていても頭を振って否定した。
「ううん、用事はこれだけなんだ」
『あ、そうなん、ですね。了解、です』
今の天音の声は少しだけぼんやりとしていて、どこか眠そうであった。事情が事情とはいえ、起こして悪かったなと月守は思っていた。
「……起こしちゃって、本当にごめんね」
月守は申し訳なさそうに、再度そう言った。
『いえ、全然、大丈夫です……。けど……』
「……けど?」
言い淀んだ天音に対し、月守は続きを言うように促した。電話越しのせいか、気を抜けば聞き逃しそうなほどにか細い天音の声を、月守は聞き逃すまいと目を閉じながらその声を待った。
深呼吸するような音が聞こえた後、
『……目が、覚めちゃって、すぐには眠れそうに、ないです。なので、その……、もし良かったら、もう少し、お話しても、いいですか?』
天音はそう月守に懇願した。
懇願と言うには大げさな、天音の小さなワガママだった。
(んー、ワガママって言うと語弊があるかな…。なんだかんだで起こしたのは俺なんだし……)
月守はそんなことを考えつつ、
「……いいよ。それじゃあ少し、話そっか」
断る理由も無く、柔らかな声で答えた。
『ほ、本当ですか?ありがとう、ございます……!』
そう言う天音の声はさっきまでの眠そうな様子は無く、むしろ明るく弾んでるような気がした。
(神音の明るい声も、久々に聞いたな……)
そんな天音の明るい声につられるように月守の表情がやんわりとした微笑みのようなものへと変わった。
「何かある?聞きたいこととか、言っときたいこととか……」
『聞きたいこと……。んー……、あ……、月守先輩、冬休み中に、お暇な日、ありますか?』
「暇な日?」
以前彩笑にも同じ事を聞かれたなと、ぼんやりと思い出し月守は同じように答えた。
「防衛任務が入ってない日は暇だよ。それがどうかした?」
『えっとですね、その……。私、今年、受験生なんです、けど……、できれば勉強、教えてほしいなって、思って……』
「勉強?いいよ。俺で良かったら教えてあげるよ」
『あ、ありがとうございます……!あ、でも……』
「……?」
天音は躊躇ったような間を取ってから気恥ずかしそうな声で言った。
『その……、私、結構成績、ヒドいんです……』
と。
「……」
月守は一瞬だけ思案した後、
「ねえ、神音。今日の終業式が終わった後、どっかの部隊の隊長から呼び出しメールあった?」
そう問いかけた。
『……え?そんなメール、あったん、ですか?』
キョトンとした声で答える天音の反応を受け、月守は安堵した。
「ああ、だったら大丈夫。気にしなくていいよ」
『……???』
姿は見えないが、おそらく天音は意図が読めずに小首を傾げているのだろうと月守は予想した。
*** *** ***
あまり知られていないが、テストや受験時に成績がヤバイと判断が下された正隊員には呼び出しがかかる。正隊員の中でも成績優秀な者で編成されたチームによる、勉強会が開催されるのだ。
これは以前、A級1位に君臨する太刀川が大学の単位を落としそうになり、忍田本部長や風間が奔走する姿を目の当たりにした何人かが、
「太刀川さんの後を継ぐ者が現れる前にどうにかしなければ!」
「風間さんの負担を減らさなければ!」
という意思の元、自主的に立ち上げた取り組みである。
あくまでボーダーとしては非公式な取り組みであり、不定期な勉強会だが意外にも効果はあるようで、正隊員の中で致命的な赤点獲得者を生み出すことを防止できていた。
*** *** ***
月守はその取り組みに多少関わっており、それに天音が呼ばれていないなら、成績は大丈夫なラインなのだと判断した。
「……まあ、とにかく大丈夫だよ。明日、冬休み中のシフト決まるみたいだし、そしたら勉強会の日程決めようね」
『はい、分かりました。あ、それと……』
それから天音と月守は他愛もない話をしばらく続けた。
ここ最近の出来事や、どうでもいいような豆知識。
ついつい笑ってしまうような話や、思わず驚いてしまうような話。
トリガーの取り扱いや組み合わせ、思いつきの連携技。
本当に他愛もない話が続いた中、不意に天音が言った。
『……夜なのに、外、明るいですね』
と。
月守は部屋の中をグルグルと歩きながら通話していたが、天音に言われて窓の近くで足を止めて夜空を見上げた。
「ああ、本当だ。満月……じゃないな。ほんのちょっとだけ欠けてるけど、十分綺麗だね」
『満月は、昨日だった、みたいです。
……ねぇ、月守先輩。月って、幸せ者だと、思いません、か?』
無邪気な声で、天音は唐突にそう月守へと問いかけた。
「幸せ者……?」
訝しむように月守はその言葉の意味を尋ね、天音は無邪気な声のままそれに答える。
『はい。…ちゃんと、自分のことを、見てもらって、『綺麗だ』って、言ってもらえる、月は、幸せ者だと、思いませんか?』
「……そうだね」
月を見上げたまま、月守は天音の言葉を肯定した。
そしてわずかな沈黙を挟んだあと、
『……って、前に地木隊長が、言ってました』
天音は補足説明を加えた。
「え?本当?」
月守は困ったような笑みを浮かべて天音へと尋ねた。
『はい。といっても、地木隊長も、誰かの、受け売りだって、言ってました』
「あはは、だよね。ちょっと彩笑らしくないし」
笑いながら月守はそう言い、そしてそれにつられたのか、月守の耳には天音の笑い声も一瞬だけ聞こえたような気がした。
『……月守先輩、お話に付き合って、くれて、ありがとう、ございました』
月守の笑いが収まったところで天音がそう言い、電話を終わらせる意思を示した。
時間を見てみれば、電話を始めて30分ほどが経過していた。
「どういたしまして。……そろそろ寝ないと、任務に響きそうだもんね」
『はい…。任務、10時ですよね?』
「うん、そう。一応あとで、確認も兼ねてメールも送るよ」
『了解、です』
電話の向こうの姿は見えないが、いつもの天音の無表情を思い浮かべながら月守は電話を切るための言葉を紡いだ。
「……じゃあね。おやすみなさい、神音」
『おやすみなさい、です。月守先輩』
か細いその声が聞こえたところで、月守は電話を切った。
「……ふぅ」
月守は脱力するように息を吐きながらベットへ倒れこみ、天音への確認メールを送り、眠りについた。
ここから後書きです。
数話だけ原作で描写されていない冬休みの期間のエピソードを挟んだあと、正式入隊日の話に繋ぐ予定です。