ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

19 / 121
あらかじめ書きますが、射手の王がおみくじ引くわけではありません。


第18話「射手の王とおみくじ」

『一年の計は元旦にあり』

 

月守咲耶はこの言葉に多少なりとも説得力を見出している、という訳ではないのだが、毎年初詣には行くことに決めていた。

そうしようと思った理由は多々あるが、実質それをちゃんと決めてから来るのは今回が初めてである。

それまでは気まぐれで来たり来なかったりだった。

 

朝食と身支度を軽く済ませてた月守は自宅であるマンションの一室から三門市の神社に向かった。

 

もとより元旦は初詣をすると決めていたこともあり、月守の足は迷うことなく目的地の神社に辿り着いた。三門市一番規模の大きい神社であるため、それなりに人はいたが、それでもまだまばらだった。混雑がピークに達する昼前頃を避けて早朝の時間帯に来たことが功を奏したようだ。

 

月守自身、こういう場でのちゃんとした作法の心得は無いものの、参道の真ん中を歩かないことや、手水で手や口を清めるといった、うろ覚え且つ断片的な知識を元に神社の拝殿を目指した。

 

その途中のことだ。

 

「月守か?」

 

不意に、聞き覚えのある声で呼び止められた。

声のした参道の向こう側を見ると、やはりそこには見覚えのある人物がいた。

月守よりも10センチは高い背丈に、整ってはいるがどこか冷たそうな印象を持つ顔出ち。極めつきにはそのまま冠婚葬祭に参加できそうな黒スーツの()()を着たその青年は、

 

「二宮さん?」

 

二宮匡貴。ボーダー本部B級1位二宮隊の隊長にしてソロランキング2位、そしてNo. 1シューターとして君臨するボーダー隊員だった。

 

すでに参拝を終えたのか、月守とは逆方向の鳥居に向かって歩いていたのだが、二宮は参道を突っ切って月守の元に歩み寄ってきた。

 

「えーっと、あけましておめでとうございます、二宮さん」

 

「ああ。あけましておめでとう。これから初詣か?」

 

ポケットハンドをしたまま、二宮は月守に問いかける。月守は小さく笑みを浮かべて二宮の言葉に答える。

「まあ、そうですね。二宮さん、隊服のようですけど、これから任務ですか?」

 

「違う、逆だ。俺は夜間の任務明けの足でここに来たんだ」

 

二宮はあっさりとそう答えるが、その声には任務明けの疲れた様子はまるで無く、それだけでも月守は二宮との力の差を感じ取った。

 

「月守、お前この後時間あるか?」

 

「初詣が終われば時間ありますけど、それがどうかしましたか?」

 

「なら丁度いい。参拝が終われば向こうの休憩所に来い」

二宮はそう言い残し、先にその休憩所に向かって行った。

 

「了解です」

かつて二宮からもシューターの教えを受けた月守はその背中に向かって素直に答え、参拝のために拝殿に向かっていった。

 

*** *** ***

 

「今日は寒いからこれを飲め。あったまる」

初詣を終えて言いつけ通り休憩所に辿り着いた月守に向かって、二宮は紙コップに注がれた飲み物を差し出した。

 

「奢りですか?」

それを受け取りながら月守は問いかけた。

 

「いや、そこで配ってる甘酒だ」

二宮は一瞬だけ視線で方向を指示しながらそう答えた。月守も二宮の視線を追うと、確かに参拝者当てに無料で巫女さんが提供している甘酒があった。

 

「なるほど。ではありがたくいただきます」

内容はどうあれ差し出されたことに違いは無く、月守は甘酒を一口飲んだ。

 

「……言い忘れたが、ほんの少しだけアルコール入ってるぞ」

 

「それ、飲んでから言います?」

月守は苦笑しながらそう言った。含まれているアルコールは本当に微弱であるため酔うことはないが、それでもあまり飲むまいと、月守は決めた。

 

休憩所にある椅子に座り、二宮は世間話をするように月守へと話を振った。

「……初詣でなにを願った?」

 

「まあ、当たり障りない、ささやかな事ですね」

月守は座ること無く二宮の問いに答える。

 

「……大方、今年も4人で仲良くとか、そんなところだろ?」

 

「そんなところです。なんで分かったんですか?」

 

「お前の願う事なんてそんなものだろう」

二宮は甘酒を煽りながらそう言った。

それに倣うように月守も再び一口甘酒を飲み、

「そういう二宮さんは何を願ったんですか?」

逆に質問を投げかけた。

 

「……俺も当たり障りないことだ。何なら当ててみるか?」

 

「んー、遠慮します」

 

「そうか……」

 

そこから僅かな沈黙を挟んで二宮は、

「月守、俺のチームに入る気はないか?」

唐突にスカウトを始めた。

 

キョトンとした表情を月守は浮かべつつ、口を開いた。

「……二宮さん大丈夫ですか?まさか甘酒で酔ったとかじゃないですよね?」

 

「酔ってるように見えるか?」

 

「いいえ、至っていつも通りの二宮さんです」

 

「だろうな。つまりはそういうことだ」

つまり酔ったとか冗談とかでは無く、二宮は真面目に月守を二宮隊にスカウトしているということだ。

 

「……二宮さん、俺さっき、今年も地木隊4人で活動したい的なことを初詣でお願いしてきたばっかりなんですけど?」

 

「つまり、入る気は無いのか?」

凄みのある眼光を二宮は放つが、

「はい。無いですよ」

月守はやんわりとした笑みでそれを難なくかわしてそう答えた。

 

傍目からすればハラハラする空気が漂っていたが、

 

「……そうか。なら仕方ない」

 

二宮のその一言により、その空気は一気に霧散した。

 

無意識下で緊張していた月守は安堵の思いからか、二宮の隣に腰掛けて口を開いた。

 

「いきなり言うからビックリしましたよ二宮さん」

 

「……」

隣から見た二宮はどこか拗ねたような表情を浮かべながら、甘酒に口をつけた。

 

「なんでまた、スカウトなんかしたんですか?」

月守も暖まるために甘酒に口をつけながら二宮へと問いかけた。

 

「お前を俺のチームに入れてもいいと評価しているからだ」

 

「あはは、それまた随分シンプルな理由ですね」

 

「だがそれ以上に、お前が埋もれていることにイラついているからだな」

埋もれている、と、二宮は言った。

 

「……どういうことですか?」

 

「ふん……。月守、お前今ポイントはいくつだ?」

 

「ポイントですか?……アステロイド6811、バイパー6730、メテオラ5889ですけど、それが何か?」

 

「低すぎる。本来ならもっとポイントを取れてるだろう」

ポイントを聞いた二宮はそう断言したが、

「誰しも二宮さんみたいにシューター・ガンナーポジションでポコポコ点が取れるわけじゃないんですよ?」

月守は困ったように笑いながらそう言い返し、

「……というか、今の地木隊で俺が点をとる必要なんて無いですよ。俺はサポートで十分です」

と、言葉を続けた。

 

そしてそれを聞いた二宮は、

「……お前は丸くなった、というよりはつまらなくなったな。かつて『ロキ』と呼ばれたお前とは思えない口ぶりだ」

吐き捨てるようにそう言った。

 

『ロキ』

 

昔のあだ名を、通り名を唐突に出された月守は、うへぇ、と、苦笑した。

「随分懐かしいネタ引っ張ってきましたね。ってか、それ誰が言い出したか未だに謎なんですけど……」

 

「さあな。大方、中学生か高校生組だろう」

 

「いや、C級まで合わせたら何人いると思ってるんですか?見つかりっこないですよ」

 

「なら諦めろ」

ばっさりと切り捨てるように二宮は言った。

 

「はあ……」

月守は小さくため息を吐いた後、そっと二宮に手を差し出した。

 

訝しむような表情を浮かべた二宮は月守にその意味を問いかけた。

「…それはなんの手だ?」

 

「お年玉ください」

 

「断る」

二宮はそう言い、お年玉ではなく甘酒を飲み干して空になった紙コップを渡した。おそらく捨ててこい、ということなのだろう。

 

マジっすか?と言いたげな表情で月守は二宮を見たが、

「ちょうどいいところに手があった」

しれっとした顔で二宮はそう言った。

 

「……了解」

月守は子供ならではの臨時収入を諦めて紙コップを捨てに行った。

 

なお、この時月守はバックを置きっぱなしにしており、ゴミを捨てに行ってる間にこっそりと二宮はお年玉を忍ばせたのだが、月守がそれに気づいたのは帰宅してからだった。

 

*** *** ***

 

休憩所に人が埋まると、

「人混みに埋まるのはごめんだ。帰る」

二宮はそう言い月守と別れた。

 

逆に月守は、初詣に来たにも関わらずまだおみくじを引いていないことを思い出し、おみくじを引くべく神社の敷地内を埋めつくさんばかりの人混みへと紛れ込んだ。

 

だが、そもそも月守はどこでおみくじが引けるか把握しておらず、それに加えて予想以上の人混みにより移動すらままならない状況であった。

 

(思ったようにいかないな。ここは一旦ベイルアウトして……って、できないじゃん)

思わず生身でベイルアウトしようと考えてしまうほどに困難な状況だった。そもそも、月守は常日頃から混雑をできるだけ避けようと過ごす傾向があるため、こういった場面が苦手であった。

 

ひとまず自分の位置を把握しよう。月守はその思いでなんとか一時的に人混みから抜け出し、参道から外れることに成功した。

「……」

無言で、ゆっくりと進む人混みの流れを見て月守は思わず呟いた。

「……こんな時、真香ちゃんがいてくれればおみくじまでのルートを指示してるれるんだろうなぁ」

と。

 

すると、

「はい、分かりました。それでは今からこの人混みを通った上での、おみくじまでの最短距離をオペレートしましょうか?」

隣から、よく聞き慣れた声が聞こえた。

 

「ん、じゃあ、お願い、って、あれ?」

月守は驚き、隣を見ると、

「はい。月守先輩どうもこんにちは。あけましておめでとうございます」

そこには案の定、地木隊オペレーターの和水真香がいた。

ブラウンのダッフルコートに柔らかそうな生地のスカートを合わせた、普段あまり見ない私服姿であった。背が高いためか、とても様になっているように見えた。

 

「え、あ、うん。あけましておめでとう?」

 

「はい。今年もよろしくお願いします」

 

「こちらこそ……。というか、なんでここにいるの?」

あまりにも自然に会話が始まりそうになったが、月守はとりあえずそのことを尋ねた。

 

真香はクスクスと笑いながら、

「初詣です。ひとまず参拝が終わって、ここで一休みしていたら、やっとの思いで人混み抜け出してきたって感じの月守先輩と、たまたまバッタリ合流しました」

と、答えた。

当たり障りのないシンプルな理由だった。

 

「1人で来たの?」

真香の周りに身内らしき人がいないため月守はそう問いかけたが、

「……まあ、1人で、来ましたね」

視線を月守から逸らしつつ、ほんの少し、歯切れ悪く真香は答えた。

 

何か事情があるのかと月守は感じ取ったが、

「……そんなことより月守先輩。おみくじ引くんじゃなかったんですか?」

真香が確認するように言い、その事は後回しにすることにした。

 

「ああ、そうだよ」

 

「なるほど、そうですか。……ふふ、オペレート、必要ですか?」

イタズラっぽく微笑む真香に向かって、月守は小さくため息を吐いて言葉を返した。

 

「うん、必要だね。じゃあ、今から非公式の任務スタートだ。目標はこの敷地内にあるおみくじ売り場にたどり着くこと。できるだけ速やかにたどり着けるようオペレートを要請する。ただし、通信機能は使えないから、オペレートは俺の後ろか隣からでお願い」

 

「了解です」

2人は楽しそうに笑いながら、再び人混みの中に紛れ込んでいった。

 

 

月守と違い真香はしっかりとおみくじ売り場の位置を把握しており、2人は人混みに流されつつも、

 

「月守先輩、ちょっと流されてます。もう少し右です」

「了解」

そうして軌道を正しつつ、

「あ、ここは流された方が楽です。流れに乗ってください」

「ありがとね」

時には人の流れに乗り、順調におみくじ売り場へと向かっていた。

 

しかし、途中で人の壁に遭遇した。

「ここは待った方がいいかな?」

 

「ですね。これは参拝者のようですから、もう少しすれば列として進むので、それまで現場待機でお願いします」

 

「了解だ」

2人はその人の壁に対し、壁が動くまで待機するという選択肢を取った。

 

壁が動くまで無言なのもどうかと思い(周囲の話し声があるため静かというわけではないが)、月守は先ほどの二宮のように話のネタを真香に振ることにした。

 

「真香ちゃん、もう初詣は済んだんだよね?」

 

「あ、はい。この混雑のちょっと前になんとかできました」

 

「そっか。何かお願い事、した?」

 

「しましたよー。今年も地木隊4人で仲良くできますようにって」

真香の願い事を聞いた月守は一瞬止まったが、すぐに吹き出した。

 

「あ、先輩笑うなんて酷いですよ!」

 

「あっはは!ごめんごめん。だって、俺も同じことお願いしたからさ」

 

「もう。というか、やっぱり月守先輩も同じじゃないですか」

少々むくれつつ、真香は月守に向かってそう言い、

「……他にお願い事、無かったんですか?」

と、言葉を続けた。

 

「ん?他にって?」

月守としては他に願うようなことは無かったので、そう言って首を傾げた。去年は受験生だったので、合格祈願はしたが、今年は月守自身にそう言ったことは無く、心当たりが無かった。

 

そんな月守を見て、

「……いえ、無いならいいんです」

真香は小さくため息を吐いてそう告げた。そして月守に聞こえないような小声で、

「……これは手強いよ、しーちゃん」

と、呟いた。

 

 

 

人の壁は思ったより動かず、2人の会話も途切れ途切れになってきた。真香は手持ち無沙汰なのか、あたりをキョロキョロしたり、スマートフォンを操作し始めていた。そのため月守は自然と真香から視線を外して周囲を見渡すようになった。

 

だからだろう。

 

2人と同じように人の壁が動くのを待ちながら、その人の壁の向こう側を見ようと必死で背伸びをしている、見慣れた小柄で天然茶髪の女子を月守は発見できた。

 

月守の視線がそれに固定され、気付いた真香もつられてその方向を見た。

「……」

「……」

2人とも無言だが、視線の先にいるのが誰なのか分かっていた。

 

「よし」

月守は真香に追加の指示を出した。

 

「真香ちゃん、任務中に戦場に孤立してる仲間を発見したから救助にむかうよ」

 

「了解です」

日頃の任務の賜物か、イレギュラー要素が介入しても2人の行動は速やかなものだ。

人混みを縫うようにして、その小柄で天然茶髪の人物に近付き、

「グラスホッパーがあれば軽く飛び越えられるのにな」

そう声をかけた。

 

「ふぇ?」

その小柄な人物は声をかけた月守の方を見ると、表情を固めた。

 

「……咲耶?」

 

「なんで疑問形なんだよ、彩笑」

そこにいたのは2人の隊長である、地木彩笑だった。真香同様に、私服の上にコートとマフラーを装備した防寒優先の出で立ちだった。

 

「いやー、なんとなく?あ!あけおめことよろ!」

 

「あけましておめでとう、今年もよろしく」

月守がそう挨拶したところで、

「地木隊長、私もいますよ。あけましておめでとうございます、今年一年も、よろしくお願いしますね」

月守の背後にいた真香もそう挨拶した。

 

「あ、真香ちゃん!うん、ボクの方こそ今年もよろしく!」

月守に向けたものとは違う、ニコッとした笑顔で彩笑は真香に新年の挨拶をした。

 

「……で、2人はなんでここにいるの?」

 

「初詣に来たらたまたまバッタリ会ったの。今はおみくじ売り場に向かって移動してるとこ」

 

「ああ、ならボクと行き先は同じだね。一緒に行こうよ、っていうか案内して!さっきから同じところグルグル回ってるから助けて」

彩笑は堂々と迷子になったと宣言した。

 

新年早々迷子になる隊長を見て月守はため息を吐きそうになったが、月守も似たり寄ったりの状況であったのでため息は吐かなかった。隣にいる真香はそれを分かっているようで、クスクスと笑っていた。

「了解です、地木隊長。じゃあ、これから行き先をオペレートするので、一緒に行きましょう」

 

「真香ちゃんありがと!」

笑顔で答える彩笑を加えて、3人はおみくじ売り場へと移動を開始した。

 

 

案外、目の前にあった人の壁を抜けると道は空いていた。

「彩笑は初詣で何か願い事した?」

移動しながら、もはや本日の定番になった質問を月守は繰り出した。

 

「みんなで一緒にいられますように、って願ったよー」

 

「あはは、私たちと同じです」

3人とも同じ願い事をしていた事に対して真香は思わず笑みをこぼした。

 

そうこうしている間に、おみくじ売り場が3人の目に映った。

「目的視認!」

「だね」

「はい」

そう口々に言ったが、3人ともどこか物足りないものを感じていた。

 

「……あれだね。ここまできたら4人揃わないと絞まんない感じがする」

道の途中でその物足りない理由を彩笑は呟いた。

 

「そうですね……。一応、連絡は入れてみましたけど、今は返事が無いです」

真香もスマートフォンに目線を落としてそう言うが、

 

「まあ、でも、招集を事前にかけたわけじゃないんだし、来れなくても仕方ないよ」

 

月守が、そう残念そうに言った、次の瞬間、

「あ、見つけ、ましたよ」

3人の背後から、とても良く聞き慣れたか細い声が届いた。

 

月守と彩笑はその声のした背後を勢いよく振り返り、

「神音ちゃん!」

「神音!」

その声の主の名前を呼んだ。

 

白のニットワンピースに、ニーハイソックスを合わせた私服姿の天音神音が、そこにはいた。

「地木隊長、月守先輩、真香、あけまして、おめでとう、ございます」

天音はいつもの話し方で新年の挨拶をして、ぺこりと頭を下げた。

 

2人は天音との思わぬ合流に喜んだが、月守はすぐに違和感を覚えた。

(……『見つけました』ってことは、俺たちがここにいるのを知ってたってことか?でもなんで?)

1つの違和感に気付いた月守の頭は、それに類似するもう1つの違和感に気付いて、真香の方を見た。

 

「……一本取られたよ、真香ちゃん」

真香にだけ聞こえるような小声で月守は苦笑しながらそう言った。

 

「はて?なんのことですかね?私は嘘は言ってません。()()連絡が取れて無かったのは本当ですよ?」

トボけたように真香は答える。

 

「じゃあ、その前までは連絡が取れてたわけだ。で、神音が合流できるようにしたのかな?」

月守がやんわりと微笑みながら確認すると、

「だいたいそんなところです」

真香はそう言ってニコッと笑った。

 

「……んー、なんかこう、よく分かんないけど負けた気分」

 

「やった!よく分からないけど月守先輩に勝ちました!」

この2人の間にはよく分からない謎の勝負が広がっていたようだ。

 

そしてそのよく分からない勝利に浸っていた真香に向かって、

 

「あ、そういえば、真香……航治くんは、どうした、の?」

 

唐突に天音が爆弾となる一言を投下した。

 

ピキッ、と、真香の表情が固まったような音が聞こえた(ような気がした)。

 

「え?コウジくんって誰?」

彩笑は獲物の匂いを感じ取った猫のように、嬉々としてそう言った。

 

「え、いや、あの……」

どう説明しようか戸惑う真香を代弁するように、

「真香の、彼氏、です」

いつものような無表情で天音があっさりと口を割った。

 

瞬間、

「何々!?真香ちゃんの彼氏!?どんな子どんな子!?」

彩笑が見つけた獲物に喰らいつかんばかりに真香の元へと素早く移動した。

 

彩笑に捕まる直前、真香と天音はアイコンタクトで、

『なんで言っちゃうのー……』

『真香、ごめん。うっかり』

と、一瞬だけ会話をしていた。

 

恥ずかしそうに、でも嬉しそうに彩笑の質問に答えたりはぐらかす真香を横目に、天音はゆっくりと月守のそばに寄り添った。

「真香ちゃん、彼氏いたんだ」

 

「はい。同じ学校の、同級生、です」

呟くような月守の言葉に、天音は同じく呟くように答えた。

 

「んー、どんな子?」

 

「……背が高い、です。運動部で、礼儀正しい、感じの、人、です」

 

「そっか。2人は、仲良いの?」

 

「……多分。クラスの、人の、言葉を、借りるなら…」

天音は左手の人差し指を顎に当てて、少しの間を空けてから、

 

「えっと…、

『リア充爆発しろ』

……だそう、です」

 

「プッ!」

普段の天音からは想像のつかない言葉を聞いた月守はそれがツボに入り、思いっきり声を出して笑いそうになるのを堪えた。

 

「つ、月守先輩、大丈夫、ですか?」

天音はオロオロと心配そうに月守の背中をさすった。すぐに月守は、

 

「あはは、うん、大丈夫だよ」

 

その天音のほっそりとした手首を掴みながら、そう言った。

 

未だに彩笑に拘束される真香を放置しつつ、月守は天音をまっすぐに見据えた。

 

「……今年も1年間、よろしくね、神音」

 

「はい。私こそ、1年間、よろしくお願い、します」

ほんの少しだけ、その無表情を崩して頬を緩めた天音はどこか嬉しそうだと、月守にはそう見えた。

 

 

 

そしてこの後、4人はそれぞれおみくじを購入しその結果を真摯に受け止めた。ちなみに誰が、とは言わないが、引いたのは大吉、中吉、末吉、凶と、4人バラバラであった。

 

さらにその後、地木隊4人は月守と二宮がいた休憩所に行き、甘酒を飲んだ。

その時天音と一緒に初詣に来ていた天音の母親と遭遇し、3人はとある理由で驚愕するのだが、それはまた別の話……。




ここから後書きです。

二宮さん初登場です。ちなみに、この時の二宮さんはトリオン体ではなく、生身の状態で隊服を着ているという事になっております。

次からは原作に戻ります。とりあえずはボーダー入隊式ですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。