ここ数日、ソロランク戦用のホールは賑わいを見せていた。
理由は先日ボーダー内で発表されたネイバーによる大規模侵攻によるところが大きい。普段よりも規模の大きな戦闘が予想され、正隊員たちは少しでも腕をあげるべく連日ブースに詰めかけていた。
そんな中、
「あ」
「どうも。こんにちわ」
たまたま隣り合ったブースに入ろうとしてバッタリ目が合ったペアがいた。
片方の少年が記憶をたぐったような仕草をして、相手の名前を正確に呼んだ。
「えっと……、あまねしおん……、で名前合ってる?」
名前を呼ばれた天音はコクンと頷いた後、
「うん……、合ってる、よ、空閑遊真、くん」
いつもの無表情と平坦な声で答えた。
「遊真でいいよ」
「うん、分かった。私のことは、好きに呼んで、いいから」
「そっか。じゃあ、あまね」
2人はそう言葉を掛け合った。1対1でこの2人が話すのはこれが初めてだった。
ブースの扉に手をかけながら遊真は天音に問いかけた。
「今からソロランク戦やるの?」
「あ、うん。……遊真くんも?」
「うん。早くB級に上がらなきゃだからさ」
遊真はそう答えて左手の甲を天音に見えるようにかざした。
「……2301点。すごい、勢いで、ポイント、集めてるね」
「おれよりポイント高い人少なくなってきたから、最近はちょっとペース落とし気味だけどね」
「あ、そっか……」
かつて訓練生の頃を思い出して、天音はそう呟いた。
「……頑張ってね」
「あまねもね」
遊真は言葉短く言い、ブースに入っていった。
(……私も、ブース、入ろう)
それに僅かながら遅れて、天音もブースに入った。
入るなりすぐに天音はパネルを起動させ、下にある黒い四角をタッチした。
すると正隊員の証である4000ポイント以上の隊員もパネルに表示された。
(誰と、戦おう、かな……)
パネルに表示されるのはメイン武装1つとポイントだけなので個人名までは分からないが、大体見当はつく。
中には、
「……弧月(槍)で、マスタークラス…。これ絶対、米屋先輩……」
個性的な武装とポイントで個人が特定できるものもある。
せっかく目に付いたので、天音は米屋と戦おうとパネルを操作しようとしたが、
「……あ、指名、された」
それより早く指名された。
(……ポイント2301のスコーピオン?ブースは……隣。これって……)
もしかして、と、天音が思ったところで、
『対戦してもいい?』
ブースの通信機能により、天音に音声が届いた。
戸惑いつつも、天音はそれに答えた。
「えっと……、遊真くん、だよね?」
『うん』
「その…… 、いい、けど……。正隊員からは、ポイント、取れないよ?」
『知ってる。単純に手合わせしてみたかっただけだよ』
「……そっか。うん、いいよ。やろっか」
そう言って、天音は遊真の挑戦を受けた。
「ルール、希望、ある?」
『10本勝負がいい。いつもそれでやってるから。そっちは何かある?』
「……じゃあ、私から、2つ。
1つ目は、1本ごとに、2分のインターバルを、入れて、ほしい。
2つ目は、延長戦は、無し。10本勝負、終わったら、それで、お終い。
これでも、いいかな?」
『インターバルと、延長戦無し。オッケー、いいよ』
互いにルールを決めて2人はステージを選択し、ランク外対戦10本勝負が始まった。
*** *** ***
「よっし!ソロポイントマスタークラスまで戻した!」
別のブースにいた彩笑がガッツポーズと共に嬉々とした声で言った。
『地木先輩にポイントがっつり持っていかれたー……』
それに答えるように、ブース間の通信機能を使って緑川駿が力なく返した。
A級4位草壁隊所属の中学生アタッカー、緑川駿。スコーピオンとグラスホッパーを多用する軽量アタッカーのお手本とも言える戦闘スタイルを得意とする緑川だが、今は彩笑相手にソロランク戦を展開して見事に負けていた。
「がっつりって、トータルで見たら500ポイントくらいだよ?」
『500ポイントもだよー。オレが何したって言うのさー』
「この前ここで、つまんないイタズラしたでしょ?そのお仕置き」
彩笑はにこやかにそう言った。
確かに先日、彩笑が言うように緑川はここでちょっとしたイタズラをやらかしていた。
緑川が憧れるボーダー隊員の迅に誘われ玉狛支部に転属した三雲に嫉妬し、公衆の面前でランク戦を挑み圧勝してみせるというイタズラ(というよりは嫌がらせ)をしていた。この件に関しては、すぐに同じ玉狛支部である遊真が緑川をコテンパンにして謝罪させた上に三雲とも和解したので、すでに解決していた。
だがしかし後日その件を聞きつけた彩笑は、
「駿のやつ、またつまんないことしてるなぁ。よし、もう2度とそんな気を起こさないよう、ちょっと軽くシメ……、躾けてくるね♪」
と、にこやかに言い、それから連日緑川とランク戦を繰り広げていた。
ちなみにこの2人は師弟というわけではない。
さらに付け加えるなら、2人とも数勘定が大雑把なのでここ数日の移動ポイントにサバを読んでいる。トータルで800ポイントほど彩笑が持って行った。
そんなショボくれた緑川に向かって、彩笑はにこやかに声をかけた。
「まあ、今日はこの辺にしとこっか。疲れたでしょ?ココア奢ってあげるよ」
『えーまたココアー?昨日も一昨日もココアだったよー』
「ボク、ココア以外奢る気は無いよ?」
ココア至上主義の彩笑の前に緑川は抵抗を諦め、
『はーい』
大人しくそう返事をしてブースを出た。
ブースを出ると、ホールが騒然としていた。
「やっぱあの白チビやべーって」
「いや、でも。あの女の子だってスゲェよ」
ホールの訓練生は口々にそんなことを言っていた。
「なんか騒がしいね」
緑川は騒ついたホールを見渡して言った。
「うん、そうみたいだけど……。正隊員同士のランク戦じゃないの?」
ここ数日、訓練生の他に多くの正隊員がランク戦に訪れていたので彩笑はそう言った。
そして2人は、ホール中の視線がモニターに集まっている事に気付き、モニターが見える位置に移動した。すると、
「あれ!?遊真先輩!?」
「珍しい。神音ちゃん、練習試合やってるんだ」
よく知っているが、どこか意外な組み話合わせの2人がランク外対戦をやっていた。
さらにそのスコアは、10本中の半分である5本目に突入していて遊真が4本連取していた。当然ながら、天音は4連敗である。
モニターでは天音が弧月を、遊真がスコーピオンをそれぞれ振るい、激しく切り結んでいた。真意は分からないが、天音はスコーピオンしか使えない遊真に合わせてなのかオプショントリガーを一切使わず、純粋な剣の腕前だけで戦闘を繰り広げていた。
そして、僅かだが遊真が優勢に見えた。
その戦いを見つつ、緑川が口を開いた。
「……地木先輩さ、遊真先輩と戦ったことある?」
「うん?あるよ?まあ、(遊真は黒トリガーで、ボクは咲耶との2人がかりだったから)ちゃんとしたやつじゃないけどね」
しかしその事情を知らない緑川はそのまま、
「どっちが勝ったの?」
と、戦績を尋ねてきた。
(どう答えよっかなぁ)
彩笑は迷ったが
「んー、途中で引き上げちゃったから予想だけど、多分10本目勝負をしたらボクが勝つかな」
そう答えた。
そして緑川は続けて尋ねた。
「ふーん。……じゃあさ、しお……、天音さんならどう?」
と。
「……それは何?この試合の結果の予想ってこと?」
確認するように彩笑が言い、
「うん。そう」
緑川がそれを肯定した。
「どうだろうね」
彩笑が試合の結果を真面目に予想しようとしたところで、2人の勝負に動きがあった。
遊真のスコーピオンが天音のトリオン供給器官を突き刺し、天音の弧月が遊真のトリオン伝達脳を真一文字に斬り裂いた。
試合を見ていたギャラリーはどっちの方が速かった、などと口々にして騒ついたが、
『完全同時。5本目、引き分け』
モニターから聞こえる合成音が示したのは引き分けだった。
現段階でスコアは遊真の4勝1分けであり、圧倒的に優勢であった。
しかしそんな状況でありながら彩笑は小さな声で、
「……んー、スロースターターな神音ちゃんはそろそろエンジンかかってくるかな。今日の調子次第だけど、ボクは神音ちゃんの勝ちに1票」
そう宣言した。
*** *** ***
5本目を終えた2分間のインターバルで、遊真は天音の分析を頭の中で纏めていた。
(弧月を使うアタッカー。
バランス型だけどどっちかといえばスピード寄り。
左利き。
弧月以外は使う気が無いらしい。
攻撃はどこかリズムがある。
防御は基本回避だけど受け太刀もできる……)
そこまで分析が終わったところで、
『インターバル終了。6本目を開始します』
ブース内に音声が響きわたった。それを聞いた遊真は座っていた椅子からゆっくりと立ち上がる。
「……とにかくあと1本でリーチだし、ふんばりどころだな」
遊真が言ったと同時に転送が始まり、6本目が始まった。
転送先は市街地の道路だった。距離と遮蔽物があり、互いにすぐには相手を視認出来なかった。
天音は転送されてすぐに、それでいてゆっくりと右腰に差した弧月の柄に触れ、抜刀した。落ち着つきのある凛とした所作で構え、意識を集中させる。
(……うん、もう、大丈夫。身体、ちゃんと、温まった。感覚も、冴えてきた)
そのまま意識を徐々にだが周囲へと広げ、向かってくるであろう遊真に備えた。
(遊真くんは、確かに、速い。けど、地木隊長、ほどじゃない。……それに、今日は、よく視える。もう、負けない)
自身に言い聞かせるようにしていた天音だが、その視界に遊真を捉えた。
「よし、いくか」
同じように天音を視認した遊真は持ち前のスピードを活かして、弧月を構える天音に接近した。
遊真の持つナイフ状のスコーピオンが振るわれるが、
「ん」
天音はそれを難なく身を引いて回避し、弧月による斬撃を放った。
遊真は回避したため天音の斬撃は虚しく宙を切ったが、さっきまでよりスピードが乗った斬撃だった。天音はそのまま弧月を振るい、遊真へ連続攻撃を仕掛ける。遊真は露骨に受け太刀はせず、身のこなしによる回避とスコーピオンでいなすような受けで天音の斬撃を全てやり過ごす。
しかしその内の1撃が、遊真の態勢を僅かに崩した。
「ここ」
天音はここぞとばかりに、強力な大振りの1振りを放とうとした。だが、
(釣りだよ)
それは遊真がワザと作った隙だった。態勢を崩したように見せかけて天音から大きな1撃を引き出し、その隙を殺しきるつもりだった。
崩したフリをした遊真は天音の攻撃を身を低くして回避した。
遊真はカウンターのように攻撃を放とうとしたが、その眼前には今しがた天音が
『伝達系切断、空閑ダウン』
その音声と共に天音はこの試合初の白星を手に入れ、反撃の狼煙を上げたのであった。
*** *** ***
結局、10本目勝負を終えた結果は途中で彩笑が宣言した通りのものになった。6本目から天音は遊真相手に1本も渡すことなく5本連取で逆転勝利を収めた。
『……うーむ、参った。あまねは強いな』
試合を終えた天音がブース内で一息ついたところで、遊真がブース間の通信機能を使って声をかけた。
「あ、うん。ありがとう。でも、私、今日はすごく、調子良くて…。だから、これは、まぐれみたいな、ものだから……。それに、遊真くんも、ちゃんと強かった、よ」
『むう。試合に勝ったのに相手を気遣う態度…。ニホンで言うところの「スポーツマンシップ」っていうやつか?』
「んー、どう、だろう……。でも、遊真くんが強かったのは、本当、だから」
天音自身、スポーツらしいスポーツをしたことは無いためこう答えるしかなかった。
それでも遊真は、
『……そっか』
短い言葉でそう返し、納得したようだった。
しかしすぐに、
『……ところで、あまねって両利き?』
遊真はそうやって次の話題を天音に投げかけた。
思わぬ問いかけに天音は一瞬驚いたが、すぐにかぶりを振って否定した。
「ううん、違うよ。なんで?」
『いや、途中で弧月を左手から右手に持ち替えたりしてたから、そうなのかなって』
遊真が指摘する通り、天音は試合の後半から弧月を時々持ち替えていた。
6本目の時の斬撃もそうだった。大振りの直前に左から右手に持ち替えて斬撃を放っていたため、遊真は回避のタイミングを完全に外されて一太刀を受けることになった。
しかし両利き、というわけではない。天音は遊真の問いかけに対して、
「私は両利きじゃ、ないよ。でも、ちょっと前まで、弧月の二刀流、使ってた時、あったから、弧月は両手で、使えるよ」
と、答えた。
『ふむ、なるほど。あ、じゃあついでにもう1つ質問。あまねはスロースターター?』
ブースに入る前に買っておいた飲み物を一口飲んでから天音は遊真の疑問に答えた。
「うん、それは、合ってる。いきなり、思いっきり、戦えなくは、ないけど……。ゆっくりとペース、上げた方が、上手く身体、動くから」
『ほう。1試合ごとのインターバルもそれが関係してるのか?』
「うん。1試合ごとに、今日の調子、確かめたかった、から……。私にとって、有利な条件、出して、ごめんなさい」
天音は隣のブースにいる遊真に向かってペコッと頭を下げた。
それに対して遊真はあまり気にしてない態度で答えた。
『謝るほどのことじゃないよ。それに、あまねはトリガー1つしか使えないおれに合わせて弧月だけで戦ってたから、条件はそれで五分だ』
だからこの結果はお互いの実力だ。と、遊真は付け加えるようにそう言った。
「……ん、そっか」
天音が遊真の言い分に納得したところで、
『おーい2人とも。話は終わったか?』
別のブースから通信に割り込みがあった。
『誰だっけ?』
聞いたことある気がするけど思い出せない、そんな様子で遊真は尋ねたが、
「あ、米屋先輩、こんにちは」
天音は声だけで分かったので、相手に挨拶をした。遊真もそれで思い出したようで、「ああ、やりの人か」と、呟くように言っていた。
『よう、天音ちゃん。途中からモニターで見てたけど相変わらずやるねぇ』
「……ありがとう、ございます。あ、もしかして、ソロ戦の、申し込み、ですか……?」
『……と、思うじゃん?でも今日のオレの目的は天音ちゃんじゃなくて白チビの方なんだよな〜』
『そういえばまだ約束の勝負してなかったね』
『そういうこと。つーことで、いっちょバトろうぜ。天音ちゃん、白チビもらってくけどいいか?』
「あ、はい」
もらうも何も、もともと天音に勝負を仕掛けたのは遊真なので天音の許可はいらないのだが、それでも天音はそう返事をして、
「遊真くん、頑張ってね」
とりあえずエールを送った。
遊真は「がんばってきます」とだけ返事を言い、すぐに米屋との試合にかかった。
通信が切れて、1人きりになったブースの中で天音は小さくため息を吐いた。
「……ごめんね、遊真くん。私にとって、有利な条件、もう1つ、あったんだ」
小さな小さな、それこそ自分にすら聞こえないほどの声で天音はそう呟いた。
ここから後書きです。
先日、身辺整理をしていたところ、この作品の初期設定資料的なものが見つかりました。今回の話はその中の1つを下地にしました。
もともとは天音と緑川が戦う話でした。
初期設定と比べると、地木隊メンバーの性格や戦闘スタイルが大分違っていて、逆に新鮮でした。
月守の下の名前を「咲耶」にするか「咲夜」にするかで迷ってた記憶を思い出しましたが、同時に、名前の響きはみんな最初から決まっていたことを思い出しました。
次話から新章になります。
まだ大部分が構想の状態なのですが、内容てんこ盛りになる可能性濃厚です。頑張ります。