第24話「迎え撃つボーダー」
(多分敵さんが攻めて来るなら今日だな)
その日の朝、迅はそう思った。自身のサイドエフェクトである『未来視』のおかげと言われたならばそれまでなのだが、それ以前に何か、漠然とした勘のようなものでもあった。
敵が攻めてくる。そう警戒する以上、今日1日は本部にいるべきだと思ったが迅の足は本部とは違う方向に向かっていた。
向かった先は花屋だった。そこそこ大きな花屋で、生花以外にも造花のたぐいも多数取り扱っていた。
「えーと、確か……、ああ、あった」
迅は目的の花を見つけるとホッと一安心する。
すぐにそれを購入しようとカウンターに持って行った。
「3150円になります。お包みしますね」
「どうも」
花屋のお姉さんはとても丁寧な手つきで迅が購入した花を包んでくれた。だが不意に、
「お見舞い用のお花ですか?」
静かな声でお姉さんが尋ねた。
思わぬ問いかけに迅は一瞬面を食らったが、すぐに苦笑して、
「ええ、まあ」
と答えた。そしてそのまま迅は言葉を続ける。
「よくわかりましたね。……この花、あまりお見舞いには…、というか病院では好まれない花なのに」
苦笑した迅と同じように、花屋のお姉さんも苦笑した。
「仕事柄、なんとなくわかるんです。皆さんががどういう目的で花を買っていくのかって。……お客さんの顔は、親しい人をお見舞いに行く顔をしてますので」
「はは、なるほど。その……友人のところに行くんです。そんでこの花は、そいつが特に好きな花なんですよ」
迅はそう答え、包まれた花をそっと受け取った。
「そうでしたか……。こちら、プリザーブドフラワーですので、取り扱いには十分気をつけてくださいね」
花屋のお姉さんは、その碧い瞳で迅の目をしっかりと見つめてそう言った。
「ええ、わかりました。ありがとうございます」
花屋を出た迅は購入した花を見て思わず呟いた。
「……夕陽。今日ほど、お前がいてくれたらって思った事はないぜ」
迅の言葉は、手元にある放射状に伸びた花弁をつけた花に吸い込まれ、誰にも届くことなく消えていった。
*** *** ***
シュー〜、という音と共に、作戦室の隅に設置した加湿器が頑張ってくれているおかげか、地木隊の作戦室はほどよい湿度が保たれている。
今日は平日だが、地木隊には昼からの防衛任務が割り当てられていて、そのために作戦室でスタンバイしていた。
「……咲耶ー、暇〜」
そんな中、隊長である彩笑は定位置とも言えるソファに座りながら月守にそう言う。
それに対して月守は、作戦室のテーブルでせっせと勉強するオペレーターの真香に目線を向け、言葉を返す。
「暇なら真香ちゃんの受験勉強見てあげたら?」
「……ボクの成績知っててそれ言ってるの?」
「真香ちゃんの志望校、俺たちと同じだからできるって。それに成績でいったら、彩笑の方が俺より英語は良いじゃん。英語だけでも教えてあげれば?」
彩笑と月守の成績は基本的に月守の方が優れている。だが、英語になるとそれが逆転する。知り合って3年に届くかどうかの2人だが、月守は英語の試験で彩笑よりも良い点数を取ったことがない。
いつも通りとも言える2人のやり取りを聞いて、真香はクスっと笑った。
「ふふ、地木隊長に月守先輩、気持ちは嬉しいですけど私は大丈夫ですよ」
そう言って右手に持ったシャーペンをクルッと回して、
「むしろ、勉強教えるならしーちゃんです。月守先輩が冬休み中に勉強見てあげたみたいですけど、まだ完全な安全圏にはいないので」
と、言葉を続けた。
ソファに座ったまま、彩笑がどちらともなく問いかける。
「神音ちゃん、そんなに勉強苦手なの?」
と。
「苦手って言うよりは、飲み込みがちょっとだけ遅いんですよ」
と、真香。
「でも、理解して自分のものにしたら応用も出来るし、なかなか忘れないって感じだよね?」
と、月守。
2人の意見を聞き、
「ああ、新しいトリガー構成の取り扱いを覚える時と同じってこと?」
確認するように彩笑が言い、
「そうそう」
「ですねー」
2人は同時に肯定した。
ちなみに当の本人である天音は今作戦室にいない。週一ほどのペースで不知火の元で受ける検査のため、不知火の研究室に足を運んでいるからだ。
天音以外の3人が作戦室で談話していたところで、
『ピピピっ!』
という電子音が、真香のオペレート用のパソコンから響いた。この音は他の部隊からの通信が届いている合図であり、音が鳴ったと同時に真香は行動を始め、
「諏訪隊からの通信です。繋ぎます」
そう言い、諏訪隊との通信回線を繋いだ。
『おう、ちゃんとスタンバイしてるか?地木隊』
作戦室に諏訪の声が響き渡った。
音声だけなのでお互いに表情はわからないのだが、諏訪の声に対して彩笑は軽く笑いながら答えた。
「1時間前くらいからスタンバイしてますよー」
『そうか……って、1時間前!?バカ野郎お前ら、さすがに早すぎるだろ!?』
思わずといった様子で諏訪が突っ込んだ。
「遅れるよりはいいじゃないですかー」
『何言ってやがる!学生の本分は勉強だぞ!ギリギリまで学校にいて授業受けとけ!』
「おおー、諏訪さんがいつに無く真面目に話してる」
『俺はいつも真面目だろ!』
「見た目は真面目とは程遠いですよ?」
『ほっとけ!』
と、テンポ良く隊長同士のやり取りが続いた。
そのやり取りを見つつ月守は個別で通信回線を開いた。
「あ、繋がった。通信状態、良好ですか?」
『おや、月守くんかい?』
月守が回線を繋いだ相手は諏訪隊の堤大地だった。
「あはは、どうも。防衛任務お疲れさまです」
『いやいや、それほどでも……。それにしても、なんでまたオレに連絡を?』
堤の問いかけに対して、月守は苦笑してから答えた。
「あー、その……。諏訪さん、何か連絡があって俺たちに通信回線を繋げたと思うんですけど、彩笑と普通に雑談始まっちゃったんで……。堤さんからその連絡受け取ろうかなーと思いまして」
『ああ、そういうことか』
そう答える堤の声も若干苦笑の色が混ざっていた。
『ただの定時連絡だよ。オレたちは地木隊に引き継ぎして交代することになってるからね』
「なるほど。それで、何か異変とか、ありましたか?」
『いや、いつも通りだよ』
堤はそう断言するように言いかけたが、
『……あ、いや。…んー、異変と呼べるほどのものじゃないが、1つあるな』
と、言葉を続けた。
「というと?」
『……警戒区域内で、カラスやハト、野良猫とかの動物を全く見てないんだ。ほら、昔から危険が迫る場所からは動物がそれを察したように逃げるだろう?だからまあ、気になったんだが……』
考え過ぎかな?と、堤は小さな声で付け加える。
月守は堤の報告を受け、少々考えるような仕草を見せた後、
「……警戒しないよりはいいと思いますよ。わかりました、俺たちも任務に入ったらその辺に気を配りますね」
いつもよりほんの少し硬い声で答え、通信を切った。
言い知れない違和感を月守は胸に秘めつつ、意識して1つ息を吐いた。
*** *** ***
そして、ボーダー正隊員が今か今かと警戒していたその時が、やってきた。
晴れていた空に急に雲が差したかと思えば、地鳴りのような音が警戒区域中に鳴り響く。
まるでそれが戦争の始まりを告げる大砲の音だと言わんばかりに、次の瞬間には数えることを放棄したくなるほどの大量のゲートが開いた。
*** *** ***
「ゲートの数38、39、40……依然増加中です!!」
本部作戦室では沢村が増えていくゲート数を報告し、忍田本部長がそれを受け指示を出した。
「任務中の部隊はオペレーターの指示に従って展開!」
指示を受けオペレーター各位は受け持つ部隊に的確な指示を出す。
「トリオン兵を殲滅せよ!!」
現場の戦闘員は戦いのためにそれぞれのトリガーを展開する。
「1匹たりとも警戒区域から出すな!!」
4年半前と同じ悲劇を繰り返すまいと、ボーダー全ての人材が戦う意思を示す。
「全戦力で迎撃に当たる!!」
力強く、鋼のように硬い意思を込めて忍田本部長はそう宣言した。
*** *** ***
忍田本部長の指示を受けるより早く、彩笑と月守は作戦室から飛び出し本部内の通路を疾走していた。
『先輩!しーちゃんと連絡つきました!』
真香が2人に連絡を回す。
「ありがと!それで?」
『それが検査終了までまだ時間がかかるみたいで、出撃は少し遅れるみたいです』
「ん、了解!じゃあ最初はボクと咲耶でトリオン兵倒すよ!」
「了解」
彩笑の隣を走る月守がそう答え、
『分かりました。オペレートは任せてください』
作戦室でオペレーターとしての仕事を受け持った真香がそう答えた。
2人は出撃用の門に向かって疾走する。
「ねえ、咲耶」
「何?」
「ボクが人生で2番目に後悔してることを教えるね」
不意に彩笑がそう言った。
「1番じゃないのかよ」
月守はいつものノリでそう問い返そうとしたが、口をつぐんだ。この2人の1番の後悔は同じなのだから、聞く意味は無かった。
何も言い返さない月守だが、彩笑はそんなの関係ないといった様子で言葉を続けた。
「ボクが人生で2番目に後悔してるのは、4年半前の大規模侵攻のことなんだ。あの時、まだ小さい小学生だったボクは必死で、避難場所に指定されてた市民体育館に向かって走ってたよ」
「……それで?」
「その途中、クラスメイトに会ったんだ。特別仲が良いわけじゃなかったけど、まあ、普通に話したり遊んだりするくらいのね」
彩笑は少し遠くを見つつ、言葉を紡ぐ。
「……逃げる途中、その子とちょっとモメたんだよ。どっちの道が近いみたいな感じでさ。結局2人とも、いつトリオン兵が来るかっていう恐怖で意見譲らなくて、それぞれ別の道で逃げた」
「……まあ、彩笑が今ここにいるって事は、お前は助かったんだろ?」
「うん。で、察しのいい咲耶なら気付いたと思うけど、その子は死んだ。トリオン兵に殺された」
そう言って彩笑はキュッと唇を噛んだ。
「……一緒に逃げれば良かったって後悔してるのか?」
横目でそんな彩笑を見ながら月守は尋ねたが、
「違う」
彩笑はそれを否定し、
「ボクの後悔はそれじゃない。トリオン兵から逃げることしか出来なかった、無力さなんだ」
キッパリとそう断言した。
(……彩笑らしいな)
その答えはどうしようもなく彩笑らしい答えで、月守は安堵した。
「……でも、もう大丈夫だろ」
疾走を続け、出撃用の門まであと少しとなったところで月守はそう言った。彩笑はいつもより好戦的な笑みを浮かべてその言葉に答える。
「うん!今なら、あの時と同じ後悔は絶対にしない!そう思えるくらいに力はつけた!」
「だな」
言葉短く月守は肯定した。そして、
「……あ、そういえば今の話で1個疑問があるけど、聞いていい?」
と、問いかけた。
「うん?いいけど?」
彩笑は小首を傾げてそれを許可した。
すると月守は、
「……小さい小学生って言ったけど、彩笑、小学生の頃今より小さかったの?」
と、質問した。
「ち、小さいって言うなぁ!」
途端、彩笑はそう反論した。
「えー、だって今でも中学生だと間違えられるくらい小さいのに……」
「た、たまにだよ!それにそれは身長関係無い!童顔だからだもん!」
「へー。でもたまに『年下に見えるのは嬉しい』とか思ったりするでしょ?」
「そうそう……、って、ちょっと咲耶ぁ!」
彩笑はそう言って憤慨する。と言っても、本気で怒っているわけではないのは月守もわかっていた。
『先輩たち緊張感足りないです!もう出撃用の門はすぐそこですから気合入れ直して下さい!』
真香に怒られ、2人は顔を見合わせて苦笑する。
すると目の前に、やっと目的の門が見えた。
2人は勢いよく門から飛び出す。
「咲耶、行くよ!」
「了解!」
飛び出すと同時に彩笑は右手にスコーピオンを、月守はトリオンキューブを出現させ、叫ぶように言った。
「「地木隊現着!これより戦闘を開始する!!」」
ボーダー全戦力をかけた防衛戦が、今、始まった。
ここから後書きです。
大規模侵攻がいよいよ始まりました。
地木隊は果たしてこの戦いをどう乗り切るのか。頑張って書いていきたいと思います。