ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第29話「地木隊の相手」

諏訪キューブの解析を進めていた研究室では、その解析が大詰めを迎えていた。

「ここをこうして、ここはこう。あとは……」

解析を引き受けた不知火は諏訪キューブに接続されたキーボードに指を躍らせ、解除へと近付いていた。

 

その光景を見て思わずエンジニアの1人が呟いた。

「……すげぇ」

と。

最初こそ全員で作業を進めていたが、途中から不知火は他のエンジニアを圧倒する理解力と解析力を持ってして解除を進めた。エンジニアたちは今不知火が行っている作業を辛うじて理解できているが、理解が辛うじて追いつくだけであり同じように解析は出来ないと断言できた。

 

そんな高速での解析が、ようやく終わりを迎えた。

「解けた」

不知火がほんの少し満足そうに言うと同時に、諏訪キューブが発光した。そして次の瞬間、

「ぷはぁ!戻れたぜ!」

キューブが形を変え、そこにあったのはB級10位部隊の隊長を務める諏訪洸太郎の姿だった。

 

調子を確かめるようにトリオン体を動かす諏訪に向かって、不知火はやんわりとした笑みを向けて声をかけた。

「御機嫌よう、諏訪くん。調子の方はいかがかね?」

 

「おう!バッチリですよ不知火さん!キューブから解放してくれてサンキューな!」

 

「おや?キューブになってても意識はあったのかい?」

 

「本当にうっすらとぼんやりとなんすけど……。最後の方は解除の直前だったからか、その辺はなんとかわかりやした」

 

「ふぅん。それはそれで興味深いねぇ」

不知火はそう言って喉を鳴らしながらクツクツと笑った。

「いやでも、本当に助かりました、不知火さん。今度何かでお礼しやす」

 

「ふふふ。それはありがたい。じゃあお酒を頂戴」

 

「本当に酒好きな人だよな、あんたも。ちなみにリクエストとかあんのか?」

 

「ロマネコンティ」

 

「それは勘弁してくれっ!!」

サラリと言った不知火のリクエストを諏訪は叫ぶように言って土下座する勢いで断り、その光景を見てエンジニアたちは思わず笑ってしまった。

 

そこへ、

「諏訪さん!」

そう言いながら研究室の外で待機していた笹森と堤が研究室に入ってきた。

 

隊長と隊員の再会を見てホッと一安心した不知火は、上司である鬼怒田に連絡を取った。

「ポン吉。ワタシだ」

 

『ワシの事をそう呼ぶなと何度も言っとろう!』

不知火の呼びかけに鬼怒田は怒鳴るように答え、それを聞いた不知火はクスクスと笑った。

「いやー、つい昔からのクセで……。まあ、そんな瑣末なことはどうでもいい。ご命令の通り、キューブ化は解いたよ」

 

『そうか。よくやった。引き続きキューブにされた隊員が現れた場合は、お前たちで対処してもらうぞ』

 

「1人救出につき、ワイン1本」

 

『真面目にやらんか!』

 

「ポン吉のケチー」

 

エンジニアたちがそのやりとりを見て思わず苦笑した。

だが、安堵の瞬間を狙っていたかのように、事態は動いた。

 

轟音がしたかと思った次の瞬間、赤い警告のランプとアラームが本部中に響き渡った。

「ポン吉、何があった?」

 

『くっ……!敵のブラックトリガーが本部に攻めてきおった!通気口から侵入して通信室がやられとる!』

鬼怒田の報告を受け、周囲のエンジニアがざわついた。通信室からここの研究室は、さほど遠くないからだ。

 

だがそんな中、不知火は、

「ほう。ブラックトリガー、ねぇ」

ただ1人、心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

*** *** ***

 

その頃、C級を連れて人型ネイバーから逃げていた修と烏丸は警戒区域の外から本部へと続く連絡通路の入り口にたどり着いていた。だが、

「……ダメです!ドアが開きません!」

開かない扉を前にして修はそう言った。

 

まさかの事態にC級は動揺を見せるが、烏丸は落ち着いてオペレーターの宇佐美へと連絡を取った。

「宇佐美先輩。これなんで開かないんですか?」

 

『うーん、わかんない。さっきから本部と連絡が繋がんないんだよね……。通信室に何かあったのか連絡取れないし…。さっきのイルガー特攻で不具合でも起こったのかな?』

 

「そうですか。なら、別の連絡通路を試すか、直接本部に向かうしかないですね」

烏丸がこの先の行動指針を決めたところで、C級達の中に千佳が何かに反応した。

「……すごい速さで2人、追いかけてきます……!」

 

「……どういうことだ?」

驚く烏丸の問いかけに、修が答えた。

「千佳のサイドエフェクトです。敵が近づくのを感知できるんです」

 

「マジか。オレたちを逃すために残って戦ってたレイジさんがベイルアウトしてから、そんなに時間は経ってないぞ」

烏丸は若干信じられなかったが、今まで逃げてきた方向の上空から、さっきまでレイジが足止めをしていた2人の人型ネイバーが現れた。

 

「ほっほ、追いついた。さすが最新鋭のトリガーですな」

杖を持った角なしの老人が感心したように言い、

「恐縮です」

角つきの少年が淡々とした声でそう答えた。

 

追っ手の2人を見据えて、修に付いていたちびレプリカが補足するように言った。

『老人の方はブラックトリガーだ』

 

相手との戦力差を見て烏丸は厳しいと感じつつも修に指示を出す。

「迅さんとの合流地点まで退くぞ。C級を連れていけ」

 

「は、はい!」

修とC級は逃げるために動き出した。

 

そしてその動きを見て、杖を持った老人ヴィザが相方の少年ヒュースへと指示を出す。

「ヒュース殿は手はず通り雛鳥を……。戦闘員は私が斬りましょう」

 

「了解しました」

2人の攻撃が始まる、その瞬間、

 

 

 

 

 

「やあ、こんにちは。アフトクラトルのみなさん」

 

 

 

 

 

まるで最初からそこにいたかのような自然な口調で、烏丸たちとヴィザたちの間に高速で割り込む形で現れた彩笑は、にこやかに挨拶をした。

 

「ほう……!」

「地木!?」

ヴィザと烏丸がそれぞれ驚いたように口を開き、その反応を受けた彩笑はニッコリと微笑んだ。そして背後にいる烏丸に内部通話を繋いだ。

『やっほー、とりまる。聞こえてる?』

 

『聞こえてる。とりあえず、なんでここにいる?地木隊の仕事はラービット討伐じゃないのか?』

 

『そだよ。C級が狙われるなら、ここにラービット集まるかなーって思ったけど……。トリオン兵集団の次は人型ネイバーとはね』

 

『強いぞ、こいつら』

 

『うん、分かってる。まあ、来ちゃったものはしょうがない。ここはボクたちで引き受ける。時間稼ぎくらいにはなるだろうから、さっさとC級連れて基地に向かって』

 

『……ああ、了解だ』

烏丸の返事を聞いた彩笑はそこで通信を切り、目の前にいる敵2人へと話しかけた。

「悪いですけど、ここから先は通しません。ボク()()が、貴方がたの相手になりますからね」

 

戦闘の意思を彩笑が示したのを受けてヴィザとヒュースは構えたが、同時に、

((ボクたち?))

という複数形の表現に違和感を覚える。次の瞬間、2人の上空から雨のごとく大量のアステロイドが降り注いだ。

 

「っ!蝶の楯(ランビリス)!」

数瞬遅れて、ヒュースが自身のトリガー『ランビリス』を展開して傘のような盾を形成し、アステロイドの雨を防いだ。

 

雨が止むと同時に、彩笑の隣に1人の少年が降り立った。

「なんでバラしちゃうんだよ、彩笑」

降り立つなり、月守は困ったような笑みを浮かべつつ彩笑にそう言った。

「ついうっかり」

テヘペロといった様子で彩笑は答える。

 

月守の登場によりヒュースの意識はそちらに向いたが、すぐに次の手を打った。

ランビリスを銃のような形状に展開し、そこから1発の銃弾を千佳に向けて放った。だがそれは修が身を挺したことにより防がれた。

 

月守はそれを横目で見ながら修を褒めた。

「ナイスだよ、三雲くん。まあ、そのまま逃げてくれ。ここは俺たちに任せていいからさ」

 

「わ、分かりました!その…気を付けて下さい!」

この状況下でも他人を気遣う修の態度を受けて、月守は苦笑した。

 

逃げ出すC級たちを見て、ヴィザが動いた。

「これ以上逃げられるのは……御免蒙りたい」

そう言って自身の武器である杖を持ち上げようとしたが、

 

「「動くな」」

彩笑と月守はそれを同時に制するように、武装を展開した。彩笑は右手に細剣を模したスコーピオンを、月守は素早く周囲にトリオンキューブを散らした。

その動きを見て2人の練度の質を計ったヴィザは楽しそうに笑い、動きを止めた。

「ほう…。中々に楽しめそうですな」

 

一方ヒュースは、逃げるC級めがけてランビリスの弾丸を放とうとした。だが、

 

ギィンッッ!!

 

と、自身のすぐ上で響いた金属音に驚き射撃をキャンセルして上に目を向けた。するとそこには、杖を模したブラックトリガー『星の杖(オルガノン)』で3人目の敵による斬撃を防ぐヴィザの姿と、ヒュースを倒すために全力で剣を振るった黒髪の少女の姿があった。

 

斬撃を防いだヴィザは、これまた楽しそうな声を出した。

「ほっほっほ。援軍は2人だけと思わせてからの奇襲という作戦も見事ながら…。お若いのに素晴らしい太刀筋の持ち主ですな、お嬢さん」

 

お嬢さんと呼ばれた天音は淡々とした声で答える。

「おじいちゃんこそ、すごい、ですね」

両者はそこで剣を大きく弾き、間合いを取る。

 

初撃が決まらなかった天音は空中でグラスホッパーを展開して彩笑と月守のそばに降り立った。

『ごめんなさい、月守先輩。奇襲作戦、失敗、しちゃいました』

無表情ながらもしょぼんとしたような天音の声を聞き、月守は苦笑する。

『あはは、いいよ、大丈夫。決まればラッキー、ぐらいの策だったからさ』

 

『だね。むしろ今のは軽い挨拶。ここからが本番だよ、神音ちゃん』

 

『……はい……!』

 

3人は戦闘態勢を整えつつ、作戦を練り始めた。

『……さてと、とりあえず分断で行こうと思う』

彩笑の案にレプリカが賛成した。

『それが得策だろう。相手は磁力で敵を捕らえるトリガーと、特殊な斬撃のブラックトリガーによる連携を使っている。組ませるのは危険だ』

 

『磁力に、特殊な斬撃……か』

確認するように彩笑が言ったところで、月守が立候補するように意見を出した。

『なら、磁力は俺がやろう。どうも話を聞いてる限りだと「頭使う系」の相手だし、搦め手の戦闘なら俺のジャンルだ』

 

それに続き、天音も意見を出した。

『おじいちゃんの、方は、私が、行きます』

珍しく積極的な天音に、月守と彩笑は驚いた。天音はそのまま、言葉を続ける。

『攻撃の正体、分からなくても、私の、サイドエフェクトなら、対応できると、思う、ので』

と。

 

その言葉を聞き、彩笑が若干心配したような声をかけた。

『……まあ、確かに神音ちゃんのサイドエフェクトがあれば心強いけど……。神音ちゃん、いいの?自分のサイドエフェクト、好きじゃないんだよね?』

 

心配するような彩笑の言葉を聞いた天音はかぶりを振り、言葉を紡ぐ。

『嫌いです。大嫌い、です。けど、そうも言って、られない、状況、ですし……。それに、なにより……』

そこで天音は言葉を区切り、躊躇ったような素振りを見せた後、こう言った。

 

『なにより……。あのおじいちゃん、すごく強いん、です。さっきの動きを、見る限り、多分、剣士、です。……私は、あのおじいちゃんと、剣士として、戦ってみたい、です』

 

と。

 

彩笑と月守、そしてこの会話を聞いている真香は知っていた。普段天音は、自己主張が全くと言っていいほど無いが、極々稀に意見を強く主張する時がある。そして主張した時は、何が何でもそれを譲らない事を、3人は知っていた。

 

そんな天音の主張を受け、最終的な判断をする隊長の地位にいる彩笑は腹をくくり、指示を出した。

『……オッケー。じゃあ若いのは咲耶。おじいちゃんの方はブラックトリガーだし、ボクと神音ちゃんで行こう。真香ちゃん、大変だけど2つの戦況のサポート、お願いね』

 

『『『了解!』』』

 

指示を受けた月守は、分断するための1撃の狙いを慎重に定め始めた。

 

そんな月守を見て、彩笑は1つ息を吐いてから言った。

『……任せたよ、「ロキ」』

 

しばらく呼ばれてなかった名で呼ばれた月守は、彩笑と同じように息を吐き、言葉を返した。

『ヘマするなよ、「マンティコア」』

と。

 

2人が今呼び合ったのは、かつての通り名だ。正隊員に昇格した後、気付いたら付けられていた、通り名。

 

『この名前、嫌いなんだよなぁ』

 

『ボクだってコレで呼ばれるの嫌だよ。呼ばれたての頃、どんな意味なんだろうって思ってネットで調べたとき、正直引いた』

 

『まあ、女の子につける通り名じゃないな』

 

『本当にね。ボク、付けられるなら神音ちゃんみたいなのが良かった』

 

『あ、それはわかる。神音の通り名は綺麗だし、俺はすごく好き』

唐突に話題が飛んできた天音は若干驚きつつ、

『え、でも…。あれは、その…、恥ずかしい、です…』

本当に恥ずかしそうな声で答え、2人は小さく笑った。

 

戦闘態勢が整った3人は、最後の仕上げとも言うべき用意を同時に行った。

 

「「「戦闘体再換装」」」

 

その声と同時に、3人の戦闘体が再換装された。

 

今の今まで着ていた黒いジャージのような隊服が換装され、以前、三輪たちと戦った時と同じく、黒を基調とした軍服を模した隊服に切り替わった。当然、エンブレム付きのものだ。

 

3人の換装を見たヴィザは構えた。

「来ますぞ、ヒュース殿」

 

「承知しております」

同じく戦闘用意が整ったアフトクラトル2人を見て、月守が動いた。

 

「メテオラ、アステロイド」

左右に出現させた別々のトリオンキューブを放つ。

爆煙と粉塵を撒き散らすメテオラと鋭い弾道のアステロイドは相手に一瞬の動揺を作り出し、すでに真香からの視覚支援を得て爆煙の中でも敵を捉えている彩笑と天音が高速でヴィザに肉迫して2人がかりの斬撃を振るった。

ヴィザはそれを防いだが、衝撃で大きく弾き飛ばされた。

「そう来ましたか……。お嬢さん方を斬るのは、実に忍びないのですが……」

しみじみとそう言うヴィザに対して彩笑は笑い飛ばすように言い返した。

「油断してると嚙みついちゃうよ?おじいちゃん」

と。

 

「ヴィザ翁!」

ヒュースは攻撃を受けたヴィザに声をかけて追いかけようとするが、

「君の相手は俺だ」

そのヒュースの眼前に月守が現れて言い、トリオン体の身体能力をフルに活かした蹴りを放った。

 

奇襲に等しい月守の蹴りに対してヒュースはランビリスの展開が間に合わず腕で防御したが、それでも軽く吹き飛ばされ、ヴィザと分断される形になった。

「やってくれるな……」

ヒュースは大量のパーツを磁力によってコントロールするトリガー「ランビリス」を周囲に展開しつつ、月守を睨みつけてそう言った。

 

そんなヒュースを見て、月守は笑う。普段は見せないような、好戦的な笑みを浮かべ、

「じゃあ、戦おうか優等生くん」

周囲に大量のトリオンキューブをバラ撒き、

「ここに攻めてきた事を後悔させてやるよ」

開戦の言葉を告げた。




ここから後書きです。

大規模侵攻において、月守VSヒュース、そして彩笑&天音ペアVSヴィザとなりました。

何気に月守とヒュースは同い年で身長もほぼ一緒でした。
彩笑&天音はワールドトリガーにおいて最強クラスのヴィザおじいちゃんとの対決です。


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