ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第33話「隊長として、持つべきもの」

空高く撃ち上げられたヒュースめがけて月守は止めを刺すためにアステロイドのフルアタックを仕掛けた。さっきまでなら反射盾による反撃も考慮していたが、もはや今のヒュースはそこまで対応するだけの余裕はない。そうなるように、月守が仕向けていたからだ。

 

「アステロイド」

 

放たれた弾丸はとてつもない密度の弾幕となりヒュースへと襲いかかる。月守が勝ちを確信した、その瞬間、

 

卵の冠(アレクトール)

 

そう呟くような声が聞こえ、大量の魚を模した何かがアステロイドとヒュースの間に割り込み、月守のアステロイドを片っ端からトリオンキューブへと変えていった。

 

「援軍?」

落下してアスファルトに叩きつけられるヒュースに意識を割きつつ、月守は魚の出処に目を向けた。するとそこには、ヒュースと同じようなマントを纏い、頭部に角を生やした人物が1人、いた。

 

「いい腕だな。ミデンの悪神よ」

右手に大きな卵の形態のトリオンを生成しながら、その人物は月守に向かって言った。

「そりゃどうも……。で、どちら様?そこの優等生くんの仲間ですか?」

月守は話しかけつつ、右手にシールドをスタンバイさせ、左手からトリオンキューブを生成した。戦闘態勢を維持したまま問いかける月守に対し、その人物もまた、卵型トリオンからハトを生成しながら答えた。

 

「ああ……。オレはハイレイン。今お前たちミデンが戦っている、アフトクラトルの遠征部隊を率いている者だ」

 

「へぇ。そんな人がわざわざ俺の前に来るなんて、光栄ですな」

 

「それほどでもないさ」

そう言ったハイレインは、生成したハトを解き放った。それを月守はバックステップで距離を開けつつ、左手に生成したキューブからバイパーを放つ。千変万化の軌道をとるバイパーだが、ハイレインが放ったハトに当たると、そのことごとくがキューブへと形を変えた。

(あらゆるものをキューブに変換するって感じか……。これ多分、食らったらトリオン体でもキューブにされるよな?)

思考する月守だが、状況は止まらずに動き続ける。両者の攻撃は互いの弾丸をある程度撃ち墜としつつ、数発はそれをすり抜けて相手にダメージを与えるために向かっていた。

 

ハトの動きを見た月守は身のこなしだけの回避は困難と判断し、

「……シールド」

自身から距離を開けた位置にシールドを展開して防ぎにかかった。そしてやはり、ハトが被弾したそばから月守のシールドはキューブへと形を変えて無力化されていった。

かろうじてシールドで敵のハトは防ぐことはできたが、それは相手も同様だった。ハイレインは自分を取り囲むように大量の魚を巡らせて月守のバイパーをあっさりと防いでいた。いやむしろ、敵の方が確実に防いでいるように見える以上、月守が不利だ。

 

敵のトリガーの性能の良さを目の当たりにした月守は、再度形勢が不利になったのを感じた。そしてよくよく見ると、ある事に気付いた。

「黒い角ってことは、あんたブラックトリガーだな?」

 

「ほう……。どこからか情報が漏れているようだな」

そしてそう返すハイレインの言葉は、遠回しにだが肯定を示していた。

 

月守はすぐに、オペレーターの真香に連絡を取った。

『真香ちゃん、緊急事態』

 

『えっ?あ、はい!何がありましたか?』

 

『……南西地区で敵の大将でブラックトリガーの使い手に遭遇。能力は生き物の形をしてて、バイパー並みの軌道で敵を確実に狙ってくる性能の弾丸。そんで、それに当たると問答無用でキューブにされる』

 

『な、なんですか、そのトリガー!?反則もいいところじゃないですかっ!?』

 

『うん。で、コイツはここに釘付けにしたいけど、取り逃がしちゃうかもしれないから、今の情報は広く伝えてくれるかな?』

 

『り、了解です!』

真香はそう答えて、上へと連絡を始めた。

 

そして、月守と真香が通信を交わしている間、敵もまた会話をしていた。

「ハイレイン隊長……」

 

「派手にやられたな、ヒュース」

自身の失態を見られ、ヒュースは申し訳なさそうに頭を下げ、

「申し訳ございません」

と、謝罪の言葉を口にした。

 

だが、

「いや、お前が謝ることはない」

しかしハイレインはそれを咎めることはせず、ヒュースに向かって言葉を続けた。

「こいつはかなりの使い手だ。そして、こいつを自由にすると我々の任務に支障をきたす…」

 

「そ、それは……。金の雛鳥を取り逃がすということでしょうか?」

 

「そうだ。だが本国の事情を鑑みると、雛鳥を取り逃がすのは大きな痛手だ。任務遂行を確実にするためには、こいつを自由にするわけにはいかない」

そこまで言い、ハイレインはヒュースの任務を更新した。

「…ヒュース。お前はここでこいつを足止めしてくれ。勝つ必要は無い、この使い手を自由にしないことに重点を置くんだ。そのうち、ヴィザも合流するだろう。倒すのは、それからでもいい」

と。

 

隊長であるハイレインの指示に逆らう理由など無く、

「承知しました」

ヒュースは素直にその任務を承った。それが合図だったようで、ハイレインの前には再び移動のためのミラのトリガーによる大窓が開かれた。

その中に姿を消しながら、ハイレインは一言付け加えた。

「お前はトリガー(ホーン)によってトリオンを拡張した人材の中で、過去最高の性能を発揮している逸材だ。お前ならやれると、オレは信じているぞ、ヒュース」

と。

 

ヒュースの言葉を聞くまでもなく、ハイレインが入ったその窓は閉じた。

新たな任務を受けたヒュースはスクっと立ち上がり、月守と対峙した。

それを見た月守は真香にブラックトリガーを取り逃がした旨を伝えたあと、内心舌打ちをした。

(くそ。せっかくいい感じに優等生くんのメンタル崩せたのに、あっさり立て直しちゃうのかよ…。しかも本人は早々にどっか行ったし……)

 

過ぎたことは仕方ないと割り切り月守は呼吸を整え、同時にさっきまでの好戦的になっていた気持ちも1度リセットした。

 

「今のが君のリーダー?」

 

「そうだ。遠征という過酷な任務を任されるだけの力量を持ち、その任務を何としても成功させるための広い視野に判断力、そして責任感を持ち合わせている、我らのリーダーだ」

 

「ふぅん……」

月守はハイレインを一見して、

(確かに強いけど、なんか胡散臭い……。平然と人を騙せる、俺と同じ匂いがするけどな)

と、思っていたが、それは口にしなかった。

 

代わりに、ヒュースに質問した。

「力量に視野と判断力、それに責任感……。それが君が隊長に求める資質かい?」

 

「そうだ。貴様の隊長に、その資質はあるか?」

ヒュースはそう問うた。

彩笑には、力量、視野、判断力、そして責任感。この要素があるかと、月守に問いかけた。そして月守はそれに対して即答する。

 

「あんまり無いな」

と。

 

「……」

無言で睨むヒュースに向かって月守は笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「まあ、そりゃ必要最低限はあるよ。実力だってアタッカーの中じゃ上位に食い込んでるし、視野だって何気に広い。判断力は……、あいつの独特な感性が働くことがあるからイマイチか。責任感も、まあ……、ある……かな?」

自信無さそうに言う月守を見て、ヒュースは内心苛立ちを覚えた。月守の態度もそうだが、そんな奴が隊長であることに、苛立った。

 

ゆえに、ヒュースは質問した。

「ならば何故、あんな奴が貴様の上にいる?」

 

そして月守はその質問を受け、ヒュースの目をまっすぐ見据えて口を開いた。

「戦う前に言ったろ。俺と君とじゃ、隊長に求めるものが違うってさ」

 

「……」

 

「別に俺は、隊長やるやつが必ずしも強い奴じゃ無くてもいいと思ってる。視野だって、あんまり狭くないなら問題無いし。判断力は……、ここ1番でちゃんと判断できるならそれでいい。責任感なんてほどほどでいいと思ってるよ」

 

月守の語る隊長像が理解できず、ヒュースは核心に踏み込む質問をした。

「ならば貴様が求める隊長とは、どんな奴なんだ?」

と。

 

その質問に月守は即答する。

 

「ついて行きたいって思わせる何かがあるかどうか」

 

と。

 

「みんなを安心させる強さでもいい。

誰かのために頑張れる優しさでもいい。

仲間を信頼してくれる純粋さでもいい。

周りから頼られる人望でもいい。

思わず助けたくなるような弱さでもいい。

……本当に、なんでもいいんだ。ただ、

『ついて行きたい』

って、思わせるならな」

月守は迷うこと無く、そう答えた。

 

「お前の隊長は、そう思わせる何かがあるということか?」

 

「まあな。あいつは……」

月守はそこで1度言葉を区切った。地木隊結成時を、いや、それよりずっと前のことを思い出していた。

 

その頃の彩笑は、ある壁にぶつかっていた。その壁を彩笑はどうしても越えられず、ドン底まで落ちた。

正隊員にはバカにされ、訓練生にも笑われる、そんなドン底まで、落ちた。

だが彩笑はそこから這い上がった。

その光景を月守は誰よりも近くで見ていた。

 

その時の事を思い出した月守は、言葉を繋いだ。

「……俺はあいつが笑ってる裏で泣いてたのを知ってる。

自分の能力以上のことをやろうとして頑張りすぎることを、知ってる。

でも、そんなの止めろっては言えないんだ。

そんな時のあいつが誰より真剣なのも、知ってるから。

だからせめて、そばにいて力を貸してやりたい。

危なっかしい道を進むことになっても、俺はあいつについて行きたいんだよ」

 

と。

 

そう言う月守の目を見て、ヒュースは悟った。

(……形は違えども、こいつはオレと同類だ)

と。

 

ヒュースには隊長であるハイレイン以上に忠誠を誓う、ある人物がいる。その人物に対して自分が向ける感情と、月守が隊長である彩笑に向けている感情を同様に考えるのは癪であるし、はっきりとした共通点など無い。それでも何かしらのシンパシーをヒュースは感じ取った。

 

ヒュースはそれを悟り、ほんの少しだけ、親近感にも似た何かが湧いた。

 

だが、

 

(それでもオレとこいつは敵同士だ)

 

だからこそ、ヒュースは一層強くそう思った。

 

周囲に散らばったランビリスに、ヒュースは再びトリオンを込めて操作する。ハイレインが出した指示通りに無理はせず、足止めのための持久戦の構えを取った。

 

「こい、ミデンの戦士……、いや、ロキ。全身全霊をかけて、オレは貴様を足止めする」

 

守りの姿勢のヒュースを見て、月守はトリオンキューブを周囲に出現させ、

「……いいねぇ。そういう割り切った目は、嫌いじゃないや」

やんわりと笑ってから、戦闘を再開させた。




ここから後書きです。

大規模侵攻の途中で彩笑と月守がレプリカさんに言い損ねた理由の1つが、やっと書けました。
隊長というかリーダーに必要な資質って色々ありますし、どれが正解なのかは、それこそ個人の考えかなと思います。

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