ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前回が短かったからというわけではないですが、今回は長めです。今現在書いた中で、1番長いです。
今回はBBFの情報に加え、オリジナル要素も入ってます。


第34話「本部防衛戦」

風間を正体不明の攻撃で撃破したアフトクラトルのブラックトリガー使い、『エネドラ』。彼の持つブラックトリガーの能力により、エネドラは自身を液体のようにして通気口を通ってボーダー本部へと侵入した。

 

これはアフトクラトルの指揮官である『ハイレイン』の指示によるものではなく、

「本部を潰せば敵の戦力なんざ取り放題だろ」

というエネドラ本人の判断による独断専行だった。

 

通信室のオペレーター数人を殺害した上で、設備そのものにも壊滅的被害を与えたエネドラは次の獲物を求めて本部内を移動した。

細い通路を歩いていると、逃げ遅れたらしい数人を見つけた。

「おーおー、能無しの猿どもがウヨウヨいるな」

ニタリとした笑み作ったエネドラは歩きながら逃げ惑うボーダー職員を追った。

 

すると、

 

ガシャッ、ガシャッ!

 

という音と共に通路の床からトラップの自動銃座が展開され、エネドラ目掛けて攻撃を始めた。だが、自身のトリオン体を液体化させる能力により、通常攻撃の殆どを無力化するエネドラに効果は無かった。

銃弾をすり抜けながら、エネドラは呟いた。

「……さすが猿の国。罠も猿レベルだな、オイ」

そしてそれを破壊しようと手を動かした、次の瞬間、

 

「ほう。侵入者目線から見てもやはりここの罠はチープなのだな」

 

と、エネドラの呟きに答える声があった。

「あ?」

思わず手を止めたエネドラの前に、1人の女性が現れた。肩まで伸ばした黒髪に、エメラルドグリーンの瞳。レディースの黒スーツを着て、その上から白衣を羽織った、研究者然とした女性だった。

 

「誰だ、てめぇ」

イラついた声でエネドラは尋ね、銃座の向こう側にいる女性は白衣のポケットに両手を入れたまま答えた。

「不知火花奈。ここのエンジニアさ」

 

「ほー、そうかい。覚える気はねぇ」

名乗らせておきながらそう言い放ったエネドラは、銃座ごと不知火を攻撃するつもりで、液体を硬化させたブレードを振るった。だが、

「オイオイ、つれないじゃない」

不知火は軽くそう言い、生身の身体ではあり得ないほどの身体能力を持ってして後方へと大きく跳躍し、エネドラの攻撃を回避した。

 

「ああ?なんだてめぇ、トリオン体なのか。つーことは戦闘員だな?」

 

「本当に記憶してないんだね、君は。言ったろう、ワタシはここのエンジニアだ」

トリオン体の不知火は危なげなく着地し、エネドラはそれを追って通路を進んでホールへと出た。

 

ホールに出ると同時に、エネドラは上から銃弾を受けた。相変わらずノーダメージだが、攻撃の方向を見ると、銃を持った男2人と、剣をもった1人の少年がいた。

その3人に向け、不知火は声をかける。

「ナイスな攻撃だ、諏訪くん。残念ながら効果は無いようだがね」

 

「分かってますって!くそっ!復帰早々めんどくせー相手だぜ!」

エネドラは諏訪を一瞥した後、不知火に視線を向けた。

「てめぇとは違って、あっちは戦闘員か?」

しかし不知火はその問いには答えない。ただ不満そうに言葉を返す。

 

「さっき名乗ったのに、『てめぇ』っていうのは止めてくれるかい?あ、もしかして名前が長くて覚えられなかったのかな?じゃあ仕方ない。ワタシのことは『ドクター』、もしくは『ラウフェイ』とでも呼んでくれたまえ」

 

不知火はそう言ったが、自身が出した質問の答えが返ってきていないことにエネドラはイラつき、

 

 

 

「ごちゃごちゃうるせーぞ、ババア。さっさとオレの質問に答えろよ」

 

 

 

と、言った。

 

エネドラは言ってしまった。不知火には、というか、若い女性に基本的に言ってはいけないワードを言ってしまった。

 

「……は、はは、ははは……」

力なく笑った不知火はそっと耳に手を伸ばし、諏訪隊との通信を繋いだ。

『オイ、洸太郎』

そう呼んだ不知火の声は静かだが純粋な怒りに満ちていた。

『は、はい……!?』

 

『さっきキューブから戻した代わりに酒を寄越せって言ったが……、アレは撤回だ』

首の骨をコキ、コキと鳴らしながら、不知火は言葉を繋げた。

『その借りを今返してもらう。……この黒スライム消すから手ぇ貸せ』

そう言い切ると同時に、不知火は周囲にトリオンキューブを展開し、遅めの弾速で放った。

 

「ほぉ……」

エネドラはそれを興味深そうに見たが、

「弾けろ」

不知火がそう言いながら指パッチンをすると、放たれたメテオラが爆発した。

 

エネドラの身体が爆煙に隠れる中、不知火は跳躍して諏訪隊のそばに着地した。

「ついて来い、諏訪隊。ただし洸太郎、大地、お前ら2人はアレの気を軽く引くように銃弾を放て」

荒っぽい言葉で指示を出しつつ、不知火はとある場所に向かって走り出した。諏訪と堤は指示通りに牽制しつつ、不知火の後をついて行った。

 

エネドラは当然ながら4人を追う。逃げ惑う中、今更ながらの疑問を笹森がぶつけた。

「あ、あの、不知火さん!」

 

「なんだ、日佐人くん?」

 

「その……、貴女は戦えるんですか?」

笹森の疑問はもっともだった。そもそもエネドラの侵入を許した時点で、ひとまず諏訪隊が応戦することになったのだが、

「ブラックトリガーなんて最高の研究サンプルを逃す研究者がどこにいる?ワタシもついていく」

不知火はそう言って強引についてきたのだ。

 

笹森がエンジニアである不知火を心配するのは当然のことであったが、

「それなら全然問題ねーぞ!日佐人!」

笹森の質問に諏訪が答えた。諏訪はニカっと笑いながら、

「この人はな!4年半前の大規模侵攻でバリバリの戦闘員だったんだ!忍田本部長と組んで戦ってたこともあるから戦闘力は心配すんな!」

と、答えた。

 

「……え?」

まさかの答えに笹森は驚くが、そんなの御構い無しと言わんばかりに不知火は指示を出した。

「大地は制御室に行け!」

この指示により諏訪隊は不知火の考えを理解した。

「了解です!」

堤は指示通りに制御室に向かって3人と別れた。

 

それとほぼ同時のタイミングで、

「チョロチョロ逃げんな!猿ども!」

攻撃のリーチに3人を収めたエネドラが硬化させたブレードを振るった。

「どあっ!?」

そのブレードを避けきれずに諏訪の腕が切られるが、もう問題は無かった。

 

3人はとある部屋に逃げ込み、エネドラはそれを追って同じ部屋に入った。それを確認した不知火は制御室にたどり着いた堤に合図を送る。

『大地!やれ!』

 

『はい!仮想戦闘モードON!!』

堤がプログラムを起動すると同時に、()()()にいる3人とエネドラのトリオン体がコンピュータと連動し、擬似トリオンとなった。

 

仮想戦闘モード中はトリオン切れ無しの状態になり、ダメージがキャンセルされた。

「……!?腕が、戻りやがった!?」

切断された諏訪の腕が修復されるのを見てエネドラは驚く。その反応を受けた不知火はニヤリと笑う。

「へぇ……。そういう間抜けたバカみたいな表情もできるんだ」

 

「ああ!?」

イラつくエネドラをさらに挑発するように、

「かかって来なよ、ブラックトリガー。エンジニアと女性の意地にかけて、君を解析してあげよう」

周囲に無数のトリオンキューブを出現させてそう言った。

 

*** *** ***

 

まさかの不知火の参戦に、本部作戦室はどよめいていた。

「あんの、お転婆娘が……!」

不知火の直属の上司である鬼怒田は呻くように言い、頭を抱えていた。

 

エネドラを訓練室に閉じ込めたと同時に、忍田本部長が行動に出た。

「城戸司令。しばらく指揮をお願いします」

 

「……いいだろう」

指揮権を城戸に移した忍田は司令官としてではなく、戦闘員として動き出した。

 

「かつての同僚が心配かね?」

忍田の背中に向け城戸が問いかけ、忍田は振り返りながらそれに答える。

「心配が無いと言えば嘘になります。彼女が今使っているトリガーは、戦闘用ではありませんので」

言い放った忍田は作戦室の扉を開けた。

 

背を向けたまま、忍田は自身の補佐官に声をかけた。

「あとを頼むぞ、沢村くん」

 

「はい!忍田本部長!……お気をつけて!」

一瞬だけ目を合わせ、忍田は作戦室を出た。

 

*** *** ***

 

不知火のトリガーは、改造・試作トリガーの宝庫である。技術的問題が残されていて一般実用にはまだ届かないが、チューニングさえしっかりとすれば戦闘に使えるトリガーがいくつかセットされている。

 

「弾けろ」

指パッチンと共に、エネドラの周囲で爆発するこのトリガーもその1つだ。

爆発自体はメテオラである。不知火が使っているのはガンナー・シューター用汎用試作オプショントリガー『クロック』。加古隊の隊長である加古望にリクエストされて作った試作トリガー『タイマー』の類型である。これはボーダーの射撃用トリガーの三要素である威力・弾速・射程に4つ目の要素『時間』を付与するものだ。使うトリガーによってどんな時間的要素が加わるのかはバラバラだが、メテオラに付与すると設定した秒数後に爆発させることができるというものになる。

そのため、指パッチンが合図という訳では無い。ただ不知火がタイミングを合わせて指パッチンをしているだけである。

 

爆発を受けてもエネドラにはダメージは無いが、爆発の度に視界が遮られるためにストレスは蓄積されていく。

「ウッゼェェェ!!!」

エネドラは叫びながら広範囲に渡って無差別にブレードを発生させた。数こそ多いが適当な場所に生成されたものがほとんどであり、避けるのにそうそう苦労はしなかった。

 

「……」

不知火は飛んできたブレードや、その大元である液体にそっと指先を当て、何かを確かめるような仕草を見せていた。

 

(液体だねぇ。ということは……)

不知火の頭の中ではエネドラのトリガーがどんなものか、どんどん解析が進んでいった。

 

だがそれを悟られぬよう、

「短気だねぇ、君は」

小馬鹿にするようにエネドラめがけてそう言った。

 

「ああ!!?」

激怒するエネドラは不知火に標的を定め、正面から大量の硬質化ブレードを振るった。

不知火はそれを見てトリガーを切り替え、つま先を軽く地面にぶつけた。

 

「エスクード・β」

 

選択したのは防御用トリガー・エスクードの改造版だった。地面から強固なバリケードを生成するトリガーだが不知火はそれも手を加えていた。低コストの運用を前提としているこの改造版は、1つのエスクードを分割して生成する上にサイズをある程度にコントロールできるようになっていた(分割するほど一枚の強度は下がる)。独自改造したエスクードを巧みにコントロールして、エネドラの硬質化ブレードを防ぐ。

 

エスクードの合間から僅かにエネドラのブレードが抜けて来たが、不知火はそれに対しても手を打った。

「スパイダー」

不知火の合図と同時に、展開されたエスクード同士を繋ぐように、ワイヤーを展開するオプショントリガー「スパイダー」が張り巡らされた。

 

エネドラの液体化には効果が無かったようで、不知火はステップを踏んで躱した。今回は不発だったが、もし普通のトリオン体相手ならば確実に動きを絡め取っていたであろう手段だった。

 

「すごい……」

 

「な?言ったろ?」

前線を離れた人間とは思えない戦闘を展開する不知火を見て笹森は感心したように言い、諏訪は戦闘前と同じようにニカっと笑って言った。

 

そこへ、1つ通信が入った。出会い頭にエネドラとの戦闘でベイルアウトし、作戦室にてこの戦闘を見ていた風間からだった。

『諏訪、攻撃の手が止まってるぞ。相手は普通のトリオン体とは違い、伝達脳と供給器官の位置が異なる。だがお前のショットガンなら奴の身体に広範囲の攻撃が可能だ。早く奴の弱点を洗い出せ』

 

『ああ!わーってる、ぜ!』

風間の言葉を受けた諏訪はショットガンをエネドラには向けて撃った。すると、

 

ガギンッ!

 

と、今までに無い反応があった。

 

その手応えを受けた不知火は諏訪の隣に移動し、

「良くやった、洸太郎。当たりだ」

諏訪を褒めるようにそう言った。

 

制御室にいた堤も解析を進め、硬質化したトリオン反応を確認し、その反応をマークした。

 

諏訪たちの対応を見て、エネドラは得心がいったように頷いた。

「あーあー、なるほど……。そういうことか……」

 

「解析されたからって負け惜しみかい?」

不知火はエネドラを見据えながらそう言い、左手からトリオンキューブを生成する。

追尾弾(ハウンド)

分割されたハウンドがエネドラに飛んでいくが、

 

ガキキキキンっ!

 

着弾した全てのハウンドからそんな音が聞こえた。

「なにっ!?」

「なんでっ!?」

驚く諏訪と笹森だが、

「ダミーを生成したのか」

不知火は冷静にエネドラの行動を言い当て、

『そのようです!硬質化反応多数あります!』

堤も補足するように言った。

 

そんな3人を見て、エネドラは愉快そうに笑う。

「頑張って弱点を見つけたのに、無駄足になったなぁ」

 

エネドラの態度に笹森は悔しそうに弧月を握りしめ、斬りかかろうとした。だが、

「ところで日佐人くん。潜熱と顕熱……、もしくは融点と沸点って知っているかい?」

不意に不知火がそんな言葉を笹森に投げかけた。

 

「ゆ、融点と沸点……ですか?」

 

「そ。融点と沸点。理科の授業で習うと思っていたのだが…」

不知火は言いながら白衣のポケットから何かを探すようにゴソゴソとしている。笹森はその行動を気にしつつ、不知火の質問に答えた。

「えっと……。物体が固体から液体に変わる時の温度……。それと液体から気体に変わる時の温度ですよね?」

 

「ピンポーン。正解だ」

正解を告げた不知火はニコリと笑い、言葉を続けた。

「そして、おそらく……。それこそがあのブラックトリガーの本質だろうねぇ」

と。

 

不知火の言葉を聞いていた風間が納得したように補足を始めた。

『つまり、相手のトリガーの能力は状態変化……。液体だけでなく、気体にも変化できるということですか?』

 

『ふふ、さすが風間くん、正解だ。そうでもしないと、君がベイルアウトした体内からのブレードに説明がつかない。傷口からの浸入や直接口から飲んだわけじゃないなら、残るは呼吸の際に空気に混ざっていたしか考えられないよ』

不知火はクスクスと楽しそうに笑いながら説明を続ける。

『まあ、大穴として、奴のトリガーの能力が幻覚系であったり、空間転移するような類の能力を併せ持つ可能性もゼロではないんだが……。あの性格の荒れっぷりで、わざわざ相手の体内にトリオンを転送して斬るなんてまどろっこしいことはしないだろうから、ほぼ当たりだろうね』

不知火がそう言うと同時に、風間隊のオペレーターである三上がレーダーのとある反応に気づいて声を上げた。

『……!敵のトリオン反応が訓練室中に充満していきます!』

 

『ほう。それは好都合。どれ、ちゃんとワタシの仮説が正しいか証明してこよう。洸太郎、日佐人くん、君らはこれを着けて、念のため息を止めていてくれたまえ』

不知火はそう言って白衣のポケットから普通のマスクを取り出して投げつけ、自身はエネドラに向かって距離を詰めて行った。

 

それを見たエネドラはニヤリと笑う。

「お?一騎打ちか?」

 

「あはは、そんなところだねぇ」

不知火はそう答え、あえて意図してトリオン体で大きく呼吸を取りつつ攻撃の用意にかかった。

「ハウン……」

 

「はっ!遅え!」

しかしハウンドを放つ直前、エネドラのブレードが不知火の体内から発生し、ダメージを与えた。

だがダメージを受けてなお、不知火は笑い、呟いた。

「……トリオン体は出来る限り人体構造に準じている。流石のワタシでもこの状態から正確に攻撃された部位は割り出せないが……かつて胃カメラを飲んで生活してた時の、胃に受けたストレスとは明らかに部位の感覚が違うから、体内に侵入した君のトリオンは気体となって呼吸器系に行ったようだな」

 

確信を持った不知火はエネドラから距離を取り、訓練室をコントロールしている堤に連絡を入れた。

『大地、仮想戦闘モードは解除してくれ。情報が揃ったし、もうじき本部最強の虎が来る。決めにかかるぞ』

 

『了解しました!』

堤は素早く仮想戦闘モードを解除した。すると擬似トリオンによって戦闘していたエネドラの気体ブレードによる不知火のダメージはキャンセルされ、逆にそれ以前に与えられた諏訪にはダメージが戻り、腕が再度消失した。

 

仮想戦闘モードが終わると同時にエネドラは派手な攻撃を放ち、訓練室の壁を壊した。

「なんだぁ?無敵モードはもう終わりかよ?暇つぶしにしかなんなかったぜ!」

 

「……その余裕、いつまで持つかな?ブラックトリガー」

不知火がニヤリと笑ってそう言ったのと同時に外壁が大きく破壊され、1人の剣士が現れた。

 

「旋空弧月」

 

上空からその剣士は弧月を振るい、エネドラを切り刻んだ。ダメージは無いが確実に動きは止まり、その間にその剣士は諏訪隊と不知火のそばに降り立った。

 

「やぁ、忍田先輩。こうしてトリオン体で会うのは久しぶりだねぇ」

かつての相方であり、先輩に向かって不知火はやんわりと笑ってそう言った。

 

そして忍田の姿を確認した不知火は、とあるトリガーを起動した。

 

本部長の地位に立ってから、名前の後に『本部長』が付くのが普通になっていた忍田は、不知火の呼ばれ方に懐かしさを感じた。

「……ああ、久しぶりだな。色々と言うべきことはあるが、それは後にしよう。まずは、こいつを倒すのが先だ。サポートを頼むぞ、不知火、諏訪隊」

 

「あいあいさー」

 

「了解です」

 

忍田は不知火と諏訪隊に向けて言ったが、それが聞こえていたエネドラが反応した。

「ああ!?この程度でオレを倒すだぁ!?やってみろよ!ミデンの猿!!」

 

「当然だ。貴様ようなやつを倒すため、我々は牙を研いできた」

 

忍田はそう言い、すでにマークされて視界に表示されているエネドラの硬質化パーツに向けて施空弧月を振るった。圧倒的な数のダミーもあるが、忍田はそれを全て斬るつもりだ。エネドラも硬質化させたブレードで反撃するが、剣に関しては忍田が何歩も上であった。

 

「圧倒的な剣技は衰え知らずのようだ」

不知火は忍田の背後でそう言い、堤に空調を全開にするように指示を出した。

 

『忍田先輩とあの黒スライムの位置関係が良い。空調を全開にしてしまえば、風下にいる奴の気体化は無力化できる』

 

『分かりました!』

そうして得た空調により、忍田は敵の気体化を気にせず攻撃できるようになったが、1つ誤算があった。

 

「ダミーの生成と忍田本部長の攻撃が拮抗してるなんて……!」

それに気付いた笹森がそう言った。

 

ボーダー側の誤算は、エネドラのダミー生成のスピードが思った以上に早かったことだった。忍田の攻撃とエネドラのダミー生成速度が拮抗していた。これではトリガーの性能で劣るボーダー側が不利だった。

 

『……くっ!』

忍田もそのことを理解しているのか、若干厳しい表情を浮かべていた。

 

「残念だったなァ!ミデンの猿共!オレはブラックトリガーなんでな!」

エネドラは勝ち誇ったように言うが、それを見た不知火がクスっと、笑った。

 

「この程度で勝った気になるなんて笑わせるねぇ」

不知火は両手にトリオンキューブを生成しつつ、忍田に向かって言った。

 

「忍田先輩。奴のダミーをいくつかまとめて破壊する。そのために15秒間、無防備になるワタシを守ってくれるかい?」

 

「ああ、任せろ!」

 

「即答とは男前だね。ワタシはなぜ先輩が結婚できないかが理解できないよ」

不知火はそう言って、両手に生成したキューブの合成を始めた。

 

明らかに何か仕掛けている不知火を見て、エネドラはそれを潰しにかかった。

「何してやがるババア!」

しかしその凶刃を、忍田は全て斬り伏せる。だが不知火の守りに入ったことにより忍田の負担は増え、確実に劣勢にはなっていた。

 

(あと7秒!)

忍田は不知火の手を信じて弧月を振るう。

 

(あと6秒!)

どれだけ不利であっても、忍田は全力でエネドラのブレードを斬って捨てた。

 

(あと5秒!)

だが、それでも15秒は辛い。

「くっ!不知火!あと5秒は稼「ああ、ごめん。思ったより早く完成したからもうおっけーだよ先輩」

不知火は笑いながら忍田の言葉を遮るように言い、その背後から大きく横に跳んでキューブを放った。

 

「ハウンド+メテオラ」

不意を突かれたエネドラはそれに反応できていない。自身の放った軌道を見ながら不知火は呟くように言った。

「サラマンダー」

と。

 

不知火が放ったのは、敵を追尾するハウンドと爆発する高い火力を持つメテオラを掛け合わせた合成弾の『サラマンダー』だった。

 

サラマンダーはエネドラのマーキングされた部位を正確に捉え、ヒットする。もともと高い威力を誇る「サラマンダー」だが、今回はそれに加えて不知火の切り札付きの特別製だった。

 

不知火が忍田の姿を確認すると同時に起動したのは、試作トリガー「ストック」。ストックはバッグワームのように起動中は使用者のトリオンを消費し、それを()()するのだ。そしてその貯蔵したトリオンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

言うなれば、トリガーの威力を増加させる、それがストックの効果だった。

 

「ぐぉっ!?」

ストックにより大幅に威力を増した「サラマンダー」は、エネドラのダミーを8割ほど破壊し、大きな隙を生み出した。忍田がその隙を突いて全力で踏み込んで剣戟を叩き込んだ。だが、

(くっ!1つ外したっ!)

それでもエネドラの硬質化パーツの全ては破壊出来なかった。そして運悪く、その残った1つがエネドラの急所だったのだ。

 

パーツが残ったエネドラは笑った。

「今のが最大火力の技か?だが、残念。まだ残ってるぜ!」

エネドラがそう言い切った次の瞬間、

 

「じゃあ、それはぼくたちでもらうね」

 

背後からそう呟くような声が聞こえ、残りの1つが破壊された。そしてそれは当然、破壊されぬように守っていたトリオン供給器官とトリオン伝達脳だった。

 

「な……っ!?」

驚愕にエネドラは目を見開くと、そこには最初からカメレオンで姿を消していた風間隊の菊地原と歌川がいた。

(こいつらは……!あの時のチビども……最初っから姿を消して……!)

エネドラがそこまで理解したところでトリオン体に限界が訪れて爆散し、エネドラは敗北した。

 

「ふぅ……」

強敵の撃破に一息ついた忍田の元に、不知火が寄ってきた。

「お疲れ様だ、忍田先輩。助かったよ、ありがとう」

 

「不知火……」

そうして側に寄ってきた不知火を見た忍田は、弧月を持っていない左手を上げて、

「危ないことはしない約束だろう」

と言って、不知火にデコピンをした。

 

「……むぅ。危なくは無いさ。トリオン体だよ?」

デコピンされた額をさすりながら不知火は抗議するが、忍田は鋭い口調で指摘する。

「君が今使っているトリガーは研究用であって、戦闘用では無い。ベイルアウトの機能がついていないのにブラックトリガーとの戦闘なんて、危険すぎるぞ」

と。

 

ベイルアウト機能が無いのに戦っていたという事実に諏訪隊はギョッとしたが、不知火はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに笑っていた。

「まあ、正直に言うと確かに序盤は……、訓練室に入る前までは内心ヒヤヒヤだったよ。守りが諏訪と堤だったし」

 

「ぐっ……、悔しいけど言い返せねぇ……」

 

『ホントですねぇ』

諏訪と堤は苦笑する。そんな2人を横目で見て、ケラケラと不知火は笑った後に言葉を続けた。

「まあでも、忍田先輩が来てからは安心したよ。ワタシは先輩の剣を昔から見ているから、大丈夫だって思ってたもの」

と。

 

そう言われた忍田は、

(例えそうだとしても、それが安心する理由にはならないだろう)

内心そう思ったが、その思いはため息と共に吐き出した。

 

そんな忍田を見て、不知火は薄く笑う。

「……ところで先輩?何か言い忘れてる事とか無いかな?」

 

「ワザとらしいぞ、不知火」

 

「はて?何のことかな?」

どこまてもトボける不知火に忍田は根負けし、その言葉を口にした。

 

「サポート、感謝する。ありがとう」

と。

 

「ふふ、どういたしまして」

そう言って不知火は満足そうに笑った。

 

 

 

 

この後、倒したエネドラを捕虜にしようとボーダーは動いたが、アフトクラトルのミラが現れ、敗北したエネドラを殺害。そしてエネドラのブラックトリガーである『泥の王(ボルボロス)』だけを回収して消えていった。

 




ここから後書きです。

エネドラの性能をちょっとアレンジしました。原作よりダミー生成早めです。

あと、ステルス組の決め方もちょっと変わりました。笹森くんの出番減りました。

おそらく「ASTERs」において、不知火さんが1番何でもアリなキャラです。

次話からは、剣士3人のバトルになります。

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