ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前書きです。
今回の話は、読んで下さる皆様に受け止めてもらえれば幸いです。






第36話「ASTER」

ソロランク戦以外で彩笑がベイルアウト用のマットに落とされたのは久々だった。

 

反省しかないような戦闘であり、正直泣きたかったが彩笑はすぐに立ち上がりオペレートしている真香の元に駆け寄った。

「神音ちゃんは!?」

 

「まだ交戦中です!」

彩笑は真っ先に天音の安否を気にかけ、真香はその問いかけに即答した。すぐに彩笑は頭を回してこの先の指示を考えた。

 

(今は千佳ちゃんキューブを運んでる修くんが基地にたどり着けるかどうかの勝負だから……)

「真香ちゃん、修くんは今どの辺にいるの!?」

彩笑の質問に真香はキーボードに指を走らせながら答えた。

「もう基地の近くまで来てます!あと……5分少々だと思います!」

 

「そっか。真香ちゃん、咲耶に繋いで!」

 

「了解です!」

素早く真香は月守に通信を繋ぎ、彩笑が音声を飛ばした。

 

『咲耶、聞こえてる?』

 

『聞こえてる。……やっぱ、ブラックトリガー強いな』

 

『強かった。トリガーだけじゃなく、持ち主も、強かった。……でもそれは今どうでもいい。今戦ってる磁力使い、あとどれくらいで倒せる?』

 

『検討がつかない。さっき勝負決まりかけたけど、向こうの大将に邪魔された。そっからコイツ、勝ちは捨てて俺の足止めに徹してる。技を見せすぎた上にトリガーの性能が良すぎるから、こっちの手にもどんどん対抗してくる』

 

『そっか、分かった。キツイと思うけど、勝ってよ』

 

『了解。一旦、通信切るぞ。集中する』

 

『うん』

月守の状況を頭に入れた彩笑は一瞬だけ眉間にしわを寄せて思考を続ける。

 

(レーダー見る限りだと、近くに援護できそうな隊員はいない。咲耶の支援も望めないし……、いやでも、5分くらいなら今の神音ちゃんなら……、ううん、無理。おじいちゃんのブレードは至近距離じゃボクが反応できないくらいに速い。神音ちゃんの予知は精度100パーセントじゃない。読み逃しが致命傷になるんだから、5分なんて無理)

 

彩笑が危惧しているのは、ヴィザが地木隊防衛ラインを突破して出水や烏丸、遊真の戦っているエリアに向かうことだ。ボーダー正隊員は決して弱くない。だが、ヴィザの戦闘能力を垣間見た彩笑は、ヴィザの介入により戦況が大きくアフトクラトル側に傾くことを確信してしまった。

 

だから今、地木隊がすべき事はヴィザを何としても南西で止めることだった。だが、今の手札では止めるだけの力が絶対的に足りない。

 

止めようがない。

 

その結論に彩笑が至ったと同時に、

 

『地木隊長、お願い、が、あります』

 

戦闘中の天音から、そう通信が届いた。

 

*** *** ***

 

守りに徹していたヴィザが戦闘スタイルを切り替え攻撃重視になった途端、天音は防戦一方に立たされた。

 

サイドエフェクトである『攻撃予知』はちゃんと働いているが、それでも反撃の隙を見出せないほどの剣速と手数の多さであった。

 

その戦いを見ているちびレプリカも、これだけの猛攻を仕掛ける使い手は初めてであった。

 

天音は至近距離で右手側で施空弧月を発動し、ヴィザに反応させる。それからタイミングを僅かにズラして左手側でも施空弧月を発動させて振るい、ヴィザにそれを弾かせた。隙と呼べるほどではないが、その僅かな時間で天音はヴィザから距離を取り、彩笑にあるお願いを求める通信を入れた。

 

『お願い?なに?』

天音が構えると同時に彩笑がそのお願いの詳細を尋ねた。ふう、と、一呼吸取ってから、天音は内容を告げた。

 

『……アレ、の、許可を、ください』

 

『ダメっ!』

 

だが詳細を言った途端、彩笑は否定した。

『私も賛成できないよ、しーちゃん』

通信を聞いていた真香も同意見であり、鋭い口調でそう言った。この通信を聞いていないが、おそらく、いや絶対に月守も許可を出さない。それだけのモノの許可を、天音は求めたのだ。

 

再び始まったヴィザの猛攻を凌ぎつつ、天音は通信を続けた。

『でも、このままじゃ、負けます』

 

『負けたっていい!相手はブラックトリガーだよ!?ボクたちが時間を稼げた時点で、ホントはもう十分なの!!ここで負けたって誰も責めないっ!』

 

『ここを、突破される、と、三雲くん、とか、他が危なくなるんじゃ、ない、ですか?』

 

『そうだけどっ!でも神音ちゃんがそこまでして止めなくてもいいのっ!!』

彩笑は天音の意見を取り乱しながらも真っ向から否定した。口は挟まないが、真香も同じ意見であった。

 

ヴィザの攻撃はどんどん激しくなり、天音のトリオン体には浅いが幾つかの斬撃が決まっていた。ダメージに対して表情は微塵も崩さず、天音は彩笑に頼み込んだ。

『お願いします』

 

『だからダメっ!』

 

『お願いします』

 

『ダメだって……!』

何度断られても、天音は何度も許可を求め続ける。

 

やがて、

『……どうして、そこまでして戦おうと思ったの…?』

否定を続けていた彩笑が、天音にそう問いかけた。

 

オルガノンの広範囲ブレードを躱しつつ、天音は答える。

『地木隊長と、おんなじ、ですよ』

と。

 

『…………』

 

天音の言葉の続きを待って沈黙する2人に向かって、天音は言葉を続けた。

『……私、ボーダーで、みんなと過ごす、毎日が、すっごく、楽しい、です。一緒に任務、やって、作戦室で、ミーティングして、たまにみんなでお出かけする……。そんな毎日が、ボーダーが、ここが大好き、なんです……』

 

ヴィザの攻撃を受け流し、なんとか間合いを開けた天音は結論を言った。

 

『私が、全力を出せないで、突破されて、それがボーダーに、大きな打撃に、なったとしたら……。私は多分、ずっと後悔、します。大好きな居場所で、そんな思いは、したくないん、です』

 

そして天音は再度懇願した。

 

『だから地木隊長……、彩笑先輩、お願い、します…!』

 

と。

 

天音の言葉を聞いた彩笑は悩み、全てを天秤にかける。

 

普段なら彩笑は、後悔しないと思う選択をする。

 

しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。

 

今回は、どんな選択を取っても誰かが後悔するとしか思えなかった。

 

ならば。

 

『……神音ちゃん』

 

『はい』

 

彩笑は判断を下した。

 

誰かが必ず後悔するなら、最も気持ちが強い者の気持ちを汲むべきだと。

 

たとえそれが、彩笑が一番後悔する選択であったとしても。

 

下されたのは苦渋の決断でもあった。

 

『……修くんが、基地に辿り着くまでだから』

 

『じゃあ……!』

 

『ただしやるからには、時間稼ぎとかそんなこと絶対にしないで。勝つつもりで戦うなら、全力を……、ASTER(アスター)の許可を出します』

 

と、彩笑は言った。

 

ASTERの許可を、全力での戦闘の許可を受けた天音は、

『分かりました。ありがとう、ございます……!絶対、勝ちます……!』

そう彩笑にお礼を言った。

 

許可をもらった天音を見て、ちびレプリカは問う。

『アスターとは?』

 

天音は答える。

『切り札、です』

 

弧月を構え、ヴィザを見据えつつ天音は音声によってプログラムにアクセスした。

 

「アスターシステム・オフ」

 

*** *** ***

 

足にダメージがあるのは痛手だが、負ける気はしなかった。というのがヴィザが天音と戦っていた時の正直な感想だった。

 

天音は確かに強いが、それはまだ強さとしては「浅い」ものだった。言うなれば経験が圧倒的に足りず、剣技はどこか薄っぺらいものがあった。

 

(もう少し経験を詰んだなら、もっと楽しい戦いになったと思うのですが……。残念ですな)

天音の今後の伸びしろに思いを馳せたヴィザはこの勝負を決めにかかった。更新された任務のため、ここで天音を倒してヒュースの援護を済ませた後、ハイレインのもとに向かうつもりだった。

 

だがその瞬間、

 

「アスターシステム・オフ」

 

呟くように、それでいてはっきりと天音がそう言った。

 

「む……?」

何か手を隠していたのか?と、ヴィザが警戒した次の瞬間、

 

「旋空弧月」

 

天音はヴィザの眼前まで迫り、弧月を振りかぶっていた。

 

(バカなっ!!)

ヴィザは驚愕しつつも天音の施空弧月に対応してオルガノンで大きく弾いた。大きな音を響かせながら弾くことには成功したが、剣を伝ってくる衝撃は重く鋭く、さっきまでとは比べ物にならない威力を物語っていた。

 

「ほう、面白い……!」

年甲斐もなく楽しげな笑みを見せたヴィザだが、

「面白いって思えるの、今だけですよおじいちゃん」

無表情で淡々とした声で天音はそれを制するように言い、続けて攻撃に出た。

 

剣技自体はそこまで劇的に変わってはいない。だが先程までとは違い、天音の剣にはヴィザも気を抜けば斬られかねないほどの速さと、真っ向から受けては押し負けそうな重さが加味されていた。

「むぅ……っ!」

本調子ならいざ知らず、足を負傷したこの状況での斬り合いをマズイと判断したヴィザは剣戟の中、オルガノンの広範囲ブレードを起動した。

(オルガノン!)

だがヴィザが攻撃を仕掛けようとしたと同時、

「視えてますから」

天音は高速でバックステップを踏みヴィザとの間合いを調整し、オルガノンの軌道から完璧に外れた。コースを読まれたオルガノンの広範囲ブレードは虚しく宙を斬り、その隙を突くように天音は再び施空弧月を振るう。ヴィザは防御用として用意していたブレードを起動してその施空弧月を防いだが、

 

パリンッ!!

 

と、オルガノンの広範囲ブレードと施空弧月が砕け散った。

 

「なんと……っ!」

「ん」

まさかの威力にヴィザは驚きつつも、砕けたブレードを修復した。さすがと言うべきか、高い性能を持つブラックトリガーゆえに、この程度はあっさりとやってのけた。

 

「ああ、やっぱり、戻るんですね、それ。全部壊しちゃえば楽、って思ったんですけど……」

そんな簡単にはいかないですね、と、天音は言い、弧月を再度生成した。その生成された弧月は先程までとは違い、僅かに刀身は伸びており、そして刃の側面には何かの紋様を思わせる黒く妖しい筋が幾つも走っていた。

 

そんな天音を見てヴィザは考える。

(明らかに先ほどまでとは一線を画す戦闘能力……。トリオン体とトリガーを後付けで強化する機構か……?いや、それにしては違和感がないほど、お嬢さんは今の状態に馴染んでいる。強化というよりはむしろ、()()()()()という方がしっくり来るような……)

考えている間にも戦闘は止まらない。天音は再度踏み込み、彩笑と同等かそれ以上の速度でヴィザに肉迫し、弧月を振るった。

 

*** *** ***

 

戦闘中にヴィザが行った思考は、的を得ていた。

 

ASTER(アスター)は天音のためだけにある特別な機能だ。

天音の身体能力やトリガーの性能は今、飛躍的に上がっている。その結果だけ見れば、玉狛支部の烏丸が使用するトリガー「ガイスト」に似ている。

ただ、その効果は真逆である。

ガイストは莫大なトリオンの消耗によりトリオン体を強化しているが、アスターは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

天音のトリオンは本来、とてつもなく強大である。それこそ月守や出水、二宮を凌駕するだけの性能がある。だが()()()()()で、天音は全開戦闘を許されていない。アスターはそのためにあり、常時発動しているトリガー(レーダーなどと同じく、トリオン体に組み込まれている基本トリガーと同様の扱い)である。

 

だがそのアスターを、天音は解除した。

 

枷を外した今この状態が天音の本来の実力であり、正真正銘の全力であった。

 

*** *** ***

 

どんどん威力と速度を増す戦闘の中、ヴィザは今の天音の状態に覚えがあった。

(……はて?この感じ、過去にも覚えがありますな)

ヴィザは半世紀にも及ぶ戦闘の記憶を辿り、答えを探す。そして、

(思い出しました。この感じは、あの時の……)

ヴィザは思い出した。かつてとある小国を攻め落とした時、天音とよく似た雰囲気の戦士と剣を交えたことが、1度だけあった。

 

そしてまた、この戦闘を見ているちびレプリカも、天音の今の状態には覚えがあった。同時に、

(……そうか。だからあの時、アマネはトリオンの計測を拒否したのだな)

と、理解した。

 

両者の剣は激しくぶつかり合い、鍔迫り合いの状態になった。そこでヴィザは口を開いた。

「大したものです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですが」

ヴィザの言葉で、天音は相手が言いたいことを理解し、

「反則だって、言いたいんですか?」

そう言葉を返した。

 

ヴィザはかぶりを振って否定の意思を示したあと、

「いえ……。運命とは残酷なものだ、とは思いますが」

と、答えた。

 

天音はその碧い瞳でヴィザを1度しっかりと見たあと、

「そうですか」

言葉短くそう言い、オルガノンを大きく弾いた。

 

「変な同情とか、いりません。私は全力で貴方を倒し……、いえ、殺します」

明確な意思を告げた天音は弧月を構える。

 

膨大で強力な天音のトリオンはトリガーに多大な影響をもたらし、その効力を改変してみせる。

 

「絶空弧月」

 

先程まで使っていた旋空を大きく超える威力を伴ったその一振りは、ヴィザの命を刈り取るべく襲いかかる。

 

「オルガノン」

ヴィザは広範囲ブレードの軌道を3本重ね、天音の絶空を受ける。

 

バギャンッ!

 

両者の剣は、再び砕け散った。

 

互いに武装を再展開し、構える。

 

もはや今のこの2人の戦いに割って入れる者など、アフトクラトルにもボーダーにもいなかった。

それだけの実力と殺気が伴った戦いが、幕を開けた。




後書きです。

今回の話は「ASTERs」という物語を考えた時点で、形はどうあれ絶対に書こうと決めていたお話でした。

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