ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第37話「近づく決着の時」

三輪は強い信念を持ち、ボーダーに所属している。

かつての第一次侵攻で姉を喪ったことから、ネイバーに対して強い憎しみを持っていた。

 

あの日のことを彷彿とさせる今回の大規模侵攻にて、三輪は普段よりずっと気が立っていた。加えて、以前迅から告げられた予知が三輪のメンタルに多少なりとも影響を及ぼしていた。

 

そんな中、本部付近にいた三輪はゆっくりと弧月を抜刀し、

「……標的を確認した。処理を開始する」

敵の大将であるハイレインを見据えて、そう言った。

ハイレインは出水や烏丸、空閑が足止めしていたが、敵のトリガーのワープで抜けてきたとあらかじめ三輪は報告を受けていた。

今の三輪がやるべきことは、もうじきやって来る仲間の米屋の援護だ。キューブにされたC級を本部に運ぶ際に、この人型が妨害すると考えられるため、それを止めるのだ。

 

今、ここにいるのは三輪とハイレインだけではない。キューブにされた千佳を運ぶ修もいた。

この状況を見た三輪は、奥歯を噛み締めながら舌打ちをした。というのも、迅が告げた予知というのが、

「この戦いのどこかで修がピンチになるが、その時助けられるのが三輪しかいない。だから助けてやってくれないか?」

という内容のものだったからだ。

そしておそらく、迅が視たのは今、この状況だった。

 

しかし三輪は迅の思惑に乗る気などサラサラ無く、ハイレインとの戦闘を開始しようとした。その時、

「み……三輪先輩!」

修がその手に持ったキューブを差し出しながら三輪に頼み込んだ。

「千佳を……、こいつを頼みます!キューブにされたうちの隊のC級です!」

と。修はここでハイレインを食い止めるので、三輪に千佳を助けてほしいと、頼んだ。

 

そんな修を見た三輪の脳裏に、あの日の光景がよぎった。

 

雨の中、死にかけた姉を助けてと迅に頼み込んでいた、あの日。無力だった自分の姿がほんの一瞬だけ、今の修と重なって見えた。

 

そして三輪は、

 

ズドッ!

 

と、思いっきり修を蹴り飛ばした。

驚く修とハイレインの視線を集めながらも三輪は吐き捨てるように言った。

「知るか。他人に縋るな」

と。

 

修に向けて、そして、あの日の自分に向けて三輪は言った。

 

 

そしてこの状況を上手く飲み込めなかったハイレインは尋ねた。

「なんだ?おまえはあいつの味方じゃないのか?」

 

「黙ってろ、ネイバー」

三輪は力強く弧月の柄を握りしめ、殺気だった声で言った。

「どちらにしろ、おまえは俺が殺す」

と。

 

そのまま三輪は踏み込み、ハイレインとの戦闘を開始した。

 

*** *** ***

 

「絶空弧月……!」

「オルガノン」

異常であり過剰なトリオンによって改変された天音の旋空弧月と最高位のブラックトリガーであるヴィザが使うオルガノンの広範囲ブレードが激しく火花を散らす。

 

ヴィザは今、任務によりハイレインの援護に向かわねばならない身である。だがもう、ヴィザはそんなのどうでもいいとまでは行かないが、それに近い感情を抱いていた。

未知の相手との戦闘を好むヴィザにとって、今の天音はここ数年で1番楽しめている闘いだった。

 

剣本来の間合いでの斬り合いに天音は持ち込み、ヴィザはそれに答える。その斬り合いの最中、ヴィザは口を開いた。

「どんどん剣技が洗練されていきますな、お嬢さん」

 

「どうも」

 

「敵対する戦闘でなければ、いつまでも見ていたいと思わせる美しい太刀筋でございます」

 

「そうですか」

天音は凛とした声で答えて一歩下がり、弧月を刺突を繰り出せるように構え、絶空を起動した。言わばノーモーションの刺突であり、ヴィザの不意を突いた。加えて天音は弧月の切っ先を相手の目線に合わせるという「青眼」と呼ばれる状態に構えたため、ヴィザは遠近感が一瞬だけ狂わされ回避のタイミングが遅れた。

「むぅっ!」

 

「まだですよ……!」

頭を逸らして回避したヴィザを天音はさらに追撃する。ヴィザは致命傷こそ回避するが、天音と同様に浅い斬撃は幾つかもらっていた。

 

弧月を弾き、両者は仕切り直すように構えた。そこへ、ハイレインからヴィザへと通信が入った。アフトクラトルの紅一点であるミラが使う空間転移のブラックトリガー『窓の影(スピラスキア)』によるものだ。

『ヴィザ。貴方ともあろう方が手こずる程の相手ですか?』

 

「ええ。私が全盛期の頃に出会えなかったのが惜しいと思わせるほどの相手です」

そう答えるヴィザの声は年甲斐もなく戦闘を楽しんでいるように思え、ハイレインはヴィザによる援護を諦めた。

『分かりました。こちらの方は私とミラで対応しますので、そちらは存分に戦ってもらって結構です』

 

「ほっほ。お心遣い、感謝しますぞハイレイン殿」

そう言ってスピラスキアによる通信用の小窓は閉じた。同時に天音は踏み込みヴィザへと肉迫し、弧月を振るった。

「電話は、終わりましたか?」

 

「ええ。お待ちいただき誠にありがとうございます」

口元に笑みを作りつつ、ヴィザはオルガノンの広範囲ブレードを展開した。

 

もはやボーダートップランカーであっても即死しかねない速度と威力をオルガノンは発揮しているが、天音は最小限の動作によって紙一重でありながら無駄なく回避する。

普段はムラのある「攻撃予知」の精度向上に加え、身体能力の上昇、そしてトリオン体の反応速度もほぼ限界まで達した今の天音に攻撃を加えるのはヴィザであっても至難の技であった。

 

このままでは、国宝の使い手であるヴィザでも勝利を掴むのは容易ではない。しかしヴィザは気付いて……、いや、知っていた。今の天音の状態が長くは続かないことを、かつての経験から知っていたのだ。

 

天音がその身に宿した宿命を、ヴィザは知っていた。

 

*** *** ***

 

月守はヒュースとの戦闘に苦戦を強いられていた。

内容だけならば月守が一方的に攻撃を仕掛けてヒュースがそれを捌くという形であり、一見すると月守が圧倒してるように思える。しかしその実、ヒュースはこの勝負で勝ちを求めていない。ただひたすらに月守の攻撃を凌ぎ、月守の足止めをしているのだ。

そういう意味では、相手の思惑にはまっている時点で月守の負けだと言えた。

 

戦いの最中、背後を始めとする死角から襲いかかってくる月守の弾丸に対応して盾を展開できるようになった時、ヒュースは違和感を覚えた。

(……?こいつ、攻撃が少し雑になったか……?集中力が切れた……、というよりは、何か別のものに意識を割いているような感じだ……)

と。

 

ヒュースの考察の通り、月守は今、ヒュースにだけ向けていた集中が削がれている。

漠然とした胸騒ぎが、ずっと止まらないのだ。

(……おかしい。なんで神音がベイルアウトしない?)

月守が疑問に思っているのはそれだった。

 

月守は天音の実力を把握している。それから考慮すると、彩笑を倒せるだけの実力を発揮したブラックトリガーの使い手を相手にした天音が、こんなにも勝負を長引かせられるはずが無いのだ。

 

その疑問はどんどん嫌な予感へと膨れ上がり、たまらず月守は彩笑たちに連絡を入れた(天音への連絡はすでに試したが、何故か繋がらなかった)。

 

『彩笑、質問いいか?』

 

『な、なに、咲耶?』

そう答えた彩笑の声はいつもと違って、月守の頭の中で嫌な予感がさらに膨らんだ。

 

月守はその予感の中で、最悪というか、1番違って欲しいものを尋ねた。

 

『……まさかとは思うけど…。神音にアスターの解除許可とか……、出して、ない……、よ、な……?』

そう言った月守の声は、途中から震えていった。自分で口にしながら、これだけはあってほしくないものだったから。

 

そしてその問いかけに、彩笑は答えた。

 

『…………………ごめん、ごめん咲耶……!ボク、許可、だしちゃった……!!』

 

と。

 

それを聞いた月守は、

「……っ!!」

いつも微笑んでいる表情を一瞬だが、この上なく歪めた。

 

『ごめん………っ!ごめんよ、咲耶……っ!』

月守は押し黙り、彩笑は何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。

 

謝る彩笑の声は、月守が通信を繋いだ時からもう泣いていた。

 

一体どんな経緯があって彩笑が天音のアスターの解除許可を出したのかは、月守には分からない。

 

ただ、その決断を下すまでに葛藤したのも、今はどうしようもないくらいに後悔しているのは、彩笑の泣き声で分かった。

 

だから、月守は言う。

『……泣かなくて、いいから』

と。

『元々、神音が1人になった時点でアスターの取り扱いは神音に一任されるんだ。多分、彩笑が許可出さなくても、神音が使うと決めた時点で、もう、止められ無かったんだ。……神音がああなったからには、俺じゃないともう止められない。俺が、この磁力使いを倒して行くよ』

 

『さくやぁ……っ!』

 

『だから、謝らなくていいし、もう、泣かなくていい。言いたいことは、みんな揃ってからにしよう』

月守は困ったように笑いながら、通信越しで泣きじゃくる彩笑に向かってそう言い、

『……あとさ、こっちから神音に通信、繋がらないんだ。多分、トリオンの影響でどっかおかしくなってると思うから、そっちの方で呼びかけてもらっていい?作戦室からの方が、電波安定するから繋がりやすいんだ』

と、彩笑と真香に頼んだ。

 

『うん、分かった……!』

 

『うん、頼んだ。神音に通信繋がるまで、俺の方は繋がなくていいから、頑張って繋いで』

 

月守の頼みに彩笑と真香は2人で声を合わせて答え、さっそく天音に通信を繋ごうと試みた。

 

「…………」

作戦室からの通信が完全に途絶えた所で、月守は意識して大きく呼吸を入れた。

 

月守が表情を崩したことや、今の意図した呼吸を見たヒュースは、

「どうやら、何か貴様らに取って不利な事態が進行しているようだな」

半ば予想だったが、そう問いかけた。

 

だが月守はその問いかけには答えず、

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!!!何でだあァァァァァァ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

今しがた吸い込んだ酸素を全て吐き出す勢いで、叫んだ。

 

「っ!?」

 

『サクヤっ!?』

いきなり叫び出した月守を見てヒュースは驚きのあまり目を見開き、レプリカも思わず声をかけた。

 

そんな2人のことなど、今の月守の意識には届かない。

 

「何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で!!!!!」

月守は壊れたように叫ぶ。

「どうして君が!!!!そこまでして……っ!!!絶対にアスターはっ!!!!解除しちゃいけなかったのにっ!!!!!!」

その叫ぶ表情は両の手で覆われて誰も見ることは叶わない。

 

狂ったように、嘆くように、月守は叫ぶ。

「なんで君がっ!!!そんなに辛い思いをっ!!!苦しい思いをっ!!!しなきゃいけないんだよっ!!!!」

「他は何してんだ!!!いつもやってるランク戦はこのためだろうがっ!!!今戦わなきゃ!!!みんなは!俺はっ!!!何のために力つけたんだよっっ!!!」

行き場のない、どうしようもない怒りに似た感情に月守は燃やされぬよう、叫ぶ。

そして燃やされないためにも、月守はその感情に矛先を与えた。

 

両手をどけた月守は、負の感情が巡り血涙すら浮かびかけている瞳でヒュースを見据えた。

「……っ!」

剥き出しの感情を向けられたヒュースは、ほんの一瞬怯んだ。月守はそこに言葉を投げつける。

「お前らが、攻めてこなけりゃ……。こんなことにはならなかったんだよ……!」

ドロドロとした怨念じみた声を月守は出した。

 

頭では分かってる。

今自分が言ってることが八つ当たりに近いものだということも、この感情を向けるべきなのは目の前にいるネイバーじゃないこと。

 

自分が間違ってしまっている事を、月守は分かっている。

 

でももう止まらない。止めてはいけない。

 

そうしなければ、戦い続けることも、天音を助けに行くことも出来なくなるほどの怒りが自分に向き、自分自身が焼かれてしまうから。

 

月守は感情に身を任せ、ヒュースを倒すべく戦闘を再開させた。

 

(とにかく最速で、こいつをブッ殺すっ!!)

 

7種の弾丸で反射盾を無効化した時よりも、その後の戦闘の時よりも月守の頭は情報を高速で処理し、効率や安全、確実性を度外視して最速でヒュースを倒すための策を練り上げた。

 

ギィンッ!

構えた右手からトリオンキューブを生成し、

「メテオラァ!!」

それを乱雑と言ってもいいほど、バラ撒くように放った。

 

ヒュースは周囲に薄く盾を作りつつも視界が爆煙で制限される中、後退した。月守がメテオラで目くらましをした時は何か仕掛けてくることを把握していたヒュースとしては、その仕掛けが済む前にその場から逃げ出すつもりであった。

 

だが、

 

(読み通りだよ優等生っ!!)

 

それすら折り込み済みだった月守は、ヒュースとの戦闘に捨て身の覚悟で王手をかけた。

 

*** *** ***

 

ハイレインと三輪との戦闘は互いの相性や、ちびレプリカ(三輪曰く豆粒)のフォローもあり互角といってもいい状況だった。

 

修としては今のうちに本部に千佳を運び込むべきだったが、アフトクラトルのブラックトリガー使いミラの的確すぎる先回りワープによって妨害されていた。

あまりのワープの精度に、レプリカはようやく気付いた。

『オサムが受けた磁力使いの弾丸……、これはマーカーか……!』

 

「気づくのが遅かったようね」

ミラはそう言うが、

『いや、そうでもないようだ』

レプリカはそう言い返した。その言葉と同時にミラの視界に人影が映り、その場からワープで回避した。そして数瞬前までいたその場所に、激しい音を立てながら遊真が飛来した。

 

「ちっ、ちょっと甘かったか……」

回避したミラを見据えて遊真はそう言った。

遊真の後ろ姿を見た修は声をかける。

「空閑!追いついてきてくれたのか!」

 

「おう。ワープで逃げられた時はちょこっと焦ったけど、なんとか追いつけた」

好戦的な声で遊真は言い、

「次はワープさせる隙も与えない。だからオサムは、チカを連れて基地に逃げてくれ」

再度修に先を行くよう促した。

 

「分かった!今度こそ、任せてくれ!」

 

「何度でも任せるさ、オサム」

基地に向けて移動する修には目もくれず、遊真は再度ミラを見据える。

 

「大した信頼ね」

一連のやりとりを見ていたミラが問いかけた。

「おれの隊長だからな」

 

「あら、そうなの?」

ミラは小首を傾げて微笑み、不意打ちのつもりでスピラスキアによる『小窓』を使った攻撃を仕掛けた。

 

だが、

「それじゃ、おれは殺せないよ」

遊真はあっさりと回避して、ミラとの間合いを詰めて言った。

 

そんな遊真を見て、ミラは答える。

「ええ、そうね。私のトリガーとあなたは相性が悪いみたい。だから……」

そこまで答えたところで、近くにあった民家から、壁を壊しながら戦っていた三輪とハイレインが現れた。

 

「あ、『重くなる弾の人』だ」

 

「ちっ!玉狛のネイバーかっ!」

遊真と三輪が目を合わせてそう言い、ミラは途中で途絶えた言葉を続けた。

「だから、私はあなたと違って、隊長と連携してあなた達を倒すわ」

と。

 

*** *** ***

 

ドクンっ!

と、トリオン供給器官が脈打つごとに、天音の動きは洗練され、サイドエフェクトの精度も上がっていく。

 

だが上昇していく戦闘能力とは反対に、

(熱い……。腕も痛いし、意識も飛びそう……。そろそろ、限界近い…)

天音のトリオン体は、徐々にだが異常をきたし始めていた。

 

繰り広げる激しい剣戟の中、ヴィザはオルガノンを起動しようとした。しかし、

(ああ、もう、完璧に視えるし、見える)

天音の碧い瞳は、ヴィザが攻撃を仕掛ける意思を持つ前から攻撃の軌道を完璧に見切り、その予知した軌道上を通るブレードの形状すらハッキリと見えた。理論上の限界に限りなく近づいたトリオン体はオルガノンの神速の斬撃を文句のつけようもないほどの動きで回避してみせる。

 

(……これほどとはっ!)

流麗と言ってもいい動きにヴィザが思わず心奪われたその一瞬、

「絶空!」

天音が左手に握った弧月がヴィザを捉えた。

 

ボッ!

 

と、鋭いその一太刀はヴィザの左腕を切り落とした。だがヴィザとてタダでは腕をやらない。

「駄賃として貰いましょう」

 

「っ!!」

弧月の斬撃にカウンターを合わせる形でオルガノンを振るっており、ヴィザと同様に天音は右腕を斬られていた。

 

嫌な汗とトリオンが噴き出る中、天音は必死の思いでバックステップを踏んで大きく後退し、すぐに左手中段の状態で弧月を構えた。

 

それに応えるように、ヴィザもオルガノンを構える。

互いに相手を見据え、互いに悟った。

((トリオンの漏出が多い。限界はすぐにくる))

と。

 

戦いの終わりが見えたヴィザは、天音に敬意を表した。

「……未熟な経験を補ってあまりある高い戦闘技術に、溢れる才気。そして美麗な剣技。これほどまでに戦いを楽しめたのは本当に久しぶりでしたぞ、ミデンのお嬢さん」

 

「どうも」

素っ気なく答える天音だが、すぐに、

「……私の方こそ、おじいちゃんみたいな強い人と戦えたのはいい経験に、なると思います」

ここまで全力を尽くして戦ったヴィザに向かい、そう言った。

 

ほっほっほ、と、笑ったヴィザは、

「ありがたきお言葉ですな」

と言い、

「……ですが1つだけ、わからないことがございます」

そう、疑問の言葉を続けた。

 

「…………?」

首を僅かに傾げてみせる天音に向かい、ヴィザは口を開いた。

「私は過去に、あなたと同じような者と剣を交えたことがあります。滅びゆく国と最期まで共に生きた、気高い意思を持った素晴らしい剣士でございました」

 

「…………」

天音は黙って、ヴィザの言葉を待った。

 

そして、核心を突く問いを、ヴィザは発した。

 

「……お嬢さん。貴女は何故、命をかけてまで私と戦ったのですか?何が貴女を、そこまで突き動かしたのか……、それを教えてもらってもよろしいですかな?」

 

と。

 

天音がここまで戦った理由。

それはアスター解除のために天音が彩笑に言った、

『大好きな居場所で後悔したくない』

というもの。

 

そして、()()()()()()()()

 

もう1つ、それよりも大切な理由があった。

 

構えに全くのブレを見せないまま、天音は、もう1つの理由を答えた。

 

「大切な人が、いるんです」

天音はヴィザをまっすぐ見据え、言葉をつなぐ。

「その人は優しいんですけど、実はちょっと意地悪なところがあって……、でもやっぱり優しい人です。仲間のためなら、知らないうちにすごく、無茶したり、必死になれる、そんな人です……」

 

「……」

 

「……私はその人に、助けてもらったんです。多分あの人は、助けたなんて思ってなくて、すごく当たり前なことだったと思うんです。でも……」

 

弧月の柄をぎゅっと握り、天音は言った。

 

 

「あの人は私の、世界を変えてくれた人なんです」

 

 

そう言った天音の脳裏に、まだ訓練生だった頃の、あの日の光景がよぎった。

 

 

 

 

 

サイドエフェクトゆえに周りから疎まれ、悪意ある言葉や視線に埋もれていた毎日。

自己否定・自己批判・自己嫌悪……。とにかくあの頃の天音は自分のことが嫌いで嫌いで仕方なかった。

 

死のう、

とは思わなかったが、

生きるのが嫌だ、

とは思った。

 

そんな底なし沼にいるような毎日だったが、その人物は唐突に現れ、あっという間に天音の世界をひっくり返した。

 

 

 

 

意識を現実に戻した天音は、ヴィザの問いかけに対する答えを口にした。

 

「大切な人が……、あの人が守っている世界を、私も守りたい。それこそ、全てを賭けて…。これが、私の戦う理由ですよ、おじいちゃん」

 

「……さいですか」

 

それを聞いたヴィザは思う。

(危ういほどに純粋な心ですな……。折れてしまわぬか、邪なものに染められぬか、心配になるほどに……)

だが同時に、羨ましいとも、思った。

これほどに純粋な思いは、とうの昔に忘れたがゆえに、ヴィザには眩しく映った。

 

そして、

(なにより、このお嬢さんにそこまで想われる人物……。1度お会いしてみたいものですな)

そう、心の片隅で思った。

 

 

そこで示し合わせたわけではなかったが、2人は同時に剣を構え直した。

この戦いを終わらせるために、最後の剣を振るうために構える。

 

「……お嬢さん。最後になりましたが、名乗っておきましょう。

私はアフトクラトルの国宝『オルガノン』が使い手、ヴィザでございます。

名も知らぬミデンのお嬢さん。貴女の剣に敬意を評して、最後の一太刀を振るわせていただきます」

 

構えたヴィザに対して天音は、

「……そうですか」

言葉短くそう言ったあとに、ヴィザに習い、名乗った。

 

「……界境防衛機関『ボーダー』戦闘部隊『地木隊』所属の天音神音です。

……『雪月花』の通り名にかけて、最後の一太刀に全身全霊を込めます」

 

互いに名を知った2人は決着をつけるべく、ゆっくりと、だが確実に踏み込んだ。




ここから後書きです。

今回はちょっと場面の変更が多い上に、途中で月守が発狂するので内容が詰め詰めになりました。

そろそろ大規模侵攻も終わりが見えてきました。
決着に向けて頑張ります。

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