ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第43話「求める未来のために欲するもの」

『ぼくはヒーローじゃない。誰もが納得するような結果は出せない。ただその時やるべきことを、後悔しないようにやるだけです』

テレビに映る修が、噓偽りなどない本心からの言葉を紡ぐ。

 

『反省の色が見えない』

『罪の意識はないのか』

 

記者たちの反感を買うが、修は毅然とした態度で答える。

 

取り返しに行くと。

責任など言われるまでもなく、当たり前のことだと。

 

*** *** ***

 

「三雲くん、随分思い切ったこと言ったね」

天音の病室で途中からだが記者会見を見た月守が、楽しそうな声でそう言った。

 

「そう、ですね。途中、根付さん、慌てて、ました」

ベットで上半身を起こした状態で、天音が月守に言葉を返した。

「あれ、完全に予想外だったんだろうな」

 

「だと、思います。たぶん、仕掛けたのは、唐沢さん、あたり、でしょうか?」

 

「唐沢さんか、迅さんかな。記者会見に出てた人は軒並み慌ててたし」

2人はゆったりとしたテンションで、そんな会話をしていた。

 

ちなみに、今病室にいるのはこの2人だけである。

記者会見が終わると同時に、

「面倒ごとの臭いがする……。緊急の隊長会議とかあるかもしれないから、ボクは本部に行くよ。あ、咲耶はしばらく病室に残っててね。これ、隊長命令だから」

彩笑がそう言い残して病室を出て行き、

「しーちゃんが寝てる1週間の間に溜まりに溜まった受験用の問題集持ってくるね。なので月守先輩、さっきみたいにしーちゃんがフラフラ散歩しに行かないように見張っててくださいね」

真香もそんな事を言い、病室を出て行った。

 

時々沈黙が混ざりつつも、2人はポツポツと会話を続けていた。

「神音、特級戦功の話は聞いた?」

 

「はい。ポイントは、ともかく……褒賞金は、びっくり、しました。使いきれなさそう、です……。みんな、どう使ってる、のかな……」

 

「えーっと……、とりあえず彩笑が作戦室にマッサージチェアを買い込もうとしてて、真香ちゃんはオペレート用のパソコンの設備投資を考えてるみたいだよ」

 

「2人とも、ちゃんとした、使い方、しますね」

感心したように天音が言い、そのまま質問を重ねた。

「月守先輩は、どうやって、使いますか?」

 

「俺?……んー、貯金かな」

困ったように笑いながら月守は答えたが、

「本当は、何に、使うん、ですか?」

天音は月守の嘘を見抜き、小首を傾げて再度問いかけた。

 

またもや嘘を見抜かれた月守は、小さなため息を吐いた後に誤魔化すことなく、正直に使い道を答えた。

「全額じゃないけど、一応寄付したよ」

と。

 

「寄付……、ですか?」

 

「うん。……第一次侵攻で家を壊されたりして、仮設住宅とか、ボーダーの支援を受けて生活してる人とか、まだいてさ。そんな人たちの助けになればと思って、寄付に回したよ」

ほんの少し気恥ずかしそうに月守は答えた。それを聞いた天音は、

「……あの、私も、寄付に、使いたい、です」

月守に同意するようにそう言った。

 

すると月守は苦笑いを浮かべつつ答えた。

「んー……。本当に使い道が無かったら、くらいでいいんじゃないかな。ほら、なんだかんだで高校入学の時ってお金かかるし、その辺に回したらどう?」

 

「あ、そうですね」

褒賞金の使い道の例をいくつか出された天音は、身の周りで必要であったり、欲しかったものがあったことを思い出していった。

 

どこか楽しそうに褒賞金の使い道を考え始めた天音に向かい、月守は質問した。

「ねぇ、神音。聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 

「あ、はい。どうぞ」

答えてもらえるかは疑問だったが、月守は尋ねた。

「その……。なんでみんなはさ、俺が嘘ついたのをすぐに判断できるの?」

と。

 

すると天音はそれに答えようか少しだけ迷った素振りを見せたあと、

「……ほんとは、地木隊長と、真香から、口止め、されてました、けど」

と、小さな声で前置きをしてから「よいしょ」と言いながら態勢を動かして、月守に少しだけ身体を寄せ、囁くような声で答えた。

 

「月守先輩は、嘘ついたり、誤魔化したり……。多分、誰かを騙してる、って、自覚してる時、笑うんです」

 

「笑う?」

 

「はい」

天音は無表情を少しだけ崩して、ちょっとだけイタズラっぽく微笑んで答えを告げた。

 

「困ったみたいな笑顔に、なるんです」

 

問いかけに答えた天音は人差し指を自身の唇に当てて、

『ナイショですよ?』

声に出さずに、そう言った。

 

答えを聞けた月守は満足したのか、天音と同様に声には出さずに、

 

『了解。教えてくれて、ありがとね』

 

と、答えて、ほんの少し近寄った天音の頭に手を伸ばして優しく撫でた。

撫でられて無表情をほんの少しだけ崩した天音の口が、また声にならない声を発したように動いた。ただ、本当に小さな動きで月守は読み取れ無かったので気付かぬふりをしたが、

(神音、ほんのちょっとだけ笑ってるみたいだし、まあ、いいかな……)

月守はぼんやりとそう思った。

 

1週間分の課題を抱えた真香が戻ってくるまで、2人は話せなかった1週間分を補うかのように、楽しそうに会話を交わしていた。

 

*** *** ***

 

「たっちかっわさーん!」

ボーダー本部に到着した彩笑はとりあえず緊急で会議が無いことを知ると、元気よくA級1位部隊の作戦室に突撃した。

 

「うおっ!?……って、なんだ地木か」

アポ無しの登場でソファでくつろいでいた太刀川は一瞬驚いたが、それが彩笑だと分かると安堵の息を漏らした。

 

「ちょっともう、なんですかその反応ー」

彩笑はケラケラと笑って、自然と太刀川の向かい側のソファに座った。

 

「いや、とうとうサボりが忍田さんか風間さんにバレたのかと思ってな」

 

「いやー、サボってるのに作戦室にいちゃすぐに見つかりますよー」

 

「甘いな。作戦室にいれば大規模侵攻の時の書類を処理してるっていう言い訳がまだ使えるんだよ」

 

「その発想はなかったです!……って、あの、まだ書類終わってないんですか?ボクたち、速攻で終わりましたよ?」

 

「いや、俺だって頑張ったからもう終わってる。だが普段の俺たちなら、本来まだ終わってないんだ。だからこそこの言い訳が本当だと思わせられるんだ」

 

「な、なんと……。そこまで計算してサボるなんて、大学生は一味違いますね!」

自身に無い発想に驚く彩笑を見て太刀川はドヤ顔をして見せた。

 

「まあ、それはさておきだ……。地木、何でまたここに来たんだ?」

太刀川がそう尋ねると、彩笑はニコリと笑って答えた。

「あー、そうです!太刀川さんに用事があって来たんですよ!」

 

「用事……?」

 

「はい!というか、約束を忘れちゃいましたか?」

 

「約束……?あ!ランク戦か!」

 

「あはっ!さすが太刀川さん!バトル物に関しては抜群の記憶力ですね!」

彩笑はニコニコと笑いながらそう答えた。

 

2人が言っているのは、本部へのイルガー特攻を太刀川と天音が防いだ後の通信で交わした約束だった。太刀川が、

「ランク戦どう?」

と天音に誘い困っていたところに彩笑が、

「ランク戦ならボクがやりますよー」

そう言って代わりに引き受けたのであった。

 

忘れかけていた太刀川はそれを思い出し、俄然テンションが上がってきた。

「いやー、そうかそうか!そういえば約束してたな!」

 

「ここ1週間はちょっとできなかったんですけど、まだこの約束有効ですか?」

 

「問題無しだ。じゃあ、とりあえずブース行くか」

ソファから立ち上がり、ブースめがけて一歩踏み出した太刀川が、

「何本勝負にする?」

と、彩笑がから視線を外して問いかけた。

 

すると彩笑は、

 

 

 

「んー、そうですねぇ……。どっちかがぶっ倒れるまでの無限ラウンドとかどうですか?」

 

 

 

そう答えた。

 

サラリととんでもないことを口にした彩笑に驚いた太刀川は軽く笑いながら、

「オイオイ地木。さすがにそれは冗談……」

再び彩笑に視線を合わせて言いかけたが、その言葉が途中で止まった。

 

沈黙が訪れる前に、彩笑が口を開いた。

「あはは。冗談じゃなくて、割と本気ですよー?」

ゆっくりと立ち上がり、彩笑は言葉を繋ぐ。

「……太刀川さん。ボクたち、やることができたんです」

 

「やること?」

 

「はい。でもそれは、今のボクたちにはちょっと……いえ、かなり厳しいんです。太刀川隊に風間隊……、ボーダー精鋭部隊を倒さなきゃいけないので」

 

「遠征か」

 

「そうです」

事情をなんとなく飲み込めてきた太刀川は普段より真面目な態度で彩笑に接した。

「なるほど。それで実力アップを狙って、オレとランク戦って訳か」

 

「……ダメですか?」

 

「それ以前に、倒さなきゃいけない相手に鍛えてくれって頼むのはどうなんだ?」

太刀川の言葉に、彩笑はムッとした。太刀川の言うことはもっともであり、彩笑とてそれは考えていたからだ。考えた上での行動であり、太刀川ならそれでも戦ってくれると思っていた。

 

「わかりました。ならいいです。他、当たりますので」

そう言って彩笑は踵を返すように作戦室から出て行こうとした。

すでに頭の中には候補が何人もいる。

 

だが、

「おい、待て地木」

そんな彩笑の背中に向けて太刀川は声をかけた。

 

「なんですか?」

 

「まあ、確かに俺の言い方じゃ誤解を招くが勘違いするなよ」

言いかけた太刀川はニヤリと笑い、言葉を続けた。

「俺はなりふり構わず強くなろうとする心意気は嫌いじゃあ無い」

 

「……つまり?」

 

「ああ。地木の希望通り、どっちかがぶっ倒れるまで戦ろうや」

楽しそうな笑みを2人は浮かべ、作戦室を出てブースへと移動を始めた。

 

移動しながら、安堵した彩笑は口を開いた。

「てっきりダメかと思いましたー」

 

「そうだな。いつもの地木だったら、バトったとしてもここまでとことんやろうとは思わなかったろうな」

 

「なんでとことん付き合ってくれる気になったんですか?」

彩笑が問いかけると、太刀川は少し遠くを見て答えを告げた。

「……ぶっ倒れるまで闘うのが割と本気だと言った時の地木の目がな、ギラギラしてたんだよ」

 

「ぎ、ギラギラですか?」

 

「ああ。今よりもまだまだ未熟だったが、地木が1番おもしろかった時期……」

太刀川はそこで一旦言葉を区切り、一息入れてから言葉を再開した。

 

「地木と咲耶……。お前ら2人が、夕陽隊にいた頃と同じ目だったからな」

 

「……そうですか」

あの頃は確かにおもしろかった、と、彩笑は一瞬だけ回想した意識を現実に戻してブースに辿り着き、太刀川との特訓とでも言うべきランク戦を開始した。

 

 

 

 

なお、このランク戦を開始して30分ほどしたところで、2人とも学校をサボっているのがバレたため風間によるお説教があったのはまた別の話。

 

 

 

*** *** ***

 

「うー……」

天音は病室で唸っていた。体調が悪化したわけではなく、

「何回、やっても……、計算、合わない……」

月守と入れ替わる形で病室に戻ってきた真香が持ってきた1週間分の課題に対してだった。

 

「しーちゃんそこ計算ミス」

唸る天音の原因を真香は指摘して、天音は再び問題に取り掛かった。

 

カリカリカリ……

天音がペンを走らせる音と、

ペラ……ペラ……

真香が本のページを捲る音が、静かな病室に響く。

 

しばらくお互いに何も言わなかったが、それを天音が破った。

「ねぇ、真香……」

 

「うん?なに?」

 

「私たち、遠征に、行けると、思う……?」

 

「今のままじゃ、多分無理」

天音の問いかけを真香は即座に否定した。すると、

「……やっぱり?」

その答えがあらかじめ分かっていたかのように、天音がそう言った。

 

真香は本に目線を落としたまま言葉をつなげる。

「まだランク戦が始まってないからなんとも言えないけど……。今の私たちならB級中位あたりならまだ行ける。上位もそこそこまでは行けると思う。でも、今のB級2トップは厳しい。当然、A級もだし、遠征部隊に入ろうとしたら太刀川隊、冬島隊、風間隊に並ぶってことだから、厳しいなんてものじゃないよ」

 

淡々とした口調で真香は言うが、冷静な現状判断だった。

 

かつて地木隊はA級入りはしたが、当時のB級上位には二宮隊や影浦隊のような実力が飛び抜けた部隊はおらず、ほぼ横並びの状態で地木隊は勢いと成長速度という未知数の要素をフルに生かしてB級トップに上り詰めた。A級昇格試験であるA級部隊との戦闘も、十分に対策を練ってその戦闘に照準を合わせてなんとか突破した、という状況だった。

 

事実として当時のことは自他共に、あの時は奇跡だと思っていた。

 

(あの時と今では状況が違いすぎる)

真香はそう思っていたし、多分、この病室で今後A級を目指すと言った時も全員心の中で差があれども、その目標を達成するのが困難であるのは自覚していたと真香は思っていた。

 

真香の言葉を受けて天音は沈黙した。

(しまった……)

そんな天音を見て、真香は内心焦った。この先を見据えた現状の壁は天音の命と直結してるとまではいかなくとも、それを大きく左右するものではある。無自覚のうちに真香は天音に対して残酷なことを言ってしまったと思った。

 

「真香」

 

「う、うん、なに?」

天音はまっすぐに真香を見据えて頼み事をした。

「私が、退院したら、教えてほしいこと、あるんだけど……」

 

「教える?なにを?」

その碧みがかった黒の瞳で真香を捉えた天音は、

 

「……スナイパーの、戦い方を、教えてほしい」

 

と、言った。

 

天音の言葉に、真香は目を丸くした。

「スナイパーに転向って、わけじゃないよね?パーフェクトオールラウンダー目指すってこと?」

確認するように言うと、天音は小さく、それでいて躊躇いなく頷いた。

「うん……。その、射程が伸びれば、戦術の幅、広がる、から」

 

見据える瞳や頷く動作からは迷いは一切なく、

(それができるって、確信に近い自信があるんだろうな……)

真香は天音のそんな心の内を読み取った。

 

ニコッと笑い、真香は答えた。

「うん、いいよ」

 

「ほ、ほんと?」

 

「でもしーちゃん。今やってるシュータースタイルはもうオッケーもらったの?」

 

「うん。月守先輩に、この前、一人前認定、もらったよ」

 

「えー本当?月守先輩甘くない?」

 

「メテオラ、だけ……だけど……」

わざとらしく視線を逸らして、天音はそう言った。

 

どこか、イタズラのバレた子供を思わせる天音の姿を見て、真香はクスッと笑った。

「ちゃんと他のもオッケー貰いなさい。もうちょっとシュータースタイルを物にしたら、スナイパーの戦い方を私が教えてあげる」

 

「うー……。目安、どのくらい?」

 

「月守先輩くらいにバイパー使えるようになったらとか、どう?」

 

「それは、無理。真香、月守先輩の、バイパーの、弾道設定方法、知ってて、それ言ってる、よね?」

 

「うん。状況によって事前設定とリアルタイム設定の使い分けでしょ?」

サラリと言うが、そんな真香を天音は一瞬だけジト目で見て、言葉を続けた。

「月守先輩の、記憶してる、弾道パターン、どのくらいあるか、知ってる?」

 

「え、それは知らないけど……。どのくらい?」

 

「普段、よく使うのは、20パターン、くらいだけど……。パターンだけ、なら、軽く100は、超えてる、よ」

 

「それほんと?」

頷く天音を見て、真香はそれが嘘ではないことを理解した。ほんの少し冷や汗を浮かべつつ、条件を提示する。

「ま、まあ、他のアステロイドとかハウンドとかもシュータースタイルで十分扱えるようになったらってことで……」

 

「ん。分かった」

やくそくだから、と、天音は呟くように言ってから勉強へと戻っていった。

 

天音の横顔を見つつ、真香はぼんやりと考える。

(射程が伸びれば戦術の幅が広がる。だからパーフェクトオールラウンダー目指そうって発想が出るのは分かるけど……。どれだけ難しいことをやろうとしてるか理解した上で言ってるんだろうなぁ)

手元にある本のページをめくりつつ、真香の思考は続く。

(入隊時に全トリガーで適正有りって言われたり、その日初めて持った弧月でバムスターを実質2秒で倒したり……。たぶん、天才ってこういうことなんだろうなぁ)

本の重要部分にマーカーを引き、その内容に自分なりの考察を真香は書き加える。

(月守先輩も、バイパーの弾道パターン100以上とか……。さすが元A級の夕陽隊だけあって、いい具合に変態です)

真香は月守のことを『変態』と称した。しかしこれは、主にスナイパー界隈で高い狙撃能力を持ってして、針の穴を通すような精密射撃や空中を飛び交う弾丸を撃ち墜としたりするといった芸当を発揮する人たちに対する1種の褒め言葉である。

 

そして真香が今読んでいるのは、その『変態』と呼ばれる人物の1人である東からお薦めされた、戦術に関して記載された本だった。

内容は中学生には少々難しいものもあるが、そこは他の本と組み合わせたり、根気よく繰り返し読んだり、先輩に教えを請うなどして、真香は理解を進めていた。

 

真香は今回の大規模侵攻を終えて、自身のオペレーターとしての未熟さを知った。戦場にいる戦闘員に満足な情報支援ができたとは到底思えず、歯がゆい思いをした。

経験不足と言われればそれまでかもしれない。だが、それで済ませてしまうと、経験さえ積めば、時間さえあれば自然と結果がついて来てしまうことになる。

 

(でもそんなのおかしい。技能や知識を身に付けようとしないのについて来た結果なんて紛れでしかない。私はそんなの認めない)

 

真香はそう思い、今の自分に足りない知識を吸収することにした。

役に立つかは分からない。でも、役に立つべき時に助けられないのは、もう嫌だった。

 

現状、地木隊は真香と月守が隊長である彩笑に策を提案して、そこから彩笑が策を選ぶという方法である。

(もっと戦況に合わせた策を練られるようにならないと……。せめて、戦闘員と策士を両立させてる月守先輩の負担を減らして、戦闘に集中してもらえるようになれば……)

と、真香がそこまで考えた所で思考が横道に逸れて、ある疑問が生まれた。

 

そしてそれを、天音に問いかけた。

「あ、ところでしーちゃん」

 

「ん、なに?」

問題を解きながら天音は声を返し、

 

「月守先輩と2人っきりになってどうだった?」

 

真香はそこへストレートに話題を投げ込んだ。

 

すると、

パキッ!!

と、天音の持っていたシャーペンの芯が勢い良く折れ、

「ま、まな、真香……!ど、どど、どうって、どういう、こと……!?」

天音は目に見えて動揺した。

 

(あ、これは良いことあったかな?)

ニヤニヤと笑いながら真香は天音の言葉に答える。

「えー?いやだから、私と地木隊長でわざわざしーちゃんと月守先輩を病室で2人っきりにしてあげたけど、どうなったかなー?ってことだけど?」

 

「あ、あれ、狙って、やってた、の?」

 

「うん。まあ、それはさておき。その様子だと良いことあったみたいだねー、しーちゃん?」

教えなさい、と言いたげな表情で真香は天音に詰め寄る。

「べ、べつに、なにもなかった、よ?」

 

「ほーんーとーにー?」

 

「な、なかった……、もん……」

 

「言わなかったら、しーちゃんのうたた寝写真コレクションを月守先輩に送るよ?」

 

「い、言うから、送らないで!」

観念した天音は、落ち着くために数回意図的に呼吸してから口を開いた。

「その、ちょっと、お話、して……」

 

「うん」

 

「そしたら、その……なんで、そうなったのかは、省略する、けど……」

 

「うんうん」

 

少しタメを作ってから、天音は小さく、本当に小さく笑って言った。

「月守先輩に、頭、撫でて、もらえたよ……」

と。

 

それを聞いた真香は、

「うんうんうん。それで?」

続きを聞こうとした。

 

だが天音はキョトンとして、

「……え?それくらい、だよ?あとは、いつもみたいに、お話してたら、真香、来たけど……」

と言って報告を終えた。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

長い沈黙を挟み、

 

「頭撫で撫ではいつもしてもらってるでしょう!?」

 

真香はそう突っ込みを入れ、そのまま言葉を続けた。

「そもそもしーちゃん!私たちが病室に入った時にもう撫で撫でしてもらってたじゃん!?」

 

「そ、そうだけど……。1日に、2回も撫でて、もらえるなんて、あんまり、ないから……。それに、2回目は、1回目より、12秒も長く、撫でてもらえたよ」

表情の変化こそ小さいが、嬉しそうを通り越して幸せそうに微笑んでみせる天音を見て、真香は少し話題を変えた。

「他にもいろいろできることあったでしょうに……」

 

「……例えば?」

 

「んー……2人とも種類は違っても飲み物スポーツドリンクだったんだし、飲み物置いてるテーブル一緒だったでしょ?さりげなくペットボトルを隣同士に置いてからお話して、うっかり取り間違えたって装って間接キス狙うとか……。

あとは、病み上がりっていうのを利用して、起きるの久々だから疲れたって見せかけてベットに横になって先輩の反応見るとか、もしくは先輩にもたれかかるとか……」

 

「真香、そういうの、考えるの得意、だよね……」

 

「そう?しーちゃんは苦手?」

 

「んー、苦手、というか……」

天音は小首を傾げつつ、答える。

 

「月守先輩の、そばに、いると……。それだけで、嬉しくて、幸せ、だから、そこまで、考え、回らない……かな?」

 

と。

 

そんな天音を見て、真香は呟くように、

「ピュアだなぁ……」

それでいて羨ましそうに、そう言った。

 

しばらく2人は自分がするべきことなど忘れて、どこにでもいるような中学生らしい、楽しげな雰囲気でお喋りをしていた。

 

 

 

*** *** ***

 

 

 

清々しいほどの青空を病院の中庭ベンチに座って月守は見上げて、ため息を吐いた。

「遠征部隊、か……」

 

それは先ほど、天音の病室で定められた地木隊の今後の目標だった。

 

実のところ、月守は過程はどうあれA級入りは可能であると踏んでいる。

かつて地木隊がA級に上がったのもそうだが、それ以前に所属していた部隊でもA級だった経験を持つ月守は、A級入りをそこまで悲観していない。

問題はその先の遠征部隊入りだ。遠征部隊入りの経験を持たない月守は、それが途方もなく高い壁のように思えた。

 

その壁を乗り越えるためにはどうするべきか、月守は考える。

(実力、経験、戦術眼、部隊単位の練度…。足りないものは色々あるけど、一朝一夕に済むものは1つもない。それを補うには……)

足りないものを補うためにはどうすればいいか。

 

そう考えた時、月守の手は自然とスマートフォンを取り出していた。

(あの人……、病院の中にいたら電話通じないけど、院外のリハビリ施設にいるなら電波通じるはず……)

相談してどうにかなるようなものでも無いとは思いつつ、月守はスマートフォンを操作した。

 

連絡先から『柾さん(マサキサン)』という人物を選んで、コールする。

 

ワンコールもしないうちに電話が通じた。

『そろそろ電話かけて来る頃だと思ったぜ』

電話に出たのは、月守よりも低い青年の声だった。

 

ため息を挟んで月守は電話の声に答える。

「適当なこと言わないでくださいよ。どうせリハビリの休憩時間にスマホいじってたら、たまたま俺から電話が来たとかそんなオチでしょう?」

 

『お前何で分かるの?エスパー?』

 

「伊達にあなたの相方務めてたワケじゃないってことですよ」

 

『見舞いに来てくれない奴なんて相方じゃねーやい、この腹黒シューターめ』

 

「元相方に訂正します、怪物レイガスター」

月守はバッサリ切り捨てるように言い、小さく笑った。そして、電話の相手もつられるように笑っていた。

 

互いの笑いが収まったところで、電話の相手が会話を再開させた。

『まあ、その口ぶりを聞く分には元気そうだな、咲耶』

 

「まあ、元気ですよ柾さん……、いえ、夕陽隊長」

わざわざ名前を言い直された夕陽柾は、月守には見えていないのが分かりつつもニヤリと笑った。

 

『……お前がオレの事を隊長呼びするってことは、なんか相談とか頼み事がある時だよな』

 

「ええまあ……。正直、相談して解決するようなものでも無いですけど、一応……」

 

『いいぜ、聞くだけ聞いてやる。とりあえず、こっちに来い。話はそれからだ』

電話口の夕陽が言ったと同時に、

 

ゴツンっ!

 

と、何か鈍い音が聞こえ、それに続いてスマホが落ちる音が聞こえてきた。

「ま、柾さん?何がありましたか?」

月守がそう問いかけるより早く、

 

『こっの怠け者!つっきーちゃん動かさないでマー坊がつっきーちゃんの方に行けばいいじゃない!』

 

『ああ!?咲耶がどこにいるか分かんねーのに、そんなことできるか!つかシロ!お前病人の頭ど突くなんて正気か!?』

 

『そんだけ元気に叫べる奴を気づかう必要無しっ!!マー坊が動け!』

 

『ふざけんなっ!つか、マー坊言うなっ!』

電話口の夕陽と言い争う女性の声が聞こえてきた。

 

しばらく言い争う声が続き、そしてそれが止む気配が無かったので月守は電話を切った。

「相変わらず、柾さんと白金先輩は仲良いな」

月守は口元に小さな笑みを作りつつ、2人へとメールを打った。

 

『こちらから向かいます』

 

ゆっくりとベンチから立ち上がり、月守は歩き出した。

 

目的地であるリハビリ施設へと足は向かい、口からは頭で思ってたことが自然と漏れて出た。

 

「これで彩笑もいたら、夕陽隊全員集合だったな」

 

その言葉は誰にも聞こえることなく、青空へと吸い込まれるように消えていった。




ここから後書きです。

一応、ここで「ASTERs」における大規模侵攻編は終了です。

活動報告の方にもコメントを書いているので、そちらの方も見ていただければ幸いです。

本編関係ないのですが、ワールドトリガーアニメ最終話での修特訓後の木虎のセリフがツボでした。朝から笑いました。

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