ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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大規模侵攻で戦闘シーンが多く、かつラストでは重めな話になったので、お口直し的な番外編です。

基本的には地木隊が三門市立第一高等学校の文化祭を回るだけです。

※注意※
文化祭テンションということで、数名ほどテンションが高いです。テンションが高くなくとも「あれ?こんな人だっけ?」という違和感を抱く可能性があります。ご了承ください。

それではどうぞ。



番外編【三門市立第一高等学校文化祭】
文化祭午前の部


「2人とも今週の日曜日はヒマかな?」

 

夏が終わり過ごしやすい秋らしい天気が続いたある日、地木隊作戦室で休憩していた天音と真香に向かい彩笑はそう尋ねた。

 

「ひま、ですよ」

「私もです」

2人の日程を確認した彩笑は「もしよかったらなんだけど」と、前置きをしてから本題を切り出した。

 

「ボクたちの学校の文化祭に、遊びに来ない?」

 

と。

 

それを聞いた2人は思い出した。

ここ数日、一部の高校生隊員が防衛任務の他にも忙しそうに何かの準備をしていたのだ。詳細は教えてくれなかったが、どうやらそれは文化祭の準備であったようだ。

 

2人に彩笑の誘いを断る理由など無く、

「行きたい、です」

「行きます」

ほぼ即答で参加の意思を示した。

 

そしてあらかじめその答えが分かっていたかのように、彩笑は文化祭のパンフレットを2人に渡して、

「じゃ、ボクは最後の仕上げに行ってくるから!」

そう言い残して作戦室を後にした。

 

*** *** ***

 

文化祭当日も、気持ちの良い秋晴れだった。

「しーちゃんごめーん!遅くなっちゃった!」

 

「あ、真香」

待ち合わせである高校近くのバス停で、どこか居心地悪そうにベンチに座っていた天音のもとに、待ち合わせ時間ギリギリになって真香が姿を見せた。

 

ゆったりとしたチノパンに、淡い青と白のボーダー柄の細めのトップスという私服姿の真香は軽く息を整えつつ、天音に声をかける。

「やー、ごめんね。ちょっと家出るときにバタバタしちゃってさ」

 

「ううん、大丈夫。私も、ほんとに、ついさっき、来たから」

ショートパンツに淡い白色のシャツに合わせてロングカーディガンを羽織るように着た私服の天音は、いつものように無表情でそう答えた。

 

「……もう、行く?」

 

「んー、そだね。行こっか」

2人は歩いて数分先にある三門市立第一高校に向けて移動を始めた。

 

周りには同じ行き先だと思われる人達が何人もいた。中には知り合いもちらほら見つけることができた。

「あ!奈良坂先輩!」

真香が見つけたのは、三輪隊のスナイパーである奈良坂透だった。

「和水。それと天音もか」

 

「どうもこんにちは」

「どうも、です……」

天音はともかくとして、真香は元スナイパーであり奈良坂とも交流があったため声をかけた。

「奈良坂先輩も、文化祭に遊びに来たんですか?」

 

「ああ。陽介の奴が来てくれってしつこくてな。あとで章平も来る予定だ」

 

「三輪隊も仲良しですねー」

真香はニコニコと笑ってそう言い、言葉を続けた。

「ところで奈良坂先輩、ちょっとお願いがあるんですけどいいですか?」

 

「なんだ?」

 

「そのー……、できればこのまま高校の中に入るまで一緒に行ってもらってもいいですか?多分、しーちゃん目当てだと思いますけど、よろしくない視線が集まってるので」

 

「……なるほどな。さっきからの違和感はこれか」

奈良坂は言われてから、先ほどから感じる奇妙な視線の正体に気づいた。意識してみれば、確かに付近の男どもからの不躾な視線があることが嫌でも分かった。

 

奈良坂は1つため息を吐いた。

「ボーダー内ならこんな事はあまりないのにな」

 

「本当です。威嚇がてらにアイビスの1つでも出せればいいんですけどね」

割と物騒なことをサラリと言った真香を横目で見つつ、諌めるように言った。

「和水、冗談でも一般人にトリガーを向けるなんて発想はするな」

 

「すみません。……ちょっとカッとなりました」

 

「分かればいい。……高校の敷地に入るまででいいのか?」

 

「え、ああ、はい。入ってすぐの所で地木隊長たちと待ち合わせてるので……あの、一緒に行ってくれるんですか?」

 

「行き先は同じなんだ。むしろ行かない理由が無いだろう?」

あっさりと要望を承諾し、真香は小さく微笑んだ。そんな真香を見て、奈良坂は控えめに付け加えるように言った。

「あと、和水。余計なおせっかいかもしれないが、この視線の先には和水も含まれてるんじゃないのか?」

と。

 

真香はその言葉の意味を図りかねて数回ほど瞬きをした後に、

「……奈良坂先輩はそういう事言っても違和感無いのが凄いですね」

と、年相応の笑顔を見せて答えた。

 

 

 

そうこう会話している間に3人は目的地にたどり着き、高校の敷地へと足を踏み入れた。入ってすぐの場所に受け付けのテントが設けられており、そこにいる知り合いを見て3人は軽く驚いた。

 

「当真さん?」

「国近先輩?」

「あ、今先輩、こんにちは」

 

そこにいたのは、奈良坂を超える実力を持つスナイパー当真勇、A級1位部隊のオペレーターの国近柚宇、ボーダー支部鈴鳴第一のオペレーターである今結花の3人だった。

 

「おー、奈良坂じゃんか」

「なごっちゃん、おはよ〜」

「天音ちゃん、こんにちは」

 

3人はそれぞれ奈良坂たちに挨拶を返した。

奈良坂が当真に向かって声をかける。

「…当真さんが真面目に受け付けの仕事やってるなんて、なんか意外です」

 

「いやー、オレら普段は防衛任務で準備には満足に参加できねーだろ?だから正隊員は軒並み当日労働なんだよ」

するとそれに付け加えるように国近が口を開いた。

「そーなんだよー。で、普段学校をサボりがちな当真くんとー、授業中居眠りしがちな私が、ちゃんと参加してるのが分かるようにってー、受け付けを任されたのー」

そして結花が苦笑しつつ、

「それでまあ、私が2人の監視役ね」

補足するようにそう言った。

 

それを聞いて奈良坂たち3人は納得した。

 

当真は普段のスナイパーの訓練でも独自でユニークなルールを設けて参加するほどの自由人であり、お世辞にも真面目とは言えない。

国近もオペレーターとしては非常に優秀ではあるが、学業面ではボーダー業務や趣味に時間を割き過ぎる故か、少々心もとない。

そんな2人の学校生活をサポートしている結花がこの配置となれば、確かに2人はサボらずに受け付け業務をするだろう。

 

事実、当真は受け付け業務を開始した。

「んじゃまあ、3人ともパンフレットとか持ってきてるか?」

 

「ああ、これですね」

「私もですよー、当真先輩」

「私も、あります」

 

「おし。ならオッケー。別にそれ無くても入れるけど、持ってると割引とかサービスしてくれるところもあるらしいから無くすなよ?」

 

そして当真と同様に、国近もアドバイスをした。

「あとねー、奈良坂くん。1ーCで射的やってるけど、ボーダーの現役スナイパーは問答無用で出禁だよー。それから射撃トリガー6000ポイント以上には弾数制限かかってるから、天音ちゃんも気をつけてねー」

 

ありがたいアドバイスを受けた奈良坂と天音は、

「「了解です」」

と、声を揃えて言った。

 

2人がサボらず仕事をしたのを見た結花は、

「まあとにかく……。3人とも、文化祭楽しんでね」

にこやかにそう言って3人を文化祭へと送り出した。

 

 

3人が文化祭の雑多に足を踏み込んで少ししたところで、

「真香ちゃん見つけたー!」

人混みに紛れ込んだ彩笑が真香の背後からしがみつくようにして現れた。

真香は一瞬驚きつつも彩笑のテンションに合わせて対応した。

「あはは、見つかっちゃいましたー」

 

「真香ちゃんは人混みでも見つけやすいね!」

 

「地木隊長が探すの上手いんですよー」

ニコニコしながら2人は会話し、それとは別に、

「神音も見っけ」

 

「あ、月守先輩」

彩笑と行動を共にしていた月守も天音を見つけて声をかけた。

軽く天音に挨拶をした月守は、そばにいた奈良坂を見た。

「奈良坂先輩も、こんにちは」

 

「ああ。久しぶりだな、月守。……ところで、地木はオフだとこんな感じなのか?」

奈良坂は普段よりも若干テンションが高い彩笑を指差しながら尋ねた。

「んー、多分文化祭で舞い上がってるんだと思います。普段はもうちょっと抑えめです」

 

「そうか……。楽しいもんな、文化祭」

 

「はい。奈良坂先輩は米屋先輩たちに呼ばれたんですか?」

 

「まあな。あいつらのクラス、どんな事をやってるんだ?」

 

「えーっと確か、2ーBはお化け屋敷です。昨日の一高生だけの文化祭で、それなりに好評でしたよ」

それを聞いた奈良坂は小さく笑い、

「ほう。それは楽しみだな」

そう言い残して早速2ーB目指して歩き出した。

 

移動し始めた奈良坂に気づき、その背中に向けて真香が声をかけた

「奈良坂先輩!ありがとうございました!」

お礼を言われた奈良坂は振り返らず、右手を振ってそれに答えて人混みの中へと消えて行った。

 

 

 

彩笑のテンションがひと段落した所で、地木隊の文化祭攻略会議が始まった。

「さてと……。とりあえず適当に回る?」

彩笑がニコニコしながら提案し、

「そだね。知り合いのところを見つつ適当に行こっか」

月守がそれに賛成した。

 

ここで、天音が2人の顔を見つつ控えめに質問した。

「あの……。地木隊長と、月守先輩は、クラスの、出し物とか、無いん、ですか?」

それに真香も同意のようで、

「そうですよ。お2人とも、ずっと居られるわけじゃなくてクラスの出し物のシフトとかありますよね?」

と、尋ねた。

 

すると質問された2人は意味深に笑い、彩笑が答えた。

「んー、基本的には大丈夫だよ。ボクら、今日は文化祭を回るのが仕事だしさ」

と。

 

「……?どういう、こと、ですか?」

その言い方が引っかかり、天音がさらに質問を重ねた。

2つめの疑問には月守が答えた。

「俺たちのクラス、出し物がケードロなんだよ」

と。

 

「「ケードロ?」」

 

中学生2人が声を揃えて月守の言葉を反復した。

それを見て月守は、やんわりと微笑んで説明をした。

「そ、ケードロ。もしくはドロケー。俺らのクラスがやるのはそれを基本にした出し物なんだ。簡単に言うと、Aクラスの教室を刑務所に見立てて参加者がケーサツ役。Aクラスの生徒がドロボー役というか犯罪者役で、その刑務所から脱走したって設定。ケーサツは文化祭を自由に満喫してるドロボーを見つけ出して刑務所に連れ戻すってルールね」

彩笑が月守の言葉に続けて説明する。

「ケーサツはドロボーの人相書きと逮捕状と手錠を渡されて、それを頼りに文化祭を満喫してるドロボーを見つけて手錠をかければオッケー。その時点でドロボーは大人しく刑務所であるAクラスに戻って、ケーサツは豪華賞品がもらえるんたけど……。つまり!見つからない限りドロボーは文化祭を楽しんでいいの!」

ニコニコとして彩笑はそう言い切った。

 

説明を受けた真香は再度質問した。

「それ、よく出し物として認可されましたね」

ストレートな言葉に月守は苦笑した。

「俺たちのクラス貧乏くじ引いちゃって、文化祭の会場設営も任されててさ。だから多少無理な提案でも押し通せたんだよー」

月守がそこまで言った所で、彩笑が一度手を叩いた。

 

「まっ!細かい事は気にしない気にしない!文化祭、楽しもうよっ!」

 

いつも以上に楽しそうな笑顔で彩笑が言い、地木隊の文化祭巡りが幕を開けた。

 

*** *** ***

 

「お好み焼きはどうですか?3ーCの」

3年Cクラスの教室の外では、特徴的な話し方の人物がメガホン片手にクラスの宣伝していた。

「焼きそばもあります、色んな味の」

それは狙撃に特化した荒船隊所属である倒置法スナイパーの穂刈篤だった。

 

穂刈は真面目に宣伝をしているが、時間帯がまだ早いためか成果が今ひとつだった。

(難しいな、宣伝)

その成果に悩んでいたが、そこへテンション高めの4人が穂刈の視界に映った。

 

 

 

一方その頃、3年Cクラスの中ではお好み焼きと焼きそば作りを担当する2人が真剣に道具のチェックや食材の下ごしらえを行っていた。

「なぁカゲ」

 

「なんだ、鋼」

 

「野菜の下ごしらえってこんなものでいいか?」

 

「ああ?見せてみろ……」

その2人とは、ボーダートップクラスアタッカーの影浦雅人と村上鋼だった。このシフト中はお好み焼き屋の次男坊である影浦がメインとなって作り、サイドエフェクトの「強化睡眠記憶」によってしっかりと予習した村上がサポートするという形になっていた。

 

野菜の下ごしらえをチェックした影浦は、ぶっきらぼうに言った。

「……まあ、こんなモンだろ。さすが鋼だな」

 

「カゲの教え方が良かったんだよ。ありがとな」

村上もそれが影浦の通常運転なのがわかっているので、笑顔でそれに答えた。

 

一通りチェックが終えて、あとは客が来るだけの状態になったと同時に、影浦が何かに気づいたように顔を上げた、次の瞬間、

 

「カゲさーん!鋼さーん!お好み焼きとソース焼きそばと塩焼きそばをそれぞれ1人前下さーい!」

 

文化祭テンションの彩笑が勢い良く3ーCの教室に突撃した。

それに少し遅れて、

「影浦先輩、村上先輩、こんにちは」

真香が小さくお辞儀をしながら教室に入り、

「おじゃま、します」

「こんにちはー」

天音と月守が続いて教室に入った。

 

教室に、というか影浦に突撃した彩笑を見て3年Cクラスの生徒が動揺したが、

「ハッ!来たなァ、地木!よし鋼!お好み焼きにソース焼きそばと塩焼きそば1人前だァ!」

「分かった。サポートは任せろ、カゲ」

影浦と村上は素早く動いた。

 

伸縮自在のスコーピオン捌きを見せる普段の影浦のそれとはまた別の動きを見せるヘラに合わせて、村上が完璧にサポートして調理は進む。

 

「美味しそう」

「はい……」

彩笑と天音がその調理の鮮やかさに目を奪われている間に月守が会計を済ませ、それを見た真香が小さな声で月守に尋ねた。

「私の分だけでも払いますよ?」

 

「ん?いらないよ?2人は今日お客さんだもの。できる限りは俺と彩笑で払うよ」

 

「や、それはちょっと悪いです……」

申し訳なさそうに言う真香を見て、月守は少し思案してから答えた。

「んー、じゃあさ、こうしよう。どうしても真香ちゃんが気になるなら後で払っていいし、俺はそれ受け取るけど……」

 

「…けど?」

 

「その代わり、今日は文化祭を思いっきり楽しんでくれるかな?」

月守の提案を受けて、真香は一瞬キョトンとしたがすぐに、

「……ふふ。了解です、先輩。その条件なら今日の文化祭、めいいっぱい楽みますよ」

楽しそうに笑いながらそう言った。

 

(……真香ちゃん、彩笑の文化祭テンションの影響受けてるな)

月守がぼんやりそう思ったところで、

「ヘイお待ち!」

「割り箸は4人分でいいか?」

影浦と村上によるお好み焼きとソース&塩焼きそばが出来上がった。

「ありがとうございます!」

お好み焼きと焼きそばを受け取りながら彩笑はお礼を言い、地木隊一行は教室内に設けられたイスに移動して、早速食べることにした。

 

作り立てで美味しそうな匂いをこれでもかと漂わせるお好み焼きを彩笑は箸で4等分し、それぞれ一口食べる。

 

そして、

「美味しいっ!」

「旨っ!」

「たしかな、まんぞく……」

「おいしいですねぇ……」

4人がそれぞれ感想を言った。

 

それを見て村上が満足そうに笑い、隣にいる影浦に向けて言った。

「はっはっは。ああ言ってもらえると嬉しいな」

 

「だろ?」

影浦も満更では無いといった風な表情をしていて、2人ともそのまま会話を続けた。

「……こういう時だけは、このサイドエフェクトも良いもんだって思えるぜ」

 

「ん……、ああ、なるほど。作った人に向ける感情と、表情とか言葉が一致してるかどうかってことか?」

 

「そういうこった」

影浦は次の準備にかかりつつ、そう言った。

 

影浦雅人の持つサイドエフェクトは「感情受信体質」というものだ。それにより影浦は他人が自分に向ける感情をチクチクと刺さるような感覚として肌で感じ取ることができる。そのため影浦は、相手の心の内を感じ取ったり、その言葉が嘘か真かの判断がある程度可能なのだ。

 

普段はこのサイドエフェクトに対してイライラさせられることが多いが、それ故に今の地木隊のような噓偽りの無い「美味い」という言葉を聞くと、素直に嬉しいと影浦は思えた。

 

そして、そんな美味しそうに食べる地木隊の姿が教室の外から見えたのか、はたまたソースの匂いによるものか分からないが、次のお客さんはすぐに来た。

 

来店した客を獲物のように見定めた影浦は、村上に指示を出した。

「鋼、気を付けろ……。ここからバンバン客が来るぜ……!」

 

村上は頭に手ぬぐいを巻き付けながらそれに答える。

「ああ、了解だ……!」

 

 

 

 

それから最低1時間ほどの間は客足が途絶えることなく、3年Cクラスは猛烈な速度で売り上げを伸ばして行ったのであった。

 

*** *** ***

 

地木隊が3年Cクラスでお好み焼きに舌鼓を打っていたころ、1年Aクラスには2人の大学生が訪れており、このクラスの出し物の説明を受けていた。

「……なるほど。脱獄して文化祭を楽しんでるコイツを捕まえればいい、ということか?」

その人物は受け取った人相書きと罪状に目を落としつつ、看守役であり説明係でもある男子生徒に問いかけた。

「は、はい!そうです!」

 

そして続けて片割れの大学生が質問を重ねた。

「タイムテーブルを見る限りだと、所々にステージ発表があってその間は体育館に出入り禁止らしいが……。ドロボー役が体育館に籠城することはあり得るのか?」

鋭い視線で問われ、男子生徒は思わず背筋を伸ばして答えた。

「そ、それはありません!体育館前には監視があるという設定ですので、ドロボー役は体育館だけは絶対に行きません!」

 

看守の説明を受け、その大学生2人は小さく笑った。

「いかにも月守が考えそうな設定だな」

「地木め……。味な真似をするな」

ドロボーを……いや、標的を定めたケーサツは動いた。

 

 

 

 

彩笑と月守は、すっかり失念していた。

 

 

自分たちが、狩られる側だということを。

 

*** *** ***

 

「へーい!ヘイヘーイ!いらっしゃいいらっしゃい!1年Cクラスは射的だよっ!射的の他にもストラックアウトに輪投げ、そしてダーツの4種類で遊べるよっ!」

1年Cクラスの前では、普段の広報任務で培ったスキルと知名度を如何なく発揮してお客さんにアピールする嵐山隊のスナイパー佐鳥がいた。

 

三門市における嵐山隊の知名度は流石と言うべきで、

「あー、嵐山隊の人だー」

「ボーダーの人」

「嵐山さんも来てるのかなっ!?」

「木虎ちゃんももしかしてっ!?」

「時枝くんならさっきいたよ!」

「2年生エリアで綾辻さんの目撃情報があったぞ!!」

佐鳥を見て、道行くお客さんが次々とそんな声を上げていた。

 

そんな中、

「佐鳥、頑張ってるな」

佐鳥に声をかける人物がいた。

「あ!東さんじゃないですか!」

声をかけたのはボーダーにおいて名スナイパーであり名指揮官であり名指導者である東春秋だった。

 

東はCクラスの看板を見て、出し物が射的だと知った。

「ほー。佐鳥のクラスは射的なのか」

 

「そっす!おれの他にも半崎と太一もいるんで、このクラス以上に射的に相応しいクラスは無いっすよ!」

 

「それは面白そうだな。どれ、ちょっと荒かせ……、遊んでいくかな」

東は意気揚々と腕まくりをして参加しようとしたが、

「あー、すみません東さん……。ボーダーの現役スナイパーはみんなここで荒稼ぎしてくのが予想されたんで、スナイパーは軒並み出禁にしたんす……」

佐鳥は申し訳なさそうにそう言った。

 

「む、そうなのか……」

腕まくりを戻しつつ気も取り直した東はチラッと時計を見て時間を確認し、

「まあ、そういうことなら仕方ないな。じゃあ、オレはちょっと早いけど昼飯にするよ」

少々早めのランチを取ることにした。

 

「あ、了解っす!」

そして背を向けて歩き出した東に向かってそう言う佐鳥の視界の死角を突き、隠密任務さながらの忍び足で彼らは1年Cクラスの教室へと足を踏み入れた。

 

 

 

教室に入ってきた彼らに真っ先に気付いたのは、半崎だった。

「うわ……。ダルいのが来たな」

彼の口癖である「ダルい」を聞き、

「ハーフザッキー、お客さんに向けてそれは無いでしょー」

彩笑はケラケラと笑いながらそう言った。

 

半崎によって地木隊の来店に気付き、他のボーダー隊員も寄ってきた。

 

「あー!和水ちゃん久々ー!」

「別役先輩、どうもお久しぶりです」

鈴鳴第一のスナイパー別役がスナイパー仲間ということで真香と挨拶し、

「よう月守、来たのか」

「おう笹森、荒稼ぎに来たぜー」

同い年の男子高校生仲間ということで諏訪隊のアタッカー笹森が月守と挨拶した。

ちなみに天音はそんな月守の後ろにピッタリとくっついていた。

 

それぞれの挨拶が終わったところで、半崎が口を開いた。

「そんじゃお客さん、うちのクラスは射的だ。ダルいけど、4種類の中から1つ選んでくれ」

 

このクラスは4種類の的当て遊びができるようであり、選べと言われて彩笑が速攻で決めた。

「ボクはダーツやる!」

 

「彩笑、ダーツの点数勘定できる?」

 

「真ん中のブル50点を取り続ければ計算なんて関係ないね」

 

「理屈はそうだが、お前はダーツを甘く見過ぎだぞ。あとついでに、最高得点は20のトリプルだから60点だ」

 

「あー、そういえばそだね」

彩笑はそう言ってダーツ係の生徒から矢を受け取りつつ、的の前まで誘導されて行った。

 

彩笑がダーツを選んだことを受け、月守は一瞬迷ったそぶりを見せたが、

「じゃあ、俺はストラックアウトにしよう」

9つの的を射抜くストラックアウトをチョイスした。

 

やろうとしていた種目を月守が選んだため、天音は慌てて口を開いた。

「あの……じゃあ、私、輪投げ、やります」

輪投げ担当は太一だったようで、太一がすぐに対応した。

 

 

そして必然的に残った真香は、

「なら、私が射的ですね……。半崎先輩、現役スナイパーは出禁らしいですけど、元スナイパーで現オペレーターはセーフですか?」

射的を担当しているであろう半崎を見て問いかけた。

 

すると意外にも、

「…まあ、いいか。ただし、弾数制限ありな」

半崎はそう言って許可してくれた。

 

射的用のコルクガンに弾を込めつつ、真香は口を開いた。

「許可してくれるなんて、ちょっと意外でした」

 

「それがさ、思ったよりみんな射的下手なんだよ。そのうち、取れない仕様のインチキとか言われるのもダルいし……。ならいっそ、和水が今のうちにいい景品持って行ってくれ」

 

「あー、なるほど。なら遠慮無く撃ちますね」

弾を込めて準備が整った真香は、銃を構えた。

元スナイパーだけあって、その構えはとても綺麗だった。

獲物を狙うスナイパーの目をした真香は、状況を冷静に整理した。

 

(弾丸は3発。

獲物を棚から落とすタイプじゃなくて、獲物に張られた紙のマーカーに当てればいいのね。

安い景品はマーカーが大きいけど、高い景品はマーカーが小さい。なら……)

 

獲物を狙撃するべく、真香は引き金を引いた。

ボーダーの狙撃用トリガーと比べるとあまりにも頼りない音と共に弾丸が放たれ、そしてそれは無情にも真香の狙いから逸れた。

 

(このコルクガン、真っ直ぐ飛ばねぇんだよな……)

 

弾の軌道を見た半崎はそんなことを思いつつ、呟くように言った。

「あと2発だな」

「……」

真香は無言で弾を込め、同じように構えて、同じ獲物めがけて、同じように引き金を引いた。

1発目となんら変わらぬ狙撃であり、同じように狙いから弾は逸れて行った。

 

「……あと1発だ」

半崎が念を押すように言うとの同時に、

「あ、真香……、射的、やってる、の?」

輪投げを終えた天音が真香のそばにやってきてそう言った。

 

真香は弾を込めつつ、天音の言葉に答えた。

「うん、そうだよ。しーちゃんは輪投げどうだった?」

 

「んー、思ったより、難しい、ね。でも、ヘッドホン、もらった」

 

「あはは、何気にいいものもらったんだねー」

笑いながら真香はそう言い、弾を込め終えた。

 

最後の1発を放つべく、真香は構える。そして同時に、天音に尋ねた。

「……ねぇ、しーちゃん。欲しい景品、ある?」

 

「え?……、じゃあ、あの、くまさんの、ぬいぐるみ」

天音はそれなりにいい景品を選択した。

獲物を捉えた真香は薄く唇を舐め、

「オッケー」

迷い無く引き金を引いた。

 

銃口から放たれたコルク弾丸は真っ直ぐは飛ばない。しかしその弾道はまるで引きつけられるかのようにくまのぬいぐるみへと飛んでいき、

 

パァン!

 

と、小気味良い音を鳴らして、ぬいぐるみのおなかに設けられた紙のマーカーにヒットした。

 

しばらく教室には沈黙を挟んだが、やがて半崎が仕留められたぬいぐるみを回収して真香へと渡した。

「……はいよ。景品3位のぬいぐるみだ」

 

「どうもでーす」

 

「……最初の2発で、銃のクセを把握したってところか?」

 

「あはは、そんなところです。ついムキになりました」

にこやかに言う真香を見て、半崎はつられるように苦笑してから言った。

 

「現場には、まだ戻れないか?」

 

と。

 

問いかけられた真香は、受け取ったぬいぐるみを天音に渡してから半崎を見て、

 

「んー……。今はダルいんでご遠慮しますね」

 

半崎の十八番であるセリフを借りて答えた。

 

それを受けた半崎はトレードマークである帽子を被り直しつつ、

「……こりゃ1本取られた」

そう言いながらダルそうに笑っていた。




ここから後書きです。

3年Aクラス「受け付け」
当真さん、国近さん、今さんの3人が受け付け担当でした。ちゃんとクラスでも出し物はあるものの、今回は受け付けを担当してもらいました。

3年Cクラス「お好み焼き」
影浦さん、村上さん、穂刈さんが所属する3年Cクラスはお好み焼き屋をやらせてみました。影浦さんが文化祭テンションにより、ノリノリでお好み焼きを作ってます。村上さんは数日で頑張ってお好み焼きの作り方を覚えましたが、鈴鳴第一支部で眠る村上さんの口から「お好み焼き……」という寝言が聞こえたとかそうでないとか。

1年Cクラス「射的」
佐鳥、半崎、別役、笹森らによる射的。スナイパーを3人も抱えるクラスだったので射的。この3人が射的のコルクガンで試し撃ちをした結果、ボーダー現役スナイパーを出禁にする決定が下された。

1年Aクラス「ケードロ」
彩笑、月守、天羽が所属するAクラスは、まさかのケードロ。実際に出し物として認可されるかは甚だ疑問。地木隊全員で文化祭を回らせてあげたいので、生徒参加型の出し物を私が考えた結果がケードロでした。ちなみにボツとしたアイディアは「男女逆転喫茶」。



この高校、男子は三輪や米屋を見る限りだと学ランのようですが、女子の制服デザインが謎……。おそらくセーラー服かなと思いながら書いてました。原作で見落としてるかもしれないと思うと、思い出せないのが悔しい……。

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