ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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午前午後で終わるかと思ったら、収まりきらずにこうなりました。

※注意※
コミックスではまだあまり出番の無いキャラが出ます。性格や立ち振る舞いなど、コミックス収録前の本誌や想像などで補ってあります。
ご了承ください。
そして前回に引き続き文化祭テンションです。キャラクターの言動に違和感を覚える可能性があります。
ご了承ください。


文化祭昼の部

「よーし!1年生で売り上げ1位目指すぞー!」

文化祭一般公開である日曜日の朝、喫茶店をすることになっている1年Eクラスはそう意気込んでいた。

 

クラスメイトが意気込む中、

(……本気でそう言ってるなら、コイツら本当バカね)

どこか冷めた目で教室の窓から外を見つつ、香取隊の隊長を務める香取葉子はそんなことを考えていた。

 

香取がそう考えるのは、ちゃんと根拠があった。

1年生の中で飲食系の選択をしたのはEクラスとBクラスだった。内容的にもほぼ同一の喫茶店。条件は同じであるように思えるが、Bクラスには抜群の知名度を誇る嵐山隊のメンバーである時枝と、飲食系のアルバイトの経験値と「シフトに入ると女性客を倍増させる」というスキルを持つ玉狛第一の烏丸がいる。

 

内容丸被りで人材面で大きなハンデがある以上、Bクラスに売り上げで勝てない。それが香取の予想であり、事実それは当たっていた。

現在は喫茶店が一番儲かる昼時だが、集客は明らかにEクラスが負けていた。

 

(ほら、やっぱりこうなった……)

香取は自分の予想が正しかったと思いつつ、

 

「お客さまお待たせしましたー。サンドイッチのAセットとBセット、それからお飲み物のコーラとカフェオレになりますー」

 

ほぼ棒読みで接客をしていた。

 

フロアを歩きつつ、設置された姿見に映るロングスカートのウェイトレス姿となった自分を見て、香取は考える。

(どうしてこうなった……?)

と。

 

しかし考えても考えても、ここに至ったクラスでの会議や話し合いの経緯が全く思い出せない。

 

香取はちゃんと会議や話し合いの場に参加していたのだが、その実、眠かったり面倒だったので意見を振られても、

「んー……、私はそれでいいわよー」

「面倒いし、それでいいわー」

と、適当に返事をしていたので、気付けば文化祭当日にウェイトレスとなってフロアを担当することになっていた。

 

そういった理由がある以上、香取が思い出せないのはある意味当然だった。

 

思い出す事を諦めた香取は気を取り直して時間を確認し、

(私のシフトはあと1時間……。なんとかボーダー関係の奴らにこんな恥ずかしい姿を見られないように祈るばかりだわ)

そう意気込んだ。

 

だがそんな香取の願望は無情にも、フラグのようにへし折られた。

 

チリンチリン!

 

来客を知らせる扉のベルが鳴り、香取は振り返りつつ、

「いらっしゃいませ。何名様です……か……」

そう言いかけて、言葉が途中で止まった。

 

そこにいたのは、

「4名でーす!」

「席空いてる?」

「香取先輩、こんにちは」

「ここ、香取先輩のクラスなんですね」

香取が来るなと願ったボーダー所属である地木隊の4人だった。

 

 

周囲から、

「あれ?カトリンちゃん、知り合い?」

という視線を向けられた香取は、素早く空いてる4人用のテーブル席へと地木隊4人を案内して、

「速やかに注文して、食べて、出て行きなさい……!」

彩笑と月守にメニューを叩きつけて、オーダーを取った。

 

香取の性格を知り、今の表情を見た月守は香取の心の内をなんとなく察し、指示(?)に従ってメニューに目を走らせた。

 

しかし香取の要望に沿って動いたのは月守だけであり、他3人は普段とは違う姿の香取をじっと見ていた。

 

(………〜っ!もう!さっさとメニュー選びなさいよこの3人っ!)

 

3人の視線に耐えかねた香取が、

「言っとくけど、コレは趣味とかじゃないし。そこは誤解しないでよね」

聞かれても無いのにそう言った。

 

だがそれでもなお、視線を逸らさない3人に向けて、

「……なに?物珍しい姿を面白がってるの?」

少し棘のある口調で言った。

 

すると、彩笑が首をフルフルと振ったあと、

「あ、ううん。カトリン、ウェイトレス姿かわいいなーって思って見てただけー」

ニコニコと微笑んでそう言った。

 

「は、はぁ!?」

彩笑のまさかの言葉に香取は動揺し、そこへ天音がいつもの無表情で香取を見ながら、淡々と言った。

「香取先輩、スタイル、良いですし、すっごく、似合ってます、よ?」

 

「え?ちょっ、ちょっと……!?」

 

そこへ真香が若干気恥ずかしそうに、

「あの、香取先輩。すごく絵になると思うので、良かったら写真撮ってもいいですか?」

スマートフォン片手にそう言った。

 

「あ、あぅ……」

まさかのベタ褒めという予想外の状況下で、B級上位部隊香取隊を率いる香取が取った選択は、

 

「そ、その……!注文が決まったら呼びなさいよねっ!」

 

そう言って席を離れるという、戦略的撤退ベイルアウトだった。

 

香取の後ろ姿が厨房エリアへと消えて行ったと同時に、彩笑がやはりニコニコしながら口を開いた。

 

「カトリン可愛かったー!」

 

「最後、お顔真っ赤でしたもんね」

 

スマートフォンを残念そうにバックに収めつつ、真香も笑顔を浮かべて言い、

 

「ウェイトレス姿、可愛かった、です」

 

天音も2人に同意するように言った。

そんな3人の会話の間に注文を決めた月守は真香にメニューを渡しつつ、

(……なんだかんだ言って、香取も内心満更じゃなさそうだったしなー)

ぼんやりとそんな事を思っていた。

 

厨房エリアから香取が復活すると、早速地木隊メンバーに呼ばれた。

「決まった?」

香取がそう尋ねると、

「サンドイッチのAとBセット、それとタマゴサンドとハムレタスサンド。飲み物はココアとカフェオレとイチゴオレとリンゴジュース……、以上で」

月守がまとめてオーダーした。

 

香取は伝票にオーダーを書きつつ復唱し、

「……、月守。他の人には、ここのこと言わないでよね」

と、小声で念を押すように言った。

 

それを受けた月守はやんわりと微笑みつつ、

「りょーかい」

そう答えた。

 

そして香取は、さらに声量を下げて、

「あと、その……、ありがと」

顔を真っ赤にしながらも、褒めてくれた3人に向けてお礼を言い、厨房エリアへと戻って行った。

 

月守はその香取の後ろ姿を見ていたが、その一方3人の視線は不自然な方向を見ていた。

 

そして3人は心の中で、

(やっば!もう知り合いに宣伝しちゃった!)

(つい、桜子に、メールで、教えちゃった)

(うっかりスナイパー組の皆さんに拡散しちゃった……)

香取の警告がもう遅かったことを悟っていた。

 

その後地木隊(月守以外)は届けられたサンドイッチを急いで平らげて喫茶店を出て行き、それと入れ違いになるようにボーダー関係者が立て続けにEクラスの喫茶店に現れ、香取は顔から火が出るような思いでシフトを終えた。

 

 

 

 

そして後日、月守はソロランク戦ブースにて(事情を勘違いした)香取に(理由も分からずに)ボコボコにされたのだが、それはまた別の話。

 

*** *** ***

 

1年Eクラスの喫茶店を出た地木隊は2年生の階に来ていた。

 

(なんかみんな早足だな)

月守はそんな事を思いつつ、

「次はどこに行く?」

と、彩笑に問いかけた。

 

数回意図して呼吸して気持ちを落ち着けた彩笑は、

「んー、そだね……」

どこに行こうか迷う素振りを見せた。迷う彩笑を見て真香が提案した。

「あ!2年Bクラスのお化け屋敷とかどうですか?」

 

「お化け屋敷……、面白そう」

天音も真香に同意した。

 

だが、

「お、お化け屋敷……?」

彩笑が確認するように、その単語を繰り返した。心なしか、いつもの笑顔も引きつっているように見える。

 

それを見た月守が、彩笑のある事を思い出したところで、

 

「楽しんでるようだな、地木」

 

聞き慣れた声で、彩笑が呼ばれた。

 

声の方向を見ると、そこにはA級3位部隊の隊長を務める風間がいた。

「風間さん!お疲れ様です!」

かつてスコーピオンとカメレオンの使い方を風間から学んだ彩笑は、人懐っこい子犬のように風間に駆け寄った。

 

「地木。初めての高校の文化祭はどうだ?」

 

「すごく楽しいです!あ、見てくださいよ風間さん!これ、Cクラスの射的で取った景品なんですよ!」

彩笑はそう言いながら、ダーツで獲得した景品のフォトフレームを取り出した。なお、月守もサイズ別ブックカバーセットを獲得しており、何気に地木隊は射的で稼いでいた。

 

楽しそうにする彩笑を見て、心なしか風間の口元が緩んだ。

「そうか。楽しんでるならそれでいい。過ぎてしまってからでは、高校生活は楽しめないからな」

 

「おおー、さすが風間さんです!」

彩笑が風間のセリフに関心したところで、

「ああ、そういえば地木。話は変わるが……」

と、話題を変えにかかった。

 

「はい、何ですか?」

彩笑が小首を傾げて言葉を待ったところで、風間の手が素早く動き、

 

ガチャン!

 

そんな音と共に、

 

「逮捕だ」

 

風間は彩笑に手錠をかけた。

 

「……ふぇ?」

「え?」

「これは……?」

 

その行動を受けて、彩笑、天音、真香は一瞬何が起こったか分からずにキョトンとしたが、即座に月守が状況を推理して苦笑いした。

「あー、なるほど。彩笑を追いかけるケーサツ役が風間さんだったんですね?」

 

月守の言葉を受けて風間は、

「正解だ」

と、即答した。

 

状況を理解した彩笑は力なく笑った。

「風間さんから逃げれるわけないじゃないですかぁ……」

 

「こういうこともあるものだ」

風間は小さく笑い、咳払いをした後、

 

「手元の逮捕状によると、お前がやったのは強盗であり、まぎれもない犯罪だ。言いたいことがあれば署で聞こう。まずはお前を連行する」

 

どこかワザとらしくそう言った。

 

彩笑は驚いたが、これはケードロである以上、風間が警察官の役を演じているのだと察した。そして面白い事が大好きな彩笑は、

「ま、待ってくださいー。これは何かの間違いだー。冤罪だー」

風間の演出に悪ノリした。

 

どこからどう見ても演技だと分かる2人が刑務所であるAクラスの教室に向かって歩き出したところで、

 

「刑事さん!待ってください!」

 

何故か真香がその演技に参加し始めた。

 

「「「「!!?」」」」

風間は当然ながらチームメイトである3人も驚いたが、真香は演技を続けた。

「確かに地木隊長は、作戦室を散らかしっぱなしで片付けませんし、報告書をまとめてる時も寝落ちしてヨダレ垂らしますし、一緒にお買い物に行っても気づいたら迷子になってるような人です!」

思わぬタイミングで日頃の失態を暴露された彩笑は恥ずかしそうに風間から目をそらした。真香の演技はまだ続く。

「でも、人の道を外れるようなことは絶対にしません!これは何かの間違いです!」

 

真香の演技を受け、さらに悪ノリした風間は答える。

「ほう……だったらどうするんだ?」

 

「私が隊長についていって無実を証明します!」

 

「ふっ、いいだろう。なら、貴様も署に同行してもらおう」

 

「望むところです!」

そして何故か真香も2人と共に刑務所であるAクラスの教室に同行する事になった。

 

同行する直前に、

「そういうわけで私は地木隊長と一緒に行くから、しばらくしーちゃんは月守先輩と文化祭回っててー」

真香はそう言い残して、3人はAクラスへと行ってしまった。

 

取り残された2人はしばらく無言だったが、やがて月守が口を開いた。

「……真香ちゃん、たまによく分からない行動するよね」

 

「はい……。私、真香が、時々、分からなく、なります」

 

「謎、だね」

 

「なぞ、です」

真香の行動は謎だった、という結論になったところで、2人は文化祭巡りを再開した。

 

月守は隣を歩く天音に尋ねた。

「どこ行く?」

 

「んー……。あ、じゃあ、お化け屋敷、行きたい、です」

 

「お化け屋敷ね。オッケー」

行き先を決めると、通い慣れた月守が迷う事なく目的地である2年Bクラスの教室に辿り着いた。

 

『入口』と書かれた方の扉には受け付けらしきエリアが設けられており、そこで受け付けを済まそうとした瞬間、

 

「どぅわあぁぁ〜!」

 

もう1つの『出口』と書かれた方の扉が勢いよく開き、そこから2人の知り合いがガチの半泣き顔で飛び出してきた。

「茜?」

「日浦ちゃん?」

2人は那須隊所属の、帽子を被ったボーダー最年少女子スナイパーである日浦茜の名前を呼んだが、

「ひ、ひぃっ!?」

お化け屋敷でよほど怖い目に遭ったのか、驚かれてしまった。

 

怯える茜を見て天音は困惑し、事情はどうあれ年下女子に怖がられた月守が軽くショックを受ける中、

 

「あ、眩しい……。茜ちゃんごめんね。そんなに怖がるなんて思わなくって」

 

茜の隊長である那須玲がゆっくりとした足取りでお化け屋敷の出口から現れた。那須を見た茜は、

「那須ぜんばいー!」

そう言いながら那須に抱きつき、

「茜ちゃん、本当にごめんね」

那須はそんな茜の背中をさすった。

 

そこで那須は2人に気付き、

「あら?さく……、月守くんに天音ちゃん、こんにちは」

儚い微笑みを浮かべつつ、2人に挨拶した。

 

「こんにちは、那須先輩」

天音はペコッと頭を下げつつ挨拶を返し、

「那須先輩、今日は体調大丈夫ですか?あの、というか熊谷先輩と志岐さんは一緒じゃないんですか?」

月守は病弱な那須の身体を気遣うように言った。

 

那須は天音にお辞儀を返した後、月守の言葉に答えた。

「今日は調子いいの。無理しない限り大丈夫よ」

 

「……ならいい、ですけど。辛くなったら保健室かトリオン体に換装ですよ」

 

「ふふ。ありがとね、月守くん。あと、くまちゃんと小夜ちゃんは今クラスの出し物を頑張ってるわ」

那須への気遣いが終わったところで、月守は産まれたての小鹿のようにプルプルして怯えている日浦に視線を向けつつ、

「ところで那須先輩。このお化け屋敷、そこまで怖いやつなんですか?」

と、問いかけた。

 

「えっと……」

すると那須は気恥ずかしそうに笑い、説明を始めた。

「お化け屋敷も、確かに怖かったのよ。もう、茜ちゃんは途中から私にぴったりくっついちゃうくらい。それでもなんとか最後まで辿り着いてね。そしたら茜ちゃんが早く出ようとして走り出しちゃって、それを見て……、その……ついね、

『わっ!!』

って、後ろから驚ろかしちゃったの。そしたら……」

こうなりました、と、那須は小声で言った。

 

事情を把握した月守は一瞬だけポカンとしたが、すぐに苦笑した。

「……那須先輩、変なところでイタズラ好きですよね」

 

「うぅ……。だって、茜ちゃんの怖がりっぷりが立派すぎて、つい……」

反省したようでショボンとする那須を見つつ、天音が同い年繋がりということで茜に声をかけた。

 

「茜、大丈夫?」

すると、

「あ"ま"ね"ぢゃん"ー!!ごわ"がっだよ"ー!!」

ガチ半泣きの茜はそう言って天音に抱きついた。

 

「あー、うーん……。よしよし?」

対応に迷いつつも天音はそう言いながら、那須と同じように茜の背中をさすった。

 

「……」

月守は黙ってその光景を見ていると、茜から解放されて立ち上がった那須が小声で話しかけてきた。

「……ところで、さく…、月守くん。今日は天音ちゃんと文化祭デートかしら?」

 

「たまたま彩笑たちと別行動なだけで、デートのつもりは無いです」

 

「そうなの?」

 

「そうです。まさかとは思うけど玲ね…、那須先輩、ケーサツ役ってことはないですよね?」

月守がそう尋ねると、

「けーさつ?なんのこと?」

那須は小首を傾げてそう言った。

 

それを見て、

(あ、これは絶対に何も知らない人の反応だ)

月守はそう確信し、

「いえ、なんでもないです。忘れていいです」

と、言った。

 

なんとか泣き止んだ日浦が天音から離れ、

「……恥ずかしい姿をお見せしました」

ぺこりと頭を下げて月守と天音に向けてそう言った。

 

「その……、大丈夫。他の人、には、言わない、から」

「それに、ほら。理由はどうあれそこまで怖がってくれたなら、お化け屋敷側としても嬉しいんじゃないかな?」

天音と月守のフォローを受けて茜はホッとした表情に変わり、再度お辞儀をして那須と共に歩いて行った。

 

那須隊の姿が見えなくなったところで2人はお化け屋敷の入口へと目を向けた。

「怖いみたいだねー、お化け屋敷」

「はい。それじゃあ、入り、ましょう」

 

受け付けにいる生徒に入る旨を伝えると、

「暗いですので、こちらをどうぞー」

そう言われて懐中電灯を1つ渡され、2人はお化け屋敷へと足を踏み入れた。

 

「あ、確かに、暗い、です」

天音が言うように、お化け屋敷の中は確かに暗かった。

 

月守が見る限りだと、どうやら黒い衝立のようなもので進むべき道が示されているようだった。衝立は高さが異なり、低いものは腰の高さ程度だが、高いものは天井まで届いていた。演出なのか、血痕を思わせる赤い斑点やら手形やらが無数に描かれていた。

「神音、懐中電灯持ってていいよ」

月守は持っていた懐中電灯を天音に渡した。

「はい。思ったより、灯り、弱い、ですね」

実際に点灯してみると、それは申し訳程度の、随分弱いというか儚い灯りだった。

 

頼りない灯りをもとに、2人は衝立に沿って進んで行った。

天音からすれば目を凝らさなければ不安を覚える道を、月守は迷いなく進んで行く。

「つ、月守先輩、歩くの、ちょっと、早い、です…」

「ん、ああ、ごめんね」

呼び止められて止まった月守に、天音が追いつこうと進むペースを上げた瞬間、

 

ドンドンドンッ!

 

と、天音の両側の衝立から勢いよく叩く音が響いた。

 

「うぉ……」

月守はそんな声を出して驚き、

「…………」

声には出ないが、天音も驚いた。

 

音が収まったところで、懐中電灯片手の天音は月守の側に寄った。

「びっくり、しました」

「だね。神音って、声出さないで驚くタイプ?」

「はい。あ、でも、不意に、触れられると、声、出ます」

天音がそう説明すると、暗がりの中で月守は小さく笑い、

「どれどれ」

そう言いながら、懐中電灯を持っていない天音の右手を掴んだ。

 

「ひゃう!?」

不意に触れられた天音は、自身が言った通りに声を出して驚いた。

 

「あ、本当だった」

月守が言うと、天音は本当に少しだけムッとした表情を見せ、

「……月守先輩、いじわる、です」

と、言った。

 

「んー、ごめんね。でもほら、こうして手を繋いでれば、俺が先に行っちゃうってことは無くなるでしょ?」

「……はい」

優しそうに微笑んでみせる月守を見て、天音は頷いた。

 

手を繋いだ2人は、ゆっくりと衝立に沿って進んで行った。

歩きながら天音が月守に質問した。

「月守先輩は、なんで、こんな暗くても、迷わないで、進めたん、ですか?」

「ん?ああ、だって入る前に暗順応してたから」

「……あんじゅんのう?って、なんです、か?」

小首を傾げて問いかける天音に対して、月守は少し思案してから答えた。

 

「目って、いきなり暗い所に来ると全然見えないけど、だんだん見えるようになるでしょ?」

「あ、はい。今も、ちょっとずつ、見えるように、なって、きました」

「うん。で、俺はお化け屋敷に入る前から片方の目を閉じて、あらかじめ暗さに目を慣らしておいたんだよ」

「……?」

今ひとつピンと来ていない天音を見た月守は苦笑し、

「また今後、分かりやすく教えてあげるね」

空いている右手で天音の頭を優しく撫でた。

 

進んで行くと、少し広いスペースに出た。

するとそこには、

「……無い。……無い」

そう言いながら、白装束姿の人影が床に落ちた何かを探すような仕草を見せていた。

 

普通ならここでどう動くべきか迷うところだが、

「その声は出水先輩ですね?」

「あ、やっぱり。聞き覚え、ある声、だと、思いました」

2人ともあっさりと仕掛人を見破ってしまった。

 

「あーもう!なんで普通に話しかけちゃうんだよ!」

そしてその人影は月守の予想通り出水であり、立ち上がって不満そうにそう言った。

 

「すみません、つい」

「ったく……。さっき茜ちゃんと那須さん来たけど、あの2人の方がまだ上手く驚いてくれたぜ」

出水は小さな声で「働き損だ」と付け加えるように言った。

 

出水に懐中電灯の光りを当てつつ天音が尋ねた。

「ちなみに、本当は、どんな手順で、驚かす、予定、でしたか?」

「ああ。お客さんの動き次第だけど、オレがお客さんに、

『すみません、探すの手伝ってください』

って言ってから……」

言いながら出水は白装束の前を開き、

「こう……、

『オレの内臓を……』

みたいな感じで驚かすんだよ」

その下に隠していた作り物の内臓を見せつけた。

 

作り物でニセモノだと分かってはいても、なかなかにグロテスクな姿だなと2人は思った。

「日浦ちゃんとか驚いたでしょう?」

月守が思ったことを尋ねると、出水は楽しそうに笑って答えた。

「おうよ。あと知り合いだと、奈良坂とかも軽く驚いてたな」

 

「三輪先輩は、来なかったん、ですか?」

 

「来たけど不評だった。嵐山隊も来てたけど、木虎にめっちゃ怒られた」

 

「怖かったのを隠したかったんじゃないんですか?」

月守がそう言うと、

「いや、多分そうやってオレが茶化したせいだな」

出水が服装を直しながら答え、月守はケラケラと笑った。

 

出水と別れた後も、2人は問題なくお化け屋敷を攻略して行った。

古典的なコンニャク。

曲がり角に何かあると思わせてその手間でフェイントをかけたお化け。

衝立の道を操作されてグルグルと周回させられたり、謎の冷気トラップ。

何も言わないが、ひたすらつきまとう白装束お化け。

通路の途中で足を掴まれるトラップは、驚きに乏しい天音が唯一(?)苦手とするもので、その時ばかりは可愛らしい悲鳴がお化け屋敷に響いた。

 

お化け屋敷も終盤になった所で、月守が思い出したように言った。

「彩笑がいないのが残念だな……」

「そうです、ね。どうせなら、4人でも、参加、してみたかった、です」

すると月守が苦笑し、言葉を続けた。

「まあ、それもあるんだけど……。彩笑さ、実はこの手の暗くて驚くタイプのやつが、本当に苦手なんだよ」

「え?そうなん、ですか?」

「うん、そう。前にボーダーで停電を想定した不意打ちの避難訓練があって、暗くなった時の怖がりっぷりがすごかった」

その時のことを思い出してか、月守は楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「言われて、みれば……。お化け屋敷って、聞いた時、地木隊長、顔、引きつって、ました」

「でしょ?」

彩笑の意外な弱点が暴露されたところで、2人の目に血のように真っ赤な文字で『出口』と書かれたドアが見えた。

 

「出口って、ことは、もう終わり、ですね」

「みたいだね。途中で出水先輩と会っちゃったからか、あんまり怖くなかったね」

「はい。でも、知らない人、なら、あれは、すごく怖いと、思います」

 

2人はいつもの緩いテンションのまま、出口へ向かって歩き、スライドさせるタイプのドアに月守は手をかけた。

「お……、なんかドアが重い」

そのドアは立て付けが悪いようで、なかなか開かなかった。

月守が少し力を入れてようやくドアが動いた、その瞬間。

 

「もう終わった………と、思うじゃん?」

 

2人のすぐ後ろから、肩に手を添えられつつそんな声が聞こえた。

 

「うわっ!?」

「きゃうっ!?」

完全に油断していた月守は驚き、また、苦手である不意の接触を受けた天音も驚いた。

 

そんな2人の反応を見て、驚かせた白装束姿のお化けはケラケラと笑った。

「お!2人ともいい反応してくれるじゃん」

そしてそれは案の定というべきか、出水と同様に仕掛人である米屋だった。

 

お化けが米屋だと分かると2人は安堵し、会話に応じた。

「もー米屋先輩、最後の最後で来たのでビックリしましたよ」

「それが狙いだ。さっき那須さんと茜ちゃんが来たけど、茜ちゃんがスゲー勢いで出てったからオレの出番無くてな。お前らがいい反応してくれたから働き損しなくて済んだぜ」

「米屋先輩、すごかった、です。後ろに、立たれたの、全然、気付かなかった、です」

「ははっ。天音ちゃんにそう言ってもらえるとありがたいわ」

 

会話しつつも月守はドアを開け、3人はようやくお化け屋敷の外に出ることができた。

「あれ?米屋先輩も出るんですか?」

月守が問いかけると、米屋は、

「オレのシフトはここまでだからな」

と、答えた。

 

「2人とも、オレらのクラスのお化け屋敷はどうだった?」

米屋から感想を尋ねられ、月守は正直に答える。

「ぶっちゃけ、途中で知り合いがいるって安心感があったせいか、あんまり怖く無かったです」

 

「月守は生意気言うな。天音ちゃんは?」

 

「私も、です。あ、でも、お化け屋敷、自体は、よく出来てた、と、思います。特に、途中の、驚かすわけでも、ないのに、ついてくるお化けは、すごくリアル、でした」

 

天音がそう言うと、月守もそれに同意した。

「そうですよ米屋先輩。お化け屋敷、全体的に良く出来てましたけど、あのお化けだけは群を抜いてリアルでした!」

 

2人の感想を受けた米屋は少しテンポを開けたものの、

「……お、おう!だろ!?よく出来てただろ!」

誇らしげにそう答えた。

 

お化け屋敷に満足した2人が文化祭の雑踏の中へ姿を消したのと入れ違いに、同じくシフトを終えた出水が中から出てきた。そんな出水に向かって、米屋は尋ねた。

「なあ、弾バカ」

 

「なんだよ槍バカ」

 

「……ここの中にさ、驚かすわけでも無く、ただついて回るだけのお化け役って、あったっけ?」

 

「いや、そんなの無いだろ。それがどうした?」

当たり前のように言う出水の言葉を受けた米屋は、

「…………だよな」

大量の冷や汗をかき、青ざめた顔をしつつも、なんとかそう言葉を返した。




ここから後書きです。

1年Eクラス「喫茶店」
そこそこ強いはずなのにガロプラに「真ん中くらい」と評価されてしまった香取隊長が登場。14巻の初登場シーンと、公式データブックの「モテるキャラグラフ」の位置がツボに入ったお気に入りなキャラ。同じクラスにいる小夜子さんは裏方参加で小荒井はシフトの時間が違ったことにしてます。

2年Bクラス「お化け屋敷」
米屋&出水が所属するクラス。定番中の定番。後に米屋は、
「本物でも怖がらないあの2人をお化け屋敷で怖がらせるのは不可能だった」
と語る。

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