防衛任務は正隊員で構成された部隊にて行う。中には1人で1部隊とカウントされるとんでもない隊員が数名いるが、基本的には5部隊ずつが3交代制で配備されている。順当にローテーションを回せば2日に1回の頻度で任務が回ってくるが、時間的余裕がある隊員や、より給料が欲しいという隊員、正隊員ではあるもののチームに所属していない隊員などで即興で構成される、いわゆる『混成部隊』も度々配備されるため、実際の勤務感覚は案外まちまちである。
今回はそんな、普段見られない組み合わせメンバーで構成された混成部隊での物語。
*** *** ***
警戒区域内にゲートが開いたことを知らせるサイレンとともに、ゲート付近にいた混成部隊メンバーに通信が入った。
『ゲート開きました。西に350メートルくらいですけど、そこからゲートを視認できますか?』
その通信に対してメンバーはそれぞれ答える。
『こちら月守。こっちからは見えてるよ、真香ちゃん』
『こちら村上。和水さん、俺からも見えてる』
メンバー2人の言葉を受け、オペレーターの真香は判断を下す。
『了解です。そのゲートは私たちで担当するので、そのままゲート付近に急行してください』
『月守了解』
『村上了解』
真香の凜とした声で出された指示に、月守と村上は同タイミングで答えてゲートめがけ走り出した。2人が動いたことを作戦室のレーダーで確認した真香は、追加で指示を出した。
『当真先輩。動いてないのはこちらで確認できてますよ?そこからじゃ建物で射線切れてるので狙撃は不可能です。あまりサボってないで狙撃ポイントを確保してください』
しかしその指示は月守でも村上でも無く、もう1人の混成部隊メンバーであるスナイパーの当真勇に向けられたものであった。
当真は民家のベランダから空を見上げつつ、真香の通信に答える。
『和水ちゃん、これは断じてサボってるわけじゃないんだ。俺たち3人が今開いてるゲートに向かったとして、もしこの後連チャンでゲート開いたらどうする?そんな万が一に備えて待機してるんだよ』
『なるほど。それで本音は?』
『この前の新型でも来ない限り村上と月守で十分だろ。俺はここでサボらせてもらうぜ』
『当真先輩!』
『わっはっは』
根が真面目な真香は当真に注意を促すが、スナイパー界でも屈指の自由人である当真はその注意を笑って流した。
そんな2人の会話を聞き、月守と村上は苦笑する。
「うちのオペレーターが騒がしくて申し訳ないです、村上先輩」
月守は軽く村上に対して謝罪するようにそう言った。
村上鋼。
県外からのスカウトで1年前に入隊。強化睡眠記憶というサイドエフェクトに弧月とレイガストを巧みに使いこなす技量、そこにストイックな性分と彼に対して深い理解を示してくれる恵まれたメンバーの存在が相まって、瞬く間にアタッカー4位に上り詰めた隊員である。
月守と村上は走る速度を落とさずに会話を続ける。
「和水さんは凄いな。先輩に対しても物怖じせずに指示が出せるのか」
「んー、そこは人によるみたいです。二宮さんとか嵐山さんは苦手みたいで、一緒に任務に出ると少し大人し目ですよ」
「二宮さんに萎縮してしまうのは分かる気がするが、嵐山さんも苦手なのか?」
「苦手というか、爽やかすぎて近寄りがたいらしいです」
「……随分珍しい理由だな」
「あははー、そうですねー」
程よく力の抜けた状態で会話する2人であったが、
『当真先輩!サボっちゃダメです!』
『和水ちゃんは本当に真面目だな』
それとは対照的に、真香は自身のペースを崩さぬ当真に向けてより一層ヒートアップしていった。
「月守くん、このままだと戦闘が始まってもオペレーターの指示を受けられそうにないね」
「まあでも、トリオン兵相手で1戦だけなら真香ちゃんの支援が無くても多分大丈夫ですよ」
「仕方ないな。作戦はどうする?」
「即興メンバーですし、役割をしっかり分けましょう。村上先輩、メインお願いしてもいいですか?」
月守の提案を受けて、村上は答えるより早く自身の武装である弧月とレイガストを抜刀した。
「ああ、それでいい」
簡潔に答えた村上の視線は月守では無く前方に向いており、ゲートから現れたトリオン兵を捉えていた。月守も村上と同じ方向を向いており、捉えているトリオン兵を視認できていた。
標的を認識した両者に軽い緊張感が走り、その状態で村上は口を開く。
「俺がメインを張る。フォローは任せた」
「了解です」
そう答えると同時、村上はトリオン兵の群れへと踏み込んだ。
(モールモッドが2体、バムスターが1体か…)
村上の背中を見つつ月守は全体を把握し、それと並列して左手からトリオンキューブを生成する。
踏み込んだ村上が振るった弧月と戦闘用トリオン兵モールモッドのブレードがぶつかり、火花を散らす。すかさずモールモッドは空いているもう片方のブレードを村上へと向けるが、村上は落ち着いてレイガストをブレードモードからシールドモードへと素早く切り替えてその1撃を防いだ。
そして一連の攻防から次の攻防へと移る一瞬の空白を、月守は逃さない。
「バイパー」
ベストなタイミングで月守は用意していたトリオンキューブを分割し、バイパーを放った。
見ている者を惑わせるような複雑怪奇な軌道と回避困難な弾数、十分な速度を持ったバイパーがモールモッドに直撃する。直撃のタイミングは文句無しだが倒し切るだけの威力には欠けており、モールモッドの動きをほんの少し止める程度であった。
だが、
「ナイスだ」
モールモッドと対峙する村上にはそれでも十分すぎる援護になった。
「スラスター・オン」
ブレードの動きを加速、補助することができるレイガスト専用のオプショントリガーであるスラスターを村上は起動してモールモッドを押すようにして、月守の攻撃で動きが鈍ったモールモッドの態勢を大きく崩すことに成功した。
そこを村上は逃すことなく、
「1体目」
淡々とした声でそう言ってトリオン兵の弱点である目の部分に弧月を振るって両断した。
1体目撃破の余韻に浸ることなく、村上の意識は次の標的へと切り替わる。
(どっちを先に片付けるべきか……)
ほんの一瞬、村上はその判断に迷ったがそれはすぐに解決した。残るモールモッドとバムスターだが、その2体の視線は月守に向いており、村上は完全にノーマークの状態だった。
チャンスとばかりに村上は手近な方だったバムスターへと背後から斬りかかる。大きな体躯こそ持っているがバムスターは捕獲用トリオン兵であり、反撃らしい反撃をさせずに村上はバムスターを屠った。
残り1体になったところで、月守が村上に通信を入れた。
『村上先輩、モールモッドの動き止めましょうか?』
『いや、そのまま気を引いてくれるだけでいい』
『了解です』
軽い打ち合わせを終えた途端、村上は動いた。左手に持ったレイガストを通常のブレードモードに戻して振りかぶり、
「スラスター・オン」
そう言いながら全力で投擲した。
投げられたレイガストは、生身より圧倒的に高い身体能力を発揮することができるトリオン体での全力投擲に加えて、専用オプショントリガーであるスラスターによってとてつもない速度を発揮し、容赦なくモールモッドへと突き刺さった。
威力は申し分ない1撃であり勝負は決まったかのように思えたが、
「しぶといな」
「即死は避けたって感じですかね」
モールモッドはその1撃を受けてなお、動きを止めなかった。しかしあと一押しすれば倒せるのは誰が見ても明らかであった。
(この距離なら近いし、止めは俺が刺そう)
月守はそう判断し、止めを刺すために左手にトリオンキューブを生成した。そしてそこから攻撃を繰り出そうとした瞬間、
パァンッ!
と、鋭い銃声が鳴り響き、モールモッドへと引導を渡した。
眼前で起こった光景に月守は一瞬面を食らったが、すぐに何が起こったか理解し、落ち着いた状態でトリオンキューブを解除して確認も兼ねて通信回線を繋いだ。
『当真先輩、相変わらず見事な狙撃ですね』
『あんな止まったも同然の的になら、外す方が難しいぜ』
月守の予想通り、最後の1撃は当真による狙撃だった。
お疲れ様と言いながら投擲したレイガストを回収しに来た村上に軽く手を上げて挨拶を返しつつ、月守は当真へと問いかける。
『見事でしたけど…。この程度なら俺と村上先輩に任せて休むんじゃ無かったんですか?』
『そのつもりだったんだが……。ま、まあ、アレだ!和水ちゃんの言うように、サボりはダメだよなって思ってな!』
『……まあ、そうですけど』
明らかに動揺している当真の声を聞き、月守は真香に個別回線を開いた。
『真香ちゃん、当真先輩に何て言って仕事させたの?』
『仕事ちゃんとしないと真木先輩に言いつけますよって言ったら、快く仕事してくれました!』
『あー、なるほどねぇ…』
真香の答えを聞き、月守は苦笑した。
真木理佐。
当真の所属するA級2位冬島隊のオペレーターである。16歳という年齢は隊の中で1番下であるものの、元々エンジニアであった冬島を半ば無理矢理スカウトし現場に転属させ、ボーダー入隊後ダラダラしていた当真に対して「働け」と言って働かせたという人物(当時中学生)だ。隊の作戦室には彼女以外立ち入り禁止の書斎が設けられているなど、現在でもチーム内の権力は大きい。
そんな彼女に仕事をサボっているなどと報告されたら当真は非常にマズイことになることを想像したのか、真香の指示に従って仕事をすることにしたようだった。
討伐したトリオン兵を回収する回収班が来るのを現場で待機していると、ふと思い出したように真香が問いかけた。
『そういえば月守先輩。戦闘中にトリオン兵が不自然に先輩を追いかける動きがあったんですけど、アレはどういう方法でコントロールしたんですか?』
「ああ、モールモッドとバムスターを村上先輩から引き離したやつ?アレはコントロールとか、そんな大層なものじゃないよ」
月守は穏やかな声で疑問に答える。
『村上先輩と戦ってたモールモッドにバイパー撃ったんだけど、それと同時にあの2体にもバイパー撃って気を引いただけ』
『ああ、なるほど。レーダーだとすっごい不自然な動きに見えたんですけど、それなら納得です』
月守の解答を聞き、真香は納得した声でそう答えた。
2人の会話が終わったところで、
「今までも何度か組んだことはあるが、月守は本当にサポートが上手いな」
手持ち無沙汰になったのか、村上が世間話でもするかのようにそう言い、月守は彼に目線を合わせて会話に応じた。
「どうもです。というか、それ言ったら村上先輩の戦闘スタイルの安定感は流石としか言えないです」
「そう言って貰えると有り難いが……。オレのスタイルは月守のチームメイトとは異なるタイプだから、合わせ辛かっただろう?」
「案外そうでもないですね。慣れ不慣れの問題を抜きにしたら、村上先輩はかなり合わせやすかったです。神音はとにかく、彩笑との連携はシビアなので」
やんわりとした、人の良い印象を与える笑みを月守は浮かべてそう言った。
一見するといい人同士の会話のように聞こえるが、
(鈴鳴と地木隊って次のランク戦で戦うんだよな?なら月守のやつ、暗に村上の動きは見切ってるって言ってんのか?)
両者が次の試合で戦うことが頭に入っている当真は月守の言葉にそんな裏があるのではないかと思えてならなかった。
しかしそんな当真の考えなど知らない2人の会話は続く。
「地木さんか……。そういえば、今日は別々の混成部隊で防衛任務に参加しているんだな」
「そうですよ」
月守はそれとなく視線を動かして彩笑たちが防衛している方向へと向け、
「迷惑かけてなきゃいいんですけど……」
冗談と真剣さが半々ほど篭っている声でそう呟いた。
*** *** ***
雲ひとつない青空に、小さな影がいくつも差した。
バド。
飛行能力と最低限の射撃能力を備えたトリオン兵である。飛行と射撃と聞くと厄介に思えるが、サイズとしては他のトリオン兵より比較的小柄であり、同じ飛行能力を持つ大型のイルガーと比べたなら討伐の難易度は遥かに下である。
当然ながら、ボーダーの上位アタッカーたちと対等に渡り合えるだけの実力を持つ彩笑にとって討伐するのに全く問題は無い。どれだけ高く飛ぼうが、グラスホッパーを使えば逃さない自信があった。
だが、
「うへぇー……。これは流石にちょっと面倒いかなー」
上空を覆いつくす、とまではいかなくとも、10を軽く越える数のバドを見て彩笑は苦笑した。
バドの厄介なところは、空を飛んでいるの1点に限ると彩笑は思っている。自在に空中を動かれては追いかけるにも撃ち落とすのも一苦労である上に、そこに数が加われば視野と包囲網を広げざるを得ない。1体でも取り逃がしてしまえばあっという間に警戒区域を突破されてしまうだろう。警戒区域を突破されたら負けともとれる防衛任務において、バドはある意味最も厄介なトリオン兵である。
それゆえに地木隊は任務中にバドが現れた場合、優先的に倒すことになっている。月守が地上から弾丸を放ちダメージを与える。それで倒せればそれで良し、倒せなくとも当たれば飛行能力が鈍るのは確実であるため、そこを彩笑と天音でしっかりと仕留める。
月守の腕前では(ハウンドを使わない限り)上空にいるバドへの命中率は数にもよるが7割ほどであり、その中でも仕留められるのは半分程度であるため、彩笑はなんだかんだで毎回バドを仕留めるために跳び上がっている。
半ば反射的なものになっているバドへの戦法を実行するため、彩笑はグラスホッパーをスタンバイしつつ跳び上がるために膝を少し曲げた。だが、
「何してんの?」
そんな彩笑を諌める声があった。
「え?直接バド斬りに行こうかなーって」
「何それ?効率悪。地上から撃ち落とせばいいじゃない」
そう言ってハンドガン型トリガーを展開したのは、B級上位を二期キープしている部隊を率いる香取葉子だ。2人とも機動力を生かした戦闘スタイルを得意とするが、ブレード型トリガーであるスコーピオンしか攻撃手段を持たない彩笑と違い、香取はスコーピオンとハンドガンを扱うオールラウンダーであるため、バドを撃ち落とすという選択が可能であった。
構えた両手のハンドガンからハウンドとアステロイドを放ちバドを撃ち落としていく香取を見て、彩笑は口を尖らせて言う。
「カトリンは撃ち落としてるけど、近距離戦1択のボクには無理なのー」
「カトリン言うな。ってか、あんただって遠距離攻撃できるでしょ。スコーピオンぶん投げるやつ」
「できるけど、でもこの距離だと命中率悪いし、投げたのが当たっても致命傷になんないよ?しかも失敗したら落ちてくるよ?カットリーンの頭に刺さっちゃうかもだよ?」
「カットリーンって言うなっ!ならアレは!?スコーピオン伸ばすやつ!」
「アレも難しいよ〜。カゲさんみたいな射程出ないし。ってかさ、バド少しずつ上に逃げてバラけてない?カトリーヌの攻撃、微妙に届いてなくない?」
「うっさい!分かってるわよ!」
香取の苛立ちは攻撃が当たらないバドへのものか、次々と変わるニックネームへのものかは定かではないが、とにかくバドがまだ10体は残っており、それが動き続けている。数体は市街地方面に向けて飛行しており、状況は悪化している。
悪化しているのだが、
「怒鳴ったカトリーヌ怖ーい」
「ならそのニックネームで呼ぶのやめなさいっ!」
「えー……、もしかして発音悪いのが不満?」
「発音は関係無いっ!」
「またまた〜。Catherineはツンデレだね〜」
「ツンデレじゃな……、その無駄に綺麗な発音は何っ!?」
「普段使い道の無いボクの特技だよー」
現場には(主に彩笑のせいで)和やかな雰囲気が流れていた。
そんな2人の会話は開きっぱなしである通信回線によりチーム内に筒抜けであり、
『あはは〜、2人とも仲良しさんだね〜』
『そうね。ついつい和んじゃうわ』
今回の混成チームのオペレーターを務める国近柚宇と、残る1人の戦闘員である那須玲は思わず笑顔を浮かべていた。
バドが自在に動き回る空を見上げながら、那須は国近に問いかける。
『でもどうしますか?このままだと最悪の場合、警戒区域を突破されてしまいます』
『そうだねー……』
国近の口調はまったりとした普段通りのものであるが、作戦室でモニターに向けている目は真剣そのものであり、頭の中では現場の状況やメンバーの能力・トリガー構成などから適切な策を構築されていた。
『んー……、那須さんのバイパーでまとめて殲滅しちゃうのが1番手っ取り早いんだけど、厳しいかな?』
『さすがにここまで広がってしまうと厳しいですね』
『だよねぇ。じゃあ、市街地方面に向けて飛んでる2体は香取ちゃん、その他のやつは那須さんと地木ちゃんって具合に分担しよっか』
メンバー全員が通信回線から出された国近の指示を受けて、即座に自分のやるべき行動を理解した。
「地木!ニックネームの件は後でケリつけるから!」
香取は割と本気の剣幕で彩笑に向けてそう言うや否や警戒区域方面へ飛んでいくバドを見据え、グラスホッパーを複数展開して迎撃に掛かった。
その背中を横目で見送った彩笑もすぐに駆け出し、すでにトリオンキューブの生成を始めている那須の隣へと素早く移動した。
「那須先輩、このままバド撃ち落とすんですよね?」
「ええ。でも何体か残ると思うから、その時は地木ちゃんにお願いするわね」
「了解です」
軽く打ち合わせを済ませた彩笑は膝を軽く曲げ、跳び上がる用意をした。それと同時に、那須が用意していたトリオンキューブを細かく分割し、
「バイパー」
那須が最も得意とするバイパーが、バドめがけて放たれた。
大量のバイパーが空を自在に飛ぶバドを捉えて穿ち落とすが、中にはそれが致命傷に至らない個体が数体残り、飛行を続けていた。
(2……、ううん、3体!)
那須は撃ち漏らしたバドを把握し、すぐにそれを隣にいる彩笑に伝える。
「彩笑ちゃん!」
「任せてくださいっ!」
しかし皆まで言わなくとも彩笑は行動に移った。
(グラスホッパー!)
足場となるグラスホッパーを展開すると同時に跳躍し、彩笑は素早くそれでいて軽やかに空を駆け、一気にバドと同じ高さまで上り詰める。
「こんにちはっ!」
同じ視線の高さになり、目が合ったバドに向けて彩笑はにこやかにそう言ってから攻撃を開始した。スタンダードな片刃タイプの形状にしたスコーピオンを躊躇いなく振るいバドを両断する。
(あと2体っ!)
スコーピオンを振り切った彩笑の視界は、次の標的を捉える。
標的との間合いを把握した彩笑は、再びグラスホッパーを展開して間合いを一気に詰め、その勢いを利用した刺突を繰り出しバドを仕留める。
(ラス1っ!)
仕留めたバドを足場にして突き刺さったスコーピオンを抜き切ると同時に、彩笑は最後の1体を視界に収める。彩笑の方が高い位置におり高低差としては優位だが、間合いはガンナーやシューターのものでありアタッカーである彩笑からすれば接近する必要がある距離であった。
だが、
(この距離ならギリギリ当てられるかな)
その間合いと自身の技のレパートリーを踏まえて彩笑はそう判断し、攻撃に移る。
足場としてバドを足場にしていた彩笑は、スコーピオンを軽く目の前に放った。そして次の瞬間、彩笑自身も足場にしていたバドから跳躍し、
「ここっ!」
目の前に放ったスコーピオンの柄をまるでサッカーボールのように右足で蹴った。
一球入魂ならぬ、一刃入魂として蹴られたスコーピオンは吸い込まれるようにバドへと飛んでいき、貫いた。そのスコーピオンは正確に目の部分を射抜き、バドのトリオンを瞬く間に漏出させる。そして重力に従いながら落下する彩笑は、そのバドから漏出するトリオンが止まったことを、止めを刺せたことを確認すると小さく笑い、
「はい、お終い」
そう一連の戦闘に幕を閉じる一言を告げた。
「何よ最後の技は?」
撃破したバドの残骸が周囲に散らばる中で回収班の到着を待っていると、香取が彩笑に向けてそう尋ねた。
「スコーピオンシュート」
「いや、名前じゃなくて……」
「Scorpion・shoot」
「なんで発音良く言い直したのよ!」
「あれ?気に入らない?ならボツにしたやつだけど、
「そういうことでもな……ってか今なんかすっごいダサい名前聞こえたんだけど!?」
「不知火さん渾身のネーミングだったのにー」
苦笑しながら彩笑はそう言った後、技の解説に移った。
「まあ、技って言っても、ただスコーピオン蹴るだけなんだけどね」
「それは見たら分かるわよ。アタシが言いたいのは、あんな技があるなら最初の段階で使わなかったのよ、ってこと」
「やー、この技、最近考えたばっかりでね、まだまだコントロールに難アリなの」
「なに?つまりは練習不足ってこと?」
「うん、そういうこと。一回すっぽ抜けて、咲耶に刺さって怒られた」
彩笑は笑いながら言ったが、
「いや、そりゃ怒られるわ」
「彩笑ちゃん、それは怒られるわよ」
『それはつっきーでも怒るよ〜』
満場一致で怒られて当然と言われて、彩笑も流石に少し落ち込んだ。
ショボーンとしている彩笑に向けて、那須が淡い微笑みを浮かべつつ声をかけた。
「ねぇ彩笑ちゃん。さ……月守くんは元気?」
「咲耶ですか?んー……、とりあえず元気ですね。今朝は元気に落花生配って歩いてました」
「……何で落花生なのかしら?」
「本人曰く、今日が節分だかららしいです」
「ああ、なるほどね。確か、地方によっては炒豆じゃなくて、落花生のところもあるのよ」
「「へぇー……」」
那須から教えられた豆知識を聴き、彩笑と香取は素直に関心した様子を見せた。
なお、地元三門市以外からスカウトされて入隊した国近はその事に理解があったらしく、
(そっかー、今日節分だっけ。後でつっきーから落花生貰おっと)
太刀川隊作戦室でそんな事を考えていた。
そしてふと、国近は先ほどの戦闘で気になっていた事を彩笑に尋ねた。
『あ、彩笑ちゃん。太刀川さんが最近、彩笑ちゃんが面白い新技考えたって楽しそうに言ってたんだけど……』
「あー、それとスコーピオンシュートは別物です。太刀川さんが言ってる新技は対人戦用なのでトリオン兵には使えないんですよ〜」
『ほうほう、なるほどなるほど』
「近々お披露目できるかもですので、楽しみにしてて下さいね」
ニコニコと笑いながら彩笑は国近の言葉に答えた。
だがそんな彩笑の反応を受けて、
(……なんでコイツは次の対戦相手の真ん前でそういうこと言えるのかしらね)
いつの間にか仏頂面になった香取が、突き刺すような鋭い視線を向けていた。
何か考えがあるのか?香取は彩笑の言動の裏に何かあるのではと予想するが、
「あ!那須先輩!」
「なにかしら?」
「次の試合はどんな作戦で行きますか?」
裏どころか正面、ど真ん中にストレートを投げ込むかのごとく彩笑は那須にそう尋ねた。彩笑の表情は、ウソをついたり裏をかこうといった事を邪推するのが馬鹿らしく思えるほど屈託の無い笑顔であり、それを見た香取は悟った。
(ああ、ただ残念な子なのね……)
と。
一方、那須は少しばかり彩笑の愚問に対して戸惑ったものの、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。
「うーん。ごめんなさい、彩笑ちゃん。次の対戦相手じゃなかったら教えてあげられたんだけど……」
そう答える那須の声は、割と真面目に申し訳なさそうであり、
(この人も真面目ね……)
彩笑の愚問に対してもしっかりと対応する那須に、香取はほんの少しだけ同情に似た感情を覚えた。しかし同時に、彩笑の言動の意図が読めない香取は、ある人物へと個別の通信回線を繋いだ。
『はい、どちら様?』
『月守、あんたのとこの隊長が意味不明な行動を取ってるんだけど説明して』
香取が連絡を取ったのは月守だった。一応声で連絡を取ってきたのが香取だと判断できた月守は、その意味不明な言動の詳細を尋ねた。そして聞き終えると同時に、笑いながら答えた。
『それは彩笑なりに探り入れてるだけだよ』
『こんな方法で引っかかるやついないでしょ?』
『去年のことなんだけど……』
『うん』
『上位グループ戦の時、どうしても動きが読めなくて対策立てられないチームがいてさ。それで作戦会議が難航した時に真香ちゃんが半分ふざけて神音に、
「相手の隊長に、次の試合の作戦聞いてきて」
って言ったんだよ。そしたら神音、それを真に受けて本当にその隊長に聞きに行ったんだって』
『……マジ?』
『ホントホント。で、次の試合で相手チームの動きは神音が聞いてきたのと大体合ってた』
『は?』
『それ以来、そんな方法でも作戦聞き出せるかもって思った彩笑はダメ元承知でそんなふざけた探り入れるようになったんだよ。まあでも、それ以上しつこく彩笑は聞かないから、軽い気持ちでスルーしていいよ』
通信回線越しの月守の声は苦笑しており、香取は思わず脱力した。
『……あんたも大変ね』
『それほどでも無い』
『どうだか。ちなみに、去年引っかかった人って誰なの?』
『本人の名誉のために
『何て言われたの?』
『確か……、
「あんなカワイイ子使うとかズルない?あんなん、なんでも正直に答えてまうやろ」
って言われた』
『……月守』
『なに?』
『今のはわざと言ったのよね?』
『なんのことやら』
月守はそう言って香取との通信を切った。
*** *** ***
「連絡は終わったかい?」
香取との通信を終えた月守に向かい、村上が問いかけた。
「ええ。長々とすみません」
「気にしなくていいさ」
そう言って村上は警戒区域の見回りを再開した。そして前を行く村上の背中を見て、月守は1つ意識して呼吸を取ってから、口を開いた。
「村上先輩」
「ん?なんだい?」
呼び止められ、振り返った村上に向けて月守はやんわりとした笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
*** *** ***
「……ふぅ」
「カトリーヌ、電話終わったの?」
月守との通信を終えて一息ついたところを逃さず、彩笑は香取へと声をかけた。
「だからカトリーヌって言わないで。ムカつく奴を思い出すから」
「……りょうかーい」
仏頂面を崩さない香取だが、彩笑は何かを感じ取ったのかあっさりと香取との会話をそこで終わらせた。
だが、ふと、彩笑は何かを思い出したような素振りを見せたあと身体をクルッと反転させ、那須へと向かい合った。
「そういえば、那須先輩に言おうと思ってたことがあるんですよ!」
「……私に?」
「はい!」
キョトンとする那須を見て、彩笑は楽しそうな笑顔を浮かべて言葉を紡いだ。
*** *** ***
「「次の試合、負けませんから」」
*** *** ***
そして迎えた2月5日水曜日。
B級ランク戦ラウンド2・開幕。
ここから後書きです。
また前回から長く時間が空きました。すみません。
今回は地木隊と他の隊のメンバーを組み合わせた混成部隊でのお話でした。
当真、村上、国近の3人は、おそらくこの時期の高校3年生は進路さえ決まってれば自主登校だろうなと思ったので混成部隊に参加させました。那須さんは研究の一環という扱いで参加。香取はサボりたい授業があったので参加という扱いにしてます。
月守がいた混成部隊は近中遠揃っててバランス良さそうです。臨時の隊長はメンバー間での遠慮と話し合いの末、真香が担当してました。
彩笑のいた混成部隊は戦闘員全員隊長なので、ある意味バランス悪いです。どうせなら草壁さんにオペレーターやって頂こうと思ったのですが、未だに姿すら登場してないので断念。
ちなみに天音はドクターストップのため、大人しく学校に行きました。授業中にスヤスヤと居眠りをして、後から学校に来た真香に怒られました。
次回はいよいよ試合開始(の予定)です。
更新されてない期間でも、お気に入りや感想、評価を頂いて嬉しい限りです。頑張れます。