ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前書きです。
本作の前身となった作品を私がハーメルンに投稿し始めたのが1年前の今日でした。1年も投稿をなんだかんだで続けられたのも読んでくださる皆様がいたからこそです。ありがとうございます。
まだまだ私は未熟ではありますが、これからも本作を読んで楽しんで下されば幸いです。


第7章【B級ランク戦・2人の戦い】
第50話「ラウンド2」


二宮は激怒した。

 

正確には激怒という程ではないが、彼の苛立ちメーターはその寸前まで一気に跳ね上がった。

 

しかし二宮は自分を何とか落ち着かせ、ランク戦解説中に飲もうとしていたジンジャーエールが入った紙コップを握り潰してしまうのを堪えた。

「二宮さん、大丈夫ですか?」

そこにタイミング良く声をかけたのは、玉狛支部所属のオペレーターである、宇佐美栞だった。二宮は極めて普段通りに近い体を装って、隣の席に座っている宇佐美に対応する。

 

「ああ、問題ない。ランク戦の実況、よろしく頼むぞ」

 

「ええ、分かりました。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

二宮と宇佐美はそう簡単に挨拶を交わした。

 

普段ならあまり接点のない2人だが、今日はお互いにB級ランク戦昼の部の実況・解説を担当しているため、こうして行動を共にしている。

 

ランク戦の解説。現在B級1位の部隊を率いるだけでなく、シューターランク1位、ソロランクでも2位という地位にいる二宮にとってはそれなりに適任ともいえる仕事だ。実際、二宮本人もそこまで嫌いな仕事では無い。

 

ではなぜ彼は苛立っているのか。

その理由は、彼の隣に座るもう1人のランク戦解説者のせいであった。

 

彼女はとても楽しそうに、二宮へと声をかける。

「おやおや〜?二宮くん、ワタシには挨拶してくれないのかい?」

 

「何故貴女がここにいる?」

 

「この席に座っているのにランク戦解説以外の仕事があるとでも?」

 

「解説は太刀川のやつが引き受けたと聞いていたんだが?」

 

「太刀川くんは大学の単位を獲得するために絶対越えなきゃならない山場が今日らしくて、解説任務からベイルアウトしたよ。まあ、ワタシは代理みたいなものさ」

 

「貴女はもう戦闘員じゃないだろう、不知火副開発室長」

二宮はあえて肩書きをつけて不知火の名前を呼んだ。その声を聞くだけで二宮が内心穏やかでない事は、ランク戦を観戦するために会場に来ていたギャラリーにも伝わった。だが肝心の本人、不知火花奈はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりにやんわりとした笑みを浮かべて、二宮との会話に応じる。

「元戦闘員だし別にいいじゃないか」

 

「前線を退いた貴女に解説ができるのか?」

 

「現ボーダー設立から今日の防衛体制が整うまでの期間、ソロで1部隊と同等の扱いを受けていたワタシの実力を疑うのかい?」

 

「あの頃と今とでは戦力のレベルと規模が違う。あの頃の常識は今では通用しない」

 

「ほほう、言うねえ」

不知火は肩を揺らしながら笑ったあとに言葉を続けた。

 

「……じゃあ、本当に通用しないか今すぐ試そうか?射手の王」

 

と。

 

ピリッとした空気が会場に張り詰めて、会場にいるほとんどの者の脳裏に嫌な予感がよぎった。

 

まさに張り詰めた空気が破裂する、その直前、

「まあまあ二宮さん、それに不知火さんもひとまず飲み物でも飲んで落ち着いて」

2人をなだめるように宇佐美が声をかけた。

 

その声で少し落ち着きを取り戻したのか、二宮は1つ息を吐いてからジンジャーエールを口にした。不知火もそれに続くように、湯気の立つホットコーヒーを一口飲んだ。

 

二宮は昔から不知火に対して苦手意識に近い感情があり、それゆえに不知火と会ったり話したりするだけで簡単に気が立ってしまうのであった。

ちなみに不知火としては、一見すると真面目な二宮の奥に潜んでいる天然感やチョロさを引き出すためにからかっているため二宮に対しては苦手意識など全く無く、むしろ面白半分で絡んでいる。

 

そうして2人が一息入れたのを見計らって、宇佐美が遅ればせながらも今日のランク戦についての説明を始めた。

 

『さあ、開始前に一悶着ありましたが……。B級ランク戦ラウンド2・昼の部が間もなく始まります。実況は私、玉狛支部所属のオペレーターの宇佐美。解説はNo. 1シューターの二宮さんと、開発室所属の不知火さんです』

 

『『どうぞよろしく』』

ランク戦前の半ばお約束になりつつある挨拶を済ませたところで、宇佐美は不知火に視線を向けて口を開いた。

『えー、会場にいる皆さんにとってボーダートップランカーの二宮さんはおなじみだと思いますが、開発室所属の不知火さんはイマイチどんな人かピンと来てない人も多いと思います。なので不知火さん、軽くでいいので自己紹介をお願いできますか?』

 

『自己紹介?』

不知火はほんの少し戸惑った様子を見せつつも、自己紹介を始めた。

『不知火花奈。現在は本部勤めのエンジニアだけど、以前は正隊員と兼業して防衛任務にも参加していた……まあ、今のチームランク戦のシステムを導入する直前にエンジニア1本に絞ったけどね。正隊員時代のポジションは……一応、オールラウンダー』

 

いつの間にか取り出した自前のメモ帳にボールペンでとんでもない速度で何かを書きつつ、不知火は自己紹介を続ける。

 

『現役時代はソロが多かったからこのチームランク戦特有の戦術面の解説は少し自信が無いが、その分戦闘面での解説は頑張らせてもらうよ。……宇佐美ちゃん、こんなもので良いかな?』

 

『はい、大丈夫です。二宮さんから不知火さんに何かありますか?何も無かったら試合情報の整理に移りますけど……』

 

『……いくつか質問がある』

 

『どんと来い』

不知火は笑みを崩さず、二宮の質問を受け付けた。

『ランク戦の解説役はA級かB級上位の隊員が担当することが多いが、何故今回エンジニアである貴女が解説役代理として呼ばれたんだ?』

 

『ふむ、端的に言うなら現場視察だね』

 

『現場視察……?』

 

『ああ。ワタシ達エンジニアが作ったトリガーが現場でどんな風に使われているのかを見るのは勿論だが、実際に戦っているところを見ることで、

「こんなトリガーがあれば戦闘が有利に運べる」

という発想が出るかもしれない。ちなみに解説役が出来るほどの実戦経験があるのがワタシと雷蔵くんくらいしかいなくてね、厳正なるコイントスの結果ワタシが今回選ばれたというわけさ』

不知火はそう答えて、再度コーヒーを口にした。

 

しかしその説明を聞いた二宮は思った。

(答えになってない……。現場を見て考えるという考えは理解できるが、わざわざ解説者として出張る意味がわからない。極論、ギャラリーとして試合を見れば済むことだ)

二宮はそのことを不知火に追求しようとした。だがそのタイミングで不知火は今まで書いていたメモを二宮に見えるような位置にそっと置いた。

 

(……メモ?)

訝しみながらも、そのメモに書かれている内容を二宮は目で追った。

 

【それっぽいことを言って誤魔化そうとしてみたけど、きっと頭の切れる二宮くんはそこからも疑問を持つだろう。だけど今はその事に関しては目を瞑ってくれるとありがたい。色々と事情があるんだ】

 

メモにはそう書かれていた。

しかし二宮はそれに従うつもりはあまり無かったため、メモの指示に反して質問を続けようとした。だが、

(……?)

よく見るとメモはそこで終わりでは無く、下隅の方に何やらまだ続きがあった。

 

【裏返して】

 

よくよく見ると、裏面にも文章が書かれているようで、文字が表にうっすらと裏写りしていた。

(短時間でよくここまで書いたな)

二宮は少し見当違いな関心をしつつ、メモを裏返した。案の定、そこには更に不知火からのメッセージがあった。

 

【全然全くこれっぽっちもランク戦には関係ないことだが二宮くん、君は新年会でワタシに酔い潰されていたね。20歳になったばかりにしては呑めた方だと思うが、まだまだだ。もう少し呑む練習をしなさい。今でもたまに、酔っ払ってしまった君の姿を収めた動画を見て笑ってしまうよ。そしてなんと、今ワタシが持っているスマートフォンにはその動画が記録されている。安心したまえ。何も試合中に見たりして解説をおろそかにするつもりなど全くない。精一杯、解説を頑張るよ。といってもワタシは解説が不慣れだから君からも協力して話題を振ってくれたりすると、とても助かる。もし君がワタシのことを戦力外と判断して1人で仕事をする気になったとしても、ワタシはそれを自身の力不足として受け入れて、大人しくスマートフォンをポチポチして邪魔にならないように待機してるよ。ただスマートフォンは最近機種変したばかりで操作が不慣れなんだ。もしかしたら万が一うっかりたまたま、君の酔っ払い動画がボーダー内ネットワークに流出する可能性がある。

というわけだ。一緒に解説を頑張ろうね。

不知火花奈】

 

それを読み終えた二宮は淀みなくメモを握りつぶして不知火を見た。

「おや、どうしたんだい二宮くん?」

白々しく言う不知火の表情はこの上無く楽しそうな笑顔であり、二宮は内心激怒した。

 

(この子供じみた手口に毎度毎度腹が立つ……!)

 

だが二宮はそれを表情に出さない。何か不知火のカンに触る態度を取ったら最後、彼がここまで積み立ててきた威厳が全て失われてしまうレベルの動画が流出するからだ。だからこそ、二宮は平静を装って対応する。

 

『現場視察という事情は分かりました』

 

『分かってくれたようで助かるよ。他に質問は?』

 

『いえ、解決しました』

 

『うむ、よろしい。じゃあ宇佐美ちゃん、この試合の対戦カードとかの説明に移ってもらっても良いかな?』

 

『あいあいさー。本日の対戦カードは…』

宇佐美が対戦カードを始めとする試合に関する情報を説明し始めた傍ら、二宮はテーブルの陰でスマートフォンを操作し、ある人物へとメールを送ったのであった。

 

*** *** ***

 

「……あれ、二宮さんからメールだ」

ランク戦開始前の最終ミーティングの最中、月守はスマートフォンに届いたメールに気付いた。

「ニノさんから?」

「珍しいですね」

彩笑と真香がそう言い、月守はメールの内容を確認して読み上げた。

 

「勝ち負けは問わん。さっさと試合を終わらせろ……だって」

 

そのメールの意図が分からず3人は頭にクエスチョンマークが浮かんだ。それとほぼ同時に、再度月守のスマートフォンにメールが届いた。

「今度は不知火さんから」

 

「不知火さんからも?」

「これまた珍しいですね」

月守も届いたタイミングのためか多少訝しんだが、内容を見て、再び読み上げた。

 

「今日は厳しい試合になりそうだね、焦らずじっくりやりなさい……だって」

 

「エールかな?」

「……ですかね?」

それでも彩笑と真香はどこかスッキリしない様子でそう呟いていた。しかし月守はなんとなく事情を察した。

(多分、不知火さんに二宮さん捕まったんだろうなぁ……。まあでも、不知火さんも二宮さんがブチ切れるまで遊ぶことは無いし、大丈夫大丈夫)

 

月守は一息ついてから、ミーティングを再開させた。

「よし、じゃあミーティングの続きね……。今回はラウンド1と違って、ステージ決定権は俺たちじゃなくて那須隊が持ってる。だからステージと那須隊の作戦を見つつ、対応していこう。まあ、試合始まったらひとまず合流だけど」

 

「りょうかーい。……でもさ、多分那須隊が仕掛けてくるのは射撃戦か乱戦だよね?」

彩笑に合わせる形で真香もテーブルの資料を見つつ意見を口にした。

「はい。那須隊はここまで鈴鳴第一のエースアタッカーである村上先輩を抑えきれずに負けるという形で5連敗してます。村上先輩を倒すにはエース兼隊長の那須先輩を起点とした射撃戦、もしくはイレギュラーを引き起こしやすい乱戦に持ち込むと思います」

 

真香の考えを聞き、同意であった月守は頷いてからミーティングを進めた。

「うん、そうだね。射撃戦か乱戦なのはほぼ確実。射撃戦ならステージは河川敷か工業地区もしくは展示場あたり。乱戦に持ち込むなら市街地系のステージで来ると思う」

 

「……なんで乱戦狙いだと市街地なんですか?」

 

「うん?なんだかんだでみんな戦い慣れてる基本ステージだから動きを予想しやすいし、誘導もしやすいから」

 

「なるほど……」

真香は納得した様子を見せるが、

「それ、咲耶独自の理論じゃん。ボクは極端なステージ設定にして焦らせた方が動きの予想しやすいと思うし、次やってみようよ」

彩笑は納得せずに反論した。

「……彩笑、それ前にやって大失敗したじゃん」

 

「そうだっけ?」

 

「ほら、夕陽隊にいた頃の……」

 

「……あー、前の東隊とやった『真夜中の工業地区猛吹雪』戦?」

 

「それ」

 

「懐かしいね。視界制限させた上に、咲耶と夕陽さんで建物壊しまくってスナイパーに全力で嫌がらせしようとしたやつだよね?」

 

「まあ、あの試合にスナイパーは東さんしかいなかったけどな」

月守と彩笑は笑いながら当時のことを語り出した一方、そのことを知らない真香は2人に質問した。

「あの……そこまでしてスナイパー封じを徹底したステージにしたのに大失敗ってことは、負けたんですよね?なんで負けたんですか?」

その質問を受けた2人が顔を見合わせたあと、彩笑が理由を語った。

「試合が始まってすぐに夕陽さんが三輪先輩と戦ったんだけど…。夕陽さんがレイガストをシールドモードに展開したら、吹雪の風圧に対抗して身動き取れなくなっちゃったんだよねぇ」

 

「あー……シールドモードだと表面積広いですし、風をまともに受けたら、それは、まあ……」

 

「うん。で、そこにレッドバレット大量に撃ち込まれて動けなくなって、夕陽さんはそれでベイルアウトしちゃった」

苦笑しながら彩笑はそう答えた。

 

真香としては、なんで事前にその辺のことも考えてステージを設定しなかったのかと思いつつも、質問を続けた。

「……まさか先輩達も似たような形でベイルアウトですか?」

その質問には月守が答えた。

「ううん、普通に伝達脳破壊されてベイルアウトだったんだけど……」

 

「……だけど?」

 

「……2人とも、ヘッドショットで破壊されたんだよ」

ヘッドショットという言葉を聞き、真香は一瞬で顔色を変えた。

「……っ!まさか、そんな状況で東さんは狙撃成功させたんですかっ!?」

月守は苦笑しながら頷いて肯定を示した。

「信じられません……」

 

「だよねー。さすがにこれじゃ狙撃無理って思ってたんだけどさ、試合終わった後東さんに、

『面白かった。またやろう』

って涼しい顔で言われた……」

 

「うわぁ……スナイパー上位の人たちって、やっぱり変態ですね」

スナイパー上位者の技術力の高さに再度畏れ慄いたところで、月守はわざと咳払いを入れて作戦の確認に移った。

「で、話戻すよ……。那須隊の動きを見つつ合流するわけだけど、合流はできるだけ手早くいこう」

 

「ん、りょうかい。もし合流前に敵と遭遇した場合は?」

 

「それこそ状況見て臨機応変で」

 

「オッケー。今回はなんかアバウトだね」

 

「……考えようと思えばどこまでも作戦練れるけど、やりすぎても逆に迷うからさ。事前準備とアドリブの加減を今の内に調整しておこうと思って、今回はアドリブ多めにしてみた」

 

「あー、なるほどね。了解」

月守の考えに彩笑は同意した。打ち合わせはこれで終わったようで彩笑はソファに座り、月守もテーブル近くの椅子に座って待機してランク戦開始までの時間を潰すことにした。

真香もそんな2人に習い、オペレート用のデスクにスタンバイしてモニターの最終チェックを始めた。

 

*** *** ***

 

地木隊をはじめとして各隊の最終ミーティングと並行して、観覧席側では実況・解説役の試合展開の予想が始まっていた。

『この試合のステージ決定権を持つのは14位の那須隊、そして9位の鈴鳴第一、10位の地木隊、12位の漆間隊が那須隊に対応する形になっています。那須隊はギリギリまでステージを隠しておくようですが、どんな試合になると思いますか?』

 

宇佐美の質問に対して、先に不知火が口を開いた。

『一見すると仕掛ける側の那須隊が有利だと思ってしまうけど、その那須隊に対して5連勝してる鈴鳴第一がいるからね。試合のログを見る限り那須隊は鈴鳴に対して有効な対策を見出しているとは言い難いし……。ステージや作戦、転送位置の良し悪しにもよるけど鈴鳴がわずかに優勢かなとワタシは思うな。二宮くんはどうだい?』

 

『鈴鳴が優勢という点は同意だな。エースのNo.4アタッカーの村上はB級レベルの隊員では手に余る。実力や戦闘スタイル・ポジションから見て、まともな1対1になるのは地木ぐらいだろう』

 

『地木ちゃんのメイントリガーはスコーピオン。ポイントこそ村上くんには及ばないけど、実力的には上位アタッカー陣とだって渡り合えるだけのものはあるからね。となると、那須隊としては鈴鳴と地木隊をぶつけたいところかな?』

 

『それができたら那須隊にとっては理想的な展開だろうな。フルメンバーの地木隊ならまだしも、今は天音が病欠している。そこに動きの読めない漆間が介在すればどう転ぶか読めなくなるからな』

 

『ほうほう、なるほど』

そこまで言った2人は、とりあえずここまでと言いたげに互いに飲み物を口にした。その間をつなぐように、

『ちなみに地木隊所属の天音隊員ですが、本日は風邪ということでお休みになります。インフルエンザではないようです。皆さん、この時期の体調管理には十分に気をつけてくださいね』

宇佐美はにこやかにそう説明した。

 

しかしその裏で、二宮と不知火は飲み物を飲みながらトリオン体の通信回線を繋いで会話をしていた。

《事前に風邪だと言うようにと指示があったが、これで良かったか?》

 

《オッケーオッケー。天音ちゃんの病気のことは君みたいな一部の隊員しか知らない秘密事項だからね。体調不良やらなんやらで上手いこと誤魔化さなきゃいけないんだ》

 

《トリオンの存在自体、正隊員以上の隊員やエンジニアしか知らないのに、それに関連した病なんて公表できんからな。内部のC級はともかく、外部にまで話が漏れたら面倒でしかない》

 

《全くだ。まあ、とにかく助かった。この場にいない天音ちゃんに代わってお礼を言うよ、ありがとう》

 

《ふん……》

 

ゆったりとした動作で飲み物を飲み、時間を稼ぎつつ2人の声なき会話は続く。

 

《ところで二宮くん。さっきは鈴鳴の村上くんに焦点を当てて予想を展開していったけど……君の得意の中距離戦を担当するガンナー・シューターの戦いはどうなると思う?》

 

《来馬は単体での戦闘能力が高いとは言えん上に、漆間のやつがどう出るか今ひとつ読めない以上、安定して那須が中距離を制するだろうな》

 

《月守は?》

 

《毎試合トリガー構成を変えるような奴を、予測に組み込むだけ無駄だ》

 

《わかってるじゃないか。あの子らのトリガーを弄っているのはワタシだけど、月守は前の試合とはトリガー構成をガラッと変えてきたよ。ハウンドすら外してる》

 

《ハウンドの扱いが下手なあいつなら当然だろう》

 

《そりゃ、君や加古ちゃんから見たら下手に見えるだろうね。それにしても、君はハウンドの使い方が本当に上手くなったね。昔は見ていてとてもつまらないゴリ押しだったのに》

 

《同じスタイルを生業とした貴女にだけは言われたくないセリフだ》

 

《お、生意気言うようになったね。でも気をつけたまえ。それ以上生意気言うようなら、ワタシの手がうっかりたまたま滑って、いくつかの動画がボーダー内ネットワークに流れるかもしれないよ》

 

涼しい顔でホットコーヒーを啜る不知火に対して、割と本気でギムレットを打ち込みたくなった二宮だが、その気持ちをジンジャーエールと共に身体の中に流し込んだ。

 

二宮が苦渋を舐めたところで、観覧席のモニターで試合開始までのカウントダウンが始まった。それと同時に、モニターには那須隊が選択したステージが表示され、宇佐美がそれを読み上げた。

『那須隊が選択したのは、「河川敷B」ですね。東西に流れる川を境としてステージが南北で2分割されています。河川敷Aと違って川を渡るための橋が3本あるのが特徴ですね』

 

マップを頭に思い浮かべた二宮は、つぶやくように口を開いた。

『厄介なマップだな』

 

『どういうことですか?』

 

『選択肢が多いのさ』

宇佐美が二宮の真意を尋ねたが、それに答えたのは二宮ではなく不知火だった。不知火はそのまま言葉を続ける。

『3本の橋というのもそうだけど、北側はビル街、南側は市街地になっているステージだから、色んな戦いができる。ゆえに仕掛けた那須隊の思惑が読みにくいし、戦闘中も色んな可能性を考慮して戦う必要がある。チームの指揮を担当している隊員の腕が試される試合になるだろうね』

 

『那須、来馬、漆間の3隊長と月守の駆け引き戦になるな』

腕組みしながら二宮がそう言ったところでカウントダウンが二桁を切り、試合の始まりが目前となった。

 

『さあ、那須隊の狙いが成功するのか、はたまた鈴鳴、地木、漆間隊がそれを跳ね除けるのか!』

宇佐美が仕上げと言わんばかりに盛り上げるように言い、ギャラリーの目は一斉にモニターへと向く。

 

すべての視線がモニターに集まったところでカウントが丁度0となり、

『各部隊転送開始!』

B級ランク戦ラウンド2が、始まった。




後書きです。
ランク戦解説担当を二宮さんと誰にするのか迷った結果、不知火さんにしました。おそらくこの試合に限っては不知火さんがいた方がスムーズに進むと思います。

不知火さんが二宮さんに渡したメモですが、先に酔っ払い動画について書かれた裏面を最初に書いて、その後に質問を切り上げるように書いた表面を書いたことになってます。どうでもいいことですけど、そうしないと不知火さんの筆記速度がとんでもないことになっちゃうので。

ステージの河川敷Bはオリジナルステージです。コミックス11巻で使われているのは河川敷AらしいのでBもあるかなと思いました。

前書きでも触れましたが、1年間なんとか続きました。
完結までどれくらいかかるのか不明ですが、ひとまず次は来年の今日まで続けることを目標に頑張ります。
これからも本作をよろしくお願いします。

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