月守から指示された情報をまとめる真香はそれと並行して、那須隊の意図を探るような思考も行っていた。そうして情報を集めて編集するうちに、1つの答えにたどり着いた。
答え合わせをしようと言った月守の言葉に返事をして、真香はまず結論から述べた。
『那須隊の狙いは、もうほぼ達成されています。南側で発生してる乱戦こそが、那須隊がこの試合でやりたいことです』
そしてその結論を聞いた月守は、戦っている那須にも気づかれぬように小さく、本当に小さく笑った。
『どうして乱戦狙いだと思った?』
『橋の破壊と、狙撃しないスナイパーからです』
月守の問いかけに答えから返した真香は、それに付け加えるように説明を始めた。
『試合開始直後、那須先輩は躊躇いなく橋を壊しました。月守先輩の言う通りで、あんまりにも躊躇いがなさ過ぎて、何か狙いがあって橋を壊したのは明確です』
『じゃあその狙いっていうのは何かな?』
『各チームの合流の阻害して遅らせることです。鈴鳴と那須隊、それに今回に限っては私たちもですけど、チームで連携して戦うタイプの部隊です。合流のために使い勝手がいい中央の橋が壊されても、残る東西の橋を使って合流しにかかるのは十分予想できます』
『そうだね。実際、最初は北側にいたっぽい来馬さんも東橋経由で南に向かったし、漆間さんだって南に行ったみたいだからね』
『はい。そして、
自信に満ちた声で説明を続ける真香を頼もしく思い、那須のバイパーを凌いでいる月守はそこに自身の見解を告げた。
『橋壊して合流の選択肢を狭めたにも関わらず、狙撃しないっていうのは確かに不自然だからね。まあ、漆間さんは橋渡る時にバッグワーム外してた理由はカメレオン使うためだと思うし、狙撃は元から無理があったかな』
『茜ちゃんも別役先輩もアイビス持ってますし、フルガードしようとしてた可能性も有りです。でもリスクの天秤にかけたらやっぱりカメレオン使う方が無難ですね』
漆間について2人は少し議論を交わし、すぐに本題へと戻った。
『那須隊の狙いが乱戦ってことは俺も同意見だ。試合前にチーム単位での射撃戦も予想したけど、射撃戦の要になる那須先輩は北側で時間稼ぐみたいな緩い射撃ばっかりだし……。大方、頃合いを見て南の方にシフトして全部隊巻き込んだ乱戦に持ち込むつもりかな』
『ですね。次にスナイパーの位置予測ですけど、月守先輩の予想配置はどんな感じですか?』
真香に問われ、月守は那須との距離をバイパーによる射撃で牽制して調整しながら答えた。
『スナイパー2人は北側にはいない。隠れてるのは南側だ』
『やっぱりそうなりますよね』
『ああ。さっきからこの辺で狙撃に使えそうなビルを片っ端からメテオラで壊して炙りにかけてみたのに、那須先輩の反応は淡々としてるし、鈴鳴もノーリアクション。気にかける必要が無いって感じだから北側にスナイパーはいないよ』
言葉には出さないものの月守は可能性の1つとして那須隊・鈴鳴第一がポーカーフェイスを装っている演技も視野に入れていた。
月守の思考を知りえない真香は、そのままスナイパーの位置予測を続けた。
『そうなると茜ちゃんは東側、別役先輩は西側でしょうか?』
『熊谷先輩は東、村上先輩と来馬さんが西側を庇うような感じで立ち回ってるみたいだし、そうじゃないかな』
『橋の件はとにかくとして、なんで撃たないんですかね……』
『彩笑が多少のダメージ受けてもいいって気になれば、乱戦を無理やり突破してスナイパー狩りに行けるからかな』
『あ、なるほど……現役の頃、模擬チームランク戦で地木隊長と戦ったことありますけど、居場所が割れたスナイパーを狩りに行く地木隊長は冗談抜きで怖かったです』
『スナイパー組は基本的にその怖さ知ってるからね。それとスナイパーじゃないけど、バッグワーム起動してる漆間さんは多分、隠れて奇襲狙い』
『今のところはそれしかないです。鈴鳴はいつも通り連携で確実にって感じがします』
『村上先輩は点取りと壁役の二役できるから戦法もシフトしやすいし、倒すならこっちも連携か』
そうして2人は全メンバーの立ち回りからそれぞれの思惑を推測していった。
そしてそのタイミングで、
『はいはーい。2人ともその辺で話まとめてー』
彩笑が回線に割り込んできた。
『あれ?これ彩笑にも繋がってたの?』
意外そうに月守が言い、彩笑はプリプリと憤慨した様子で言葉を返した。
『真香ちゃんが途中からそっちの音声だけ繋いでくれたの!なんでボク抜きで作戦会議してんのさ!』
『いやいや、ただの確認だから作戦会議じゃない』
『屁理屈っ!っていうか戦いながらそこまで予想できる咲耶が相変わらず気持ち悪いっ!』
『気持ち悪いは言い過ぎだろ!』
自由すぎる彩笑の発言に対抗してみせた月守に、フォローを入れるように真香は発言した。
『地木隊長ダメですよ。男の人って女の人にそういう風に言われるの案外気にしちゃうんですから』
『むー、そういうものかな?』
『そういうもだと思いますよ。前にスナイパー合同訓練に参加した時に佐鳥先輩の技術を褒めたつもりで、
「変態ですね」
って言ったら、次の1発をあり得ないくらいに誤射してましたから』
何気なく言った真香の発言を聞き、
『ああ〜』
『それは辛いな』
『でも被害者がサトケンで良かったね』
『もし東さんとかだったら次会った時に土下座して謝んなきゃいけない』
彩笑と月守はどこか呆れたように言い、真香は気恥ずかしそうに笑った。
そして真香の笑いが止まると同時に、3人は雰囲気を変えた。
『さて。彩笑、必要な情報は揃ったよ。どうする?』
先程とは比べものにならないほど真剣味を帯びた声で、月守は隊長である彩笑に意見を求めた。
両手に持ったスコーピオンで村上の斬撃を捌きつつ、尚且つ敵に通信していることを悟られぬように彩笑は答える。
『どうするも何も、ボクたちはもう那須隊の作戦の中なんでしょ?』
『私たちの予想が正しかったら、そういうことになります』
那須隊の術中にハマっていることを強く認識した彩笑は、戦闘の最中で笑った。獲物を見つけて歓喜する獣のそれに近いものを感じさせる笑みを浮かべた彩笑は、
『一回ハマったやつから抜け出すってしんどいよね?だからさ…』
楽しそうに前置きをしてから、
『乱戦に乗った上で、ねじ伏せよっか』
作戦とは到底言えない、大雑把なオーダーを発表した。
*** *** ***
当然ながら地木隊メンバーの会話はトリオン体に装備された通信機能によるものであり、交戦している那須や村上たちにはその内容は聞こえていない。それどころか、月守と彩笑は3年に届く実戦経験の賜物により、通信していること自体を悟られていなかった。通信中彩笑は笑顔になったりしているが、元々よく笑う人柄なので村上たちはあまり気に止めていなかった。
だが最後に見せた好戦的な笑みだけは、違った。少なくとも解説者の二宮はその笑みが持つ意味に、気付いた。
『地木隊が動き出すな』
気付くと同時に発した言葉に対して、もう1人の解説者である不知火が口を開いた。
『おや?どうしてそう思ったんだい?』
『地木隊の前身である夕陽隊の頃から、地木の奴は反撃に出る狼煙だと言わんばかりに、あの笑い方をしていた。あの笑い方が出てからの奴らは、化けるぞ』
『化ける……ですか?』
二宮の表現に対して、実況役の宇佐美がそれを掘り下げるように会話を誘導した。かつての夕陽隊や地木隊を知る宇佐美は二宮の言葉の意味を知っていたが、解説のためにあえて問いかけていた。
二宮も不知火もそれを知りつつ、宇佐美が作った流れに乗った。
『アタッカーの地木は当然だが、月守もオフェンシブな戦い方が本来のスタイルだ』
『そうだねぇ。ちょいちょいポカをやらかすおかげで現在のポイントこそ低いけど、地木ちゃんの最高ポイントは確かマスタークラス通り越して1万点越えてるし、月守だってポイント全盛期はそのくらい持ってたよ』
アタッカーならいざ知らず、シューターである月守のポイントが1万点を越えていたという事を聞き、観覧席が大きく騒ついた。そしてそんな彼らを見つつ、二宮は言葉を続ける。
『今の今まで防戦に徹してた奴らがオフェンスに回るんだ。地木隊どころか、試合ごと動く』
そして二宮の言葉を聞いていたかのようなタイミングで、南側で保たれていた乱戦の均衡が、崩れた。
*** *** ***
村上の二刀を躱し、来馬の銃弾をシールドで防ぎ、熊谷の斬撃をスコーピオンでいなす。そしてその都度、狙撃に使える高い建物からの射線を遮るように高速機動で立ち回り、狙撃のリスクを減らして彩笑はここまで凌いでいた。
反撃出来ない程ではないが、四面楚歌の状態であるため、中途半端に手を出して状況を悪化させる可能性を彩笑は無意識のうちに危惧して防御に専念していた。
高い機動力と反応速度を併せ持つ彩笑が本気で防御に回ったならば、攻撃を当てることは並大抵のことではない。しかし気質的に防戦一方というのは、あまり気持ちの良いものではない。
苛立ちが溜まりかけたそのタイミングで、頼もしい仲間が読み取った那須隊の作戦を彩笑は知った。
ねじ伏せると言った彩笑は、続いて月守に指示を出した。
『咲耶、こっちに来れそう?』
『すぐにでも行けるけど、出来れば一押し欲しい』
『分かった』
2人はその短いやり取りで互いの意図を察し、行動に移った。
意識して一呼吸取った彩笑は戦場を一瞬だけ見渡し、
(突っかけるなら、熊ちゃん先輩かな)
那須隊のアタッカー、熊谷にターゲットを定めた。
村上と来馬の攻撃の隙を掻い潜り彼らの間合いから大きく外れ、彩笑は一気に村上へと肉迫してスコーピオンを振るう。だがその一撃は、改良の施された鍔付きの弧月を巧みに操る熊谷にあっさりと防がれた。
熊谷友子はソロポイントこそ高くないが、エースである那須の防御役ということもあり、弧月両手持ち+シールドを基本スタイルとして捌きや返し技を主軸に置いたディフェンシブな戦い方にかけては周囲から一目置かれている存在だ。かく言う彩笑もそんな熊谷の防御術にかけては一種のリスペクトを送っており、チームメイトの天音も弧月での受け太刀に関しては熊谷を1番参考にしたと言っている。
ゆえに彩笑は、この一撃が捌かれるのは想定済みであり、次の攻撃に繋げるために熊谷の返し技をあえて受けた。
返し技の一撃目を斬撃の最中に旋空を織り交ぜられてもギリギリ反応できる紙一重だけの距離を開けて躱し、続いて繰り出された下から振り上げるような斬撃を右手に持ったスコーピオンで受けた。
強度で劣るスコーピオンでの受け太刀は好手とは言えず、スコーピオンを愛用する彩笑は当然そのことを知っている。彩笑は折れないように受け太刀の瞬間に手放し、片刃型のスコーピオンが宙に舞った。熊谷の三撃目を彩笑は後ろに飛びつつバク転して躱し、そのまま2、3度バックステップを踏んでアタッカー同士の基本的な間合いから少し外れる程度の距離を取った。
態勢が整うと同時に落下してきたスコーピオンを右手でキャッチし、再び意識して呼吸をした。そして呼吸が整うと同時に、牽制代わりに左手のスコーピオンを村上に投擲し、来馬を射抜くような視線で睨んだ後、
(さて……上手くいくといいな!)
スコーピオンの柄をギュッと握り、鋭い踏み込みで熊谷へと突撃した。
踏み込み自体は確かに速い。
しかしどれだけ速くとも、真っ直ぐ突撃するその動きは熊谷からすれば読みやすく、防ぎやすいものであった。熊谷はグラスホッパーによる仕掛けを警戒しつつも動きそのものには迷いは無く、彩笑が振るうであろう右手のスコーピオンの軌道上に弧月を構えて防ぎにかかった。
*** *** ***
実のところ、月守と真香が予測した那須隊の作戦や行動はほぼ正解だった。
試合開始直後に橋を落としたのは各隊の合流を妨げ、乱戦を誘うため。
日浦茜がここまで狙撃しないのは、彩笑に捕まらないため。
那須が月守の相手をしているのは、頃合いを見て月守ごと南へ誘導して全部隊入り乱れた乱戦に持ち込むため。
那須隊が乱戦を選択したのは、正隊員の中でも上位の戦闘力を持つ村上、地木、月守を警戒してのことだった。
1対1の勝負では実力の要素が大きく、イレギュラーというのは起きにくい。
しかし戦闘に参加する人数が増えれば増えるほど、イレギュラーの要素が増え、地力の戦力差を覆すような結果が出ることがある。
ここ数試合で那須隊は村上を擁する鈴鳴第一に連敗している事に加え、A級に所属していた経験のあるメンバーが揃っている地木隊が参戦している。相性が悪い相手と、格上である2チームを相手取るこの試合は那須隊にとって旗色の悪い戦いである。
ゆえに那須隊は地力の差を補うべく、乱戦に持ち込む事を選択した。
そして実際、那須隊の作戦は上手く決まっていた。
序盤に発生した彩笑と村上のアタッカー対決に熊谷が参戦して三つ巴の構図となり、そこへ来馬が合流。村上と来馬がいる以上、チームで戦う鈴鳴なので彼らを援護できる場所にスナイパーの太一がいることは容易に想像できる。
漆間も姿こそ消しているものの南側に渡ってきているのは橋を監視している日浦が確認している(実際はカメレオンを使っていたため見てはいないが、レーダーにはしっかりと映っていた)。
そして鈴鳴と同様かそれ以上に警戒するべき地木隊の片割れである月守は那須が足止めし、意図して合流を遅らせていた。
那須隊はここまで完璧とまではいかなくとも、十分に上手く試合を運んでいた。
だがそれによる心理的なゆとりは無く、むしろ決壊しないように細心の注意を払いながらの戦いを那須隊はしていた。特にそれが顕著だったのは熊谷だ。
すでに連携している鈴鳴や上位アタッカーである彩笑と比べると熊谷単騎の戦力はこの中で最も下であり、ましてや乱戦の中心にいるという事を加味すれば、那須隊の中で最も負担のかかっている状態であった。
『くまちゃん、大丈夫?』
メンバーもその事は分かっており、隊長である那須は熊谷を心配して通信を入れた。
『大丈夫よ、玲。運良く鈴鳴もまずは彩笑ちゃん狙いみたいで、あたしにはそこまで攻撃来てないわ』
『そう……もう少しだけ粘って。そろそろこっちも、南に移るわ』
『了解』
気を張った状態で通信による会話を交わして立ち回る中、彩笑が突撃を仕掛けてきた。
(相変わらず疾いっ!けどまだ見えてる!)
彩笑の太刀筋に対して正確な防御を取り、反撃に出る。受け太刀した彩笑のスコーピオンが宙を舞うが、直後に彩笑はバック転とバックステップで距離を取った。ちゃっかりスコーピオンの落下地点を見極めていたようで、何てことないように落ちてきたスコーピオンをキャッチしてみせた。
(まだまだ余裕って感じね……)
崩れないメンタルに辟易したその直後、彩笑は村上と来馬に牽制攻撃をした後、再度熊谷へと突撃をかけた。
(さっきより疾いけど、まだ対応できる!)
その速度は想定を超すものでは無く、落ち着いて熊谷は、彩笑がスコーピオンを居合斬りを思わせるような構えで持っていたことから斬撃の軌道を判断し、それを防ぐように愛刀の鍔付き弧月を構えた。
彩笑の斬撃は確かに速い。しかし幾ら速くともその軌道とタイミングさえ読めれば防ぐことは十分可能だった。
熊谷は彩笑の斬撃を防げるはずであり、本人も実況解説役の3人も、果てにはギャラリーさえもそう確信していた。
だが一足一刀の間合いから更に踏み込んで繰り出された彩笑の居合斬りは、
「………は……?」
絶対の自信を持っていたその防御を物ともせず、熊谷のトリオン体を斬り裂いた。
その攻撃を受けた熊谷、そして弧月による防御を
(な、何で……!?あたしは確かに受け太刀したはずなのに……っ!?)
そしてそこに生まれた隙を、彩笑は逃さない。左手にもスコーピオンを展開し、熊谷のトリオン供給器官とトリオン伝達脳に神速の刺突を放ち、破壊した。
「しまっ……!?」
熊谷の意識が戻る頃には時すでに遅く、ベイルアウト寸前だった。
ピキピキとトリオン体にヒビが入る音を聞きながらも何も出来ない熊谷に対して、
「これがボクの新技……」
彩笑は屈託の無い笑顔で、
「ブランクブレード」
自ら編み出した新技の名を告げた。
後書きです。
彩笑の新技の名前は少し悩みました。ブランチブレードと字面的に似てしまうので変更するか迷いましたが、ブランクブレードに命名しました。
昔は誕生日というのが純粋に嬉しかったのですが、好きなキャラクターの年齢を越した頃から複雑な気持ちになるようになりました。本作を読んでくださる皆様にもそれぞれ誕生日には何かしらの思い入れがあると思いますが、このお話を投稿した11月18日は和水真香の誕生日でした。
あと、真香ちゃんの誕生日を記念して的なノリも込めて、「チラシの裏」に本作の番外編を投稿しました。
多分ですけど、本作の過去編に当たるお話もそこに投稿していくと思います。