ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第54話「総力戦」

スコーピオンは形状を自在に変化させることと、身体のどこからでも出し入れ可能という2つの特性を活かした技が多数存在している。

 

足からスコーピオンを発生させて地面を通して相手を突き刺す「もぐら爪(モールクロー)」。

脚そのものにスコーピオンを纏う「脚ブレード」。

直接持たずに体内で枝分かれさせてブレードを増えたように錯覚させる「枝刃(ブランチブレード)」。

 

スコーピオンを使わない隊員であってもそのほとんどの技は、

「こんな技がある」

程度には認知されている。

 

しかし今回彩笑が繰り出した「ブランクブレード」は、ほぼ全ての隊員が知らない、まさしく新技であった。

 

そしてそれは、解説者である二宮も同様だった。

 

『拮抗していた戦闘が動きました!乱戦の中で地木隊長が熊谷隊員を目にも留まらぬ早業でベイルアウトさせて、地木隊が1点先制です!』

 

実況役である宇佐美の言葉を聞きつつ、二宮は考える。

(なんだ、あれは……地木のスコーピオンが熊谷の弧月をすり抜けたような……)

記憶を漁るが、そんな技は全く知らなかった。

 

そうして二宮はある1つの可能性に至り、隣に座る不知火に声をかけた。

『まさかとは思うが……地木の奴にスコーピオンのオプショントリガーでも作って渡したのか?』

と。

 

有り得ない話ではない。不知火は使える使えないはさておき、試作トリガーを度々作っては個人的に隊員に声をかけてはテスターをさせている。実際、二宮自身も「ストック」というトリガーのテスターをやったことがある。

 

もしかしたら今回もそうなのかもしれないと思った二宮は不知火にそう尋ねたが、

『いや?ワタシは地木ちゃんにそんなトリガー渡してないよ?ちょこちょこっとトリガー構成変えたりチューニングしてあげたりはしたけど、断じて試作トリガーなんて渡してないさ』

やんわりと笑いながら不知火は問いかけを否定した。

 

1番有り得た可能性が潰えた二宮は、そのまま不知火に意見を聞くことにした。

『オプションじゃないとしたら、アレは何だ?』

 

『オプションじゃない以上、アレは地木ちゃんの純粋な技術によるものだね。仕組みは大体予想がついたけど、確証が無いし発案者であろう地木ちゃんの許可もとってないから、ここでは言わないでおこう』

ケラケラと笑いながら不知火は控えめに言ったが、たった一度モニター越しで見たこの時点で不知火は弧月をすり抜けたスコーピオンの仕組みを看破していた。

 

しかし看破していながら、その答えに自信が持てなかった。

(あの技の仕組みは恐らく、とてもシンプルなはずだ。シンプルゆえに理論上は誰でも使えるけど……()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()かな……)

そしてもし答えが合っているとしたら…。そう考えた不知火は自然と、

 

『兎にも角にも……地木ちゃんの……いや、あの子たちの3年は、やっぱり無駄にならなかったね』

 

音声が拾われぬほどの小さな声で、そう呟いていた。

 

その呟きは誰の耳にも届く事なく、誰にも気付かれぬまま、展開が変わっていく試合に飲み込まれていった。

 

*** *** ***

 

拮抗していた四つ巴の戦いは熊谷のベイルアウトによって一気に動き出した。

 

まずは北側の、月守対那須のシューター対決に変化があった。

(くまちゃんがベイルアウト……!?)

合流を約束した直後に熊谷がベイルアウトしたことにより、那須に少しの動揺が走る。

 

そしてあらかじめ南側で彩笑が何かアクションを起こすことを知っていた月守は、これがそのアクションなのだと瞬時に見抜いた。

 

(分かりやすいので助かった)

 

那須の動揺を見逃さず月守は左手からメテオラを生成し、ほとんど狙いをつけず、まさしく乱雑に放った。

 

「っ!!」

 

那須の反応は少し遅れたが、それでも自分に向かって飛んできたメテオラは辛うじてシールドで防ぐことに成功した。しかし爆風と巻き上げられた粉塵によって那須の視界は遮られ、月守を見失った。

『那須先輩、レーダーから月守くんの反応が消えてます』

そこへオペレーターである小夜子から連絡が入り、月守がバッグワームを展開してレーダーでも見失った状態になったのだと那須は認識した。

 

(相手の隙を見て視界を遮って、そこからの攻撃はあの子の得意技の1つ……)

同じバイパー使いとしてだけでは無く予習などで月守の戦闘パターンをよく知る那須は月守の奇襲を警戒した。だが、視界が確保できるだけ煙が晴れても、月守からの攻撃は来なかったが、那須は視界がクリアになって尚、月守の攻撃を少しの間警戒していた。

 

那須の対応は正しい。1年近くチームランク戦をしていなかった月守と那須が戦う機会などソロランク戦か、ボーダー職員が企画する1DAYトーナメントしかない。もし今のシチュエーションがそのどちらかの戦いであったなら、月守は相手が視界を確保して警戒を緩めて相手を探そうとして意識を切り替える瞬間を狙う。那須の対応は間違ってはいない。

 

だが、これはソロランク戦でも1DAYトーナメントでも無く、チームランク戦なのだ。月守が選んだのは、ソロでは出来ないチーム戦ならではの行動。

 

そして那須はその月守の行動を、チームメイトであり南東の民家に潜んでいたスナイパーの日浦茜からの通信によって知った。

『な、那須先輩っ!月守先輩が東橋を走って渡ってきてますっ!』

 

(しまったっ!)

通信を聞いた那須はすぐに自身の悪手を悟り、東橋に向けて駆け出した。

月守が行ったのはターゲットの変更であり、チーム戦ならではの戦略ではあるものの、特別珍しい戦略ではなかった。仮に茜からの連絡が無くとも、那須はあと数秒もあればこの戦略は予測できていた。しかしそれが数秒遅れたのは、ここまで個人戦に限りなく近い状況で戦い続けたことに起因して行動の選択肢が自然と個人戦思考に近寄ってしまったことと、1度南側の乱戦へと思考を向けた直後に北側の個人戦に再度思考を向けさせることで「余所見してる余裕は無い」と那須が印象付けられた為であった。

 

月守がそれをどれほど意識して狙っていたのかは那須には分からず、また分かる必要も無かった。とにかく今の那須がすべきことは、東橋を渡ろうとする月守をどうにかして止めることであった。

 

 

*** *** ***

 

 

那須が駆け出した頃、茜は軽い恐怖を覚えていた。

茜は移動中に敵に見られるようなヘマはしていないし、ましてや狙撃すらしていない。茜個人の行動で居場所がバレる要素など何一つ無い。

 

だか、それにもかかわらず、バッグワームを纏い東橋を全力疾走して渡る月守は正確に茜のいる方向を見据えていた。厳密にはまだ完全に捕捉されてはないようで視線が若干彷徨っているものの、それでもイーグレットのスコープを隔てて茜の視線と月守の視線は確実に交差していた。

 

慌てた茜だが、月守の視線がまだ彷徨っていることから完全に見つかったわけではないのだと判断し、少し冷静さを取り戻した。そして落ち着いたところで、月守が橋を移動しながらトリオンキューブを橋の上にバラ撒いていることに気付いた。

 

置き弾かと茜が警戒した時、月守は橋を渡りきった。と同時に走りながら纏っていたバッグワームを掴み、橋の方へと投げ捨てた。対電子戦用のステルストリガーであるバッグワームを脱ぎ捨てた月守の反応は当然のようにレーダーに表示されたが、月守はスナイパーからの射線を切るように建物の陰へと身を隠した。

(普通に解除すればいいのに……)

茜は居ることがバレたであろう狙撃ポイントを変えつつ、月守の行動に疑問を覚えたその瞬間。

 

連続した爆発音が橋の方から響き渡った。

 

驚いた茜は反射的に音の方に目を向けると、そこにあったのは連続した爆発を続け、みるみる壊れていく東橋が見えた。

 

橋の破壊。

 

開戦とほぼ同時に那須隊が行った戦法を、月守は行った。

 

橋を爆破した方法は那須と同じくメテオラだが、シンプルに橋に叩きつけることはせず、弾速0の細かいメテオラを橋の上に敷き詰めるように配置し、投げ捨てたバッグワームをその中の一つに当てることで起爆させて連鎖的に爆発を起こすという、手法が無駄に凝ったものになっていた。しかも細かく分割したため一つ一つの火力は足りず、多少水に足を取られる覚悟があれば川を渡れる程度には橋の破片が川に残っていた。

 

わざわざ無駄に手の込んだ方法でなくとも、月守には確実に橋を壊す手段はいくつかあった。だがあえてこの方法を選んだのは、理由が2つある。

1つ目は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を最大限に発揮するために残るメイン側のトリガーを極力隠すためであること。

そして2つ目は、無理をすれば橋を渡れるという状態にして那須の判断を迷わせ、動きを鈍らせるためだ。

 

月守による橋破壊に間に合わず、北側の那須は橋の手前でほんの少し躊躇した。そんな那須を見て、月守は申し訳なさそうな笑みを浮かべ、

 

「これでほんの少しでも那須先輩を……()()()()を迷わせて足止めできたらいい方かな」

 

と、呟き、那須の視界から逃げるように南側の市街地エリアへと姿を消していった。

 

 

 

そして単独で北側に残された那須は、一つため息を吐いた。距離はあったが南側へ渡り橋を壊した月守が見せた申し訳なさそうな笑みを見て、那須は漠然とだが月守の狙いが読めた。読めたからこそ、ため息を吐いた。

 

那須は呆れたような声で、

「悪ぶった方法使ったくせにそんな表情しちゃうなんて……。やっぱり月守くんは……ううん、()()()は優しい子ね」

そう呟き、崩れてまともな足場の確保が難しい橋を急いで、それでいて慎重に渡り始めた。

 

*** *** ***

 

彩笑は右手にスコーピオンを持ち、左手側にグラスホッパーをいつでも展開できる状態で村上へと斬りかかった。強化睡眠記憶というサイドエフェクトを持つ村上には、彩笑がこの日までに使った技、そして無意識下で多用していた動きのパターンなどがほぼ全て記憶され読まれているため、彩笑は得意の高速戦闘を一度止め、意識的に戦闘スタイルを切り替えた。

 

確実に制御できるレベルに落とした速度。

細かく左手を動かしてグラスホッパーを警戒させるフェイント。

手数を落として一撃のウェイトを上げた剣術。

 

彩笑本来の戦い方では無いため総合的な戦闘力としては得意の高速戦闘より劣るが、今回の対村上に限っては十分有効なものになっていた。村上を利用して来馬の射線を切るように立ち回っている彩笑と村上が斬り合い、互いのブレードが火花を散らす。

「さっきの技はなんだ?」

 

「新技です」

問いかける村上に対してにこやかに彩笑は答えてバックステップを踏み、少し間合いを開け、居合切りを思わせる構えを取った。

 

それは熊谷に新技「ブランクブレード」を使った時と同じ構えであり、それを最警戒した村上は大きく距離を取り、援護射撃をする来馬の側まで下がった。

 

間合いの遠さゆえか攻撃を一度諦めた彩笑がスコーピオンを構え直すのに呼応するように村上は弧月とレイガストを構え直し、

(厄介だな……)

心の中でそう思った。

 

記憶力に自信がある村上であっても、彩笑が使った新技は全く覚えが無いどころか、仕組みの取っ掛かりすら検討がつかなかった。技の仕組みが判断できないため対策を取ることもできず、彩笑の攻撃全てに警戒を強いられた村上の神経は普段の戦闘より早くすり減っていた。

 

手の打ちようがないと思ったと同時に、隊長の来馬が彩笑に聞こえない程度の声量で話しかけた。

「鋼、大丈夫かい?」

 

「いえ、ちょっとキツイですね。あの技の仕組みが分からない以上、下手なことはできませんから」

No.4アタッカーであることやチームのエースといった立場に見栄など張らず、村上は素直に心境を吐露した。弱音を吐く村上に対してチームメイトは責めることなく、前向きに現状を打開するための策を考え始めた。

『おれ、もう狙撃しましょうか?』

ここまで隠密行動に徹していた別役太一が真っ先に意見したが、すぐにオペレーターの今結花が自身の考えを口にした。

『地木ちゃん相手に狙撃はちょっとリスク高いわよ。避けられて居場所が割れたら太一が真っ先に狙われそうだし、まだ隠れてた方がいいんじゃないかしら?』

そして今の意見を補足するように、隊長の来馬が音声を飛ばした。

『「そうだね。太一はこのまま隠れて、地木さんの気を散らすことに専念してて。月守くんも南側に渡ってきたみたいだから、今まで以上に慎重に隠れるようにね」』

 

『了解っす!』

来馬はここで内部通話へと切り替えて村上に声をかけた。

『地木さんの新技だけど、あまり警戒しすぎる必要も無いと思うんだ』

 

『来馬さん、それはどういう事ですか?』

 

『確証は無いんだけど……あのすり抜けるスコーピオンは多分、そう簡単に使えるものじゃ無いと思うんだ。もし使うのが簡単だったらここまでの戦闘で使わないのは不自然だし…。それに、倒しにくい鋼じゃなくて熊谷さんに使ったって事は、使うのに何かしらの条件とかがあるのかもしれない』

その説明を聞いた村上は素直に納得した。

 

もし彩笑がブランクブレードを息をするように使えたのだとしたら、ここまでの戦闘どころか、初めに村上と接触した時点でなぜ使わなかったのかという疑問が生じる。

(来馬さんが言うように、地木の新技は乱用できるタイプじゃないのかもしれないな……もちろんそう思わせるためのフェイクだって可能性も十分にあるから、警戒するに越した事はないが……)

村上は来馬の助言を受けて一度冷静になり、彩笑の新技に対する認識を改めた。

 

そしてエースの村上が落ち着いたのを見て、隊長である来馬が全体に指示を出した。

『よし。じゃあ、無理はしないで、みんなで連携して確実にいくよ』

来馬が選んだのは普段の鈴鳴第一の戦い方であり、最も勝率が高い王道なものだった。

 

エースである村上をメインに据え、来馬と太一がフォローするこの型は使い慣れただけではなく安定感もあり、B級中位グループレベルでは十分に強力な型である。

 

来馬の指示に従い村上が動く。エースとして敵を倒し、盾として味方を守る。その役割を果たすべく彩笑との間合いを詰めようとした瞬間、

『来馬さん!鋼さん後ろっ!』

2人よりよりずっと広い視野で戦場を見ていた太一が叫んで警告した。

 

「っ!」

来馬より村上が先に反応し、振り返りつつ反射的にレイガストをシールドモードに切り替える。シールドが完成すると同時に、

「メテオラ」

バッグワームを纏い2人の背後を取りかけていた月守が、左手から生成したメテオラのトリオンキューブを投げつけるようにして放った。

 

シールドモードに切り替えた村上は当然だが、それに少し遅れながらもシールドを展開できた来馬も月守のメテオラを防いだ。追撃を警戒する2人だが月守は攻撃を単発に留め、彩笑の隣に降り立った。

「咲耶おそーいっ!遅刻だよっ!」

 

「これでも全速力で来たんだけど?」

バッグワームを解除して構えつつ、月守は憤慨する彩笑の言葉を笑って流した。彩笑は右手のみにスコーピオンを持った状態のまま視線を月守へと向けて、言葉を投げかける。

「でも意外。咲耶の性格なら、東側にいるっていう茜ちゃん倒してから来ると思ってた」

 

「最初はそのつもりだったよ」

 

「装備的に抵抗出来なくて、逃げ惑う女子中学生相手を嬉々として追い詰めようとしてたってこと?」

 

「そう言うと、なんか犯罪っぽいな」

わざわざボケる彩笑に対して月守は突っ込む。会話によって相手の警戒に揺さぶりをかける2人の常用手段なのだが、鈴鳴はそれに引っかからなかった。

 

(んー、警戒解いたフリしてみたけど、引っかかんないや)

 

(向こうはこっちの手をちゃんと調べてるみたいだな)

 

話しながらも相手に警戒心を向けていたが、効果の無さを実感した2人は揺さぶり目的の会話を止め、村上と来馬に対して構え直してから通信回線を使った会話へとシフトした。

『なんで茜ちゃん狙わなかったの?』

 

『日浦さん狙ったら引き離した那須先輩にまた狙われるし、そっち相手にしてる間にお前がベイルアウトしたら勝てるもんも勝てなくなるからな』

 

『でもスナイパー残ってると面倒いよ?今から隙作るから、突破して片方でいいから倒してきてよ』

彩笑はオーダーを出したが、

『ああ、スナイパーはあんまり問題無いよ』

やんわりとした笑みを浮かべた月守は茜がいるであろつ東側に一瞬意識を向け、

()()()()()()()()()()()()()()()()()

そう答えた。

 

その瞬間、東側で爆発が起こった。

 

爆音に月守以外の3人がわずかに反応し、唯一爆発があるであろうことが予想できていた月守は左手からバイパーを生成して攻撃に出た。

 

「くっ……!」

咄嗟の事態でありながら村上は来馬のフォローに入り、シールドモードに展開したままのレイガストを振るいバイパーを薙ぐようにして防いでみせた。

 

「さすが村上先輩。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

左手を掲げたまま月守はそう言い、そこへオペレーターの真香が回線に割って入った。

『漆間さんは上手く見つけれたみたいですね』

 

『そうだね』

それだけで納得する2人へと彩笑は問いかけた。

「え?あれって漆間さんがやったの?」

 

「そ。どうも漆間さんもあの辺にスナイパーいるって予想してたみたいで、ばったり遭遇しちゃってさ。で、狙いは同じだって察したから、俺は全速力で逃げて漆間さんに日浦さん譲ってきた」

しれっと言った月守だが、その説明を聞いた彩笑はクスッと小さく笑った。

「譲ったんじゃなくて、那須先輩ごと押し付けてきたんでしょ?」

 

「見方を変えるとそうだな」

 

「性格わるーい」

 

「自覚してる」

茶化すように彩笑は言い、月守はどこか人の悪そうな笑みを浮かべてそう答えた。

 

2人が会話している間に鈴鳴第一も戦況を把握したようで、村上と来馬の意識が完全に彩笑と月守へと向いた。戦場の流れを現場よりずっと広く把握しているオペレーターの真香は、そのタイミングで全体の流れを2人に伝えた。

『茜ちゃん追いつめた漆間さんですけど、那須先輩に捕まりました。全体だと漆間さん対那須隊、私たち対鈴鳴第一の構図になってます』

 

『真香ちゃんありがと!わかりやすい!』

 

『どういたしまして』

彩笑が底抜けに明るい声で真香を褒め、褒められた真香ははにかんだように笑い、嬉しさを素直に表情に出していた。

 

その間にトリオンキューブを生成して相手を牽制していた月守が、彩笑に向けて口を開いた。

「そんじゃ、反撃開始だな」

 

「ん」

肯定した彩笑は右手のスコーピオンをクルクルと軽く回した。ある種のルーティーンになりつつある動きをしたことにより彩笑の集中が少し深まり、笑顔ばかり浮かべていた表情に真剣味が加わった。

「布陣はいつものやつね」

 

「了解」

2人は全く同じタイミングで真逆に動いた。彩笑は数歩前へ、月守は数歩後ろへそれぞれ動き、戦うための構えを取る。

相手に先手を取られぬよう一挙手一投足を見ている彩笑は少し膝を沈め、踏み込む準備を整える。同時に村上もレイガストを少し前へ構える。

 

ピリッとした空気が張り詰める中、彩笑は何気なく呟くように月守にオーダーを出した。

「あと咲耶。()()()()()()()使()()()

オーダーを受けた月守は右手を横に伸ばすと同時に、メイン側のトリガーを展開した。

「言われなくてもそのつもりだ」

言い終えると同時に右手に現れたのは、1つのアサルトライフルだった。

 

銃手の右手と射手の左手。

 

月守にとって火力型であるシュータースタイルと対をなす、シューターとガンナーが混在するサポート型とでも言うべき『ダブルスタイル』を、月守はここまで隠して戦っていた。

 

立ち位置と役割をハッキリと分ける、この2人の安定した連携の型は鈴鳴第一と類型のものでもあった。この類型同士が対決した時に問われるのは、型を構成するメンバーの力量と連携の総合力。言うなれば、純粋な実力勝負である。程度の差はあるものの、この場にいる全員がそれ理解していた。

 

「行くよっ!」

 

「任せろ」

互いに鼓舞するように声を掛け合う地木隊は、言い終わると同時に彩笑が一層深く膝を沈めた。

 

「来馬さん、太一、今さん、援護頼みます」

全くの同タイミングで村上は後ろの2人にサポートを託し、レイガストのオプショントリガーであるスラスターを起動した。

 

同タイミングで踏み込んだ両エースの激突により明確な優劣がつく戦いが、始まった。激しい金属音を打ち鳴らせた彩笑と村上による両エースの激突は、村上に軍配が上がった。装備や当人の重量の関係上、彩笑は押し負けて態勢を崩した。

 

(もらった)

 

その好機を村上は逃さずに突くが、まるでそれが分かっていたかのようなタイミングで曲がる弾丸が村上へと襲いかかった。剣戟の音に合わせて銃撃を行ったことにより村上の反応がほんの少し遅れたが、村上はすぐに攻撃をキャンセルして間一髪弾丸から逃れた。

 

「惜しいな」

 

月守は淡々とした声で言い、手元のスイッチを切り替えて銃口を来馬に向けて発砲した。直線的な軌道の弾丸は狂いなく来馬へと向かうが、来馬はメイントリガーであるアサルトライフルを構えたままサブ側のシールドを展開して防いだ。

 

着弾とほぼ同時、

 

「グラスホッパー」

 

来馬が反撃をするより早く彩笑は来馬の周囲にグラスホッパーを数枚配置した。ピンボールとまでは行かなくとも、スピードに乗ったトリッキーな高速移動攻撃を彩笑は繰り出したが、いち早く隊長の危機を察知した村上がフォローに入り彩笑の一撃をレイガストで防ぎ、そのまま反撃に出た。

 

村上の弧月と彩笑のスコーピオンは激しく火花を散らすものの、相手にダメージを与えるまでは至らない。両エースの斬り合いに、アサルトライフルを構えた2人の銃撃が変化を与える。

 

互いにアサルトライフルのスイッチを切り替え、引き金を引く。

来馬が放ったのは相手を追尾する「ハウンド」であり、彩笑は持ち前の機動力で村上から距離を取った上でシールドを展開して対処した。月守が放った弾丸は変幻自在な弾道で村上へと襲いかかるが、シールドモードにしたレイガストを盾として使い、危なげなく銃撃を防ぎきった。

 

そこで彩笑は一度仕切り直しのつもりで月守の隣まで下がり、声をかけた。

「仕込みは?」

 

「もうちょい」

 

「手早くね」

 

「了解」

最低限の会話であっても相手の意図を間違えずに汲み取り、彩笑は再び突撃した。

 

 

 

 

仕切り直しで彩笑が下がるのと同時に鈴鳴第一もまたメンバー間で言葉を交わしていた。

『月守くんは今回ダブルスタイルなのか』

 

『みたいですね。これ以上厄介になる前に対処しないと……』

実際に対峙している来馬と村上との会話に、オペレーターの今が提案するように言った。

『いっその事、月守くんを先に倒しちゃう方がいいかしら?』

しかしそれに対して、村上が難色を示した。

『あれだけ離れてる月守を先に倒すのは少し骨だな。まだ地木の方が倒しやすいと思う』

 

『彩笑ちゃんトリオン少ないし、最悪トリオン切れを狙うって手も有りね』

 

『いざとなれば、おれ狙撃しますよ!』

太一が狙撃を提案したタイミングで彩笑が突撃をかけ、村上が素早くその対処に当たる。No.4位アタッカーの頼もしい背中を見て、来馬は指示を出した。

『陣形と作戦はこのまま変えないでいこう。攻撃は地木さんを優先していくよ』

 

『『『了解』』』

息がぴったり合った隊員たちの返事を聞いた来馬は、アサルトライフルを構え、引き金を引く。

 

中盤を過ぎ終盤へと差し掛かり、試合はチームの総合力を問う本当の意味での総力戦となった。




ここから後書きです。

今回の話を書いてて、女子スナイパーってチーム戦で(心理的に)落としにくいなぁと思いました。狙撃ならまだしも、距離を詰めるとやりにくそう。

またもや長々と時間が空いた投稿になった上に、話自身はあまり進まず申し訳ありません。頑張らなきゃなと、思います。

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