月守がアサルトライフルから放った銃弾が村上を取り囲むような軌道で迫るが、村上は難なくシールドとレイガストで防ぎ、月守へと斬りかかった。しかしそこへ彩笑が割り込み応戦し、その間に月守が再度距離を取り来馬との銃撃戦へと応じる。
「メテオラ」
彩笑が村上との斬り合いから間合いを開けたのと同時に月守は左手から遅めのメテオラを乱雑に放った。鈴鳴第一はメテオラを一瞬警戒したが、狙いが明らかに外れているのが分かるとその警戒を緩めた。
(緩めたな)
それを察知した月守は右手に持つアサルトライフルを上空に向けて、引き金を引いた。2種類の弾丸がセットされたアサルトライフルは銃口が上と下の2つあり、下の銃口から放たれたその弾丸は宙空を自在に曲がり先に放たれていたメテオラを穿った。
意識から外れていたメテオラが爆発したことにより驚いた村上と来馬に、十分な隙が生まれた。
(咲耶ナイスっ!)
その隙を逃さず、彩笑は高速で踏み込んで、扱い慣れたダガーナイフ状のスコーピオンで村上へと斬りかかった。
反応がわずかに遅れたものの村上はそれに反応し、レイガストで防ぎにかかる。
キィンっ!
甲高く鳴る音が示すように、辛うじて村上の防御は間に合い、彩笑の刃は届かなかった。
「あーもうっ!」
悔しげに彩笑は言って追撃をかけようとしたが、村上を援護する来馬がハウンドを放ったのを見て攻撃を断念して再び下がった。
月守はアサルトライフルのスイッチを切り替え牽制代わりに来馬に向けて上の銃口から放たれる直線的な軌道の弾丸で攻撃したが、来馬はサブ側に用意していたシールドで難なく防いだ。
数発撃って射撃をやめた月守の隣に、彩笑が並んだ。
『なんでさっきカメレオンとかテレポーター使わなかったんだ?』
『もうカメレオン使ってるだけの余裕がないし、テレポーターはそもそも外してるし』
『あー、俺のシールドの件と同じ理由だったな。すまん』
互いに武装を構えたまま、月守と彩笑は確認し合うように言葉を交わす。
『じゃあ新技は?』
『やろうとしたけど、やっぱ無理だった。そっちは?』
『んー、あと少し』
『りょうかーい』
声には出さぬ通信越しでの会話であったが、2人はそれを隠すことなく表情に出していた。相対している村上や来馬には、次の策を打ち合わせているようにも見えるため、殊更警戒する。
『悔しいですけど、攻撃のバリエーションは向こうの方が完全に上ですね』
『そうだね』
2人の様子をうかがいつつ、村上と来馬は地木隊を攻略するための打ち合わせを始めた。
『あとはやっぱり、月守の援護射撃が厄介です。地木の隙をカバーするような、的確な射撃で攻撃のリズムを崩される』
『タイミングと射撃の精度がずば抜けて高いからね。アステロイドはともかく、弾道を自分で引くバイパーであそこまで正確な射撃をされると、やり辛いかな』
『はい。せめてどっちの弾丸か区別がつけば、まだやりようはありますけど……』
『弾丸の区別はつくよ。上の銃口がアステロイドで、下の方がバイパーだ』
『そうなんですか?』
『何回か見てたけど、合ってると思う。それと、普段月守くんはあまりアサルトライフルを使わなくて慣れてないからか、弾丸を切り替えるスイッチを切る時に、銃身が一瞬ブレてる。それも、1つの目安になるよ』
似た系統の銃を扱っているためか、来馬の考察には十分な説得力があるように感じられ、村上は頷いた。
『了解です。ただ、月守は地木を使ってオレからは見えない、それか見えにくい角度から撃ってくるので、オレには一瞬で判断するのは厳しいです。来馬先輩、出来る限りでいいので月守が撃つ弾丸を教えてください』
『分かったよ』
『ありがとうございます。それさえ分かれば、勝機は十分です』
鈴鳴第一に勝利への道が見えたそのタイミングで、地木隊が攻撃を仕掛けた。
彩笑が鋭い踏み込みで村上へと肉迫し、レイガストで村上が迎撃する。そして踏み込みとほぼ同時に、月守が銃を構えた。
(どっちだ……?)
来馬は村上に頼まれたように、月守のアサルトライフルを観察し、弾丸の判別に努めた。引き金に指をかけた月守が攻撃にかかる直前、アサルトライフルの銃身が僅かに、それでいて確かに揺れ、下の銃口が煌めいた。
『バイパーだ!』
そしてそれを認識すると同時に、来馬は村上へと弾種を叫んだ。返事こそしなかったが村上は来馬からの情報をしっかりと聞き入れ、彩笑との剣戟に臨んだ。
レイガストを右手に持ったディフェンシブなスタイルで彩笑の高速の剣技を尽く防ぎ、カウンター気味で左手に持った弧月を振るった。しかしその弧月は虚しく宙を切る。彩笑が村上の剣に反応して躱した。必要最低限の引きであり、村上は追撃を仕掛けようとしたが、
(だがこれは釣りだ)
瞬時に思いとどまり、追撃をキャンセルした。すると次の瞬間、月守が放ったバイパーが村上へと襲いかかった。もし追撃に掛かっていたら反応が確実に遅れ、対応のために生まれる隙を作ることに繋がっているであろう銃撃だった。
しかし来馬の指示によって射撃が来ることと、その弾種を知りえた村上は、それにも対応して見せた。レイガストを持つ手に力を込め、スラスターを起動しつつ薙ぐように振るい、月守のバイパーを防ぎきった。
(よし。タイミングと弾種さえ分かれば、なんとかなる)
村上は今のやり取りでそれを確信した。明確な勝機を見つけた瞬間だったが、それは同時に今まで張り詰めていた緊張感が揺らいだ瞬間でもあった。
そしてその瞬間を、油断と呼ぶには短すぎる刹那の揺らぎを、彩笑は逃さなかった。
瞬時に彩笑はサブ側に常にスタンバイさせていたグラスホッパーを足元に展開し、それの完成を待つ間も無く踏み込み、村上へと斬りかかった。
「なっ……!?」
意識と意識の間の、息継ぎにも似た瞬間を狙われた村上は反応が遅れたが、咄嗟に回避を試みた。下から振り上げる神速の一太刀ではあったが、村上が瞬時に回避に転じたことと、ダガーナイフ型というリーチの短さが相まって、彩笑の剣は村上のトリオン体をうっすらと斬る程度に留まった。
「短いか」
そしてやはり彩笑は深く追撃せずに後退し、月守の側まで移動してスコーピオンを構え直した。
ニコニコとした笑みの彩笑を見て、村上は静かに思う。
(スピード自体はさっきとあまり変わらないが、オレが勝機を見つけて油断した一瞬を的確に突かれたな。こういった一撃は感覚派の奴らと戦ってる時は何度かあるが…。相手の隙を見つけて穿つための感覚……嗅覚とでも言うべきそれが、地木は他の感覚派と比較しても頭一つは抜き出てる)
彩笑が持つ天性の直感力の高さを感じ取った村上は、今一度剣の柄をしっかりと握りしめて集中力を高めた。
村上が一層真剣味を深めたその一方で、地木隊は再度通信回線を使って会話をしていた。
『村上先輩、お世辞抜きで凄いな』
『だよね。咲耶のはともかく、ボクの不意打ちは完璧に決まったと思ったのに』
『彩笑、ソロだと完璧に抑え込まれるんじゃないか?』
『そんなことないもんっ!……けど、次村上先輩と当たるときは神音ちゃんに任せる…』
今は不在の天音に村上を押し付けようと考えたところで、東側で爆発音と共に2人分のベイルアウトの光跡が見えた。
「『真香ちゃん、今のは誰がベイルアウトしたの?』」
彩笑の問いかけに対して真香は間髪入れずに答える。
『漆間さんと茜ちゃんです。残った那須先輩にもそこそこダメージはあるはずですけど、構わず私たちの戦いに参加するつもりで移動してますね』
「『ん、了解!』」
那須の参戦という情報を得た彩笑は、ここでの戦闘をあまり長引かせるのは得策ではないと瞬時に判断した。
横目で一瞬だけ隣にいる月守に目を合わせて、彩笑は尋ねる。
『咲耶、仕込みは?』
『今の攻防で完成した』
淡々としつつも自信に満ちた声と、長い付き合いの者にしか分からない嬉々とした笑みで答える月守を見て、彩笑は一層楽しげに微笑んだ。
『オッケー!じゃあ、次で決めよっか!』
そう言うや否や、彩笑はもう何度目になるかも分からない突撃を仕掛けた。
鋭く速い突撃ではあるが、すでにこの試合だけでも10を越える回数の剣戟を交わしている村上からすれば、十分にその速度に慣れて対応できるだけのものになっていた。
スコーピオンとレイガストが激しく音を立てて交錯し、見る者を惹きつける速度による剣技の応酬が繰り返される。一太刀ごとに加速していく彩笑の剣だが、それでも村上の守りは崩せない。それどころか速さを増せば増すほどに彩笑の動きにはクセやリズム、パターンが如実に現れ始める。
そしてついに、村上は彩笑の動きの致命的な隙を見出した。先ほど仕掛けられた意識と意識の隙を突かれた攻撃のような、動作と動作の繋ぎにある隙を突く攻撃を、今度は村上が仕掛けた。左手に持った弧月は彩笑のトリオン体を斬り裂くべく、迷いなく振られる。
「っ!」
動作間の隙という回避したくとも回避出来ないような状態でありながらも、彩笑は無理矢理にでも躱すべく身体を捻る。だが無慈悲とも言うべきか、村上の弧月は彩笑のトリオン体に決して浅くは無い傷を負わせた。
「つぅっ!」
痛みに顔をわずかに歪ませながらも、彩笑はサブ側のスコーピオンの形態を瞬時にコントロールし、以前当真からの狙撃を受けた時のように傷を覆う形でスコーピオンを展開してトリオンの漏出を最小限に留めた。留めたものの、これまでの戦闘で消費・使用して少なくなったトリオンも合わせると、トリオン量が少ない彩笑にとっては大きな損失であった。
村上としては彩笑を追い詰めたに等しい状況だが、油断に類するような気の緩みは微塵も無かった。なぜなら、今の剣戟と並行して月守が村上の視界から外れるように動き、彩笑に致命傷を負わせる一太刀を振るったと同時に月守のアサルトライフルから弾丸を放ったのが辛うじて見えていたからだ。そして今までと違い、今回の射撃は月守の位置取りが甘く、村上にもアサルトライフルの銃口が見えていた。
(上の銃口か!)
一瞬で村上はそこから弾種をアステロイドだと判断した。そして村上と同様に来馬も弾種の把握に成功していた。
『アステロイドだよ!』
来馬は再度村上へと指示を飛ばす。
『了解です』
弾種の情報を得た村上は瞬時に判断を下し、銃弾と自身の間にシールドを展開して防御を整えた上で、彩笑にとどめを刺すために弧月を振るおうとした。
痛みが残る影響なのか彩笑の動きは普段ほどの精彩が無く、村上の斬撃を避けるには速度が足りなかった。
だがそんな状況下で尚、いや、こんな状況下であるからこそ、彩笑は笑う。
呆れたように笑った彩笑は声に出さずに、
(やっぱり咲耶は性格悪いや)
相方である月守が実行した策略についてそんな感想を下した。
彩笑と相対している村上にはひどく不自然に思える笑みだったが、村上には
なぜなら、村上が弧月を振り切ろうとしたその瞬間、
(なっ……!?)
村上の表情には驚嘆が浮かび、心には驚きと動揺が入り混じる。明らかに平静ではない村上へ向けて、来馬が叫んだ。
「鋼!一旦退くよ!」
叫びながら来馬はハウンドを乱射し、それに乗じて村上は一度来馬のそばまで寄り東側へと後退を始めた。少しばかりの距離を稼いだところで村上は来馬に尋ねた。
「来馬さん、一体何が……」
そして村上は尋ねたところで、来馬のトリオン体にもいくつかの弾痕があることに気付いた。村上と同様に、来馬も月守の銃弾を受けていたのだ。
問いかけながら村上は、月守のアステロイドが自分や来馬のシールドを貫いたのだと思ったが、すぐにそれを否定した。着弾する瞬間こそ見ていないものの、村上が張ったシールドは割れた反応は無かった上に、ここまでの戦闘で月守のアステロイドは来馬のシールドを突破していないからだ。
村上はなぜ月守のアステロイドを防げなかったのか理解できなかった。まるで彩笑の新技のように、弾丸がシールドをすり抜けたとしか思えなかった。
だがそんな村上へ向けて、月守の銃弾をしっかりと見ていた来馬が、驚きの答えを告げた。
「……ったんだ」
一度言い損ねた来馬は、今一度はっきりとその答えを口にした。
「
と。
*** *** ***
「騙し弾か……?」
モニター越しに試合を見て解説をする二宮は、珍しく自信のない様子でそう呟いた。
「騙し弾……ですか?」
二宮の答えが自信なさげだと分かりつつも、実況役の宇佐美はあえて二宮が呟いた単語について追求するように会話の流れを誘導した。二宮は月守に対する疑問を一度棚上げし、「騙し弾」という単語についての解説を始めた。
「ああ。正式な名称ではなく、主にシューター同士で用いられる言葉だ。簡潔に言えば、対戦相手に弾丸の種類を誤認させる類いの技術のことで……アステロイドと言いながらメテオラを撃ったり、ハウンドを連発した後に合成弾のサラマンダーを使ったり……。まあ、やり方は様々だな」
「なるほど。ということは、今しがた月守隊員が使ったのも騙し弾ですか?」
宇佐美の問いかけを受け、二宮は少し思案してから口を開いた。
「恐らくそうだろう。村上や来馬の対応を見る分には、アステロイドだと思った弾丸がバイパーだった、と言ったところなんだが……」
そこまで言って二宮は言葉に詰まった。試合に目を向けつつも、声なき思考を続ける。
(いや、確かに今のはアステロイドだったはずだ。アサルトライフルに装備できる弾丸は2種類。片方は奴が得意とするバイパー。もう1つはガンナーやシューターの基本装備と言ってもいいアステロイド。実際、月守のライフルも上の銃口がアステロイドで、下の銃口がバイパーだった。そして月守が撃ったのは上の銃口……つまりアステロイド……。俺だけじゃなく、村上も来馬もそう判断したからこそのシールドだったが……アステロイドがシールドに当たる直前、確かに曲がった。ということはアステロイドではなくバイパーだったんだろうが……どうやってあいつはアステロイドをバイパーだと思わせたんだ?)
二宮は経験を元に考えるが、答えは見つからなかった。思考したのはほんの数瞬だったが、一度考えが詰まった二宮は、少し癪ではあるもののもう1人の解説担当の不知火へと話題を振った。
「不知火さん……貴女はどう見ている?」
しかし二宮が問いかけると同時、いやそれ以前から不知火は面白そうにニヤニヤと笑っていた。その笑みは答えを知っているのだと、白状するような笑みだった。そして不知火はその笑みのまま、二宮の問いかけに答える。
「どう見るも何も、今回月守のトリガーをあの子の要望通りセットしたのはワタシだからね。当然、ワタシは今の騙し弾の正体を知ってるよ」
「やはり騙し弾か……念のために訊くが、オリジナルのオプショントリガーというオチじゃないだろうな?」
「ないない。そもそも月守のトリガーはメインサブにそれぞれ攻撃用弾丸2つずつとシールド、それからメイン側のバッグワームとサブ側のグラスホッパーでもうカツカツだよ?オプションを捩込む隙間なんてないさ」
「それもそうか」
月守のトリガー構成の説明を受けた二宮はそのことに納得した。オプションでは無い以上、彩笑のブランクブレードと同様に月守自身の技術によるものだとアタリをつけた二宮は、思考を再開させようとした。
「だったら月守のやつはどうやって弾丸を偽装……」
だがそこで、二宮はある発想に行き着いた。
その発想は、月守が村上や来馬だけでなく二宮すら欺いた騙し弾の答えだったのだが、言われても信じられないような、荒唐無稽なものであった。事実、答えに至った二宮はその答えを疑った。
ありえない。
無駄だ。
意味が無い。
ボーダー正隊員として、何よりシューターとして培った経験がそう叫ぶが、二宮にはそれ以外の答えは見つからなかった。
「まさか、バイパーを両方にセットしたのか…?」
二宮が思わずと言った様子で口を開き、
「正解だよ、二宮くん」
不知火は穏やかな口調で、そう言った。
*** *** ***
ランク戦前日に月守は不知火の研究室を訪れ、ある技を試すために不知火へと模擬戦を申し込んでいた。
そしてその技というのは、ランク戦で月守が村上や来馬に放ったものであり、不知火も2人と同じように月守の騙し弾を回避できずにダメージを負った。
殺風景な訓練室で技が決まった月守はやんわりと笑い、
「よし、上手くいった」
どこか満足げにそう呟いた。
「……」
不知火は貫かれた自身のトリオン体を黙ってしばらく見つめた後、
「なるほど。随分とバカなことを考えたねぇ」
月守と同じようにやんわりと笑ってそう言った。
「今の一回で仕組みを見抜いたんですか?」
「まあね。少し時間が掛かったけど、君がやりそうなことを考えていったらすぐにわかった」
「さすが不知火さん……ってところですね」
「褒め言葉として受け取ろう」
お互いの腹の内を探るような会話を交わした2人は、そこで模擬戦を切り上げた。不知火の研究室でお茶を飲んで一息ついたところで、2人の会話は再開した。
「……で、さっきは思わず言ったけど、もう一回言うよ咲耶。随分とバカなことを考えたね」
「あんまりバカバカ言わないでくださいよ。第一、不知火さんはそんなバカな考えに引っかかったじゃないですか」
「まったくだ」
不知火は額に手を当てて己の愚かさを悔いるような口調で、
「だがね、普通考えない。
騙し弾の正体を明かして、それを聞いた月守はイタズラが成功した子供のように笑った。
銃手(ガンナー)が扱うハンドガンやアサルトライフルといった銃型トリガーは、弾丸トリガーを2つセットすることができる。2つセットする時の組み合わせは色々あるが、通常弾(アステロイド)を主軸とし、そこに追尾弾(ハウンド)や炸裂弾(メテオラ)もしくは変化弾(バイパー)を加えた構成がポピュラーである。中には当然、アステロイドをセットせずに2枠を埋める隊員もおり、銃手は自分に合った組み合わせを考える。
だが月守が思いついた組み合わせは銃手どころかボーダー隊員がするべきトリガーセットの思考の枠組みから外れた、
これがメインとサブに同じトリガーをセットしているならば意味はある。シールドを2枚同時に使用して防御力を高める「両防御(フルガード)」や、太刀川や風間、彩笑が使う二刀流のように実例があるからだ。一方、月守が行った片側に同じトリガーという組み合わせは意味が無い。トリガーは専用オプションでは無い限り片側で使えるのは1つだけであり、2つセットしところで同時使用や性能アップなどということはできないからだ。利点など、1つもない。
誰もやるはずがない組み合わせ、だからこそ、月守はこの騙し弾を思いついた。
「誰も使うはずがないって思ってるからこそ、好都合なんですよ」
「まあ、実際にワタシも騙されたし……。コレは明日のランク戦で使うつもりなの?」
「もちろんです。普通に戦ったなら旗色が悪いものになりそうなので、ならいっそ、奇策を持ち込んで先の読めない戦いに引きずり込みます」
「それまた咲耶らしい考えだね。でもさ、コレを成功させるには相当な数撃って相手にアステロイドとバイパーだって誤解させる必要があるよね?その途中にシールドで防いだ感触とかでバレる可能性があるよ?」
「複数の敵を相手取る局面まで温存する予定ですし、ターゲットを完璧に区分けして悟らせませんよ。戦況にもよりますけど村上先輩や那須先輩には変化するバイパーで、それ以外にはストレートバイパー。途中でサブ側のメテオラとかと織り交ぜれば少しは誤魔化せると思います」
「となると、使えるのは1回きりだね。ちなみに、地木隊メンバーはこのこと知ってるの?まさかこれをぶっつけ本番でやるわけにはいかないでしょ?反対されなかった?」
「とりあえず彩笑には今言ったことはだいたい伝えましたよ。ちょっと口論になりましたけどね」
苦笑しながらそう言った月守を見て不知火は少し思考を巡らせたあと、
「地木ちゃんなら多分……、
『うっわ出た!咲耶得意の捻くれ戦術!』
とか言ったんじゃないかな?」
彩笑の口調を真似して、彩笑の言いそうなことを口にした。
「あはは。彩笑が言ったことそのまんまです」
素直に感心した様子で月守は言い、そのまま言葉を紡ぐ。
「……自覚はありますけど、それをはっきり言われると……こう、思うことはありますね」
「自覚があるのは進歩してる証さ。……話を戻すけど、口論になったのにここに来たってことは、彩笑ちゃんの許可は下りたんだね?」
「下りましたよ。そしたら、
『今すぐ不知火さんに頼んでトリガー構成変えてきてっ!』
って作戦室から叩き出されました」
「ほほう、叩き出されたか」
将来、月守は嫁の尻に敷かれるタイプだなと不知火は頭の片隅で思いつつ、月守のトリガー構成を変更するための準備を始めた。トリガーホルダーを受け取り機器に接続したところで、モニターを見ながらいくつか確認を取るべく問いかけた。
「変更するのは右のトリガーだけでいいのかな?」
「えっとですね、右はアサルトライフル型にバイパー2つとシールドとバッグワーム。左はシューター型にバイパーとメテオラ、それからグラスホッパーとシールドをお願いします」
「オッケーオッケー。他にオーダーはあるかい?可能な限り答えよう」
「ありますけど……というか不知火さん、今更なんですけど特定の部隊に肩入れして大丈夫なんですか?」
諸事情により半ば地木隊専属エンジニアのようになりつつある不知火だが、本来ならば月守の言うように特定の部隊に肩入れするのはあまり好ましいものではない。しかしそんな月守の質問に対して、不知火は何てことないように、
「肩入れするも何も、ワタシは君たちがそういう依頼をするから応えてるだけだよ?もし他の隊員がワタシのところに来てトリガーに関する依頼をしたなら、大概のものは応える。たとえ、それが君たちに不利になるようなものだとしても、ね」
そう解答した。
それは今まで築いた信頼関係を崩しかねないものだったが、発言を聞いた月守は少し間を空けてから笑った。
「……まあ、よくよく考えたら、基本的に俺たちから不知火さんに依頼してるわけなんで、肩入れっていうのは語弊がありましたね」
「そゆこと。さて、いらない心配が消えたところで、他に何かオーダーはあるかい?」
嬉々として尋ねる不知火に向けて、月守は迷わず、
「アサルトライフルの形を少し弄りたいです」
と、答えた。
不知火はそのオーダーを聞き、首を傾げた。
「……んーっと、普通のアサルトライフルだと取り回しがイマイチ悪いからとか、そういう感じかな?」
「そうじゃなくてですね……ほら、アサルトライフルってセットする弾丸トリガーによって形が変わるじゃないですか」
「そうだね」
「でも俺が使いたいバイパー2つだと、該当データがなくてアステロイド+バイパー式の形になるんですよ」
「それもそうか。ポン吉や他のチーフエンジニア達も、こんな構成をする隊員がいるなんて想定してないだろうし、データがないのは当然だ」
オーダーの意図に合点がいった不知火はすぐにアサルトライフルの形状についてのデータの調整を行うべく準備を始めた。
「デザインはワタシが丸々やってもいいの?」
「それはやめてください。この手のデザインを不知火さんに任せて成功したこと殆ど無いんで」
ネーミングセンスには劣るものの壊滅しつつある不知火のデザインセンスを知る月守は苦笑いでそう言い、自身の要望を口にした。
「リクエストとしては、あんまり形を変えすぎると騙し弾が不発に終わる可能性が出ちゃうので……。
『一見するとアステロイド+バイパー式だけど、よくよく見たらそうじゃないんだよ』
くらいのデザイン変更をお願いします」
月守の口調や声のトーンこそ控えめではあるものの、思いっきり相手を騙す気に満ちているオーダーであった。
「相変わらず、いい性格してるね」
「不知火さんほどじゃないですよ」
互いに皮肉を言い合う2人は、とてもよく似た意地の悪い笑みを浮かべていた。
*** *** ***
(まさかここまで綺麗に決まるなんて思ってなかった)
月守が来馬と村上に騙し弾を決めたところで、彩笑はそんな感想を抱いた。騙し弾の仕組みを事前に聞いた時は、何を馬鹿なことを考えてるのかと憤ったが、こうしてそれを実行して成功させる月守を見ると呆れつつも感心してしまう。
(こうやって馬鹿みたいなことをサラっと実行できるのが、咲耶の凄いところなんだよね……)
3年間隣に並びつつも彩笑が直接指摘したことのない月守の長所を再度認めたところで、月守が左手からトリオンキューブを生成した。
「押し切るぞ」
「当然!」
鈴鳴第一に対して勝機を見出した2人は、一気に動いた。
東側へと後退し続ける標的に向けて、月守は分割したメテオラを放つ。普段なら相手の意識を散らす牽制として使いがちなメテオラだが、月守はそれをここぞとばかりに得点するために使った。威力と爆発範囲にトリオンを割り振ったメテオラを来馬と村上はシールドで防いだものの、威力の高さと爆発によって巻き上げられる粉塵により、防御後の動きが鈍った。
(ここっ!)
この試合でようやく相手が見せた、決定的な隙を彩笑の嗅覚はしっかりと捉えた。
『真香ちゃん!視覚支援お願い!』
『はい!』
殆どタイムラグゼロで彩笑のトリオン体に真香が視覚支援を施し、彩笑は粉塵の中でも視力を確保した。
(グラスホッパーっ!)
分割して数枚のグラスホッパーを生成した彩笑は、それを来馬と村上の周囲に展開する。ここまでの戦闘と先ほどの村上の斬撃でトリオンを大きく失った彩笑だったが、ここにきて残りのトリオンを気にする必要はなかった。ただ全力で2人を狩るべく、彩笑は全速力で踏み込んだ。
文字どおり風を切るほどの速さで彩笑は2人へと肉迫する。
「「っ!」」
斬りつける直前で彩笑は2人に気付かれたが、彩笑はそのことを想定した上でグラスホッパーを配置していた。カウンターを仕掛けられる直前、彩笑はあらかじめ展開していた斜め上向きのグラスホッパーを踏みつけ、2人の頭上を飛び越した。そして跳躍が最高点に達するところに配置してきた下向きのグラスホッパーを踏みつけ、急速落下にて2人の背後を取った。
淀みなく流れるような彩笑の高速機動は観客を魅了し、対峙する者には何が起こっているのか悟らせずに終わりを告げる。
背後を取った彩笑は2人を倒すために容赦なくスコーピオンを振るった。
「ぐあっ!」
「くっ!」
だが感じた手応えはそれぞれ異なった。来馬は反応が間に合わずにトリオン体を斬られ致命傷を負ったが、村上はなんとこれにも辛うじて反応してレイガストで防いだのだ。
(村上先輩冗談抜きでヤバいっ!)
彩笑は何度目になるか分からない村上への驚きを覚えつつも、勝負を決めるべく追撃をかけることにした。
村上は辛うじて防いだことにより追撃を捌くには態勢が不十分であり、さらにはサポートの来馬もトリオン体に大きなダメージがあるため、ほぼ無力化できた状態である。反対に、彩笑は振り抜いた初動から次の攻撃に移行する態勢は整っている上に、サポート役の月守も健在である。
この試合で、おそらくこれ以上ない最大の好機であり、彩笑はここに勝負を賭けた。
(行けるっ!)
勝利を確信した彩笑は二撃目のスコーピオンを振るった。
だがその瞬間、
「彩笑伏せろっ!」
焦りと焦燥に満ちた月守の声が、彩笑の耳に届いた。
しかし月守の警告は、少し遅かった。
パァンッ!
「っ!!?」
月守の警告と当時、彩笑がその警告を認識するよりほんの少し早いタイミングで、彩笑の小柄なトリオン体が背後からの狙撃によって撃ち抜かれた。
ここから後書きです。
今回登場した「騙し弾」という名称はオリジナルの名称になります。「ダミーバレット」にするか「騙し弾」にするか悩みましたが、「ダミーバレット」だとトリガーっぽくなるので「騙し弾」にしました。今後、原作でこの手の技術について名称が出た場合は修正します。
月守の二重バイパーについての説明は当初、二宮さんと不知火さんにしてもらう予定でしたが、公衆の面前にも関わらずあんまりにも2人が特定の隊員(月守)のことをバカバカ連呼したり愚か者と言って罵る感じになって観客から印象が良くないものになったので回想シーンにしました。