ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第2章【黒トリガー争奪戦】
第6話「地木隊とA級上位部隊」


旧弓手町駅での戦いから4日たった日の昼。

 

『ゲート発生、ゲート発生』

1つのゲートが開いた。いつもならばここから、バムスターやモールモッドといったトリオン兵が現れるのだが、今回に限りいつも通りではない点が2つあった。

1つ目は、現れたものがトリオン兵ではなく、彼ら模したような乗り物であること。

2つ目は、現れた場所が警戒区域どころか、ボーダー本部のど真ん中であること。

 

それが意味することは、ボーダートップチーム…。遠征に出ていたA級上位3部隊の帰還であった。

 

そしてそれを待ち構えていたかのように、彼らは動き出した。

 

*** *** ***

 

遠征を終えて早々、ブラックトリガー回収任務を請け負ったトップチームはそれぞれ作戦決行の夜まで向けて一休みしていた。当然、A級1位の太刀川隊も例外ではなく、各隊にある作戦室で休息を取っていた。

 

しかしそんな太刀川の作戦室に、アポなしの来客があった。

 

「こんにちわー」

 

作戦室にいたのは隊長である太刀川慶と天才と称される射手(シューター)の出水公平、そしてオペレーターの国近柚宇の3人だった。

3人とも遠征上がりの疲れが残っているので、アポなしの不意打ちを受けた瞬間は追い返す気満々であったが、誰が来たのか分かると安堵の息を吐き受け入れた。

「よお、咲耶。久しぶりだな」

何やら手荷物を持って太刀川隊を訪れた月守にむかって、太刀川は声をかけた。

「お久しぶりですね、太刀川さん。それに出水先輩に国近先輩も。……あれ?1人足りませんけど、もしかして遠征先に置いてきたんですか?」

月守はキョロキョロと作戦室を見回しながら、問いかけた。

 

「唯我ならとっくに帰ったぞ」

問いかけに答えたのは出水だ。

それを聞いた月守は、

「ああ、それなら良かった」

と呟くように言った後、

「これ、差し入れです」

3人にそれぞれ紙袋を渡した。

 

紙袋を受け取るなり国近が、

「つっきー、これあったかいけど、もしかして食べる系の差し入れ?」

月守に向かってそう言った。ちなみに『つっきー』といつのは国近を始めとして月守より年上の女性隊員やオペレーターが月守を呼ぶ時のあだ名の1つだ。

 

(なんだか国近先輩にそう呼ばれるのが、すごく懐かしいな……)

ぼんやりとそう思いながらも月守はやんわりと微笑み、

「はい、食べる系の差し入れです」

そう答えた。

 

温かいうちにどうぞ、と言われ、3人はそれぞれ紙袋を開けた。

「お!相変わらず気が効くな!」

太刀川はそう言いながら、紙袋からコロッケを取り出し豪快に一口食べた。

「咲耶、やっぱお前分かる奴だな!」

太刀川に続き、出水も紙袋の中からエビフライを選び一口食べた。なお、袋の中にはコロッケも入っている。

「じゃがバターだー!つっきーありがとー!」

2人に続き国近が袋の中からアルミホイルに包まれたじゃがバターを取り出し、ホクホクと食べ始めた。

 

月守の差し入れとは、3人それぞれの好物であった。

 

「「「うまっ!」」」

同時に息の合った感想を言われた月守は、

「そろそろ帰還って聞いてたんで、それに合わせて材料買い込んだ甲斐がありました。ありがとうございます」

小さく笑いつつ丁寧にお礼を言った。

 

「え?じゃあ、つっきー?これもしかして手作り?」

興味津々といった様子で国近が質問し、

「もしかしなくても手作りですよ、国近先輩」

月守はサラッとそう答えた。

 

意外だな、と、前置きをしてから、今度は太刀川が問いかけた。

「咲耶、お前料理できんの?」

「一応自炊してますし……。あんまり難しいのは無理ですけど、これくらいならなんとか。ウチらの隊だったら真香ちゃんがぶっち切りで料理上手ですよ」

太刀川隊と月守の間で、そんな談話が始まった。

 

一方出水は、遠征帰還直後の好物をありがたく感じながら食べていたが不意にあることに気付いた。

(……紙袋3つしか持ってねぇけど、もし唯我いたらどうしたんだ?)

それを尋ねようとしたが、知ってどうにかなるものでもないかと思い直し、エビフライに次いでコロッケを頬張った。

 

「おい、咲耶。そういや地木と天音はどうした?」

他の2人より先に差し入れを食べきった太刀川が月守に尋ねた。月守はわずかに思案してから答えた。

 

「彩笑と神音ですか?とりあえず神音は定期検査に行ってて……、あ、もしかしてランク戦やろうとしてませんか?」

「バレたか。いやー、あの2人の剣技は中々のモンだからな。バトってて楽しいんだよ」

相変わらず戦闘大好きだなー、と月守は呆れつつそう思った。

 

「……吹っかけるなら彩笑だけにして下さいよ」

「了解だ。で、地木はどこにいる?」

太刀川が再度尋ね、月守は即答した。

「彩笑なら風間隊の作戦室に顔出してますよ。俺と同じで、差し入れ持って行きました」

 

*** *** ***

 

月守が太刀川隊に差し入れを持って行ったのと、ほぼ同時刻、

「お帰りなさーい!」

この上ないハイテンションで、彩笑は風間隊作戦室に突入した。

 

「来たか」

「げっ」

「相変わらずですね」

「彩ちゃん久しぶりね」

ハイテンションの彩笑を見て、風間、菊地原、歌川、三上がそれぞれの反応を見せた。

 

「ちょっとキクリン!久々なのにその反応は無いじゃん!」

まず彩笑はキクリンこと菊地原に絡んだ。ちなみに本部内で菊地原のことを「キクリン」と呼ぶのは彩笑だけである。

 

「君の声はキンキン響くから嫌なんだよ」

あからさまに迷惑そうな顔で菊地原は答える。

「失礼だなー、これはボクの平常運転なのに…。あ、それよりこれ、差し入れでーす」

むくれた菊地原の反応を見て彩笑は気遣ったのか、それとも無意識なのかは分からないが、声のトーンを少し下げて片手に持っていた和菓子の詰め合わせを差し出した。

 

風間はそれを受け取りつつ、

「……これを選んだのは月守か?」

彩笑にそう尋ねた。

 

「わ、すごい。正解ですよ風間さん。なんで分かったんですか?」

「地木が選ぶと大体がココア味の菓子だからな」

風間がサラッと答え、

「それもそうですね」

歌川がそれに同意した。

 

「あ、でしたら私、お茶淹れますね」

三上はそう言い、お茶の用意を始めた。

 

三上の姿が見えなくなったところで、彩笑は思い出したように小包を取り出した。

「何それ?」

小包を指差しながら菊地原が尋ね、彩笑は、

「ん?キクリンの誕生日プレゼント」

と、即答した。

 

「4日くらい過ぎてるけど?」

「今日ならセーフってことにしてよ」

菊地原は少しごねたが、風間と歌川の「受け取りなさい」とでも言いたげな目線と彩笑は強引さに根負けして受け取った。

 

「中身なに?」

「んー、内緒。帰ってから開けなよ」

彩笑はニコニコとしてそう言ったが、菊地原は言いなりになるのが癪だったためここで開けることにした。

 

それを見た風間と歌川は、

「……これも月守が選んだのか?」

「ですかね……」

半笑いで思わずそう言った。

 

菊地原が開けた小包から出てきたのはヘアゴムであった。風間隊の隊服と同じ色合いのゴムに、小さなコインのパーツがついた、ヘアゴム。

「……」

菊地原は無言でそれと彩笑を交互に見た。

 

「ちなみに、ヘアゴムにしようって提案したのは咲耶で、デザイン選んだのはボクだよ。キクリン髪長いし、いざって時に使うでしょ?」

彩笑がニコニコしてそう答えたところで菊地原が、

「ありがた迷惑って言葉知ってる?」

少々むくれつつも、まんざらでもないような声でそう言った。

 

*** *** ***

 

「あ、当真先輩。やっと見つけましたよ」

「ん?」

地木隊のオペレーター、和水真香は冬島隊の作戦室ではなく休憩室で休むNo. 1スナイパー当真勇をようやく見つけた。

 

「おー、和水ちゃんじゃん。久しぶり」

「お久しぶりです。遠征お疲れさまってことで、これどうぞ」

真香は控えめに微笑みつつ、綺麗に包装された箱を差し出した。

 

「これ何?」

当真は受け取りつつ尋ね、真香は答えた。

「バナナ味のお菓子詰め合わせです。当真先輩、バナナ好きでしたよね?」

「そうそう。サンキューな」

断る理由もなく当真は受け取り、さっそく包みを開けてお菓子を1つ食べた。

 

真香はなんとなく当真の隣に座り、問いかけた。

「遠征、どうでした?」

「んー、まあまあ面白かったな。最後は冬島隊長酔っちまってさー、今は真木ちゃんが医務室で休ませてるぜ」

「ああ、だから作戦室に誰もいなかったんですね」

真香はサラリと言ったが、当真は1つ疑問を覚えた。

 

(作戦室、鍵閉めたはずなんだけどな…)

しかし、

(まあ閉め忘れることもあるだろうし、多分閉め忘れたんだな)

と、当真は納得してその疑問を忘れることにした。

 

しばし沈黙が訪れ、話題も無くなったので当真は思いついた事を口にした。

「和水ちゃんさ、現場に戻んねーの?」

 

真香はしばし考えた後、

「……戦闘員って、ことですか?」

確認するように言い、当真は頷いてから答えた。

「そうそう。オレ未だにその、和水ちゃんがオペレーターの制服着てることに慣れねーんだよ」

「そうですか?」

 

当真が言うように、真香は元々戦闘員志望でボーダーに入隊した。実際正隊員にもなり防衛任務にも出たが、ある日突然戦闘員どころかボーダーまで辞めると言いだしたのだ。

 

真香は当真にそう言われ当時の事を思い出し、小さく笑った。

「懐かしいですねぇ。何回か当真先輩達と任務に出たんですけど、覚えてますか?」

「ああ、よーっく覚えてるぜ?オレの獲物をことごとく掻っ攫っていったんだからな」

「そうでしたっけ?」

真香は面白そうに笑った。それに合わせて、ポニーテールに結わえられた真香の黒髪が揺れた。

 

「安心してください、当真先輩」

笑いが収まったところで、真香は「ふう」と一息ついてから口を開いた。

「当真先輩は実戦ばっかりで訓練サボったりしてるので知らないと思いますけど、私、最近ようやく訓練に復帰できる程度にはなったので、ちょくちょく訓練には顔出してるんですよ」

「あ、そーなん?」

「はい。まあ、隊員としての登録はオペレーターなので成績とかランクには反映されませんけど……。そのうちまた、皆さんと一緒に戦場に立つかもしれませんよ?」

 

それを聞いた当真は、心なしか嬉しそうに、

「……そうか。いつかそういう日が来るの待ってるぜ」

そう、言った。

 

*** *** ***

 

日がどっぷりと暮れた後、太刀川隊、冬島隊、風間隊、三輪隊、そして地木隊が本部入り口に集合した。

「おっし、んじゃあ確認だ」

船酔いでダウンした冬島隊長を除き、メンバーが揃ったところで、今回の作戦を指揮する太刀川が口を開いた。

 

「目標は玉狛にいるブラックトリガー持ちのネイバー。そいつからブラックトリガーを奪取するのが今回の任務だ」

その言葉にこの場にいる全員が頷いた。

 

「敵の戦闘能力はだいぶ高い。フルメンバーじゃなかったとはいえ、三輪隊に地木隊を退けるレベル。油断は禁物だ…」

太刀川は意図的にそこで区切り、それから言葉を続けた。

 

「だが、はっきり言って今のメンツなら問題ない…。むしろ、少し戦力が過剰なくらいかもしれん。サクッと終わらせようや」

自信に満ちた、仲間を信頼した太刀川の言葉に、メンバーの空気がキュッと引き締まった。

 

「行くぞ」

太刀川のかけ声1つで、全員が同時にバックワームを起動し、動き出した。

 

行き先はもちろん、玉狛支部だ。

 

 

 

 

 

それぞれの思惑を胸に秘め、夜の警戒区域を疾走する。

 

戦闘の幕が開けるまで、あとわずか。




後書きです。

前話に続き、今回もまったり回でした。
地木隊と遠征部隊がわちゃわちゃする話です。

争奪戦開始を予想していた皆さん、すみません。
次話から争奪戦、本格スタートです。

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