ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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遅ればせながら、今年初投稿になります。


第56話「信頼」

「地木隊に点を取られるのは、仕方ないと思うんだ」

 

試合前日のミーティングにて、鈴鳴第一の隊長である来馬辰也はメンバーを前にしてそう言った。

「来馬先輩!弱気になっちゃダメですよ!」

その発言を受けてチームのマスコット的存在の別役太一は来馬を励ますように言ったが、

「別に弱気になってるわけじゃないよ」

来馬はいつもと変わらない、仏のような穏やかさで太一をなだめた後、言葉を続けた。

 

「えっと、前の試合を見ても分かると思うけど、地木隊はメンバー同士が噛み合ったときの攻撃力が凄いよね」

 

「そうですね。月守が相手を崩して地木が点を取る……シンプルですけど、攻撃力は条件が揃えばA級と並ぶレベルです」

チームのエースである村上がそう言い、

「ここに天音ちゃんが加わったら、攻撃力だけなら全部隊でも3本の指に入るんじゃないかしら」

オペレーターの今が補足するように発言した。

 

実際、鈴鳴第一が行う地木隊への考察は正しい。昨年の2月から4月にかけてのB級ランク戦にて、地木隊は彩笑と天音の2人をエースに据えた「ダブルエース」と呼ばれた攻撃と連携に特化した布陣を敷き、乱打戦とも言うべき点の取り合いを制してA級入りを果たしている。

 

今回の試合では当時ほどの攻撃力は無いにしても、B級中位レベルの攻撃力を軽く凌駕していることは確実であり、来馬の発言はそれを根拠としたものであった。

「だから……っていうこともあるんだけど、地木隊にある程度点を取られるのは想定しなきゃいけないと思うんだ」

全員が地木隊の攻撃力を認識したところで、来馬は1拍間を空けてから、試合の作戦を口にした。

 

「この試合は、()()()()()()()()()()()()()()

 

と。

 

*** *** ***

 

背後からの銃弾を受けた彩笑は、態勢を崩しながらも咄嗟にサブ側のスコーピオンの形態を変化させ、傷口を急いで覆った。だが元々村上の斬撃で出来た傷を覆っていた分を削ることになり、トリオンの漏出を完全に止めることは出来なかった。

 

(狙撃っ!?あれっ!?でも……っ!?)

 

いきなりの事態に彩笑は慌てて状況を飲み込もうとするが、眼前に村上がいる状態でそんな悠長な余裕は無かった。今の狙撃によって彩笑が応急処置を取った一瞬で村上は態勢を立て直し、剣戟へと持ち込もうとした。

 

彩笑はそれに反応するが、態勢を崩している状況では回避が間に合わない。

 

(やばっ……)

 

斬撃を食らうのが確実だと彩笑が認識した瞬間、首根っこを掴まれ背後に引かれ、斬撃をスレスレで回避した。

 

「咲耶っ!?」

 

当然ながら彩笑を助けたのは月守だった。彩笑が被弾したのとほぼ同時に駆け出し、間一髪でヘルプが間に合ったのだ。

 

「まだ来るぞっ!」

月守は叫ぶのと同時に2人の視界に一筋の閃光が走った。それは紛れもなく狙撃用トリガー「イーグレット」によるものであり、そして当然のようにイーグレットの弾丸は月守を穿つべく飛んできた。

 

(シールドっ!)

 

相方との連携で培われた反応速度によって月守は狙撃に対して後出しでシールドを展開した。だが、

 

パリンッ!

 

ガラスが砕けるような音と共にシールドはあっけなく割れ、月守の右腕を銃弾が吹き飛ばした。

 

(しまった……!つい、いつもの感じでシールド張った!)

 

自身の悪手を後悔しつつ、月守はすぐに思考を切り替えて指示を出した。

「『彩笑は走れっ!真香ちゃんは逆探っ!』」

 

普段穏やかな彼からは掛け離れた、真剣そのものな声で出された指示を聞き、

「任せてっ!」

彩笑は躊躇いなく答えて駆け出した。

 

『……っ、逆探知にかかりますっ!』

少し間を空けて真香も月守からの指示を受け、それを実行する。

 

 

走り出した彩笑を逃すまいと、村上は瞬時に反応して弧月を持った左手を動かそうとしたが、

 

「させません」

 

月守は宙空に舞っていたアサルトライフルを左手で掴み、淀みない動きで引き金を引いた。銃口が敵の方向を向いていなくとも、セットされているのは弾道を自在に設定できるバイパーであるため、放たれた弾丸は急角度で曲がり村上へと襲いかかる。

 

「くっ…っ!」

 

一手を争う攻防ゆえに村上はここまで見せていた完璧とも言える守りを発揮するには至らず、回避とシールドを混ぜつつも数発被弾した。

 

村上のダメージを確認した月守は、本来の間合いであるミドルレンジで戦うために距離を取った。同時に村上も月守からの射撃から逃れるために間合いを開け、両者には十分過ぎる距離が開いた。

 

少しばかりの余裕が出来た月守は一呼吸取り、村上以外にも意識を広げた。

(来馬先輩はダメージが大きいし、もうじき何もできずにベイルアウトだろうから、とりあえずこっちに1点追加だな。となると、得点は俺たちが2点、鈴鳴0点で他が1ずつ。……けど、狙撃された彩笑の傷はでかいし……鈴鳴に1点持ってかれたか)

 

川を背にした月守は村上と、その背後に守られるように陣取る来馬が彩笑を追わないように警戒しつつ、狙撃についての思考を巡らせた。

 

(今の狙撃……()()()()だったな。日浦ちゃんはベイルアウトしてんだから撃ったのは太一だよな。でも、あいつの普段の位置取りの癖とか地形条件とかを考慮して立てた俺と真香ちゃんの予想だと、あいつがいるのは西側のはず……)

 

片腕を失った月守は無意識のうちに左手に持ったアサルトライフルを手放し、本来の戦いであるシュータースタイルへと移行して、村上への牽制も兼ねてメテオラのトリオンキューブを展開した。

 

(中央で俺たちはドンパチしてたわけだし、その間に西側にいた太一がここを掻い潜って東側に移動した…、のは違うな。わざわざ危ない橋を渡る必要が無いし、それをさせるために鈴鳴が特別奇妙な立ち回りとかもした様子も無い。ってことは……)

 

そしてその結論に辿り着いた月守は、悔しさと苛立ちが混った舌打ちをして、

 

()()()()()()()()()()()()()()()。太一はおそらく序盤から東側に身を潜めて、ずっと狙撃の機会を待ってた。なまじ、那須隊のスナイパー位置予測と立ち回りがビンゴだったから、鈴鳴も那須隊と同じだと俺は勝手に決めつけてたんだな……)

 

と、予測能力の高さに溺れていた、自身の怠慢を呪った。

 

*** *** ***

 

鈴鳴第一が試合前に立てた作戦とは、いわゆる『肉を切らせて骨を断つ』である。

 

来馬が地木隊についてのログを見て気付いたことは攻撃力の高さだけではなかった。今季の第1戦がそうであったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。彼らが狙撃手を警戒する理由は様々あるのだが、兎にも角にも地木隊が狙撃手を警戒しているということを看破した来馬は、そこから作戦を立てた。

 

「今回の試合、太一にはとにかく隠れてて欲しい」

 

「か、隠れるんですか……?いつもみたいに撃たなくてもいいんですか?」

直々に指示を出された太一は軽く驚き、来馬にその指示の意図を訪ねた。

「うん。でも全く撃たなくてもいいってわけじゃないんだ。当真くんみたいに外さない確信が持てるまで、隠れててほしい」

 

「確信が持てるまで隠れて、一撃を確実に決めるってことっすね。了解しました!」

太一が来馬からの指示を受けたところで、オペレーターの今が質問を挟んだ。

「でも、地木隊には元スナイパーの真香ちゃんがいるから、太一が隠れてても前の試合みたいに見つかっちゃいませんか?」

 

指摘を受けた来馬は少し自信が無さそうにしながらも、

「それはぼくも考えたんだけど……前の試合で地木隊があれだけ正確にスナイパーの位置を割り出せたのは、ステージ決定権があったからだと思うんだ。でも今回のステージ決定権は那須隊にあって、どんなステージになるかわからない。だから、前の試合ほど正確な予測は出来ないと思ったんだけど…。どうかな?」

と、事前に立てた予想を話した。

 

「オレもそうだと思います」

自信の無さそうな来馬をフォローする形で、村上が口を開いた。

「来馬先輩の言うように前回の試合で見せた位置予測は、出来過ぎなくらいの精度でした。今回の試合も太一の位置が予測されると思いますけど、それは『他の隊に比べて少し精度が良い』くらいの認識でいいと思いますよ」

 

「そう言われるとそうね」

村上のフォローを聞いた今は納得したように頷いた。

 

全員が納得したところで、

「位置予測がある事を意識して立ち回りや位置取りを普段と少し変えれば、すぐには見つからないと思うから、太一は試合本番その事に気を付けてくれれば良いよ」

来馬は付け加えるようにそう言い、作戦の説明を続けた。

 

「試合本番は太一の狙撃が鍵を握ることになると思うけど、問題はそれを確実に使える場面が回ってくるかどうかなんだ。その場面が回ってこないとこの作戦を立てた意味がないからね」

来馬が言うようにこの作戦は狙撃が確実に使える場面が回ってこなければ、スナイパーの攻撃力を落とすというデメリットを抱えている。ゆえに作戦を成立させるには、狙撃を確実に使える場面を回すための策が必要になる。そして当然、発案者である来馬はそこまできちんと考えていた。

「狙撃を確実に使うための場面をどうやって回すか考えたんだけど……みんな、ぼくがさっき言ったこと、覚えてるかな?」

 

「地木隊に点を取られるのは仕方ない……ですよね?」

 

「うん。だから……」

来馬は少し間を溜めてから、

「ぼくが囮になって地木隊に点を与えたところを、太一に狙撃してほしい」

そう答えた。

 

その作戦を聞くとメンバーは一様に驚いた表情を見せ、太一と村上が慌てて口を開いた。

「く、来馬先輩!そこまでしなくても、おれちゃんと狙撃してみせます!」

 

「そうです。それに地木隊の攻撃力がどれだけ高くても、オレが防げば問題は無いです」

2人の言葉は違えども、内容は来馬の囮作戦を拒否するものであった。

 

鈴鳴第一は隊長の来馬辰也を中心とした強い結束力を持つ部隊である。戦闘中に隊長の来馬が窮地に陥れば真っ先に助けに向かうほどの隊長思いなメンバーばかりであるがゆえに、来馬の提案をすぐには受け入れることはできなかったのだ。

 

そして2人の反対を受け、仏の心を持つと言っても過言では無い来馬の良心が迷いを見せる。

「……確かに、2人の言う通りかもしれないね」

 

 

 

先の大規模侵攻にて、鈴鳴第一は二級戦功を得た。来馬はB級合同部隊という括りのもとで東の指揮下にて戦い抜いた。それ自体は何ら恥じるものではなく、それで戦功を得ることに関しては全く問題は無い。しかし大規模侵攻の最中に人型ネイバー「ランバネイン」と対峙した際、来馬は戦闘らしい戦闘が全く出来なかった。圧倒的とも言うべきランバネインの火力を前にして、太一や茶野隊、荒船隊の穂苅や半崎がベイルアウトしていくのをなす術なく見届け、その後の戦闘では合流したA級隊員の出水、緑川、米屋をサポートする形で参戦していた。

 

そしてそれに続く先日のB級ランク戦ラウンド1で、絶対的エースとも呼べる村上を擁しながらも、鈴鳴第一は諏訪隊に敗北している。諏訪隊は近距離と中距離の中間ほどの間合いから放つショットガンでの射撃に徹し、村上の間合いに入らない形で鈴鳴第一を撃破していた。村上のみに照準を合わせたと言ってもいいこの作戦は、裏を返せば「村上さえ押さえれば勝てる」と諏訪隊が判断していたことにつながる。

 

この2つの戦闘を経て、来馬の中に奮起にも似た感情が現れた。もちろん来馬とて、戦闘員に色々なタイプがいるのは重々承知しており、自分が村上のような点を取れるエースになれるなど自惚れてはいない。しかし、「ぼくはこのままでいいのだろうか……」という気持ちが芽生え、「なにか変わらないといけない」という思いが湧き出ているのは事実である。

 

 

 

何かを変えるきっかけになればと思い、今回は普段ならば取らない囮作戦を来馬は提案したのだ。

「……やっぱり、ダメかな?」

しかし反対された来馬は、気弱にそう答えた。

 

そこで1度会話が途切れ作戦室に沈黙が漂ったが、

「私はそれでもいいと思いますよ」

オペレーターの今がその沈黙を破った。

 

「今ちゃん……?」

 

「いや、私も基本的には来馬先輩が囮になるのは反対なんですけど……」

今はそう前置きをしてから意見を続けた。

「でも、それくらい思い切った作戦を取らないと地木隊を崩すのは厳しいですし。それに何より、普段安全第一に考える来馬先輩が囮作戦を提案するってことは、きっと何か特別な理由があるんですよね?」

はっきりとした確信があるわけでは無いが、いつもとどこか違う来馬を見て今はそう感じていた。

 

後押しするような今の意見を聞き、最初は反対であった2人も意見を改める。

「……分かりました。でも、来馬先輩をベイルアウトさせる気はありません。オレが完封する気で守ります」

 

「おれだって来馬先輩を犠牲にする気はさらさらないっすよ!しっかり当ててみせますから!」

 

「みんな……ありがとう」

いつもの自分ならまず提案しないような作戦だが、それを了承してくれたメンバーを前にして、来馬は目頭が熱くなった。

 

彼らへの感謝の思いを胸に来馬は、

「次の試合、絶対勝つよ」

自信に満ちた声で、そう言った。

 

*** *** ***

 

結果、来馬の作戦は見事に成功した。

予想通り止められなかった地木隊の得点にて生まれた隙を、試合終盤まで温存した太一の狙撃は逃さずに捉えた。彩笑は戦闘体活動限界間際まで追いやられるダメージを受け、月守はガンナーとしては生命線である腕を1つ失った。仕留める、という最良の結果までは届かずとも、十分に成功と言える戦果である。

 

彩笑の斬撃により漏れ出るトリオンが視界に映りながらも、来馬は心の中で作戦成功を喜んだ。

(よし、これなら行ける。ぼくはもう限界だし、太一には地木さんが向かってるからもうダメだと思うけど、鋼にはまだダメージらしいダメージは入ってない)

勝ちが見えた来馬は残りの力を振り絞り、試合の行く末を託すべく村上へと声をかけた。

 

「鋼、あとは……」

 

任せたよ、と、来馬は言葉を続けるつもりだった。

 

その一言を来馬が言おうとしたその瞬間、

 

「……っ!メテオラっ!」

 

様子見の構えを取っていた月守が、事前に展開していたキューブで慌てて攻撃を仕掛けたからだ。攻撃に移行するまでの手際こそ速いものの、いつでも攻撃が来てもいいように構えていた村上はシールドを展開して月守の攻撃を防いだ。

 

しっかりとメテオラを防いだ村上は背後にいる来馬を見て、

「来馬先輩、あとはオレに…」

任せてください、と伝えようとした。だがそんな村上の目に映ったのは、

 

「なっ……」

 

無情にも、背後からバイパーで撃ち抜かれた来馬の姿だった。

 

「来馬先輩っ!」

 

バイパーにやられたと村上が認識すると同時に、

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

来馬のトリオン体が限界を迎えて爆散し、ベイルアウトした。

 

立ち込める爆煙の中でベイルアウトの光跡を思わず目で追った村上だが、追撃を警戒した咄嗟の判断でそこから大きく飛び退いて視界を確保する。メテオラを放った月守を見つけ、警戒心を向けた。

(メテオラを目眩しにした月守のバイパーか?いやそれにしては攻撃がやけに早かったような……)

 

しかしそんな思考をする村上に、オペレーターの今が叫んで警戒を促した。

『鋼くん後ろっ!那須さん来てるっ!』

 

「っ……!」

村上が慌てて振り向くと、そこには両手からトリオンキューブを生成してフルアタックの構えを取った那須の姿があった。

 

(いつの間に……っ!じゃあ、さっきのバイパーは月守じゃなくて那須かっ!)

ほぼ一瞬で村上が現状を把握したところで、

「バイパー!」

那須が攻撃を仕掛けた。村上を取り囲むような弾道のバイパーは那須の代名詞とも言える『鳥籠』にふさわしいものであり、村上は反応が一歩遅れつつもスラスターを使った緊急回避で鳥籠を脱した。

 

回避に成功した村上は、すぐに構えて態勢を立て直す。アタッカーの村上は攻撃のためには大きく踏み込まねばブレードが届かず、また、シューターの2人にしても決定打を与えるには距離が開きすぎている遠めの間合いで、3人は相手の出方を伺う。

 

川を背にした村上と大きな民家を背にしている那須をそれぞれ見て、月守は顔をしかめた。

(限りなく最悪な状況だな……。俺は右手飛ばされてトリオンかなり失ったし火力も落ちたから、2人倒すにはキツイ……。しかも那須隊に来馬先輩のポイント取られたから、点数的にも不利。彩笑もほとんど限界……考えれば考えるほど最悪な状況だ)

 

なんとか状況を打開すべく月守は思考を続けるが、良い手は中々浮かばない。頭の中で目まぐるしい速さで展開される思考の中、一瞬思考が脇道に逸れ、

(そっちもキツイだろうけど……任せた。1点、取ってくれ)

小柄な身体に大きなダメージを負いながらも駆けて行った隊長へと、エールを送った。

 

*** *** ***

 

ボーダー正隊員はポジション毎に存在する界隈によって、住み分けのようなものができている。

各界隈にはあらゆる噂が流れており、

「あの隊員のサイドエフェクトは厄介だ」

「あの隊員が急成長している」

「あの隊員が留年の危機を迎えている」

「あの隊員が新しいトリガーに手を出した」

「あの隊員が酔っ払ってポストと戦った」

と言った具合に、隊員間での口コミネットワークになっている。

 

そしてスナイパー界隈に流れる噂の中に、

「地木彩笑の狙撃は難しい」

というものがある。

 

正隊員屈指の高い機動力と反応速度、そしてある種の野生とも言うべき勘の良さを併せ持つ彩笑を狙撃するのは難しい。その噂を聞いたスナイパー以外のほとんどの隊員はそう()()する。確かにそれだけでも当てるのは難しいのだが、スナイパー上位ランカーともなれば変態的高技術を誇るため全く仕留められないということは無く、上位ランカーでなくとも当てるだけなら十分可能である。

 

ならばなぜ、彩笑の狙撃は難しいのか。

 

その理由を鈴鳴第一のスナイパー別役太一が今、骨身に染みるように体感し、

 

「怖ええええええええええええっ!」

 

そして絶叫しながら脇目も振らずに逃げていた。

 

今の太一は狙撃と真香の逆探知によって隠れていた居場所が割れ、追撃をかけてきた彩笑から逃げている状況である。追撃をかけられた直後こそライトニングで反撃に出た太一だったが、

 

「1点ちょーだい!!」

 

凄絶な笑みを浮かべながら彩笑はライトニングの弾丸の全てを見切って躱し、とんでもない速度で距離を詰めていた。

 

彩笑への狙撃の難易度が高いと言われる理由は、この追撃である。

 

一撃で決めることがベストである狙撃だが、彩笑は持ち前のスピードや勘、反応速度が相まって、物理的にも精神的にも死角になっている局面でない限り回避に転じ、致命傷を避けることができる。そして狙撃によって居場所が割れたスナイパーに対して、彩笑は追撃をかける。

 

狙撃によって腕が飛ぼうが御構い無し。足が吹き飛ばされ、胴体に風穴が開こうと、スコーピオンで補い駆ける。スナイパーが反撃に移ろうとも、居場所が割れた位置からの狙撃ならば彩笑はその尽くを躱してみせ、執念すら滾らせて彩笑はスナイパーの下へと駆けるのだ。

 

狙撃後のスナイパー追撃成功率において彩笑は全隊員中トップの数値を誇り、彩笑を一撃で仕留められなかったスナイパーはほぼ詰んだに等しいと言われている。そんな彩笑の事をスナイパーは恐れ、スナイパー界隈では、

 

『追撃の小人』

 

という異名を轟かせている。なお、彩笑はその異名を嫌っており(大概付けられる異名を彩笑は嫌うのだが、その中でもトップクラスで嫌いな異名である)、そのことがスナイパーの追撃に一層の執念をかけていることはあまり知られていない。

 

兎にも角にも、追撃の小人こと彩笑は全速力で太一との距離を詰め、あっという間に60メートル圏内に入り込んだ。ランク戦において対戦相手との60メートル以内だとベイルアウトが不可能になるため、この時点で彩笑と太一の一騎打ちとなった。

 

しかし一部の例外を除き、ほとんどのスナイパーは近・中距離での戦闘を想定したトリガーをセットしていない。そして太一はその『一部の例外』ではなく『ほとんどのスナイパー』であるため、ブレードやハンドガンなどを持ち合わせていない。ゆえに、

 

「あはっ!太一見っけっ!」

 

可愛らしいにも関わらず何故か恐怖感を煽る笑顔で迫る彩笑に対する対抗策は、無かった。

 

「ぎゃーーっ!?」

 

太一は無我夢中で、ライトニングの銃口を彩笑に向けて引き金を引いた。スコープは覗いてはいないものの、すでに2人の距離は20メートルを切っており、運が良ければ当てられる間合いだった。そして今回は太一に取って運良く銃弾は放たれ、彩笑に向かって一直線に飛んでいった。

 

至近距離で放たれたスナイパーライフル最速であるライトニングの弾丸は彩笑の左腕を撃ち抜くが、

「いっったいなあ!もう!」

もはや獲物を狩ることしか考えていない彩笑は止まらず、残った右手にスコーピオンを構えた。

 

彩笑がとどめを刺すべくスコーピオンを構えた瞬間のことを、別役太一は今後2度と忘れない。限りなく「死」に近く似通ったこの瞬間を脳だけに留まらず細胞全てが記憶したところで、目で追うことすら叶わない速さで振るわれたスコーピオンが太一の首を胴体から切り離した。ベイルアウトすることが確定した倒され方をされた太一はベイルアウトする間際に、

 

「来馬先輩……すみませんっ!」

 

自分に作戦の要を任せてくれた隊長に対する謝罪の言葉を、申し訳なさが込もった声で口にした。

 

トリオン体が爆散して描かれるベイルアウトの光跡を目で追った彩笑は、先ほどまでのハイテンションが嘘かと思えるほど力無く、その場に膝をついた。しかし、それは当然のことであった。彩笑の視界に表示される残存トリオン量は「0」の値を示しており、正真正銘ガス欠である。

 

(あーもう、トリオンゼロ……スッカスカー……)

 

そんなことを思う彩笑のトリオン体にはすでに無数のヒビ割れが現れており、トリオン体が限界に達していることを示す証だ。

この身体がもってあと数秒だと悟った彩笑は視線を中央エリアへと向け、

 

「あとは任せた。もう、咲耶らしくやっちゃえ」

 

エース級2人を相手にしている相方へと、信頼の言葉を送った。

 

そしてそれを言い切ると同時に、

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

3年ですっかり聞き慣れてしまった、終わりを告げる無機質な音声が鳴り響き、彩笑のトリオン体は砕け散りリタイアしていった。




ここから後書きです。

最近、気まぐれかつ直感で購入した本が3連続くらいで『一見するとバッドエンドだけど、よくよく考えるとハッピーエンドだよ』的な恋愛モノで、幸せだけど泣きたくなるような気持ちになってた、うたた寝犬です。

ようやく時間に余裕ができたので、ご指摘されていた誤字脱字の類の修正に入れます。


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