ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第57話「不完全燃焼」

飛び交う無数のバイパーと、それを捌く弧月とレイガスト。

那須玲、村上鋼、そして月守咲耶。この3人が織り成す戦闘は、1つの気も抜けない激戦となっていた。

 

一見すると互角だが、その中でも月守は先の狙撃で腕を吹き飛ばされた影響で戦闘の幅が制限され、旗色の悪い戦いとなっていた。本来の戦闘スタイルを取ることが出来ないというのは大きな枷となり、月守は普段とは違う類いの集中力を要求され、そこから更に戦闘のリズムが崩れる悪循環に陥りかけていた。

 

バイパーのキューブを細かく分割してタイミングや弾道をズラしながら放ち、相手の隙を作るような射撃を月守は試すが、那須はシュータートップクラスの機動力とシールドを併用して防ぎ、村上も危なげなくシールドモードのレイガストで受けることで対処していた。

 

月守がボーダーに入隊してから、3年。その3年間で身につけた攻撃パターンを出し惜しみすることなく駆使しているものの、その攻撃は敵の守りを崩すには至らない。そんな現状に対して月守は冷や汗をかきながらも、思考を始める。

 

(やっぱ、片手シューターじゃフルアタックとか合成弾使えないし、火力勝負にはいけないな……)

 

那須を確実に視界に収める位置と、村上が一足で攻め込むには遠い位置という2つの条件を常に満たしたまま戦闘を続けながら、月守の思考は続く。

 

(今の俺単体で2人倒すのは多分無理。なら、どっちかにもう片方を()()()()か……)

 

シナリオの方向性を決めた月守は現状整理から始めて、この先にあり得る可能性を模索する。

 

(得点は、ウチと那須隊が2点、鈴鳴と漆間隊が1点……。動く点は撃破の2点と生存の2点、計4点。なら取らせるのは鈴鳴だ。どっちも倒しにくいし倒せる自信もイマイチないけど…、残るとしたら村上先輩の方がまだ倒しやすい。乱戦に持ち込んでダメージ入れば、勝機はまだある。上手く誘導できるかが不安要素だけど、多分それがベスト。得点的にも4点2点2点1点になって、点差も作れるし)

 

現在の手札で実現可能な範囲で最高のシナリオを組み上げた月守は、それを実行すべく左手からトリオンキューブを生成した。

 

そして、

(……まあ、上手くできたら儲けもの、くらいだけど……。ミスった内容次第じゃ()()()が厳しくなるし、引き際の見極めだけは慎重になろう……)

しっかりと保険も用意したところでキューブを放った。

 

変幻自在な弾道でバイパーは村上と那須へと襲いかかるが、2人とも回避技術やシールドを使い、あっさりとバイパーを防ぐ。防がれるのは予測済みだった月守は動揺することなく、次の行動に移る。

 

(グラスホッパー)

 

足元に展開したグラスホッパーを踏んで月守は大きく移動し、今までと位置取りを変える。さっきまでとは違い那須との距離を詰め、シューターにしては愚策と言える近距離戦へと持ち込んだ。

 

(……やるか)

 

張り詰めた緊張感に飲まれぬよう気を引き締め、月守は慎重に戦況のコントロールにかかった。

 

*** *** ***

 

『さあB級ランク戦R2昼の部もいよいよ終盤!各隊が勝利を目指し、激しい乱戦となりました!』

漆間、茜の両隊員のベイルアウトから一気に得点が動き出したこともあり、試合観戦会場のボルテージは上がっていた。宇佐美はそれに拍車をかけるような声の調子で実況をするが、その一方で解説役の2人はとても落ち着いていた。

 

『さて……点数的にはどこが勝ってもおかしくない状態だけど、二宮くんとしてはどのチームが勝つと思う?』

不知火が予想を尋ね、二宮は迷うことなく答える。

『鈴鳴第一だ。普通のシューターはソロで点を取るのは厳しい。なら、単騎で得点力があるアタッカーかつ上位ランカーの村上に軍配が上がる』

 

『そうだねぇ……当然ながらシューター2人はそのことを承知していると思うけど、一時的に共闘して村上君を撃破する可能性はあるかな?』

 

『ほぼ無い。共闘をしたあとは残る2人での戦闘になるが、そうなると相性と戦闘体の状態で劣る月守が露骨に不利だ。那須に村上の分も合わせて2点取られた上に生存点も持って行かれる可能性があるこの場合、月守は絶対に那須と共闘はしない。ある程度組む側の実力や戦績が拮抗している、もしくは利害が一致していない限りは共闘にはならない』

 

『おー、さすが。東の指導のおかげで、ちゃんと考えてるじゃないか』

褒めるように言う不知火に対して二宮は少しムッとしつつ、質問を返した。

『貴女も同じ予想か?』

 

『まあね。鈴鳴第一がなんだかんだで勝ちに一番近いかな』

鈴鳴第一が優勢という見解が一致している2人に対して、宇佐美は見解を掘り下げるような質問を投げ込んだ。

 

『お二人共鈴鳴第一が優勢との事ですが、残る2チームについてはどう思いますか?』

 

その問いかけに対して2人はわずかに思案して考えをまとめた。年長者への敬意として二宮は不知火に対して「先にどうぞ」と目線で示し、不知火は「ではお言葉に甘えて」と言いたげに視線を返した後、残る2チームについての予想を口にした。

『もし鈴鳴第一が勝ちを逃すようなことがあるとすれば、その逃した勝ちを掴み取れるのは那須隊かな。ミドルレンジの戦闘に持ち込めれば、村上くんはもとより月守に対しても優位に立てるし』

 

『なるほど……月守隊員は片腕を失っているのでダブルスタイルの本領である多彩な攻撃性を発揮できませんし、那須隊長が確かに優勢ですね』

 

『んー、多彩と言ってもトリガーの8分の3がバイパーなんだけどね』

やんわりとした笑みで不知火がそう言ったところで、

『月守は攻撃の多彩さが理由でダブルスタイルを使ってるわけじゃないがな』

そこに割り込む形で二宮が口を挟んだ。

 

『おや、二宮くんも理由を知ってたのかい?』

少し意外そうな表情で不知火は問いかけ、二宮は相も変わらぬ涼しげな表情のまま答える。

『前に本人から直接聞いた。地木と連携をする上で速度を追求していった結果、シューターでは越えられない速度の壁にぶつかった。それを越えるために、ガンナーのノウハウを取り込んだのだろう』

 

『正解。撃つたびにいちいち弾丸の設定を施すシューターより、あらかじめ決められた性質の弾丸を引き金を引くだけで放てるガンナーの方が、素早く攻撃に移れるからね』

不知火はそう言った後、「ま、月守に限ってその差は微々たるものなんだけどね」と呟くように付け加えた。

 

 

 

 

2人が言うように、月守咲耶が射手と銃手の両方を併せ持つ「ダブルスタイル」を扱う理由は、攻撃速度を補うためである。月守の攻撃速度(キューブを生成してから射撃までの速度)は、本来なら十分すぎるほど速く、シューターの中でなら1、2番を争うほどの速さである。

だがその速さはあくまでシューターとして考えたものであり、月守の相方であるボーダー最速クラスのアタッカーである彩笑からすれば、それでもまだ遅い。普段2人が連携を取る際はその速度差を、互いのクセや雰囲気から次の手を予想し合って補っているが、とっさの場面や態勢が整っていない時、単純に距離が開きすぎている時など、どうしても間に合わない局面が存在する。

月守は初めの頃こそキューブの取り扱いを向上させて攻撃速度を簡略していったが、

 

キューブ生成→性質調節(+分割)→射撃

 

このプロセスを削るのには限界があり、シューターとしての速度の壁にぶつかった。余分なものを限りなく削ぎ落とし洗練した上でぶつかった壁だったが、それでも月守の速度は彩笑の最速に届かなかった。

そして自身の、シューターとしての1つの限界に行き着いた月守が悩みと試行錯誤の末に辿り着いたのがガンナーとしての道であり、そこからさらに()()()としての最適を求めた結果がダブルスタイルだった。

実際、彩笑から見ても月守が扱うダブルスタイルはサポート面だけならば文句は無い。瞬間的な火力に欠けるものの、それを補って余りある精度と速度でフォローとなる弾丸が欲しい時に来るので、ある種の理想形ですらある。

しかし理想の形というのは、あくまで()()()()()として見た時のみ。サポート特化のスタイルであるため()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ダブルスタイルでの月守自身の戦闘能力はそのトリガー構成にもある程度左右されるものの、エース級の隊員と比べるとどうしても見劣りする。

もちろん実力だけで勝負は決まらないが、今月守が相手にしているのはアタッカートップクラスの実力を誇る村上鋼と、スタイル的に相性が限りなく悪い那須玲であり、勝機は限りなく薄い。

 

 

 

 

当然、二宮も不知火もその欠点を知っている。そのため2人は月守の勝機はほぼゼロだと思っている。だが、だからこそ、

(この手の……明らかに決まった状況から抜け出すのがあいつの真骨頂なんだがな)

と、二宮はそれでもまだ隠し玉のようなものがあるのではないのかと疑う。

 

不知火も形は違えども二宮と同じく、この状況に疑問を抱く。

(さぁて、咲耶。まさかこのまま、ただ負けるなんてことは無いんだろう?)

そして抱える疑問と同じか、それ以上に期待が孕んだ目で試合を観る。

 

そんな中、モニターに映し出される試合が大きく動いた。

 

*** *** ***

 

やり辛いと、戦闘中の那須は思った。

 

当たり前だが、シューターが得意とする間合いは弾丸の設定を施せるだけの余裕がある距離であり、なおかつ対象から離れすぎてない距離、つまりは中距離である。そのためシューターは、動き回ったり地形を利用したり、仲間との連携を駆使してその間合いを確保し続けるのが鉄則である。

 

普段の那須ならば、チームメイトであるアタッカーの熊谷がいわゆる「盾」役となって間合いを保っていられるが、その熊谷はベイルアウトしているため普段のように間合いを取ることが困難になっていた。

 

盾役がいない那須めがけて、村上は踏み込み弧月を振るう。シューターの間合いではない近距離戦だが、トリオン体の操作が上手い隊員からすれば躱せないものではなく、那須は村上の斬撃を躱して牽制代わりに素早くアステロイドを放ち間合いを空けるため後方へと跳んだ。

 

だが十分な間合いを空けるより早く、

「バイパー」

淡々とした呟きと共に放たれた月守のバイパーが那須の行動を阻んだ。

 

「くっ……」

思うように行動できないことを苦々しく思いつつ那須はシールドを展開してバイパーを防いだが、その間に村上が再度間合いを詰めて近距離戦を仕掛けにかかる。

 

那須がやり辛いと感じているのは、シューターが2人いるにも関わらず繰り広げられている、この近距離戦である。

 

ただでさえシューターは攻撃に手間取る上に、那須の主力は弾道まで設定しなければならないバイパーであるため、近距離戦になるとその真価を十分に発揮することが出来ない。

 

だがその悪条件は同じポジション同じトリガーを主力にしている月守にも適用され、()()()()()諸刃の剣である。それにも関わらず月守が近距離戦を仕掛けた理由は、この悪条件が自分にはそれほど適用されないからである。

 

 

 

 

月守は訓練生時代、対戦数をカウントするのが馬鹿らしく思えるほどに何度も彩笑と戦闘を積み重ねた。

本来訓練生のアタッカーとシューターが戦闘をすればシューター側はシールドが無いのをいい事に弾幕を張ってアタッカーを寄せ付けないという戦法を取りがちになるが、当時訓練生で中学生の月守は、

『正隊員に上がってから使えなくなる戦法なんだから、経験を積む機会を自分から潰す愚行』

という考えのもと、アタッカーに対して弾幕を張ることを一切しなかった。

そのため月守が彩笑と行った戦闘は全て近距離高速戦闘であり、それに適応していった結果として月守はアタッカーの間合いで戦う術を身につけた。

 

 

 

 

 

今展開されている近距離戦は月守は苦手では無い。近距離戦を本職にする隊員には劣るものの、十分実用レベルの技能は持ち合わせている。

 

そして当然ながら近距離戦はアタッカーの領分であり、本来中距離からの弾丸を掻い潜って接近せねばならない立場にある村上にとってはその手間が省けるため、願っても無い状況である。

村上とて自分にとって有利すぎるこの状況に疑問を抱かないわけではなく、当然何かあるのではないかと警戒はしている。しかし村上にとって真に最悪なのは、射手二人に結託され接近すら出来なくなる状況である。違和感があれども自身に有利な近距離戦と、手の打ちようがなくなる中距離戦の2つを秤にかけ、村上は近距離戦を選択した。

 

接近戦を仕掛けることにより那須の長所を封じ、なおかつ村上の行動を誘導した月守は機動力と射撃で戦況を制御しつつ、思案する。

 

(これで那須先輩の戦力は抑えたし、村上先輩もこっちの思惑に乗せることが出来た。間合いをこれ以上空けないように注意すれば那須先輩は倒せるとして、残る問題は村上先輩。片手使わずに勝てるほど甘くないし、ましてや相手は手足揃った万全状態。……この先、那須先輩がいる内に村上先輩にダメージ入れなきゃ、俺は勝てない)

 

戦況をコントロールして拮抗させているのは月守だが、それが出来ているのは村上や那須がまだ月守の思惑通りに動いているからだ。この二人のどちらかが現状に痺れを切らして一か八かの手に出ればその瞬間、月守はこの乱戦のコントロール権を失う。

 

月守は左手から生成したトリオンキューブを48分割し、それぞれを那須と村上に向けて放った。真っ直ぐ向かうと見せかけて途中で曲がり、相手を囲むように設定されたバイパーだったが、二人はそれを予想していたらしく的確なシールドで防いだ。しかしこれは防がれるのが織り込み済みの、二人の行動を抑えるための牽制であるため、月守は動揺せずに思考を続ける。

 

(このまま戦況を維持し続けるつもりは、毛頭ない。けど、今の俺には火力や手数やらでこの二人を崩して戦況を動かすだけのことはできない。……この戦況を俺がコントロールしてる間に崩すには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな)

 

崩すためにに自らが崩れる。コントロールするためにコントロールを手放す。矛盾めいた考えだが、勝利を目指すならそれしか道が無いと月守は判断した。

 

やる事を決めた月守は通信回線を繋いで、小声で真香へとオーダーを出した。

「『真香ちゃん、視覚支援の用意を頼んでいいかな?』」

 

『了解です、今すぐにでも発動できますよ』

 

「『ん、ありがと』」

控えめな声で感謝の言葉を口にして、月守は行動に移った。

 

左手のトリガーを切り替えて足元にグラスホッパーを展開し、それを踏んで後方へ移動して二人から少しだけ距離を取った。近距離と中距離の境目のそこで、月守は意図して一度呼吸を取って腹を括り勝負を仕掛けた。

 

(メテオラっ!)

 

サブ側のグラスホッパーをメテオラに切り替えてキューブを生成し、一気に踏み込む。二人の意識と視線が一気に月守へと向き、その瞬間を逃さずに月守はメテオラを分割せずに放った。そのメテオラは那須と村上目掛けてでは無く二人の足元に向けたものであり、ダメージ狙いでは無く爆煙と巻き上げられた粉塵で視界を制限するのが狙いであった。

 

「『視覚支援!』」

 

月守のオーダーに対して真香からの返事は無かったが、返事の代わりに視界に変換が訪れ、視界不良の中でも相手の姿を捉えることができる視覚支援が発動した。

 

メテオラによって視界を奪い勝負をかける。

それはかつて遊真のブラックトリガーを巡った争奪戦にてA級部隊や、先の大規模侵攻にてアフトクラトルの新鋭ヒュースにも有効だった策であり、この試合でも何度か使っている。メテオラによる視界制限は月守にとっては半ばパターン化された戦法であり、その足運びは迷いなく村上へと奇襲を仕掛けるべく動く。

 

月守の動作自体は淀みない。

しかしパターン化され、無意識の内に使ってしまう型であるからこそ、

 

(やっぱりそう来たな、月守)

 

(そうくると思ったわ、月守くん)

 

村上鋼と那須玲は月守のその一手を読み、()()()()()()()()()()待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

月守のメテオラによる視覚遮断攻撃はある種のクセでもある。

会話の中で繋ぎとして「あー」「まあ」「えー」という意味の無い言葉を何度も使ってしまったり、戦闘を開始する前に特定の口上を発っしてしまうような、自覚の無いクセである。

気付かなければスルーされるが、少し意識すれば見逃すことの無い、無意識下のクセ。

 

二人は月守のこの奇襲がこのタイミングでピンポイントで来ることまで予想したわけでは無い。ただし、おそらく使ってくるであろうと軽く警戒はしていた。傾向として月守は勝負の終盤や戦況を動かしたり打開したい場面でこのメテオラを多用することは、事前にログを見たことで看破していたため、二人は素早く対応にかかった。

 

 

 

 

相手が備えている事など知らない月守は、再度メテオラを用意しつつ村上目掛けて間合いを詰めた。そして攻撃のためにキューブを分割しようとした、その瞬間、

 

(……っ!?これはヤバいっ!!)

 

月守は罠にかかったことを、漠然とした感覚で察知した。

 

しかし気付いたものの時すでに遅く、攻撃が守勢かの判断に迷った月守へと村上はカウンターを仕掛ける形で切り込み鋭い斬撃を繰りした。

 

「っ!!」

 

月守はその斬撃を紙一重で躱す。村上の斬撃は彩笑と比べると遅く、鋭さは天音の斬撃に近い。しかし彩笑と天音には無い『重さ』がその斬撃に込められており、連続で空を切る斬撃の音がそれを物語る。

 

(このまま回避続けるのは無理……っ!どっかで詰むっ!)

 

シールドによる防御が脆い月守は体捌きのみの回避を続けるのを困難と判断し、とっさに左手に展開していたメテオラを半ば無意識に放った。

 

しかし至近距離にいる相手に向けてメテオラを、言うなれば爆弾を放てば当然使用者もダメージを受けるのは道理である。

 

「なっ……!」

「しまっ……!」

 

村上は至近距離でメテオラを使われるという意外性に驚き、月守は不用意にメテオラを使ってしまったことに対して、それぞれ声を上げた。だがそんな声も虚しく、メテオラは地形や村上のシールドレイガストに当たり派手に爆発した。

 

爆風により軽く吹き飛ばされたことにより月守は運良く村上と距離を取ることができたが、

 

(不用意過ぎんだろ俺!自分のメテオラで左手飛ばすとか間抜けかよっ!)

 

その代償として月守のトリオン体は左手(具体的には肘から先)を吹き飛ばされていた。自身の悪手を悔やむ月守だが、長々と後悔してる余裕など与えないと言わんばかりに次の攻撃が放たれた。

 

『先輩っ!止まっちゃダメですっ!』

 

真香からの警告と同時に爆煙を切り裂くような那須のバイパーが月守を取り囲んだ。

 

(このタイミングで鳥籠……っ!しかももう捕まる直前っ)

 

那須が放ったであろう全方位型バイパーを見て、月守はすぐに行動に移る。

 

「グラスホッパー!」

 

足下にグラスホッパーを展開するのと並行してメイン側のシールドを展開し、グラスホッパーを踏みつけて後方に跳んだ。

 

本来であれば那須の鳥籠は捕まりかけた時点でシールドでしっかりと受け切るのが正しい対処法だが、シールドが脆い月守はそれが出来ない。そのため多少のダメージは覚悟の上だが鳥籠に完全に捕まる前に脱出するという手段に出た。

 

跳んだ先に待っていた鳥籠に、月守のシールドがぶつかる。フルアタックで練り上げられたであろう鳥籠を受けて月守のシールドにはあっさりとヒビが入り、あっという間に貫いた。

 

「つぅっ……!」

 

シールドを砕き、バイパーは月守のトリオン体を容赦なく穿つ。鳥籠を突破できたものの、数発被弾した上にそのうちの1発が月守の右足を貫いており、誤差の範囲と切り捨てられないだけの量のトリオンと機動力を失った。

 

(……このまま戦闘しても勝てる望みはない。なら……)

 

現状の手札、相手の状態、その全てを秤にかけ、月守は即決で判断を下した。

 

1つ息を吸い、爆煙の向こうにいる村上と那須にも聞こえるように、

 

「バッグワーム、オン」

 

月守はハッキリとそう言った。

 

*** *** ***

 

(バッグワーム?このタイミングで?)

 

(まだ奇襲狙いか?)

月守の声と共にトリオン反応が消えたことにより、那須と村上は月守が本当にバッグワームを使ったことを確信した。そのまま再度奇襲されることを警戒し月守がいる方向に視線を向けるが、グラスホッパーを踏む音と共に遠ざかり物陰に消えていく人影が見えたことにより、月守が1度この場から離脱したのだと判断した。

 

その判断を下すのはほぼ同時であり、すぐさま戦闘を再開すべく二人は構えた。

 

那須は両手から生成したキューブを細かく分割し、自身を中心として円を描くように展開する。しかしそれを那須が放つより早く、村上は果敢に踏み込み弧月を振るう。

 

那須は攻撃を1度キャンセルし、バックステップを踏んで村上の斬撃を回避した。アタッカー有利な1対1だが、那須は諦めていなかった。

 

(部が悪い近距離戦を避けて、遠巻きにバイパーを絶やさないように撃ち続ければ……)

 

その思いでバイパーの弾道をイメージし、放つ。放つのは当然のように弾幕全方位型のバイパーだ。

 

避けようがない密度とコースで迫り来るバイパーを見た村上だが、それを全て防ぐ気は無かった。

 

(本当はしっかり防ぐのがベターだが……)

 

自身の選択が最適ではないことを村上は自覚しつつ左手に持つレイガストをシールド代わりにしてスラスターを起動し、先ほどの月守と同様に捕まりかけた鳥籠から抜けるために突撃をかけた。

 

(ここで足を止めたら、多分取り逃がす。ダメージがあっても距離が縮まってるこの瞬間に勝負をかける!)

 

多少擦りはしたものの村上は鳥籠を突破し、そのまま那須との間合いを一気に詰める。時間ギリギリの長期戦を計画していた那須は村上の接近に対して反応がわずかに遅れたが、間合いを調整するために再度バックステップを踏んだ。だがその機先を制するように、

 

「旋空弧月」

 

村上は右手に持つ弧月に旋空を付与して斬り上げるように振るった。普段多用しない旋空だが、それが那須の裏をかく攻撃となり斬撃が届いた。

 

(そんな……っ!!)

 

左肩を深々と斬られた那須は一瞬動揺するが、すぐに切り替えてバイパーを放った。鳥籠ではなく村上を進ませないために正面から降り注ぐようなバイパーであり、さすがの村上も歩みを止めた。ほんの数秒程度ではあったが、那須にとっては貴重すぎる数秒だ。その間に村上の一足一刀の間合いから逃れるべく、全力で駆けた。

 

この時那須はほぼ無意識に、目についた近くの建物の陰に向かった。普段の自身の戦闘スタイルやバイパーの特性、そして現状から考えれば間違いと言える選択ではない。

 

しかし、結果として那須は間違えた。

 

奇しくもと言うべきか運悪くと言うべきか、那須は月守が逃げた経路を追う形で走り、建物の陰に移動していた。そして月守は逃げる際、その建物の陰に隠れるように1つの罠を張っていた。月守としては罠という認識で仕掛けたわけではないがそれは紛れもなく罠だった。

 

村上から距離を取るべく走った那須が建物の陰を勢いよく曲がったところで、それは那須の視界一杯に飛び込んできた。

 

それは言うなれば、『水無き機雷』だった。

弾速ほぼ0で道を埋め尽くさんばかりに大量に設置された細かなメテオラが、そこにあった。

 

弾トリガーは見ただけでは弾種の判断はできないものの、圧倒的な数に驚き那須の動きが鈍った。

 

こんな大量に。

なぜ。

どうして。

 

那須の脳裏にそんな疑問が文字として浮かぶ前に、その空中機雷が容赦なく牙を剥いた。目の前に気を取られた那須だが、足元にも小さなメテオラが用意されており、那須は気づかぬうちにそれを踏んでしまい、メテオラが炸裂した。

 

1つの爆発が次のメテオラに誘爆し、さらにまた次のメテオラが誘爆する。敷き詰められた大量のメテオラはそのサイクルを高速で繰り返し最初の爆裂から1、2秒足らずで全てが爆発した。1つ1つは小さくとも数の多さが相まって大規模な爆発となり、当然ながら至近距離にいた那須はその爆発をモロに受けた。

 

「きゃっ……!」

 

反射的にシールドを展開していたため大ダメージは防げたが、誘爆の起点となった右足が吹き飛ばされていたことによりバランスが保てず、爆発に押されて態勢を崩した。慌てて那須は態勢を起こそうとするが、

 

「残念だが、終わりだ」

 

那須が吹き飛ばされ態勢を崩している間に村上が完全に間合いを詰め、弧月を構えた状態でそう言った。

 

決定的なまでに詰んだ状況下でありながらも最期まで那須は諦めず行動に移ろうとしたが、村上は迷いなく弧月を振るい那須のトリオン体を両断した。

 

その斬撃を受け那須のトリオン体にはヒビ割れが広がり、無機質な音声が届く。

 

『トリオン供給器官破損、ベイルアウト』

 

敗北を告げる音声が終わると共に那須のトリオン体は限界を迎えて爆散し、ベイルアウトとなった。

 

ベイルアウトの光跡を一瞬だけ目で追い、村上は逃走した月守を仕留めるためにすぐ動き出した。

 

「『今、月守が隠れてる位置を予想できるか?』」

 

バッグワームで隠れているであろう月守の位置を知るべくオペレーターの今結花に通信を入れたが、それに対する今の答えは少し意外なものだった。

 

『鋼くん……予想する必要は無いわ』

 

その言葉の意味がわからず、村上は続けて問いかける。

「『どういうことだ?』」

 

『……那須さんがメテオラ踏みつけた時点で、月守くんは自発的にベイルアウトしたわ。1点取り逃がしたけど、試合は終わり。私たちの勝ちよ』

今はどこか悔しそうな声で、そう答えた。




ここから後書きです。

気づけば半年ほど書いてた戦いにようやく決着がつきました。ラストは詰め込み気味な内容になり反省です。

タイトルにもあるように、この話はどこか不完全燃焼気味な後味になりましたが、その辺は次話で実況解説の3人が説明してくれると思います(執筆途中なのですが、また不知火さんが二宮さんを弄りだしそうです)。

更新ペースが曖昧でまだまだ未熟な本作ですが、読んでくださりありがとうございます。拙いながらも精一杯頑張ります。

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