ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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久々の投稿になります。



第59話「研究室にて」

地木隊作戦室を出た月守は、彩笑に告げた通りに不知火の研究室に向かっていた。入隊して3年もの月日を経た月守の頭の中には本部内の通路がほぼ完璧に記憶されており、迷うことなく歩き続ける。

 

しかし不意に、

「お、月守じゃないか」

そう背後から声をかけられたことにより、月守は足を止めて振り返り、

「あ……林藤さん、こんにちは」

と、声をかけてきた林藤匠に挨拶をした。

 

 

 

 

林藤匠。

ボーダー玉狛支部支部長という地位を持ち、旧ボーダーから籍を置く古株の1人。現ボーダー三大派閥の一角『ネイバーにもいい奴いるから仲良くしようぜ主義』の筆頭であり、そこに古株としての権力や発言力が相まって組織内ではどこか不思議な立ち位置にいる人物だ。

そして諸事情により、月守咲耶はボーダーに入隊する以前から林藤と顔見知りであり、多少なりとも2人には交流が存在していた。

 

 

 

月守の挨拶に対して、林藤は軽く手を上げて言葉を返した。

「久しぶりだな」

 

「そうですね。最近は、あまり玉狛支部にも遊びに行かなくなりましたし」

 

「はっはっは、気にすんな気にすんな。そりゃ前みたいにとは言わないが、陽太郎が喜ぶから、たまには顔見せに来てくれよ」

 

「わかりました。そのうち、お邪魔します」

穏やかな笑みで、月守はそう答えた。

 

 

少しの間を空けて、月守は林藤へと問いかける。

「それにしても、林藤さんが本部の…、ましてや開発室区画に来るなんて、ちょっと珍しいですね。特別な用事でもあるんですか?」

 

「ん、まあな。ちょいと不知火に用事だ」

 

「不知火さんに、ですか?なら俺と同じですね」

 

「そうか。だったら、一緒に行くか」

 

「ですね」

 

行き先が合致していた2人は、目的地に向けて歩きながら会話を続けた。

「見てたぞ、ランク戦」

 

「あはは、そうですか。負けましたし、お恥ずかしい出来でした」

 

「そうか?俺はお前たち2人の新技が見られて面白かったぜ」

明るい声で言う林藤に対して月守は軽く頭を掻きながら、

「ありがとうございます。まあ…、俺のやつは彩笑のと違って、技というよりは姑息なモノですけどね」

と、若干卑屈そうな雰囲気を漂わせてそう答えた。

 

(姑息、か……)

そんな月守の言動に林藤は僅かに思うところがあったが、

「あー……その辺はあんまり気にすんな。でもまあ、鬼怒田さんあたりはちょいと騒ぐだろうな」

少し会話の切り口を変えた。

 

林藤が言いたいことを月守は察して、苦笑いを見せる。

「でしょうねぇ……武器のデザイン変更が可能ってことになると、アステロイド+メテオラ型の形状なのにセットされてるのはアステロイド+ハウンドとか……そういうのを考える奴が絶対出てきますよね」

 

「ああ。当然エンジニア的にもそうだし、ランク戦のシステムというか目的の面からも避けたい事態ではあるな。断るにも、お前という前例がいる以上、断りにくいし……。つーかぶっちゃけ、もう何人かそういう申請が届いてるらしいぞ」

 

「あー、やっぱり……なんか俺、また勝手なことして迷惑かけてますね」

すみません、と言いながら月守は頭を下げたが、林藤はそれを笑い飛ばした。

「はっはっは。とか言いながら月守……お前さんのことだ。武器のデザイン変更を考えついた時から、こうなるのも見越してたんじゃないのか?」

その問いかけを聞いた月守は少し間を空けてから頭を上げ、林藤を見据えた。そして、

「ええ。正直、こうなるのは予想してました」

人の悪い笑みを浮かべて、そう言った。

 

「悪だなぁ、お前」

 

「いえいえ、林藤さんほどではないですよ」

2人はまるで、時代劇に出てくる悪代官のようなやり取りを繰り広げた。

 

目的地である不知火の研究室までは何も話さないには気まずくなる程度の距離がまだあったため、林藤はなんの気無しに問いかけた。

「そういや、今日は珍しく地木と一緒じゃないんだな」

 

「珍しくって……。まあ確かに、彩笑とはいつもつるんで行動しがちですけど…」

何せ同じ部隊というだけでなく、通う学校もクラスも同じであり、クラスの席が男女混合の五十音順ということもあり席の位置が前後ろという2人なのだ。自然と、共に行動する時間は長い。

 

しかしスケジュールの都合などで別行動する時も、当然ある。

 

そして現在、月守は作戦室で泣いている彩笑を放置している状態である。そのため、今は彩笑と一緒に行動出来ない、というのが月守の偽らざる本音であった。

 

「それでも、一緒に居たくない時だってありますよ」

 

「ほお……一緒に居たくないときたか」

 

「あ……」

つい月守の口から漏れた失言を林藤は見逃さなかったが、同時に何か事情があるのだろうなと察した。

「ま、何があったかは聞かないけどな。もしお前さん自身に少しでも非があるようなら……謝るなり何なり、早めに行動しとけよ」

 

「……解りました」

林藤の言葉を聞いた月守は了承の言を取りつつ、彩笑に対して何をするべきだったのかを考えた。

 

(慰めたり、謝ったり……するべき事はある、とは思う。けど、慰めも謝罪も何かしっくりこない)

 

答えが見えない、もやもやとした気持ちのまま歩く月守だったが、そこでちょうど目的地である不知火の研究室が見えてきた。そして見えてきたのとほぼ同時に、

 

「こんの、ばっかもーーんっ!!」

 

研究室の中から、そんな怒声が響いた。

 

その声に聞き覚えがあった2人は顔を見合わせて軽く笑いつつ、研究室の扉を開き(16桁の暗証番号式ロックがあるが、月守が難なく解除した)、足を踏み入れた。するとそこには、

 

「ポン吉。お説教する分には構わないけど、叫ぶのは控えた方がいいんじゃないかな?血圧上がっちゃうよ?」

 

「やかましいわいっ!」

 

「あとついでに、怒りすぎて顔が真っ赤だよ?食べ頃のタコみたい……あ、タコ刺し食べたい!」

 

「おまえは少しは反省せんかっ!」

顔を真っ赤にして怒鳴り散らす鬼怒田本吉と、笑いながら床に正座してその怒声をやり過ごす不知火花奈の姿があった。

 

来客に気付いた不知火が、2人を見据えた。

「おや、月守に林藤さん、いらっしゃい」

 

「どうもです」

 

「邪魔するぜ」

月守と林藤が挨拶を返すと、鬼怒田が鬼の形相で月守を睨みつけた。

「月守ぃ!」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「どうかしましたか?じゃないわいっ!貴様のおかげで開発室は大騒ぎになっとる!」

怒鳴りつける鬼怒田とは裏腹に、月守は困ったように笑いながら答える。

「えっと、開発室の皆さんを困らせるようなことに関して心当たりがないです。あ、それより鬼怒田さん!今後のためにガンナー用のトリガーで、同じ系統の弾トリガーをセットした場合の銃のデザイン案について相談があります!」

 

「それじゃっ!貴様!分かって言っとるな!」

 

「はい、もちろん」

月守がサラリと答えたところで、

「こんの、ばっかもーーん!!!」

この日、鬼怒田本吉による特大の雷…、もとい怒声が、ボーダー本部中に響き渡った。

 

*** *** ***

 

鬼怒田が不知火の研究室で雷を落としている頃、天音神音は自宅にて地木隊敗北の報せを真香から受け取った。

 

(……先輩たちでも、勝てないこと、あるんだ)

 

ボーダー正隊員に支給されるタブレットに目を落とした天音は、たどたどしい手つきで文字を打ち込み、真香へと返事を送る。

 

『つぎのあいて、どこ?』

 

すぐに真香からの返事が届く。

 

『まーだ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

夜の部の結果次第でしょo(`ω´ )o』

 

『あ、そっか。よるの部、中位グループ、くみあわせは?』

 

『諏訪隊、荒船隊、玉狛第二だよ( ^ω^ )。

ステージ選択権あるのは玉狛!』

 

『わかった』

組み合わせを聞いた天音は、勝ちチームの予想を始めた。

 

(んっと……諏訪隊と、荒船隊は、それぞれの間合いで、戦えた方が、勝つから……んー…多分、半々くらい……。玉狛は……よくわかんない、けど……遊真くん、エースだから、近距離戦が多分、メイン。だから……)

勉強机に座りながらブツブツと呟いて思考を進めた天音は、程なくして、

 

『たぶん、勝つの、玉狛だと、おもう』

 

と、試合結果の予想を打ち込んだ。

するとその数秒後、天音のスマートフォンに着信が入った。驚いた天音だが、画面に表示された『まなか』の文字を見て安堵し、着信に応じた。

「も、もしもし」

 

『変わった予想だね、しーちゃん』

なぜわざわざ電話に切り替えたのか疑問に思いながらも、天音は真香との通話を続けた。

「そう、かな?」

 

『ちょっとだけね。いや、玉狛第二が……空閑くんが強いのは私だって知ってる。でも、チームとして見たらやっぱり諏訪隊と荒船隊に軍配上がると思うよ』

 

「んー、そっか……」

天音としては予想が外れて残念という思いがあったが、この手の頭を使う系統の物事に関して真香に勝てた試しがほぼ無いため、素直に受け入れた。

 

「……ねえ、真香」

 

『なに、しーちゃん?』

 

「その……月守先輩も、同じ意見、だよね?」

恐る恐るといった様子で天音は問いかけた。真香の意見を疑うわけではないが、ただなんとなく、そう質問した。天音の質問に対して、真香は軽くため息を吐いた。

『わかんない。月守先輩いなくなっちゃったから、訊くに訊けないし……』

 

「……?どういう、こと?」

現状が分からない天音に、真香は現状の内容を掻い摘んで説明し始めた。

『試合終わった後に、実況解説付きのログ観ながら反省会みたいなのやろうってことになってね。2人を作戦室に残して、私が海老名隊……というか、竹富さんのとこにログ貰いに行ったの』

 

「ああ、桜子の、とこ……。タダで、ログ、もらえた?」

 

『ううん、取り引きした』

 

「だよね……ランク戦の、実況とか、解説とか?」

 

『そんなところ。時間ある時でいいから、私たちの中で実況解説頼まれた。まあ、しーちゃんと私はこの前やったから、地木隊長と月守先輩かな』

 

「ん、わかった……」

ほんやりと自室の天井を眺めながら、天音は思う。

 

(地木隊長……あんまり解説、やってくれない、けど…。私は隊長の解説、好きだから、聞きたい……。月守先輩は、すごく丁寧に、解説してくれるし、わかりやすいし……解説、関係なしに、月守先輩の、声、聞きたい……)

 

天音が無言で思考に入ったために会話が不自然に途切れたが、真香はなんてことないようにそれを再開させる。

『しーちゃん、起きてる?』

 

「起きてるよ……」

 

『ああ、なら良かった。しーちゃん、電話とかメールしてる最中でも普通に寝ちゃうからさ。寝ちゃったかと思った』

 

「……それは、夜だけだから、大丈夫、だもん」

楽しそうでどこか茶化すような真香の言葉に対して、天音はムッとして言い返した。ほんの少ししか変化せず、ほぼ平坦にしか聞こえない天音の声だが、真香はその少しの変化を聞き逃さなかった。しかしそれに対して怒ったり謝ったりはせず、むしろより一層楽しそうに言葉を紡いだ。

『あははー、だよね。ならどうしてぼーっとしてたのかってことなんだけど……。ま、大方、月守先輩に会いたいとか、一緒に出かけたいとかそんなこと考えてたんでしょ?』

 

「ち、違うよ。ただ声、聞きたいって、思っただけ」

と、はっきりと否定して真香の言を正す天音だが、それを聞いた真香は天音に見えていないのをいいことに、ニマニマと笑っていた。

 

(あーもう。しーちゃん、サラッと自爆しちゃうから、ついからかっちゃう)

 

真香の沈黙を不審に思った天音だが、その沈黙ゆえに自身の失態に気付いた。あたふたと慌てる天音の様子は電話越しであっても真香に伝わったが、あえて真香はそれに触れないことにした。

『とうしたの、しーちゃーん?』

 

「な、な、なんでもない……。あ、それより、その、桜子から、ログデータ貰った、あと、どうなった、の?」

上手く躱したなと真香は思い苦笑して、天音の疑問に答えた。

『そう、それでね。ログデータ貰って、作戦室に帰ったら、2人ともいなくなってた。どこか行くとか私は聞いてないし、書き置きもメールも無かった』

真香の説明を信じるならば彩笑と月守は忽然と消えたことになるが、天音は然程危機感を覚えなかった。というよりも、2人が断りもなくどこかに行くのは割と常習だからだ。そして常習であるため、その時の行き先も大体予想がつく。

 

(……そういう、時って、大体…。地木隊長は、ソロランク戦……それか、本部で、迷子……。月守先輩は、不知火さんの所……。じゃなかったら、ちょっとわかんない、けど……)

 

しかしそこまで思い至った天音は、この発想が真香に出来ない筈がないとすぐに気付く。

「……真香、探さない、の?」

 

『探すよー。というか今、探してる最中〜』

 

「そうなの?」

 

『うん。とりあえず二人にメール飛ばして、本部の中探索してる。まあ多分、月守先輩は不知火さんの研究室だろうけど…。地木隊長はちょっと読めないからねー』

 

「そう、だね……」

明るく楽しそうな声で話す真香に対して言葉を返すが、

 

(……なんでだろ。真香、ちょっと、辛そう)

 

不思議とその中に辛さのようなものを、天音は感じ取っていた。

 

*** *** ***

 

「鬼怒田さん。コーヒーに砂糖かミルク入れますか?」

不知火の研究室でお叱りを受けた月守だが、鬼怒田開発室長が一通り言いたいことを言い切ったタイミングを見計らって、コーヒーの用意にかかっていた。

 

「……ふん」

 

鬼怒田としてはまだ説教が終わっていないのだが、ここにきた目的は説教ではないため今回はここまでで留めることにした(むしろ、あまり反省の意を示さない不知火と月守に根負けした)。

 

「無糖……いや、砂糖を少しもらおうかの」

 

「わかりました、適当に入れますね。あ、林藤さんと不知火さんはどうしますか?」

 

「俺は何も入れなくていいぞ」

 

「ワタシはどっちも入れて。分量は砂糖多めで」

3人のオーダーを聞いた月守は行動に移った。

 

不知火の研究室にはやろうと思えばそこそこ手が込んだ食事も作ることができる程度のキッチンスペースが設けられており、月守はそこでてきぱきと準備を進める。その後ろ姿を見て、

「手慣れたものだな」

感心したように鬼怒田が呟いた。

 

「そりゃそうだろう。なにせあの子は、ワタシよりここのキッチンを使ってるからね」

不敵な表情で不知火が言い、

「いやー、不知火。それは得意げに言うことじゃないぜ」

林藤はそれを軽く窘めた。

 

面目ない、と言いながらわずかに首をかしげた不知火だが、

 

「まあ、そんな瑣末なことは置いといて。人も揃ったことですし、ちゃっちゃと済ませましょう」

 

不意に、真剣みを帯びた真面目な表情へと切り替えた。

 

不知火は応接用のテーブルを挟んで並んで座っている鬼怒田と林藤に、テーブルの下に潜めていた紙の資料をまとめて渡す。

 

「やっとか……」

ようやくと言った様子で鬼怒田は資料を一枚一枚、しっかりと目を通していく。一方林藤は、資料の読み込みは軽く目を通すだけに留めて、不知火に話しかけた。

「よくもまあ、こんな短期間で仕上げたもんだ」

 

「開発室側からデータは存分に貰ったからね。ま、それぞれ破損してた部分は上手く補って、それでも足りなかったところはワタシが少しアレンジしただけさ」

 

「だけって言うが、そんな簡単なモンなのか?」

 

「コツさえ掴めれば、別にワタシじゃなくても出来るよ」

当たり前のように、疑いなく不知火は妖しい笑みを見せながら言うが、

 

(こいつ、自分の才能に関して無自覚なんだよなぁ……。自覚してるつもりでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を分かってねえというか……)

 

林藤は不知火の底知れなさを垣間見て薄っすらと肝を冷やし、まるでそれから目を背けるように再度資料の読み込みを始めた。

 

部屋の空気が重くなったような錯覚が起こったが、そこへ、

「コーヒー、用意できました」

やんわりとした笑みを浮かべながら、月守が3人のコーヒーを差し出した。それぞれのコーヒーを各人が手に取りやすい位置に置いたところで、

「ありがとう、月守」

不知火は柔らかな声でお礼を言った。林藤と鬼怒田もお礼の言葉を口にしたが、すぐにまた資料の読み込みに没頭していった。

 

「どうもです。……あれ、というか不知火さん。今日は会話しりとりやらないんですか?」

 

「いや、今日はいい……。というか、さっきポン吉とやって負けた」

 

「へぇ。不知火さんが会話しりとりで負けるなんて珍しいですね」

月守はコーヒーを運んできた丸いお盆をクルクルと回しながら、不知火との会話を楽しそうに続ける。

「いやそれがさ、聞いてよ月守」

そして不知火もまた、さっきまでの空気とは打って変わり、明るく月守に声をかける。

「ポン吉ったら非道いんだよ。会話しりとりで『る』攻めをしてくるんだよ」

 

「しりとりでは王道ですけど、会話しりとりだと一層厳しいですね」

 

「だよね。ワタシだって基本的にはやらないのに……」

 

「基本的にってことは、仕掛ける相手はいるんですね?」

 

「うん。ぶっちゃけ、月守のことの和水ちゃん」

意外にも身近な人の名前が出てきたことに月守は驚いたが、すぐにハッとした表情をみせた。

「あー、なるほど。だから真香ちゃん、あんまりここに来たがらないのか……」

 

「来るたびに熱戦さ。和水ちゃんは凄いよ。『る』攻めされても10分は普通に保たせるし」

 

「普通に頭いいですから、真香ちゃん。前に木虎が、模擬試験で負けたって悔しそうな表情してたって佐鳥から聞きました」

 

「はは、それはまた優秀なことだ」

肩を揺らしながら不知火は愉快そうに笑い、コーヒーへと口をつける。要望通り砂糖が多めで、ミルクによって優しい味わいになったコーヒーを堪能した不知火は、今更なことを問いかけた。

「そういえば、月守はなぜここに来たのかな?」

 

「あ……その、トリガーの変更や調整とかをお願いしようかと思って……」

 

「ふむ、やはりか」

要件を聞いた不知火はゆっくりと立ち上がり、月守に手を差し出す。そしてその手に月守がトリガーホルダーを乗せると、不知火は歩き出した。

「オーダーは?」

 

「右がアステロイド、ハウンド、シールド、バッグワーム。左がアステロイド、バイパー、シールド、グラスホッパーで、どっちもシューターでお願いします」

 

「Rアスハウシーワームの、Lアスバイシーグラス入りまーす」

 

「なんで飲食店の符丁風なんですか?」

 

「なんとなく」

ケラケラと楽しそうに笑いながら不知火はモニターの前に座り、作業に移った。

 

専用の工具でトリガーホルダーを分解して内部のチップを入れ替えていく。手に収まるほどの大きさしかないトリガーホルダーに内蔵されているチップはより小さいため、それなりに精密な作業であるはずだが、不知火はそれを得意料理でも作るかのような軽やかな手つきで進めていく。

 

「ところで、どうする?」

不知火が脈絡もなく月守に問いかけた。

 

「何がですか?」

きょとんと首を傾げる月守に対して不知火は手元から目線を外さないまま、要件を伝える。

「銃型トリガーのデザイン変更を利用した騙し弾戦術について」

 

「ああ。新戦法に飛びつくのが一定数いるとは思ってましたけど、さっきの鬼怒田さんの話を聞く分には思ったより多かったですね」

 

「だろう?ワタシとしてはどうだっていいんだが……咲耶はどうするつもりかな?」

月守は悩む事なく、答えを口にする。

「先が無い戦法のために開発室に苦労かけるわけにはいかないので、すぐに火消しにかかります」

 

「ふむ。先が無い、ね……」

チップの入れ替えを全て終わらせた不知火は専用の機器にホルダーを接続し、月守のトリオンに照準を合わせた微細なチューニング作業へと移る。よくわからない文字列やら数字がモニターの中を流れ、その都度不知火は手元のキーボードを軽やかに叩く。

「昨日、あの騙し弾を見た直後は面白いと思ったが……少し冷静になれば弱点だらけと言うか、付くべき隙がいくらでもある戦法だったね」

 

「ええ。アレが最大の効果を発揮するのは、アレの存在を相手が全く知らないのが大前提です。正直、警戒された時点で効果は半減かそれ以下ですし……」

 

「第一、騙し弾を決めようとして温存してる間は戦闘の幅が狭まって戦闘力自体が下がるし、そもそも上手く決まる保証もない。ついでに、読み合いより直感を重視する隊員や後の先を取れる隊員、純粋にレベルが高い相手には効かないからね」

 

「はい。太刀川さんとかに通じるイメージ、全然湧かないです」

他にもこの騙し弾が通じない相手の顔が数名思い浮かんだ月守だが、わざわざ口にすることでもないと思い、そこで一度押し黙った。

 

鼻歌混じりにも関わらずとんでもない速度でチューニングを進めていく不知火は、月守に問いかける。

「ま、火消しのやり方は咲耶に任せよう。協力は必要?」

 

「……いえ。ひとまず1日あればなんとか……。あ、ちょっと待ってください」

そう言いながら月守はスマートフォンを取り出し、メールを打ち始めた。1分も経たない内にメールを作り終え送信した月守は、軽く息を吐いた。

「お待たせしました」

 

「今ので火消しになるのかい?」

 

「なりますね。色んなところから、さっき言った戦術の欠点の情報が流れるようにお願いしたので……1日もあれば広がると思います」

自信を匂わせる月守に対して不知火は、

「上手くいくといいねぇ」

楽しそうに言葉を返した。

 

 

 

そこで一旦二人の間の会話は止まり、研究室にはキーボードを叩く音と紙の資料をめくる音だけがしばらく続いた。

 

「……」

しかしやがて、その沈黙に耐えかねた形で月守が口を開いた。

「不知火さん」

 

「ん、なに?」

不知火はモニターから目を逸らさず、淡々とした声で答える。

「さっきの試合、俺たちの敗因って何だと思いますか?」

 

「敗因?いや、それはさっきの解説で言ったよね?」

 

「言ってましたけど……でも実際、あれは訓練生向けのマイルド仕様じゃないですか」

 

「あはは、マイルド仕様か。なんかカレーっぽい表現だね」

マイルド仕様という表現が愉快に思えた不知火はクスクスと笑い、それにつられるように月守もわずかに笑った。

 

「確かに、表現という意味ならマイルド仕様だったよ。実際あの後少し……5分くらい、二宮くんと真面目に意見をぶつけたんだけど……」

 

「…それで、どうなったんですか?」

 

「んー、特別変わったことは無かった。ただ試合後にお互いが言った内容を掘り下げただけなんだけど……」

そこまで言った不知火は一瞬だけ月守に目線を向け、すぐにモニターへと戻しつつ、

「……そばで聞いてた宇佐美ちゃんがその議論を聞いて、

『訓練生の子達が聞いたら泣きそうなくらいの酷評ですね』

って、言ってたよ」

楽しそうに笑いながらそう言った。

 

嬉々として無邪気に酷評を下す不知火と、仏頂面で空になったジンジャーエールのケースを片手に持ち酷評を下す二宮の姿がすんなりイメージ出来た月守は、思わず苦笑いした。

 

「それで……ああ、地木隊が負けた理由を改めて聞きたいんだっけ?」

 

「ええ、まあ……」

そこで一度不知火は作業の手を止め、回転式椅子をクルリと回して月守に向かい合った。

 

 

 

「敗者が敗者たり得る理由はいつだってシンプルだよ、咲耶」

そしていつになく真剣な表情で、

「弱いから負けた。それだけでしょ」

地木隊が敗北した理由を告げた。

 

 

 

反論しようがない、この上ない正論を告げられた月守は思わず唇を噛み締めた。悔しがるようなそぶりを見せる月守に、不知火は言葉を重ねる。

「たらればの話になるけど……咲耶は序盤、那須ちゃんと当たったね。那須ちゃんとしてはあのタイミングでやりたかったのは南側での戦闘が混戦化していくまでの時間稼ぎだけど、咲耶はすぐそれに気付いたんじゃないのかい?」

 

「戦いながら、可能性の1つとしては考えてましたよ」

 

「でも少なくとも、那須ちゃんが咲耶の撃破を第一にしてないってことは分かったわけだよね?」

 

「はい。……それで?」

 

「別に。ただ……」

 

真面目、というよりは見下す・蔑むと表現するのがしっくりくる表情で不知火は、言葉を紡ぐ。

 

「もしさっきの試合、咲耶があの時点で那須ちゃんを倒せてたら地木隊は余裕で勝てたのにね」

 

「……」

突き刺さるようなその言葉を聞き、月守は考える。

自分が、那須に勝てた可能性について、考えた。

(そりゃ、可能性はゼロじゃないけど……でも合成弾かオプションをいくつか絡めれば……勝てたかもしれない、いや、勝てた)

 

月守が結論に至るのとほぼ同時、

「勝てただろう?」

まるで直接頭の中を覗いてるのではないかと思うほど正確なタイミングで、不知火は問いかけてきた。

 

「……どうでしょうね」

 

「惚けるのが下手だね、咲耶。少なくともワタシと二宮くんの見立てだと、夕陽隊全盛期の咲耶……『ロキ』と呼ばれてた頃の咲耶の戦闘なら間違いなく那須ちゃんに勝てたと踏んでいるんだが……」

しかしそこまで言った不知火は言葉を止めてかぶりを振り、

「まあ、いいや。今のはあくまで、たらればの話だ。忘れなさい」

心底つまらないと言いたげな表情を見せてからモニターに再度向き合い、トリガーのチューニング作業へと戻っていった。

 

 

 

再びキーボードを叩く音と、紙の資料をめくる音が研究室を支配する。淡々としたリズムにも感じ取れるそれをBGM代わりにして、

「静かじゃないか。凹んだかい?」

不知火は呟くように月守へと問いかけた。実際、不知火としてはあまり返答を期待してはいなかったが、月守は一拍の間を空けてから答えた。

「それなりには……でもそれ以上に、『本部最凶』の言葉には重みがあるなぁと思ってました」

 

「ふふ、懐かしいフレーズを出すじゃあないか。ワタシとしてはその呼び方は少々不本意だが……先に昔のことを引き合いに出したのはワタシだしね。大目に見よう」

そう言った2人は、互いに何かを誤魔化すように笑いあった。そして不知火が笑い終えたのと同時に、

「ほい、完成」

月守のトリガーのチューニングが完了した。

 

「早いですね」

 

「ここ1ヶ月、何回も弄ったもの」

機器からホルダーを外した不知火は月守に向けてそれを差し出した。

 

「どうもです」

月守は当然それを受け取ろうとするが、

「……」

受け取る直前、何か思い留まったかのように動きが止まった。

 

「……うん?どうした?受け取らないのかい?」

ホルダーをフラフラと揺らしながら不知火が尋ねるが、月守は受け取らなかった。そして、その代わりと言わんばかりに口を開く。

「不知火さん」

 

「なに?」

射抜くような、鋭い視線で月守は問いかける。

「この後、時間ありますか?」

 

「あったら、どうする?」

それに答えるかのように、不知火は飢えた獰猛な獣のような目線を送り返す。

 

そして月守はゆったりとした手つきでトリガーホルダーを受け取りながら、

 

「久々に、稽古をお願いしてもいいですか」

 

そう頼み込んだ。

 

稽古を頼まれた不知火は意外そうに、それでいてどこか嬉しそうに口角を上げて目を細めた。

「稽古……ふふ、これまた懐かしい。昔の君はワタシに手も足も出なくて、ただひたすら四肢をもがれてたねぇ……」

 

「昔の話です」

苦々しい過去の思い出だが、それをもう一度記憶の奥に押し込み月守は言葉を続けた。

「……稽古、つけてくれますか?」

再度頼み込む月守だが、

 

「え?やなこった」

 

不知火はそれを嘲笑うかのように(実際に嘲笑いながら)、その頼みを断った。苛立ちが表情に出かけた月守だが、それを制して不知火は口を開く。

「理由は2つ。まず1つ目」

右手の人差し指を立て、不知火は理由を語る。

「単純に、稽古つけるだけの時間がワタシには無い。どうせやるならガッツリつけてあげたいけど、しばらくまとまった時間が取れそうにもなくてね」

 

「……」

 

「んで、2つ目」

続けて右手の中指を立て、次の理由を不知火は語る。

「稽古をつけるってことは、つまりはレベルアップを図るってことだ。でも、()()()()()()()()()()()()にいる。だから稽古をする意味がない」

 

「それ以前の段階……?」

 

「そう。ま、ちょっとした精神的なものっていうか気の持ち方みたいなもんだから、あまり気にしなくていい」

 

「いや、気になりますよ」

 

「大丈夫大丈夫。どうせ気にしたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、知るだけ脳細胞の無駄遣いさ」

 

そう言った不知火は立ち上がり、トリガーホルダーを持った月守の手を掴み有無を言わさずに引いて、今まで自分が座っていた椅子に強引に座らせた。

「ちょっ、不知火さん!?」

 

「トリオン体に換装して、そこに座ってなさい。間違っても立ち上がらないようにね」

驚く月守に向けてそれだけ言い、不知火は背中を向けて歩き出した。黙々と資料を読み込んでいた鬼怒田と林藤の元へと移動し、そして、

 

「へーい2人ともー!いい加減資料読み込んだでしょー!」

 

親しい友人に話しかけるかのようなフランクさで声をかけた。不知火から見て鬼怒田と林藤は上の役職の人間であるため失礼にあたるが、2人はもう慣れたものなようで、

「一通りな」

 

「あー、やっぱ俺は帰ってからじっくり読むわ」

不知火の口調を咎めることなく会話に入った。

「ざっとは読んだわけでしょう?どうだった?」

 

「よく出来とる……と言いたいが、実際に見てみんことにはなんとも言えんな」

 

「ふむふむ。林藤さんも同じ意見かな?」

 

「ん、まあな。いや、不知火の仕事にケチつけるってわけじゃねえが……やっぱ、実際に見て確認するのが一番だとは思うわな」

 

「ですよねぇ」

大人3人の会話を断片的に聞く月守はそこから、

(……新型トリガーの試作品の話かな?)

と、ぼんやりと内容を予想していた。

 

しかしそんな月守のことなど御構い無しに不知火はにっこりと笑い、話を進めていく。

「ポン吉と林藤さんが言うことは最もだ。実際、ワタシも自分で試してみたけど……。結局は自分で組んだものだから、今ひとつチェックが甘くなるというか、見逃しがちになる。そこでだ」

そこまで言った不知火は後方にいる月守のことを親指で指差した。

「あそこに座る、優秀なモルモ……もとい研究補佐員にサンプルを取ってきてもらおうと思う」

 

「今、サラッとモルモットって言いかけましたよねっ!?」

不穏な単語を聞き逃さずに抗議した月守だが、

「アデュ〜」

そんな抗議など知ったこっちゃないと言わんばかりに、不知火はいつの間にか手に持っていたリモコン(のようなもの)のスイッチを押した。

 

同時に、

『仮装訓練空間へ転送を開始します』

と、椅子に座っていた月守(トリオン体)の頭に無機質な音声が直接響いた。そこで月守の視界は一度途切れ、強制的に仮想空間へと転送されていったのであった。




ここから後書きです。

前回からかなり、というか3ヶ月近く空いての投稿になって申し訳ありません。春先にぶっ倒れて入院したのが思ったより響きました。睡眠はしっかり取りましょう。睡眠、甘く考えたらいけません。

数日間の入院で、友人が「リィンカーネーションの花弁」という漫画を差し入れてくれたのですが、これが超面白い。首切った後の灰都さん、マジかっけぇ。そしてそれ以上に、項羽さんがとにかくカッコいい。

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