『B級ランク戦新シーズン!2日目夜の部が間も無く始まります!』
観戦会場で試合開始を目前にした時、もはやランク戦実況が本職なのではないかと噂される海老名隊のオペレーター武富桜子がマイクを取った。
『解説席には先日の大規模侵攻にて一級戦功をあげられた、東隊の東隊長と草壁隊の緑川くん……の予定でしたが緑川くんに代わって地木隊の地木隊長にお越し頂いています!』
『どうぞよろしく』
『どもども〜』
東と共に彩笑がにこやかに挨拶をする中、観戦席の一角では肩を落とした緑川がおり、その隣には苦笑いを浮かべる真香がいた。
「地木先輩に解説席取られた」
「ごめんね緑川くん、こっちの都合で解説係代わってもらって……」
「あ、大丈夫だよ、そんなに気にしてないし!それにこれ終わったらランク戦してくれるって地木先輩言ってたし!」
明るく言い放つ緑川だが、真香は心の中でますます申し訳ないと思った。
真香の心労をよそに、実況解説の3人は会話を続けていく。
『さて東さん。前回玉狛第二は1試合で8点も獲得していますが、これはあまりお目にかかれない大量得点ですね』
『ええ、かなりの高得点です。それだけ玉狛第二が新人離れしているということでしょう』
東のコメントに、隣に座っていた彩笑が素早く手を上げながらコメントを付け加えた。
『ゆまち……玉狛第二の遊真は強いよ!さっきボク、ランク戦してきたけど4ー6で負けてきました!』
普段通りの笑顔でサラリと言ってのけた彩笑だが、その言葉に観客に軽いざわめきが起こった。観戦会場には非番で試合観戦に来ていた正隊員達が数名おり、彼らは彩笑の実力をよく知っているだけあって遊真の実力がいかに高いのか、より一層伝わった。
中でも特に驚いていたのが、最年少A級隊員の黒江双葉だった。
「地木先輩相手に4ー6……!」
思わず呟いた黒江の言葉に、隣に座っていた三輪隊の米屋が反応した。
「地木ちゃんに負けっぱなしな黒江ちゃんからすれば衝撃だよな」
「負けっぱなしなのはたまに訓練でやる鬼ごっこの話です』
「そうだっけ?」
「そうです。……というか、地木先輩の鬼ごっこの強さが異常なんですよ。韋駄天使っても捕まえられないってどいうことですか」
「トリガーの性能っつーより、単に地木ちゃんが鬼ごっこ得意ってだけなんじゃね?なんか、子供の遊び全般が得意そうじゃん」
偏見が多分に入った米屋の言葉だが不思議とそれには説得力があり、黒江は「そうなんですかね……」と呟きながらもひとまずそれを受け入れた。
会場の片隅で囁かれたその会話に彩笑は反応しかけたが、それより早く武富がそれぞれのチームの紹介に移った。
『地木隊長一押しの玉狛第二の本日の対戦相手は、接近戦の諏訪隊に遠距離戦の荒船隊と、スタイルが明確な部隊です』
『順位が低い玉狛第二にはステージ選択権があるので、まずは地形で有利を取りたいところですね』
東がそうコメントしたところで玉狛第二がステージを決定し、それがモニターに映し出された。そして映し出されたのと同時に、武富がそれを読み上げた。
『玉狛第二が選んだのは……市街地C!坂道と高低差がある住宅地です!』
市街地Cという選択に東は怪訝な表情を見せ、そこに武富は疑問を投げかけた。
『しかしこれは、スナイパー有利なステージでは?』
『スナイパー有利……、ですね。道路を間に挟んで、階段状の宅地が斜面に沿って続いてる地形です。登ろうと思えばどこかの道路を横切る必要があるので射程の長いポジション……特にスナイパーが高台を取ると有利です。逆に下からは建物が邪魔をして、身を隠しながら相手を狙うのが難しい』
『玉狛には砲撃とも言える一撃を持つスナイパーがいるので、高台さえ取れば……ということでしょうか?』
武富の提案に、東は考える素振りを見せつつ答える。
『うーん、どうだろう……。スナイパーの熟練度を考えれば、普通にやれば部が悪い戦いになりますね』
スナイパーが活躍するだろうという空気の中、彩笑がケラケラと笑いながら言った。
『こんなステージにされたら、スナイパーいないボク達とか諏訪隊には辛いよ〜。多分今頃、諏訪さんめっちゃ怒ってるんじゃないかな?
「はぁ!?市街地C!?ざっけんなクソマップじゃねーか!大人しくAかBにしとけよ!」
って感じでさ!』
声そのものはあまり似ていないものの、いかにも諏訪が言いそうなセリフだったため会場の正隊員を中心にしてクスクスとした笑い声が漏れ出た。
そして今度は、その笑い声につられて口元に小さな笑みを浮かべた東が口を開いた。
『荒船隊は自分たちに有利なステージということで、逆に戸惑っていると思いますが……荒船は優秀な男なのですぐに落ち着いてメンバーに指示をしてるでしょう』
『試合開始までのわずかな時間でも、各隊の特色が見て取れますね。さあ、そうこうしているうちにカウントは残りわずか!いよいよ各隊の転送が始まります!』
武富の言葉とともに会場の視線は全てモニターへと移った。残り数秒となったカウントはあっという間に0となり、試合が始まった。
開始と同時にモニターの画面が切り替わり、中央部に3チーム全員と全体を捉えたマップが表示され、その脇に個別の動きを写した画面が複数表示された。
切り替わると同時に、真香は全隊員の位置を把握する。
(1番高いところに半崎先輩、その少し下に笹森先輩と堤さん……と穂刈先輩、あとは大体同じかそれ以下の高さに転送。諏訪隊が東側にまとまり気味だから合流しやすそうな配置。玉狛は少しバラけてるから、合流・単独どっちでもいけそう)
真香が認識した情報を頭の中で文字に置き換えていく間にも、試合は動き続ける。転送が完了すると荒船隊の荒船、穂刈、半崎の3名と玉狛第2の雨取がバッグワームを起動し、相手のレーダーから姿を消した(会場のモニターにはバッグワーム起動のタグが付いただけで対象の反応が消えずに問題なく観戦可能)。
レーダーから姿を消した荒船隊は、やはりと言うべきか全員がアドバンテージたりえる高台を目指して走り出した。そしてそれを追う形で、諏訪隊の笹森が市街地を駆け上がる。
真香はその動きを把握する傍ら、集結していく玉狛第2へと意識を向けた。
(玉狛は追いかけないで合流か。でもそれ、私たちみたいな近接メインの戦いをするならともかく、全員の攻撃レンジが全然違うのに集まるのはどうかと思うな)
玉狛の行動を真香は悪手と判断したが、同じタイミングで東と彩笑がこの合流についてコメントを出した。
『転送直後は一番無防備な時間帯ですからね。合流するのはありです』
『玉狛はフルメンバーでのランク戦はこれが初だから、連携取るって意味でも合流で正解だとボクも思うよ!』
2人の意見を聞き、真香は素直に感心して考えを改めた。
(そっか、ポジションだけじゃなくて戦闘スタイルとか練度も考えれば合流でいいんだ。この方がオペレータも指示しやすい……というか宇佐美先輩、どこまで細かく指示出してるんだろう。地木隊長と月守先輩だったら大まかな指示でも細かい所は補完して動いてくれるし、しーちゃんも現場で2人がサポートしてくれるから、指示が通らなくて困るってこと殆ど無いかな……)
いつか今度、機会があれば他のオペレータともその辺りについて意見交換を交わしたいなと真香は思った。
試合の序盤は、荒船隊が優位を得た。スナイパーの射程を活かして味方をフォローし、玉狛第二、諏訪隊を抑えて高台を陣取った荒船隊としてはここまでの出来は文句なしであった。
しかし荒船隊優勢の態勢が整った刹那、玉狛が行動に出た。
荒船を捉えていた画面で派手な爆発が起こった。破格のトリオン能力によって威力に膨大な補正がかかった雨取千佳の『アイビス』による急襲だ。初見ならばあまりの威力に動揺するほどの規格外な一撃だが、事前に玉狛のデータを予習していた荒船はすぐさま反撃に転じる。砲撃が飛んできた方向を見据えて雨取を捉え、左手に構えた万能型スナイパー用トリガー『イーグレット』を素早く構えて放つ。
その一撃を、アイビスと隠密用トリガーの『バッグワーム』を併用して展開している雨取に代わって遊真と修が『シールド』と『レイガスト』のシールドモードを重ねて防いだ。
しかし間髪入れずに、荒船隊は追撃を掛ける。砲撃により位置が完全に割れた玉狛に向けて、3人がかりの集中放火を仕掛けた。玉狛も反撃するものの地形と弾数の不利が重なり、受けに回りがちになっていった。
派手な撃ち合いが映し出されるモニターを見て、武富が口を開いた。
『この威力!もはや狙撃というよりは爆撃です!玉狛第2は意外にも本職相手に撃ち合いを挑んできました!東隊長、この展開はどう思われますか!?』
話題を振られた東は納得したような表情を浮かべつつ質問に答えた。
『玉狛の部が悪いですね。あれだけの威力があっても、やはり地形で大きなハンデがあります。撃てば撃つほど荒船隊は位置を掴むのに対して、玉狛からはどうしても荒船隊の動きが掴みにくいので、手数と正確性に差が出てきます。シールドをいくら張っても、崩されるのは時間の問題でしょう』
東が話す間にも攻防は続き、その解説を証明するかのように修が張っていたレイガストにヒビが入り、武富がコメントを出した。
『東隊長の解説の通りに玉狛が一方的にダメージを受けていく!やはりスナイパー相手にこの勝負は無謀だったのか!?』
会場にいるギャラリーのほとんどが武富と同じことを思ったが、正隊員を始めとした数名は違った。そしてその数名の考えを代弁するかのように、彩笑が声を出して笑った。
『んー、この作戦考えたのはミック……三雲隊長なのかな?』
『おそらくそうだと思われますが……やはり地木隊長もこの作戦は失敗だと思いますか?』
確認するような武富の質問に対して、彩笑は意地の悪い…、時折月守が見せるのとよく似た笑みを浮かべながら答えた。
『成功か失敗かはともかく……この作戦考えたのがミックなら、ウチの咲耶と話が合いそうだとは思うよ』
その曖昧な答えに多くの観客が不思議そうな表情を見せたが、その疑問はすぐに解決した。
玉狛に向けて狙撃を続けていた荒船だが、オペレータの加賀美倫が刺すような鋭い声で警告を入れた。その甲斐あって、荒船はギリギリのところで横から接近してきた諏訪に気付いたが、気付くと同時に諏訪がショットガン形式の銃型トリガーでアステロイドを放った。
回避が遅れ一発だけ脚に被弾した荒船は今の状況を悟った。地形の有利こそ取ったが、不利を背負った2チームを相手取る2対1だと。
両隊長が対峙したのを見て、緑川が隣に座る真香に窺うように問いかけた。
「玉狛は最初からこうするのが狙いだったの?」
「うん、きっとそうだね。ステージで荒船隊に有利を取らせて、2対1の構図にする。思惑通りに動かすためにメリットとデメリットを上手く使って……確かにちょっとだけ月守先輩っぽいかな」
「そう?月守先輩って、どっちかと言えば相手の妨害が上手いイメージあるんだけど……」
「ああ、それは受け身に回ってる時かな。こっちから仕掛ける時は相手の動きをコントロールしようとするよ」
手段はまちまちだけど、と、真香は小さな声でそう付け加えた。
東と彩笑が玉狛の作戦について解説する中、真香は思う。
(ランク戦って、やっぱり奥が深いなあ……。こうして全体見てるだけで気付くことは色々あるし、東さんと地木隊長の解説もすごい為になる。欲を言えば月守先輩からも意見聞きたいけど……やっぱりまだ用事、終わってないのかな。一応、地木隊長と一緒にいるってメールはしたけど……)
今この場にいないもう1人の先輩へと意識を一瞬向けたが、すぐに矛先をランク戦へと戻した。後で意見を交わす時に少しでも有意義な事が言えるよう、たった1つの動きすら見逃すまいと真香はランク戦へと集中していった。
*** *** ***
「今日のお仕事終了〜」
時を同じくして、不知火花奈は半ば自室でもある研究室に戻って来た。ランク戦の解説任務から始まり、ついさっきまで会議が続いていた為、すっかりお疲れモードであった。
常に羽織っている白衣とスーツの上着をひとまずハンガーに掛け、不知火の足はそのまま冷蔵庫に向かい、中からお目当のものを取り出した。毎日の生き甲斐であり本人曰く健康の源でもあるお酒である。
手に取った缶ビールのプルタブを人差し指で起こそうとしたが、その寸前でふとある事を思い出した。
「ああ、そういえば……咲耶を放置したままだったね」
そう呟いた不知火は一度テーブルの上にヒールを置き、月守の状態を確認するべくキーボードに指を走らせてモニターへと目を向けた。
「途中からタブレットでもチェックして無かったけど……さてさて、どうなったかな〜?」
この時の不知火は、スマートフォンで遊べるような設定だけ施して後は時間が経てば勝手に育つ放置系の育成ゲームを確認するような軽い気持ちであった。しかしモニターに現在の月守とラービットの戦闘状況、ラウンド数、見かけ上変化するように設定したソロランクポイントを表示した瞬間、その軽い気持ちは一気に吹き飛んだ。
「……、はは!こりゃ凄いっ……!」
予想を超えるその結果に、不知火の目はキラキラと輝いた。
結果を受け止めた不知火は、ここまでの戦闘の様子をじっくり確認しその上で月守本人からも話を聞きたいとも思った。兎にも角にも、不知火は一度プログラムを終了させるべくキーボードを叩いたが、不意にその手が止まった。
「あー……途中で終わらせるの出来ないようにしてたんだっけ。書き換えて無理やり終わらせよう」
自ら設定したプログラムに面倒臭さを覚え、ため息を吐いた。プログラムを変更して強制終了させようと思ったが、書き換えを始めようとしたところで思い直した。
「……いや。試したいものもあるし、こっちで行こう」
そう言うや否や不知火はスーツのポケットに手を入れ、自前のトリガーホルダーを取り出した。以前、本部に攻めて来たアフトクラトルのブラックトリガーの使い手であるエネドラと戦った時に使った実験用のものでは無く、本部のレギュレーションを無視して改造を重ねた戦闘用のものである。
手にしたトリガーホルダーを軽く上に放り、クルリと一回転したところを掴み取り、
「トリガーオン」
久方ぶりに不知火は戦闘用トリガーを起動した。
市街地ステージにて、月守と対峙したガイストタイプのラービットが構え、その身体のどこからともなく音声が発せられた。
『スピードシフト』
その一言と共に戦闘スタイルを切り替えたラービットは月守との間合いを一気に埋めた。
疲労とは全く無縁なラービットの機敏な動作に対して、月守はもはや死に体に近かった。
数時間に及んで続いた戦闘で精神は磨耗し、身体の構えは前のめりとなり、両腕もダラリと垂れている。足取りもフラつき気味であり、とても戦えるようには見えない。そんな状態でありながらも両眼は死んでおらず、その奥に闘志を滾らせながらしっかりとラービットを捉えていた。
接近したラービットが拳を繰り出す。上位アタッカーに届く速度の攻撃を月守は紙一重で躱す。序盤に見せていたような余裕を持った回避とは違い、フラフラとした…、それこそ倒れかけた結果たまたま当たらなかったと言われても信じられそうなほど、危なっかしい回避であった。
ダウン寸前の月守にラービットは強襲を掛ける。その体躯と速さを十二分に利用したラッシュを放つが、月守はその全てを避け切った。一連の攻撃を終えたラービットは、すかさず次の攻撃に移ろうとしたが、その行動の繋ぎの部分で月守が動いた。
「グ…スホ…パー」
掠れた声を絞り出すと同時に足元にグラスホッパーを1つ展開し、それを踏みつけて後方に跳んでラービットとの距離を稼いだ。そして跳びながらトリガーを切り替え、その垂れた両手をわずかに動かす。
「アス……イド…、ア…テロ…ド」
弱々しい声とは裏腹に両手からはしっかりとアステロイドのトリオンキューブが生成され、着地と同時に2つを無造作にぶつけるようにして合成を開始した。
反撃が来ると察したラービットはすかさず間合いを埋めに掛かり、それに応えるように月守も踏み出した。ラービットが拳を構えるのと、月守の合成弾が同時に完成し、共に相手を仕留めるべく腕を振りかぶった。
そして両者が相手を間合いに捉えて攻撃に移り、拳と弾丸が交差する瞬間、
「悪食弧月」
その一言と共に放たれた何かにより、月守とラービットの腕は綺麗に切断されて宙に舞った。
予期せぬ一撃に怯んだラービットはすかさず距離を取るが、月守は見覚えがある一撃と聞き慣れた声によって、すぐに何が起こったのか理解し、攻撃が来た方へと視線を向けた。
「あくじき、こげつ……」
「久々に見ただろう?」
月守の声に答えたのは、戦闘用のトリオン体に換装した不知火だった。本部長である忍田真史を彷彿とさせる黒のロングコート姿で歩み寄りながら、不知火は月守に言葉を投げかける。
「言いたいことは色々あるだろうが、まずはここから出よう。終了プログラムを起動してるから、今いるラービットを倒せば無事に戻れるよ」
「……、わかりました」
長い戦いがやっと終わるという安心感よりも疲労感が大いに勝る月守は無表情でそう言い、残るラービットを倒すために戦闘態勢に入ろうとした。だがそれを見た不知火は、穏やかな声で制した。
「ああ、咲耶はもう休んでなさい。あとはワタシがやるから」
そう言い切ると同時に別エリアにいたフルアームズタイプのラービットが現れ、不知火は会話中ずっと肩に携えていた武器を2体のラービットに向けて構えた。
弧月に改造を積み重ねて大鎌の形状を取るに至った不知火の専用トリガー『
しかし、自らが使いやすいように改造しただけでなく、数多の訓練と戦闘を共にした禍月は不知火の手によく馴染み、アンバランスな見た目とは裏腹に、構えそのものに不安定さはまるで無かった。
ほんの少し懐かしさと、この上ない頼もしさを感じていた月守を背にして、不知火は1つ質問をした。
「ところで、ステルスラービットはもう倒してあるかい?」
「いえ、まだ……」
「ふむ、そうか」
そう言い切ると同時に、構えていた禍月を体幹を活かして左腕で振るった。反時計回りで周囲を薙ぎ払うようなその一撃は何もない空間を空振ったように思えたが、禍月の切っ先が8時の方向に差し掛かったところで、衝撃と鈍い音を伴いながら止まった。
「悪い子みーつけた」
凄絶な笑みを浮かべながら不知火は悪い子ことパーフェクトステルス型のラービットから禍月を引き抜く。
相変わらずパーフェクトステルスによって姿そのものは見えないが、傷口から漏れ出るトリオンの煙がラービットの動きをハッキリと示した。傷を負ったラービットは不知火から距離を取り、仲間である2体のそばに降り立った。
3体揃ったところを見ても尚(実際は2体しか見えないが)、不知火の笑みは止まらない。
「雁首揃えてくれちゃって……狩ってくれと懇願してるようにしか見えないね」
不知火の言葉と並行してラービットたちも動く。ガイストをガンナー戦用にシフトし、フルアームズを展開するが、それよりも速く不知火は禍月を振るった。
「悪食弧月」
その言葉と共に放たれた一撃は高い重心と遠心力を活かした高速の薙ぎであり、一瞬にして3体のラービットに4本の刀傷を刻みつけた。
容赦ない一撃を受けた3体のラービットの傷口からは勢いよくトリオンが溢れ出し、あっけなく膝をついて倒れた。それと同時に、
『ターゲット撃破確認。プログラム終了までしばらくお待ちください』
という音声が流れ、ラービットを仕留めたことを確信した不知火は構えを解いた。
数時間に及んだ戦闘が終了することに月守は安堵の思いであったが、それ以上に苦戦していた相手をあっさりと倒されたことが胸中にわだかまりを残していた。
そしてそれが表情に出ていたようで、振り返って月守を見た不知火は思わず笑みをこぼした。
「はは、ぶーたれた顔してるね。そんなにショックだったのかい?」
「ショックはショックですけど……。それよりさっきの、何なんですか?」
話題を逸らされたことに不知火は気づきつつも、戦闘を乗り切ったご褒美として質問に答えた。
「何って、『悪食』だよ。ワタシが作った弧月専用オプショントリガー。咲耶だって知ってるだろう?」
「知ってますけど、だからこそ聞いてるんです。俺の知ってる不知火さんの悪食にはあそこまでの威力は無かったです。……まさかトリオン能力が成長したんですか?その歳で?」
「なんだ、冗談が言えるくらいには元気じゃないか。どれ、もう一晩くらいプログラムを延長するかな」
「すみませんでした」
年齢という最大の地雷を会話の中で踏みつけた月守は不知火の脅しに対して速やかに謝罪した。
「よろしい」
謝罪の言葉を満足げな表情で受け入れた不知火は、禍月を肩に担ぎながら快く解説を再開させた。
「種明かしをすれば至極シンプルなんだが、『ストック』を使ったのさ」
「……確か開発中のトリガー、ですよね。溜め込んだトリオンを次に使うトリガーに付与するっていう……。最初から……じゃないな。俺と話してる時にストックを起動して、トリオンを溜め込んでたんですか?」
「正解。少しずつだけど規格化の目処も立ってきたし、正隊員に正式なトリガーとして配られる日も遠くないよ」
嬉々として語る不知火に対して、月守はもう1つの疑問を問いかけた。
「ストック使ってたのは分かりましたけど、そうなると分からないことがあります」
「うん?何かな?」
「……禍月とストックを併用してトリガーの使用枠は埋まってたのに、どうやってパーフェクトステルスのラービットの居場所を掴んだんですか?」
月守の疑問とは、視覚でもレーダーでも居場所を掴めないステルスを看破した方法についてだった。この数時間の戦闘の中で、月守もパーフェクトステルスに対する対抗手段をいくつか見つけたが、その中のどれを用いても不知火のように正確に攻撃を当てるのは難しい。故に、自分以上に正確に位置を掴む術を目の当たりにし、その方法を知りたいと思ったのだ。
問いかけられた不知火は少し悩んだ素振りを取った後、気まずそうな表情を見せた。
「咲耶、教えてもいいけど、コレは参考にはならないよ。ワタシ以外にできる人、いないだろうし。まあ、そうだとしても聞きたいんだろうけど」
「はい、知りたいです」
迷いなく即答した月守には本当に申し訳ないと思いつつ、不知火は答えを口にした。
「勘」
たった一言に纏められた答えを聞き、月守は思わず数回瞬きをした。
「誤解がないように補足するけど、完全な勘ってわけじゃあない。ほら、このラービットってワタシが直接行動プログラムを解析したり組み替えたりしたから、この場面ならこう動いてくるっていうのが大体分かるんだよ。だからあの場面でステルスラービットならこう攻めてくるはず……っていうのを予想して動いたというわけさ」
「理屈としてはそうかもしれませんけど……それだけであんな綺麗に攻撃が決まるんですか?」
「いや、決まったのはたまたまだ。空振ってたら、ただ意味もなく禍月を振り回しただけに終わってたさ」
堂々と言い放った不知火は歩いて月守に近寄り、担いでいた禍月を解除して空いた右手で月守の頭を撫でた。
「まあ、なにはともあれ……お疲れさま。頑張ったね」
幼子を褒めるような暖かい表情を浮かべる不知火には、この戦いを始める前に見せていた冷酷さはまるで無かった。
そしてその言葉と表情が長い戦いで張り詰め続けていた月守の緊張の糸を断ち、月守はお礼の言葉を返す前に意識が薄らいでいった。
そして意識が完全に途切れる直前、淡々とした無機質な音声が月守の頭に響き渡った。
『プログラム終了。
戦闘時間316分
トータル86ラウンド
メイントリガー最終ソロポイント11309』
ここから後書きです。
本来ならもう少し後にしようと思っていた、不知火さん戦闘用トリガーがちょこっと登場しました。補足ですが不知火さんは別に中二病というわけでは無く、
「1発で覚えられるような名前が良い」
的な感じで禍月やら悪食という名前になっています。
不知火さんが名付けたもので中二病っぽくなくて地木隊メンバーに好評な名前は1つだけです。