ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第65話「進化する好敵手・後編」

「……」

途切れていた意識が覚醒した月守は、どうやら自分がどこかに横たわっているらしいと朧げにも認識し、無言で身体を起こした。周囲を確認すると見覚えがある場所…、というよりも戦闘に放り込まれる前にいた不知火の研究室だった。

 

「思ったより早いお目覚めだね」

月守が眠っていたのは研究室にあるソファの上であり、その肘掛け部分に座っていた不知火が月守の覚醒に気づき、透明な液体が入ったグラスを差し出した。

「飲むかい?」

 

「……これ中身なんですか?」

 

「勘ぐっているようだけど、ただの水さ」

ただの水と言われても尚月守は警戒したが、飲んでみると本当にただの水であった。一気に水を飲みきった月守は、不知火に空のグラスを返しながら問いかけた。

「俺、気を失ってたんですか?」

 

「うん、まあね。と言っても、意識がなかったのはほんの数分だよ。仮想空間から戻ってきてトリオン体が解除された咲耶をソファに運んで……というか咲耶、太った?前より重くなってたんだけど」

 

「……背が伸びた分、だと思いますよ。まだジワジワと伸びてますし」

 

「それもそうか。去年の今頃は、和水ちゃんと同じくらいだったのにねえ」

しみじみと言う不知火に向けて「おばあちゃんですか?」と言いかけた口を月守は慌てて閉じた。さっき踏んだばかりの地雷を暴発させるところであり、月守は万が一にも不知火に気付かれるのを避けるために話題を変えようとした。

そうして話題を探すために思考巡らせようとしたが、答えを探し出すより早く、不知火が月守に向かって右手を差し出した。

「……?あの、この手は……?」

 

「うん?トリガーホルダー貸してっていう手。トリガー、変更したいだろう?」

 

「……!」

心の中を見透かされたような気持ちになった月守だが、すぐに見抜かれた理由に思い至り、素直にトリガーホルダーを差し出してメインとサブの構成を伝えた。

 

オーダーを受けてモニターに向かい合い、嬉々として作業に取り掛かる不知火の背後に向けて月守は話しかけた。

「結局、今回は何から何まで……不知火さんの思惑通り、でした」

 

「ワタシの思惑?」

 

「ええ。限界超えて無茶しなきゃどうにもならない……そんなレベルの戦闘に放り込んで、俺に本当に必要なトリガーと……気持ちの持ち方を解らせようとしたんでしょう?」

 

「ふむ、まあ概ねその通り。荒療治だったけど、このくらいが丁度いいだろう?」

 

「はい」

頷く月守を背後に感じながら、不知火は言葉を続ける。

「トリガーの方は今さっき咲耶が言ったモノが答えだし、戦闘を乗り切った時点で気持ちの方も改善されただろう。……ついでに訊くけど、他に何か収穫はあったかい?」

 

「……技術とか立ち回りとか色々ありますけど、1番大きいのは……」

 

「大きいのは?」

 

「……いや、技術と立ち回りですね」

一度言いかけたことを誤魔化した月守だが、不知火はそこを目敏く追求しにかかった。

「さーくーやー?明らかに今誤魔化したね?」

 

「言い直しただけですよ」

 

「ほう、言うね。ならばワタシも相応の処置を取ろう」

ニヤリと笑った不知火は一度作業の手を止め、1つのトリガーホルダーを白衣から取り出した。

「今ワタシの手元には君のトリガーホルダーの他に、明日から復帰する天音ちゃんのものがある。そして、君たち地木隊のトリガーは全てワタシが調整している。さて、この2点を踏まえてワタシはどんな処置を取ると思うかね?」

その言葉を受け、月守は表面上冷静さを取り繕いながら考えを述べた。

「……トリガー構成をめちゃくちゃにするつもりですか?」

 

「それもありだね。でも、ほとんどのトリガーを一通り扱える咲耶と、ある種天才の天音ちゃんには効果が薄いだろう」

 

「トリガー構成以外……?通信とかレーダーみたいな機能に手を加える気ですか?」

 

「それも違う。第一それだと防衛任務に支障が出る」

 

「なら、何なんですか?」

月守がギブアップしたところで、不知火が煽るように笑った。

「なーに、大したことじゃあない。ただ、君たちがトリオン体に換装する際に、メイド服にしかならないよう設定するだけさ」

 

「しれっと、とんでもないこと言いますね。沢村さんと忍田本部長に言いつけますよ」

 

「おっと、それは困る。なら仕方ない。気になるのはやまやまだけど、今はいいや。咲耶が言いたくなった時に聞くことにしよう」

思いの外不知火はあっさりと食い下がり、作業へと没頭していった。

 

「………」

疲労感が全身に残る月守はソファに横たわり天井を見上げて、独り言を語るように言葉を紡ぎ出した。

「収穫って程じゃ無いですけど……彩笑については考えさせられましたよ」

月守の独白に対して不知火は何も聞こえてないかのように作業の手を止めずに、そっと耳を傾けた。

「今日みたいにしんどい戦いの時だったり、辛い時……神音が倒れた時とか夕陽さんの事件の時……。逆に、嬉しかった時とか楽しかった時。ここ数年分の、色んな時のことを思い出した時、いつも隣に彩笑がいて……俺の中ですごく大きな存在になってるんだなって、改めて思い知らされました」

 

「大きな存在、ね……。ふふ、あんなに小ちゃいのにねぇ」

 

「ちびっこいですよね」

16歳ということを疑うほど小柄な彩笑のことを思い、2人はクスクスと笑みをこぼした。

「さっきだって……どんなトリガー構成ならこいつらを倒せるかって考えるより先に、彩笑が隣にいてくれたらなって思いましたし。……きっとこの先、戦友として俺の前に彩笑以上の相方は現れないと思えるくらいのやつです」

 

「それはまた……」

モニターから目を離していない不知火には月守の表情は見えないが、おそらく臆面も無く真剣な顔をしているのだろうと想像しながら、口元に小さな笑みを作った。

「なんというか、言葉の端々から地木ちゃんをどれだけ好いてるのかが伝わってくるよ」

 

「好いてる……まあ好きは好きですけど、それだけじゃないんです」

天井に備え付けられたLEDの灯りを遮るように開いた右手を伸ばし、指の隙間から届く明るさに目を細めながら、月守は本心を話す。

 

「好き以上に……俺にとって彩笑は憧れなんですよ」

 

 

月守の口から羨ましさが込められた言葉が紡がれる。

「小さい身体な上に最低クラスのトリオン能力なのに、スコーピオン1つでどんな相手にも勝負を挑む生き様が」

 

「明るく分け隔てなく、どんな奴ともすぐに打ち解けられる性格が」

 

「困った時に周りから自然と手を差し出してもらえる、その人望が」

 

「そして何より、どんなに辛い思いをしてる奴であっても……見るだけで、思わずつられて笑わせてしまう、あの笑顔が出来る彩笑自身が」

 

「その全部が、眩しくて羨ましい。きっと俺が、人生を何百回やり直しても持ち得ないものを全部持ってる彩笑が、俺は羨ましくて仕方ないんです」

力なく笑いながら、月守は心の底にしまい込んでいた偽らざる本音を吐き出した。

 

その独白を聞いた不知火はゆっくりと手を止め、椅子を回して月守へと向き合い、

「それが本音だとした上での意見だけど、その気持ちは危ういね。それだけの思いを抱いていれば……ふとした拍子に、その憧れは妬みに変わって呑み込まれるよ」

刺すような鋭い目で不知火はそう忠告した。

 

「妬み……」

忠告を受けた月守はソファから身体を起こし、同じように不知火に向き合って、やんわりとした笑顔を見せた。

「正直なところ彩笑には憧れだけじゃなくて、嫉妬してる部分も、俺の中には確かにあります。妬ましく思う時だって、そりゃありますよ」

 

すでに危うさを自覚する月守の言葉を聞き、不知火は尚更強く忠告をしようとした。

「だったら……」

「でも」

しかしそれを遮るように月守が言い、笑顔のまま言葉を続けた。

「そうなる前に……嫉妬で心が食い潰される前に、あいつはこう言ってくれるんです。『任せた』って。……心底憧れてる奴から、あんな真っ直ぐな目で言われたら……。あの期待は、裏切れないです」

 

月守の思いを聞いた不知火は沈黙し、十二分に吟味してからそれを言葉にした。

「それは信頼を通り越して、もはや呪縛だよ」

 

「呪縛……なんかそれ、しっくり来ました」

好ましい言葉で形容されなかったものの、不思議とその言葉は月守の胸の中に収まった。

「はは、皮肉ったつもりも多少あったのに、随分と満足そうな顔するじゃないか」

 

「あはは、そんな顔してます?」

 

「ああ、地木ちゃんの笑顔と比べたら可愛げやら愛嬌とかがすこぶる欠けるけど、上手く笑うのが苦手だった頃の君と比べれば大分良い笑顔だよ」

 

「それはどうも。というか不知火さん、口ばっかりじゃなくて手も動かさないとお酒飲む時間が遅くなりますよ」

 

「おっと、それはいただけないね」

クスッと小さく笑った不知火は作業に戻り、とんでもない速度でトリガーの変更及び調整を進めていった。

 

調整が終わるのを待とうとした月守が視線を不知火から逸らすと、テーブルの上に置きっ放しになっている未開封のビールに気付いた。

(……飲もうとして取り出したけど、先にこっちの戦闘に乱入してきたんだろうな)

ぼんやりとそう予想した月守は、このままではビールがぬるくなることを危惧した。月守は未成年のためビールは飲まないものの、以前何かの拍子に二宮が、

「あの野郎……、ぬるいビール入れやがって」

と呟いていた事を記憶しており、ぬるいビールはあまり美味しくないのだろうなと思っていた。

 

月守はゆったりと身体をソファから起こして歩き、置きっ放しのビールを手に取った。缶の側面に水滴が浮かんでおり、今はまだ冷たさを保っているものの、このままではぬるくなることは火を見るよりも明らかである。それを防ぐため月守は1度このビールを冷蔵庫に戻そうとしたが、その瞬間、

「よし終わった。咲耶、その手に持ってるビールを渡したまえ」

仕事を終えた不知火が万歳をしながらビールを要求してきた。

 

「早いですね」

驚きながらも月守はビールを渡し、不知火は待ってましたと言わんばかりの笑みで受け取った。

「ふっふっふ、ワタシが本気になればこんなものさ」

 

「ならいつも本気でお願いします」

 

「ワタシが本気を出すのは興味深いものか、お酒を目の前にした時だけだ」

堂々と言い張る不知火に対して月守は思わず苦笑いをした。

 

手渡されたビールと交換する形で不知火は調整が済んだトリガーホルダーを差し出し、月守はそれに手を伸ばして受け取ろうとした。しかしトリガーに手が触れる寸前、不知火は口を開いた。

「辛い戦いを乗り越えて心機一転したんだ。いい機会だし、決意表明の1つでもどうだい?」

 

「決意表明ですか?」

コメントを求められた月守はわずかに思案し、すぐに答えた。

「今まで俺は、誰かの2番手でした。バイパーが得意だって言っても、那須先輩には及ばない。合成弾を速く生成出来ても、出水先輩よりは遅い。点は取れても、二宮さんには敵わない。そんな感じで、俺はいつまでも誰かの2番手で……1番にはなれないってずっと思ってました」

そう話す月守は自らの弱さを認めながらも、声には力が込められ、その奥にはしっかりとした自信が潜んでいた。

「けど、それはもう……そう思うのは辞めます」

言葉と共に月守はトリガーホルダーを手に取り、確かな闘志に燃える瞳を不知火に向けながら、

「もう、2番手に甘んじることはしません。俺はボーダーで1番のシューターになります」

そう、宣言した。

 

*** *** ***

 

市街地Cで繰り広げられる諏訪隊、荒船隊、玉狛第二の三つ巴戦は混戦にもつれ込み、諏訪隊と玉狛第二の2チームを相手に回す形になった荒船隊の3名は全員の位置を捕捉され、劣勢に立たされていた。

 

劣勢になる中、荒船隊の半崎義人が動いた。精密狙撃の名手と呼ばれる程の腕前の半崎は、荒船を追いかける諏訪を狙った必中必殺のヘッドショットを放った。しかし諏訪は範囲を狭め強度を上げたシールドをピンポイントで頭部に展開してその1撃を防ぎ、半崎の位置を割り出した。

「げっ、マジ?」

少し読み違えれば即死の博打を目の当たりにした半崎の口から、思わずそんな言葉が出た。

 

すかさず諏訪はチームメイトの堤大地に半崎を追うようにと指示を出す。

 

位置が割れ、間合いを詰められながらも半崎は冷静だった。不利な状況ではあるが、それ故にこの状況には慣れがあった。半崎は落ち着いて逃走ルートを走ったが、そこへオペレーターの加賀美から1つ通信が入った。

『下から来る!気をつけて!』

「見えてますよ、堤さんでしょ?」

淡々と答えた半崎だが、加賀美は鋭い声を返した。

『違う!玉狛よ!』

 

 

 

 

半崎の背後を取る形で下層から接近した遊真は跳躍して手摺に身を乗り上げ、半崎に気づかれると同時にバッグワームを解除して攻撃に移った。

小柄であることを活かし、高速で接近して急所たる胸部めがけて斬撃を放ったが半崎は反応して身を反らし、致命傷を回避した。着地した遊真は追撃をかけようと踏み込みかけたが、追いついてきた堤が半崎を射程に捉え、両手に構えた2丁のショットガンの引き金を引きアステロイドを放った。避けようのない散弾を受けた半崎のトリオン体にはあっと言う間にヒビ割れが広がり、

「こりゃダルいわ、すいません」

口癖である『ダルい』の一言を最後にベイルアウトした。

 

 

 

 

 

半崎の離脱から間を開けることなく、遊真と堤の一騎打ちが始まった。堤が放つ散弾を遊真は避けつつ思考する。

(おれの動きをちゃんと追ってる。たぶんこの人もさっきの人と同じく、おれがどれくらい動けるのか知ってるな)

事前に調べられていることを予想した遊真は、1撃を加える前に1つ崩しが必要だと判断し、攻撃に移った。

 

散弾を避けるために跳躍し、空中に躍り出る。すかさず堤は反応して銃口を遊真へと合わせるが、それを見て足場が無く身動きが取れない格好の的を演じることが出来た遊真は小さく笑った。

(粘土のイメージ、だったな)

頭の中にそれを思い浮かべた遊真は右手にイメージを反映させ、スコーピオンが形を変えた。

 

それぞれの指の間から展開された、計4本のスコーピオン。形にバラつきや歪さはあるものの、それはまさしく試合前に彩笑から教わった技だった。

 

予想外の技術を目の当たりにした堤の目が、驚きのあまり僅かに開いた。

(これは、地木ちゃんの……!)

その挙動を見て動揺を誘うことに成功した遊真は、堤の意識から完全に外れた左手側のサブトリガーから『グラスホッパー』を1枚展開して踏み込み、空中で切り返す。

 

2つのイレギュラーが重なり、堤の体勢が大きく崩れる。遊真はその隙を逃さずに鋭く踏み込み間合いを詰め、4本のスコーピオンで斬りつけた。胴体を両断とまでは行かずとも深々とした4本の傷は十分に致命傷であり、堤は早々に退場することを心の中で詫びながらベイルアウトしていった。

 

遊真はベイルアウトの光跡を目で追ってから4本のスコーピオンを解除した。

(4本同時はちょっと持ちにくいな。今度ちき先輩に持ちかえのやり方も相談しよう)

次の課題を思い浮かべつつ意識をランク戦へと戻し、遊真は次の敵を目指して移動を始めた。

 

 

 

 

 

観戦会場のモニターで一連の戦闘を観ていた武富が遊真の動きを実況した。

『空閑隊員が空中から見事な動きで堤隊員を撃破しました!今の動きや技は地木隊長を連想させるものがありましたが、どう思われますか?』

話題を振られた彩笑は、楽しそうな笑みを浮かべながら答える。

『ボクがちょくちょく使うディビジョンスコーピオンからのグラスホッパーで、スピードに乗ったいい動きだったね。ディビジョンの方はボクが教えたからいいとして、グラスホッパーの方はタイミングとか身体運びはボクのとはちょっと違うかな。駿っぽい』

 

そこまで言った彩笑は会場をキョロキョロと見渡し、真香の隣に座っている緑川に向かって声を張り上げた。

『ねえ!ゆまちにグラスホッパー教えたのって駿?』

問いかけられた緑川はクルッと振り返り彩笑に視線を合わせた。

『うん!オレが教えた!』

『やっぱり!いつ教えたの?』

『昨日!』

『昨日!?普通に覚えたてじゃん!』

『ってかそういう地木先輩こそ、いつ遊真先輩に教えたのさ!』

『さっき!試合前!』

『試合前!?』

テンポ良く会話する2人だが、遊真が直前に覚えた技をほぼぶっつけ本番で使ったという事実と、自らの技術をあっさりと教えてしまう2人に対して周囲は驚いた。

 

楽しそうに話す彩笑を横目にして、もう1人の解説担当の東は静かに思った。

(新人は……いや、下の世代は着実に育ってるな。それも仲間を蹴落とすんじゃなく、互いに良い影響を与えながら……。この感じだと、俺が現役を退く日も遠くないのかもしれないな)

 

現役最年長の正隊員は未来へと明るい想いを馳せるが、そんな中でも試合は止まらず進み続け、玉狛第二と諏訪隊に追い詰められた荒船隊が絶体絶命の窮地に立たされた。

 

 

 

 

民家の屋根の上にいる荒船隊の穂刈に狙いを定めた遊真は、迷わず一気に距離を詰めにかかった。穂刈は完全にアタッカーの間合いでの戦闘を避けるべくイーグレットを放つが、遊真はそれに反応しシールドで防ぎ、スピードを落とすことなく階段を駆け上がった。

このまま自らの間合いに持ち込める、遊真がそう思った次の瞬間、側面の塀に刃の鋒が見えた。不意打ちの斬撃を遊真は足を止めて身を屈めて回避し、すぐさま斬撃の主へと意識を移した。

 

斬撃を繰り出したのは、ボーダーきってのアクション派スナイパー荒船哲次であり、その左手には普段持つ狙撃用トリガーイーグレットでは無く、万能のブレード型トリガー弧月が握られていた。

 

弧月を構えた姿を見て、遊真は荒船が生半可な剣士では無いことを瞬時に感じ取った。

「いいね、面白くなってきた」

口元に思わず笑みを浮かべながら呟く遊真を見て、荒船も口角を吊り上げて弧月を握る手に一層力を入れた。

「クソ生意気なルーキーだな。ぶった斬ってやる」

 

互いの口上を合図代わりとし、エース同士の刃がぶつかり火花を散らした。遊真は持ち前のスピードを活かして立ち回り、逆に荒船は後方にいる穂刈に遊真を向かわせないよう意識して最小限の動きで遊真の前に立ちはだかる。

踏み込まねば剣戟に持ち込めない間合いを探る遊真だったが、その間合いを把握する前に荒船が動いた。展開したままのバッグワームを翻して遊真の視界を制限し、逆手持ちの弧月で刺突を行なった。意表を突く攻撃だったが、それを遊真は躱して反撃を試みる。しかしそのタイミングで穂刈が援護射撃を行い遊真を牽制して動きを鈍らせ、荒船がその隙を逃さずに弧月を振るった。

 

避けきれ無いと判断した遊真はスコーピオンで受太刀したが、刀身が僅かに欠けヒビが入った。

(あらふねさんが攻めて、ほかりさんが援護……。シンプルだけど、だからこそ厄介だな)

荒船隊の攻撃を受けた遊真はそう分析し、動きのパターンを変えた。撹乱するような機動を減らし、穂刈から見て小柄な自らの身体を荒船の陰なるような立ち回りに切り替え、荒船隊の攻撃力を削りにかかった。

(これでどうだ?)

この切り替えがどう出るか伺った遊真だが、そのタイミングで修から通信が入った。

『空閑!穂刈先輩は笹森先輩が捕まえた!ぼくもすぐに射程に捉えて牽制するから、そのまま荒船先輩と戦え!』

仲間からの朗報を受けた遊真は、荒船に聞こえないよう小声で答えた。

『サンキュー、オサム。こっちは任せてくれ』

 

通信を終え、遊真は攻勢に再度移った。

打ち合いに持ち込まれぬよう動き回り、ヒットアンドアウェイやカウンターの動きを駆使して荒船と切り結ぶ。荒船の技量は高くダメージは受けるものの、遊真はそれ以上のダメージを与える。

 

これなら行ける、遊真がそう思った瞬間、1発の銃弾が遊真に襲いかかり左肩を抉った。一瞬だけ遊真が銃弾が飛んできた方向に視線を向けると、笹森に深々と斬りつけられる穂刈の姿が映った。

(捨て身の1発か)

その1発を避けようの無かったものとして割り切った遊真は、すぐに荒船に意識を向け直した。

 

遊真の負傷を好機と見た荒船は踏み込み、攻めに転じた。それに対して遊真はバックステップを踏みながらグラスホッパーを1枚上向きにして足元に展開した。グラスホッパーを見た荒船の挙動が、一瞬ブレた。遊真の背後に塀の壁が待ち構えている以上、グラスホッパーで跳躍して上空に逃れようとしていると判断して荒船は対応しにかかる。しかし荒船のその動きを、遊真は読んでいた。遊真はグラスホッパーでは無く背後の壁を強く蹴り荒船に特攻を仕掛けた。

 

「!!」

特攻を見た荒船は驚いたものの、その特攻に対して後出しで弧月で防御できるように構えた。

(いい動きだがこちとらクソ速い地木の奴と何十回とランク戦してんだ!追いつけはしなかったが高速機動には慣れがあんだよ!)

その思いで荒船は防御の構えを取り、遊真の斬撃を防ごうとした。

 

 

 

だが荒船のその目論見は、

 

「確か()()だよね、ちき先輩」

 

そう呟きながら放たれた遊真の()()()()()()()()()()()崩された。

 

「っ!!?」

荒船のトリオン体に何十ものフィルターを通したような、生身の肉体と比べて大幅に落とされた痛覚による痛みが走る。その痛み自体は今まで何度も受けたものであるため動揺することは無いが、完全に防いだはずの攻撃を受けたことが荒船を動揺させた。

 

遊真が放ったのは試合前に彩笑とのランク戦で勝利したことにより伝授された、すり抜ける斬撃『ブランクブレード』。

 

荒船は試合前に微かな噂として耳に入れただけであり、まさかこの試合で体感するなど露ほどにも思っていなかった。それ故に動揺もしたが、ただやられたわけでは無い。斬撃を受ける瞬間、荒船はブランクブレードの仕組みを()()()()()、理解した。

 

(この場面でフェイントのためだけにグラスホッパー使った上に、あんな技まで……!?このチビ戦い慣れしすぎだろ……!!)

 

致命傷ではないが深く刻まれた傷口から大量のトリオンが流れ出る中、荒船は内心そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

防がれたはずだった遊真の斬撃が決まった瞬間、モニターで観戦していた多くの観客に衝撃が走った。

『な、何が起こったーっ!?完璧に防いだはずの荒船隊長の防御を、空閑隊長のスコーピオンがすり抜けてダメージを与えてしまいましたっ!?』

会場の疑問を的確に言葉にする武富の隣で、技を伝授した彩笑1人だけは、ガッツポーズを取りながら遊真へと賛辞を送っていた。

『ゆまちナイスっ!』

 

『地木隊長、もしや今の技が噂の新技「ブランクブレード」なんですか?』

思わずといった様子で武富が問いかけ、彩笑はキョトンとした表情で答えた。

『うん、そうだよ。これもさっき、ボクがゆまちに教えたんだー』

 

『なんと!ということはこれまた空閑隊員ぶっつけ本番で新技を使ってきました!』

 

『ゆまち、肝が座ってるよね〜』

テンションが上がる武富と対照的に、どこかまったりとした様子で受け答えをする彩笑に向けて、東が質問をした。

『地木、もしよければその新技……「ブランクブレード」とやらの仕組みを説明してくれるか?どうやら編み出したのは地木のようだから、言いたくないなら別に言わなくていいが……』

 

『解説するのは別に構わないですよ東さん。だってここで言わなかったらゆまちに贔屓したみたくなっちゃうし』

そう言ってニッコリと笑った彩笑は、自らが編み出した『ブランクブレード』についての解説を始めようとしたが、

『でもその前に、今は試合見なきゃですよね?あ、ホラ!ゆまち達のとこに諏訪さんが乱入してる!勝負所勝負所!!』

モニターに指をさしながらそう言い観客や東、武富の意識をランク戦へと引き戻していった。




ここから後書きです。

ここ数話を書いてて、月守と彩笑はやっぱり2人でセットだなと改めて思いました。

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