ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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先に謝ります。嵐山隊ファンの方々、申し訳ありません。


第7話「後悔したくないから」

トップチームと三輪隊、地木隊は夜の警戒区域を疾走していた。

「目標地点まで残り1000」

ここまで障害らしい障害もなく、順調であった。

 

「おいおい三輪、もっとゆっくり走ってくれよ。疲れちゃうぜ」

太刀川は先導する三輪に向けて言った。それがただの軽口なのか、気持ちが高ぶる部隊を落ち着かせるためなのかは定かではないが、

(……やっぱりこの人は苦手だ)

三輪は太刀川のそういう所が苦手であった。

 

一方、

「やー、三輪先輩。もうちょっと早くしてくれても全然大丈夫ですよ?ダラダラしてるとボクのテンション下がりますし」

そんな太刀川とは逆の事を、彩笑はケラケラと笑いながらそんな事を言った。

「黙れ地木」

「はーい」

三輪はぴしゃりと言い、彩笑は素直に返事をした。三輪としては少々イラつく彩笑の言動だが、心なしかそのやり取りを経て、全体の雰囲気が柔らかくなったような気がした。

 

(こいつらも、やっぱり苦手だな)

三輪は改めてそう思った。

 

そんな会話を交わしつつも、彼らの足は止まることなく目標地点までの距離を詰めていた。

「目標地点まで残り500」

 

そして目標地点がもう目と鼻の先、そこまで近付いたところで、

「!!」

部隊を指揮する太刀川が、

「止まれ!」

そう、指示を出した。

 

足を止めた部隊の前に現れたのは、

「太刀川さん、久しぶり。みんなお揃いでどちらまで?」

ボーダーが誇る実力派エリート、迅悠一だった。

 

*** *** ***

 

「うーむ……。今日も3勝7敗が最高か……」

迅とトップチームが接触したころ、玉狛支部では遊真がボーダーにおいて師匠である小南との戦績を振り返っていた。

「腕があがってるのはあんただけじゃないのよ」

「ほう」

小南に言われて遊真は確かにその通りか、と、納得した。

 

「小南先輩から3本とれたら大したもんだろ」

傍らにいた烏丸京介がそう言ったところで、遊真はふと思ったことを口にした。

「そう言われても、まだボーダーのトリガーで戦ったのはこなみ先輩だけだし、いまいちピンとこないよ」

 

遊真がそう言い、烏丸と小南は思い出した。確かに遊真はボーダーの部隊と戦闘したとは聞いていたが、その時は遊真自身のブラックトリガーを使ったとも聞いていた。ノーマルトリガーとブラックトリガーでは性能が段違いなため、相手の強さに対する印象も多少変わるだろうと思い、烏丸は尋ねた。

「遊真。おまえがブラックトリガーで戦ったボーダーの部隊はどんな奴らだった?」

 

遊真はわずかに思案したあと、

「『重くなる弾の人』と『ヤリの人』。それから『速くて笑う人』と『カクカク曲がる弾の人』だよ」

そう答えた。

 

「重……、は?」

小南は誰のことを指しているか分からなかったが、

「ああ、三輪先輩に米屋先輩、それに地木に月守か」

烏丸は遊真の言った特徴からどれが誰なのかを正確に言い当てた。

 

面子を聞いた小南は確認を取るように遊真に尋ねた。

「三輪隊に地木隊ってこと?」

「ん、多分。『速くて笑う人』と『カクカク曲がる弾の人』は最後に名乗ってたよ。ちき隊だって」

その時のことを思い出して、遊真は2人に質問した。

「そうだ。あの時、『規格外にしてランク外』って言ってたけど、あれってどういう意味なの?」

と。

 

「……」

「……」

小南と烏丸は顔を見合わせ、どう説明するか、どこまで説明するかを悩んだ。

 

「……いくつか理由があるが」

声のトーンを少し落として、烏丸が口を開いた。

 

 

「まあ、1番の理由は、隊務規定違反だな」

 

*** *** ***

 

一触触発とはこのことか、と、誰かが思った。

「なんだ迅。いつになくやる気だな」

太刀川の声自体は穏やかに聞こえるが、その奥にある闘志はこの場にいる誰もが感じていた。

 

「模擬戦を除く戦闘はボーダーで禁止されている。隊務規定違反で厳罰を受ける覚悟はあるんだろうな?迅」

「ならうちの後輩だってもうボーダー隊員だよ。それならあんたらもルール違反だろ、風間さん」

「……!」

風間の言葉に、迅はそう答え、

「正式な手続きで入隊した正真正銘のボーダー隊員だ。誰にも文句は言わせないよ」

念を押すように言葉を続けた。

 

そこで、

「あの、すみません、迅さん。でも、その…、正式な入隊日は、まだ、ですよね?」

控えめに、だがはっきりとした声で天音は言った。

 

「……!」

ほんの一瞬、迅が驚いた様子を見せると同時に太刀川がニヤリと笑った。

「天音の言う通りだ」

隠密行動用に展開していたバックワームを解除しつつ、太刀川は天音の意見を補足し始めた。

「正式入隊日は1月8日。それまでは本部ではボーダー隊員だとは認めない。俺たちにとって、それまではおまえのその後輩はただの野良ネイバーだ」

完全にバックワームが解除されると同時に、

「仕留めるのになんの問題もないな」

まるで宣言するように、太刀川は言った。

 

隊務規定で遊真を守ることは出来なくなったが、それでも迅は、撤退を選ばなかった。

 

「あくまで抵抗を選ぶか……」

そんな迅を見据えて、風間は最後の通告のつもりで確認するように言った。

「迅。遠征部隊に選ばれるのはブラックトリガーに対抗できると判断された部隊だけだ。……おまえ1人で勝てるつもりか?」

迅はかぶりを振って否定した。

「おれはそこまで自惚れてないよ。遠征部隊に加えて、A級の三輪隊に、地木隊。おれがブラックトリガーを使ったとしてもいいとこ五分にもならないだろ」

 

迅はそのまま言葉を続けて、

「『おれ1人だったら』の話だけど」

そう言おうとしていた。

 

だが、

 

 

 

 

 

「そーなんですよねぇ」

 

 

 

 

 

そんな迅の言葉を遮って、彩笑が口を開いた。呆れたような、達観したような、楽しそうな、色んな感情が混ざり合った不思議な声で、そう言った。

 

「……?」

彩笑の傍らにいる月守と天音、それどころかこの場にいる全員の視線が彩笑に集まった。

 

彩笑は1歩前に踏み出し、言葉を続けた。

「任務前に太刀川さん言いましたけど、いくら相手がブラックトリガーだと言っても、さすがにこれは戦力注ぎ込みすぎだよね」

 

そんな彩笑の背中を見ながら、

「面倒な予感しかしない……」

「……ですね」

月守と天音は小声で呟いた。

 

そんな2人の声は届かず、彩笑は歩み続ける。1歩1歩、確実に迅の方へと向かいながら、言葉を紡ぐ。

「この任務、最初に聞いた時から思ってたけど、これって要は強盗と同じだよね?あの時はタヌキ……、じゃないや、鬼怒田さんの言葉にイラっとしたから思わず引き受けるって言ったけど……、やっぱりこう、ボクは納得いかない」

 

そう言い切ったところで、彩笑は迅の目の前まで迫っていた。

「……つまり?」

迅は言葉短く問いかけた。

 

「つまり」

くるっと回りながら、彩笑は迅の隣に並んだ。

 

笑顔で、楽しそうな声で彩笑は宣言する。

「ボクは、迅さん側に付くってこと」

と。

 

「……はぁっ!?」

誰かが思わず叫び、彩笑は面白そうに声を上げて笑った。

 

*** *** ***

 

「…隊務規定違反?」

遊真は言葉を反復した。

 

「ざっくり言えばルール違反なんだけど……。元々、隊長の彩笑ちゃんの性格も性格だし、メンバーもなんだかんだでクセがある子だし、細い違反はちょいちょいやらかしちゃってたのよ。そこに大きな事件が重なっちゃって、ランクから外されたの」

「まあでも、あれは向こうにも多少は非がありましたけど……」

 

どこか遠回しに「仕方ない」という小南と烏丸の反応を見て、

「……?」

遊真は更に疑問が深まった。

 

「……話を戻そう」

この話題を断ち切るかのように烏丸はそう言い、元々話題へと修正していった。

 

「地木と月守の実力だが、まあ、小南先輩ほどじゃないが、十分に強いぞ」

「ほう」

「そうね。今の遊真が正隊員のトリガーで挑んでもボコボコにされて終わるわ」

「ほうほう」

 

烏丸、小南の評価を聞き、遊真は地木隊に僅かながらにも興味を持ち、尋ねた。

「じゃあさ、そのちき隊はランキングから外される前は何位だったの?」

烏丸は一息ついてから、再び口を開いた。

「地木隊は、ランクから外される前……。ほんの1シーズンにも満たない短い間だったが7位だった。ただし……」

 

*** *** ***

 

「ふざけるな地木!」

迅の味方についた彩笑に向かって、三輪が声を荒げて叫んだ。

「ん?ふざけてませんけど?」

キョトンとしながら彩笑は答えるが、それがさらに三輪の神経を逆なでした。

「この……っ!」

思わず『弧月』を抜刀しかけたところを、

「落ち着け三輪」

「奈良坂……!」

同じ部隊の奈良坂が諌めた。

 

その効果なのか全体の動揺も一時収まり、それを見計らって風間が月守に向かって声をかけた。

「月守。お前のとこの隊長をどうにかしろ。あいつが向こうに付くとなると、面倒だ」

 

月守は盛大なため息を吐いてから、1歩前に進み、彩笑に向かって話しかけた。

「……何個か質問するぞ?」

「いいよー」

真剣そのものの月守とは対照的に、彩笑はニコニコとした笑顔で応じた。

 

「これは気まぐれで行動してるんじゃないよな?」

「もちろん」

彩笑は即答する。

 

「誰かに頼まれたとか、そういうんじゃなくて、自分で考えて行動してるんだよな?」

「ボクはいつでもそうだよ」

やはり即答する。そして逆に、彩笑が月守に向かって、

「ってか咲耶。そういう遠回しな質問はメンドいからいいよ。本当に聞きたいことは?」

そう言った。

 

月守はほんの少し間を空けてから、本当に聞くべきことを問いかけた。

 

 

「後悔しない?」

 

「後悔したくないから、今こうしてる」

 

 

それを聞いた月守は、もう一度大きなため息を吐いた。そして、

「……じゃあ、仕方ないな」

彩笑がしたようにくるっと回り、太刀川たちを見据えて、

「……すみません、皆さん」

謝罪の言葉を口にした。

 

合わせてその中から天音がゆっくりとした歩みで、月守の隣に並び、同じように太刀川たちを見据えた。

月守は申し訳なさそうに言葉を紡いだ。

「うちの隊長がああ言った以上、テコでも動かないっす。そんで、ああ言ったからには、俺はあいつを全力でサポートしきゃいけないんす」

困ったような笑顔で、月守はそう言った。

 

「……まさか」

その言葉の意味を風間が理解したところで、月守と天音は同時に後方へ跳躍し、彩笑の隣に降り立った。

 

一度収まりかけた動揺が、再び彼らに現れた。

 

「こういうこと、です」

天音のか細い声が届き、トップチーム連合全員が理解した。

 

それを代表するかのように太刀川が口を開いた。

「地木隊が敵に回ったか……!」

 

トップチーム連合の動揺が収まらないうちに、彩笑は迅に向かって言った。

「まあ、そういうわけで味方に付きますね、迅さん」

 

「あ、ああ。助かるっちゃ助かるが……、本当に良いのかい?おれはともかくとして、君たちには命令違反ってことで懲罰が出るかもしれないぞ?」

それに答えようとした彩笑に代わって、月守が答えた。

「いいんすよ、迅さん。俺たち懲罰食らってランク外にいるんすもん。もう1個重なったところで、今更って感じです」

「はい」

天音も月守の言葉に、頷きながら肯定した。

 

そんな2人に向かって、

「ごめんねー、ボクのワガママに付き合わせちゃって」

彩笑は苦笑いしながら謝り、

「え?今更?」

「もう、慣れっこ、ですよ」

月守と天音は呆れたように答えた。

 

あまりにもあっさり言ってのけ、ワガママを許してくれる2人に、

「…………ありがと」

彩笑は小さな小さな声でお礼を言った。

 

その一連のやりとりを見た後、迅はトップチーム連合に向かって警告した。

「これはまさかの展開だったけども……。こうなったならはっきり言ってこっちが勝つよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる。…別に本部とケンカしたいわけじゃない。退いてくれると嬉しいな、太刀川さん」

 

「なるほど。『未来視』のサイドエフェクトか」

警告を受けた太刀川は、左腰に差した弧月の柄を握った。そのままゆっくりと抜刀しつつ、言葉を続ける。

「ここまで本気のおまえは久々に見るな……、おもしろい。おまえの予知を覆したくなった」

 

前座はこれまでだと言わんばかりに、全員が戦闘態勢に入る。太刀川を中心にトップチーム連合は布陣を組み、迅もブレード型のブラックトリガー『風刃』を抜刀する。

 

地木隊も構えるが、不意に彩笑がこう言った。

「……ふふ。久々の本気の戦闘なのに、この服じゃ気合い入んないよね!」

心底楽しそうな言葉に、月守と天音も頷き、3人は声を合わせて言った。

「「「戦闘体、再換装」」」

 

地木隊3人の戦闘体が再換装される。特別な機能が付くわけでもない。ただ、身に纏う隊服が変わっただけだ。

 

黒を基調とした、軍服を思わせるデザインの隊服だった。

 

その姿を見た太刀川が嬉しそうに口を開き、

「ほお……。ってことは、俺たちもそのつもりで相手するぞ、地木隊」

ある1点を見据えた。

 

見据える先にあるのは、エンブレムだ。

放射状に広がる花びらが特徴的な、1輪の花が描かれたエンブレム。

 

エンブレムの中の順位や階級を示す部分には何も刻印されてはいない。

だがオリジナルのエンブレム……。それはA級に辿り着いたことがある証だ。

 

彩笑はスコーピオンを右手に展開し、天音は右腰に差した弧月を左手で抜刀し、月守は左手を掲げるようにそれぞれ構えた。

 

「あっはは!太刀川さんならそう言うだろうと思ってました!」

彩笑が心底嬉しそうに言い、戦いの火蓋が切られた。

 

 

*** *** ***

 

戦いの火蓋が落とされる少し前のとある通信記録より。

『あー、すまん嵐山隊。ちょっと予想外の展開になっちまったわ』

『ちょっと迅さん!オレの出番は!?必殺ツインスナイプを披露できる日がやっと来たのに〜!』

『佐鳥先輩うるさいです!』

『はいはい、木虎も落ち着いて』

『気にするな迅!万が一に備えて俺たち嵐山隊は控えてる!危なくなったらいつでも呼んでくれ!』

『……嵐山、お前のそういうとこ、ホント尊敬するわ。今度なんか奢るから、許してくれ……』




ここから後書きです。
前書きでも謝罪しましたがもう1度。
嵐山隊ファンの方々、申し訳ありませんでした。佐鳥だけでは間に合わず、まさかの嵐山隊の出番をごっそり削る展開に……。
おそらく後日、迅から事情を聞いた月守か真香ちゃん辺りがお菓子持参で謝罪しに行くことでしょう。

隊服についてサラッとすませましたが、イメージとしては『終わりのセラフ』の日本帝鬼軍の軍服が1番近いです。

ブラックトリガー争奪戦、本格的にスタートです。

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