ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第66話「空白の剣」

彩笑から伝授された新技「ブランクブレード」で荒船に致命傷を負わせた遊真は、ここまで出来過ぎだと頭の片隅で思った。

 

隊長の修が組み立てたプラン通りに試合が進み、実際に今、自分たちが優位に試合を進めている。限りなく勝ちに近づいているものの、かつて積み上げた戦いの経験が詰めを怠るなと警鐘を鳴らす。

 

そして遊真の予感は的中し、荒船との戦闘に紛れて接近してきた諏訪が民家の屋根の上で高さの利を確保した状態でショットガンの引き鉄を引いた。広範囲に及ぶアステロイドの散弾だが試合中盤で脚を狙撃されバランスを崩した諏訪は狙いをつけることに四苦八苦し、遊真と荒船は回避とシールドを併用して攻撃を凌いだ。

 

反撃を仕掛けようと試みた遊真だが、少し離れた場所にいて戦場を把握していた修がチームに通信を入れた。

『空閑!笹森先輩がそっちに向かった!カメレオンを起動してる!宇佐美先輩、位置情報を!』

 

『OK!遊真くん、真後ろのちょっと左!すぐ来るよ!』

 

『了解』

2人からの情報を得て、遊真は自らを囮にして笹森を釣り出すことにした。来る方向さえ分かっていれば攻撃に移る瞬間に殺せる確信があった遊真だが、その目論見は他のトリガーを使わずカメレオンを起動したまま羽交い締めを仕掛けた笹森の好手により崩された。殺傷を目的としない笹森の行動に驚いた遊真は反応がわずかに遅れ、後手になりながらも背中を起点としたブランチブレードで笹森に反撃した。仕留めたものの、ここで遊真の足は完全に止められ、的同然となった遊真に諏訪が銃口を向けた。

 

勝ちを確信した諏訪だが、ここで玉狛が潜めていたカードを切った。序盤の数発以降は隠密行動に徹していた雨取が、再びアイビスを放った。建物を破壊しながら飛んでくる雨取のアイビスには射線など有って無いようなもので、諏訪、笹森、荒船、遊真がいる地形条件をガラリと書き換えた。

 

この時点で遊真からの一撃で多くのトリオンを失っていた荒船は生き残ることを放棄し、トリオンが尽きる前に素早くイーグレットを構えて雨取へとカウンタースナイプを仕掛け、命中させる。そして遊真を捨て身で止めた笹森のトリオンがここで尽き、雨取と笹森はほぼ同時にベイルアウトしていった。

 

その一方で遊真と諏訪、エースと隊長による最後の一騎打ちが展開されていた。諏訪の放つ散弾アステロイドを遊真はトリオン体のフットワークを活かして回避し、接近する。遊真からすればスコーピオンで斬りつけるための当たり前の行動だが、片足を失い機動力が低下した諏訪にとっては、近づいてくる遊真の動きは実にありがたかった。

 

ギリギリまで遊真を近寄らせた諏訪は、ここまでの試合から遊真の動きを予測し、駆け引きに出た。空中に身を躍らせた遊真に銃口を向けると、遊真はセットしていたグラスホッパーを展開して空中で切り返した。だがその切り返しは諏訪が予想した動きそのものであり、ショットガンの銃口は遊真を捉えて離さなかった。

引き金を引いた諏訪は、今度こそ勝利を確信した。しかしその確信ゆえに諏訪は無防備となり、そのタイミングでこれまで攻撃らしい攻撃をしていなかった三雲が諏訪の死角からアステロイドを放った。

 

『諏訪さ……』

先にベイルアウトし、作戦室からレーダーを見ていた堤が警告したが時すでに遅く、三雲のアステロイドは諏訪のトリオン体を貫いた。

 

(最後の最後で……、エースを囮にしたのか……!)

ちゃっかりシールドを展開して諏訪のショットガンを防いでいる遊真を見た諏訪は、ここまでが玉狛が描いていたシナリオだったことを悟った。

 

素直に完敗したことを諏訪が内心認めたところでトリオン体に限界が訪れ、強制的にベイルアウトとなった。そしてほぼ同じタイミングで傷口からトリオンが全て流れ出た荒船もベイルアウトとなり、玉狛の勝利となった。

 

満身創痍の状態である遊真の元へ修は駆け寄った。

「空閑……その、無茶をさせたな」

身体を張ってくれた遊真に向けて修は申し訳なさそうな表情をするが、それに対して遊真はひらひらと手を振った。

「別にへーきだよ。それより、今回も勝ったぞオサム」

 

「……!ああ、そうだな」

そう言った修は遊真のそばで屈み、互いの頑張りを讃えるように拳を合わせ、今一度勝利を噛み締めたのであった。

 

*** *** ***

 

諏訪、荒船の両隊長がベイルアウトしたことにより、試合が決着した。

『ここで決着!最終スコア6対2対1!デビュー2戦目も大量の6得点を挙げ、玉狛第2の勢いが止まりませんっ!』

実況の武富が言うように玉狛のスコアは中位グループの試合としては大量得点の部類に入る。それが玉狛の強さを裏付けでもあり、そのことを実感している多くのギャラリーからは騒めきが絶えず発せられていた。

 

『……さて、振り返ってみてこの試合、いかがだったでしょうか?』

武富が解説担当の2人に話題を振り、すぐに東が口を開いた。

『玉狛が終始作戦勝ちをしていた、という印象ですね。相手の得意な陣形を崩すこと、そしてそこへ空閑を上手く当てる。これを徹底した結果が、6点という大量得点に繋がってると言えるでしょう』

東は玉狛の立てた2つの策を示すように2本指を立て、隣に座る彩笑みはそれを真似しながら東のコメントに続いた。

『玉狛第2と諏訪隊を敵に回した状態になっちゃった荒船隊はお気の毒に〜、って感じだけど、玉狛が荒船隊を警戒してたのが伝わってきたかな』

 

『荒船隊は当然ですが、諏訪隊にとっても辛い試合だったと言えますね。連携を売りにしてる諏訪隊ですが、今回は試合展開上別行動を強いられ、本来の強みを出せなかったのは不本意な結果でしょう』

 

『諏訪さんと堤さんに組まれてショットガン撃たれたら厄介だからね。序盤に堤さん落ちなかったら、試合の展開全然違ったんじゃないかな』

東と彩笑がテンポ良く解説を進める中、会場内で試合を見ていた黒江双葉が隣に座る米屋陽介に、ふと、疑問を口にした。

「米屋先輩」

 

「あん?どうした?」

 

「玉狛の作戦ってそんな意味があったんですか?単に、クガって人が強かっただけに見えたんですけど」

特別大きな声で発せられた訳ではないが、不思議とその声は会場にいた人の耳に届いた。そしてそれは地獄耳の気がある彩笑にも届いていた。

『ちゃんと意味はあるよ、ヌヌちゃん』

 

「……地木先輩、ぬぬちゃんって呼ぶのはやめてくださ…」

 

『ゆまちは確かに強いけど』

双葉の抗議も虚しく、彩笑は玉狛がとった作戦の重要性を話し始めた。

『フツーのステージでイーブンな条件なら、玉狛は苦戦を避けられなかったはずだよ。経験値の差が大きいし、何より荒船隊が全員自由に動けたらどこから撃ってくるか警戒するだけで動き硬くなっちゃうでしょ?』

会場中の注目が集まるが、彩笑はそんな中でも堂々と自らの意見を語った。

『だから玉狛はステージ設定で、荒船隊の動きに方向性が付くように仕向けた。狙撃に有効で、分かりやすいアドバンテージにもなる「高台」っていうゴールを争うような展開に、全部隊を巻き込んだの。あとついでに、序盤から的になって荒船隊の位置を割り出してたのも大きいかな』

会場中の注目に応えるかのように、彩笑はにこやかな笑みを見せた。

『地形を使って、相手を動かす。凄く大切で奥が深い、でもそれでいて地形戦の基本だよ、ヌヌちゃん』

 

「……ありがとうございました」

再度ヌヌちゃん呼ばわりされることには納得いかないものの、解説にはひどく納得してしまった黒江は彩笑に向かってお礼を言った。

 

そして黒江がお礼を言った直後、会場の一角にいた緑川駿が、隣にいる和水真香に向けてヒソヒソ声で問いかけた。

「ねえ和水先輩」

 

「なに?緑川くん」

 

「地木先輩って勉強できそうな感じ全然無いのに、何でこういう時は頭いいの?」

 

「月守先輩が言ってたんだけど……。地木隊長普段……というか戦闘中は考えるより先に動いたりとか直感で動くことが多いけど、落ち着いて考えればそれなりに地頭あるんだって」

 

「へー、なんか意外」

 

「あと単純に、興味が有るか無いかも大きいみたい。地木隊長、5教科の中で英語が特に好きで、英検の準一級待ってるんだって」

 

「ウソでしょっ!?」

意外な成績に驚き、思わず大きな声を出してしまった緑川へと周囲の目が集まるが、

『いやいや、ウソじゃないよ〜』

ちゃっかりこの会話も聞いていた彩笑は淀みなく答え、再び周囲の注目を集めた。

「ちょっ、地木先輩なんで聞こえてるの!?」

 

『キクリンほどじゃないけど、ボク耳が良いんだ。咲耶曰く地獄耳!』

ドヤ顔で言い放つ彩笑が周囲の笑いを誘ったところで、今日1日の各隊の得点集計が終わり、更新された暫定順位がモニターに記され、武富がそれを読み上げた。

『本日の結果を受け、暫定順位が更新されました!玉狛第2は8位に浮上し、早くも中位グループのトップに立ちました!逆に諏訪隊と荒船隊は10位と12位にそれぞれダウンしました』

 

『あっ!ボクたちと荒船隊、得点一緒だけどスタート位置のせいで順位負けてる!13位!』

悔しがる彩笑を横目に、武富は苦笑しながら言葉を続けた。

『次戦も変わらず下位グループが8チーム、中位と上位は7チームという組み合わせのようですね。公平を期すために時折上中下の内訳が変わるとのことですが、今のところ下位グループが8チームのままです』

 

『みたいだね。あ、対戦カードも出た!中位グループは……玉狛第2と鈴鳴第一と那須隊の三つ巴と、荒船隊と諏訪隊と柿崎隊とボクたちの四つ巴だね!』

発表されたカードを見て、東が興味深そうな表情を浮かべた。

『三つ巴は面白い組み合わせになりましたね。いずれのチームも前衛中衛後衛がそろった3人編成……、今回と違って順位からしてマークされ、ステージも選べない玉狛の真価を図る一戦になりそうですね』

続いて四つ巴に参加する当の本人である彩笑が、自らの対戦カードについてコメントした。

『四つ巴の方は、遠距離、近距離、万能……、みんな見事にジャンルがバラバラだから、やりたいことをやれたチームが勝つ感じになりそう』

 

『地木らしい見方だな。それとついでに聞くが、荒船隊は遠距離、諏訪隊が近距離、そして柿崎隊を万能とするなら……、お前たち地木隊は何になる?』

 

『うーん……色々あるけど、あえて言うなら』

東の問いかけに対して彩笑はちょこんと首を傾げてからクスッと笑い、

『爆発力!』

自信満々に、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が終わり、順位が更新され対戦カードも発表されたため、観戦会場からは徐々に人が消え始めた。人がまばらになってきたところで彩笑は体重を椅子の背もたれに預けて、息を吐いた。

「ふあー……緊張した〜」

力の抜けた声でそう言う彩笑を見て、武富が小さく笑った。

「緊張したと言う割には堂々としてましたね」

 

「その裏で心臓ばくばくだから。もー、こういうの何回もサラッとやってて武富ちゃんも東さんも凄いね」

彩笑は言いながら机の上にダラリと身体を伸ばしつつ2人に視線を向けた。その動作にどことなく猫っぽさを感じながら、東は口を開いた。

「こういうのは慣れてしまえば、どうってことないさ。地木もこの手の仕事を月守にばかり押し付けないで、やってみたらいい」

 

「東さんそれ誤解ですよ〜。ボクが押し付けてるんじゃなくて、咲耶が自分からこういうの取っていくの」

 

「そうなのか?その割には、月守が会場にいないが……」

 

「不知火さんに拉致られてる」

 

「ああ、なるほど」

端的な説明で事情を察した東は気の毒そうな表情を浮かべた。その東を横目に、彩笑は笑顔で武富へと話しかけた。

「さてと、武富ちゃん!約束通り例のブツを……」

 

「なんでそんな怪しい言い方するんですか!明日にでも今日の試合動画、解説付きのやつあげますよ」

 

「あはは、サンキュ!」

解説任務という労働の対価を得た彩笑はスクッと立ち上がり、

「東さん、武富ちゃん、おつかれさま!今日はすっごくためになりました!」

そう言ってぺこりと一礼した。そしてすぐさま身体を翻し、

「それじゃボク、これからソロ戦の約束あるので!」

快活さを思わせる笑顔を2人に見せてから去って行った。

 

小柄な後ろ姿が見えなくなったところで、武富が東に話しかけた。

「ほんと、地木先輩っていつでも元気ですよね」

 

「そうだな。アレが地木らしさではあるが……」

 

「ですよね。そういえば東さん、結局聞けませんでしたね」

 

「聞けなかった……ああ、ブランクブレードのことか」

 

「はい。試合後に話すって言ってましたけど、地木先輩行っちゃいましたし……」

 

「そうだな」

そんな会話をしつつも東は、

(確認のために聞こうとしただけだから、別に問題は無いけどな。というか、あれは名前自体がもう答えみたいなものだが……)

内心密かに、そう思っていた。

 

 

*** *** ***

 

 

試合が終わった遊真は観戦会場にいた緑川と合流し、グラスホッパーを教えてもらった見返りとして約束していたランク戦を行うために、ソロランク戦用のブースに来ていた。

「よし、んじゃやるかミドリカワ」

 

「いいよ遊真先輩。何本にする?」

 

「うーむ……」

そうして2人がランク戦のルールを決めているところへ、

 

「おー、遊真に緑川。丁度いいとこにいたな」

 

やんわりとした笑みを浮かべながら現れた月守が声をかけた。

「お、つきもり先輩だ。こんにちは」

「うげ、月守先輩……」

リラックスしながら挨拶する遊真とは対照的に、緑川はどこか焦った様子で半歩後ずさりした。そんな緑川を見て、月守はなぜか楽しそうに話しかけた。

「うげってなんだよ緑川」

 

「いや、だって……」

 

「まさかまだ、レッドバレット事件のこと根に持ってるのか?」

 

「いやいやいや!そんなことないから!」

ブンブンと手を振って緑川は否定し、月守は一層楽しそうな笑顔を見せた。

「ん、そうか。そんじゃちょっと付き合ってくれ。今丁度レッドバレットセットしてるから」

 

「丁度って何さ丁度って!あーもう!遊真先輩、おれ先にブース入ってるからね!」

冷や汗を浮かべた緑川はそう言って、近くの空き部屋へ逃げ込むように走って行った。

 

普段とは違う様子の緑川を見て、遊真は月守に問いかけた。

「つきもり先輩、ミドリカワに何かしたの?」

 

「んー、昔……緑川が入隊した時に、ちょっとレッドバレットを撃ち込んだことがあってな」

 

「あ、おれが入隊した時に言ってたやつ?あれ、つきもり先輩だったんだ」

 

「それそれ」

当時のことを思い出し、月守は肩をすくめて言葉を続けた。

「言い訳になるけど、あの時期はA級昇格とか高校進学とか色々ゴタゴタが重なって、ちょっとイラついてたんだ。だから形としては八つ当たりになるな」

 

「八つ当たりは駄目だぞ、つきもり先輩」

 

「面目ない。まあ、それはさておき……。さっきの試合、途中からだけどタブレットで観たよ。勝ったじゃん」

言いながら月守は右手を伸ばし、遊真の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「かなり上手く試合を運べたのもあるけど……。直前でちき先輩から色んな技を教えてもらったおかげでもある」

 

「彩笑から?ああ、そういやブランクブレードとか使ってたもんな。あれ、難しくないか?」

 

「タイミングさえ合えば、意外といけるよ。というかその感じだと、つきもり先輩は仕組み知ってるんだね。うさみ先輩とか、かざま隊の人とかは知らないって言ってた」

月守は彩笑のブランクブレードがつい先日形になったことを知っているため、

(そりゃ知らないだろうなぁ……)

内心微笑しながらそう思った。

 

そして彩笑のことが話題に上がったところで、月守は思い出したように口を開いた。

「そうだ。ところで遊真。彩笑、どこにいるか知らない?」

唐突な問いかけだったが、遊真は慌てずに答えた。

「ちき先輩ならそのうち来ると思うよ。ミドリカワとランク戦する約束してたみたいだし」

 

「なるほど。じゃあ、ここで待とうかな。ちょいと話さなきゃならないこと、あるし」

そう言って月守は近くの椅子に座り、軽く腕を伸ばした。

「あと遊真。俺から声かけといてなんだけど、緑川はいいのか?多分、遊真来るの待ってるよ」

 

「おっと、いけね。んじゃつきもり先輩、ちょっと行ってくるよ」

 

「おう、行ってらっしゃい」

手を振って遊真を見送った後、月守は正隊員に支給されるタブレットを取り出し、さっきまで行われていた玉狛の試合動画を選択した。その中から遊真と荒船が切り結んでいる場面を再生させ、遊真がグラスホッパーを囮にしてブランクブレードで荒船を斬りつける場面になると動画をスローモードに切り替えた。そして遊真のスコーピオンが荒船の弧月に防がれる瞬間に動画を一旦止めて、荒船が斬られる瞬間までコマ送りで再生した。

 

一連の動きを見て、月守はゆっくりと息を吐いた。

「……よくもまあ、こんなとんでもない技を決めるもんだよ」

誰かに聞かれることを想定していない独り言だったのだが、

「決めるよ。だってたくさん練習したから」

背後からよく聞き慣れた声が飛んできた。

 

不意をつかれた月守だが、不思議と慌てることなく、ゆっくりと振り返って相手を見た。

「俺が驚いてんのは、直前に教わったっていう遊真がぶっつけ本番で決めたことだよ。お前が……彩笑が努力してるのは俺が1番良く知ってる」

いつの間にか月守の背後を取っていた彩笑はその言葉を聞き、口元を綻ばせた。

「あはは、褒められた」

 

「褒めたつもりはないんだけどな。単に、頑張ってるのを知ってるよって言っただけ」

 

「それでもボクは褒められたって思ったの。咲耶、そういうの無自覚にやるよね」

 

「無自覚にって……。他にもやってたっけ?」

 

「教えない〜」

ケラケラと笑いながら彩笑は月守の隣に座り横から小さな手を伸ばし、その細い指先でタブレットを操作して同じ場面から通常速度で再生した。

「ってかさ、わざわざスローにしなくても見えるよ?」

 

「分かるかよ。どんな動体視力してんだ」

会話しながらも動画は流れ続け、あっと言う間に遊真がブランクブレードを決めた。そこで彩笑は動画を止め、下から覗き込むように月守の顔を見た。

「ね?見えたでしょ?」

 

「まあ、ギリギリな。このタイミングってわかってたし。だから逆に、言われなきゃ分かんないだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

月守がそうブランクブレードの仕組みを話すと、彩笑は悪戯っ子を思わせる笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

ブランクブレードの仕組みは、スコーピオンの展開と解除を高速で行なうという、言葉にすればそれだけのシンプルなものである。

 

これ見よがしにスコーピオンで斬りかかり、相手が受太刀しようとブレードを構えたのを確認してタイミングを計り、こちらのスコーピオンが相手のブレードに当たる瞬間にスコーピオンを解除する。そして何も持っていない状態で相手のブレードの内側に入り込んだところで再びスコーピオンを展開し、斬りつける。

 

誰もが当たり前に行なうトリガーの解除と展開を突き詰めて高速化させた技術こそが『空白の剣(ブランクブレード)』の正体だった。

 

 

 

 

 

 

彩笑の悪戯っ子のような笑顔を見ながら、月守は言葉を紡いだ。

「最初はそんな高速展開とかできんのかって思ったけど……よく考えればみんなシールドとかはパパッと展開してるし、カゲさんあたりも見失うくらいの速度でスコーピオン伸ばしたりしてるもんな」

 

「まあね。でも普通は戦闘前に武器構えたいから、案外みんな武器系トリガーは高速展開しないんだよね。ゆったり展開する人多い」

 

「弧月とかレイガストあたりは鞘付きで出てくるし、普通は高速展開しないだろうな。仕組み、発表すんの?」

月守は内心答えは分かりきっていたが、あえて訪ねた。そして彩笑はそれを裏切る事無く答えを返す。

「当たり前」

「だよな。……今後スコーピオン使いに当たる時は、警戒する技が1つ増えそうだ」

「そう?初見だったら驚くだろうけど……、少し考えれば弱点なんてたくさんある技だよ?」

そう言った彩笑は月守から目線を外し、壁に備え付けてある巨大なモニターに目を向けた。

「とりあえず、これ終わったら駿に教える」

 

「そうか……10本勝負だとして、何対何になると思う?」

 

「7対3でゆまち。咲耶は?」

 

「……なんだかんだで遊真が勝つかな。6対4にしとく」

 

「そこまで競るかな」

そう言って彩笑は椅子に深く座り直し、床から浮いた足をパタパタさせながら口を噤んだ。言葉を発さないのは月守も同じで、2人は遊真と緑川のランク戦が始まるまで、無言だった。

 

正隊員同士の対戦が映されたモニターにギャラリーの目が集まってきたところで、彩笑はやっとの思いで口を開いた。

「……咲耶、あのさ。ボク、咲耶に言わなきゃなんないこと、あるんだ」

 

その言葉を聞いた月守は目線をモニターから彩笑へと移した。

しおらしいという表現が当てはまるような申し訳なさそうな表情を浮かべていた彩笑に、月守は小さく笑った。

「へぇ、奇遇だね。俺も彩笑に言わなきゃならないこと、あるんだ」

 

「え、そうなの?なになに?」

 

「言ってもいいけど……」

興味津々といった様子で彩笑は問いかけるが、月守はすぐには答えず、1つ提案をした。

「その前にさ、ランク戦やろうよ」

 

「ランク戦……?」

その提案は、普段あまりランク戦に積極的ではない月守にしてみれば珍しいものであった。

地木隊作戦室のトレーニングルームにてポイントが動かない模擬戦ならば2人は普段から行なっているが、ポイントが変動するランク戦は、それこそ1ヶ月前の入隊式で戦った時以来だった(ラウンド1の後にランク戦の約束は取り付けていたもののその時は結局戦わなかった)。

 

珍しい提案をしてきた月守の意図を彩笑は尋ねた。

「別にいいけど……なんでまた?」

 

「なんとなくかな。ほらこの前の入隊式の時、そんな約束したなあって、今思い出したから」

そんな理由を()()()()()()()()()()()月守を見て、彩笑はため息を吐いた。

「そんな下手な笑い方して嘘つかないでよ。本当の理由は?」

 

「あー、嘘ついてるのはバレたか。本当の理由かー……」

のらりくらりとしながら答えることをはぐらかす月守を見て、彩笑は僅かな苛立ちを覚え、食ってかかろうとした。より一層問い詰めようとして話そうとした、その時、

 

 

 

「強いて言うなら、その作り笑いにイラついたからだよ。下手な笑い方とか言われたけど、大根役者よりも嘘くさい作り笑顔してる今の彩笑には言われたくないな。見ててイライラする」

 

 

 

 

月守が怒気を混ぜた声で彩笑の機先を制した。声に引っ張られ、怒りの色が混ざった表情を見せる月守は、普段の柔らかな印象とのギャップで数割増しで怒って見えるため、普通なら思わずたじろぐほどの迫力があった。しかし彩笑はたじろぐことなく、むしろその月守の豹変ぶりに対して怒りをあらわにした。

「はあ?何それ?せっかくボクが謝ろうとしてたのに、その態度なに?イライラすんのはこっちなんだけど?」

「お前が何に対して謝ろうとしてんのか知らねえけど、辛気臭い表情で謝られても迷惑なだけだな」

「はあぁーっ!?咲耶、調子乗ってんの!?超むかつくんだけど!」

「むかつくのはこっちも同じだ」

一歩も引かず互いに怒りや苛立ちを言葉にしてき、同時に立ち上がった。

 

野生の獣を思わせる鋭い目つきで睨む彩笑は、月守の胸ぐらを掴んだ。

「先にケンカ売ってきたの咲耶だからね」

「なにそれ何の確認?グダグタ言ってないでやろーぜ、ランク戦」

「ーーっ!!……わかった、やるよっ、ランク戦!!そんでボッコボコにして、調子乗ってごめんなさいって謝らせる!」

 

「出来るもんならやってみろ」

売り言葉に買い言葉でランク戦を承諾し、それぞれが空いているブースへと入った。そして入るなりすかさずブース間で通信を繋ぎ、ルールの取り決めを始めた。

『トリガー制限無しの10本勝負!ステージは毎回ランダムで、引き分けなら延長!』

マイクに向かって怒鳴りつける彩笑に対して、月守は表面上冷静に答えた。

『それでいいよ。まあ、引き分けにはならないだろうけどな』

『へえ、勝つ気満々じゃん。ソロ戦サボってばっかのくせに』

『言ってろ』

軽く柔軟をして準備を終えたところで彩笑がタイミングよくランク戦を申請を行い、躊躇わずに月守はそれを受諾するが、彼はその一瞬、物思いにふけった。

 

*** *** ***

 

自分らしくない挑発だと思う。

でもどうしてもそれをしなきゃいけなかった。

というより気づいたら挑発していた。

 

訓練で昂ぶった心持ちだったからかもしれなけど、もしかしたらそれは関係ないのかもしれない。

 

心の中で渦巻くこの感情に名前を付けるなら、『許せない』が1番近いと思う。

 

下手な笑い方に下手な嘘とお前は言う。俺のことを見透かしたようにそう言うけれど、それはこっちだって同じだ。

 

心から申し訳なさそうにしているお前が本気で謝りたいって思ってることくらい、言わなくたって分かってるんだよ。

 

だけど。

 

羨ましくて憧れるお前(彩笑)が、そんな姿を俺に見せていることが、きっと……どうしようもなく許せなかったんだ。

 

*** *** ***

 

そして、遠慮も気づかいもない、手加減無しの戦闘が、始まった。




ここから後書きです。

先日、今までなんとなく敬遠してたワイヤレスイヤホンを買ってみました。めっちゃ便利ですね、なんで今まで使わなかったんだろう。

本編ではやっとブランクブレードの仕組みを書けて一安心しました。以前公式見解と反する「2人がかり合成弾」を書いて以来、オリ技出すときはいつも戦々恐々とします。チラシの裏に投稿してる番外編の方でも色々とオリ技っぽいの出してますけど、中々慣れませんね(巧妙なステマ)。

投稿する度に書いててありがたみが薄れてしまっているかもしれませんが、何度でも書きます。
本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!
次話も頑張ります!

*** *** ***

「咲耶が何を思って彩笑に戦いを挑んだのか」という事は読む方の解釈にお任せしたいと思っていたのですが「月守が何を思ってそうしたのか分からん」という指摘を以前いただいたので、文章を追加しました。

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