ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前書きです。

今回は本編一切関係ない番外編です。
先日深夜と早朝の間に叩き起こされて外を歩いていたら思いついたというか纏まった話です。

番外編ということで遊び心がそこかしこに散らばっています。

それではどうぞ。


唐突な番外編【星を見に行こう】
星を見に行こう!


「みんな、明日ヒマ?」

8月半ばのある日、防衛任務を終えて作戦室に地木隊全員が揃うと、彩笑がどことなくワクワクした様子で切り出した。

 

「明日?暇だけど……」

真っ先に答えたのは月守だった。夏の暑さが堪えているようで冷えたお茶を片手にして答えた月守に向けて、彩笑はケラケラと笑いながら言葉を返した。

「うん、咲耶はヒマしてるだろうなって思ってた。もし他の隊員が防衛任務に出られなくても穴開けないようにって言って、手が離せなくなるような用事入れないし」

「お盆時期だけだよ。他の時期は用事入れてる」

「ふーん?例えば?」

ニヤニヤとして追求された月守は言葉を詰まらせてから、

「……そ、そこらへんに遊びに行ったりとか」

困ったようなぎこちない笑みを浮かべて、そう答えた。

 

月守が困ったような笑い方をする時の意味を知っている他のメンバーは小さく苦笑いをした。

 

そんな月守を助ける形で、オペレーターの真香が会話に入った。

「私は暇ですよ。親戚とか来てますけど、防衛任務があるって言えば問題なく家出れます」

「いやいや真香ちゃん、それはヒマって言えなくない?」

彩笑が首を傾げたが、それに対して真香はげんなりした表情を向けた。

「暇なんです。お酒飲んだ叔父の話し相手になったり、幼い従姉妹たちと遊んだり、ちょっと真面目な叔母から進路考え直しなさいとか言われるのが面倒とかではなくて、暇なんです。逃げようとしても母に捕まって家の手伝いやらされますし、何もやってなかったらやってないで父親に勉強しろって言われますし……」

 

「わかったわかった!ヒマなんだね!真香ちゃんもヒマなのは分かったからその辺でストップ!」

その言い分を聞いた彩笑は慌てて真香にストップをかけた。放っておけば延々と愚痴を話し続けそうな真香を止めたところで、メンバー最後の1人である天音が控えめに挙手して口を開いた。

「わ、私もひま……です。お母さん、仕事ですし……。従姉妹のお姉さんも、実家、帰ってるので」

 

「ん、わかった!」

そうして全員の暇を確認したところで、彩笑は少し勿体ぶってから、

 

「じゃあさ、みんなで明日、星を見に行こーよ!」

 

そう提案した。

 

*** *** ***

 

『ペルセウス座流星群』

 

年間三大流星群の中で夏に観測できる流星群であり、彩笑はこれをみんなで見に行こうと言ったのだ。

少々唐突だと月守は思ったのだが、

 

「観測スポットは任せて!穴場知ってるから!」

「ちょっと遠いけど電車とバスで行けるよ!」

「専門的な道具とかもいらないから!」

「行こーよー!みんなで行きたいのー!」

 

色々と理由をつけて最後には「行きたいから!」という願望の一点張りに押され、月守は首を縦に振った。なお、天音と真香は何の躊躇もなく参加を決めていた。

 

そして話が持ち上がった翌日……つまり流星群観測当日の昼過ぎ、月守は集合場所として指定された三門駅に向けて、のんびりと歩いていた。

 

すると途中で、

「お、月守か?」

ジャージ姿でランニングをしている落ち着いた筋肉…、もとい、玉狛支部所属の木崎レイジとばったり会い、声をかけられた。

「レイジさん、おはようございます。ランニング中ですか?」

「ああ、そんなところだ。そういう月守は……旅行にでも行くのか?」

背負ったリュックに目を向けて話すレイジを見て、月守はかぶりを振った。

「いえ、天体観測……じゃなくて、流星群観測に行くんです」

「ほお、お前にそんな趣味が……というか多分、地木の提案だろう」

「あはは、鋭いですねレイジさん」

「大抵お前が普段と違うことをしてる時は、8割方地木か夕陽のやつの思いつきに付き合ってる時だからな」

「8割どころか9割くらいですかね」

「大変だな」

「人を振り回すのに長けた2人なんで、誰か1人くらいはいいように振り回されてなきゃいけないんですよ」

やんわりと笑いながら月守がそう言うと、木崎は肩を竦めた。

「まあ、どんな理由にせよ、流星群を見に行くんだろ?夜遅くまでなるだろうから、安全には十分気をつけて来いよ」

年下の月守を案じるような言葉を残して、木崎はランニングに戻って行き、月守はそんな木崎に一礼してから目的地に向けて再度歩き出した。

 

 

 

 

駅近くまで来たところで、月守は見知った人を…、というよりは同じ目的で同じ目的地に向けて歩いているメンバーを見つけた。

「真香ちゃん、早いね」

声をかけられた真香は振り向き、ニコリと笑って挨拶を返した。

「月守先輩こそ。私、さすがに早く来すぎたと思ったんですけど、先輩も来るの早かったですね」

「まだ時間まで25分くらいあるもんね。まあ、遅れるよりはいいってことで」

「あはは、そうしましょうか」

 

時間に余裕があった2人は、のんびりと歩幅を合わせて会話を進めていった。

「真香ちゃん、神音と一緒じゃなかったんだ」

「はい。だって三門駅集合ってなってるなら、三門駅で合流するべきですし……。それなのに、その集合場所にすらみんなで行く人ってたまにいるじゃないですか。特に女子」

「いるねぇ、女子に限らず男子にもいるし……。それ以前に、真香ちゃんも女子だけどね」

「ならクラスの女子です。私、あの手の人たち嫌いなんですよ。なら集合場所の意味ないじゃんってなりません?」

 

グイグイと意見を押して来る真香に気圧されながら、月守は涼しい表情で対応した。

「そうなるね。だったら最初からそう言えばいいのにとは思うけど……でもまあ、仲の良い人とできるだけ一緒に行動したいっていう気持ちも分からなくは無いけどね」

その解答を聞いた真香はわずかに考えるそぶりをした後、再び口を開いた。

「それはそうですけど……なら月守先輩は、その友達とやらと合流するために合流場所近くに住んでる人が1番遠い人の家までわざわざ迎えに行くことにも理解はあるんですか?」

「いやそれは無い」

月守はそう即答し、

「ですよね!」

同意を得られた真香はほんの少しだけ嬉しそうにそう言った。

 

 

 

目的地が目と鼻の先になったところで、月守が1つ疑問を尋ねた。

「ところで真香ちゃん、そのクーラーボックスは?」

 

月守が気になっていたのは、真香が肩から下げているクーラーボックスだった。

 

事前に彩笑から観測スポットは小山であるという連絡があったため月守は低地登山を想定し、キャップに七分袖Tシャツ、ロングパンツ、スニーカーにリュックというシンプル装備だった。

服装自体は真香も似たようなもので、オーソドックスタイプのハット、速乾性を重視したTシャツ、ショートパンツにインナーとして薄手のタイツを合わせ、登山用向けシューズに小ぶりなリュックサックというものだった。

明確に違うのはクーラーボックスの有無であり、月守はそれについて尋ね、真香はにこやかに答えた。

「え、ああ。これ晩ご飯です。地木隊長にご飯について聞いてみたら、なんとかなるとは思うけどもしかしたら各自になるかもって言ってたので、だったら私が全員分用意しますって言ったんですけど……」

 

その答えを聞いた途端、月守は顔を覆いながらため息を吐いた。

「月守先輩?どうしましたか?」

「……やられた。俺もその辺気になってさ、彩笑に聞いたんだよ。そしたらあいつ、

『ご飯の心配はノープロブレム!』

とか言うから、てっきりどっかで食べるものだと思ってて……」

「あー、きっと私の方が先に連絡してたんですね」

「多分そう。……真香ちゃん、かかった材料費とか諸々後で俺に請求してくれ」

「しませんよ!?私が好きでやったことですし、先輩は何も気にしなくていいですから!」

 

慌ててそう話す真香を見て、月守は心の中で申し訳ないと思いながらもお礼を言うことにした。

「……りょーかい。じゃあ、今日は遠慮なく美味しく頂きます」

感謝の言葉を送られた真香は心底嬉しそうに、

「そうしてもらえると嬉しいです」

柔らかく微笑みながらそう言った。

 

*** *** ***

 

集合場所である三門駅に到着した月守と真香は、驚愕のあまり目を見開いた。

「……うそ、だろ」

「そん、な……」

信じられないものを見たとでも言いたげな2人を見て、

「2人ともその反応ひどくない!?ボクたちだってたまには時間前には来るから!」

2人より先に駅で待っていた彩笑がプンプンと憤慨し、

「……地木隊長、落ち着いて、ください」

隣にいる天音が淡々とした声で彩笑に制止をかけた。

 

遅刻常習犯とまではいかなくとも、彩笑と天音は普段から集合時間ギリギリに来ることが多く、今回のように集合時間よりも20分近く前にスタンバイしていることは、かなり珍しい出来事なのだ(月守と真香の記憶が正しければ3ヶ月ぶり)。

 

時間前行動という殊勝な行為に対して驚愕の目を向けられた彩笑は内心まだ落ち着いてはいないものの、メンバーが揃ったということで行動に出た。

「よし、んじゃみんな揃ったね。これから流星群観測のために電車に乗るよ。電車乗ってバスに乗り換えだからね」

全体の流れを彩笑から聞いたところで月守は早速切符を買うために(普段電車をあまり使わないためカードを持っていない)、サイフを取り出そうとしたが、それを見て彩笑はストップをかけた。

「あ、咲耶お金はいいよ。今日使うお金はみんなでコツコツ貯めた、部隊の共通サイフから出すから、お金の心配は無しで行くよ!」

堂々と宣言した彩笑は、ポーチから橙色を基調とした生地に可愛らしさを思わせる猫が小さくプリントされた二つ折り財布を取り出した。

 

地木隊には共通の口座が存在し、メンバーは給料の一部をその口座に毎月振り込んでいる。この口座は『チームで何かする時』にだけ使うという約束であり(大抵は作戦室の家具の購入に使われる)、使う時は今彩笑が持っているオレンジ猫サイフにお金を入れて使うことになっていた。

 

彩笑と月守が以前所属していた夕陽隊から受け継いだシステムであり、その時と同じサイフであるため月守は懐かしさを覚えた。

「んじゃ、人数分の切符買って来るね!」

ニコニコと笑いながら切符を買いに行こうとする彩笑に月守は近づき、小声で話しかけた。

「彩笑、いくらサイフに入ってるの?」

「え?5万くらい?」

「ごま……っ、つか、くらいってなんだくらいって!」

「え?もともとサイフに残ってたのと合わせればそんくらい」

ケロッとした表情で言い放つ彩笑の金銭感覚が心配になった月守だが、今日これからのことを考えると野暮なことは言うまいと、喉から出かけていた言葉を飲み込んだ。

「……大事に使えよ」

「わかってるって!」

可愛らしい外見とは裏腹に凶悪な金額を蓄えたサイフを持った彩笑が人混みの中に消えていったところで、月守は天音と真香のそばに戻っていった。

 

「月守先輩、地木隊長と、何話してたん、ですか?」

ちょこんと首を傾げて問いかける天音に対して、月守は苦笑しながら答えた。

「いや、サイフ落とすなよって言っただけ」

「ああ、やっぱり」

「先輩って、本当に心配性ですね」

天音と真香はいつもと変わらない月守の答えを聞き、安堵したような声でそう言った。

 

そうして3人で雑談をしていると、天音が見知った人影を見つけて声をあげた。

「ん?どうしたの神音?」

「……あそこにいるの、村上先輩と、国近先輩と…、生駒さんかなって、思って……」

天音が指差した方向を見ると、確かにその3人がいた。

 

「珍しい組み合わせだと思ったら、スカウト組ですね」

思い出したように真香がそう言い、月守は納得した表情を浮かべ、天音は肯定するようにコクンと小さく頷いた。

 

見かけたのに声をかけないのはどうかと思い、月守はゆったりとした足取りで近寄って声をかけた。

「みなさんお疲れさまです」

声をかけると、真っ先に生駒が反応を示した。

「おお、咲耶やん。なんでここにおるん?」

「チームみんなでお出掛けです」

「仲ええな。ウチらの隊、昨日から休暇入れたらみんな俺置いて帰ってもうた」

「あはは、でもランク戦になったら生駒隊は息ぴったりじゃないですか」

月守がランク戦に話を振ると、生駒は月守と肩を組み、周りに聞こえないようにして会話を続けた。

「ああ、ランク戦やねんけど……。咲耶、前のアレはズルない?」

「アレって……神音が生駒さんから次の作戦聞き出したやつですか?」

「色々やけど、とりあえずそれやな。あんなんズルやて。あの、こう……捨てられた仔犬みたいな目で見られたらなんでも話してまうやろ!」

「まあ、本当にやるとは思ってなかったんで。その節はすみませんでした」

軽く頭を下げて月守は謝罪し、生駒も過ぎたことだと割り切って謝罪を受け入れた。

「いつまでも言うことやないし、この話は終わろか」

「はい。お互いに非があったということで終わりましょう」

「せやな。……にしてもアレや。天音ちゃん、このままやと将来無自覚で男振り回す子になるで?」

この人は真剣な顔で何を言ってるのだろうかと月守は思いつつも、

「そうならないように気をつけさせます」

人当たりの良い笑みを浮かべてそう答えた。

 

生駒との会話が終わったところで、国近柚宇と村上鋼が会話に入ってきた。

「なになに〜?2人で何話してるの〜?」

「ただの雑談ですよね、生駒さん?」

「おお、そやそや。ただの雑談や」

白々しく雑談と言い切る2人には怪しさが満載だったが、それが露骨だったゆえに国近は逆にスルーすることにした。

「そっか〜、じゃあそういうことにしとくよ。……ところでつっきーちゃん達、どこに行くの?」

「えーと、どっかの山です。彩笑がなんか流星群見たいって言い出したので。……みなさんは地元に帰省するんですか?」

月守の問いかけには、村上が答えた。

「ああ。上手くシフトを調整してもらって、スカウト組は大体この時期にまとまって休みをもらえるんだ」

「お盆時期に合わせてって事ですね。……仕事が仕事なんで親御さんも心配してると思うんで、のんびり地元で羽伸ばしてきてくださいね」

やんわりと月守がそう言うと、

「ふふ、ではでは遠慮なく休んでくるね〜」

「そう言ってくれるとありがたいな」

「おおきにな」

三者三様、それぞれ感謝の言葉を口にした。

 

*** *** ***

 

無事彩笑が人数分の切符を購入し、目的の電車にもスムーズに乗ることができて、順調な滑り出しであった。空いているボックスシート式の席を見つけ、4人で座ったところで電車が動き出した。

「ここまでは順風満帆だね」

満足そうに彩笑が言い、月守が言葉を返した。

「このまではな。それで、どこで降りるんだ?」

「終点の一個手前。1時間くらい」

「1時間……それでそっからバスなんだよな」

「うん、そう。待ち時間も含めて50分くらい。そっからちょっと歩きで山登るんだけど……まあ山っていう山でもないからね。すぐすぐ!」

彩笑の説明を聞き、暗くなる前には目的地に着けそうだと判断した月守は小さく安堵の息を漏らした。

 

月守が安心したのもつかの間、彩笑が次の行動に出た。

「んじゃ、着くまでトランプでもする?」

「他のお客さんいるから、やるなら静かにな。というか彩笑、トランプ持ってきてるの?」

「ううん、ボク持ってない」

ならなぜ提案したのだと月守は内心突っ込んだが、

「トランプなら私持ってきてますよ」

そう言って真香がリュックからトランプを取り出した。

 

「真香、用意良い、ね」

「トランプは暇潰しの王道だからね」

感心したように天音が言い、真香は口元に笑みを作って答えた。真香はそのままトランプをシャッフルしながら全員に向けて問いかけた。

「何やりますか?」

「とりあえずババ抜きじゃない?」

「彩笑、顔にもろ出るからババ抜き弱いじゃん」

ババ抜きを否定された彩笑は唸ってから次の案を出した。

「むむ、じゃあ大富豪!」

「大富豪にしますか?大富豪なら私負けませんよ」

すると真香が自信満々に言い、

「真香、大富豪、本当に強い、です。前、2時間くらい、連戦連勝、やってました」

天音がそれを裏付けるエピソードを語った。

 

真香の大富豪の強さを前にして彩笑は再度唸り、見かねた月守が提案した。

「ポーカーはどう?」

「ポーカーかー……お金賭けるのは無しで」

「当たり前だろ」

「いやなんか、ポーカーイコールギャブルみたいなイメージない?」

ブツブツと言いながらもポーカーを彩笑が了承したことろで、真香が山札を置き、全員が5枚ずつ引いた。

 

ペアを狙うか柄を揃えるか数字を並べるかそれぞれが考える中、月守が何の気なしに呟いた。

「ポーカーやってると、前に俺と出水先輩と加古さんと二宮さんでポーカーやってた時、ドヤ顔でカード広げて『キングのファイブカード、俺の勝ちだ』って言ってきた二宮さんのことを嫌でも思い出す」

 

唐突に語られたエピソードを聞き、思わず彩笑と真香が苦笑いした。天音は顔を背けており表情はわからないが笑いを堪えているようにも見えた。

「何そのエピソード。ボク初知りなんだけど……」

「言ってなかった?」

「聞いてないよ」

彩笑が抗議する傍ら、真香が何か閃いたように口を開いた。

「もしかして『射手の王』って異名、それが由来だったりしないですよね?」

「由来ではないけど……一端くらいはあるんじゃない?」

しれっと言う月守を見て、一同は再度声を潜めて笑っていた。

 

 

 

なおこの後行われたポーカーは、驚異的な引きを発揮した天音の圧勝であり、のちに月守は、

「ロイヤルストレートフラッシュなんて一生見ることがないと思ってたのに……」

と、語った。

 

*** *** ***

 

電車を降りバスに乗り換えてしばらくした頃、事件が起きた。

 

「あー……こりゃ完全に寝てる」

月守は観念した様子で右隣に座っている彩笑が熟睡してしまったことを認めた。

 

バスに乗り換えて一同が奥の5人がけの席に座ってしばらくすると、ここまで元気いっぱいといった様子で騒がしさすらあった彩笑が突然眠ってしまったのだ。幸いにも降りるのは終点だと聞いていたためそこは問題はなかったが、別の問題が発生していた。

 

すぴー……すぴー……

 

規則正しい寝息を立てて眠る彩笑は左隣に座る月守に身体を預けており、月守は身動きが取れなくなっていた。

「下手に動くと体勢崩れて起こしそう……神音、助けて?」

月守はわずかにおどけた口調で左隣に座る天音に助けを求めたが、

「す、すみません、月守先輩……。こっちも、真香、完全に寝てる、ので、助けられま、せん……」

淡々とした声の中にわずかな困惑の色を含ませた天音が、同じように左隣で眠って寄りかかる真香を見ながら、そう答えた。

 

両隣の2人が身体を預けて眠ってしまったため、挟まれている月守と天音はあまり身体を動かさないように気をつけながら、ポツポツと会話を始めた。

「……神音、大丈夫?」

「なにが、ですか?」

「ほら、今回も彩笑がこういうこと急に言い出したから、準備とか忙しかっただろうし……こう……無理してないかな、って」

「あ、それは大丈夫、です。確かに、ちょっと急、でしたけど……、地木隊長に、いろんなことろ、連れてってもらえるの、全然嫌じゃ、ないんです」

身体の前で両手の指を合わせながら、天音は1つ1つの言葉を丁寧に紡いだ。

「私、1人だと、こういうところ行こうとか、多分思わない、ので……。1人じゃ、見れない景色、見せてくれる、地木隊長が……、地木隊のみんなが、大好き、です」

「……そっか」

天音の言葉を聞いた月守は表情を和らげ、自然と天音の頭を撫でていた。

 

(神音、少し髪伸びたな)

ほんの少しくすぐったそうに撫でられる天音を見ながら月守はそう思いつつ、今日会ってから疑問だったことを尋ねた。

「ところで神音。今日は低いとはいえ山登るみたいなんだけど……その格好で登るの?」

 

言われた天音は一瞬キョトンとしたものの、すぐに月守の疑問がなんなのかを理解した。

「……これ、ですか?」

言いながら天音はボトムスの裾……月守から見れば丈が膝より上のスカートの裾をちょこんと摘んだ。

 

今日の天音は柔らかそうな素材のシャツの上に薄手のカーディガンを羽織り、靴もある程度の登山でも十分に対応できそうなものをチョイスしていたり、動きやすさを重視しているのだが、月守はその中でもボトムスにチョイスしたスカートに目を引かれてしまった。

 

天音の指摘を受け、月守は頷いた。

「うんまあ、それ。……可愛らしいし、動きやすそうだとは思うけど……スカートはその……」

口調がしどろもどろになっていく月守は天音からすれば珍しい光景であり、思わず普段の無表情がわずかに崩れて口元に小さな小さな笑みができた。

「月守先輩、これ、ぱっと見はスカートなんですけど、ラップショーツなんです」

「ラップショーツ……というと、スカートっぽいけどスカートじゃないやつ?」

「はい」

 

天音の言葉で疑問が解けた月守は、そっと胸をなでおろした。

「普段、神音は制服以外であんまりスカートじゃないからさ、今日会ってからずっと『珍しくスカートなんだな』って疑問に思ってたんだ」

「ああ、そういうこと、ですか。スカート、可愛くて好き、なんですけど……やっぱりちょっと、着てみると、気恥ずかしい、から……。普段、あんまり着ないん、です」

「あはは、なんか神音らしい理由だね」

しどろもどろだった状態から徐々に戻っていくのを感じた天音は、心の中に生まれた小さな悪戯心から、1つ月守に質問することにした。

 

隣にいる真香を起こさないよう気をつけながら、月守に身体を寄せ、囁くように問いかけた。

 

「…先輩、もし私が、スカートだったら…、目のやり場に、困ってました、か?」

 

安心しきっていた月守にとって、それは会心の一撃だった。何故ならその疑問は、月守が危惧していたことそのものだったからだ。

どう答えようか迷った月守の脳は先程会った生駒のことを思い出し、

 

(イコさんがさっき言ってたこと、あながち当たるかも…)

 

そんなことを思う月守に対して、天音は無言ながらもどこか楽しそうに見つめ続けるのであった。

 

*** *** ***

 

バスを無事に降りて案内された山は、彩笑が言うように山という山ではなかった。少し木々が生い茂っているように見えるが山頂付近にはあまり木があるようには見えず、また高さもそれほどではない。ちょっとしたハイキングにはお手頃といった具合の山であった。

 

30分ほど休憩を挟んでから地木隊一行は山を登り始めたが、

「ご、ごめんなさい、ちょっときついです……っ!」

登って早々に真香が弱音を言い始めた。

 

先頭を歩く彩笑が足を止め、真香に向けて声をかけた。

「真香ちゃん、大丈夫……じゃないね。時間には余裕あるし、ペース落とそっか」

「すみません……。うう、トリオン体ならどうってことないのに」

会話ができる程度に歩くペースを落としてもらったところで、真香のボーダー隊員ならではの本音を吐露した。それを聞いた月守は同意のつもりで苦笑いを浮かべた。

「トリオン体ならスイスイ登れるのにね」

「月守先輩、生身でもスイスイ登ってるじゃないですか」

「いや、ちょっとだけ無理してる。……多分、足取りを見るに神音が1番余裕あるんじゃないかな」

話を振られた神音は、気まずそうに間を空けてから口を開いた。

「……多分、そうです。……正直、このくらいだと、普通の道、歩いてるのと、ほとんど変わらない、です」

「うわ、出た、天然フィジカルモンスター発言。……校内の球技大会で引退直後とはいえバスケ部相手に引き分けまで持ち込むような人は、言うことが違うね……」

真香の言葉を受けて、彩笑が確かめるような口ぶりで会話に割り込んだ。

「駿とか桜子ちゃんから聞いたけど、それホントだったんだ」

「本当です。もともと、しーちゃんと私は人数合わせでバスケだったんですよ。なんか私たちいない間に割り振り決められてたので」

「ああ〜、ボーダー隊員あるあるだね。任務の間に学校行事の割り振りされてるやつ」

 

一歩一歩確実に登りながら、地木隊は楽しそうに会話を進めていく。

 

「そんなんだったので、基本ベンチスタートだったんです。それでその試合も前半はベンチで、私としーちゃん、10点ビハインドで後半から出たんです」

「そこから引き分けまで持ち込んだの?」

興味津々といった様子で月守が追求すると、真香は楽しそうに答えた。

「ええ。しーちゃん、すごかったんですよ。ハーフラインからスリーポイントシュート決めたり、適当に投げてるようにしか見えないのにシュート決めたり、普通にドリブルしてるようにしか見えないのに相手が道を開けるみたいに転んでいったり…」

話を聞きながら彩笑と月守は、

((10年に1人の逸材が同じ世代に集まった漫画に似たようなプレーがあった気がする))

と思いながら、自分の話を聞くのを恥ずかしいようで足を早めた天音の華奢な背中を穏やかな目で見ていた。

 

*** *** ***

 

日が傾き太陽の光が和らいだ頃、一同は山頂へと到着した。下から見た通り木はあまり生えていなかったが程よい長さの草花が一面に広がる広場のようで、居心地の良い場所だった。

 

「山頂とうちゃーく!」

元気よく彩笑が言うと、月守がリュックの中を漁り、ブルーシートを取り出した。

「早速敷く?」

「敷こっか。にしても咲耶、もうちょっと可愛いやつなかったの?」

「4人で十分な広さってなると、これしか無かった」

「まあ、いいけど。リュック四隅に置いて重石代わりにするよー」

彩笑の指示を受け、メンバーはテキパキと動いてブルーシートをセッティングを始めた。するとそこへ1組の老夫婦が近寄り、彩笑に声をかけた。

「おや珍しい。この時期にピクニックかい?」

嗄れつつも温かみのあるお婆さんの言葉に対して、彩笑はニコニコとした笑顔を向けた。

「ううん、流星群見に来たんです!今日あたり綺麗に見えるって聞いてたんですけど……。あ、もしかしてここってブルーシート敷いちゃダメでした?」

「いんや、別にいいんだよ。……それにしてもそうかぁ、君たちも星を見に来たんかい」

しみじみと話す老夫婦を前にして、彩笑は嬉しそうに笑いながら会話を進めていった。

「君たちもってことは、おじーちゃん達も?」

話しを振られたお爺さんは、彩笑の笑顔につられる形でニコッと笑いながら答えた。

「そうだよ。ワシらは毎年、ここで星を見とるんよ」

「へー!そうなんですね!やっぱり綺麗ですか?」

「ああ、綺麗だよ。……何年経っても、何回見ても、綺麗だって思えるねえ」

「うわぁ、素敵です!今日も流れ星、たくさん見れるといいですね!」

「そうだねえ。……ここは昔、地元の人たちがよく集う場所で、あの頃はよくみんなで星を見にきたもんさ。でもしばらくから、この辺りでキャンプやらなんやらをする他所の者が来るようになってから、あんまり人も来なくなってねえ。多分今日も、ほとんど人は来んじゃろ。たっぷりと星を楽しみなさい」

そうして彩笑が老夫婦と話す間に、他の3人はブルーシートの設置を終えて小声で話し始めた。

 

「月守先輩、地木隊長の老若男女問わず秒で打ち解ける、あのコミュ力なんなんですか?素で羨ましいんですけど」

「俺だって羨ましいね。考えてやってるわけじゃないみたいだし、あれはもう才能とか性質の域かな」

「すごい、ですよね」

 

3人が素直に彩笑のコミュニケーション能力を羨ましがっていると、当の本人が颯爽と会話に入り込んできた。

「何話してんの?」

「なにも」

「ふーん……一応、あとの予定は真香ちゃんが用意してくれた晩御飯食べて、星を見て、帰るだけなんだけど……」

そこまで言った彩笑は気まずそうに、申し訳なさそうに月守に目線を送り、

「ちょっと予定、追加してもいい?」

許可を求めるように、そう言った。

 

 

 

 

山頂に備え付けられたベンチに老夫婦が座っていると、地木隊メンバーが散らばり、何かをし始めたことに気づいた。

「あの子達、何をしてるんでしょうね……」

お婆さんはそう言いながら、すぐに彼らが何をしているか気づいた。同じく何をしているか気づいたお爺さんは、思わずと言った様子で口を開いた。

 

「ゴミを拾っとる……」

 

地木隊が始めたことは、山頂のゴミ拾いだった。登頂したばかりの彼らはゴミを何1つ出していないため、もともとここにあったゴミである。

今日は人がいないものの、この山頂はキャンプなどにもってこいの場所であり、それらの客が落として行ったであろうゴミがちらほらと残っており、地木隊はそのゴミを拾っていたのだ。

 

ここ数年で一段と鈍くなった身体を動かし、老夫婦は彩笑のそばに歩いて行った。

「別にいいんだよ、君らが出したものじゃないだろうに」

真剣にゴミ拾いをする彩笑にお爺さんがそう言うと、彩笑は人懐っこさを思わせる笑みを向けて答えた。

 

「あはは、そうですよね。でも、せっかく綺麗な星空を見た後に、こういうのが目に入っちゃうと、ちょっとヤな気分になりそうだから、先に片付けておくだけです!」

 

彩笑は軽やかに立ち上がり、言葉を続けた。

 

「誰かのためにやってるんじゃなくて、ボクたちのためにやってるの。だから、おじーちゃん達は何にも気にしなくていいよ!」

 

そこまで言ったところで残る3人も彩笑のそばに集まり出し、柔らかな表情を浮かべながら月守が言葉を発した。

「とか何とか言いながら……本当はさっきおじいさん達と話た時、キャンプする人たちが増えてから地元の人たち来なくなったって聞いて、何かできないかなって思ったんだろ?」

月守の言葉に真香が続いた。

「今から地元の人たちを呼ぶことは出来ないけど、せめて今夜見る星を少しでも綺麗に見せてあげたいって思ったんですよね?」

そして最後に天音が淡々とした声で締めくくった。

「地木た……地木先輩、いい人、ですから」

 

今さっき会ったばかりの老夫婦を前にして心の内を暴露された彩笑は気恥ずかしさで頰を赤く染め、そのまま憤慨した。

「あーもう!みんなしてボクをいい人にしようとする!」

「なんだそのキレ方。別にいいじゃん」

「いいけど、その……っ!あっ!ていうか、みんなゴミ拾いサボらないでよ!暗くなったら拾うの大変なんだから、日没までに終わらせなきゃだからね!」

必死になって急かす彩笑だが、その姿はなぜか可愛らしく、3人はあっさりと解散した。そしてそれぞれがゴミ拾いに戻って行ったところで彩笑は振り返り、老夫婦に早口でまくしたてるように言った。

「そ、そんなわけだから、ボク、ゴミ拾いに戻りますね!あくまで自分たちのためなので!」

 

自分たちのためということを強く主張した彩笑は早足で老夫婦のそばを離れ、ゴミ拾いに戻っていった。

 

ゴミ拾いに没頭する彩笑の小さな背中を見て、老夫婦はどちらともなく呟いた。

「……いい子たちだね」

 

*** *** ***

 

日没から完全に陽が見えなくなるまでの薄明時間になって、地木隊はようやく晩御飯にありついた。なお集めたゴミ袋は山の麓に正式なゴミ捨て場があったため、そこに月守と天音が持って降りた。

 

真香が全員に紙皿や紙コップなどを準備する間、彩笑は少し不機嫌そうにしていた。

「もー、地木隊長。いい加減機嫌直してくださいよ」

真香が苦笑いしながらそう言うと、

「……悪くないもん」

彩笑は明らかに機嫌が悪い声を返した。

 

その様子を見て月守は、彩笑の機嫌をどうやって直すか気を揉んでいたのだが、考えがまとまる前に真香が、

「では地木隊長には、こちらのサンドイッチをどうぞ。隠し味にココアパウダーを使ってるので、地木隊長のお口に合うと思いますよ」

そう言いながらサンドイッチを差し出すと、

「わーいありがと!真香ちゃん大好き!」

一瞬で彩笑の機嫌は元に戻った。

 

気苦労が一瞬で水泡に帰ったことに肩透かしを覚えるものの、気を取り直して月守と天音も真香お手製のお弁当を食べ始めた。

クーラーボックスの中身は彩り豊かな様々なサンドイッチであり、まるで宝箱を開けるような気分で晩御飯を食べ進めていった。

 

王道なハムサンドやタマゴサンドもあれば、イチゴサンドやチョコバナナサンドなどメンバーの好みを取り入れたもの、中には金平ごぼうサンドや鮭フレークサンドなどの変わり種もあった。しかし総じて味は文句なしに美味しく、食べ終わる頃には全員がすっかり満足していた。

「やー、真香ちゃんにご飯任せて正解だった!」

彩笑に続き、月守と天音も同意の言葉を発した。

「だね。どれも美味しかった」

「うん。真香、ありがと」

 

3人の反応を見て料理が成功だと判断した真香は、安堵したような、力の抜けた笑みを見せた。

「美味しかったみたいで何よりです。……ちょっと急だったので、家にあったあり合わせのやつがほとんどだったので、不安はあったんです」

 

「え?てことはその場に……家にたまたまあったやつだけであんなに美味しいサンドイッチをたくさん作ってきたの?」

真香の言葉をそう解釈した彩笑に対して、真香は頷いてみせた。

「はい、たまたまあったやつだけで作りました。……せめて知るのがもう1日早かったら、ちゃんと準備できたんですけど」

控え目にそう話す真香を見て、月守と天音は思わず突っ込んだ。

「女子力たっか」

「真香将来、絶対良いお嫁さんに、なるね」

 

2人のニュアンスに多少の違いはあれども、褒められたことを真香は嬉しく思い、

「ありがとう」

と、素直に感謝の言葉を口にしていた。

 

 

 

 

晩御飯の片付けが終わったところで、真香が呟いた。

「ここ、外灯がほとんどないですね。星を見るぶんにはいいと思いますけど、少し心もとないというか……」

気弱になっている真香の言葉を聞き、月守は再度リュックを漁った。

 

そして、

「なら、小型ランタン使う?」

通常のランタンよりも幾分小ぶりなランタンを取り出した。

 

「ブルーシートが出てきたり、人数分のポリ袋が出てきたり、果てにはランタンまで……。咲耶のリュックは何でも入ってるね」

「何でもは無いな。必要なものだけだ」

言いながら月守はランタンを灯し、柔らかな色合いの明かりがメンバーを照らした。

「明かりがついたのはいいけど、多分これに虫寄ってくるから虫対策もしとかなきゃね。虫除けスプレー、持ってきてる?」

月守が問いかけると、

「「「当たり前」」」

残る3人が声を揃えて各々が用意した虫除けスプレーを構えていた。

 

「あは、流石に準備いいね」

そう言いながら月守やんわりと微笑み、火を使わないタイプの蚊取り線香をランタンのそばに置いたのであった。

 

 

*** *** ***

 

完全に陽が落ちて夜空が十分に見えるようになると、4人は自然と夜空を見上げていた。

「そろそろ見えてきますかね」

待ち遠しそうに真香が言うが、残念ながらまだ流星は見えていなかった。

 

言葉には出さないものの彩笑と天音も待ちわびているようで、そんな3人を見た月守は少しでも気が紛れればと思いながら口を開いた。

「夏の大三角でも探そうか」

すると真っ先に彩笑が答えた。

「3つの星の名前すら分かってないボクにそれ言っちゃう?」

「まあ、彩笑は知らないだろうとは思ってた。神音は?」

話を振られた天音は少し考えるそぶりを見せた。

「……デネブ、アルタイル、ベガ……ですよね?」

「正解。よく知ってたね」

「名前だけ、です。どこにあるのかは、わかんない、です……。真香、わかる?」

すると真香は右手を夜空に向かって伸ばし、天音を呼び寄せた。

「あれとあれとあれ」

「……どれとどれとどれ?」

天音は真香の指差した先を見るが、そこにあるのは無数の星々であり、その判別ができなかった。

 

絵に描いた方がいいのかなと真香が思い始めたところで、今度は月守が天音を呼び寄せた。

「神音、おいで」

「え、あ……はい。あのでも、月守先輩、星を指差しても、よく、わかんない、です」

天音の言葉を聞きながら月守は右手でピストルのポーズを作り、それを空に向けた。それを見た真香が、感心したように言葉を発した。

「ああ、なるほど。トランジット方式なら指摘しやすいですね」

「そういうこと。人差し指と親指を結んだ先にあるやつがアルタイル……わし座を作ってるうちの1つね。次が……」

 

月守はそうして1つ1つの星を丁寧に天音に教えていった。

 

 

 

 

天音に夏の大三角を教え終えた月守が一息つくと、北の方向を真剣に見つめる彩笑の姿が目に入った。

「何してんの?」

「うん?いやぁ、死兆星、見えないかなって思って探してた」

「見えちゃダメなやつだろ」

月守は冷静に突っ込むが、

「あ、月守先輩知らないんですか?実際は死兆星、見えた方がいいんですよ?」

真香がこれまた冷静に答えを返した。

「え?そうなの?」

「はい。詳細は忘れちゃったんですけど、確か死兆星が見えるっていうのは視力を図る基準の1つだったらしいんです。それが視力の低下……まあ老眼ですね。老眼で見えなくなると死期が近くなってきたっていうことで、死の前兆の1つだったそうですよ」

「へえ……」

月守は感心した声を漏らしたが、一連の流れを聞いていた天音は思ったことをそのまま口にした。

 

「昔の死の前兆は、今はメガネ1つで、無くなるん、ですね」

 

死の前兆を退けるまでになった文明の利器の発達は素直に素晴らしいと地木隊全員が思った。

 

 

*** *** ***

 

 

そうして雑談を繰り返し、当初の目的が何だったのかわずかに薄れたころ、()()は訪れた。

「あっ……!」

真っ先に声をあげたのは天音だったが、気付いたのは全員同時であり、すぐに声を揃えて言った。

 

「「「「流れ星!」」」」

 

そしてその1つがまるできっかけだったように、1つ、また1つと流れ星が夜空を駆け始めた。

 

空に飾り付けられた宝石が落ちてくるようなその光景は人の心を惹きつけるのに十分な魅力があり、4人は心からこの美しい光景を楽しんでいた。

「……月並みな言葉しか出てこないけど、きれいだな」

「月並みって、月守だけに?」

「それは言いっこなしで頼む」

月守の感想を彩笑は笑顔で茶化した。

 

その傍で、天音は真香に声をかけた。

「真香、高台、行こ?高台で、見てみたい」

「ああ、さっきゴミ拾いしてる時に見つけたとこね。いいよ、行こ」

そうして2人は立ち上がり、彩笑と月守に居場所を告げて歩き出した。

 

そして月守から十分に離れたところで、真香は天音に耳打ちした。

「しーちゃん、この後で月守先輩も誘って高台に行きなさい」

「……ふ、2人っきりって、こと?」

「もちろん。せっかくバスの中で寝たふりしてあげたのに、しーちゃん何もしないからつまんなかった」

「ねね、寝たふりだった、の?」

「まあね」

 

話しながら2人が十分離れたところで、彩笑と月守もまた、2人に聞かれたくない話を始めた。

「……これも、思い出作りなの?」

「うん、そんなとこ。単純にボクが見たかったってのもあるけど」

変わらず星空を眺めながら、彩笑は言葉を紡いだ。

「……夕陽隊のころみたいで、懐かしかったでしょ?」

「まあな。俺たち、夕陽さんにいろんなとこ連れてかれたもんな」

「そうそう。たまーに危ない橋もあったけど……。大抵、楽しかったじゃん」

「楽しかったな」

「うん、楽しかった」

 

同じ夜空を見上げながら同じ思い出を共有する2人は、1つ1つの思い出をなぞりながら言葉を交わし合う。

「だからさ、ボクが隊長になった時、これはやろうって決めてたんだ」

「これって……色んなところにみんなで行くこと?」

「うん、そう。自分で経験した楽しいことは後輩にも伝えなきゃなって思ったってだけなんだけど……。でもボクは、これを伝統とかにして2人に押し付ける気は無いよ。いつかあの2人が隊長になったり誰かを率いる立場になった時に、やりたかったらやればいいよ、くらいの気持ち」

 

本心を語る彩笑を見て月守は喉まで出かけてた言葉を飲み込んだ。

(いつの間にか、立派な隊長になってんな、こいつ)

飲み込んだその言葉は一瞬で消える流れ星のように、あっという間に月守の中へと溶けて消えていった。

 

そうして満足げな表情を浮かべる月守を見て、彩笑はパンっと背中を叩いた。

「いってえ!何すんだよ」

「あはは、なんとなく。……咲耶さ、2人のとこに行ってあげなよ」

「……ああ、なんだかんだ言って中学生2人だと危ないからな。ちゃんと見とくよ」

そう言って立ち上がり、高台に向かった2人を追う月守を見て、彩笑は苦笑し、

 

「普段は言わなくても伝わることの方が多いのに肝心なやつだけは、伝わらないんだもん。……我ながら、厄介な部下を持っちゃったなあ」

 

誰にも聞こえない独り言を呟いたのであった。




ここから後書きです。

先日の流星群を見て、猛烈に描きたくなったのが今回の話でした。

本作はフィクションなので地木隊メンバーだけで山に登って流星群を見ていますが、通常はこの場合保護者に付き添ってもらった方が良いです(当たり前ですが)。何かあってからでは遅いのです。


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