ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

75 / 121
第69話「囚われの優等生」

玉狛支部は変わった立地である。

 

もともと川の水質検査を目的として建設されたという建物を買い取って支部へと改造したため、支部の下には川が流れている。橋の真ん中に建つ支部、という形だ。

 

烏丸と共に玉狛支部へ向かい、支部そのものが見えたところで月守は率直な感想を述べた。

「来るたびに思うけど、なんか不思議な感じがするよな」

「毎日来れば慣れるさ」

「そんなもんかな」

話しながら橋を歩いていると、橋を下ったところに玉狛支部のS級お子様隊員・陽太郎と玉狛支部で飼われているペット(?)のカピバラの雷神丸を見つけ、月守は軽い足取りで近寄った。

 

どうやら釣りをしているらしく、月守はひとまず釣果を尋ねることにした。

「やあ、陽太郎。釣れてるか?」

「むむ、さくやか」

声をかけられた陽太郎は一度釣りを中断して月守の問いかけに答えた。

「だめだ、ぜんぜん釣れない。このままでは今日のよるご飯が……」

「まあ釣りなんてそんなもんだろ。ちなみに陽太郎、お前釣りは誰に教わったんだ?」

「ボスだ」

「林藤さんか」

玉狛支部支部長林藤匠から陽太郎は釣りを教わったというが、月守は彼が魚を釣り上げた姿をとんと見たことがなかった。

 

月守からわずかに遅れて隣に来た烏丸が陽太郎に声をかけた。

「陽太郎、暗くなる前に戻ってこいよ」

「うむ、こころえた」

アフトクラトルの遠征隊と共に消えたレプリカを思わせる言葉使いで答えた陽太郎の頭を、月守はポンと一回撫で、2人はその場を後にした。

 

 

 

支部の中に足を踏み入れるとそこには三雲、遊真との2人がおり、来客に気付きそれぞれが挨拶した。

「あ、月守先輩こんにちは」

「昨日ぶりだね、つきもり先輩」

2人に対して、月守は軽く手を挙げて答えた。

「2人ともお疲れさま。それにしても、支部に来るの早いな」

「あ……ぼくたちもう学校は自由登校なので……」

「ああ、なるほど。2人ともボーダー推薦で進学するのか。一高?」

「はい、2人揃って一高です」

「あはは、そっかそっか。んじゃ2人とも春からは俺らの後輩になるわけだ」

楽しみだ、と、月守は小さな声で付け加えた。

 

会話に一区切りついたところで、烏丸が月守に問いかけた。

「茶でも飲むか?」

「いや、いいよ。先に用事済ませてくる」

「そうか。場所は……」

「分かる、大丈夫だ」

やんわりとした笑みで月守はそう答え、キョロキョロと確認するように見回してから歩き出した。

 

「確かここを……」

呟きながら記憶をなぞって歩くと、支部の地下へと続く階段を見つけ、1つ呼吸をしてからその階段を下った。

 

地下にもいくつか部屋があったが、月守はすぐに目的の部屋に辿り着き、数回ノックした。

「……誰だ?」

部屋の奥から聞き覚えのある声で問われ、月守はわずかに思案してから答えた。

「俺だよ、()()()()()

「チッ。入れ」

舌打ちの後に入札を許可され、月守はクツクツと喉を鳴らして笑ってからドアノブを捻り扉を開けた。

 

そこにいたのは、月守と同年代の少年だった。鋭い目つきに、戦場をいくつも潜り抜けてきたような雰囲気、そして何より頭部に生えた2本の角が特徴的な少年。彼を目の当たりにしたことで月守の脳裏には先日の大規模侵攻の記憶が一層鮮明に蘇った。そこに付随する感情を押し沈めつつ、月守は彼の名を呼んだ。

「元気してたかな優等生くん。いや、ヒュース」

名前を呼ばれたアフトクラトルの戦士ヒュースは静かに、だが明確に月守に視線を向け、

 

「……久しぶりだな、ロキ」

 

忌々しげに、月守の通り名で呼びかけた。

 

*** *** ***

 

時を同じくボーダー本部の不知火研究室では、不知火が愛用する椅子に腰掛けながら仕事用タブレットを片手にし、目の前の来客用椅子にちょこんと座る天音に向かって口を開いた。

「うん、よし。ひとまずはおめでとう天音ちゃん。今をもって、天音ちゃんのトリオン体への換装及び防衛任務・ランク戦への参加を許可しよう」

「ありがと、ございます……」

おずおずと頭を下げてお礼を言う天音に、不知火は優しい声で注意事項を告げた。

「とは言っても、あくまで戦闘ができるように調整できたというだけで、病気そのものが良くなったわけではないからね?ASTERシステムも変更してあるから、そこの加減は天音ちゃん自身でちゃんと把握すること。リハビリ必要だから、今日いきなりソロ戦とか防衛任務はダメだよ?あげた薬もちゃんと飲んで、定期検診もサボらないこと。よいかな?」

「よ、よいです」

「よろしい。あと、何かしら違和感があったら遠慮なく言うこと。というかむしろ、ボーダーに来たらまずここに来て欲しいくらいだね。それで毎回色々チェックしたいけど……よいかな?」

「よ、よいですけど……あの、チェック……って?」

小首を傾げて問いかける天音に、不知火はキョトンとしながら答える。

「うん?まあ健康診断的なやつだよ。身長体重座高、聴力、握力、血圧と……血糖値、あと諸々血中のホルモン情報とか欲しいから、ちょこーっとだけ採血したりとかかな」

「あ、それくらい、なら……よいです」

正直必要ないデータがあるのでは?と天音は疑問に思いながらも許可したところで、不知火はニヤリと笑い、

「あと3サイズね。それとお肌を直接触って諸々とチェックしよう」

怪しげに空いている片手を動かしながらそう言った。

 

ここまで不知火の言葉に素直に受け入れていた天音だが、流石にセクハラ全開の健康診断を要求されて身の危険を覚え、慌てて答えた。

「いや、それはさすがに、ダメ、です」

「どうしても?」

「は、はい……」

「ふーむ」

不知火はまだお巫山戯を続けるか真剣に悩んだが、諦めて1つ名残惜しそうに嘆息した。

「なら仕方ない。採血だけにしよう」

「すみません。あ、でも、ありがと、ございます」

「いやなに、天音ちゃんにちょっかい出して地雷を踏むのは、ワタシとしても避けたいね」

「地雷……ですか?」

「うん。わ……いや、月守だね。天音ちゃんにセクハラなんかしたら、月守の雷が落ちる」

月守の名前が出たと同時に天音の無表情がほんの少し揺らいだが、すぐに元に戻り、会話を続けた。

「月守先輩、優しいです、から、ね」

「ふふ、そうだね。月守は優しいけど……天音ちゃんに対しては、特に優しいんじゃないかな?」

「そう、ですか?……別に、普通だと、思いますけど……」

「普通、ねえ。あの子が普通にできるってだけで……」

不知火が意味ありげに言葉を続けようとしたが、

 

「しっらぬっいさーん!お邪魔しまーす!」

 

そのタイミングで彩笑が元気な声と共に不知火の研究室に乱入して来た。

元気よい声と明るい笑顔に毒気を抜かれた不知火は、つられるように笑みを浮かべて口を開いた。

「すんなり入って来たね。パスワード、教えてたっけ?」

「結構前に教えてもらってましたけど、覚えてなかったです!だからさっき、咲耶に聞きました!」

「頼りになる部下を持ったねえ」

「ええ、頼りになる部下です!」

テンポよく不知火と会話を進めた彩笑は、一層嬉しそうな笑顔を見せるや否や椅子に座っていた天音に一直線に向かい、抱きついた。

「ふあ……!?」

「神音ちゃん久しぶり!」

「えっと、久しぶりって言っても、2日ぶりくらい……」

「あれ?そう?なんかすっごい長い間会ってなかったような気がしてさ!」

屈託無く笑いながら抱きついてくる彩笑にされるがままの天音を見て、不知火は自然と柔らかな表情を見せた。

 

「スキンシップを堪能してるところで申し訳ないけど……。地木ちゃん、何か用事でもあったのかい?」

「いかにもですよ不知火さん!今日は不知火さんに折り入っての頼み事があって来ました!」

「頼みがあるなら、ひとまず聞くよ。ただまあ、ワタシも忙しい……。時間が許す限りで対応してあげる」

不知火はしっかりと彩笑に視線を向け、面白がっているような笑みで彩笑の頼み事に備えた。

 

だが、

「………」

待てど暮らせど彩笑はその頼み事を口にせず、

「………っ」

それどころか必死に何かを考え込んで口を閉ざし、

「…………っ!」

そして悩みに悩んだ挙句、

「あーもう無理!降参です不知火さん!」

部屋に入ってから始まっていた会話しりとりの降参を宣言した。

 

クスっと笑ってから、不知火は楽しそうに言葉を紡いだ。

「だいぶスムーズに会話を成立させるようになってきたねえ。でもこのままポコポコ進むのもつまらなかったし、定番の『る』攻めをしてみたよ」

「やっぱりる攻めは厳しいですよー」

負けたことでしょぼくれる彩笑に対して、

「あはは、これは頭の体操みたいなものだし、勝ち負けを気にしてもしょうがないよ。お遊びの域さ」

やんわりとした笑みでそう言った。

 

優しくフォローされながらも、依然としてしょぼくれ続ける彩笑が、空いている椅子を2人の近くに持って来て座ったところで、不知火は本題を尋ねた。

「さて地木ちゃん。しりとりで中断しちゃったけど、結局何しにここにきたのかな?」

「ああ、それなんですよ。えーと……」

本題を問われた彩笑は少し考え込むそぶりを見せてから、

「噛み癖のひどいワンちゃんと戯れに来ました?」

何故か疑問形でそう答えた。

 

今ひとつ要領の得ない答えを聞いた不知火は首を傾げてから、言葉を繋いだ。

「えーと、地木ちゃん?ワンちゃんと触れ合いたいならペットショップとかに行った方がいいと思うよ?」

「いや、ボクだって本当にワンちゃんと戯れに来たわけじゃないですよ!」

「ふむ、じゃあなぜ?」

「だって……咲耶が、そう言ってたから……」

「うん?なんでこのタイミングであの子の名前が出てくるのかな?」

ますます困惑する不知火は質問を重ねると、彩笑はじれったそうに口を開いた。

「なんでもなにも、咲耶に昨日、不知火さんのところで何して来たのって聞いたら、噛み癖がひどい犬と遊んでたって答えたから…」

 

そしてその答えを聞き、不知火は全てを理解した。

 

(ああ、なるほど。戦う前にケルベロスの話をしたから……だとしても、ラービット三体を『噛み癖の悪い犬』って言う、あの子のセンスはどうかと思うが……)

 

内心クスクスと笑ったあと、不知火は答えた。

 

「なるほど。地木ちゃんの言いたいことはわかった。要は、昨日あの子がやったプログラムを地木ちゃんもやりたいってことだよね?」

「はい、ズバリそれです!」

キラッキラとした目を向けてくる彩笑だが、それに対して不知火はこの上なく申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「地木ちゃん。悪いけど、その要望は叶えられないかな」

「ええー……なんでですか?理由言ってくださいよ、理由を。咲耶にだけ贔屓ですか?」

「いやいや、そういうわけじゃ……」

「ズルしちゃダメですよー」

「あっはは、地木ちゃんは言い方がいちいち可愛らしいね」

言いながら不知火は手を伸ばして彩笑の頭を撫でた。

 

「……そういうところ、ほんとそっくりですね」

「そりゃそうだろうね」

 

頭を撫でるのをやめて、不知火は話を戻した。

「それで地木ちゃんをウチのワンちゃん達と遊ばせてあげられない理由なんだけど……あ、言っとくけどワンちゃんってのは本当の犬じゃないよ?」

「咲耶が適当にごまかしたやつですよね?分かってます」

「よろしい。それで、詳細はここでは言わないけど……月守には昨日、とあるプログラムを6時間くらいやってもらったんだ。それでそのデータを忍田本部長に提出したんだけど……。まあいわゆる事後報告という形になってしまったし、内容をチェックした本部長に怒られてしまったんだよ。

『君は隊員を殺す気かっ!』

ってね」

「こ、ころ……?」

唐突に出て来た不穏な単語に対して身構える2人を見て、不知火は明るい声で言葉を続けた。

「いや、大丈夫大丈夫。仮想訓練モードのトリオン体だし、実際に死ぬことはないよ」

死ぬことは無いと断言した不知火だが、

(まあ昨日の記録映像を見る限り、あの子も2時間経ったあたりで気が狂いそうな顔になってはいたけどね)

声には出さず、心の中で付け加えた。

 

「兎にも角にも。結果としてそのプログラムは忍田本部長が危険すぎるということでストップがかけられてしまったんだよ。仕様を変更したりなんなりすればいいとは言われたけど、1日2日じゃどうにもならないし、そもそもオッケー自体が出ないだろうね」

「つまり……咲耶が昨日やったやつは、ボク今日できないんですか?」

「ぶっちゃけそういうこと」

正直な不知火の答えを聞き、彩笑は再度しょぼくれた。

 

その分かり易過ぎる落ち込みぶりを見て、不知火はわずかに考えたあと、時計を見てから口を開いた。

「仕方ない。30分だけ大サービスしてあげよう」

「やってもいいんですか!?」

許可を出した不知火に向けて、花開くような明るい笑顔を向けた彩笑だが、それに対して不知火はゆっくりと立ち上がりながら否定した。

「いや、そのプログラム自体を体験させてあげることは出来ないよ。だけど、その代わりになるものを提供してあげる」

「代わりになるもの、ですか?」

「そう。いや、もしかしたらそれ以上かもね。だってあの子はもともと()()()()()()()()()()()

言いながら不知火は白衣のポケットに手を入れ、自らのトリガーホルダーを取り出した。そして、

 

「さあ地木ちゃん、戦闘体に換装しなさい。スケジュールの都合で30分しか時間が取れないけど、ワタシが直々に稽古をつけてあげよう」

 

凄絶な笑顔で、そう言った。

 

*** *** ***

 

扉にもたれ掛かりながら月守は雑談のつもりで、ベッドに腰掛けるヒュースに語りかけた。

「ここの生活は快適か?」

 

「捕虜としては快適だ」

ぶっきらぼうに答えるヒュースに対して、月守はやんわりとした笑みを浮かべた。

「だろうな。ベットはふかふかだし、そもそもこの扉に鍵自体付いてないもんな。この部屋じゃなく、支部で軟禁してるようなもんだろ」

「やろうと思えば脱獄すら容易だ。セキュリティが甘すぎる」

「はは、言うね」

肩を揺らして笑った月守は、通学用のリュックから買い物袋を取り出した。

 

「これ、差し入れ。お前の好み分かんなかったから、適当に買ってきたぞ」

「……」

訝しみながらも、ヒュースは慎重な手つきで袋を受け取り、中身を確認した。

「なんだ、これは?」

袋の中にある、彩り豊かなラインナップを見てヒュースは月守に詳細を尋ねた。

「駄菓子。そっちの国にも無かったか?こう……小さな子でも買えるような、安くて子供の好奇心をくすぐるようなお菓子」

「……なるほど」

一通り差し入れられた駄菓子に目を通したヒュースだがこの場では口にせず、そっと傍に置いた。

 

挨拶と差し入れを前置きとして、月守は本題を切り出した。

「それで、何の用?京介から、お前が俺と話をさせろって言ってるって聞いたから、今日来たんだけど」

 

「……」

月守の問いかけに対して、ヒュースはしばし沈黙した。

 

今日月守が玉狛支部に呼ばれたのは、先の大規模侵攻にて月守が撃破し捕虜として捕えたヒュースと面会するためであった。本来ならば月守は本部所属の正隊員であるためヒュースの身柄は本部が拘束するはずなのだが、大規模侵攻の際に月守はヒュースを撃破したと同時に現れた迅に全てを任せた(丸投げした)為、大規模侵攻以来ヒュースは玉狛支部の監視下で拘束されていた。

月守としてはヒュースが玉狛支部で拘束されていることを心の片隅で気にかけてはいたものの、大規模侵攻の戦いで意識を失った天音のことや、それからすぐに開幕したランク戦に時間を割かれ、なかなか面会に来ることができなかった。

 

問いかけられたヒュースが無言を保つ間、月守は思考した。

(そもそも、こういうのって面会とかするべきなのかってのも疑問だったんだよな。向こうからすれば、自分を倒した奴に面会に来られても嫌味かって言いたくなると思うし。あと来るべきだとしてもタイミング無かったし……)

そして月守がそこまで考えたところで、ヒュースが口を開いた。

「特に、話すことなど無い」

 

拍子抜けする答えを聞き、月守は肩透かしをくらった。

「いや、無いのかよ。じゃあなんで呼んだんだ?」

「毎日、ヨータローや迅が何か必要なものはないかとしつこく聞いてくるからな。だから仕方なく、貴様との面会を希望しただけだ」

「暇つぶし気分で人を呼びつけるなよ。そういうのはウチの隊長くらいで十分だ」

言いながら月守は内心安堵していた。

 

だがその安心しきったところへ、ヒュースは思い出したように口を開いた。

「話すことは無いが、言っておきたいことはある」

「ん、何かな?何か欲しいものでもあった?」

「違う。言いたいのは、昨日の戦いのことだ」

昨日と言われ、月守は一瞬だけ考えて答えに行き着いた。

「昨日の……ランク戦のことか?」

「そうだ。いくら同じ組織内の模擬戦とは言え、随分と粗末な出来だったな」

「それについては……いや、ちょっと待て。そもそもなんで昨日のランク戦のこと知ってんだ?」

慌てて月守が尋ねるとヒュースはしれっと答えた。

 

「ヨータローが次のタマコマの対戦相手だと言って、記録映像を見せてきた」

「次の……ああ、那須隊と鈴鳴か。それにしてもログも見せるとか、捕虜に優しすぎるぞ玉狛支部……」

額に手を当てて嘆く月守をよそに、ヒュースは言葉を紡いだ。

「昨日の戦い……アレは、なんだ?ヴィザ翁と斬り結んだ黒髪の剣士がいなかった事を抜きにしても、酷いものだったな」

 

ストレートな物言いを受け、月守は苦笑した。

「昨日の試合に関しちゃ、何言われても仕方ないな」

「ふん……オレはこんな奴らに負けたんだと思うと、腹ただしいを通り越して呆れたぞ」

視線を外して吐き捨てるように言うヒュースだが、それゆえに彼は見逃した。

 

その一言を聞いた途端、月守の表情が一瞬だけ変わったことに、ヒュースは気づかなかった。

 

「……そうか」

呟くように小さく、それでいて確かに月守は言い、静かな足取りでヒュースに近寄った。

「確かに昨日の試合の出来は、酷いもんだったよ。それで気を悪くしたなら、謝ろう」

「謝罪などいらん」

「あはは、それはどうも。まあでも、不快な気分にさせたのには変わらないな。だから、謝罪代わりになるもの、用意させてもらうよ」

「ほう」

ヒュースの前に立った月守は、1つ呼吸を置いてから、言葉を繋げた。

 

「次のランク戦も、見とけ。こいつらになら負けても仕方ない、どころか……喧嘩売る相手間違えたって思えるような試合を見せてやる」

 

普段とは異なる挑発的な言葉を、わずかに笑みを浮かべながら言う月守をヒュースは一瞥して答えた。

 

「期待せずに待つぞ、ロキ」

 

「ああ」

言葉短く返事をした月守はヒュースから離れ、扉に向かって歩き出した。そして部屋から出るためにドアノブに手をかけたところで振り返った。

 

「ヒュース、今更になるけど……」

「なんだ?」

 

訝しむヒュースに向けて、月守は小さく笑ったあと、

 

「あの時ロキって呼べって言ったのは俺だけど……俺の名前はロキじゃなくて、月守咲耶だよ。覚えといてくれ」

 

遅ればせながら、自らの名前を名乗った。

 

 

 

 

 

月守が地下室から出て来てリビングに向かうと、そこには遊真と修の姿はなく、烏丸だけがいた。

「速いな。何か収穫はあったか?」

どんな会話になったのか気になった烏丸が尋ね、月守は素直に答えた。

「何もないよ。差し入れして、雑談して……ダメ出しされて、最後に名乗って終わった」

「やけに曖昧な……待て、ダメ出しってなんだ?」

「ダメ出しはダメ出しだよ」

 

それ以上詳細を話すつもりがない月守は、肩をすくめて会話を続けた。

「特別変わったことはしてないし、真新しい情報とかを引き出せたとは思えない。むしろ何か得たとしたらヒュースの方かな。俺を呼び出せるくらいには、自分の要望が通るってわかったんだから」

「なるほど。ならやっぱり、今日お前を呼ぶべきじゃなかったか?」

烏丸の懸念と共に深まる深刻そうな空気を、月守は乾いた声で笑い飛ばした。

「そんなことはないだろ。ヒュースが誰かを呼ぼうにも知ってるやつなんてたかが知れてる……せいぜい玉狛メンバーと俺たち地木隊、個人名知ってるとしたらこのくらいだ。あとは呼ぼうにも『あの時部隊全体を指揮してた奴を出せ』とか『この組織の最高責任者を出せ』とかになるだろうし、そもそもそうなったら流石にそっちで面会させないってなるだろ」

「それもそうだな」

 

心配の種を摘み取った月守はリビングの椅子に座り、烏丸に問いかけた。

「ところで京介、三雲くんと遊真は?」

「修は作戦室にこもって、次の対戦相手のログをチェックしてる。遊真は今さっき帰ってきた小南先輩と特訓中だ」

「2人とも熱心だな」

 

他人事のように話す月守に向けて、烏丸は小さくため息を吐いてから会話を続けた。

「お前はいいのか?修たちと同じで、土曜日にはランク戦だろ?」

「俺は対戦相手のログチェック済みだし、彩笑も案外その辺は抜かりなくチェックしてる。真香ちゃんもさっき一通りチェック済んで作戦立案に移るって連絡あったし、大丈夫。神音は今日から復帰だけど……多分1日2日は個人の調整で精一杯だから、土曜日になるまで色々お預けだ」

「……意外だな。地木隊は案外、スカウティングは全員でやるものだと思ってた」

「読み込む量とかポイントが全員バラバラだからな。例えば、俺と真香ちゃんは全体の流れというか、『この人、この隊はどんな要因が元でこの判断をしたのか』みたいなとこ重視して見るけど、彩笑と神音は個人の一挙手一投足っつーか、動きのクセとかを見たがるから、一緒に見るとチャンネル争い的な感じになるんだよ」

「なるほど」

 

地木隊のスカウティング事情に烏丸が納得したところで、月守は軽く手を叩いた。

「さてと、京介に頼まれた用事は済んだんだし、次は俺が学校で頼んだやつの番ってことでいいかな?」

「ああ。俺はいつでも構わないが……」

烏丸の許可を得た月守は、ニコッと笑った。その月守を見た烏丸は、どことなく彩笑を連想させる笑みだなと、思った。

 

そんな烏丸をよそに、月守は学校で耳打ちして伝えた要件を再度言葉にした。

「じゃあ、やろーぜ模擬戦。10本勝負、そんでもって京介は……」

そこまで聞いた烏丸は月守から言葉のバトンを引き継ぎ、模擬戦の条件を続けて話した。

「ガイスト無制限……トリオン切れのない状態でガイストを使い続けていい、だったな」

「おう」

「ひとまず模擬戦やるならトレーニングルームに行くか。002が今空いてる」

烏丸の言葉に従い、月守は空室だという訓練室に足を向け、烏丸も並んで歩き出した。

 

歩きながら烏丸は感じていた疑問を投げかけた。

「改めて聞くと、俺に有利すぎるな。なんでまたこんな勝負を持ちかけたんだ?」

 

模擬戦の真意を問われ、月守は間隔を開けずに答える。

「昨日のランク戦やってみてな、どうにも俺は1対1のシチュエーションで敵を倒すビジョンが掴みきれてないなって思ったんだよ。周りの条件を整えたり、どこかかしら他力本願なとこがあった。だから対策として、次の試合までに1対1でもちゃんと戦えるように鍛えとかないとなって思っただけだ」

「なるほど。それで俺を選んだ理由は?」

「たまたま、だな。鍛えたいなって思ったのが今日の午前中で、元々は昼飯食べ終わったら香取にその話持ちかけようとしたけど、その前に京介が来たから……そんだけ。ガイスト無制限ってのは、特訓するくらいなら、強すぎるくらいが丁度いいって思っただけだな」

月守の言い分を聞き、烏丸はひとまず納得した上で口を開いた。

「わかった。相手になるが……ガイスト無制限ってのは無しにしてくれ。俺も、この前の大規模侵攻でガイストの取り扱いに関して反省点があった。そこを見直したいんだ」

「ん、オッケー。玉狛第一メンバーとは普通試合組まないし、そのくらいの条件なら喜んで飲むよ」

 

 

 

模擬戦の条件を整え、市街地を模した仮装フィールドの中で向かい合った2人は、どちらからともなく視線を合わせた。

「……そういえば、こうして京介と1対1で戦うの初めてじゃないか?」

「いや、初めてじゃない。随分、久しぶりになるがな」

「あはは、そっかそっか」

月守は口元に笑みを浮かべながらトリガーホルダーを取り出し、烏丸も同じようにトリガーホルダーを手に持った。

 

そして両者同時に、

 

「「トリガー・オン」」

 

トリオン体へと換装し、戦闘を開始した。




ここから後書きです。

大規模侵攻以来音沙汰ないヒュースどうなったん?という説明を込めた回でした。本来ならもっとサクサクと本編が進んでる予定だったのですが、ここまで遅れました。申し訳ありません。

この話も大筋を友人という名の悪友にチェックしてもらいました。今回の彼の感想第一声は、
「ラストの部分、キリトとエイジの『オーディナル・スケール・起動』じゃね?」
でした。それに対して、
「どっちがキリトでどっちがエイジ?」
と私が言い返すと彼は口を閉ざしてしまいました。

月守はどうやら主人公成分が足りないようです。

割とガチでナーヴギアかオーグマーが開発されるのを心待ちにしてます(笑)。あの世界が現実になったら、多分私は迷わずリンクスタートすると思います(笑)。

本作を読んでくださり、ありがとうございます。
まだまだ書きたいことだらけですので、これからも頑張ります!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。