トリオン体に換装を終えると同時に、月守は烏丸へ向けて間合いを詰めた。同時に右手からキューブを生成して分割し、それを放るように空中にばら撒いた。
いきなり間合いを詰めてくる月守を見て、烏丸は開戦と同時に素早く弧月を抜刀して構え、迎撃を選択した。スタートダッシュから揺さぶりをかけようとしていた月守だが、迷わず間合いを詰めるために踏み込もうとする烏丸を見て感心した。
(さすがA級、対応に迷いがないな)
そして烏丸が踏み込み前に移動した瞬間、
「アステロイド」
月守はばら撒いたキューブを放ちながらバックステップを踏んで後方へと切り返した。
「シールド」
月守の放ったアステロイドを烏丸はシールドを張って防いだ。アステロイドは空間を埋めるように散り散りに放たれていたため防ぐのは容易で、烏丸はそのまま足を止めずに間合いを詰める。
(射撃戦をさせない気か)
距離を詰める烏丸の意図を月守はそう仮定し、それに乗った上で主導権を握りにかかった。
「メテオラ」
月守はメテオラのキューブを8分割し、近くにあった高めの建物めがけて並べて線を描くように放った。旋空弧月ほどは綺麗にいかなかったものの、建物はメテオラで砕けた部分を起点にして烏丸と月守の間を遮るように倒れ始めた。
倒れてくる建物を見て烏丸は判断に迷った。
この崩落を見逃せば確実に月守に間合いを取られ、射撃戦の土俵に上がらねばならない。それを防ぐためには、建物が地面に叩きつけられたと同時に跳躍して接近するか、ガイストを起動して機動戦特化(スピードシフト)で機動力を上げて建物の下をくぐり抜けて急接近するかの二択だった。
1つ目の選択肢は安全確実に間合いを詰めることができるが、崩落によって生じた粉塵によって視界が遮られ、月守が得意とする視界を制限された状態での奇襲の恐れがあった。
一方2つ目の選択肢はより速く接近戦に持ち込むことができるが、烏丸はその選択を躊躇した。理由は接近を迎え撃つように構える月守の姿が目に入ったからだ。月守は半身に構えキューブを生成した右手側を前にして、まるで接近することを待ち構えているような表情を見せていた。このまま接近すれば、至近距離でのアステロイドないしメテオラが放たれる、リスキーな状況だった。
(どっちも月守の狙い通り、だな)
たった数手のやり取りでこちらの選択肢を制限し、自らの得意分野へと持ち込ませる手腕を目の当たりにして、烏丸は素直に脱帽した。しかし烏丸は諦めず、月守の狙いから外れるべく動いた。
(これは本末転倒だが、あいつが頭に描いた筋書きを乱すには丁度いいか)
腹を括った烏丸は右手に持つ弧月を一度解除し、アステロイドを展開して突撃銃を構え、ガイストを起動した。
「ガイスト起動(オン)・銃撃戦特化(ガンナーシフト)」
『カウントダウン開始・ベイルアウトまで230秒』
その一言と共にガイストを起動して右手に持つ突撃銃を巨大な銃へと作り変えた。烏丸は開戦から狙っていた接近戦が、月守に対策を練られたことを受けて狙いを変更し、月守の専門分野である射撃戦に持ち込んだのだ。
あえて相手の得意分野に挑むためリスクは大きいが、烏丸のその選択は功を奏し、接近戦を想定していた月守の虚をついた。
ガイストを起動して銃を構える烏丸を見て、月守は構えながらも重心を僅かに落とした。
(そう来るのか、京介!)
心の中でそう思いながら策を組み直す月守だが、崩落した建物が地面に叩きつけられると同時に烏丸が射撃を開始した。
烏丸が放ったアステロイドはガイストによって威力を大幅に強化され、ブラインド代わりにした建物をいとも簡単に貫いた。烏丸からは建物に阻まれて月守の姿は見えないため、レーダーを頼りにして動き回る月守の位置に予想を付けて射撃を続けたが、レーダーに映る動きは全く鈍らなかった。
このまま射撃を続けるか、再び距離を詰めるか。烏丸の脳裏にその選択肢がよぎった途端、月守が反撃に出た。
「っ!」
横たわる建物の上を越してきた形で飛んできた弾丸トリガーに烏丸はいち早く気づき、射撃を一旦止めた。
(山なりな軌道……ハウンドか?)
警戒する烏丸は後方に避ける動きをしつつシールドを展開したが、その瞬間弾の軌道が真下へと急速に角度を変え、地面に接触したと同時に爆発した。
「なっ…」
烏丸は慌ててシールドを広げて対応したが、その足がわずかに止まった。
(山なりの軌道でハウンドに見せかけて急速落下する軌道に設定してたトマホークか……!)
一瞬で攻撃の正体を見破った烏丸に、月守は追い討ちをかける。
「ありゃ、ちょっと手前にコースを引きすぎたな」
そう言いながら月守は建物を飛び越える形で現れ、バッグワームを解除した。
「上か」
爆煙でうっすらと曇る視界の中でも烏丸は声が聞こえた方向に目を向け、ぼんやりとした月守の輪郭を捉え、素早く銃口を向けてアステロイドを放った。
「グラスホッパー!」
無数に放たれる強化アステロイドを、月守は空中でグラスホッパーを展開して回避した。烏丸は空中を裂くように動く月守を追って銃口と視線を動かして攻撃を続けたが、次の瞬間、視界の外から飛んできた無数の光の筋が烏丸のトリオン体を貫き、鈍い痛みが走った。
「これは……っ!」
予想外の攻撃を受けた烏丸は一度自らの攻撃を中止し、月守から距離を大きく取りつつ自らの傷口に目を向けた。
「飛び出す直前にバイパーを撃ったのか?」
烏丸は推測を口にしたが、
「いや、もうちょっと手間かけてるよ」
着地と同時に月守は烏丸の推測を否定した。
やんわりとした笑みを見せた月守は右手を構えつつ言葉を繋げた。
「一連の解説言おうか?」
「終わってからでいい。時間がないからな」
言いながら烏丸はガイストを操作した。手の甲に浮かぶ『特・斬・射・甲・機』の五文字を頂点とした五角形が形を変え、それに呼応してガイストによるトリオン配分が切り替わり武装が銃から剣へと形を変えた。
『白兵戦特化(ブレードシフト)』
膨大なトリオンが注がれ強化された弧月を構えて烏丸は全速力で踏み込んだ。月守は半身に構え、策を考えた。
(さて。10戦やる間に、色々試さなきゃな)
思い浮かぶ策を気取られないよう好戦的な笑みに隠し、月守は烏丸を迎え撃った。
*** *** ***
烏丸と月守が模擬戦を繰り広げている頃、彩笑は不知火直々の稽古を受けていた。
市街地を模した仮装空間を彩笑は駆け、身にまとったバッグワームを翻す。建物と建物の隙間を縫いつつ、ステージの中央に立ちながら愛用する鎌型ブレードトリガーの禍月を構える不知火の姿を捉えた。
(見つけた!)
不知火の位置を確認した彩笑は攻撃に出た。左手にスコーピオンをナイフ状に3本形成し、高速起動を維持したままその内の2本を上空に放り投げた。
投げた位置とは異なる場所から彩笑はすぐに動ける態勢を取ったまま観察し、不知火が上空から落下してくるナイフに反応した瞬間動いた。
不知火の死角である建物の隙間から音も無く飛び出した彩笑は、間合いが十分に詰まったところでグラスホッパーを足元に展開して踏み付け、更に加速する。だが、
『本命の攻撃の前にフェイントを置くのは結構だけど、レパートリーがちょっと貧困だね』
不知火は落下してくるスコーピオンを手堅くシールドで対応して、迫り来る彩笑に禍月を振るってカウンターを繰り出した。
「っ!!」
彩笑は振るわれた鎌の切っ先を身体を思いっきり捻って躱したものの、スピードが大きく落ちて攻撃のリズムが崩された。
「よく躱したね、いい反応だよ」
口元に笑みを浮かべながら、不知火は連続で禍月を振るった。鎌という独特な形状と、普段戦わない不知火の攻撃のリズムが掴みきれない彩笑は回避に専念し、反撃に転じる隙を伺った。
そんな彩笑に向けて、不知火はトリオン体の内部通話を使って話しかけた。
『地木ちゃんと手合わせしたのは久々だけど、前よりだいぶ動きが良くなったね。速さもキレも、夕陽隊だった頃より一層増してるよ』
『どうもです!』
言葉に合わせて生まれた隙を突き彩笑は反撃を試みたが、不知火は鎌の持ち手の部分で彩笑の一撃をあっさりと弾いた。彩笑はめげずに追撃を仕掛け、態勢を前のめりにするが、
『けど、それだけかな。速いだけじゃあ、勿体ない』
ニッコリと笑った不知火は左足の踵を地面にわざと当てると同時に、サブ側のトリガーを起動した。
「エスクード」
不知火が起動したのは地面から盾を生成するエスクードだった。エスクードは彩笑の一歩前から展開され、前のめりになっていた彩笑の腹部を思いっきり叩いた。
「かはっ…!」
不意打ちに等しい状態で腹部に衝撃を受けた彩笑は口から空気を無理やり吐き出され、小柄な身体が衝撃で宙を舞った。
(エスクードにこんな使い方があったなんて……っ!)
宙を舞った彩笑はエスクードの使い方に関心しつ、足元にグラスホッパーを展開してひとまず態勢を立て直そうとした。しかし踏みつけた彩笑の右足に不知火の魔の手が伸びる。
「悪食弧月」
旋空とは異なる仕組みで間合いを伸ばした不知火の禍月の刃が彩笑の右足を空中で切り落とした。
「あっ!」
態勢を立て直すことが出来なくなった彩笑めがけて不知火は跳躍し、
「王手♪」
とても楽しそうに笑いながら、彩笑にとどめを刺した。
30分の稽古を終えて仮想空間から不知火の研究室に戻ってきた彩笑は、力尽きたように椅子に座り込んだ。そこへ、
「地木隊長、お疲れさま、です」
研究室に残っていた天音が、彩笑の好物であるココアを差し出した。
差し出されたココアを、彩笑は笑顔で受け取った。
「神音ちゃん、ありがと。……って、もしかして全部見てた?」
「あ、はい。えっと、30分間、ずっと見てました」
「ええー……もう、恥ずかしい。全然手も足も出なかったし……神音ちゃんに恥ずかしいところ見られちゃったー」
椅子の上で彩笑はわかりやすく項垂れた。動きは大げさながらコップに注がれたココアを零さない彩笑に感心しつつ、天音は口を開いた。
「や、でも、地木隊長、すごかったです。不知火さん、相手に、あと一歩でした」
「それでも10戦全敗だよ?完全に遊ばれてたもん」
そうして拗ねる彩笑に向けて、同じく研究室に戻ってきた不知火がやんわりと微笑みながら声をかけた。
「遊んでたのは事実だけど、ワタシは本気のトリガー構成だったからね。そこは誇っていいよ」
「ほらやっぱり遊ばれてた!」
不知火としてはフォローしたつもりだったが、余計な一言があったがために彩笑は再びダメージを受けた。
がっくりと肩を落とす彩笑は一旦放置して、模擬戦を見ていたという天音に不知火は問いかけた。
「さて天音ちゃん、今の模擬戦を見て、気付いたことはあるかな?」
「気付いたこと、ですか?」
「そう。なんでもいいから言ってごらん」
「………」
何から話すか天音は数秒考え、不知火がモニター前の椅子に座ったところで口を開いた。
「速さ、です。地木隊長の方が、不知火さんより、数段、速いです」
「うん、そうだね。地木ちゃんの戦闘スタイルを語る上では速さは欠かせない。生身とは比べものにならない身体機能を
「不知火さんも、だいぶ速い、ですけど……地木隊長と比べると、やっぱり、遅く見えます」
「ふむ。トリオン体の速度を決定する要因は、当人の運動神経の良し悪し、重量、あとはイメージ力だけど……地木ちゃんはその全てに高い適性がある。生身以上の身体能力を持つトリオン体でも違和感なくスムーズに動けてるし、自分がどれだけの動きができるかしっかり把握できてるから、明確に自分のやりたい動きをイメージできてる。そしてなにより、重量。軽いのはスピード型アタッカーにとって重要なファクターではあるんだけど……地木ちゃん、ぶっちゃけ何kg?」
にっこりとしながらも有無を言わさぬ迫力を纏う不知火の問いかけに対して、彩笑は抵抗を試みた。
「えーと…、言わなきゃダメですか?」
「うん?言わなくてもいいよ。だってその気になればトリガー起動時にやってる実体スキャンのデータをちらーっと覗いてグラム単位で知ることもできるからね」
「えー!何それズルイ!」
「そうだねぇ……でもこれは手荒い手段になっちゃうし、できればあまりやりたくない。だから、この場でポロっと地木ちゃんが言ってくれれば、グラム単位で知ることは勘弁してあげよう」
追い詰められた彩笑は迷いながらも、気恥ずかしそうに答えた。
「……、よ、40kg、切るか切らないかくらいです」
ごにょごにょと口ごもりながらも発せられた答えを聞いた瞬間、不知火はギョッとした形相になり、天音もまた普段の無表情を崩して目を丸くした。
「本当に軽い……素直に驚いたよ。天音ちゃん、正直女子としては羨ましいよね」
「はい、羨ましい、です」
「ね。しかも見る限りだけど肌と髪の状態も良いし、栄養不足ってわけじゃないんだよね。地木ちゃんはアレかな、食べても太らない体質?」
羨ましそうを通りとして若干恨めしそうに不知火が質問したが、彩笑は首を左右に振った。
「いやいや、そんなことないです。むしろ食べても太らない体質は咲耶と神音ちゃんで、ボクは食べた分、運動して消費してるんです。体重が極端に増えたり減ったりすると変な感じするので、あんまり変わらないようにはしてますけど……」
体重の増減で違和感を覚えるという彩笑の言い分を聞き、不知火は一瞬だけ目を細めた。
(ささいな体重増減で違和感を覚えるか。地木ちゃんはどうやらワタシが思ってた以上に自分の身体を把握する能力……というよりセンサーか。とにかくそれの精度が高い。そこがまた、地木ちゃんのスピードに繋がってるのかもね)
そう結論付けたところで、不知火は話題を元に戻した。
「話がだいぶ脇道に逸れたけど、言いたかったのは地木ちゃんはスピード系アタッカーとしての素質は比類ないものがあるってこと。ネイバーフットに遠征していくつかの国を見てきたけど、そこでも地木ちゃんレベルでの高速機動が出来る人はいなかった。だから地木ちゃん、そのスピードに自信を持っていいよ」
そう語る不知火の言葉は、紛れもなく本心からのものだった。
事実、ランク戦や訓練の結果等からの評価で彩笑の機動力は高い評価を得ている。そして最近では訓練生や正隊員でもスピード系アタッカーでお手本にするなら彩笑の名前が挙がるほどに、彩笑の速さは周囲から十分に認められている。
しかし、どれだけ周りから評価を得ようとも、彩笑は満足していなかった。現に今、不知火に褒められても彩笑は不満げな表情をしていた。
「それでも、まだ足りないんです」
心の中に巣食う不安を混ぜて、彩笑は言葉を発した。
「それでもまだ、遅いんです。大規模侵攻の時も、この前のランク戦も、今も…。ヴィザお爺ちゃんに、村上先輩に、不知火さんに、ボクの攻撃は通じなかった……」
周囲から確かな評価を得ている一方、彩笑は1つの壁にぶつかっていた。彩笑は3年かけて自らのスピードを活かした戦闘スタイルを成長させてきた。毎日鍛錬を積み重ね、強敵とのランク戦やそれ以外の実戦などあらゆる場面で彩笑は自らの成長の手応えを感じ取っていた。しかし最近、その感じ取れていた手応えが薄らぎ、そしてチームランク戦が開幕した頃には手応えは完全に消えていた。
全く成長していないわけではない。事実として彩笑はランク戦が始まってからブランクブレードという新たな技術を身につけた。しかしその反面、自分自身の能力が伸びているかと問われると首を縦に振ることはできなかった。
もがいてももがいても進むことが出来ずに停滞している感覚が心の中に巣食う不満の正体であり、彩笑はそれを言葉にした。そしてそれを言葉の端から感じ取った不知火は、1つ助言をする事にした。
「さっき自信を持ってと言った手前だから少しバツが悪いが、速さに固執しすぎてもいけないよ」
「そ、それはそうかもですけど……でもボクにはもう、スピードを極めるしか……」
「そうかな?地木ちゃんは自分じゃ気付いてないだけで……いや、きっと速さ以外にも武器になるものがあることに気付いてるんでしょ?」
助言を受けた彩笑は僅かに考えてから、隣にいる天音へと視線を向けた。しかし、
「地木ちゃん、答えを聞くのはナンセンスだよ。その答えは地木ちゃん自身で掴まなきゃダメ。天音ちゃんも、教えちゃダメ」
助言を貰おうとした彩笑の心を見透かし、不知火はそれを制した。
「うー……どうしてもですか?」
「提出寸前に宿題の答えを写すようなものだよ?」
「わっ、すっごい分かりやすい例えですね」
「はは、ということは実際にやったことがあるとみた」
「よく咲耶の写させてもらってます!」
「自信満々に言うセリフじゃないだろうに…」
屈託無く笑う彩笑につられて、不知火は力の抜けた柔らかな笑みを返した。
「さて、ワタシはそろそろ行こうかな。スケジュールが押してきた」
「あー、30分はとっくに過ぎて……今すぐボクたちも出ます」
「うんにゃ、地木ちゃん達はここでのんびりしてってもいいよ。ここ、オートロックだし」
不知火は軽く柔軟した後、壁に掛けてある白衣を手に取った。
白衣を羽織る不知火を見ながら、彩笑はなんの気なしに言葉を投げかけた。
「会議とかたくさんあって、幹部は大変ですね」
「大変だよー、もう。おかげさまで寝不足気味だ。そろそろ纏まった休暇を申請しようかな」
「不知火さん、平日はお家に帰らないみたいですし、土日でも普通に本部にいますよね」
「与えられた研究室に物を持ち込んだりするうちに、居心地が良くなってしまったんだ。帰ろうと思っても移動時間が手間に思えてしまうし、何か思いついた時にすぐ実行に移せる研究室の方が都合が良くてね」
ある種の物ぐさだね、と言いながら不知火は肩をすくめた。
その様子を見て彩笑は乾いた声で笑った。
「たまには帰ってあげてくださいよ」
帰るように指摘された不知火は困ったように首を傾げた後、
「まあ、そのうちね」
なんとも曖昧な答えを返し、自らの研究室を後にした。
*** *** ***
4勝5敗。それが10戦中9戦を終えた月守のスコアだった。
訓練室での模擬戦であるため敗北してもベイルアウトせず、『ダウン』のコールが鳴ったところで仕切り直すシステムだった。
トリオン体に刻まれた深々とした切傷に手を添え、月守は眼前に居る烏丸に言葉を向けた。
「今の1発…、完全に動き読まれてたな」
ガイスト白兵戦特化状態のまま、烏丸は弧月を肩に乗せて答えた。
「完全にってほどじゃないが…、今のは予想の範囲だった」
「そうか。…普段から彩笑を見てるから速い系の相手には慣れてると思ってたけど、やっぱ微妙に違うな。やり辛い」
「やり辛い、か…。なあ月守、地木と俺、正直どっちが速い?」
「最高速度なら京介だけど、加速性なら彩笑」
「なるほど」
講評を得た烏丸は、手の甲に刻まれたガイストの残り時間に目を向けた。
「すまん月守、あと30秒待ってくれ」
「いいよ。一回起動したら解除できないってのも大変だな」
「仕組み上仕方ないらしい。万一の事態を考えて、終盤の使い所まで取っておきたいな。でも使うタイミングを気にするようになってからは、戦況全体を見る能力は上がったぞ」
「はは、良かったじゃん」
月守はクスッと小さな笑みを見せたあと、1つ疑問を投げかけた。
「今回京介が見直したかった大規模侵攻の反省点ってのは、その制限時間が関係してるんじゃないか?」
問いかけに対して、烏丸は驚いたように目を丸くした後、頷いた。
「まあ、そうだな。やっぱりどうしても時間制限が気になって、起動中は立ち回りが雑になる。焦りやすくもなるし、大規模侵攻の時も詰めが甘くなって、決定機を逃した」
「決定機か……あの反則級のブラックトリガー相手にその機会があったってだけで、十分な戦果だとは思うがな」
「……そういえば月守も、アレと戦ったんだったな」
「多分、こっち側で1番早く戦ったのが俺だな」
お互いに共通の敵に一杯食わされたことを認識したところで、烏丸のガイストが時間切れとなり、2人ともニュートラルな状態へと戻った。
「よし、解けた。それじゃあ10戦目、やるか」
「だな。もう俺に勝ちは無いけど、引き分けには持ち込んでやる」
言いながら2人は数歩離れ、アタッカーにしては遠く、シューターにしては近い間合いを取った。
「いくぞ、京介」
「こい、月守」
短く言葉を交わした言葉を合図として、2人は戦闘を開始した。
開戦と同時、
「ガイストオン・ブレードシフト」
烏丸は初手からガイストを起動した。
時間制限があり、一度起動したらトリオンが尽きるまで解除できない諸刃の剣。しかし烏丸は使い所を見極めると言った会話を布石として、月守の意識の不意を突いて勝負に出た。
だが、
(ブラフが下手だな、京介)
月守はそれを見切り、グラスホッパーを踏み込んで烏丸へと高速接近した。
明確な根拠があったわけでは無い。ただ、交わした会話にほんの少しの違和感を覚え、烏丸が何かしらの策を講じていると予想し、それを実行される前に手を打とうとしたに過ぎない。しかし結果として、ガイスト起動のため動きを止めてしまった烏丸に接近することに成功した。
接近する月守はこの千載一遇のチャンスを前にして勝負を決めにかかろうとしたが、寸前であることに気付いた。
(久々に、アレをやろう)
やるべきことを決めた月守は無意識のうちに口元に笑みを作り、それを実行しにかかった。
烏丸のガイストが起動しきる前にアタッカーの間合いまで一足で詰めていた月守は烏丸へと手を伸ばし、ブレードシフトが完成するよりほんの一瞬早く、烏丸のトリオン体に触れた。瞬間、
「レッドバレッド」
その一言と共に、月守が触れた箇所から黒い六角柱が形成され、烏丸の態勢が大きく沈んだ。
「重……っ!」
押し付けられた重量に驚き、烏丸は思わず顔をしかめた。そこへ、
「悪いな、京介。ちょっと耐えてくれ」
堂々と月守はそう宣言し、とっておきの策を実行した。
ここから後書きです。
先日何を思ったかネットで地木隊メンバーの姓名占い的なものをやってみました。メンバー全員が五行の運勢に何からしら難がありました。あと狙ったわけではないのですが女子3人は揃って総画数31でそのページではとても良いとされる画数でした。逆に月守は総画数的に少々よろしくないようで、苦労するでしょう的なお言葉を貰いました。