ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前書きです。
以前にもやらかした二話同時投稿です。先に一話前を見てくだされば幸いです。
お手を煩わせて申し訳ありません。


第76話「朝の戦い・後編」

6体のモールモッドと4体のバンダー、そして8体のバドが南西地区を侵攻していた。これらを相手にしていたのは、先日正隊員に昇格したばかりの新人を含む、ソロB級数名の混成チームだった。

敵の物量、経験値の低さ…、突破された原因は色々と思いつくが、月守は思考を頭から一度除外し、眼前の戦闘へと向けた。

 

迫り来るモールモッドへ、3人のアタッカーが間合いを詰める。持ち前のスピードで彩笑が2人より速く前に出て、先頭にいたモールモッドの間合いへと侵入する。

モールモッドは間合いに入り込んでくる彩笑目掛けて、2本のブレードを振るった。時間差を持たせた攻撃であり、初手を受ければ続く攻撃に捕まるが、

「よっと!」

彩笑は急ブレーキをかけてその場にピタリと停止して一撃目を空振りさせて、

「そっりゃ!」

続く二撃目は再加速して下に潜り込み、右手に展開したスコーピオンで切り上げて、ブレードの腹を叩き上げてモールモッドの動きを妨害した。

 

「ナイスだ地木ちゃん」

斬り上げを受けて態勢を乱したモールモッドへと一気に間合いを詰めた迅は、両手に持った2本のスコーピオンでトリオン兵共通の弱点である目を切り刻んだ。

ターゲットの絶命を確認することなく、最後に来た太刀川は指示を出す。

「地木、上に飛ばす。バドを任せるぞ」

「りょーかいっ!」

指示を受けて彩笑はその場で真上に跳躍する。ノーモーションの跳躍だが、トリオン体の身体能力と小柄な体格ならではの軽さが相まって、彩笑の身体はあっさりと2メートルは浮いたが、バドがいる高さには到底届かない。

だがそんな事は折り込み済みだった太刀川は素早く彩笑の落下地点に、抜刀した弧月の腹を差し出した。そして重力に従って落ちてきた彩笑は器用に弧月の腹に着地し、

「「せーのっ!!」」

声を合わせながら、太刀川は弧月を真上に振り抜き、彩笑は思いっきり跳躍した。

 

2人がかりの大ジャンプで近くのバドまで一気に接近できた彩笑はサブ側のグラスホッパーを展開し、空中戦を開始した。

 

彩笑を空中に送り込んだところで、太刀川は次の指示を出した。

「上は地木に任せて、俺たちは下を叩く。月守、バンダーの砲撃を封殺してくれ」

「了解です」

答えながら月守は両手にトリオンキューブを生成し全体を見渡す。

(バンダー、砲撃のモーションに入ってるのが1体、入りそうなのが2体、撃たずにただ構えてるのが1体。モールモッド、迅さんがいる右側に2体、太刀川さんがいる左側に3体、それぞれ接近して交戦目前。バド、彩笑が完全に引きつけてるから無視)

あえて戦況を脳内で言葉に置き換えてから月守は行動に移った。

 

「アステロイド」

右手側のキューブを分割し、砲撃モーションに入っているバンダーと、右側にいるモールモッド1体、左側にいるモールモッド2体に向けてそれぞれ放ち、

「ハウンド」

数歩動いて射線を調整しながら左手側のキューブを分割し、砲撃モーションに入っていない3体のバンダーと、左右のモールモッド1体ずつに放った。

 

最初に放ったアステロイドは砲撃直前のバンダーに直撃して攻撃を妨害し、モールモッドの動きを足止めした。続けて放ったハウンドを受けた3体のバンダーと2体のモールモッドはわずかにダメージを受け、月守へと警戒を向けた。

 

月守の攻撃の直後、

「ここだ」

左側でハウンドを受けたモールモッドを射程に捉えた太刀川が旋空を起動させながら弧月を薙ぎ、一刀両断した。同時に、

「サンキュー月守!」

迅が一気に加速し、モールモッドが次の行動に移るより速く懐に潜り込み、キレのある斬撃であっさりと屠った。

 

(モールモッドがハウンドでこっちに警戒を向けた一瞬を、キッチリ仕留めてくれたか)

こちらの意図を汲んだ攻撃というよりは、目の前に好機が転がったから仕留めた、というような攻撃だったが、それがまたトップランカーたる2人らしいものだと、月守は思った。

 

太刀川と迅は続けてモールモッドへと斬りかかる。それぞれ1体目は月守の援護を受けて倒したが、この2人ならば本来の実力だけで問題なく倒せる相手だった。

(モールモッドも無視していい。なら、残るはバンダーだけだ)

改めてバンダーに意識を向けると、3体のうち2体が砲撃のモーションに入っていた。

モーションを見た瞬間、月守は距離を詰めながらキューブを生成し、砲撃の瞬間と現在の距離と自身の弾速を計算してタイミングを合わせて、攻撃を仕掛けた。その弾丸はバンダーが砲撃を放つより一瞬だけ速く着弾し、爆発した。

月守が放ったのはメテオラであり、二宮が得意とする四角錐型分割方式で生成した6発をそれぞれ3発ずつ撃ち込んだ。初手のアステロイドやハウンドに比べて、威力を大きく上げたその攻撃は弱点である目をしっかりと捉え、攻撃を受けたバンダーは絶命して崩れ落ちその巨体を地面へとぶつけた。

 

「封殺しろって言われただけで、倒すなとは言われてないからな」

 

残る1体のバンダーと視線を交錯させながら月守は言い、同じように倒すために右手を構えた。だがその瞬間、戦場に事切れたバドが大量に降り注ぎ、

 

「どっりゃあ!」

 

月守が倒そうとしていたバンダーには、真上でグラスホッパーを展開して全速力で落下してきた彩笑がスコーピオンを突き刺してトドメを刺した。

 

キューブを展開しようとしていた月守は手を下ろして、彩笑に通信回線を繋いだ。

『あともう少し落ちてくるのが遅かったら、メテオラ撃ってたよ』

『え?ほんとに?危なかったー!』

『危なかったな。っていうか彩笑、飛び出し危険って習わなかったの?ちゃんと右見て左見て右見てから歩きなさいって習っただろ?』

『習った習った!でも誰も、真下にいる標的仕留める時に味方がメテオラを撃とうとしてるか注意しなさいとは教えてくれなかったよ!』

 

2人の通話は共通の回線で行われており、会話の内容を聞いていた太刀川と迅は揃って、

((そりゃそうだろ))

同じツッコミを心の中で行い、同時に相手にしていたモールモッドを全て撃破した。

 

ものの1分でトリオン兵の群れを、4人はまるで危なげなく殲滅させた。

 

*** *** ***

 

防衛ラインが崩れたことは、当然のように本部にも知れ渡った。

狙撃場にいた真香と天音の端末にも警告が届き、端末を手に取った天音は真香に問いかけた。

「出撃、する?」

「んー、いらないんじゃないかな。巡回してる他の4チームからフォロー出るし、そもそもこういう時に備えて控えの部隊がいるし…」

言いながら真香も端末にも目を落として状況を確認しようとしたが、すぐに画面に表示された情報を見て、心配は杞憂だったと知った。

「あ、大丈夫だよ、しーちゃん。近くにいた太刀川さんと迅さんと…、地木隊長と月守先輩が交戦始めたって」

「え、ええ…?なんで、その4人、なの?」

「なんでだろうね。たまたま本部に向かってた途中だったんじゃないかな?」

メンバーを見て防衛ラインが突破されることは無いと判断した真香は、安心して狙撃訓練を再開した。

 

1つの軸が身体に通っているような、凛とした真香の立射の構えを、天音は後ろからじっと見つめていた。

 

淡々と何気なく、当たる気があるのかすら疑ってしまうほどすんなりと、真香は引き金を引く。イーグレットの銃口から放たれる銃弾はやはり呆気なく、真香が狙った的を射抜く。

見てる分にはひどく簡単で、自分にも出来るのではないかと錯覚させる真香を狙撃を見続けた天音は一回だけ、イーグレットを借りて撃たせて貰った。しかしその一撃は明後日の方向…、とまではいかなくとも、天音が狙った通りの場所には当たらなかった。

天音はすぐにイーグレットを返して、それからずっと真香の狙撃を見続けた。

 

狙撃を始める前に真香は、

『当てるのは当たり前だから命中率はいらない』

そう宣言したが、言った通り真香はここまでただの一撃も外さなかった。

 

並外れた狙撃の腕前を目の当たりにして、

(真香が、敵チームの、スナイパーじゃ、なくて、よかった…)

と、天音は思った。

 

 

 

「なんだ、和水はまた新しい弟子を取ったのか?」

狙撃訓練を続ける真香達は、不意に話しかけられた。

 

「荒船先輩、おはようございます」

「おはよう、ございます」

話しかけてきた荒船に真香と天音はそれぞれ挨拶した。

 

荒船は真香の右隣のブースに荷物を置き、トリオン体に換装した。

真香は遠くの的を撃ちながら尋ねる。

「試合前の調整ですか?」

「そんなところだ」

 

イーグレットを展開して荒船も真香へ質問した。

「…まさかとは思うが、和水も試合前の調整とか言わないよな?」

「あはは、違いますよー。指が錆びつかないように、気ままに撃ってるだけですよ」

「そうか、だったらよかった…」

「よかった?何がです?」

「いや。もし今日、なんらかの方法で和水がランク戦に出てくるようなことがあれば、俺たちは作戦を変更する必要があったからな」

「おお、いい事聞きました。今から急いで代わりのオペレーター探すか、月守先輩にオペレーター任せて、私試合に出ます」

「おいこら」

思わず隣に荒船は視線を向け、真香は笑いながら引き金を引いて答えた。

「冗談ですよ、冗談」

「全く…。そういう他人を焦らせる冗談を言うところは、そっちのシューターに似てきたな」

「かもしれないですね。一応、私の戦術の師匠ですから」

「そうなのか?」

「月守先輩はどう思ってるか知りませんけど、私は師匠だと思ってますよ」

 

着弾した的を見ながら、真香は答える。

「私は今日、ちゃんとオペレーターです。第一…、ランク戦にだけ出て防衛任務に出られない戦闘員はアウトじゃないですか」

「…やっぱりまだ、ダメなのか?」

「どうでしょうねえ…。半年くらい前に一度、無理して出たことはあったんですけど…、その時はダメでした。警戒区域を前にしたら、色々と…、我慢できなくて、ベイルアウトしました」

はぐらかすように話した『色々』にどんな意味が込められているのかと荒船は空想したが、そこには触れずに話題を戻した。

「そうか。まあとにかく、今日の試合に和水が出ないってのがわかればそれでいい」

「荒船先輩、冷たいですね。後輩がしんみりしてるのに対応がドライですよ」

「話しながら何発も撃って的に当ててる奴のことを、しんみりしてるとは言えねえな」

片手間で話していたことを指摘されて真香は苦笑し、イーグレットの銃口を一度下げた。

 

「上がりか?」

「ええ、まあ。それなりに撃ちましたし…、この辺で切り上げます」

「お疲れさん…、と言いたいところだが…。和水、よかったら1勝負どうだ?」

唐突に荒船は真香に勝負を持ちかけ、

「いいですね、やります」

真香はそれをあっさりと了承した。

 

瞳に好戦的な色を覗かせて、真香は勝負の内容を尋ねる。

「何で競いますか?」

「ターン制の勝負だとケリがつかないだろうから…、早撃ちでどうだ?」

「いいですよ。当たり判定は…」

「当然、的の急所だけだ。それ以外はノーカウントでいこう。先に10体当てた方の勝ちでいいか?」

「わかりました。それでいきましょう」

 

勝負の内容を決めた2人は、早速始めようとしたが、

「真香、今から、勝負する、の?」

ここまで置き去りにされていた天音が、ようやくここで会話に割り込めた。

 

問いかけられた真香は、クルッと振り返り、小さく笑って答える。

「うん、そうだよ」

「早撃ちって、聞こえたけど…、それって、どんな勝負?」

「んー…」

 

小首を傾げる天音に向けてどう説明したものかと一瞬考えてから、真香は口を開いた。

「今この狙撃場は市街地を模した地形になってて、色んな所に人型の的があるでしょ?」

「うん、ある」

「早撃ちっていうのは、この大量の的から指定された1体だけを素早く見つけて撃つ…、それだけの、シンプルな勝負だよ」

「本当に、早撃ち、だね。…競うのは、タイム?」

「ううん。私と荒船先輩は同じ的を狙うから、どっちが早く指定された数を射抜くか…、今回は先に10体撃ち抜いた方が勝ちだよ」

「先に、10体…。選ばれた的は、どうすれば、わかるの?レーダーに、表示されたり、するの?」

「レーダーにも表示されるけど…、勝負に参加してる人にだけ、撃つべき的が赤くなって見えるんだよ。…ほら、視覚支援とか、スパイダーで味方にだけ色付きで見せたりできるやつあるでしょ?それの要領」

「ん、わかった」

天音が一通り理解したところで、パネルを操作していた荒船が設定を終えた。

 

「設定を全部任せてしまってすみません」

言いながら真香は荒船が施したパネルの設定を確認する。

 

「気にするな。じゃあ、やるか」

「ええ、やりましょう」

 

確認を終えた真香はパネルに評価されていた『READY?』の部分に触れカウントダウンをスタートさせ、素早くイーグレットを持った。

 

相変わらずの立射の構えのまま半歩下がり、狙撃場を少しでも広く視界に収める。

 

そして視界の端に捉えたパネルのカウントカウントがゼロになり、『早撃ち』勝負が始まった。

 

視界全体に収めた的の1つが赤く染まり、真香はそこへ意識とイーグレットを淀みなく向ける。ビルの屋上に設置されたものであり、比較的狙いやすいものだった。

(まず1体)

スコープの中央に捉えると同時に引き金を引こうとしたが、その瞬間、的が爆ぜた。

 

「っ」

「まず1体だ」

 

当然撃ったのは隣のブースにいる荒船であり、真香は現役スナイパーの腕前を素直に尊敬した。

 

だが、

 

「取り返します」

 

尊敬の念を送った直後、真香の心の中には闘争心の炎が静かに燃え、それが自然と言葉となって出てきた。

 

撃たれた的から意識を切り離し、真香は再び広く狙撃場を見渡す。

(見つけた)

次の的はすでに設定されていた。遠くではなく、高さが設定された2人のいるブースの下方にある的だった。初弾の的が距離と高さがあっただけに、意識の隙をついた嫌らしい位置だったが、真香はイーグレットを素早く構えて引き金を引いた。

 

スコープを覗かず、見る人によっては乱雑で慌てて撃ったかのように見える1発だが、その銃弾は人型の的の頭部を綺麗に射抜いた。

 

遠くに意識を向けていて構えることすら間に合わなかった荒船は、射抜かれた的を見て楽しそうな笑みを浮かべた。

「今のはガンナーの射程だろ?」

「スコープいらないくらい近かったです」

「直接狙って当てやがって…。サイドエフェクトのおかげか?」

「次の的、来ますよ」

淡々と言葉を交わしながら、2人は次々と的を射抜き続けた。

 

 

 

その勝負を後ろから見届けていた天音は、

(スナイパーって、やっぱり、変態だなぁ…)

ただの1発も外さないどころか、全ての銃弾を人型的の脳天か心臓を速攻で撃ち抜いていく様を見続けて、達観にも似た感情を2人に向けていた。

 

 

 

先に10体、という条件だったため、2人の勝負はすぐに終わりが見えてきた。互いにノーミスで9体の的を射抜き、ラスト1体を競う、文字通り最後の勝負となった。

後追いの形で9体目を射抜いた荒船は、追いついた安心感を押し殺して次の的へと意識を向けた。

(どこだ!どこにある?)

拮抗した勝負の最終局面で昂ぶった気持ちで的を探すが、ビルの屋上にも、建物と建物の間にも、道路にも、民家の屋根の上にも…、どこにも、赤く色付いた的は見つけられなかった。

(ない…、なんでだ?)

見つけられないことに業を煮やし、荒船はトリオン体の視界の端に設定してあったレーダーを見た。するとそこには、きちんとマーキングされた的の表示が1つあった。

レーダーの情報と狙撃場を照らし合わせて、荒船は的の位置を特定し、

「チッ!そこはねえだろ」

思わず舌打ちをして毒吐いた。

 

レーダーが示す場所はビルのど真ん中…、つまり、ビルの中だった。

 

角度的にも狙いようのない場所であり、完全にお手上げだと荒船が思った瞬間。隣から、さっきまでとは比べものにならないほど大きな銃声と明るいマズルフラッシュが灯った。

 

 

 

 

荒船が的の位置をレーダーで認識するよりほんの少しだけ早く、真香は的がビルの中にあることに気づいた。同時に、イーグレットでは壁に阻まれてしまい、このままでは射抜くことは不可能だとも気づいた。

 

そこまでは荒船と同じだったが、撃つのを躊躇った荒船とは違い、真香の中には別の選択肢があった。

(トリガーの切り替えを実行。イーグレットからアイビス)

その選択肢とは、トリガーの持ち替え。

 

万能型のイーグレットではなく、高い威力を誇るアイビスに持ち替えて壁ごと撃ち抜く。それが真香が直感で辿り着いた答えだった。

 

真香は引き金を引き、銃弾を放った。銃弾は轟音と共に容易くビルの壁を撃ち抜き、派手に煙を巻き上げた。当てた手応えがあった真香は勝ちを確信した。しかし、

(あれ?レーダーの反応、消えてない?)

撃ち抜いたはずの的の反応は、レーダー上では消えずに残っていた。

 

(まさか、外した?)

壁抜きスナイプは本来、「最初のスナイパー」である東春秋ですら「当てにくい」として使いたがらない技術であり、外してもなんら不思議ではない。それでも外した事実を、真香は一瞬だけ受け入れるのが遅れ、そこから連鎖して次の行動に移るのも遅れた。

 

一呼吸程度の遅れだが、それが勝負の明暗を分けた。

「悪いな、和水」

真香が再びアイビスで狙いを定めるより先に、荒船は煙の向こうでわずかに見えた赤い的に素早く照準を合わせて引き金を引いた。

 

その1発は吸い込まれるような軌道で的まで飛び、難なく頭部の中央を撃ち抜いた。同時に、荒船のいるブースのパネルに『winner!』の文字が表示され、この勝負に決着がついた。

 

「……」

しばし真香は呆然としていたが、軽く頭を振ってから敗北を受け入れた。

「…負けました。さすが正隊員ですね」

真香としては素直に相手の技量を褒めたものだったが、それを聞いた荒船は渋い表情を見せた。

「いや、勝負には勝ったが、実際は俺の負けみたいなもんだ。最後の的を狙うことを、俺は諦めたんたぞ。あの段階で撃てる選択肢にたどり着けた和水の勝ちだろう」

勝ちを受け入れない荒船を見て、真香は言い返す。

「それを言ったら、荒船先輩は準備無しで勝負してるじゃないですか。私はみっちりアップして戦闘態勢万全だったんですよ?なのに拮抗した出来になるなら、それはもう私の負けですよ」

「いや、俺の負けだ」

「いえいえ、私の負けです」

「俺だ」

「私です」

2人は互いに負けだと言い張り、一歩も譲らず勝ちを押し付けあった。

 

意見の堂々巡りになりかけたが、真香はそれを断ち切るために1つ提案をした。

「じゃあ、こうしましょう荒船先輩。ひとまずここは引き分けにして…、決着は次の機会につけましょう」

「持ち越すわけか。そうするか」

荒船も意見が平行になることは良しとしていなかったため、この提案をあっさりと受け入れた。

「ちなみに…、その次ってのはいつにするんだ?」

早速次の勝負の日取りを決めようとした荒船だったが、真香の中ではすでに答えは出ていた。

 

「そうですねえ…。今日のランク戦夜の部なんてどうでしょう?」

 

あえて挑発するような物言いをした真香を見て、荒船は口角を吊り上げた。

「和水は、試合に出ないんじゃないのか?」

「戦場には立ちません。でも、勝つつもりで試合に臨む以上、荒船先輩は私と戦うのと変わりないです。違いますか?」

「いや、違わねえな。…いいだろう、この決着は今日のランク戦で付けることにするか」

持ち越した勝負をランク戦で決めることに合意した2人は一度だけ互いの目を見て、踵を返した。

 

真香が歩く先には、狙撃場の壁に設けられたベンチにちょこんと座る天音がいた。

「真香、お疲れさま。狙撃、すごかった」

「ありがと、しーちゃん。まあ、負けちゃったというか、引き分けなんだけどね」

「ううん、真香は、負けてないと、思う」

「本当にそう思う?」

「うん」

確かに頷いた天音に向けて、真香はしっかりと目線を向けて言葉を紡いだ。

「じゃあ今日の試合、絶対勝とっか。勝てれば、私の勝ちってことになるみたいだからさ」

「ん、わかった」

負けられない理由を1つ増やした天音は、静かに、だが力強く、そう答えた。

 

2人が狙撃場を後にしようとしたところで、

「あ!2人ともやっと見つけたー!」

いつものように屈託のない笑顔を浮かべた彩笑が姿を現した。

 

「地木隊長?なんでここに?さっき、緊急で出撃したんじゃないんですか?」

真香が尋ねると、彩笑は元気よく頷いて答えた。

「うん、出撃したよ。でも緊急措置的な戦闘だったから、後から来た正規のチームに引き継いで、仕事丸投げしてきた!それでそのまま本部に来て、2人を探してずっと走り回って今に至る!」

「あはは、そういうことでしたか」

答えを聞いた真香は、

(地木隊長、朝から元気だなぁ…)

と思いながら苦笑した。

 

「あれ?ところで真香ちゃん、もしかして戦闘用のトリオン体?」

普段のオペレーター姿では無い真香を見て彩笑が質問した。

「はい、そうですよ。さっきまで、軽く撃ってましたから」

「そっかー…」

彩笑はどこか生返事気味に言い、真香のトリオン体をじーっと見つめた。

 

「えーっと…、地木隊長?なんで私のことじっと見てるんですか?」

「うん?いやまあ…、真香ちゃんの戦闘用トリオン体、カッコいいなって思って。背高くて羨ましいなあ…」

心底羨ましそうな眼差しを向けられて、真香は気恥ずかしさを覚えた。

 

彩笑は純粋に真香のトリオン体を羨ましく思っていたが、1つの違和感を覚えて、それを問いかけた。

「…真香ちゃん、トリオン体だと着痩せするの?なんかこう…、普段よりも細く見える」

その言葉を聞いた真香の中では、感情が一気に塗り変わった。気恥ずかしさから一転して、気まずそうに真香は口を開く。

「あー…、地木隊長、それ錯覚じゃないです。実際、私のこのトリオン体は生身よりも色々と細くなってます」

「ん?ワザとなの?」

「ええ、まあ」

「なんで…、ってまさか、トリオン体の間だけでも痩せてる姿になりたいとか?」

邪推気味に彩笑は尋ねるが、真香は一層気まずそうになって答える。

「いや、そういうわけじゃ…、いえ、それもゼロじゃないんですけど…。でもそれ以上に…、この仕様の方が、都合がいいんですよ」

「都合?」

「はい。狙撃するにあたって…、あくまで私の場合ですけど、細い方が体勢の確保っていう面で都合がいいんです」

そしてそこまで言った真香は、

「その、特に…」

 

気まずそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべ、

「伏せて構える時…、胸は平らな方が楽なので」

そう、言った。

 

そのセリフを聞いた瞬間、その場にいた天音は何かが割れるような、そんな幻聴を聴いた。同時に、彩笑の笑顔がわずかに引き攣ったことに、天音は気づいてしまった。

 

「………」

彩笑の表情は表面上は笑顔のままだが、それは何かを堪えるようなどこかワザとらしい笑みだった。

しばらくその笑みが続いた後…、彩笑はようやくと言った様子で言葉を発した。

「真香ちゃん」

「は、はい」

鋭さが込もった声で名前を呼ばれた真香は思わず姿勢を正し、彩笑はその鋭い声のまま言葉を続けた。

「今のは背の低さ以上に、ペッタンコなことがコンプレックスなボクに対する宣戦布告と受け取っていいのかな?」

 

 

 

 

その一言が元となり3人は…、というよりは真香と天音は彩笑の機嫌を取り戻すためにありとあらゆる手を尽くし、なんとか昼までには平和を取り戻した。

 

尚、途中で月守が合流して、険悪な空気に気付いて手を打とうとしたが、

「咲耶には関係ないから割り込まないで!」

と、彩笑にとんでもない剣幕で怒鳴られ、

「すみません月守先輩、こればっかりは先輩の手を煩わせるわけにはいきません。というかむしろ戦力外です。下がってください」

真香には諭すように戦力外通告を出され、

「月守先輩…、すみません。何も、聞かないで、ください」

天音にすらやんわりと拒否されて、それなりに心に傷を負ったのだが、それはまた別の話。




ここから後書きです。

狙撃しながら活き活きとしてる真香を書きながら、
(ああ、真香ちゃん狙撃好きなんだなあ)
と他人事のように思ったうたた寝犬です。

設定を作り込んだつもりでも、案外自分のキャラに知らない面があるというのは少し怖くてそれ以上に不思議で面白いです。

いつものことですが、本作を読んでいただきありがとうございます!
この先も本作にお付き合いしていただけたら嬉しいです!

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