ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第81話「強襲」

ランク戦ラウンド3の前日の朝、柿崎国治はボーダー本部の食堂で朝食を摂っていた。中高生より時間の融通を効かせやすいということで、大学生組は夜間の防衛任務を頼まれれることが多く、任務が終わってから帰宅することなくその足で食堂に向かったのであった。

 

ボーダーの食堂の飯は不味くない。むしろ美味いと評判なくらいだが、その飯を食べながら、柿崎の気分は沈んでいた。そこへ、

「およよ?柿崎くんじゃないか」

ボーダー食堂の常連客である不知火花奈が、塩サバ定食のお盆を持ちながら声をかけてきた。

「不知火さん、おはようございます」

「うん、おはよう。隣、良いかい?」

隣と言いながらも不知火は柿崎の正面の席にお盆を置き、柿崎の許可なくそこに座り、朝食を食べ始めた。

 

ご飯を数口運んでから、不知火は何の気無しに柿崎に話しかけた。

「柿崎くん、最近調子はどうだい?」

「調子、ですか?普通というか…、可もなく不可もなく、ってところですね」

「あはは、無難な答えだね。まあ、何の調子について尋ねたわけじゃないから、そんな答えになるのは納得なんだけど…」

そこまで言った不知火はイタズラを成功させた子供のような表情になり、

「はて…、柿崎くんは何の調子について可もなく不可もなくって答えたのかな?」

問い詰めるように言葉を重ねた。

 

質問された柿崎だが、言われてから彼自身も自分が何の調子について答えたのか考え始めた。不知火の質問自体がフワッとしすぎていたため、柿崎も特に考えることなく無難な答えを返していたのだ。

(特別これっていうのは考えてなかったが…。それでも敢えて答えるなら…)

しばし考え込んでから、柿崎は、

「チームランク戦です」

と、答えた。

 

ランク戦と聞いて、不知火は不思議そうな表情を浮かべた。

「ランク戦かい?最近の柿崎隊はそんなイマイチな出来じゃないんじゃないと思うけど…。ラウンド2じゃ、危なげなく勝ってただろう?」

「勝ったって言っても、下位グループでしたから。…本来いる中位グループじゃ、まともな白星は取ってませんし…」

「なるほどね。となるとやっぱり、中位と下位じゃはっきりとした実力差があるわけだ」

「ありますね。…あ、ほら、今シーズンで復帰した地木隊も、下位では圧勝してましたけど、中位ではそうもいかなかったじゃないですか」

「確かに。…まあ地木隊については月守が自滅したってのもあるけど…」

小さく笑いながらさりげなく言った不知火の「自滅した」の一言に柿崎は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、不知火はそれに気づかず会話を続けた。

 

「ああ、そういえば…。柿崎くんは明日、その地木隊と当たるね。どう?勝てそう?」

不知火が放り込んできた質問に対し、柿崎は素直に今現在の勝算を口にした。

「正直厳しいところはあります。次の試合のステージ選択権はうちが持ってるので、そこをうまく使えれば…、と思ってはいるんですけど…」

それがなかなか、と言いたげに柿崎は目線を落とした。

 

「ふぅん…」

思い悩む柿崎を前にして不知火は朝食を食べ進めてから、

「だったら、少しくらいは付き合ってあげようか?」

と、提案をした。

 

「え…?それって…?」

「うん?だから、明日のランク戦の作戦について、今ここで少しくらいワタシの知恵を出そうか?っていう提案。諏訪隊と荒船隊はともかく、地木隊ならトリガーの設定してあげるから、あの子たちの戦闘スタイルのことはよく分かってるし…、攻略の手伝いには十分だと思うけど?」

真っ直ぐに目を見て不知火が提案してきたものは、柿崎にとってはかなり魅力的なものだった。しかしその提案を受け取ることを、柿崎は躊躇した。

 

何か裏があるんじゃないか?

 

そんな考えがどうしても頭をよぎるが、それが表情に出てきたようで、それを読み取った不知火がクスっと笑った。

「別に深い意味は無いよ。単純に、勝とうとしてる人に手を貸してあげたいっていうだけさ」

「…そうですか。いやでも、タダで手を貸してもらうっていうのは…」

気まずい雰囲気で柿崎は言うが、不知火はそれに対してキョトンとした表情を返した。

「おや?誰がタダだと言った?当然報酬は払ってもらうよ?」

「報酬…、まあそれなら気後れはあまり…。ちなみに、何を払えばいいんですか?」

「そうだねえ…」

 

わざとらしく悩むふりをして、不知火は『報酬』を提示した。

 

「君たち柿崎隊のメンバーが全員、20歳になったら一緒にお酒を飲みに行こうか」

 

実に不知火らしい提案を聞いた柿崎は一瞬ポカンとした後、小さく笑った。

「全員って…、1番下の虎太郎が20歳になるまで6年近くありますけど…」

「なに、構わない。本来報酬をもらうようなことじゃないんだもの。軽い口約束くらいで丁度いいのさ」

「…わかりました。それでは不知火さん、一緒に次戦の作戦を考えてくれますか?」

「ふふ、心得た。……そうだね、まずステージだけど…」

 

それから不知火は数分かけて、柿崎にフィールドに雪を降らせる設定と開戦同時にバッグワームを展開する作戦の説明をした。

 

「…ひとまずこんなところだけど、どうかな?」

作戦の概要を受けて柿崎はわずかに考え込んでから口を開いた。

「確かにその2つを組み合わせれば、荒船隊には狙撃を躊躇させることができますし、諏訪隊を屋内に誘導することもできて、あわよくば地木隊の動き出しを遅らせることもできると思います。けど…」

「お?疑問があるのかい?」

「はい。諏訪隊を屋内に誘導するのはまず間違いなく出来たとしても、荒船隊が狙撃を躊躇するかは正直賭けだと思います。極端な話ですけど、3人がタイミングを合わせて一斉に、特定のチームを狙われたら荒船隊が一気に有利になる可能性もあるんですが…」

 

不知火は困ったような表情を見せてから、柿崎の疑問に答えた。

「柿崎くんは、自分たちを過小評価しているんだねえ」

「過小評価…、ですか?」

「うん。だってさ、君たちはもう何回、荒船隊を含むスナイパーと戦ってきたんだい?狙撃されそうなところを無警戒で歩く、なんて馬鹿な真似はしないだろうし、それぞれ狙撃への対策の1つや2つあるだろう?ましてや、雪で足跡が残るお陰で君たち以外も狙撃に対して警戒を強めてる状態だ」

 

グラスに注いであった水で喉を潤してから、不知火はまるで問い詰めるようにほんの少しだけ言葉に力を込めて、

「射線が制限されるようなフィールドで、全員が狙撃を警戒している状態で、荒船隊が特定のチーム全員に対して射線を確保して狙い撃てる、なんて条件が、そんな簡単に整うと思うかい?」

と、自らの意見を伝えた。

 

静かだが、その言葉には不思議な説得力があり、柿崎はそれに納得しかけた。だが納得しきる前に、不知火はヘラっとした笑みに表情を切り替えて、

「まあ、可能性は確かにゼロじゃないんだけどね」

あっさりと自分の意見に水を差した。

 

「し、不知火さん…」

「いや、ちょっと格好つけただけでね。現実として確かにその可能性はゼロじゃないよねってこと」

不知火のまさかの自己矛盾に柿崎は落胆したが、不知火はそこに更に意見を追加する。

「実際にどこか1チームが開幕同時に狙撃されちゃったら、そりゃ荒船隊が優位になるけど…。でもそれ言っちゃったら、荒船隊が出る全試合にはその可能性があるでしょ。だからそれは、気にしてもしょうがないタイプの疑問だよ、柿崎くん」

 

水が残りわずかになったグラスをテーブルの上に置いてから、不知火は柿崎に「ついでだけど」と前振りをした。

「もし室内戦に持ち込む前に荒船隊が撃ってくるようなら、しばし隠れるといい。地木隊がスナイパーを片付けてくれるからね」

「…地木隊が荒船隊を倒しに行くってことですか?」

「そそ。大抵の人は狙撃を嫌うけど、ここ2試合を見てれば地木隊の狙撃嫌いは他のチームのそれより敏感だってことが分かるだろう?」

「それは、まあ…。ラウンド2はともかく、初戦では撃ってくる前に倒しに行っていたくらいですし…」

「うん。だから、荒船隊が撃ってきたら、地木隊は間違いなく狙撃を潰しに行くよ。そうなったら、その2チームの決着が出るまで潜んでればいいさ」

 

事前にしていたスカウティングが正しかったことに柿崎は安堵したが、一方で地木隊が狙撃を過敏に嫌う理由が気になった。

「地木隊は狙撃を嫌う理由でもあるんですか?」

「理由?…うーん、多分、ただ単に狙撃を畏れてるだけだよ。何せ、地木隊の前身である夕陽隊に『狙撃卿』と言われたスナイパーが一時期だけとはいえ居たんだもの。地木ちゃんと月守にとっては初めて味方になった正隊員のスナイパーが彼女だったんだ。きっと、あの2人にとって『スナイパーの基準』は彼女だろうから…、そりゃあ、敵チームに狙撃卿がいるって考えたらおっかないだろう?」

言われて、柿崎は試しに荒船隊3人が『狙撃卿』と呼ばれてたスナイパーだと仮定して想像してみたが、

「なるほど、それは確かに怖いですね」

一瞬で、それを理解して怖いと言い放った。

 

「でしょう?まあそりゃ、地木ちゃんと月守だって対戦相手がどの程度の力量のスナイパーなのか、ちゃんと分かってはいるだろうけど…。なかなか、刻み込まれた基準ってのは落ちないみたいだね」

難儀な事だ、と不知火は呟いた。

 

説明がひと段落した不知火はグラスを再び手に取り、残った水をちびりちびりと飲み進める。これを飲みきるまで質問を受け付けるよ、とでも言いたげな視線を柿崎に送りながら。

 

言葉はなくともそれを感じ取った柿崎だったが、敢えてそこで質問を止めた。

「…不知火さん、ここまでありがとうございました。後は俺が…、いえ、俺たちで考えます」

「あはは、どういたしまして。勝てるといいねぇ」

ささやかだが、茶化す気持ちなど一切含まず不知火はエールを送った。

食器を重ねて柿崎は席を立ち、今一度感謝の意を込めて不知火に礼をして、踵を返した。

 

一歩一歩離れていく柿崎の背中に向けて、不知火は思い出したように声をかけた。

 

「1つ忠告だけど…、君が…、君たち柿崎隊がここまで積み上げて来たものは、絶対に間違ってはいない。序盤から先は、君たちの強みを活かすものにした方が良い」

 

「………」

 

不知火の忠告が聞こえたのか、柿崎は立ち止まったが振り返ることはせず、再び歩き始めた。

 

足を止めた短い時間に、柿崎国治がなにを思ったのか不知火花奈には分からない。ただ、その思いが悪いものじゃなければいいなと、願った。

 

柿崎が去り、1人になった不知火は小さな声で呟いた。

「隣の芝生は青く見えるだろうけど…、それはお互い様だって気付けるかな…」

 

*** *** ***

 

諏訪隊と柿崎隊がぶつかる、その本当の直前になって、

『真香せんせー!突撃のタイミングはどうしますか?』

彩笑が茶目っ気たっぷりに作戦参謀の真香に質問した。

 

唐突な彩笑のボケを聞き、工場に潜入した直後の月守は小さく吹き出したが、当の本人の真香は淡々と答える。

『タイミングは実際の空気感が分かってる現場にお任せしようと思ってます。なので、地木隊長か月守先輩が合図してください』

『りょうかーい!ところで真香ちゃん、ボクの渾身の小ボケはなんでスルーなの?』

『あー…、すみません、普段からしーちゃんの勉強見てる時に、ボケなのか素なのか分かんないですけど先生って呼ばれる時があるので、先生呼びに違和感がなかったんです』

彩笑のすぐ後ろでそれを聞いていた天音は気まずそうにそっぽを向いたが、アタッカー2人の様子がわからない月守が通信回線に割り込んだ。

 

『…んで、どっちが合図する?』

『どっちっていうか…、今すぐにでも突撃仕掛けようかなー、的な?』

強襲速攻を提案した彩笑は、誰かから疑問が出るより早く、そこに思い至った理由を話し始めた。

『なんかさー、今この状況って柿崎隊がコントロールしてる感じがあるじゃん?序盤のバッグワームで周りを混乱させたり、天気の設定で室内戦するように仕向けたり…。だったらきっと、この後の展開も柿崎隊は考えてるだろうし、なんだかんだで誘導されちゃう気がするんだよね』

『…まあ、言いたいことはわかる。要は、柿崎隊から試合の主導権を取りたいってことでしょ?』

『そそ!そゆこと!』

言いたいことを的確に表現してくれた月守に彩笑は感謝して、

『咲耶はどう思う?賛成?』

そのまま同意を求めた。

 

足音なく工場を疾走して目的地に接近しながら、月守は答える。

『賛成だよ。ってことで、今すぐ強襲しよう。俺が…レーダーの反応が2つ重なってるところに派手に撃ち込むから、そっちはそれに続いてくれる?』

『いいけど、派手に撃ち込む意味は?』

『壊して、屋外戦に無理やり持っていきたいんだ。だってこのままだと、室内戦で勝って外に出たところで荒船隊に狙撃されて終わる。だから狙われるリスクはあっても早めに荒船隊も勝負の土俵に巻き込みたい』

『なるほどね。ボクはそれでもいいけど…、2人もそれでいい?』

意見がある程度まとまったところで、彩笑は天音と真香に賛否を取った。

 

『私は、いいです、よ。強襲、しましょう』

迷うことなく、天音は賛成した。開戦直後に昂ぶった闘志は全く衰えていなかった。早くそれを相手にぶつけたい、そんな雰囲気を言外に漂わせていた。

 

『私も賛成です。というより最終決定権は地木隊長なので、隊長がやると言えば私は迷わず賛成しますよ』

同じように、真香も躊躇わず彩笑を肯定した。

 

『……。』

全員の賛成を得たところで、彩笑は指示を出し始めた。

『…よし!じゃあ今から柿崎隊と諏訪隊のところに強襲かけるよ!咲耶、すぐに仕掛けれる位置まで移動して!』

 

『了解』

やることが定まってから、月守の動き出しは早かった。移動していた通路にあった手近な窓を開け、そこから身を乗り出す。そこは工場と工場に挟まれた路地のようになっており、そこを月守は疾走した。決して開けた場所ではないが荒船隊の狙撃を警戒しつつ、目的地に向けて高速で移動する。月守は記憶の中にあるマップとレーダーを照らし合わせて、出方を思案し始めた。

 

(運良く両チームは外が広場に面した通路で戦闘してる。これなら中から2人に追い出してもらわなくても、壁をメテオラで吹き飛ばすだけで、広場と中を繋げられる。ただ、2チームが戦ってるのは荒船隊も察知してるだろうから、外を悠長に歩いてたら脳天に風穴が開く…。壁壊すなら速攻だ)

 

やるべきことを決めた月守は頭の中で一度シュミレートしてから、

『んじゃ、これから仕掛けるよ』

それだけメンバーに通知してシュミレートを実行に移した。

 

(バッグワームオフからのメテオラ+バイパー)

バッグワームを解除して流れるような動作で両手にキューブを生成して合成を始める。そして路地から広場に姿を現わす直前に合成弾を完成させ、躊躇なくそれを放った。

 

「トマホーク」

 

放たれた変化炸裂弾は月守が思い描いた通りのコースをなぞり、柿崎隊と諏訪隊が戦闘している通路の壁と、その周囲の壁や地面を無差別に破壊し、過剰な煙を広場一帯に発生させた。言うまでもなく、待ち構えているであろう荒船隊の目を妨害するための煙である。

(よし、壊した)

壁の破壊を確認した月守は移動のギアを1段階上げて、トマホークが巻き上げた爆煙の中に潜り込んだ。そして、

 

「チームをバラしたり、奇襲したり…、色々とらしくないですね、柿崎さん。メテオラで建物を壊すのは、俺の専売特許ですよ?」

 

一見して状況を見抜き、右手にメテオラのキューブを生成して乱戦の場へ強引に割り込んでいった。

 

*** *** ***

 

彩笑は作戦決行を指示した直後、月守が強襲を成功させることを微塵も疑う事なく、自分達がそれにどう続けばいいのか考えた。

「神音ちゃん、ボクらは二手に別れよっか」

 

「ええと…、この先の、L字型の、通路で、相手を挟んでる方を、攻めるって、ことですか?」

 

「そう!どっちかが諏訪隊で、どっちかが柿崎隊だと思うんけど…、まあ、細かいことはいいや!遠い方はボクが行くから、神音ちゃんは近い方!咲耶が仕掛ける前に全力ダッシュで持ち場に付いて!」

 

「わかりました」

作戦を共有した直後、2人は移動の速度を一気に跳ね上げた。無駄な力を掛けずに加速してそれぞれが仕掛けるポイントに急行するが、移動が完了するのを待たずに、

『んじゃ、これから仕掛けるよ』

月守が淡々とした声で作戦の実行を告げた。

 

(咲耶早っ!)

まだ配置についていない彩笑は驚いたが、不満を言うことは無かった。確認の1つでもしてほしいと思ったが、あの月守がレーダーで自分達の位置を確認していない筈は無く、まだ完全に配置に付いていないことも理解していると、彩笑はほぼ直感で感じ取った。それでも尚、月守が今すぐ仕掛けるということは、それだけ状況が切羽詰まっているか、この程度の距離なら問題なく間に合うと信じているかのどちらかだろうと思った。

 

(もしかしたら他に理由があるかもしれないけど…、間に合うって信じてくれてるなら…、嬉しいな)

 

仕掛ける理由が後者の方であればといいなと彩笑は願い、自然と頰が緩んだ。

 

憧れであり、尊敬できる恩人であり、困難を何度も突破してきた相棒に信頼されている。それは彩笑にとって、心の底から湧き出るような喜びであり、ほぼ限界だと思っていた速度が、ほんの少しだけ増した。

 

しかしその喜びも束の間、工場内に爆音が響き渡る。

(来たっ!)

彩笑はその音の正体が、月守が放つ8分割したメテオラだとわかった。反響が混ざり普段のそれとは若干異なるものの、戦場で何度も何度も聴いたその音を間違えるはずが無い。

 

(間に合えっ!)

相棒が強襲を成功させたのだから自分もそれに続かなければいけないと、彩笑は強く思った。

 

レーダーではもう、目と鼻の先。次の通路を右に曲がれば相手がいる。

 

それだけの距離になってから彩笑は左手にスコーピオンを展開し、スタンダードな片刃型に形成した。速度を落とすこと無く彩笑は相手が居る通路に躍り出て、無理矢理直角に方向転換して斬りかかった。

 

奇襲が成功したかのように思えたが、彩笑は急ぐあまり1つだけ悪手があった。速度を落とさない方向転換は脚に強い負荷がかかり、曲がった時に一際大きな足音が鳴ったのだ。

 

そしてその足音を、通路にいた照屋文香は聴き逃さなかった。

 

音が聴こえた瞬間背後を振り返って迫り来る彩笑を目撃した照屋は、展開していたアサルトライフルとシールドを破棄して、予め展開しながらも機能をOFFにしていた弧月を抜刀して起動した。

 

刀身が煌き、2人のブレードが激突する。

「彩ちゃん…!」

「やっほー、てるるん!」

鍔迫り合いをしながら親しみを込めて相手をあだ名で呼びあった後、彩笑が無邪気に笑った。

「早速だけどてるるん、1点もらうね!」

いきなりの勝利宣言に対して、照屋は弧月で身体の軽い彩笑を押し返してから答えた。

 

「そう簡単には、取らせないよ」

 

*** *** ***

 

彩笑と別れてすぐに、天音もまた速度を維持したまま次の標的の元へと移動していた。

 

(わ…、地木隊長、速い。急がな、きゃ…)

 

天音の機動力は決して低いものではないが、正隊員トップレベルの機動力を持つ彩笑と比べれば、やはりどうしても見劣りしてしまう。彩笑の速さを見て焦った天音だが、標的との距離を見るとどちらも同じくらいの時間に辿り着きそうだと判断して、自らを落ち着かせた。

 

落ち着くと同時に、

『んじゃ、これから仕掛けるよ』

開きっぱなしだった通信回線から月守の声が聞こえて来た。

 

その声を聞き、これから戦闘が始まると意識した瞬間、

 

パチン

 

と、天音の頭の中でスイッチが入った。

 

「……ん」

 

彩笑と合流してから抑えていた闘争心に再び火が灯り、自然と弧月の柄に手が伸びる。ここまで近づいたらもういいかと思い、バッグワームを解除して右のサブ側のトリガーにハウンドをスタンバイさせる。

 

戦闘準備を整えた天音の目に、左右に別れた通路が見え、その左側で爆発が起きた。爆発音は1つでは無く若干のズレがあっていくつか重なっていたことから、今の爆発は銃型トリガーによるものでは無く射手によるメテオラであり、これが月守の仕掛けなのだと天音は判断した。

 

(月守先輩の、強襲は、成功。次は、私と、地木隊長が、仕掛ける、番)

 

自らの役割を強く認識した天音の目の前、爆発しなかった通路の右側からひょっこりと、巴虎太郎が姿を現した。

 

虎太郎としては柿崎に加勢しようとして移動したのだが、天音はそんな彼の事情などまるで意に介さなかった。天音の頭に浮かんだのは、敵が来たという事と、それを倒さなければならないという、シンプルすぎる2つの事実だけだった。

 

敵を視認した天音は迷い無く弧月を抜刀し、ハウンドのキューブを細かく自身の背後に散らしてから、虎太郎に突撃した。

 

その姿が視界の端に映ったのか、並々ならぬ殺気にも似たものを感じ取ったのか、虎太郎は天音の奇襲に気付いて慌てて迎撃の構えに移行した。

 

軽量系スピード型アタッカーに匹敵する速度で突っ込んで来た天音の片手上段斬りを虎太郎は右手で自身の弧月の柄を持ち、左手を刃に添える形でしっかりと受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

だが、ギリギリギリという嫌な音を立てながら虎太郎が僅かに、それでいて確実に押されていった。

 

(な…、なんでっ!?体格はほとんど同じで、おれは両手で受けてるのに…、なんで片手の天音先輩に押し負ける…!?)

 

少しでも態勢を崩せば押し倒されそうな迫合いを強いられた虎太郎だが、それは急に終わりを告げた。

 

「ん」

 

口を閉じたまま一音を発した天音は力を抜いてその場から大きく飛び退いた。緊張感から解放された虎太郎だが、そんな虎太郎に天音が事前に用意して飛び退くと同時に放ったハウンドが襲いかかる。

 

「うわっ!?」

 

咄嗟に虎太郎はシールドを展開しつつ左に跳んでハウンドに対処した。被弾こそ無かったものの、元来た道を引き返す形に跳んだため柿崎の援護に行くのが難しくなった。

横っ跳びで崩れた態勢を立て直した虎太郎の目の前に、この先には行かせないと言わんばかりに天音が立ちはだかる。

 

無表情で、淡々とした目線を向ける天音を前にして、思わず虎太郎は問いかけた。

「えーと…、天音先輩、出来ればそこを通してくれるとありがたいんですけど…」

 

「なら、私を倒せば、いいよ」

 

捻りもない天音の答えを聞いた虎太郎は、

(それが出来たら苦労しないんですけど…)

そう思わずにはいられなかった。

 

*** *** ***

 

『これは…、見事なまでの混戦ですね…』

モニターで戦闘風景を見ていた解説担当の那須は、率直に戦況を言い表した。

 

『あっという間でしたね!諏訪隊を柿崎隊が挟み、連携で突破しようとした諏訪隊に対して、バッグワームで上の階に潜んでいた柿崎隊長が強襲!しかしそこへ工場の外を走って来た月守隊員が二度目の強襲!そしてさらにさらに!通路で諏訪隊の逃げ道を塞いでいた照屋、巴の両隊員の元へ地木隊長と天音隊員が三度目の強襲!息をつく間も無く、3チームによる混戦となりました!』

 

那須に続き武富が状況説明を終えたところで、烏丸が3チームの行動に対しての解説を始めた。

 

『結果としては失敗しましたが、挟まれた状況を瞬時に攻守分業の連携で抜け出そうとした諏訪隊の判断は、早さ・内容共に素晴らしいものだったと思います。ただ…』

諏訪隊について言い終えた烏丸から那須は解説のバトンを受け取り、柿崎隊の解説へと移った。

『だからこそ、それを封じた柿崎隊の二段構えの策の良さが目立ちますね。上の階に伏兵として潜みつつ、メテオラでフロアを壊して強襲…、そして密集地帯では味方諸共巻き込んでしまうショットガンの特性を理解した上で、2人の間に割り込んで行きました。恐らく、自身が撃たれる可能性も覚悟した上で、ですね』

 

那須が予想したリスクが高い柿崎隊の行動を聞き、武富が疑問を提示する。

 

『なんというか…、どことなく柿崎隊らしくない感じがありますね。普段の柿崎隊の戦闘は、堅実でローリスクなイメージが強いのですが…、今の強襲はまるで逆のように見えます』

 

『確かにそうですね。同じ中位グループで私たちは何度も柿崎隊と戦っていますけど、こんな序盤にメンバーを分断したり、ギャンブル性がある行動は、記憶にありません。…きっと今回は、いつも以上に勝ちたいと思って、この戦いに臨んでいるんだと思います』

那須は敢えて、今回柿崎隊が勝つことに拘っていると口にしたが、それはこの試合を見ている誰の目にも明らかなことであった。

 

リスクのある戦法や相手の動きを予想しきった奇襲を成功させた手腕は見事の一言だった。それをやってのけた柿崎隊だが、モニターに映る彼らの表情に喜びの色はまるでなかった。あるのは、自分達の強襲に更なる攻撃を重ねてきた地木隊に対する、強い警戒の色だった。

そんな柿崎隊の心情を察しながら、烏丸は最後に現れた地木隊の強襲について言及を始めた。

『柿崎隊の強襲自体は完璧でしたが、その出来栄えを霞ませるように地木隊が割り込んできましたね。B級上位の王子隊やA級の草壁隊が得意とする機動力を活かした立ち回りで奇襲を仕掛けて、柿崎隊が完全に試合の主導権を握るのを防ぎました』

 

話しながらも烏丸の目線はしっかりとモニターに向き、3チームが入り乱れる戦いを見ていた。

 

そして、

 

『試合の時間帯としてはまだ序盤ですが…、きっとここが正念場でしょう。この混戦をそれぞれがどうやって切り抜けるかで、試合の結果は決まってしまうかもしれません』

 

そう宣言した。




ここから後書きです。
最近、改めてワールドトリガーを読み返しました。
ワールドトリガーの魅力って「遅効性SF」のキャッチコピーの通り、やっぱり読み返すことにあると思います。黒トリガー争奪戦とか改めて読むとめちゃくちゃ豪華な面子でバトってる…。読み返して魅力が増す原作に近付けるように頑張りたいです。

ワールドトリガーを読み返す一方、最近はスポーツ漫画にハマってます。特にハマってるのは「BUNGO」っていう野球の漫画。2回目の紅白戦は一回読み始めたら終わるまで読むのを止められない…。

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