ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第82話「可能性の先」

天音神音と対峙した巴虎太郎は実感した。

 

年上とはいえ女子には失礼だと思うけど、この人化け物でしょ。

 

と。

 

2年前に虎太郎は小学生で正隊員となり、それなりに腕前には自信があった。マスタークラスやランカークラスには及ばなくても、正隊員として引け目を取らない実力はあるつもりだった。

 

しかしその虎太郎の実力を持ってしても、天音との斬り合いは防戦一方だった。

 

「ぐっ…!!」

鋭い踏み込みから放たれる天音の一撃を受け、押し崩されないように虎太郎は力を入れて堪える。少しでも気を抜けば押し負けそうな力をかけられて虎太郎は手一杯だが、そんな中でも天音は淡々とした声で、

「ハウンド」

そう呟いて次の手を繰り出してくる。

 

もうこの攻防を何度も繰り返していた。天音は踏み込む前にハウンドを撒き散らし、斬り合いに停滞が生まれたらバックステップを織り交ぜてハウンドを時間差で放ってきて無理やり虎太郎に対応させる。虎太郎が弾丸に対する守りを構えれば天音は再び間髪入れずに斬り合いを仕掛けてくる。

 

虎太郎は今のところ天音の剣と弾丸による攻撃を凌いでいるが、まだそこから脱出する糸口は掴めていない。厳密には、現状を打破しようにも天音に絶えず防御や回避に動かされるため思考する余裕がないのだ。

 

その一方、動かしている側の天音には当然ながら余裕があった。次の手をどのタイミングで出せばいいか、虎太郎が反撃に出たらどう対応するか、他の戦況が動いたらどう出るべきか、それらを思考することが出来た。

 

精神的に優位に立つ天音だが、それに油断することなく、容赦なく虎太郎への攻撃を続けた。

 

ハウンドを背後にばら撒いてから虎太郎との間合いを一気に埋めて斬りかかるが、虎太郎はこの一撃を真っ向から受けず弧月の刀身でなぞるようにいなした。思考を制限された虎太郎が打ち出した一手だが、天音はそれに動揺することなく次の斬撃に繋げる。

 

天音の次の手は、斬撃の軌道をなぞられることのない刺突だった。虎太郎に対して半身に身体を向けて連続で刺突を繰り出し、攻めの姿勢を崩さない。

守りに徹していた虎太郎に徐々に攻撃が入り、トリオン体に刀傷が刻まれていく。掠る程度の斬撃が続いてから一際大きな一撃が決まり、虎太郎の表情が歪む。その一撃が決まった時点で天音は一度ブレードによる攻撃を止めてバックステップを踏んだ。

 

距離を開けて射撃、ここまで天音が繰り返していた攻撃パターンだったが、虎太郎はここで反撃に出た。相手の反応を見て斬撃から後退して射撃に切り替える戦法を取っていた天音だが、それ故に切り替えるタイミングは虎太郎に依存していたため、無意識下でそれを利用して虎太郎は攻撃に転じることができた。

バックステップに合わせて突撃をかけて間合いを保ち、ここまで使わなかった拳銃型トリガーを掴み、銃口を素早く天音に向けて引き金を引いた。

 

「シールド」

 

しかし虎太郎が放ったアステロイドの銃弾は、天音がハウンドをキャンセルして展開したシールドにあっさりと防がれた。

 

全く動じることなく防いだ天音を見て、虎太郎の中で焦りが加速する。

 

数歩後退した天音と虎太郎は、剣にしては遠く射撃にしては近い間合いで止まり、互いの目線をぶつけた。

この時点で虎太郎は、勝てないと悟っていた。

 

ここまで天音は、特別なことは何もしていない。斬撃と射撃を組み合わせるのは近接メインのオールラウンダーなら誰しもが試すことであり、珍しいものではない。斬撃は速さと重さはあるものの動きそのものに変わったことはなく、ハウンドによる射撃もタイミングや弾道に性格の悪さは見て取れない。

もしどこかに工夫や捻りがあれば、それを狂わせて突破口を見出せる。しかし天音の戦闘にはそれがない。基本とも言えることを突き詰めて、淡々とこなす。

 

そこにあるのは、純然たる実力の差。

 

虎太郎が倒されるのは、時間の問題だった。

 

 

 

 

天音と虎太郎の戦闘と同時に、逆サイドでは彩笑と照屋の戦闘が繰り広げられていた。

 

「グラスホッパー!」

 

狭い通路でありながらも彩笑は持ち前の機動力とグラスホッパーを織り交ぜ、攻勢を維持する。照屋は落ち着いた歩法と弧月を主軸にした防御で彩笑の高速攻撃を的確に捌く。

彩笑のスピードはボーダートップクラスではあるが、決して無敵ではない。ブレード系トリガーをある程度扱えるレベルの正隊員であれば、前回の村上が見せた先読みの練度には及ばないものの、動き出しの速度と方向などから予測を立てて即死しないように防ぐことは十分可能だからだ。

加えて、いくら速くとも「速いものが来る」とわかっているだけで対応は容易になる上に、その速さを見続けることで目や身体がそれに慣れる。

 

今は攻勢に出ている彩笑だが長引くほどこの戦闘は不利になり、逆転される可能性は高い。

 

だが当然、彩笑もそれに気付いている。

 

「よっと!」

一際大振りな一撃をワザと照屋に防がせて、少し距離を取る。一刀一足より僅かに遠い間合いにしたところで、彩笑は心の中で嘆息した。

 

(スピード一本じゃ、やっぱり限界がある…。ストライクゾーンに全速力のストレートだけ投げてるみたいな感じだし、そりゃ、いつかは対応されるよね…)

 

右手に持ったスコーピオンをクルクルと器用に回して彩笑はリズムを整え、照屋は仕掛けて来る彩笑に備えて構えてカウンターを狙い続ける。

 

スピードだけでは限界があるのは、先日の不知火との戦闘で分かっていた。そしてそれが分かった上で、彩笑はまだ速さに拘ると言い、不知火は速さ以外の武器があると言い、それを見つけるのが課題だとも言われた。

 

あれから、彩笑は考えた。

 

そして彩笑は、2つの答えを見つけた。

 

速さを突き詰めた上での新たな技と、自分の中にある速さ以外の何かを活かした技。

 

見つけて辿り着いたそれが、正しいのかは分からない。

 

速さを突き詰めた技は通じるかどうかの確信は無く、速さ以外のを活かした技に至っては、そもそもその「何か」が自分の武器になり得るものなのかすら合っている確証が無い。

 

しかし現状、このまま照屋との持久戦をする訳にはいかず、何かしらアクションを起こさねばならなかった。

 

前の試合で披露した新技の「ブランクブレード」を使うという選択肢も頭に浮かんだが、あの技はネタが割れていることに加えて、この状況では使いにくい要素がいくつかあり、使うことを躊躇った。

 

選択肢が狭まった彩笑は、意図して小さく呼吸を取ってから覚悟を決めた。

(ぶっつけ本番だけど、やろっかな!)

覚悟を決めた彩笑は回していたスコーピオンをしっかりと握り、再び照屋に突撃をかけた。

 

動き出した彩笑を見て、照屋は素早く対応に移った。

 

(彩ちゃん動いた!)

 

速さと手数に優れる彩笑の連続攻撃を照屋は弧月による防御と瞬間的な立ち位置移動や体捌きで凌ぐ。身体の重心や中心などの動かしにくい部分を狙った斬撃は弧月による受け太刀と払い技で防ぎ、手や足などの動かしやすい部分を狙ったものは咄嗟に動かして斬撃の軌道から外れる。

 

攻撃を加えるとなれば困難だが、防御のみに専念して瞬間的な見極めを駆使すれば、彩笑の高速機動による斬撃は対応不可能なものではない。凌ぎ続けて彩笑がリズムを崩したり、無理な攻撃に出たところを突けばいい。

 

照屋の彩笑対策は、徹底した受けによる持久戦だった。

 

照屋は攻撃を受け続ける、彩笑はその事を確信したからこそ、安心して()()を仕掛けた。

 

「ふっ!」

短く鋭く吐き出した息と共に彩笑は照屋の胴体を切断するつもりで斬撃を放ったが、見え透いたその一撃を照屋はしっかりと防いだ。出会い頭の時のように、互いのブレードが煌き、金属同士を擦り合わせたものに似た音が響く。

 

力比べかと思われた鍔迫り合いだが、彩笑は完全な鍔迫り合いに持ち込まれる前に素早く半歩下がり武器を構えて、

 

止まった。

 

完全に、停止した。

 

停止して、自身の全集中力と全神経を注がんばかりに、照屋に視線を当てた。

 

斬り合いの中での、不自然な停止。ブレードの間合いであるため、照屋は当然斬りかかろうとした。

 

だが、斬ろうとした瞬間、悟った。

 

(あ、これはダメだ。詰んじゃった)

 

と。

 

 

 

2人は今、互いにブレードの間合いに相手がいる状態。

そして、互いに相手の出方を窺っている状態。

武器の重量、反応速度、加速性、最高速度。

その他あらゆる要素を加味したとして、どう考えても彩笑の方が速く動き出せる状態。

 

その状態で、照屋は頭の中でシュミレートする。

 

・こちらから斬撃を仕掛ける。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・ひとまず防御の構えを取る。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・他のトリガーを展開して打開を図る。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・後退する。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・前進する。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・目線でフェイントをk

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・声をかけt

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・指先でf

→叩かれるため詰んでいる。

 

・弧月をおs

→詰んでいる。

 

・何をしても

→詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰

 

 

 

 

 

何をしても詰み。

何かしようとした瞬間、そこを斬られる。

 

動いている最中なら、まだ手の打ちようがあった。

予備動作や目線、動きの流れやリズムやパターン。あらゆるもので相手の次の手がいくらか予測することができた。自分も動いているからある程度スピードに乗り、相手の速さについていくこともできた。

 

だが完全に停止されてしまっては、動きが読めない。

完全に停止しているから、速さに乗ることが出来ない。

 

自分より優れたものを持つ相手に、それだけがモノを言う勝負を挑んでも勝つことは出来ない。

両者の狙いが同じならば、それを狙うのに必要な要素が優れている者に分がある。

照屋は、ボーダートップクラスのスピードを持つ彩笑に、後出しジャンケンの勝負を挑まれたのだ。

 

 

 

彩笑は考えた。

速さだけでは相手を崩せない。しかしそれは、相手が速さ以外の要素を用いて不足するスピードを補っているから。

 

それに気づいた彩笑は、すぐに答えを見つけた。

 

ならば、速さだけで勝負させよう。

速さ以外のモノが介在しない土俵に相手を引きずり込めば、勝てる。

 

そうして彩笑が辿り着いた技…、いや、技というよりは状態。

速さだけがモノを言う環境に相手を引きずり込んで勝負を仕掛けるこの状態が、彩笑の出した「速さを突き詰めた上での答え」だった。

 

 

 

 

この状態に持ち込めた時点で、彩笑と照屋の個人による戦闘はほぼ決着が付いた。照屋が痺れを切らすか、プレッシャーに耐えかねて集中力を乱すかすれば、彩笑はそのスピードで勝利を掴み取る。

 

ほぼ同時に、照屋と虎太郎は相対する彩笑と天音に対して敗北に追い込まれていた。この2組の結末は、その時が来るのを待つだけになった。

 

だが、しかし。そのタイミングでもう1つの戦場が、諏訪隊と柿崎、そして月守の4人による戦闘が大きく動いた。

 

「メテオラっ!」

 

ばら撒くように、今いる建物ごと破壊するつもりで、月守がメテオラを放った。

 

「ふえ?」

「わ…」

室内戦が始まってから全くと言っていいほど自分たちに干渉が無かったため、半ば意識から外しつつあった4人側からの唐突な過剰攻撃を察知して、彩笑と天音の口から思わず間の抜けた声が出た。2人と戦っていた照屋と虎太郎も同様で、いきなりの爆撃によって意識がその戦闘に向いた。

 

しかし、何があったのかと悠長に尋ねる余裕は無い。

 

月守が放ったメテオラは工場に大きなダメージを与え、壁や柱に負担をかけて亀裂を走らせる。それを見た彼ら全員は、この建物(少なくとも今自分たちがいる場所)が今すぐにでも崩れる可能性が高いことを理解し、同じ行動を取った。

 

諏訪は隣にいる堤に向けて、

柿崎は敵を足止めしてくれた頼もしいクルーに向けて、

彩笑は背中を任せるに足りる2人に向けて、

 

「「「ひとまず脱出!」」」

 

同じように指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

崩れ行く建物から誰一人逃げ遅れることなく脱出し、各チームは自然と集まり呼吸を整え状況を理解することに努めた。

 

そんな中、

「咲耶のバカ!なんであのタイミングでメテオラ使うの!?」

建物を壊す判断をした月守に向けて隊長の彩笑がややキレ気味に問いかけた。

 

彩笑としては勝ちをほぼ手中に収めたに等しい状況だったため、怒鳴るのはある意味当然である。隊長からのお叱りを受けた月守は、とても気まずそうな顔をしながら、

「…思ったより諏訪隊の圧が凄くて、持ち堪えられなかったから…」

バカ正直に理由を語った。

 

片眉を吊り上げて不機嫌そうな表情を見せた彩笑は呆れたように言葉を紡いだ。

「ヘタレか!せめてもうちょい持ちこたえてよ!ボクあとちょっとで、てるるんに勝てたのに!」

「すまん。いや、でもさ、あんな狭い通路でショットガン2人と向き合うの想像してよ。怖くないだろうか、いや、怖いだろう」

「無駄な反語腹立つ!しかも下手!」

「咄嗟に考えたからこんなもんだ」

2人はまるで作戦室にいる時のように、もしくは休み時間の教室のように、日常の中にいる時のように言い争う。まるで敵のことなど忘れてしまったかのような雰囲気すらあるが、

 

(んー、隙見せたけど撃ってこないなぁ)

(さすが荒船隊。このくらいの釣りじゃ引っかからないか)

 

彩笑と月守は、内心がっつりと周囲を警戒していた。

 

地木隊の(特に彩笑と月守の)常套手段である、無警戒を装い狙撃させるための会話だが、これはこの時点では無意味だった。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

諏訪隊と柿崎隊、そしてこの場には居ないが狙撃位置に付いているであろう荒船隊も、その罠に飛び込むこと無く冷静に布陣を立て直していた。

 

視界に映る2チームには遅れる形で、地木隊も布陣を組んでいく。

『姿は、見えません、けど…。荒船隊も、ここ、狙ってます、よね?』

どのチームが仕掛けてきてもいいように警戒しつつ、天音が小声で確かめるように呟いた。

『ほぼ間違いなく、ね。だから今、ここは4チームが戦闘をする乱戦になってる』

月守が天音の意見を肯定しながら現状を整理する。

『んー…、全チームの乱戦なら逃げるのもありかなぁ…。狙撃にまで気を回せるか心配…』

現状を理解した上で彩笑が珍しく弱気な発言をしたが、

『でもここを逃せば荒船隊の行動はもっと読み辛くなります。1発でも撃ってくれば、それを逆算して狙撃位置割り出しますから、即死さえしなければ荒船隊は叩けますよ』

和水がそれをフォローするように意見した。

 

強気で頼もしいオペレーターの提案により、彩笑はやるべき事を決めた。

『よっし!じゃあこのまま戦うよ!ここで勝っちゃうくらいの気持ちで!途中で荒船隊が撃ってくると思うけど、それは各自で対応!即死だけはしないよーに!』

それはいつも通りの、大雑把なオーダーだった。

 

細かい指示はいらない。目指すべきものが決まってれば過程はどうであろうと構わない。そう思っているかのような彩笑のオーダーだが、彼らはそれで問題なかった。

 

オーダーを出し終えた彩笑は、自らが切り込み隊長だと言わんばかりに鋭く踏み込み、停滞していた戦場を動かしにかかった。

 

*** *** ***

 

4チームが入り混じる乱戦を、ボーダー本部ではない場所から見る少年がいた。

「雑だな」

停滞していた戦場を彩笑が動かしにかかったのを見て、彼は呟く。

「ほう、どの辺がだ?」

ソファに座ってモニターを観る彼に向けて、背後に立っていた男性が問いかける。

 

「全てだ。戦闘は行き当たりばったり…、行動自体が後手だ。メンバーを分割して戦ったくせにその動向を把握する余裕が無い。ヴィザ翁と戦ったあの女2人は、あと少しの時間があればカキザキ隊を仕留めていたのに、ロキが…、いや、ツキモリがそれを妨害してしまった。確実に敵を減らせる好機をみすみす逃す愚行だったな」

 

少年…、ヒュースが流れるようにスラスラと言った地木隊の戦闘を聞き、問いかけた男性…、林藤匠は肩を揺らして笑った。

「試合を観るって言ってきたのに、辛口な評価ばっかりだな」

「ふん。あいつが見ろと言ってきたからな。…それにオレは端的な事実を言っているだけだ。…もし、これがオレの配下にある部隊の隊員だと思うと、胃が痛くて毎日眠れん」

どこまでも辛口な評価を下すヒュースだが、林藤の隣にいた小南桐絵が腕組みしながら横槍を入れる。

「散々言ってるけど、アンタその中の1人に負けたこと忘れてない?」

「…あれは偶然にすぎん。今のあいつ相手なら、万に1つも負けるものか」

「生意気ね」

言いながら小南は軽くヒュースの頭を小突いた。

 

ヒュースの隣にちょこんと座っていた陽太郎が、ヒュースに尋ねた。

「じゃあ、ヒュースはちき隊がまけるとおもうのか?」

「…この乱戦次第だが…、いや、負けるだろう。試合を外から観ているオレたちには見えているが、戦っているあいつらは、狙撃に特化しているというアラフネ隊がどこにいるのか分からないんだろう?なら、この乱戦がある程度収まるのを待って…、3人まで減ったところでアラフネ隊が一斉に撃って仕留めれば試合が決まる。勝つのはアラフネ隊だ」

ヒュースはそう断言した。

 

実際、ヒュースの予想は正しい。ランク戦のポイントは敵を倒せば1点、最後まで生き残れたら2点という単純なものである。このまま3チームがそれぞれに噛み付いて互いに点を取り合い、残り3人になったところで荒船隊が全員一斉に撃って仕留めれば、生存点含む5点が入る。逆に言えば、荒船隊はその局面になるまで撃つ必要は無い。途中で撃って位置が知られれば、どのチームからも狙撃を潰すために対策が取られるため、確実に5点を得る機会を失うことに…、勝者となるために十分すぎる点数を得る機会を失うことになるからだ。

 

それを…、ヒュースの予想が正しいと理解した小南は思わず押し黙った。ボーダートップクラスのアタッカーの意見を封じる程度に、現実味が十分にある予想だった。

 

ボーダー玉狛支部に沈黙が流れるが、その中で林藤はなんの気無しにタバコを取り出して火をつけた。口に咥え、熱のある先を一際赤く光らせた後に、林藤はゆっくりと口から紫煙を吐き出した。

「ヒュース、お前さんはやっぱり利口だな」

「この程度なら、考える頭があれば誰でもすぐに思いつく」

「はは、言うねえ。じゃあ、お前さんとしては荒船隊の勝ちってことで良いんだな?」

 

確認するような、どこか引っかかりがある林藤の言葉を聞き、ヒュースは彼に視線を向けた。

「…そうだ」

躊躇いながらヒュースは荒船隊の勝利を断言する。

 

しかしヒュースは、この状況下で荒船隊以外のチームが勝つ可能性が残されていることに気付いていた。

 

そのことを知ってか知らずか…、いや、敢えて見透かした上で、林藤はその可能性を口にした。

「ヒュースの予想は荒船隊の勝ちか…。じゃあ、俺は地木隊の勝ちに1票入れよう」

 

気付きながらも言いたくなかった事を言われて、ヒュースは舌打ちをした。

「ちっ…。気付いていたか」

「そりゃあな」

ランク戦を作り出した側の人間である林藤は、自身とヒュースが辿り着いた可能性について語り始めた。

「これまた単純な話だが…、ランク戦の勝者は最後まで残ったチームじゃなくて、1番点を多く取ったチームだ。ヒュースが言ったように荒船隊が5点取ったとしても…、それより点数を取ったチームがいれば、そこの勝ちだ」

そこまで語った林藤は自然な手つきで取り出した携帯灰皿にタバコを押し付けて火を消した。そしてそれを再びポケットに隠したところで、説明を再開させた。

「そんでもって、この状況下で荒船隊より点取るってなれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しか残ってねえ。そう考えると、柿崎隊が取れるのは5点。諏訪隊は6点取れる可能性があるが…、メンバーが1人欠けてて本来の型を発揮できない状態じゃそれも厳しい」

2チームの可能性を語り、それを前置きとして、林藤は本命の可能性を口にした。

「その点、地木隊はこの時点で1点取ってる上にフルメンバー…。3チームの中で大量得点出来る可能性が高いのが地木隊だ。だから俺は、地木隊の勝ちに1票を入れるってわけだ」

 

荒船隊以外の勝利の可能性を語った林藤だが、それはひどく辿り着くことが困難なものだった。

 

自分達のチームだけで他の2チームを倒し切らねばならないということは、乱戦では無くその2チームを同時に相手することが求められる。乱戦に持ち込んで点が分散すれば、荒船隊の点数を越えることができないからだ。

一度仕切り直すというのも1つの手だが、ここで3チームがバラけてしまえば荒船隊は浮いたチームを時間をかけて倒す機会を得ることになり、勝利は大きく遠ざかる。

 

この乱戦は多大なリスクがある上に、ここで勝ってもそれはピュロスの勝利でしかない。しかしここを逃せば、待つのは不確定な未来と限りなくゼロに近い勝利の可能性だけ。

 

それを知ってか知らずか…、意図したものなのか偶然かは不明だが、彩笑が動かしたこの乱戦から逃げるチームは、1つも無かった。

 

*** *** ***

 

彩笑が突撃をかけたのは、接近戦になればなるほど火力が上がる諏訪隊だった。無策に近い愚直な特攻を見て、諏訪は素早く彩笑に銃口を向けた。

「特攻とか舐めんなオラァ!」

ショットガンが火を噴くが、彩笑は諏訪が引き金を引く前に自身の目の前にグラスホッパーを展開して、引き金を引くと同時に反発力を持つ青い板を踏みつけて後方へと大きく跳んだ。跳ぶと同時にスコーピオンを手放してシールドに切り替えて展開し、彩笑は後退と防御を同時にこなして、再び仲間の元へと降り立つ。

 

特攻はフェイントだったが、止まっていた戦場が動いたのは変わりない。諏訪隊の射撃に続き、柿崎隊も動き出した。銃型トリガーを展開しながら統率の取れた動きで射撃用の陣形を整えてから引き金を引く。

アサルトライフル2挺とハンドガン1丁による弾幕で狙われた地木隊はそれぞれが防御策を展開した。

彩笑は諏訪隊の時と同様に後退とシールドを組み合わせ、難なく防ぐ。

月守は両手を掲げてトリガーを展開しようとするが、彼の前に素早く天音が割り込んできた。

「シールド」

天音は背後に月守がいる状態で左手に持つ弧月をオフにしてシールドを展開して柿崎隊の弾幕を防いだ。

「神音、ありがと」

「はい」

 

月守はお礼を言いながらトリガーを展開する。

「ハウンド」

掲げられた左手から生成されたキューブは細かく分割され、左右に散り、柿崎隊へと襲いかかった。数は多く視界の端から外れるような軌道の月守のハウンドに対して、柿崎隊はそれぞれがシールドを展開して対応した。武装を維持したままのシングルシールドを各自で展開しているが、それぞれのシールドが味方をも守れるような規模、位置取りであり、無駄のない守りだった。

 

しかし無駄が無くとも、攻撃の中に防御を挟んだため弾幕が一瞬緩んだ。その瞬間、月守と天音は同じタイミングで動いた。左後ろと右後ろにそれぞれ跳び、月守は右手、天音は左手側からキューブを生成する。

「一昨日練習した時間差のやつ、やろっか」

「わかり、ました」

簡単に打ち合わせを済ませ、2人は反撃に出る。

 

「メテオラ」

天音が月守より先にキューブを放った。

 

さっき月守が撃ったハウンドより弾速が遅めに設定されたメテオラは、柿崎隊を狙いつつも乱雑に飛ぶ。中には明らかに当たらない軌道のものもあったが、それを見た瞬間、柿崎は仲間2人に指示を出した。

 

「罠だ!躱すぞ!」

 

柿崎が指示を出すと同時、

 

「アステロイド」

 

月守がアステロイドを、天音が分割したメテオラと同じ数に分割して、先に撃っていたメテオラを狙い、放った。アステロイドは矢のように高速で、それでいて正確にメテオラを捉えて宙空で爆発させた。

 

ラウンド2で月守が鈴鳴第一に使った、何もない空中でメテオラを爆発させる技だが、今回はそれを2人がかりで実行した。

アレンジバージョンとは言え、予想して対応してくる柿崎隊を見て、月守は警戒の度合いを引き上げた。

 

(下調べはきっちりされてるっぽいな)

 

対策を練られていることを自覚した月守だが、それに対する焦りは無かった。むしろ逆に、

 

(なら、今まで使ってない技なら、ここまで上手く対応できないってわけだ。じゃあ、それで攻めればいいだけだ)

 

柿崎隊の攻略作戦を組み上げていった。

 

しかし月守が柿崎隊の攻略法を組み終える前に、

『地木隊長、1ついいですか?』

真香が全体の通信回線を使って彩笑へと呼びかけた。

 

『何、真香ちゃん?』

彩笑はボクサーのフットワークを思わせる動きでリズムを取りながら真香の通信に対応する。

『この戦い、地木隊長は本当に勝ちたいですか?』

 

『あったり前じゃん!みんなと勝ちたい!』

何を当たり前の事を尋ねるのかと言わんばかりに、彩笑の声は思わず荒くなった。隊長の意思を再確認した真香は小さな声で「ですよね」と呟いた。

 

乱戦が始まった直後、真香はヒュースと同じ答えに辿り着いた。このまま戦えば、多少善戦したところで最後には荒船隊にやられて終わる。それを認識した真香は現状を打開しようと思考を巡らせたが、決定的なものは無かった。

しかしその末に、真香は林藤が考えていた可能性に…、荒船隊には勝負で負けるが試合には勝てる可能性に気付いた。

 

そしてそこまで気付いた真香には、もう少し先の…、別の可能性が見えた。ヒュースも林藤も知らない、真香と天音と荒船だけが知っている、この試合に込められた約束があったからだ。

 

行き着くところまで考え抜いた真香は無意識に左手の拳を握っていた。

(荒船先輩があの約束に拘ってくれるとしたら、試合の展開は変わる…!でも、そうなったみんなには負担が…)

薄氷の上にあるような可能性に、仲間を進ませていいものか真香は葛藤した。

 

そこへ、

『真香ちゃんさ…、もしかして何か悩んでる?』

彩笑がまるで、真香の心のうちを見透かしたように問いかけてきた。

 

問いかけに真香が答えるより早く、彩笑は次の句を続ける。

『悩んでるわけじゃないかもしれないけど、もし悩んでるならボクから言いたいのは1個だけ!』

 

真香には見えていない事を知りながらも、彩笑はとびきりの笑顔で、

『試合前にボクが何て言ったか、もう忘れちゃった?』

そう言った。

 

言われて、真香は思い出す。

-ボクは真香ちゃんの指示を、信じるよ-

-だから自信を持って指示を出して-

-ボクたちはそれに、全力で応えるからさ!-

それは小柄で無邪気な隊長が試合前に伝えてきた、心からの信頼の言葉。試合前には背中を押してもらった言葉だが、今はその言葉が真香の首と心臓を優しく締め付ける。

 

大好きな仲間を、過酷な可能性へと導かなければならないのかと、真香は泣きそうになる。

本当はもっと、安全で確実な勝ち筋をみんなに見せてあげたかった。でも、もう、これしかないから。

 

『…わかりました』

 

そうして真香は、腹をくくった。

 

*** *** ***

 

信じるということは、とても難しい。

貴方が困るって分かっているのに、それを任せるのだから。

 

信じるということは、とても苦しい。

貴方が問題ないって分かっていても、それを疑わなければならないから。

 

信じてもらえるということは、とても重い。

私ならそれが出来ると思ってる貴方の期待を、裏切れないから。

 

信じてもらえるということは、とても辛い。

私が間違いをすれば、それを託してくれた貴方も間違っていたと思われてしまうから。

 

*** *** ***

 

迷いも辛さも一度心の奥に沈めて、真香はオーダーを出した。

 

『…圧倒的に、勝ってください。柿崎隊にも諏訪隊にも、1点たりとも渡さないでください。それが出来ないと、私たちはこの試合勝てません』

 

オーダーを出す真香の声には、心の奥に沈めた迷いや辛さは一点も込められていなかった。

しかし真香はオーダーを言いながら、信じることの怖さを嫌というほど噛み締めていた。




ここから後書きです。

久々に1話あたりの文字数が多くなったかなと思いますが、楽しく書いてました。

個人的に信頼と疑惑って切っても切り離せないものだと思ってます。浮気調査とかも、相手を疑ってるんじゃなくて、悪いことはしてないと信じてる、信じたいからするのかなー、くらいに思ってます。

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