ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第83話「予測合戦」

特別打ち合わせた訳では無いが、地木隊は戦場で2人と1人の形にメンバーを分けて戦うことが多かった。当然のことではあるが、何かしらピンチに陥った場合、1人よりは2人、2人よりは3人と、メンバーがよほど烏合の衆で無い限りは、人数が多いほどピンチを脱却できる可能性は増す。

リスクを考えればむやみやたらにメンバーを分割するのは得策では無いが、隊長である彩笑は迷いなく判断を下す。

 

『ボクと神音ちゃんで諏訪隊倒すから、咲耶は柿崎隊の足止めしてね』

『いいよ。けど、早めにそっち片付けて』

『りょっ!かい!』

 

指示を受け、地木隊の3人は素早く立ち位置を組み替える。

 

彩笑と天音は並び立って諏訪隊へと向き合う。

 

「諏訪さん!2点貰いますよー!」

彩笑は屈託無く笑いながら諏訪を挑発し、

「そりゃこっちのセリフだ!」

諏訪は怒鳴りながら、それでいて楽しそうに言い返す。

 

「……」

騒がしい隊長とはうって変わり、天音は黙って弧月を左片手持ちで構え、

「…はは、これは凄い…。雰囲気があるって、こういう事を言うんだろうなぁ…」

それを見た堤が苦笑しながらそう言って、静かにショットガンの銃口を天音へと向けた。

 

 

 

同時に、月守は単身で柿崎隊の前に立ちはだかり、戦闘態勢に入った。だが、それを見ても柿崎隊に動揺は一切無かった。

 

むしろこれは想定内だと言わんばかりに、

「やっぱり、こう来たな」

柿崎はそう呟いた。

 

決して大きな声では無かったが、それが聞こえた月守は半ば反射的に言葉を返した。

「これすら柿崎隊のシナリオの上なんですか?」

「さあ、どうだろうな?」

応じる必要はなかったが柿崎は律儀に答え、月守との会話を成立させた。

 

相手の冷静さを目の当たりにして、月守は思わず唾を飲んだ。

(これも想定内、か…。こりゃ、ちょっとしんどいかも…)

心の中で弱音を吐くも、口に出すことはしない。代わりに、

 

「まあ、いいです。シナリオの上にいるって言うながら…、そこから抜け出すだけですから」

 

力強くそう宣言した。

 

言い切った瞬間、月守は動く。

「メテオラ、バイパー」

右手からメテオラのキューブを先行して放ち、上空と左右に散らすようにバイパーを走らせる。

 

(さあ、どう出る?)

月守が小手調べのつもりで放った二種類の弾丸を見て柿崎隊は、迷いなくメンバーを左右に散らせて回避し、避けきれなかったものをシールドで防いだ。

 

(やけにあっさりバラけたな…)

あまりにも躊躇いなく動く柿崎隊に違和感を覚えながらも、月守は次の手を打つ。

「まずは虎太郎からかな」

奇数人数が左右に散ったため、どうしても別れる人数には多い少ないの偏りが出る。月守から見て柿崎と照屋が左、虎太郎だけが右に跳んだため、月守は1人になった虎太郎にターゲットを絞った。

 

「アステロイド」

分割なし、射程は目測で見て虎太郎に届くギリギリに設定、威力はトリオン体を穿てる最低限、そして残りを弾速に振り分けた月守のアステロイドは狂いなく虎太郎に向かって飛んでいくが、

「速っ…!」

虎太郎は思わずといった様子で呟きながらも回避した。

 

流石に単純すぎたと月守は反省したが、それを修正させるより早く柿崎隊が反撃に出た。

月守の視線や攻撃の態勢が虎太郎に向いたのと同時に、柿崎と照屋は互いに距離を開け、月守がアステロイドを撃ったのを確認してからそれぞれがアサルトライフルの引き金を引いた。

 

柿崎隊が反撃に転じたその瞬間、彼らは月守の視界の外にいた。しかし多人数を1人で相手取るという状況であるため、月守は視界の外にも強い警戒を向けていた。そのため、ほんの少し後手にはなったものの、月守は柿崎隊の反撃に対して素早く対応の手を打った。

 

(グラスホッパー)

 

素早く右手のトリガーを切り替えて足元にグラスホッパーを展開して踏みつけ、分かれた柿崎隊の間を突っ切る形で大きく跳んだ。月守は跳躍に僅かな捻りが加えていたため着地の前に身体を反転し、再び3人を視界に収める。

 

(柿崎さんはアステロイド、照屋はハウンドか)

弾道から2人の弾種を判断した月守は着地の勢いを殺さず走り出した。

戦場となっているのは複数の工場に囲まれた広場のような場所であり、それなりの広さが確保されているが、工場ということもあってか、所々にコンテナや十分な太さがあるパイプなどの遮蔽物もあった。トリオン能力に反してシールドが脆い月守は、それらの遮蔽物を盾の代わりとして使い、柿崎隊の射撃から逃れる。そこから月守は攻勢に出ようとするが、視界の上方から細い影が差し、視線をそれに合わせる。

(曲がってくる軌道で1発1発の間隔が長い…、虎太郎のハンドガンハウンド)

視覚で得た情報が脳に届くと同時に月守は感覚でそれを理解し、それからそれが言葉に置き換わる。

 

上空から降り注ぐような虎太郎のハウンドに対して、月守は止めかけた足を再び動かし、同時にバッグワームを展開した。追尾力のあるハウンドだが月守から虎太郎が見えていないため、このハウンドは『探知誘導』だと判断し、対策としてトリオン体の反応を消すバッグワームを展開してから着弾地点から離れた。

 

ハウンドをやり過ごして、月守は小さな声で呟いた。

「…面倒だな」

と。

 

 

 

 

 

慎重に立ち回る月守とは反対に、彩笑と天音は諏訪隊に向かって無造作に距離を詰めて接近戦を試みていた。小柄で身軽なアタッカーならではのスピードで2人は攻めるが、

 

「舐めんな!」

 

諏訪は気迫が篭った声と共にショットガンの引き金を引き、2人を寄せ付けない。

 

諏訪と堤は背中を合わせて互いの死角を守りながら、彩笑と天音が間合いを詰めきる前にアステロイドを放ち、的確な牽制を続けていた。

 

ショットガンの射程から大きく離れた2人を見て、諏訪は内部通話を使って堤に声をかけた。

 

『よっしゃ!予習通りだな!』

『ええ。対戦が決まってからログを徹底的に見直した甲斐がありましたね』

 

諏訪隊は今回の試合が決まってから、入念に地木隊のログを掻き集め、研究を重ねていた。荒船隊や柿崎隊も当然チェックはするが、すでに中位グループとして何度も何度も戦った相手であるだけあって、手の内はある程度わかっている。その分、地木隊の研究に時間をかけることができ、それなりの精度で地木隊の動きを見切ることができている。

 

『あとはやっぱり、前回のランク戦で遊真くんの動きを見てたのが大きいですね。スピード系アタッカーにはある程度慣れてます』

そして諏訪隊はラウンド2で遊真と戦っていて、速い動きにある種の耐性が出来ていた。加えて、戦場に薄っすらと積もる雪が普段通りの踏み込みを行うことを躊躇わせて速さが落ちることに繋がっていたため、彩笑も天音も平常時よりスピードがほんの少し、落ちていた。

 

入念な予習と本調子でない2人に対して諏訪隊が立てた作戦は、互いに死角を守り合ってショットガンの射程に相手が入ってきたら撃つ、というシンプルなものだった。単純であるが故にそれを崩す手は限られ、相手の出方が予測しやすい。単純であるが故に迷いが生まれず、素早い2人に惑わされずに戦える。

 

捻りのないこの戦術は、彩笑と天音に対してこの上なく有効で、勝率が高かった。

 

しっかりとした下準備があるからこそ厄介になった諏訪隊だが、そんな彼らを見て、彩笑は小さく笑った。

『よーし!予想通りだね!』

『はい。ショットガンの、有効距離、ログで見た、通り、でした』

『そうだね。それと2人の動きのクセとかも確認できたし…、いい感じ!』

 

諏訪隊が地木隊の動きを予習していたのと同じように、地木隊もまた諏訪隊の動きを予習していた。

 

両チーム共に相手の出方を窺うと同時に、自分たちの下調べの精度を確かめていた。

そして、諏訪隊の今の動きと予想の動きを照らし合わせたところで、

『さーてと…、それじゃあ神音ちゃん。諏訪隊仕留めよっか』

彩笑は勝負を決めにかかった。

 

『え、もう…、ですか?もう少し、様子見、とか…』

『してもいいけど…。どうも、諏訪さんの「やったぜ!」って言いたそうな顔見ると、こっちと同じで相手の動きが予想通りか、今の戦いに手応え感じてるかのどっちで…、ぶっちゃけ、油断してる』

 

感覚派で、おおよそ策略の類いのものには縁がないように見える彩笑だが、それでも3年間第一線で生き抜いてきたアタッカーである。積み重ねた経験と記憶を基にして、彩笑はここが一番高い勝ち筋だと判断していたのだ。

 

『油断してるから、変に長引かせて警戒される前に仕留めたい。このまま粘られたら、不利なのボクらだし』

『なるほど…。わかりました、ここで、仕留めま、しょう』

 

確かな自信が乗った彩笑の言葉には強い説得力が篭り、天音はその判断に従った。天音と意見が合った彩笑はニコッと笑い、作戦を告げた。

 

「うん、じゃあ攻めるよ。ボク達の速さなら、向こうのちょっとした隙さえあれば踏み込める。だからここは、意外性のある技…、よし!『壁当て』やろっか!壁当て!」

「か、壁当て、ですか…?でも…、いえ、了解、です」

言い終えると同時に、2人は左右に跳んだ。

 

瞬発力のある機敏な動きでショットガンの有効射程のギリギリ外を動き回るが、諏訪はそれに惑わされず堤に指示を出した。

「俺は地木を抑えるから、大地は天音ちゃん見とけ!」

「わかりました」

2人は素早く担ったターゲットに視線と銃口を向けるが、そのことを確認した彩笑はニヤリと笑った。

『かかった!神音ちゃん、構えて!』

内部通話で合図すると同時に、彩笑はスコーピオンの形態を変え始めた。

 

グニャリとした動きでスコーピオンは彩笑の思った通りの形へと変わるが、その形を見た諏訪は思わず素っ頓狂な声を出した。

「なんだ、あれ…?ブレードっつーか…、ボール?」

彩笑が作ったのは、手のひらに収まるサイズのボールだった。

 

それを、

「ピッチャー地木!いきまーす!」

そう宣言してから、思いっきりぶん投げた。

 

宣言とは裏腹に投げ方は野手投げだったが、コントロールは良い。投げたボールスコーピオンは彩笑の狙い通りに飛んでいき、諏訪の顔面に一直線だった。

「うおっ!?」

予想外の攻撃に驚きを隠せない諏訪だが、反射的に屈んで回避を試みた。だがしゃがむ途中に気づく。

(このまま俺がしゃがめば後ろにいる大地に当たるっ!)

そう判断すると同時に、

「ワリィ大地!」

謝りながら後ろ手で堤の隊服を引いて態勢を崩して彩笑の投球を避けさせた。

 

「おっとっと!?」

態勢を崩されたお陰で堤にスコーピオンが当たることは無かったが、地木隊の攻撃はここで終わらない。

 

トリオン体の身体能力で投げられたボールはとんでもない速度で諏訪と堤の頭上を掠め、その先で()()()()()()天音へと向かう。ボールに対して、天音は右手を差し出す。しかしボールを掴むことはせず、

「グラスホッパー」

淡々とした声でグラスホッパーを展開して弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

『壁当て』とは彩笑考案による、連携技の1つである。彩笑が球状にしたスコーピオンを相手に投げつける。当たればそれで良し、当たらなくてもボールの行き先で待機する仲間(月守・天音)がそれをグラスホッパーで相手目掛けて弾き返しすという、二段構えの攻撃だ。

本来、この技の実用性は限りなく低い。

球体になることでスコーピオンの攻撃力(切断力)が著しく低下するため、決定力が無い。そもそも相手を2人で挟むことが出来るのが前提であるため、普通に2人同時に攻めた方が相手からすれば脅威だ。

攻撃力が低いこの技の唯一の利点は、『誰もやらない』ということのみ。未知の技だから、相手の意表を突くことができる。

今回その唯一の利点は功を奏した。そしてもう一つ、予想外の成果を上げた。

 

 

 

 

 

グラスホッパーの反発力で折り返されたボールは再び堤へと襲いかかる。天音のグラスホッパーはやや下向けに展開されており、ボールはワンバウンドした。

 

予想外の攻撃、崩れた態勢、手作りスコーピオンボールにあったほんの少しの歪みが生んだイレギュラーバウンド…、その他諸々の要因が重なり、堤はそのボールを避けることが出来なかった。

 

結果、

 

天音が弾いたボールは、人体正中線にある急所の中で最も下の急所に当たってしまった。

 

「はぅっあっ…!」

 

痛みが鈍く設定されているトリオン体ではあるが、それでも全身に駆け巡る痛みに耐えかねて、堤は苦悶のあまり両目を開きながら鈍い声を上げて膝をついた。

 

「大丈夫か大地!」

諏訪は心配して声をかけるが、諏訪にとって背後での出来事ゆえに、堤が崩れ落ちた本当の理由は知らない。ボールが当たったんだろうなぐらいにしか思ってない。

 

「神音ちゃんナイス!」

彩笑からもその出来事は諏訪の陰で起こった事であるがゆえに、堤が崩れ落ちた本当の理由は知らない。堤さん態勢崩したラッキー!ぐらいにしか思ってない。

 

「畳み掛け、ましょう」

天音自身も、グラスホッパーを展開するために掲げた手によって視界の一部が遮られていたため、堤が崩れ落ちた本当の理由は知らない。チャンスだから斬ろう、ぐらいにしか思ってない。

 

モニターでこの戦闘を見ている多くの観客も、戦闘を写すカメラの角度が悪かったため、堤が崩れ落ちた本当の理由は知らない。単に高速で飛んできたボールに意表を突かれたんだろう、ぐらいにしか思ってない。

 

堤が倒れた理由は、堤本人しか知らない。

彼が今感じている痛みはいくらか軽減されているとは言え、人類の半分が知る最上級の痛みである。だから、ここで堤がこのまま倒れたとしても、それを責めることはしないだろう。

 

しかし、堤大地はそれでも立ち上がる。

 

自分に背中を預けてくれた隊長のために。

早々に無念のベイルアウトをしてしまった笹森のために。

情報支援をしてくれるオペレーターの小佐野のために。

諏訪隊のために堤大地は左手で膝を抑えて堪えて立ち上がり、迫り来る天音に向けて右手のショットガンを構えた。

 

チャンスだと思って間合いを詰めていた天音だが、その距離はまだブレードのものでは無かった。逆に堤の持つショットガンからすれば絶好の間合いであり、今日一番の好機であった。

思いがけぬピンチからチャンスに転じた堤は、迷いなく必殺の間合いでショットガンの引き金を引いた。

 

(殺った!)

 

それは勝ちを確信した攻撃だったが、その攻撃は天音に届かなかった。

 

届く以前に、引き金を絞って放たれたアステロイドは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(な、なんで…!?)

 

続けて引き金を引く堤だが、やはり弾は出ない。

厳密には、引き金を引くと同時に発砲音はしているが、弾が発射されないのだ。

 

弾が出ないという事態に慌てる堤に、天音が迫る。突撃をかける天音の脳裏には、

 

(うん…。真香が、思いついた対策、バッチリ、だった)

 

2日前の作戦会議の時の会話が再生されていた。

 

*** *** ***

 

「ショットガンってズルくない?」

相手チームへの対策を練っていると、唐突に彩笑がそう切り出した。

 

「狡いって、どの辺が?」

2本目のココアの缶を開けたばかりの月守が詳細を尋ねると、

「まず単純に威力が狡い。銃にしてはリーチ短めだけど、その分リーチの中の威力はえげつないじゃん。ガンナーとかシューターならその間合いの外から撃てば何とかなると思うけど、ボクみたいなアタッカーからすればあの中に飛び込まないと攻撃できないなんて無理ゲーだよ無理ゲー!んで次のズルいところは飛び散る散弾アステロイド。あれさー、撃つ度に飛び方ビッミョーに変わるからシールドで防ぐのもやり辛いんだよね。前は弾がいい具合に散ってたから割れなかったけど、今回はちょっと集中気味だったから割れるとか、しょっちゅうある。あとは撃った時の光とシールドで受けた時の衝撃!ただでさえ、それなりに近い距離でカメラのフラッシュみたいに光るから見えにくくなるのに、シールドで受ければバンッ!って衝撃くるから思わず目を閉じたくなっちゃうし、顔付近のシールドに当たるだけで見え辛くなるんだよ。ほら、窓ガラスから外見てたとこに水かけられれば見えにくくなるでしょ?あんな感じ!それとね…」

彩笑ば淀みなくスラスラと、ショットガンの嫌いなところを言い続けた。

 

そんな彩笑の話を月守は、

(こいつどれだけショットガン嫌いなんだよ)

と思いながら見聞きし、天音は、

(あー…、地木隊長の、言うこと、すごくよく、分かる…)

同じアタッカーということでひたすら共感し、真香は、

(現場目線の声って参考になるなぁ…)

自分とは違う目線の声に新鮮味を覚えて真面目に聞いていた。

 

たっぷり五分ほどかけてショットガンの事を語った彩笑は、

「とにかく!ショットガンはズルい!」

乱暴にそう締めくくった。

 

その結論を聞いた月守は二つ目の缶ココアを持ちながら問いかけた。

「彩笑がショットガン嫌いなのはわかったけど…。でも諏訪隊と戦う以上、ショットガンは避けて通れないぞ」

「そうだよねぇ…。咲耶、諏訪隊任していい?」

「良いけど…、彩笑、似たような事、前の試合でも言ってたな」

「へ?そうだっけ?」

キョトンとする彩笑を見て、苦笑した真香が会話に参加する。

「前の試合で、2人が合流した後ですよね?月守先輩が『村上先輩には完全に抑えられるんじゃないか?』って言ったら地木隊長は『そんな事ないけど、次に村上先輩と戦う時はしーちゃんに任せる』みたいなこと、言ってましたよ」

「あー…、そうだったね…」

 

思い出して納得した表情を彩笑が見せたところで、ココアをちびちびと飲んでいた月守が話題を元に戻した。

「諏訪隊は俺が対処するってのはいいけど…、戦う状況によっては俺も厳しい」

「例えば?」

「屋内戦。あんまり使われることはないけど…、市街地Dとかだったらかなり厳しくなるよ」

「あー、市街地Dね。あのクソマップ」

「クソとか言わないの」

「だってー、ボクみたいなメテオラ使えない民にとっては最悪だもん。隠れてれば爆撃されるし、ボクからは爆撃出来ないから相手探すの手間だし」

「Dの時だけメテオラセットすればいいじゃん」

「ボクのトリオンで弾丸系トリガーなんて使ったらすぐガス欠になる」

机に突っ伏しながら不満を言う彩笑を見て、なんだか遊ぶのに飽きた子猫みたいだなと真香は思った。

 

再度話題が逸れたが、今度はそれを天音が元に戻した。

「あの…。だったら、諏訪隊は、私が、メインで担当、しましょう、か?」

控えめに、それでいて引き受けるという意思がはっきりと込められた言葉に3人共一瞬だけ面を食らったが、すぐに彩笑が柔らかく微笑んで答えた。

「おお?神音ちゃんやる気満々だね!」

「や、あの…、やる気、というか…。私が、一番、諏訪隊と、戦いやすそうだなって、思ったので…」

天音の意見を聞き、月守と真香は確かにそうだなと納得した。

「まあ、正直そうだよね。能力的にも装備的にも、諏訪隊を相手するには俺たち3人の中じゃ神音が一番適してるとは思う」

その意見を月守が後押しするが、それに真香が待ったをかけた。

「でも、しーちゃん1人に任せてしまうのはリスクが高すぎると思います。諏訪隊はラウンド1で、あの村上先輩の防御を突破してるんですよ?」

「んー、そこはボクか咲耶がフォロー入ってあげれば大丈夫だよ。ボクなら囮になるような立ち回り、咲耶なら距離取って『あれ?諏訪さん俺を警戒しなくていいんすか?とっておき撃っちゃいますよ?』みたいな顔して射撃してれば諏訪隊の気を散らせることできるし」

「彩笑、さらっと言ったけどそれってどんな顔?」

「こんな顔ー」

言いながら彩笑は器用に表情を変えて、イタズラを企んでいるような含みのある笑みを見せた。その表情を見て、

「…なんか、こう…、乱戦の中で目に入ったら撃ちたくなる顔だな」

思ったことを正直に月守が答えて、

「さらっとそう言うあたり、月守先輩って絶対Sですよね」

真香が茶々のようなツッコミを入れた。

 

「あははー、真香ちゃんそれ今更だよー」

それに対して彩笑が茶化すと、

「ですよね!」

同意を得た真香は目を輝かせてそう答えた。

 

このままでは会話の流れが傾き旗色が悪くなると思った月守は、慌てて会話に割り込んだ。

「話戻すけど、俺らがフォローするにしても諏訪隊との接近戦のリスクは、やっぱり高いと思う」

「あ、咲耶露骨に話題逸らしに来たね?」

「それもあるけど、真面目な話でもある」

「はいはい。…、えー、でもじゃあどうする?リスク下げるってなると…、咲耶が諏訪隊のレンジの外からトマホークとかサラマンダー連発するくらいじゃない?」

「そんなことしてたら荒船隊に狙撃される」

「だよねー。…ちなみに、神音ちゃんは何か考えあったりする?」

話題を振られた天音は無表情ながらも驚いた雰囲気を出してから、

「えっと…、その…、シールドで、守って、突撃…、くらいしか、考えてなかった、です…」

素直に自分の考えを吐露した。

 

「あはは、神音ちゃんの考えはいかにもアタッカーって感じだね!」

「すみません…」

「いや、責めてるわけじゃないから!…でも最終的には突撃に行き着くよねー…。神音ちゃんなら15メートルくらいまで近寄れば旋空で攻めれるけど…。神音ちゃん、生駒旋空使えたりしない?」

彩笑が言った「生駒旋空」とは、ボーダー随一の旋空弧月の使い手である生駒達人の得意技だ。通常の隊員は旋空弧月を振るう際、伸長する時間を1秒に設定して15メートルまで拡張させている。伸長する時間は変更可能であり、短くするほど長さを拡張できる。生駒旋空とはその特性を利用して、旋空の起動時間を0.2秒まで絞って40メートル近いリーチを生み出す技である。起動時間をいじるだけなので誰しもが使えるが、0.2秒という短すぎる時間にタイミングを合わせて剣を振るう技術と速さが同居しなければ使いこなすのが不可能な凄技だ。

 

そんな生駒旋空を使えないかと問われた天音は、どことなく申し訳なさそうに答える。

「えっと…、生駒旋空は、出来ない、です…。起動時間、絞るのも…、試したことは、あります、けど、上手くいかなかった、です」

「そっかー…。やっぱり生駒旋空って難しいの?」

「はい。難しい、です…。こう…、単に速さ、だけじゃなくて…、構えとか、呼吸とか…、色んな、ものの、タイミングが合わ、ないと、上手く使えない、ので…」

「なんか聞いてるだけで難しそう…。でも、そんな凄技使いこなせるなんて、イコさんって半端ないね!」

「はい。はんぱない、です」

 

 

 

 

 

彩笑と天音が揃って半端ないと言ったのと同時刻、防衛任務中だった生駒達人は盛大なくしゃみをした。

「イコさん、風邪ですか?」

「風邪やない…。きっと、可愛い女の子が俺のことホメてくれたんや」

 

 

 

 

 

地木隊の諏訪隊対策はここで行き詰まったと思えたが、真香がそのタイミングで、天音に1つ質問した。

「しーちゃんさ、シールドはどれくらい遠くまで展開できる?」

「シールドを…?…、多分、20…、30メートル弱、くらい、かな?ちゃんと試した、ことないから、わかんないけど…。でも、なんで?」

天音が質問の真意を尋ねると、真香はなんて事ないように答えた。

 

「うん?いやさ、ある程度遠くに、それでいて正確にシールドを展開する技術があれば、銃口の先端に圧縮シールド展開しちゃえば絶対防げるかなって思ってさ」

 

と。

 

真香の答えを聞いた瞬間、3人は同時に、あり得ないと思った。今まで何度も何度もシールドを使ってきた経験と知識が、反射的にそんなのはあり得ないと叫んだ。しかし不思議な事に…、あり得ないと思いながらもそれを面白いとする考えが、3人の中に同居していた。

 

相反する2つの思いが同居することを自覚した途端、彩笑は笑った。それは普段見せることがほとんどない、少しずつ滲み出てくるような笑みだった。

「真香ちゃん、それ…。アリかも!」

「本当ですか?これ、言いながら自分で『変なこと言ってるなあ…』とは思ったんですけど…」

「あっはは!確かに変だけど、アイディアとしてはすっごく良いと思う!だって、もしこれが実現できたら、ガンナーは抑え込める!」

自分の意見に予想以上の食い付きを見せた彩笑を見て気圧された真香は、気恥ずかしそうに、照れを隠すように笑った。

 

彩笑に数テンポ遅れる形で、月守が口を開く。

「確かに、アリだと思う。ただ…」

「ただ?」

言い淀む月守に彩笑は続きを促し、それに月守は答える。

「問題は、それを実行できそうなのがこのチームじゃ神音しかいないのと、一部無効化できないガンナーがいることかな」

「まあねー。ボクのトリオン能力じゃ圧縮シールドでも耐久力はたかが知れてるし、咲耶の紙トリオンじゃ論外だからね。んで?無効化できないガンナーってのは?」

彩笑の疑問に答えようとした月守だが、それより早く真香が答えた。

「三輪先輩です。レッドバレッドはシールドをすり抜けてくるので、この策は無意味になります」

「真香ちゃん正解。あと付け加えるなら、フルアームズレイジさんとガイスト京介かな。あの物量と火力はちょっと防ぎきれないと思う。…木虎も怪しいな…、スパイダーの弾丸ってシールドに当たるとどうなるんだろう…」

補足した月守に対して彩笑は「玉狛勢はノーカンでしょー」と言ってケラケラと笑った。

 

彩笑の笑いが収まったところで、真香は、1人黙って考え込むそぶりを見せていた天音に問いかけた。

「そんな感じだけど…、しーちゃん的にはどう?できそう?」

可能か不可能かを問われた天音は、たっぷり10秒は考えて、

「…どうだろう…。やって、みなきゃ、わかんない…」

悩み抜いた末に、曖昧に答えた。

 

天音は弾丸系トリガーの扱いを覚えつつあるとは言え、本質的にはアタッカーである。本来なら彼女の基本的な攻撃のリーチは腕の長さと弧月の長さで、3メートルもない。旋空を使ったとしても15メートルそこそこであり、それより外の間合いとなると正確な距離感に不安が付き纏った。

 

仮に街中を歩いているとして、

「ぴったり15メートル先に何があるか」

と問われて、正確に15メートルを見極めることができるだろうか。

 

仮に部屋の中にいて椅子に座っているとして、

「その場から動かずに自分の手を伸ばしてどこまで届くか正確に想像しろ」

と言われて、その長さを正確に判断できるだろうか。

 

仮に体育館にいるとして、

「今自分がいる場所からバスケットのゴールまで正確な距離を言えるか」

と指示されて、センチ単位で答えられるだろうか。

 

野球の投手や捕手のように18.4メートルを常に体感しているような、特定の距離を日常的に経験しているならば話は別だが、そうでなければ距離感というのはひどく感覚的で、具体的に意識した瞬間に不安が蝕んでくる。

 

天音もそれを意識した瞬間、自身が把握している間合いより外に、圧縮したシールドを銃口の先にピンポイントで配置することは、とても困難に思えて仕方なかった。

 

そしてその事は、彩笑も月守も真香も、薄々想像がついていた。

 

だからこの時、この話題はここで途切れた。

案を出した真香自身が、

「まあ、何だかんだ言っても、自分の前にシールド展開するのが一番安心しますけどね」

そもそも論を語る形で、話題を強引に切って纏めたのだ。

 

*** *** ***

 

半ば()()()()()()にされたその対策を、天音はあろうかとかぶっつけ本番で、一歩間違えればベイルアウトするという局面で実行してきた。

 

引き金にかける堤の指と銃口の先に強く意識と視線を向けて、引き金が引かれる度に天音は圧縮シールドを貼り直す。

 

(シールド…、シールド…!シールドっ…!!)

 

そうして堤の攻撃を無効化した上で、天音はとうとう自身の間合いに、旋空弧月の間合いに踏み込んだ。

 

天音の左手が静かに素早く淀みなく右脇の下に動き、その手に握られる弧月がわずかに光った。

 

後は必殺の一薙を振るうだけ。

 

だがしかし、まるで、

「そうはさせるか!」

と言いたげに。

 

4人が集まったその場所に、1発のメテオラが撃ち込まれた。

 

撃ち込まれたメテオラは派手に爆発したが、4人とも直撃はしなかった。

天音はメテオラが飛来する直前にサイドエフェクトが働き、咄嗟に攻撃用の踏み込みを回避に切り替えて跳び、何を逃れた。

彩笑は視界の端に映ったメテオラに対して第六感にも近い何かが警告を促して回避した。

諏訪は視界の角度から誰よりも早くメテオラに気が付き、堤を掴んで強引に跳んで爆撃を凌いだ。

 

4人はそれぞれ反射的に物陰に隠れて、メテオラが飛んできた方向に目を向ける。真っ先に、彩笑が声をあげた。

「『咲耶ぁ!今撃ってきたのって柿崎さんでしょ!?ちゃんと抑えててよ!』」

通信越しに彩笑が怒鳴った。

 

今日だけで決定機を2度も潰されたのだから当然と言えば当然だった。ほんの少しだけ、怒りもしていたが、彩笑の怒りは柿崎隊を相手取っていた月守の姿を見て、吹き飛んでしまった。

 

彩笑は柿崎隊を侮っていたわけではない。実力に見合わない評価をされているとは思ったが、それでもB級中位グループの実力だと思っていた。

 

だからこそ、視線の先にいる月守の姿は、何かの間違いだと思いたかった。

 

「『…ああ、悪い。次は、ちゃんと抑えるからさ…』」

 

彩笑の激に答えた月守のトリオン体にはいくつもの弾痕が残り、決して少なくない量のトリオンが漏れ出ていた。

 

ソロとは言え、中位グループとの戦闘でこんなにも早く多くのダメージを受けている月守の姿を見て、心には希望や安心に代わって絶望と不安の片鱗が顔を覗かせた。




ここから後書きです。

最近久々にあった友人に、
「あれ?なんか丸くなった?あ、物理的にね!」
と言われて、また別の知人に、
「こう…、ふっくらした?」
と言われ、悪友とテレビ電話したら、
「重力の抵抗増えただろ」
と言われました。

体重増えてヤバいうたた寝犬です。
また…、長々と投稿に時間がかかって申し訳ないです。
筆が遅い本作ですが、いつも読んでくれて、本当にありがとうございます!更新ない期間でも感想もらえて、本当に励まされました!

ワールドトリガー連載再開の喜びと毎週月曜日のジャンプを糧に、これからも更新頑張ります!

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