ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

9 / 121
第9話「彩笑の弱点」

天音は鋭い踏み込みから三輪へと接近し、居合切りを思わせる動きで弧月を振るった。三輪はその1撃を弧月で受け太刀して防いだ。

ギィンッ!

と、決して軽くない、甲高い音が鳴り響く。

(……!)

三輪は自身の予想よりも重く、鋭い1撃を放った天音に軽く驚き、ほんの一瞬動揺した。

「ん」

天音はその一瞬を見逃さず、半歩下がり弧月を構え直してから攻撃に出た。文字通り、切り裂くような斬撃を連続で4度続けて振るう。スピードに乗ったいい斬撃ではあったが、

(モーションが()()大きい。これなら見切れる)

三輪は冷静にその斬撃を見切り、回避した。そして天音の連続技の最後の一振りを、三輪自身の弧月を振るい思いっきり弾いた。

「わっ」

天音の態勢が崩れ、三輪はそこに弧月で追撃をかけようとしたが、

ドンッ!

天音の背後から放たれた月守の銃弾が三輪の弧月を捉え、追撃を封殺した。

「ちっ」

三輪は舌打ちをして、後方に距離を取った。

「すまん、仕留め損ねた」

距離を取ったところで、出水に向かってそう言った。

「ワンセットで仕留めちまったら拍子抜けもいいとこだぜ。…にしても、月守の奴は相変わらずふざけた射撃の腕してんなー」

出水はそう言いつつ、地木隊の2人を見た。

 

2人とも戦闘態勢を整え、三輪と出水を見据えていた。

「さて、と。どうでる?」

「……しばらくこのままだ。正直、天音相手はやり難い。少し様子を見たい」

三輪の言葉に、出水は軽口で返す。

「へぇ、三輪は近距離メインの天音はやりやすいと思ってたから意外だな」

「普通ならな。だが天音は左利きなんだ。そこがどうしても違和感がある。慣れる時間をくれ」

「了解」

 

そして三輪と出水が打ち合わせをしていたのと同じように、地木隊も打ち合わせをしていた。

『三輪先輩たち、どう、来るかな?』

『んー、分かんないけどとりあえず向こうは警戒してるっぽいから、速攻はないと思うよ』

月守のその意見に、

『私も同意見です』

通信回線を繋いでオペレーターの真香も月守の意見に肯定を示した。

『真香ちゃん、他に根拠とかある?』

月守は素早く真香に意見を求め、

『根拠と言えるほどでは無いですけど……。三輪先輩はどちらかと言えば理詰めで戦う人です。なので序盤は情報を欲しがって様子見に出るかと思います』

真香も素早く答えを返した。

『ん、そうだね』

月守はそう言い、左隣にいる天音の頭にポンと手を置いた。

「……?」

キョトンとする天音を見て、月守はやんわりと微笑みながら問いかけた。

「神音……、『集団戦』で『理詰め』を相手にするときの戦法は覚えてる?」

「はい」

無表情だが、しっかりと月守を見据えて天音は自信を持って答えた。

 

「よろしい。じゃあ、それで行くよ」

「りょうかい、です」

『真香ちゃん、サポートよろしく』

『承りました』

 

イメージを共有した3人は再び三輪と出水に向かって攻撃を仕掛けた。

 

*** *** ***

 

米屋が彩笑との戦闘場所に選んだのは、近くにあったマンションの屋上であった。槍という長物を生かすにはある程度の広さが必要だからだ。

そして今、その屋上で2人のアタッカーによる激しい攻防が展開されていた。米屋は槍弧月を、彩笑は右手に握ったスコーピオンを高速で振るい、互いにダメージを与えていた。両者ともトリオン体には傷ができており、その攻防の激しさを物語っていた。

 

「オラァ!」

そんな中、米屋威勢良く槍弧月による突きを繰り出した。

「にゃっはー♪」

しかし彩笑はこの上なく高いテンションと楽しそうな声を上げながら米屋の攻撃を躱した。が、

「避けた……、と、思うじゃん?」

躱したはずの彩笑に向かって、米屋はニヤリと笑いながらそう言った。

よく見ると、米屋の槍弧月のブレードの先端の形状が変化していた。

 

オプショントリガー『幻踊』

米屋の使う槍弧月のオプショントリガーだ。槍の穂先のブレード部分を変形させ、変幻自在な攻撃を繰り出すことを可能にしていた。

一見彩笑は米屋の突きを避けたが、瞬間的に幻踊を使いブレードを変化させ、彩笑に追撃を仕掛けていた。

 

完璧に決まるはずの攻撃だった。

だが、

「当たった……、って思いました?」

彩笑はニッコリと笑ってそう言った。

よくよく見ると、変化したブレードの先端に、非常に圧縮されたシールドが展開され、防いでいた。

「うおっ!マジか!?」

「ふふーん、見えてましたよー、米やん先輩♪」

彩笑は楽しそうにそう言い、米屋から1度距離を取った。

 

十分に間合いを開けた両者は、お互いに一旦武器の構えを解いた。

「彩笑ちゃん、今の見えてたってのはマジ?」

「マジでーす」

「ウソん!?しかもそれで後出しでシールド展開して防ぐとか、相変わらずとんでもない反応速度だな!」

「あはは!褒め言葉ありがとうございます!」

会話をする2人は楽しそうに笑った。

 

地木彩笑はおおよそ、速さやスピードに類するものが他人よりも優れている。

反応速度。

トリガーの展開、解除の速度。

単純な機動力や、攻撃速度。

それらをフルに生かした高速戦闘が、彩笑の戦闘スタイルだった。

 

そんな彩笑に再度攻撃に出るべく、米屋は槍弧月を構えた。だが意外にも彩笑はスコーピオンを構えず、米屋に声をかけた。

「米やん先輩1つ質問いいですか?」

「いいぜ」

 

彩笑は手元のスコーピオンをクルクルと回しながら口を開いた。

「なんか、こう……、戦い方がいつもの米やん先輩らしくないですけど、何か三輪先輩から言われてるんですか?」

と。

 

米屋はどう答えるか迷ったが、素直に答える事にした。

「……まあな。秀次には色んな狙いがあんだろうけど、今回に限ってはベイルアウトしないようにって指示されてるぜ」

 

それを聞いた彩笑は、小さく息を吐いた。

「ベイルアウトしないように……?」

呟くようにそう言い、

「そうですか!ありがとうございました!」

なぜか急にお礼を言った。

 

まさかの展開に、米屋はずっこけそうになるのを堪えて口を開いた。

「今のは何のお礼なんだ?」

「え?先輩が質問に答えてくれたから、違和感の正体と三輪先輩の狙いが分かったので、そのお礼です!」

「秀次の狙い?」

米屋の口から出た疑問系の言葉を受け、彩笑は元気よく頷いた。

「はい!多分ですけど三輪先輩の狙いは、ボクのトリオン切れでしょうね」

彩笑はニッコニコと笑いながら答えた。

 

「トリオン切れって……、ああ、そういや彩笑ちゃんはトリオン量がビックリするくらい少なかったな」

言われて米屋は思い出した。

 

地木彩笑は圧倒的な速さの反面、トリオン量は正隊員の中でも最低クラスの量である。三輪はそこを突き、米屋にベイルアウトしないことを、言い換えればトリオン切れを狙った持久戦を指示したのだ。

 

弱点を突かれた戦法を取られた彩笑だが、慌てるどころかむしろ安堵しているように米屋には見えた。

「いやー、でも安心しましたよー、米やん先輩」

「安心?」

「はい!今の先輩の戦い方、すっごくつまんないですもん。もしかしたらスランプかなー、とか、悩み事でもあるのかなー、とか色々考えて不安になりましたけど、そういうのじゃなくて安心しました!」

彩笑は楽しそうな笑顔を見せて、クルクルと回していたスコーピオンをしっかりと握った。

 

「さて、と……。それじゃあ、米やん先輩、そろそろいいですか?」

可愛らしく小首を傾げて、彩笑は米屋に尋ねた。

「ん?何がだ?」

米屋はその意図が分からず、そう言った。

 

「あはは、もー、そんなの決まってるじゃないですかー」

彩笑はさも当たり前の事を言うように、さらりと言葉を続けた。

 

 

「そろそろボクはトップギア入れますよ?アップは済みましたか?」

 

 

*** *** ***

 

出水が両手にトリオンキューブを出現させ、フルアタックの用意に入った。

月守と天音は慌てずシールドを展開して出水の降り注ぐようなハウンドを防いだ。落ち着いていた甲斐もあり、出水のハウンドを陽動にして三輪が間合いを詰めて来るのが見えた。

 

「俺が三輪先輩に牽制するから、そこ狙って」

「はい」

2人は短く打ち合わせを済ませ、行動に出た。

 

シールドを解除すると同時に、2人は動く。

「バイパー」

月守は左手にトリオンキューブを出現させ64分割して放ち、天音はそれと同時に踏み込み三輪との間合いを詰めた。

 

「甘いぞ月守」

三輪は月守のバイパーを前面にシールドを張って防ぐが、それによりその足が一瞬だけ止まった。天音はそこを突き、

「ん」

そのシールド目掛けて弧月を振るい、シールドを割った。

 

バギン!

 

と、小気味良い音と共に割れたシールドには目もくれず、天音はそこから返す刃で三輪めがけて弧月を振るった。だが、その天音の一撃を、三輪は弧月でいなして防いだ。

三輪は反撃に出ようとしたが、天音は深追いせずにバックステップを踏んだ。

「逃がすか!」

追撃のため、三輪が天音を追う。

 

『よし神音。そろそろ使ってみて』

『はい』

月守から指示を受けた天音は迫る三輪に向かって右手をかざした。

 

「メテオラ」

その右手の手のひらからトリオンキューブが生成され、三輪は軽く驚いた。

(こいつもメテオラを使うのか!)

とっさのことながらも三輪は回避行動に移り、上へと跳んだ。

ドンっ!

と、足元で天音のメテオラが爆発する。

(なかなか威力が高いな)

三輪がメテオラに気を取られた瞬間、

「三輪!気を付けろ!」

サポートに入っていた出水の刺すような声が響いた。

 

「ちょーっと遅かったすね、出水先輩」

出水が叫んだのと同時に、月守は左の手のひらにトリオンキューブを5×5×5の125分割に生成、そして右のハンドガンで出水を狙い、同時に放った。

空中にいた三輪には大量のメテオラが、地上の出水には正確にトリオン供給器官を狙ったアステロイドの銃弾が、それぞれ襲いかかった。

 

2人ともシールドを張りなんとか防ぎにかかる。出水はある程度距離もあったため問題なく防げたが、空中にいた三輪はメテオラを防ぎきれず、途中でシールドが割れて、わずかに爆撃を受けた。

 

「三輪、大丈夫か?」

着地した三輪に駆け寄りながら出水が尋ねた。

「ああ、問題ない」

三輪は傷口を拭うような仕草をしながら相手の2人を見据えた。

 

一方、地木隊は、

『月守先輩、ごめんなさい……。メテオラ、上手く決まらなかった、です…』

『まあ、ちょっと惜しかったね。んー、単品で使うなら、もう少し弾速重視の方がいいかな』

『弾速重視……、了解です』

今の攻防について月守が天音にそうアドバイスをしていた。

アドバイスが終わった所で、

『さて、と。月守先輩、そろそろ三輪先輩達も本格的に攻めてくるんじゃないんですか?』

ここまでの戦闘の流れを把握する真香が通信で問いかけた。

『かもね。……ねえ、真香ちゃん。今の全体の状況をざっくりと教えてくれる?』

『全体の、ですか?』

そう言う真香の声に混ざって、キーボードを高速で叩く音が月守の耳に届いた。

 

すぐに真香から答えが返ってきた。

『米屋先輩と地木隊長が膠着状態。迅さんの方は、太刀川さんに風間隊、スナイパー組が交戦してますけど、ベイルアウトは未だ無しです。位置はバッグワーム使ってるスナイパー組以外は補足できてます』

『おー、ありがと』

その報告を受けた月守は違和感を覚えて、予測した。

(迅さん側のベイルアウト0も気になるけど、それ以上にこっちか。彩笑が1対1で10分近く戦闘はいくらなんでも長すぎる。となると多分、三輪先輩は米屋先輩にトリオン切れを狙った『逃げ』を指示したのかな……)

と。

 

今でこそボーダーで上位のアタッカーである彩笑だが、かつてこの『逃げ』の戦法によりソロランク戦で完全に封殺された時期があった。

 

ふう、と、月守はその結論に至り、ため息を吐いた。

「お!どうした咲耶!さすがのお前も地木無しでA級の相手は厳しいか?」

そしてそのため息を疲労によるものだと判断したのか、出水がそう言った。

「……」

月守は無言で相手2人を見据えた後、口を開いた。

 

「三輪先輩。あなたの狙いは彩笑のトリオン切れですか?」

そう言われた三輪は、即答した。

「ああ、そうだ。だが今更分かったところでどうする?通信で呼び戻すか?」

「いやいや、そんな事する意味は無いですねー」

月守は小さく笑いながら否定した。

 

その態度に三輪はわずかに苛立ちながらも、会話を続けた。

「だろうな。命令違反に、仲間からの制止を聞かず戦闘に移るような自分勝手な奴に何を言っても聞かないだろ?」

「あっはは……、ほんっと、その通りです」

月守はそこで一度言葉を区切り、一呼吸挟んでから言葉を流れるように紡いだ。

 

 

 

「自分勝手で、

ワガママで、

落ち着き無くて、

そのくせ無駄に地獄耳だし、

テスト前には毎回ノート借りに来るし、

変な事でヘコむし、

書類整理とか未だに人任せだし、

スタミナ少ないクセにはしゃぐし、

作戦室の片付け適当だし、

寝てる俺に落書きしますし、

自分勝手だし、

方向音痴だし、

彩笑は確かに、どうしようもないところはあります」

 

((((自分勝手って2回言った))))

 

それを聞いてた4人の声にならない突っ込みを受けた事に月守は気付く事なく、言葉を繋げた。

「でも三輪先輩……、それでも1つ言わせてもらいます」

 

穏やかに微笑み、

「ウチの隊長を舐めてると、痛い目見ますよ?」

月守はそう言った。

 

 

同時、

ズドンッ!

上から何かが落ちてきた。

 

「よ、陽介……!?」

「槍バカ!?」

落ちてきたそれが米屋だと分かり、三輪と出水は思わず声をかけた。

受け身も取れず落ちた米屋はなんとか身体を起こすが、そのトリオン体は左腕が無く、大小多くの傷が刻まれていた。

「あー、ワリィ、秀次……。彩笑ちゃん、抑えきれなかったわ……」

米屋が申し訳なさそうに言ったのと同時に、

 

「なーんか咲耶あたりがボクの悪口言った気がするけど、気のせい?」

月守と天音の前に、スコーピオンを両手に携えた彩笑が降り立った。

 

「おかえり、彩笑」

「ただいま、咲耶。まあ、それはさておき…。ねぇ神音ちゃん?咲耶は何か、ボクの悪口言ってた?」

彩笑は嬉々として天音に向かって尋ねた。

「えっと、その……」

言い淀む天音に代わって、

『はい、サラッと10個以上隊長の悪口言ってましたよー』

この場にいないオペレーターの真香が答えた。

「『ちょっ、真香ちゃん!そう言うのは言わないでおいてよ!』」

月守が慌ててそう言うが、

『プツッ』

真香はあっさりと(月守のみの)通信を切ってエスケープした(後ですぐに戻した)。

「逃げられた!」

月守はさらに慌てた。

 

「ほほぅ?」

彩笑はそんな月守とは逆に、楽しそうにそう言った。その目はまるで、『後で覚えとけー』と言わんばかりだった。

 

しかし彩笑は、フッと雰囲気を素早く切り替えた。

それを見た月守は、

(あ、コイツ、トップギアに入ってるな)

ぼんやりとだがそれを察した。

 

「咲耶、状況は?」

「こっち側は見たまんま。迅さん側も膠着状態だよ」

月守がそう言ったところで、

ドンッ!

その迅さん側の方で、誰かがベイルアウトした。

 

「誰か飛んだぞ」

「誰だ?」

出水と三輪が少し他人事のようにそう言った。

 

「……。咲耶、迅さん側が何だって?」

「訂正、向こうで1人ベイルアウト」

あっさりと月守は訂正し、

「ですね」

天音もそれに同調した。

 

『ベイルアウト1発目は菊地原先輩です』

少し遅れて真香が補足情報を伝えたところで、彩笑はスコーピオンを構えた。

「よっし!んじゃあ、そろそろこっちも仕事しよっか!」

月守もそれに習って構え、彩笑に問いかける。

「彩笑、残りのトリオンは?」

「あーごめん、4割切って3割近い」

「了解。ならそれが切れるまでに終わらせるよ」

「はい」

天音もそう言い、左手に持った弧月をしっかりと握った。

 

『了解しました。支援できる事があれば、何なりとどうぞ』

オペレーターからの頼もしい一言を貰ったところで、地木隊の戦闘準備は整った。

 

かつてほんの一時とはいえ、A級に上り詰めた地木隊の戦闘が、三輪たちに牙を剥いた。




後書きです。

当初の予定では月守の弱点も織り込んだ話にする予定でしたが、説明がやたら多くなる文章になるので、月守の弱点はまたいずれになります。
今でも説明が多いかもとたまに不安になりますが……。

今回は少し苦戦してますが、頑張ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。