「タロー!こっちだよ!」
白い樹々の間をコヨミとタローがじゃれ合いながら駆け回る。
その度に小さな雪けむりが舞い、キラキラと輝いている。
〈永久凍土のルーン〉
その力によってこの島は一年を通して雪が舞い、樹々を凍らせている。
その中でも、吹雪が絶えることの無い山の奥で暮らしている彼女達にとって、暖かな日の光を浴びながら外で遊ぶ事が出来る1日はとても貴重なのだ。
「キャン!キャンキャン!」
四本の小さな脚を力いっぱい動かしながらタローがコヨミに飛びこうとする。
「わっ!」
踊るようにかわしていたコヨミだったが、ついには頭に飛び乗られてしまった。その拍子にバランスを崩して柔らかな雪のクッションに大の字で倒れ込んだ。
「ぷはぁ、タロー速いね!」
全身についてしまった雪を払いながらコヨミが立ち上がる。
「タロー?」
キョロキョロとあたりを見回すがタローの姿が見えない。
コヨミは目を閉じ、ひくひくと小さく鼻を動かし、ピンと耳を立てる。
パッと目を開けると近くの雪だまりに駆け寄る。ピンク色の手袋をした小さな手で雪を掘ると雪だるまのようなったタローが出てきた。
「タローみーつけた!まっしろでパパみたいだねっ!」
「キャウゥン…」
フルフルと身体を震わせ雪を払おうとするが、まだ上手にできないようだ。コヨミはタローを抱き上げ、全身についた雪を優しく払ってあげながらタローの頭をなでる。
「パパとママと同じように人間になれるようになったけどまだ上手に走れないや」
先ほどまで駆け回っていたためかほんのりと頬を赤らめたコヨミがてへへと笑いながら言うと腕の中のタローがコヨミに顔を向けた。
「キャン!キャンキャン!キャゥーン…」
「そうだね、タローも早く人間の姿になれるといいね!パパみたいにカッコよくなるかなぁ?」
「キャン!キャン!」
コヨミが意地悪気に鼻先を撫でる。タローはその手先を反抗的に柔らかく噛むと、身軽な動きでコヨミの腕の中から飛び降りた。
「そろそろゆうがたになっちゃうね、タロー、そろそろ帰ろっか?」
そう言って家の方を向いたコヨミだったが、いつものようにタローからの返事がない。
「どうしたのタロー?おこっちゃった?」
コヨミが振り向くとタローは小さな耳をピンと立て、ジッとその先を見ている。
そしてー
「待ってタロー!下の方は行っちゃダメってパパとママに言われたでしょ!」
コヨミの声が耳に届いていないかのようにタローは走り出してしまった。何かを見つけたのだろうか、一点を見つめてひたすらに駆けるタロー。人の姿になることができるようになったばかりのコヨミの2本の足ではとても追いつくことが出来ない。
それでもなんとか見失わないように氷樹のアーチを次々に避けていくと不意に樹々のない場所に出た。
遮る物がなくなり、澄んだ空気に輝きを増した陽の光に思わず目を瞑ってしまう。
「キャン!」
「わぁっ!」
不意に吠えられた声に驚いて再び雪の中に転んでしまった。
「もう!タロー!」
またも雪まみれになってしまったコヨミが頬を膨らませながら立ち上がった。
「帰ったらママにしかってもら…ぅよ?」
タローに対しておねえさんらしく叱りつけようと意気込んで向き直ると更に驚きで語尾が裏返ってしまった。
恥ずかしさも相まって両手で口元を覆いながらタローの後ろに視線を向ける。その傍らには小さな雪の壁ができていた。そしてその影には見慣れない人間が座り込んでおり、こちらに視線を送っている。
(どうしよう、まだ人間の前には行っちゃダメってママに言われてるのに…)
大好きなママとの約束を破ってしまい思わず泣き出してしまいそうになる。
「ねえ」
その人間から発せられた音ではっと我に返り、慌てて取り繕う。
「な、なんですかっ」
初めて人間と交わす言葉に緊張しながらもなんとか普通に返すことが出来た。
「君はだぁれ?ここ、どこ?」
その人間はかすかに震えた声色で途切れ途切れに問いかける。
(この人、コヨミよりも小さい子だ…)
落ち着いてその人間を観察すると自分よりも身体が小さそうであることに気付く。
「わたしはコヨミです、この子はタローだよ!ここは…えーっと、針結晶の森の下…かなぁ?」
パパに教えてもらったこの森の名前はちゃんと言えただろうか、少し不安になりながらも答えると少年は驚いた様子だ。
「僕、そんなところまで来ちゃったんだ…どうしよう…」
どうやら森の名前は合っていたらしい。ホッとしかけたが少年の顔に不安の色が現れていて心配になってしまう。
「クゥーン」
そう言えばタローがしきりに少年の足元を気にしている。
「あっ…」
少年の片足に滲む色に気付き思わず声を上げてしまった。
「怪我しちゃったの?」
コヨミが少年に近づいて優しく聞く。
「ちょっと、まえに、すべっちゃって、こおりが…」
少年は瞳に涙を浮かばせながら応える。
「いたい?」
「…いたい…もう、あるけなくて…」
少年の声がどんどん細くなる。
「がんばったね!えらいえらい!」
コヨミが少年の頭を優しくなでる。少年はコヨミが大きな声を出したので驚いて目をまん丸にしている。
コヨミは持っていた小さな鞄の中から小瓶や布を取り出すと、
「コヨミもタローもね、お外で遊んでるとたまに怪我しちゃうんだ。そういうときに痛くて帰れなくならないようにってママが作ってくれたお薬持ってるの、タロー、手伝って!」「キャン!」
そう言いって2人で手際よく少年の傷の手当をする。
「はい、出来た!」
しばらくして手当てが終わると先程まで痛みに耐えていた少年の表情に少しの笑顔が戻った。
「本当だ、痛くなくなった!」
座り込んで固まってしまった足をゆっくり動かして少年は立ち上がる。
「これなら歩けそう…ありがとう、コヨミちゃん!」
「えへへ、どういたしまして!」
「キャンキャン!」
「タローもありがとう!」
少年は出会って初めて満面の笑顔で2人にお礼を言う。
「お父さんをびっくりさせたくてウサギを捕りに来たんだ。頑張って捕まえたんだけど逃げられちゃって、追いかけてるうちにここまで来ちゃって、走ってたら転んじゃって」
手当してもらったところをさすりながら痛みが引いたことに安堵した様子だ。
「血も出てて痛くてもう帰れないかと思って泣いてたらタローが来てくれたんだ」
少年はかがみ込んでタローの頭をなでる。
「タローはコヨミが飼ってる犬なの?とっても賢いや!」
「キャン、キャンキャン!キャン!」「わんわん!ちがうよ!タローは弟でコヨミもタローもおおかみだよ!がるる!」
2人同時に少年に詰め寄る。
「わあ、ごめんよ!狼ってもっと怖いのかと思ってた!」
少年が慌てて取り繕うと2人は満足したようだ。
「二人とも、本当にありがとう。急いで帰れば暗くなる前に家に帰れそう、僕、そろそろおうちに帰るね!コヨミ達も街に帰るんだよね?」
少年が深く頭下げて二人にお礼を述べた。
「ううん、わたしたちは街には住んでないからここでお別れだよ!」「クゥーン」
少し寂しそうにコヨミが笑う。タローも寂しいようだ。
「そうなんだ、じゃあ、またね、コヨミ、タロー!」
そう言って手を振りながら少年は駆け出す。
「あ…あの!わたしたちとお友達になってください!」
コヨミが駆け出した少年に大きな声で言うと少年は立ち止まった。
振り返って笑顔でピースをすると
「もう、友達だよ!」
そう言ってまた手をぶんぶんと振って街に向かって駆け出した
「転ばないように、気をつけてね!」
「コヨミもなー!」
コヨミも大きく手を振りながら見送る。
「タロー、お友達出来たよ、嬉しいね!」
「キャン!」
笑顔でタローを抱き抱える。タローも嬉しそうにしっぽをパタパタと振り回している。
「あ、お名前聞き忘れちゃった…また今度会えるかなぁ」
「キャン!」
「そうだね、お友達だからきっとまた会えるね!」
「キャン!キャン!」
「ふふふ、じゃあコヨミたちもかえろ!暗くなるとママに怒られちゃう!」
「キャゥン…」
タローはコヨミの腕から飛び降りると森の方へ歩きだした。
コヨミは名残惜しそうに少年が帰っていった方を眺め、踵を返して駆け出す。
「タロー、おうちまで競争だよ!」
「キャン!」
夕焼けで茜色に輝く森の中へふたりは消えていった。