―17―
「ヒータちゃーん!!」
地べたに座って息を整えているヒータに、駆け寄ってくるライナとダルク。
そんな彼らに、ヒータが声をかける。
「おう、そっちも済んだか?」
「はいって、あやや!!ヒータちゃん、ズタボロのちまみれですよー!!だいじょうぶですかー!?」
「そう喚くなよ。傷に響くだろ。」
テンパるライナを無視して、ダルクがヒータに近づく。
ズタズタになった衣装。
血に塗れた身体。
あちこち、焼け爛れた肌。
その様を見た彼の目が、ビクリと震える。
「・・・随分、手酷くやられたんだな・・・。」
何処か戦慄く様な口調。
その顔は、心なしか青ざめて見える。
「へ、大した事ねーよ。傷口は広いけど、それほど深かねーし。」
「・・・強がり言うな・・・。」
そしてダルクは、腰のポシェットから紅い液体の入った小瓶を取り出す。
その指が、カタカタと震えているのは目の迷いだろうか。
「『天使の生き血』だ・・・。飲め・・・。」
「げー、オレ、これ苦手なんだよなぁ・・・。鉄臭くて・・・。」
「いいから、黙って飲めよ!!血が足りなくなったらどうする!?」
半ば怒鳴りながら小瓶をヒータに押し付けると、ダルクは傍らに立つガネットに向き直る。
「アンタが助けてくれたんだな・・・。ありがとう・・・。」
ペコリとお辞儀をする彼に、ガネットは微笑みながら言う。
「否、全ては彼女が成した事。自分は最後の一打ちをしたのみ。」
「それでも、助けてくれた事に変わりはないだろ・・・。」
あくまでお辞儀の姿勢を崩さないダルクに、苦笑するガネット。
「ぷへー!!まじぃ!!」
小瓶の液体を飲み干したヒータが、大げさな声を上げながら立ち上がる。
「さ、ガネットさんよ。始めよーぜ。」
「うむ。」
頷き合う二人に、ライナが小首を傾げる。
「なにをはじめるですか?」
その問いに、ヒータは周囲で燃え盛る炎を見回す。
「オレ達で、この火事を何とかする。ちょっと遊ばせすぎた。このまんまじゃあ、この炎は村全体を喰っちまう。」
「・・・大丈夫なのか・・・?」
心配げに声をかけるダルク。
「どうって事ねぇよ。“こいつら”も、元はラヴァルの炎だ。性は悪くねぇ。ちゃんと言う事を聞いてくれるさ。」
あっけらかんとした調子で答えるヒータに、ダルクは少しばかり苛立たしげに言う。
「火事の事を言ってるんじゃない。お前の方だ。傷の手当てもしないで、大丈夫なのか?」
その言葉に、ヒータはすぐに合点した様な顔をすると「ああ」と呟いて頭を掻く。
「大丈夫だって。今くれた生き血のお陰で大分回復出来たし、事が済んだら手当てもちゃんとするからよ。だからこっちはまかせて、お前らはウィンのフォローに回れ。」
言いながら、さっさと行けとばかりにピラピラと手を振る。
しかし、そんな彼女の様にも、ダルクの表情は晴れない。
拭いきれない不安の混じった目が、ヒータを見つめる。
「だけどな・・・」
「だいじょーぶだっつってんだろ?大体、男お前がいちゃ、おちおち傷の手当ても出来ねーよ。場所が場所だしな。それとも・・・」
ヒータはふ、と目を細めるとズイッと顔をダルクに寄せる。
「ひょっとして、見たいのか?」
「な、何をだよ・・・!?」
当惑するダルクの顎を人差し指で撫で上げながら、ヒータは艶のこもった声を響かせる。
「オレの、“た・ま・の・は・だ”。」
「――っ馬鹿言え!!誰がそんな貧相な身体――!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る彼を見て、ケタケタと笑うヒータ。
「言ってくれるねぇ。分かってるよ。お前が“お姉さま”一筋だってのはさ。」
「・・・!!」
思わず黙りこくるダルクを、キョトンと見つめるライナ。
そんな二人を面白そうに見つめながら、ヒータは言う。
「何年一緒にいると思ってんだ。お前が、“そういう事”を極端に怖がってるのは知ってるさ。それを踏まえて言ってる。オレは大丈夫。ここにゃ、相棒だって、ガネットだって、ガスタの連中だっている。心配すんな。な?」
「・・・・・・。」
「それに、今ヤバイのは“あっち”の方に行ってるウィンの方だ。もし、“あっち”で起こってる事がオレ達の思う様な事だったら・・・分かるだろ?」
言い聞かせる様な言葉。
ダルクは返す言葉もなく、ヒータを睨みつける。
その様は、まるで大人に言い含められる子供の様に見えた。
「お前が“それ”を怖がるなら、今はウィンあいつの所に行ってやれ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
しばし、見つめ合う二人。
そして―
「分かったよ・・・。」
ダルクが何かを振り切る様に踵を返す。
「・・・いいか!?絶対に無理するなよ!!」
「分かってるよ。」
後ろ髪を引かれる様な気配を残す背中にそう声をかけると、ヒータはチョイチョイとライナとD・ナポレオンを招く。
『ハイ?』
「なんですかー?」
近寄ってきた二人に、声を潜めて言う。
「
「それなら、言われなくても分かってるです。」
『私モ、承知シテオリマス。』
ヒータの言葉に、当然という顔で返す二人。
「伊達に長年、お姉さんやってないです。」
『右二同ジク。伊達二5年モ使イ魔ハヤッテオリマセン。』
そう言って、胸を叩く(D・ナポレオンにはないが・・・)二人に向かって、ヒータは頼もしそうな笑みを浮かべる。
「それならいい。頼むぜ。“姉貴”。“相棒”。」
「まかせとくです!!」
『ソレガ私ノオ役目ナレバ・・・』
そう言い合い、頷き合う三人。
そんな彼女らに向かって、
「何モタモタしてる!?おいてくぞ!!」
ダルクが怒鳴る。
「はいはい。わかりましたよー。」
『タダ今・・・』
と、ダルクの後を追いかけかけた足を止めて、ライナとD・ナポレオンが振り返る。
「何だよ?」
「ダルクじゃないですけど、本当、無理しちゃだめですよ?」
『貴女二何カアレバ、主ハ一生後悔スル事二ナリマスノデ・・・』
二人の言葉に、ヒータは苦笑する。
「全く、どいつもこいつも・・・。分かってるって。いいから、さっさと行け。」
「なら、いいです。」
『ソレデハ、行ッテマイリマス。』
そして、彼らは新たな戦場へと駆けて行く。
それを見送ると、ヒータは表情を引き締めて燃え盛る炎へと向き直った。
その傍らに立つガネットが呟く。
「なかなか、気苦労が多い様だな。」
「・・・よく言われるよ。」
ヘヘッと笑うヒータ。
「皆、色々と譲れねぇもんがあるからな。仕方ねえさ。」
「その想いを酌むか・・・。ならば・・・。」
囁く様に、ガネットは言う。
「貴女も忘れるべきではないな。自分の想いも、彼らが酌んでいてくれると言う事を・・・。」
その言葉にしばしキョトンとするヒータ。
やがて、その顔がはにかむ様に綻ぶ。
それは綺麗な、とても綺麗な微笑みだった。
・・・時はそれよりしばし前―
場所は、村の入り口近く。
無残に破壊された家々の残骸の中に、一つの巨大な影が立っていた。
強堅な筋肉で盛り上がった緑色の肌。
それを覆う、銀色に光る装甲。
巨蛇の如くのたうつ尾が瓦礫を散らし、白金の爪に掴まれた大地には、それだけで地割れの如き亀裂が生じる。
グゥルルルルルル・・・
太い喉が唸りを上げ、耳まで裂けた口が白い呼気を漏らす。
爛々と輝く朱色の眼光。
それが見下ろすその先にあるのは、まだ幼さの残る一人の少年の姿。
周りには、逃げ惑う村人の姿が多くある。
しかし、怪物の目は他の何者にも揺れない。
ただただ、その少年のみを見つめる。
対する少年は、怪物を前にして逃げる様子も、怯える様子すらもない。
静かに。
とても静かな眼差しで、自分に向けられる朱眼を見つめ返すだけだった。
「コラ、ギディ!!」
と、その二人の間に満ちる静寂を裂くように、甲高い声が響く。
見れば、いかにも魔術師と言った体の少女が杖に腰を下ろした格好で宙に浮かんでいる。
彼女はフワリフワリと浮きながら、ギディ―怪物の名らしい―に向かって喚いていた。
「いつまでそんな餓鬼一匹に構っているつもり?仕事はまだたくさんあるんだからね!!さっさとケリ、つけちゃいなさい!!」
『エ゛ェエリィァアアアア・・・』
その言葉に応じる様に、怪物が喉から濁った声を漏らす。
と、同時に―
コォオオオオオオ・・・
怪物の口に生じる、青白い光。
「そう・・・。“当たり”だよ・・・。」
その光に向かって、少年はそう呟きながら両手を伸ばす。
「お前は、間違ってない・・・」
まるで、救いを差し伸べる様に。
まるで、救いを求める様に。
少年は、その顔に淡い微笑さえ浮かべて怪物に手を伸ばす。
「さぁ・・・。来いよ・・・。」
集束する、光。
やがて、それは一本の線となって怪物の口から放たれる。
バシュウッ
輝く死の色を纏ったそれが、少年を貫こうと迫る。
閃光が、大きく開け放たれた胸へと飛び込もうとしたその時―
「カムイーッ!!」
響き渡った声とともに、少年の前の空気が動く。
動いた空気は瞬く間に風となって渦を巻き、そこに光の線を巻き込んだ。
バシュンッ
風の渦に巻き込まれた光は一瞬で方向を捻じ曲げられ、怪物に向かって反射される。
ズドォッ
ギィガァアアアアアアッ!!
己の攻撃をその身に受けた怪物が、苦悶の声を上げる。
白金の装甲に覆われた身体に傷こそつかないものの、閃光が通った跡は灼熱し、白い煙を上げている。
「な、何よ!?ナニナニ!?」
急な事態に驚く少女。
その一方で少年―カムイは茫然としつつ、自分の身に起こった事を理解していた。
「
「この馬鹿!!」
彼の頭上から降ってくる、声。
風が舞い、先端を亜麻色に飾った若葉の髪が揺れる。
「何ボーっとしてんだよ!!死ぬ気か!?」
「リーズ・・・姉ちゃん・・・。」
カムイは自分を守る様に降り立った少女に、そう声をかける。
「全く・・・どこまで世話かけさせるんだい!?お前は!!」
言いながら、リーズ―ダイガスタ・スフィアードは目の前の怪物に向かって身構える。
グゥルルルルル・・・
低い唸り声を上げながら、怪物は再び足元の標的に朱い眼光を向ける。
「こりゃまた、随分な大物だね・・・。」
戦いの緊張と高揚に、一筋の汗が頬を伝う。
それを、スフィアードの舌がペロリと拭った。
そんな彼女に向かって、カムイは思わずすがりつく。
「待ってくれ!!姉ちゃん!!アイツは・・・アイツは!!」
「!!、伏せろ!!」
制止しようとした彼の声はしかし、彼女の叫びによってかき消される。
次の瞬間―
ピシュンッ
ピシュンッ
ピシュンッ
鋭い音が連続して空を裂き、三条の閃光が二人を襲う。
しかし―
「無駄だよ!!」
再び渦を巻く大気。
『
ギィガァアアアアアッ
またもや自身の力で打たれ、苦痛の叫びをあげる怪物。
「ああ、もう!!じれったい!!『
その様を見た少女が、怪物の頭の上で苛立たしげに喚く。
グゥウウウウウ・・・
その言葉に答え、怪物は二人に向かって手を伸ばす。
「・・・・・・!!」
身構えるスフィアード。
息を呑むカムイ。
鋭い爪が二人にかかろうとしたその時、
【ところがどっこい!!】
ギュラァアアアアアアアアアアッ
そんな声とともに、凄まじい旋風が怪物を直撃する。
ガァアアアアアアアッ
「うぴゃああーっ!?」
不意をつかれた怪物が地響きを立てて倒れ、あおりを喰った少女がクルクルと体勢を崩す。
「あれは・・・」
驚いたスフィアードが空を見上げると、そこには大翼を羽ばたかせる翠の騎士―ダイガスタ・エメラルの姿。
【間に合ったわ~。リーズちゃん。カムイくん。大丈夫~?】
「カーム・・・!!来てくれたのか!!」
喜びの声を上げるスフィアード。
しかし、場にはそれとは間逆の心境の者が一人。
「や~ん!!髪がクシャクシャになっちゃったじゃない!!」
空ではようやく体勢を立て直した少女が一人、怒りに我を忘れて喚き散らしていた。
「もう!!何なのよ一体!!次から次へと!?ゴキブリみたいにワシャワシャワシャワシャ湧き出してウザったいったらありゃしない!!大体、こんなに活きの良いのが残ってるなんて聞いてないわよ!?こうなったら、もう一度
と、その喚きが止まる。
彼女を、何か大きな影が覆っていた。
「?」
上を見ると、自分を覆い隠す様に翼を広げる巨大な影。
両手を伸ばしても足りない程に巨大な鳥が、彼女を見下ろす様にホバリングしていた。
「・・・何よ?これ・・・。」
胡乱気に目を細める少女の耳に、これまで聞いていたのとは別の声が響く。
「あなたは・・・誰・・・?」
「あん?」
見れば、鳥の上から誰かがこちらを見下ろしている。
逆光になって影しか見えないが、声から察するに自分と同年代の少女らしい。
鳥に乗った人。
少女は一瞬、この村の護り手である『ダイガスタ』かと警戒する。
しかし、“それ”からは特有の神気が感じられない。
「ダイガスタ・・・じゃないわね。何よ?アンタ。」
問いかける。
しかし、その問いに答えは返らない。
鳥の上の人影は、独り言の様にブツブツと言葉を紡ぐ。
「エーちゃん・・・じゃない。似てるけど、違う・・・。水属性・・・?だけど、違う・・・。冷たい魔力・・・邪気・・・あなた、一体・・・?」
戸惑う様な声音。
相手のその様に、少女はだんだんイライラしてきた。
ついには、声を荒げて言う。
「あーもう!!ブツブツブツブツ五月蝿いわね!!“エーちゃん”て何よ!?“エーちゃん”て!!アタシはエリアル!!『リチュア・エリアル』!!そんな貧相な名前じゃないわよ!!」
少女―エリアルの言葉に、相手の声に驚きがこもる。
「“リチュア”!?それって、この間ライちゃんが言ってた・・・!?それじゃ、あの毒の風を撒いたのは・・・!?」
「そうよ。アタシ。アタシがやったの。何か、文句ある?」
「――!!」
確かに伝わる、怒りの気配。
しかし、それにもエリアルはシャアシャアとした態度を崩さない。
「何よ?見たとこアンタも“ガスタ”みたいだけど?ひょっとして、“アイツら”みたいに死に損ねた口?そりゃ残念だったわね。」
「・・・残念・・・?」
怪訝そうなその言葉に、ほくそ笑むエリアル。
「そうよ。これから、この村ではすんごく愉快な事が起こるの。
その言葉に、影の少女が息を呑む。
そして、
「・・・そんな事、させない・・・!!」
今にも怒りに我を忘れそうな自分。
それを必死に押し殺す様な、苦しげな声。
その響きに、多少の愉悦を感じながらエリアルは言う。
「それはそれは・・・。やってごらんなさいな。その方が、
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
しばし、睨み合う二人。
やがて、鳥の上の影が言う。
「・・・もう一つ、答えて・・・。」
「何よ。」
「“あの子”は、何?」
そう言って、影は地で身を起こそうとしている怪物を指す。
「ああ、ギディの事?あの子は、アタシのペット。『ギガ・ガガギゴ』よ。」
「ギガ・ガガギゴ・・・?」
不審げに首を傾げる相手に向かって、エリアルは得意げに胸を張る。
「そうよぉ。元はね、ただの水蜥蜴の死体だったの。それを、アタシ達の力であんな風に強くしてあげたのよ。どう?凄いでしょ?」
しかし、相手はもはやその言葉を聞いてはいなかった。
戦慄く声が、再度問いをかける。
「その、水蜥蜴の死体って、ひょっとして西の渓谷で・・・?」
「あら、何でアンタがそんな事知って・・・!?」
エリアルは、言葉を最後まで言えなかった。
突然踵を返した大鳥が、ギガ・ガガギゴに向かって猛スピードで滑空していったのだ。
「何よ・・・?あれ・・・。」
後に残されたエリアルは、ただ茫然と呟くだけだった。
その頃、スフィアード達はエメラルから事の次第を話されていた。
「何だって!?それじゃ、あの毒はこの化物の仲間達が!?」
【ああ!!間違いない!!そういう事だ!!】
驚くスフィアードに、頷くエメラル。
スフィアードの目が、ギラリと鋭さを増す。
「・・・そう言う事かい・・・。それなら、その借り、たっぷりと返させてもらわなきゃなぁ!!」
憤怒の形相で杖を構えるスフィアード。それに習う様に、エメラルも円盾を回し始める。
ヒュウウウウ・・・・
ギュララララララ・・・
周囲の大気に満ち始める、怒りの気配。
「おじさんとおばさんの・・・そして、皆の・・・仇!!」
「姉ちゃん、待って!!」
カムイの声も、今のスフィアードには届かない。
二人が、まだ身を起こしきれてないギガ・ガガギゴに向かって攻撃を放とうとしたその時―、
バサァッ
巨大な鳥―ウィング・イーグルが皆の間に割って入った。
「なっ!?」
【ウィンちゃん、何を!?】
「皆、やめてー!!」
狼狽する二人に向かって、ウィンは力の限り叫ぶ。
「何だよ!?何で邪魔するんだよ!!」
怒りの色を隠さないスフィアードに向かって、ウィンは言う。
「あれは・・・あの子は化物なんかじゃない!!」
「・・・え?」
「あの子はギゴ君・・・。エーちゃんの使い魔の、ギゴ君なの!!」
「【!?】」
その言葉に、場にいる全員が息を呑んだ。
続く