―5―
エリアが村を立ち去ってからしばらくの事。
その頃、村の療養所は目に見えて人気が少なくなっていた。
それは、村人達が順調に回復し、徐々に元の生活に戻りつつある事を示している。
しかし、その一方で今だ臥せったままの者も多くいた。
他者を助けようとして、より多くの毒を吸った者。
元より虚弱だった者や、病を患っていた者。
そういった人々は、毒によって与えられたダメージが抜けきらず、まだ深い眠りの中にあった。
ウィンの父と姉。ウィンダールとウィンダもまたそうであった。
二人はまだ目覚める事なく、診療所の一室で昏々と眠り続けていた。
けれど―
「呼吸が大分静かになったわ~。この分なら、もう大丈夫ね~。」
眠る二人の様子を見ていた歳若い女性が、そんな事を言いながらホッと息をついていた。
彼女は、つい先ほどまで『ダイガスタ・エメラル』としてこの療養所を守っていた魂の片割れ。名を、『ガスタの静寂・カーム』と言う。
「早く目を覚まして、“あの娘”を癒してあげて・・・。」
言いながら、白い指でウィンダの額にかかる髪をかき上げる。
と、
「どうだい?お二人の様子は?」
ガシャリと金属の軋む音を響かせて、緑色の宝石で鎧を飾った騎士がカームに近づいてきた。
「あら~、エメラルさん~。もう、休んでなくていいんですか~?」
カームはそう言って、先刻まで同体となっていた相方に微笑みかける。
「なに、同じ事やってたあんたがそんなピンピンしてるんだ。オレがいつまでも寝とぼけてちゃあ、笑われるよ。それに・・・」
そう言って、『ジェムナイト・エメラル』は親指で扉一つ隔てた隣の部屋を指す。
「どうにも、“あれ”が気になってね・・・。」
「そう・・・ですね・・・。」
そして二人は、そろって隣の部屋を見つめた。
その部屋では、もうすっかり回復したムストが椅子に座している。
彼の前には、プチリュウを抱いたウィンが空になったベッドに座って向き合っている。
ムストは、絞る様に声を出す。
「・・・すまん。よもや、そんな事になっていようとは・・・。
ムストは、黙りこくるウィンに、そう言って頭を下げた。
「・・・エーちゃん達を庇ったラズリーさんやサフィアさんも、今は白い目で見られてるよ・・・。」
ぼそりと呟く様に、ウィンが言う。その顔からはいつもの天真爛漫さは消え、今は深い影が色を落としていた。
「わたし、ガスタの民はもっと誇り高い一族だと思ってた・・・。なのに、なのに・・・!!」
その声音に篭る失望と嫌悪を隠しもせず、ウィンはギュッと手を握り締める。
「・・・返す言葉もない。だが、これだけは分かってくれ。今は皆、誰かを恨まなければ、己を保てぬのだ。それほどまでに、皆の悲しみは深い・・・。エリア殿の濡れ衣は、わしが必ず晴らそう。だが、今は・・・」
「そんな屁理屈、聞きたくない!!」
自分の手を握ろうとしたムストの手を振り払いながら立ち上がると、ウィンは激昂する!!
「誰かを恨まなきゃ自分を保てない!?ふざけないで!!そんなら、自分なんか捨てちゃえばいいんだ!!関係ない・・・ううん!!自分達を助けてくれた人まで恨まなきゃ保てない自分って何さ!?そんな自分なんか、いらないよ!!」
「ウィン・・・」
いつもの彼女からは想像も出来ない程に、ウィンは荒ぶる。
その様子にムストはただ途方に暮れ、プチリュウはオロオロするばかり。
「エーちゃんの濡れ衣を晴らす!?それなら早くそうしてよ!!村の皆を集めて!!エーちゃんを探して!!そして謝ってよ!!エーちゃんに!!ギゴ君に!!殴ってごめん!!傷付けてごめんって!!」
『ウィン、さすがに今は・・・』
「ウィン、落ち着いてくれ・・・」
何とかなだめようとするムストとプチリュウを、ウィンの言葉が突き放す。
「こんな村、帰ってこなきゃよかった!!いっそ、皆、あの毒の風で・・・」
『ウィン!?』
「おっと。」
「んむぐ!?」
最後の言葉を放とうとしたウィンの口を、固い鋼に覆われた手が塞いだ。
いつの間に来たのか。彼女の背後にはエメラルが立ち、その手でウィンの口を覆っていた。
ジタバタするウィンを押さえながら、エメラルは言う。
「その続きは、あんたの周りの者も、あんた自身も傷付けるもんだろ?やめときな。」
「―――!?」
その言葉に、我に帰った様にウィンは動きを止める。
「飲み込め。」
ゴクン
ウィンの喉が、空気の塊を飲み下す。
「よーし。良い子だ。」
そう言うと、エメラルはウィンの口から手を離す。
はぁ、と息をつくウィン。
そのまま、しばしの間うつむいて沈黙する。
しかし、
クルリ
突然踵を返すと、何かを振り切る様に部屋を飛び出していく。
『ウィン!!』
そんな彼女の後を、プチリュウも追う。
「あら~、どうしたの?ウィンちゃん~。」
すれ違う様に部屋に入ってきたカームが呼びかけるが、ウィンは振り向きもしない。
そのまま、その姿は療養所の外へと消えていった。
後に残されたのは、ムストとエメラル。そして、カームの三人。
「大丈夫かい?大分まいってるみたいだけど?」
エメラルの問いに、ムストは片手で顔を覆ったまま首を振る。
「・・・わしはいい。だが、ウィンあの娘が・・・」
「あの娘だけじゃないぜ。“もう一人”もだ」
すかさず、エメラルが釘を刺す。
「話は聞いたが、酷いもんだ。言っちゃ悪いが、呆れて擁護のしようがない。」
容赦のない言葉。
ムストの顔が、苦悩に歪む。
「ちょっと~、エメラルさん。あんまりムスト様を苛めないで~。」
「いや、いい。エメラル殿の言う通りだ・・・。」
カームの抗議を、ムストが遮る。
「・・・全く、何という事か・・・。正義を尊び、慈愛を徳とする筈のガスタの民が、こうまでも人の・・・それも同胞とその友を傷付けてしまうとは・・・。」
そう言って、ムストは深く深く息をつく。
と、
「―あの“毒”は、わたし達が思っていたよりも、ずっと恐ろしいものだったのかもしれませんね・・・。」
そこに響いてきたのは、いつもと違った調子のカームの声。
ムストもエメラルも、思わず彼女を見る。
「
淡々と語る彼女。
その言葉にムストは再び顔を覆い、エメラルはただ沈黙するだけだった。
『ウィン!!待ってってば!!一体どうする気なの!?』
わき目も振らず村の出口に向かうウィンに、プチリュウは尋ねる。
「決まってる!!エーちゃんを探しにいく!!」
『でも、エリアさんは来るなって・・・』
「そんなの関係ない!!探しにいく!!」
まさに、取り付く島もないとはこの事だ。しかし、それでもプチリュウは必死に追いすがる。
『無茶だよ!!もうじき日が暮れる!!村の外には、危ないモンスターだって住んでるんだよ!?』
「だったら、なおさら急がなくちゃ!!」
『何言ってんのさ!?
「怖いなら、ついて来なくていいよ!?」
『だからそうじゃないって!!ああ、もう!!』
「待ちなよ。」
言い合う二人の間に、唐突に別の声が割って入った。
振り返る視線の先にあったのは、一本の木。
「『?』」
「どこ見てんのさ。ここだよ。ここ。」
声に従い、視線を上に上げる。
木の枝の一本に、一人の少女が腰掛けていた。
歳はウィンより2、3歳年上だろうか。引き締まった身体を、ガスタ特有の衣装が包んでいる。若葉色の髪は両サイドで纏められ、その先端は亜麻色に染められていた。
少女は身軽に木から飛び降りると、そのままツカツカとウィン達に近づいてくる。
「今の話から察するに、あんた達用心棒が必要なんだろ?どうだい?アタイなんか。」
そう言ってニッパリと笑うその顔に、先刻の村人達の様な邪気はない。
「・・・あなたは、誰?」
尋ねるウィンに、少女はやっぱりニッパリと笑う。
「覚えてないかい?仕方ないか。あんたが村ここにいた頃は、あんまり付き合いがなかったからね。」
言いながら腰を屈めると、その視線をウィンに合わせる。
「アタイはリーズ。『ガスタの疾風・リーズ』さ。よろしくね。小さな英雄さん。」
彼女はそう言って、ポカンとしているウィンの頭をクシャクシャと撫でた。
ヒュウウウウウウウ・・・
夕焼けに染まる崖の上で、エリアは心地よい風に身を委ねていた。
長い青色の髪が澄んだ風に梳られ、サラサラと流れていく。
その感覚を心地よく思いながら、彼女は眼下に広がる湿地帯の光景を眺めていた。
草原には大型のモンスターが群れ、空には鳥の類が舞っている。
大嵐(ティターンズ・ブラスト)によって清められた大地は、徐々にそのあるべき姿を取り戻しつつあった。
動き回る生物の姿は目に見えて増え、生命力の強い植物にはもう新芽を出しているものさえある。
「国破れて山河在り・・・か・・・。」
エリアが誰ともなく、そう呟いた時―
『う、うう・・・』
その傍らから、声が上がった。
「あら、やっと起きたの?ギ・・・!?」
タップリ数時間も気絶していた相方に、嫌味の一つも言ってやろうとする。
けれど、その言葉が口を出る事はなかった。
『うぅ・・・う、うう・・・』
ギゴバイトは泣いていた。
固く引き結んだ口から嗚咽を漏らし、オレンジ色の瞳からは大粒の涙をこぼしていた。
「ちょっと、アンタ何泣いてんのよ!?何?どっか痛いの!?」
慌てて自分を気遣うエリアの手を払い、ギゴバイトは泣き続ける。
『畜生・・・畜生・・・何も、何も出来なかった・・・』
「ギゴ・・・?」
『僕・・・僕、エリアの使い魔なのに、エリアを・・・守れなかった・・・』
その言葉に、エリアの胸が高鳴る。
『畜生・・・もっと力があったら、もっと強かったら、エリアを・・・エリアを守れたのに・・・』
と―
フワリ
泣きじゃくるギゴバイトを、柔らかな温もりが包む。
エリアが、彼を背後から抱き締めていた。
「何言ってんのよ・・・。アンタ、馬鹿・・・?」
『エリア・・・?』
柔らかい髪が、サラサラとギゴバイトの頬を撫でていく。
「アンタはずっとあたしの側にいてくれた・・・。そして今もいてくれてる・・・。それだけで、十分なのよ。」
戸惑う相方を抱き締め、エリアは優しく微笑んだ。
『エリア・・・』
「ねぇ、ギゴ、聞いて。」
そう言ってギゴバイトを抱いたまま、エリアは立ち上がる。
上昇気流が彼女の髪を掴み、翼の様に舞い上げる。
「あたしは、これから“けじめ”をつけにいく。」
『けじめ・・・?』
「そう。けじめ。」
語るエリアの顔は、それまでギゴバイトが見た事がないほどに凛々しかった。
「・・・正直、大変な仕事なの。ひょっとしたら、死んじゃうかもしれない・・・。」
エリアの瞳が、ギゴバイトを見つめる。
「でも、あたしはアンタに側にいて欲しい・・・。」
ギゴバイトには、水色の瞳に映る自分の姿が見える。
「ねえ・・・。」
薄い唇が、問う。
「それでも、ついてきてくれる・・・?」
不安げな、声。
躊躇する理由など、ある筈もなかった。
『行くよ!!エリアの行く所なら、何処へだって!!』
はっきりと言い放つ、その言葉。
エリアの顔が、花の様にほころぶ。
「ありがとう!!」
そう言って、力いっぱいギゴバイトを抱き締める。
『く、苦しいよ。エリア!!』
「あはは、ゴメーン。でも、放さないー!!」
夕日の中、キャラキャラと笑いながらじゃれ合う二人。
「ねぇ、ずっと一緒にいてね。」
『うん、ずっと一緒にいるよ。』
それは、違いなき誓いの言葉。
決して途切れぬ、絆の契り。
「大好きだよ・・・。ギゴ・・・。」
頬を桜色に染めたエリアが、ギゴバイトの耳元で微かに囁く。
『え・・?何?エリア・・・。』
耳に届きそこねた言葉を確かめようと、ギゴバイトが顔を寄せる。
その瞬間―
フッ
急に暗くなる、エリア達の視界。
「『―え?』」
何が起こったのか、二人が上を向いたその瞬間―
ガスッ
鈍い衝撃が、二人を襲った。
―その日、カムイは自身の守護鳥である『ファルコス』に乗り、村から大分離れた場所を飛んでいた。
深い理由があった訳ではない。
村でも、神託を受けた数人のみが駆れる『ダイガスタ』。
彼は幼くしてその神託を受け、異例の若さで『ダイガスタ』の主となった。
しかし、それは名誉であると同時に、いざ事あらば村を護る先駆けとしての責任を担う事でもある。
父は誇り、母は心配した。
ガスタの希望としての重圧は、まだ幼い彼の双肩にずっしりと圧し掛かった。
そんな皆の期待に、何よりも両親の想いに応えようと、彼は日々鍛錬に没頭した。
しかし―
「お、おいコラ、そっちじゃない!!そっちじゃないって!!」
「う、うわ、ちょ、高い高い!!もっと低く・・・ってそんな急降下すんなって!!うわ、わぁああああっ!!」
「う、うぇ・・・!!おま、こんな、回ったら・・・!!お、おえ・・・気持ちワル・・・」
素質があるのと、実力があるのとは別問題である。
『ダイガスタ』を駆る様になってまだ日の浅い彼は、相方のファルコスに翻弄されてばかりだった。
その日もファルコスに引きずり回された挙句、いつもは近づきもしない筈の『怨霊の湿地帯』の上空にまで来てしまっていた。
「おいおい・・・勘弁してくれよ・・・。」
ファルコスの背中でぐったりしながら、カムイはそんな事をぼやいていた。
「だけど、相変わらず薄っ気味悪いな~。この辺りは。」
眼下の湿地帯を見下ろしながら、彼がそんな事を呟いた時―
「ん?」
その目が、その地に非常に不釣合いなものを捉えた。
湿地帯の中心にある沼。その中に小さな人影があった。
「・・・誰だ?」
興味を持ったカムイは、ファルコスにギリギリの高さまで降下するように指示を出す。
ファルコスも同じ気持ちだったのか、素直にそれに従った。
広い大地と、高い空を生活の場にするガスタの民の視力は鋭い。
低く、しかし十分な距離をとりながら、カムイは水面に映るその顔を見た。
「女・・・?」
そう、人影は女。それも少女だった。
黒装束に黒い帽子。いかにも魔術師調の衣装の中からは、長い青色の髪が踊っている。
薄く目を閉じた彼女の周囲に展開するのは、見た事のない蒼い光を放つ魔法陣。
術の構築に集中しているのか、上空から自分を盗み見るカムイには気付かない。
「・・・・・・?」
その様子に些かの不審を感じたものの、この辺りを旅人が通りかかるのはさして珍しい事でもない。
彼女も、そういった人々の類なのかもしれない。
何か取り込み中の様でもあるし、下手に声をかけて邪魔をするのも悪いだろう。
一人そう納得すると、カムイは再び鍛錬に励む為にその場を離れた。
―ガスタの村を『
「・・・アイツだ・・・!!絶対、アイツだったんだ・・・! !」
沈みかける夕日の中、呪詛の様にそう呟きながらカムイはファルコスを駆っていた。
夕焼けに暗く輝く彼の目には、昨夜の村の光景がありありと焼き付いていた。
―そこは、地獄だった。
昼間青々と茂っていた木々は見る影もなく枯れ果て、色とりどりに村を飾っていた花々は無残に散った。
生活を共にしていたモンスター達は次々に息絶え、村人達も苦悶の呻きを上げて次々と倒れていった。
そんな中、事態を悟ったカムイの両親は彼を庇う様に抱き締めると、自分達の腕の内側に風の魔法を使って弱い気流の結界を作った。
その結界は辛うじて毒気を遮り、カムイを守った。しかし、その範囲はわずかばかり。結界の外側に面した彼の両親は、毒気にその身を晒した。
半狂乱になって結界から出ようとするカムイ。そんな彼を、父親は厳しく叱りつけ、母親は優しく微笑みながらなだめた。
それからどれほどの時が経ったのか。両親の願いを聞き届ける様に、結界はカムイを守り続けた。
やがて、知らせを聞きつけたジェムナイト達が駆けつけた時、カムイは一人泣いていた。
―今だ自分を守り続ける結界の中、その両手に両親の亡骸を抱き締めながら―
最初、混乱の態にあった彼の思考は、冷静さを取り戻すにつれて一つの考えをとり始めていた。
古くからこの地に住む老人達は口々に言った。今回の様な凶事は今だかつてなかった。
そして、この地域にこんな災害の元となる様なものも無かったと。
・・・自然現象として起こったものではない。
ならば、これは人為的なものとして起こされたもの。
一つの答えが、カムイの中で組み上げられていく。
あの時、沼地で見た少女。
彼女が展開していた、見た事のない魔法陣。
彼の中で、疑惑は確信に変わっていった。
あの女だ。
あの女がやったんだ。
やがて、その確信は憎悪へと変わる。
仇を・・・。
仇を討ってやる・・・。
いつしか、カムイの心はその想いにのみ捕らわれていた。
そしてそんな中、“彼女”は現れた。
最初は見間違いかと思った。
服装は違った。
あの特徴的な帽子も被っていなかった。
見おぼえのない使い魔も連れていた。
だけど。
だけど。
忘れる筈が無かった。
その顔を。
その容姿を。
あろう事か、村の療養所に現れた少女。
その少女は違うことなく、あの女だった。
あの、沼地にいた少女だった。
カムイは、自分の心に暗い焔が燃え立つのを感じた。
・・・幼い彼に、今の彼に、それを悟れと言うのは無理な話だろうか。
時に憎しみは、己が目を曇らすという事を―
件の少女は、カムイを始めとした村人達の糾弾に合い、村を“逃げ出して”いた。
―逃がすもんか―
彼は人目を盗み、『ダイガスタ・ファルコス』を駆って村を発った。
他者にその旨を伝えなかったのは、たった一つの想いのため。
―誰にも―
―誰にも渡すもんか―
暗い焔を胸に滾らせたまま、カムイは飛ぶ。
―オレの仇だ―
今の彼には分からない。
―オレが殺る―
―オレが殺ってやる―
憎しみという名の暴風に身を任せ、ダイガスタを駆る今の姿。それが果たして、両親が望んだものなのかという事を。
ボキャアァッ
横殴りに振られた杖(というより棍棒)が、襲い掛かってきた『グロス』の右頬を痛打する。杖はそのまま振り抜かれ、殴られたグロスは綺麗な放物線を描いて吹っ飛んだ後、頭から地面に着弾した。
「『・・・・・・。』」
「とまぁ、こんなもんさ。」
唖然とするウィン達の前で、リーズは杖でポンポンと肩を叩きながらニパッと笑ってみせた。
「・・・今、この女ひと片手だったよね・・・?」
『5mは飛んだよ・・・。あれ・・・。』
遥か先で頭から地面に突き刺さり、ピクピクと痙攣しているグロスを見つめながら、冷や汗など流すウィン達であった。
「伊達に
キョロキョロと辺りを見回しながら、リーズは言う。
「大分日が堕ちて来たね。今日はこの辺りで宿を取った方がいいなぁ。」
その言葉に、ウィンが噛み付く。
「馬鹿言わないで!!あたしは早くエーちゃんを・・・」
ボコンッ
「フギャア!!」
『ウィンー!?』
脳天をリーズにどつかれ、引っくり返るウィン。
「全く。少しは頭の血を下げないと、あんたの方が先にまいっちまうよ。それと、あんた。」
『は・・・はひゅわぃいいい!!』
呆れを含んだ声が自分に向けられて、ビビるプチリュウ。
「ちょっと手伝いなよ。焚き火用の薪を集めるから。」
『は・・・はい!!』
もはや、言われるがままのプチリュウなのだった。
パチパチパチ
夜闇の中に、焚き火の光が明るく燈る。
「はぐ、もぐ、ふぐ・・・」
「呆れたね。食料も持たずに夜通し駆けずり回る気だったのかい?」
火にあたりながら、携帯食をパクつくウィン。
その様を見て、リーズは苦笑いをした。
「もぐ・・・だって、エーちゃんが・・・」
「心配いらないよ。あんたの友達は強い。身体も、心もね。」
言いながら、リーズは薪を一本折って火にくべる。
「どうしてそんな事・・・」
「分かるさ。あの時の様子を見てりゃあね。」
携帯食を頬張るウィンの手が、ピタリと止まる。
「・・・見てたの?」
「・・・ああ。というか、アタイもあの中にいた。」
刺すような視線を正面から受け止め、リーズは言う。
「―――っ!!」
憤怒の形相で立ち上がるウィン。
しかし、リーズは動じない。
「・・・座りなよ。怒るのは、アタイの話を聞いてからでもいいだろ?」
『ウィン・・・少しは話を聞いてあげなよ。今のウィンは、あまりにも周りが見えてなさ過ぎるよ。』
「・・・・・・。」
相方の言葉に、ウィンは憮然としながらも腰をおろした。
「・・・ありがとう。」
そう言うと、リーズはポツリポツリと話し始めた。
「アタイはね、孤児だったのさ。まだちっちゃい頃、両親を流行り病で亡くしてね・・・。」
パチンッ
軽い音を立てて、薪が火の中で爆ぜる。
「そんなアタイをさ、自分らの子供みたいに面倒見てくれた人たちがいたんだ・・・。」
リーズは軽く宙を見上げ、何かを思い出す様に目を閉じる。
「優しい人達だったよ。アタイは大好きだった・・・。でも・・・」
バキリッ
日に焼けた手が、また一本薪をへし折る。
「二人とも、あの毒の風で死んじまった・・・。」
「―――っ!!」
目を見開くウィンの前で、リーズは続ける。
「・・・正直、気が狂うかと思ったよ。悲しくて、悔しくて・・・。そんで、
「・・・・・・。」
ウィンは何も言わず、話を聞き続ける。
「・・・その気だったさ。この手で仇を討ってやるって、息巻いてた。だけど・・・」
また一本、薪を放る。火に巻かれた薪は見る見るうちに焼け付いた。
「直にあんたの友達を見てて、思ったんだ。ああ、“これ”は違うなって・・・」
「!!」
その言葉に、ウィンはハッと顔を上げる。
リーズの顔は、悲しげに微笑んでいた。
「あんたの友達、綺麗な目をしてたよね。そして、あんな目に合わされても、あの目は曇らなかった・・・。毒なんて卑劣な真似をする奴が、あんな目をしてる筈がない。」
そう言って、リーズは頭を下げる。
「悪かったよ。あの時、アタイが・・・いいや、アタイの他にも気付いてる奴はいた筈なんだ。そんなアタイ達が、皆を止めなきゃいけなかったのに・・・。」
言いながら、リーズは唇を噛み締める。
「なまじ、皆の悲しみが分かるせいで、動く事が出来なかった・・・。いいや、言い訳は駄目だね。思っちまったんだ。余所者一人の命で、皆の苦しみが癒されるならって・・・」
「・・・・・・。」
「すまない・・・。」
そして、リーズは再び頭を下げる。
「情けない話さ。慈徳の民、ガスタが聞いて呆れる。自分達の憂さ晴らしをするために、罪もない女の子を嬲り者にしようとしたんだから・・・。」
リーズはそのまま、頭を上げようとしない。しばしの間。
そして―
「・・・いいよ。」
「!!」
こぼれる様な呟きが、リーズの顔を上げさせた。
その視線の先には、能面の様に表情をなくしたウィンの顔。
「わたしには、いいよ。その言葉は、エーちゃんにあげて・・・。エーちゃんのために、とっておいて・・・」
そう言って、ウィンはまた携帯食を黙々と齧り始める。
「・・・そうだね。その通りだ・・・。」
呟いて、リーズは苦笑いをした。
「ねえ・・・。」
携帯食を齧る手を止めて、ウィンが言う。
「うん?」
「あなたが、あたしに協力してくれてるのは、エーちゃんのため?エーちゃんに、謝るため。」
「・・・それもあるけど、もう一つ、理由がある。」
「?」
小首を傾げるウィンに、リーズは続ける。
「あの娘を連れて、もう一度あの娘に会わせて、弟に・・・弟に正してやりたいんだ。今でも、憎しみの行き先を誤って苦しんでる弟にさ・・・。」
「弟?」
『でも、リーズさん孤児だったって・・・?』
ウィン達の問いに、首を振るリーズ。
「弟って言ったって、本当の弟じゃない。そんな関係で育ってきたって事さ。ほら、さっきも言ったろ。アタイを育ててくれた人達がいたって。その人達の実子なんだよ。そいつは。」
『へえ・・・。その子、なんて名前なの?』
何気に聞かれたプチリュウの問いに、リーズは一瞬躊躇し、そして答えた。
「カムイ・・・」
「・・・え?」
「カムイなんだよ。その弟ってのは・・・。」
「!!」
思わぬ答えに、ウィンは顔を強張らせた。
・・・それより、ほんの数刻前。
見つけた!!
見つけた!!
見つけた!!
夕焼けに染まる大地を眼下に臨みながら、カムイは暗い喜びに胸を躍らせていた。
彼の視線の先には、崖の上で踊る青色の髪がしかと映っていた。
使い魔を抱き締め、はしゃいでいるのか、笑う声が微かに聞こえる。
その事が、カムイの暗い焔をさらに燃え滾らせる。
笑うのか。
お前が。
オレから、大切なものを奪ったお前が。
自分は大切なものを抱き締めて!!
ファルコスに向かって、命を出す。
皮肉だった。
負の感情とは言え、その命に堅固な意思を感じたファルコスは素直にそれに従った。
上空から、鋭い角度で滑空を始めるファルコス。
打ちつける暴風の中でも、カムイはその目を閉じない。
視界の中で、見る見る女の姿が大きくなってくる。
気配に気づいたのか、女がこちらを向くがもう遅い。
カムイはその顔に、会心の笑みを浮かべる。
次の瞬間―
ガスッ
朱い飛沫が散る。
鋭く一閃したファルコスの爪が、女の頭を打っていた。
女の身体が、グラリと揺らぐ。
その身が崖から落ちる瞬間、カムイは風に舞う青色の髪を掴んだ。
ブチッブチブチッ
鈍い音を立てて千切れる髪。
そのまま、女の身体は力なく崖から堕ちていく。
その腕の中の使い魔が、見開いた目で自分を凝視するのが一瞬見えた。
女は、真っ逆さまに堕ちていく。
みるみる小さくなる、その姿。
やがて、その姿は完全に谷底へと消えた。
カムイはしばしの間、女が消えた谷底を凝視していた。
沈黙が、闇を引きずる様に連れてくる。
やがて、
「・・・アハ・・・アハハ・・・」
それは、胸の底から湧き上がる様にカムイの口から溢れ出てきた。
「アハ、アハハ、アハハハハハ!!」
それは、幼い少年のそれと思うにはあまりに濁った哄笑。
「アハハ、ハハ、アハハハハハ、やった!!やったよ!!」
手に残った青色の束を握り締め、カムイは笑う。
「やったよ!!父さん、母さん、仇、討ったよ!!」
いつしか、その目からは涙がこぼれていた。
けれど、それを拭う事も忘れ、カムイは笑い続ける。
昏い宵闇の中、嗚咽混じりの少年の哄笑は、いつまでも絶える事なく響いた。
いつまでも。
いつまでも・・・。
続く