紫色のPAフラグメント
振り下ろされる鋭い二本の前足を横にかわし、素早くその懐に入り込む。巨大な、黒き四足の虫を模したそれに、青白い刃が切り込む。大ぶりな剣はフォトンの力で輝き、鋭利な足の一本を切り落とした。
ダガンと呼ばれるその生き物は、失った足を動かし、緑の大地に倒れ込む。身の丈ほどの剣を持ち替えると、ダガンを突き上げ一気に裏返す。再生しかけている脚がうごめき、その中央には人の頭ほどの赤色のコアがある。それに向かって、ひと思いに突き立てた。
悲鳴にも似た音が響き渡り、みるみる内にヒビが入っていく。コアを足で抑えフォトンのソードを引き抜くと、赤黒い、血液にも似たダーカー因子が大量に吹き出していた。
「よしよしよしよし、とてもよし!」
耳元の通信機から軽快な少女の声が聞こえてくる。同時に周囲の風景は大きくゆがみ、気づけば、大きな正方形の足場の上に立っていた。
「じゃ、ミライちゃん。橋をだすから、ちょぉっと待っててね!」
言い終わらない内に、向こう岸から橋が伸びてくる。ミライは手にしていたソードを背中にしまうと、その橋を駆け抜けて行った。
アークスシップ八番艦『ウィン』へと向かうシャトルの中、ミライはドリンクを片手にぼんやりと窓の外を見ていた。
広大な宇宙空間に広がる星々。それらをつなげる大船団のアーク。
その懸け橋の先駆者となる存在、『アークス』に、ミライはこの日から所属することになっていた。
「ミライちゃーん? まぁた、フォトンドリンク?」
ミライのすぐ隣に座る、ピンクの髪の少女が無邪気に問いかける。彼女は古くなったアークス研修生の制服に身を包み、両足をぶらぶらさせていた。
はたから見るとまるで妹のような絡みっぷりだが、ミライが彼女について知っている事は少ない。カリンと言う名前、ヒューマンである事、そして極めて頭が良いということくらいしか知らなかった。
ミライ自身がアークスとしての才覚を発揮するのにも一役買っており、カリンの力が無ければ13歳という異例の若さで研修期間を終えるなどありえなかった。
「べ、別にいいでしょ! 美味しいんだから!」
「ふぅーん」
半信半疑、と言うよりも悪戯っぽい視線を向けながら、肘置きから身を乗り出しストローを咥える。その瞬間カリンは手で口を押えながら激しく咳き込みだした。
「ちょっと、大丈夫?」
彼女の背中をさすり、落ち着かせる。一息ついたところで彼女は、涙を浮かべてミライに訴えかけた。
「ちょ、ちょっとこれ酸っぱすぎるって」
「えぇー、そこがいいんじゃん」
黄色いパッケージのストローをミライが吸い上げる。鋭い酸味が舌を刺し、眠気を貫く。少なかった残りを飲み切り、空になったパックを捨てようと立ち上がった時だった。
「あ、そのペンダントきれーい! どうしたの、それ?」
紐でくくられた、赤色の小さなディスクに手を伸ばす。ミライはそれを外すと、カリンに手渡した。
「あれ? これはPAフラグメントに似てるね」
手の平よりも一回り程小さいくらいのそれは、光を反射し紫を帯びた虹色に輝いている。ディスクの穴には綺麗な紐が通されており、ミライの胸元よりも少し上に来るように調節されていた。
「PAフラグメントなら修復すれば使えるはずなんだけど、やってみた?」
「うん、やっては見たんだけど……」
昔、アークスで活躍していた父親に貰った物であり、彼女自身何度も修復を試みた代物だった。しかし通常のPAフラグメントとは何かが違うようで、いつもエラーが発生していた。
「中身は何かなぁ? 気になりますねぇ」
興味深そうに裏と表を何度も見比べる。裏面に白く、小さな文字で『OVEREND』と書かれていたがそれが何なのか、カリンにも分からなかった。
「おーばーえんど? なんだろうね?」
「それお父さんにもらった物だから、多分ハンターのPAなのかなぁ、て思うんだけど……」
二人を乗せたシャトルは一つの、巨大なアークスシップに近づいていた。巨大な青色の球体を内蔵し、真っ白で巨大な甲板を持つそれは、一つだけでも星そのもののように見えていた。
シャトルは緩やかに減速する。アークスシップの側面に数多く取り付けられた円形の船着き場は、ひっきりなしに小型の宇宙船を離着陸させていた。フォトンで示されたガイドに沿って、円形のそれに接続する。シャトルは台座ごとゆっくりと回頭し、巨大なアークスシップに収まった。
伸びてきたタラップがシャトルに接続される。シャトルの唯一の乗客である二人は完全に停止するのを待って、降りる準備をし始めた。
「そう言えばカリンってさ。どうして私と一緒に来たの? 私と違ってアークス……ではない? よね?」
「ふっふっふー、よくぞ聞いてくれましたぁ!」
少ない荷物を手に、二人は長い通路を歩いて行く。人工的に施された適度な重力を感じながら、船の中へと入っていく。
「実はこのカリン! 開発したVR技術を買われて、アークスVR技術顧問としてヘッドハンティングされましたぁ!」
「へぇ……」
「あれあれ? 反応薄くないかな? まぁ、いっか!」
長かった通路を抜け、やや暗めの大きな空間に出る。そこは二階分相当の吹き抜けとなっており、それぞれモニターの付いた三本の筒型エレベーターがそびえていた。床や、エレベーター前の幅の広い階段は青白く輝き、星空の見えるドームをぼんやりと映し出していた。
二人は入ってすぐ横にあるカウンターへと向かう。何人もの武器を持った人々の間を通り抜け、三人いるうちの中央の管理官に話しかけた。
「要件をどうぞ」
「先ほど到着しました。ミライです!」
「カリンでーす!」
「ミライさんにカリンさんですね。少々お待ちください」
肩に届くかどうか程度の銀髪に、黒色のナビゲータードレスを着ている。鋭い目つきで二人を一瞥し、端末を手早く操作した。
「お待たせしました。お二人にはアークスとしての艦内自由行動パスを発行します。それがあれば大体の場所は入れますので、カリンさんは緑のテレポーターを使用し、研究区画へと移動してください。あちらへの連絡はこちらで行っておきますので、後は向こうの指示に従ってください」
二人は差し出されたパスを受け取る。それをしまった直後、ミライはカリンが金色の瞳に大粒の涙を溜めこんでいる事に気が付いた。
「うわあぁん! 離れ離れになっても元気でね! お手紙書くから返事してね!」
「あぁー、落ち着いて。ね?」
ミライに抱き着き泣きじゃくるカリンの頭を撫でつつも、銀髪の管理官をチラリと見やる。どう見ても呆れた様子で、いつ怒られてもおかしくない状態だった。
「分かった、分かったから! ほら、人に迷惑かけちゃダメでしょ?」
泣きじゃくる彼女をどうにか落ち着かせる。目の周りを赤くしながらも、テレポーターへと向かって行く。とぼとぼと歩くその姿は、短いながらもミライにも寂しさを感じさせていた。
「お手紙、絶対書くからね! 元気でね!」
テレポーターの前で叫ぶ彼女は、ミライに向かって大きく手を振る。ミライも胸の奥に熱い物を感じながら、彼女の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「さて、いい加減次の話にうつりたいのですが?」
管理官の言葉がミライに突き刺さる。ミライにとって、ただでさえ鋭い管理官の目つきがより鋭くなっているように見えていた。
「あぁ! も、もう大丈夫です!」
「そうですか、では続けます――」
研修生時代に学んだことを簡単に復習し、マイルームやミッションについての説明を受ける。基本的な規則は研修生時代と変わらず、特に目新しいことなど何一つなかった。
「――はい、以上が規定文です。何か質問などありますか?」
「あの、PAフラグメントに詳しい人とか知りませんか?」
「と、言いますと?」
ミライは首から下げていた紫色のPAフラグメントを取り出す。管理官はそれを受け取ると、しばらく、物珍しそうに眺めていた。
「……なるほど。ではその道に精通している方をお呼びいたします。直接話した方があなたの為にもなるでしょう。マイルームにて待機していて下さい。何か用件があればこちらから連絡いたします」
そう言ってミライにPAフラグメントを返す。「わかりました」と一言告げると、ミライはテレポーターへと向かって行った。