敗者
暗い中、ぼんやりと辺りの光景が見える。生命の息吹は全く感じられず、毒々しいダーカー因子が水たまりのように広がっていた。かつて人が作ったであろう街並みは、すべからくダーカー因子に汚染され、捻じれ、崩れ、禍々しい雰囲気を醸し出していた。空に星空が広がることはなく、逆さになった巨大なビル群が垂れ下がっていた。
「やぁ、久しぶりだねぇ。巨躯」
半分だけ長く垂れ下がった水色の髪を書き上げ、若い男が近づいてくる。流暢な、どこか芝居がかった口調で、胸元を抑えている騎士へと話しかけた。
「敗者、何しに来た」
大きく削れた胸部の傷に、ダーカー因子が集まってきている。それは欠けた剣にも同様で、戦闘の傷を修復しようとしていた。
「おやおや、酷いじゃないか巨躯。折角、僕がこの場を用意してあげたというのに」
敗者と呼ばれた青髪の男は、学者肌でありながらも、服の下にはしっかりと鍛えられた肉体が備わっていた。巨躯は大きく息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。損傷していた胸部の傷はほとんどなくなり、それは剣の方も同様だった。
「それにしても、さっきの戦い。見させてもらったよ」
手を広げ、観客のいない役者のように話し出す。暗いその場に合わない、白い服を着た敗者は一人だけスポットライトを浴びているのかのようだった。
「いやぁ、流石の僕にも想定外だったよ。まさか君が押し負けるなんてねぇ。でももう一つ、想定外だったのが君だよ。巨躯」
修復を終えた鎧は煙のように消え、中から浅黒い肌を持った一人の男が姿を現す。両目とも赤く輝いており、同じ色の髪は後ろへと撫でつけられている。敗者とは対なす黒色のロングコートに顔をうずめており、そのコートの胸元には特徴的な赤色の装飾が施されていた。
「騎士道精神、とでもいうのかな。正々堂々猛き闘争を信念にしていた君が、何故逃げ惑う幼気な少女達を追い回していたのか。納得のいく解を、君は聞かせてくれるのかい?」
敗者は巨躯をジッと見つめる。だがすぐに踵を返した。
「やめよう。君にそんな事を聞くのは無粋だったね。僕は僕の力で君の式を解いてみせるさ」
無言のまま敗者の背中を見続ける巨躯に向かって、敗者は言葉を続けた。
「君があの少女に執着していた理由はいずれわかるとして、彼女は既にアークスなんだ。そこのところ、どういう事か君自身ちゃんと考えるといい」
言い終えると敗者は、文字通り消えた。一人残された巨躯は、狭い夜空を見上げていた。
赤と青、白と黒が織りなす空間で、ミライは目覚める。それらは別れ、合わさり、グルグルと渦巻き、それでいて整然としている。言葉では言い表せない混沌とした空間に、佇んでいた。
一滴の黒色が落ちついで赤色も落ちる。それはうねうねと形を変え、奇妙に蠢き、形作られようとしていた。一瞬だけ、黒き騎士の姿になる。だが、すぐさまそこに青と白の滴が垂れ落ち、再び形を変えていく。
粘土とも、スライムとも形容しがたいそれは、見えざる者の手でこねくり回される。全ての色が混ざり切る。動きを止めたそれは、ミライにとって良く知る者の姿かたちをしていた。
「お父さん!」
若々しくも深々と刻まれた皺に、彼女は懐かしさを覚える。いつの日か見た父の姿。思わず駆け寄ろうとする彼女の足を、何かが掴んでいた。
見たことがない黒い腕、それは指の一本一本に生き物の如く顔が付いている。ごつごつとした無機質なその腕は、ミライの足首をがっちりと掴み、動けなくしていた。
「ミライ、恐れることは無い。父さんと母さんがお前につけた名前の意味、忘れるな。お前は未来に生きている。何者にも囚われたりなんかしない」
彼はミライの胸元に、人差し指を突きつける。
「フォトンここにある」
その瞬間、映像は途切れた。
白を基調とした病室に、フォトンで形作られた花が飾られている。それは花瓶の形をした投影機の元、ゆっくりと回転し彩りを醸し出していた。
「やぁ、お目覚めかい?」
ベッドの側に座り、慮杖で端末をいじっていた男性が声をかけた。彼は特徴的な青色の髪で、半分だけ前髪を下まで垂らしている。彼は端末を閉じると立ち上がり、会座メタばかりのミライの頬にそっと触れた。
「君は実に運が良い。なんせあの巨躯と戦って生きて帰って来れたのだからね」
どことなく芝居がかったような口調で彼は言う。
「いや、運が悪かったともいえるね。修了任務でいきなりダークファルスと遭遇したんだ。生きて帰ってこられたのは不幸中の幸い、なのかな?」
ダークファルス。全宇宙の絶対適正存在、ダーカーを統べる親玉たち。アークスが存在するのも、ダークファルスを撃ち滅ぼすためにあった。
ミライは上半身を起こし、自分の手の平を見る。あの時の感覚が、あの時の衝撃が、まだここに残っている。
「あの、私あの時。必死で……。でもその時、全身のフォトンをソードに吸われているような、そんな感覚がしました」
男は、ふむと一言言うと、ミライの腕に小さなデバイスを取り付けた。
「今でこそ全身のフォトン量は戻りつつあるが、運び込まれた当初は生命の危機に瀕するほど少なかった。君の持っている武器は一般的に量産されている物で、別段変わった点などは無いはずだ。そうなると調べるべきは――」
「私が使ったかもしれないフォトンアーツ……」
そこまで言った時、ミライは徐に胸元のPAフラグメント――だった物の紐を掴んだ。
むき出しだった紫色の円盤部分は、黒色のカバーに覆われ、誰もが見たことがある形状へと変化している。よく見ようと、掴もうとした指がそれに触れた瞬間、それは紐だけを残し塵のように砕け散ってしまった。
白い病室の扉が開く。彩度が無かったその部屋に、フルーティーギフトを持ったカレンが入ってきた。
「ミライ、お見舞いに来まし――」
カレンは手にしていた物を落とす。物音によってカレンの存在に気づいた男は、ゆっくりと振り返った。
「ルーサー!」
「おやぁ? これはこれは、どちらさんかな?」
ぐらりと首を傾け、両手を広げる。カレンはその男に対し、激しい憎悪を滲み出していた。
「まぁ、いいや。君がなんであれ、僕には関係のない事だからね。それじゃ、おいとまさせてもらうよ」
ルーサーはカレンの事を意に介さず、病室の扉に手をかける。
「そうそう、君。もしあの力を制御したいのであれば、もっと大量のフォトンを扱う力が欲しいのであれば、僕のところに来るといい。僕なら君に力を授ける事ができる」
そう言うと彼は薄ら笑いを浮かべ、病室を出て行く。その様子を横目で睨みつけつつも、強く拳を握りしめていた。
「……あのー、カレンさん?」
カレンは大きく息を吐く。そしてニッコリと、誰にでもわかるような作り笑いを浮かべていた。
「大丈夫ですわ。それよりも私から一つアドバイスを差し上げます」
ベッドに手を付き、ミライに顔を近づける。
「ルーサーには近づくな、ですわ」