Emergency Call
広大な森林の中に二人は着地する。周囲に生物の気配は感じられず、森の中を巡る風が木々に声を与えていた。あの時の、ダーカーが出てきた時のような、張りつめた感じは全くない。どこまでも穏やかで、和やかな場所だった。
「ミライ、さん……そろそろ行きませんか? 嫌な予感がします……」
「嫌な予感?」
「は、はい。ダーカーの匂いがします」
晴れていた空は陰りを見せ、徐々に暗雲が天を覆いつくし始めている。雷雨になるのも時間の問題だろう。
「ダーカーの、匂い?」
「はい、腐ったフォトンの匂いと言うのか。とてもいやな匂いです……」
合わせてミライも鼻をひくつかせる。だが分かるのは、草木の青臭さだけだった。突然、二人に通信が入る。
『二人とも、確認されたザウーダンはしばらく先です。途中原生生物の反応も多数確認されています。くれぐれも油断しないように』
デバイスから周囲の地形を確認する。討伐対象の予想生息域はまだ北の方だった。二人は木々の茂る森の中を進みだす。枝が揺れ、何体ものウーダンが姿を現す。大きく体を揺らし、それらは二人の前に飛び降りてきた。
「レンちゃん、下がって」
背中のソードを抜き両手で構える。外見も挙動も、全て普通のウーダンと変わらない。ウーダンが腕を振りかぶり、ミライに向かって振り下ろす。自分の身体ほどもあるソードを盾に、攻撃を受け止める。
わずかに仰け反るが、すぐにソードを持ち直す。別のウーダンが勢いをつけ、強靭な腕を振り回す。再びソードを盾にしようとした時、ウーダンの中に向かって暖かなフォトンが集まってきているのを感じた。
盾にしていたソードに衝撃が走り、不快な匂いが立ち込める。足元には、ウーダンだったものが散らばっていた。
「どうして攻撃しなかったのですか?」
彼女が差し出した袖からは、これまでに感じたことがないほどのフォトンが感じられた。彼女の手の平に、炎の球が形成される。上から飛び掛かってきた三体ものウーダンを、一瞬にして焼き払った。
「あれは最早ダーカーです。殺してあげないとかわいそうです」
澄んだ瞳がミライを射抜く。ミライは目をギュッと閉じると、ソードをしまい彼女に背を向けた。
「そうね。もう、大丈夫」
冷たい滴が頬にあたる。降り始めた雨はこれから強くなってくるだろう。まだ流れが速くなっていない川の側を進む。所々転がっている大きな岩を飛び越え、着地と同時に小石を蹴り飛ばす。その音に反応し、木々の中から白色の大きな白い鳥が数匹、姿を現した。
低空を滑空し、ミライへと飛び掛かる。ソードを抜きながら、すれ違いざまに縦に切り裂く。勢いあまった剣先が、地面に突き刺さる。漏らした二匹の間を炎の球体が霞めていった。
『この先、確認されたザウーダンの生息域です。が、ダーカー因子の濃度も上がってきています。留意してください』
これまでのウーダンよりも一回り大きな、薄紫色のザウーダンが姿を現す。人の頭ほどの大きさがある浸食核が、ザウーダンの頭部に深く突き刺さっている。ミライは肩からタックルし、素早く切り上げた。
「浅い……」
切り上げの瞬間ザウーダンは上体をそらし、ダメージを最小限に抑える。飛び散った血液から、赤黒いフォトンが胞子のように浮かんでくる。暖かみのあるフォトンがザウーダンへと集まってくる。危険を感じ取ったミライとザウーダンは、その座標から急いで距離を置いた。何もない二人の間でフォトンの爆発が発生する。
広がる黒煙が拡散し、これまでとは違う風圧がミライを包み込む。手で顔を覆っているミライでもはっきりと感じ取れる、強力なダーカーの存在。吹き飛んで行った黒煙の中から、巨大な四脚を持つ、蜘蛛のような姿をしたダーカーが姿を現した。
『Emergency Call 緊急連絡! ダーク・ラグネの出現を確認。近辺のアークスは早急に討伐してください!』
雨は急に激しさを増し、近くで本物の雷が落ちる音が聞こえる。川の流れはいよいよ激しくなり、轟音を上げていた。
巨大な蜘蛛の足の一つが赤く染まり、見覚えのある薄紫色の腕が血溜まりの中に転がっている。ダーク・ラグネが頭を上げ、耳に刺さる咆哮を響かせると、小さなダーカー因子による雷が大量に発生した。ダーカーの感覚だけを頼りに走り回り、二人は黒い雷を避けきる。
黒い雷が止まると同時に、ミライは真っ向から切りかかる。全体重を乗せ、深々と切り込んだはずだったが、巨大な図体を前に与えられた傷は、ほんのかすり傷程度だった。
口の両側にある短い脚のような器官を振りかざし、赤黒い鎌鼬を大量に発生させる。飛んで来た鎌鼬を、ソードを使って受け止めた。溢れた鎌鼬が後方まで飛び、岩や木々を切断していく。レンは咄嗟にフォトンを操り、短距離のテレポートで鎌鼬を回避する。だが彼女の手の甲に、小さな切り傷ができていた。
ミライは腹の下に潜り込み、後ろ足に切りかかる。分厚い装甲に覆われたその足は、フォトンの刃を弾き返した。ダーク・ラグネのすぐ上で爆発が起こる。しかしその爆発は、豪雨と、頭の上にある板状の器官によって、ほとんど威力を殺されていた。
「ミライ、さん……コアは後頭部に」
ダーク・ラグネは大きく飛び上がり、レンに向かってのしかかる。ぶつかる瞬間のテレポートで回避し、彼女は厚手の服を脱ぎ捨てた。周囲は、これまで服によって押しとどめられていた、膨大なフォトンで溢れかえる。レンは両手でそれを操りダーク・ラグネの上に炎の塊を作り上げていく。
ミライはソードを真上に掲げる。あの時の感覚を思い出しながら、全身のフォトンと周囲のフォトンを支配下に置いて行く。集めたフォトンは全てソードに喰わせ、巨大な光刃を形成させていく。体のフォトンが急激に失われ朦朧とする意識の中、ダーク・ラグネに向かって振り下ろした。
その刃が振り下ろされるのと、炎の塊が落ちるのは、全く同じタイミングの事だった。ダーク・ラグネ後頭部のコアは、光刃と火球によって砕け散る。ミライはその場に倒れ込む。彼女が最後に見たのは、二つになったダーク・ラグネの体と、それを包み込む炎だった。
『敵性存在の排除を確認。帰還許可が下りました』
レンは脱ぎ捨てた服を羽織り、倒れたミライに触れる。
「全く、ルーキーのお守も大変」
まだ生きている事を確認するとミライを背負う。
『そう言わないで、これも今後のアークスの為よ。常に人手不足、と言って差し支えないのだから』
「一つ、頼まれてくれる?」
ミライを半分引きずりながら、出現したテレパイプに向かって歩いて行く。いつの間にか雨は殆ど止み、空を覆っていた黒雲から時々、陽の光が差し込んできている。
『何?』
「この子が目を覚ましたら伝えて欲しい。スーパーハードで待っている、って」
テレパイプの中に入ると、二人はキャンプシップの中に戻って行った。