崩れた前線を己の策と運と偶然が重なって帝国に勝利。ぼっちは出撃する機会を失ってひとりがっかり。
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城壁を築き上げたカルネ村は二度目となる危機を迎えていた。
皆は怯えているがそれでもなお抗おうと武器を手に取っている。
ここを攻めて来たのは王国の者だった。彼らが言うにはアインズ・ウール・ゴウンとの取引材料として使うから大人しく出てくれば命の保障はするらしいが村を救ってくれたあの方に恩を仇で返すわけには行かない。
城壁に上がる階段を上がろうとする震えながらも必死に私を守ろうと息巻いてくれたンフィーレアとアインズ様の笛で召喚されたゴブリン19匹のリーダーであるジュゲムが付いて来てくれる。
「俺達はいつでも行けますぜ姐さん」
「ジュゲムさん達には期待してますけど今はまだです。防衛戦で時をかけます」
「了解しました。アーグの所の奴らにも言っときます」
「お願い」
村に来たアーグ達14匹のゴブリンの元へ駆け出すジュゲムを見送って力強い表情で正面を向く。
上に上がるたびに弓や木で出来た盾を装備した村人の表情が視界に入ってくる。皆、想いは同じようで屈するまいと相手を睨みつけている。
城壁に上がりきるとンフィーレアにしゃがむ様に促される。壁より出ないように屈んである場所まで進んで行く。
「ブリタさん」
名を呼ばれた元冒険者である赤毛の女性が振り向く。その表情は他と違って恐怖の色がはっきりと出ていた。
「あんたら本当に戦う気なの?死んじゃうわよ」
「…そうかも知れませんね。でも、私達は捕まるわけには行きませんので」
「あー…そうですか」
少しでも降伏する事に期待していたらしく肩をがっくり落とす。
「少しでも時間を稼げれれば助かるかも」
「それ本当!?」
「…」
返事は出来なかった。これは希望でしかない。
もしかしたらアインズ・ウール・ゴウン様が助けに来てくれるかも知れない。
もしかしたらアルカード・ブラウニー様が救援に駆けつけてくれるかも知れない。
どちらも都合のよい希望でしかなかった。
「エ、エンリ!!」
突然大声を上げたンフィーレアへ驚いたまま顔を向けると彼も自分の声の大きさに驚いたようであった。
「ぼ、僕に出来る事があったら何でも言ってよ」
震えた声で告げられた言葉は不安が残るが彼の本気の眼を見ればそんな物は吹き飛んだ。
「だったら手を繋いでくれる?」
駄目だなぁ…見せちゃ駄目だと分かっていたのにそんな事言われちゃったら甘えちゃうじゃない。
怖い気持ちを必死に堪えてきたエンリの震えた手をンフィーレアはしっかりと握り締めた。
その二人の下である門の前には突撃準備を行なうジュゲムを中心としたゴブリン隊とぼっちの命令でエモット家とバレアレ家を守る為に防衛の構えを見せるロートルが待機していた。
槍を左手に、剣を右手に握り締めるロートルにネムとアーグが近付く。
「ねぇ、先生は何で戦うんじゃなくて私達を守るの?」
「ここの誰よりも強くて死なないんだからあんな奴ら蹴散らせるだろう」
二人の質問を背で受けるロートルは答えない。
確かにここにいる誰よりも強く正面に構える奴らに単騎で挑んでも勝てる可能性のほうが大きい。だが召喚者の命令は絶対。ロートルはただただ防衛に専念するだけだった。
「聞きなさい!!」
城壁上からエンリが正面に並ぶ王国兵士に叫ぶ。
ゴブリン23匹に村人50名ちょっとの人数に対して王国は第一王子であるバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフがボウロロープ候より借り受けた5000の兵士。戦えばどうなるかなど明らかだった。
「私達はあなた達になんかに屈服しない」
エンリは一緒に立ち上がったンフィーレアの手をぎゅっと握る。
この宣言は戦いを意味している。それを聞いたバルブロは歪んだ笑みを浮かべて右手を軽く上げる。兵士達は彼の手が振り下ろされると同時に駆け出す準備をする。
「はぁ…」
マイン・チェルシーは荷台で大きなため息を付いた。
本来なら師匠であるアルカードと共にカッツェ平野を駆ける予定だったのだが向かう途中にカルネ村に向かう大部隊を発見して引き返してきたのだ。
「ため息なんて柄じゃないな」
荷台を引いていた馬に跨ったレイル・ロックベルがいつものめんどくさそうな表情のまま口を開いた。
マインは苦笑いをして振り向く。
「胸騒ぎがして駆けつけたのは良いとしてもアレじゃあね」
カルネ村の前に陣形を整えている5000もの兵士。確かに自分の強くなったがアレだけの敵を相手に出来るほど人の枠からはみ出してはいない。行った所で死ぬのは確実だ。
「じゃあ、とっとと鬼の店主様の所に行くか?」
答えられない。だからと言って見捨てる事なんて出来る訳もなかった。取るべき行動はひとつだけ。
「ねぇ、レイル。ボクは死ぬかな?」
「ああ、死ぬだろうな」
「だよね…はぁ~」
再びため息を付いたマインは馬から降りて荷台へと上がって来たレイルに後ろから蹴り落とされた。顔面から地面に激突したマインは顔を擦りながら蹴りを入れてきた張本人を睨みつける。
「行くならぐじぐじ考えずに行って来い。どうせ行くんなら格好つけろ」
「レイル…うん、行って来る!」
馬に跨らずそのまま駆け出したマインの手に握られた剣を見つめる。
「死ぬんじゃねぇぞ」
男でありながら女を戦いに行かせる自分に嫌気を感じながらただ祈る。彼女の無事だけを…
バルブロが前進の合図を送ると同時に兵士達が掛け声を上げつつカルネ村へと突き進む。城壁より弓を構えて射程に入るのを待つ中、砂煙を立てながら駆けて来る人物がいる事に気付いた。その者は立ち止まる事無く先頭をかけていた兵士に斬りかかった。黄金色に輝く剣は紙を切るように兵士を切り裂いた。驚いた後続の兵士が立ち止まると前進をしていた全員が立ち止まった。
カルネ村を守るように背を向けて立ち止まったマインは笑みを浮かべながら王国兵士へ向き直る。
「悪いね……ここは通行止めだ」
その一言に唖然となる。
たった一人の人間が5000もの兵士に向けて発する言葉ではない。
突如の乱入には驚いたがマインの事を知らないバルブロは再び前進するように指示を出した。
掛け声を上げながら突き進む兵士にマインも正面より突っ込む。
跳び、転び、駆け抜け、潜り、しゃがみなどあらゆる動きをしながら攻撃を受けずに次々と敵を切り払って行く。
死者が数人が数十人へと変わった段階で只者じゃないと判断したバルブロは後ろに下がる。
軽戦士(フェンサー)、戦士(ファイター)、ソードダンサー、剣聖などを得たマインのレベルは29まで上がっており並みの兵士では止める事等出来ないだろう。一対一で出来るのなら王国ではガゼフとブレインしか居ないだろう。
「止めてマイン!!そのままじゃあ貴方が死んでしまう!!」
城壁より涙目のエンリが叫んでいる。
いつも心配してロートル先生模擬戦するといつも叱られたね。昔から面倒見が良くて本当のお姉さんのようだった。近くに居るだけで温かい…そんな人がそんな悲しそうな顔したらボクまで悲しくなるじゃないですか。
隣に居るンフィーレア君は頼りなさげだけどエンリの事になったら命を張れる漢だって知ってるよ。今のエンリには一番必要な人だ。
門前でネムが何か言っている。村に住んでいた時は忙しい時を除いて良く遊んだっけ。あんな小さな子を泣かせるようじゃ駄目だよね。
ニッコリと笑みをカルネ村に向けるとアイテムボックスよりアルカードより頂いた刀を取り出す。黄金の剣と日本刀が交差する。
「エクスカリバー!菊一文字!一緒に行くよ!!」
走る速度と武器を振るう速度が上がる。瞬時に5,6名が切り捨てられる。
兵士達が化け物と呟き後退を開始する。ただひとり戦場で喚く者が居た。
「相手はたかが一人だぞ!!何をしているか!!逃げずに戦え!!」
豪華な装飾品が施された鎧を身に纏った男。戦場を知らなさそうな場違いな男へと駆け抜ける。
人間は弱い種族だ。
バジリスコのように特殊能力もなければオーガのような怪力も持たず、リザードマンのようにステータスが優れている訳でも吸血鬼のような回復速度もアンデットなどの無限とも呼べる持久力を持っている訳でも無い。
ちょっとした傷が致命傷となり、急所と呼ばれる弱点は一つ二つではない。激しく動けば疲れるし、思考能力だって低下する。寿命は短く、傷を瞬時に治す事など不可能。
英雄級の力を持っていたって所詮は女の子。ガゼフ・ストロノーフとの試合に負けたように体力は常人よりは勝るがレベルほどある訳ではない。速度が落ちて、剣の振りが鈍る。敵の指揮官はそこを見逃さなかった。
「槍兵構え!!」
バルブロの隣に居た武官が叫ぶと彼らを守るように槍を持った兵士が構える。
突き出された無数の槍の前で足が一瞬止まった。それを狙ったかのようにひとりに対して100人が矢を放つ。避ける事は無可能と判断して剣と刀で叩き落す。反応速度は人間では最速だろうが絶え間なく撃ち続けられる矢を防ぐには至らない。頬を掠め、足の皮膚を切り裂き、肩に突き刺さる。
矢が止むと同時に疲労と痛みから膝をついてしまう。
「諦めろ。貴様一人で何が出来る?」
自分がこうなった事で余裕を見せたバルブロが槍兵のすぐ後ろまで馬を進めた。
後ろでは自分を助けようとゴブリン達や村人が門より跳びだそうとしていた。
血が出るほど歯を食い縛る。
今彼らが出てきたら不利な野戦を行なってしまう。数に押されて皆殺しにされてしまう。それだけは…
マインは駆け出した。槍が向けられていようが関係なかった。走り出しながらチラッとレイルが居る方向を見た。
そんな悲しそうな顔しないでよ。いつもみたいにめんどくささ全開の表情のほうが君らしいんだから。
跳んだ。槍兵を跳び越すような勢いで跳んだマインに合わせるように槍が上方に向けられる。
「ガハァ!!」
腹に、腕に、足に槍が突き刺さり、痛みと血が込み上げ吐血した。何とか頭と心臓は避けたがもう助からない。ならば最後にあの歪んだ笑みを浮かべる男に一矢報いてやろうと嗤う。
「は…はは…ははは、残念だったな。その腕は認めるがただの阿呆だな」
「クハハ、阿呆は貴方ですよ…」
二人の視線の間に槍の先が降って来た。
身体に槍が刺さる瞬間に斬り飛ばした物だった。まだ動く左手を動かして槍先を打ち飛ばす。
「ぎゃあああああ!!」
打ち出された槍先はバルブロの腹部に突き刺さり馬上より転げ落ちる。槍を持った兵士達が慌てて駆け寄った為に槍ごとマインは地面に転がった。
草原の一部が流れ出たマインの血で赤く染まっていった…