レイナース・ロックブルズは取り付けられている椅子に腰掛けて、身体を支える為に天井から伸びた輪を掴んで周りを見渡した。
彼女は今とある乗り物に乗っている。外見は木箱といった方があっているだろう。高さ2.5メートル、人が横に5人、前後に12人並べれるほどの長方形の木箱。出入り口は後方の両開きのドアのみで横に両方で10、前方には二つの大きめの窓が取り付けられ外がよく見えるようになっている。この木箱の中には真ん中を開けて横4列、前後に10列と40人の兵士が乗っている。人がひとり入れる個室が四隅にあって、そこには魔法詠唱者が椅子に座って待機している。狭くは無いがずっと人の視線を感じるここより個室の方がいい気もするが決してあの個室に入ろうと思わなかった。あの個室は外に向かって杖を振りやすいように外側が腰ほどの高さしかない柵なのだ。風は入って来て寒いわ、自分達が居る高さを嫌でも認識するわで気が滅入る一方である。
この三日間新たな訓練を積んだアルカード領の精鋭を顔色を窺うが興奮しているか青ざめているかのどちらかだった。平静そうなのは四隅で高所の経験のある魔法詠唱者と壊れた笑みを浮かべっぱなしのクレマンティーヌの部下のみだ。
「降下六分前!」
前方の窓から攻略目標である『城』と呼ばれる砦を見つめる魔法衛所者が叫ぶ。レイナースは魔法詠唱者でもなければ見ることの出来ない高度より見れば見るほど砦としていかに完成されているかが理解できる。錆びてしまっているが直せば王国軍どころか帝国の兵士全軍を相手取っても食料さえ何とかできれば年単位で守り抜ける。
「まぁ、アルカード伯相手では何の障害でもないが」
思った事をボソッと呟いて言われてた準備を始める。何が何だか解らないが薄い円盤は再生機とかいう置物に挿入する。後はメモ通りにボタンを押して行くと外部へ付けた『すぴーかー』なる物に繋がって、音が外に響くようになっているらしい。魔法ならまだ理解も出来るかも知れないがまったく原理が解らない。多分これらも伝説級のお宝のひとつなのだろう。それを手で触っていると思うと緊張するが、流れ始めた音楽で薄れて高揚感が高まってくる。操作の仕方を一通り教えてもらった時に聞いた音楽なのだが壮大で気分が高まる曲。確かタイトルは戦乙女の騎行だったか…この戦が終わったら大演奏を生で聞いてみたいものだ。
「一番機、行くぞ!」
「おう!」
「行くぞ!」
「おう!」
「立てぇい!」
勢いよく大声で声をかけて、威勢よく返事をした兵士は指示されたまま立ち上がる。両腰に下げた剣に背負った小さなリュック、懐に仕込んだ投げナイフを確認する。装備品を忘れたなんて洒落にも笑い話にもならない。
「一番機ティマイオス。コース良し、コース良し、よーい、よーい、よーい、降下!降下!降下!」
最後尾の四人が両扉のドアを開けてひらっきぱなしになるように固定する。鳥が飛ぶような高度からの眺めに足が竦みそうになるがそういう訳にはいかない。
今乗っている木箱が空高く移動しているのは魔法の力なんかではない。四日前にいきなり連れて来たフロスト・ドラゴンに掴まれて運ばれているのだ。本当に敵に回したくないと言うか出鱈目というか…。
二番機クリティウス、三番機ヘルモスも後部の扉を降下準備に入った。最後尾の兵士が覚悟を決めて跳び下りる。続いて次の列が降下体勢をとって間を開けてから跳び下りる。
アルカード伯が四日前に指示した訓練は高所よりの跳び下り訓練だった。文字通り高所から飛び降りるだけの訓練だ。ただそのまま跳び下りたら死亡もしくは大怪我をするから着地前に魔法詠唱者が《フライ》の魔法をかけるのだ。これにより安全に着地できる。ただタイミングが早すぎるのは良いのだが遅すぎれば間に合わず地面に降下速度のまま激突してしまう。
魔法詠唱者は元々領内で確認されて居た者ではなく、他の領から来た者や村々から才能を見抜かれた者達だ。《戦乙女》や《王国最強の魔法詠唱者》などいろんな呼び名を持ってしまったアルシェ・イーブ・リイル・フルトに弟子入りしようと魔法詠唱者が集まったのだ。ただ彼女はアルカード伯の使用人であり、教鞭をとった事などない為に断ろうとしていたらしいのだが伯が「いいんじゃないか」と軽い一言で魔術師組合長テオ・ラケシルの力を借りて魔法学校を創ったのだ。それに伴って村々を周って素質のある者を見つけて授業料無料で学校に行くように進めている。ちなみに一般の学校…寺小屋と呼んでいる簡単な計算や文字の読み書きを教える程度のところも無料で行なっている。
にしてもどうやってひと目見るだけで才能の有無を見分けているのだろう。
そんな事を考えている間に自分の番が来て訓練どおり跳び下りる。全身で風を受けながらどんどんと高度が下がっていく2メートル地点まで接近すると《フライ》の魔法がかけられる。速度がゼロになり、魔法が解除されると2メートルの地点から降り立つ。着地した頃にはすでに先に降下した兵士が着地地点を確保しており将軍の命令を待っていた。
「さぁ、食い破れ!全軍攻撃開始せよ!!」
大声を上げて突撃する。外部から侵入は不可能に近い砦内部に降下した部隊によって混乱に落とされる。特にクレマンティーヌのバスカヴィルの動きにより内部大半が崩壊した。
城門で指揮をしていた私兵隊長は倒れそうになる身体に懸命に支える。太陽を背にして接近したフロスト・ドラゴンに恐怖し、空からの降下と言う今までになかった戦術で内部は大混乱。指揮系統すら届かなくなり、何より自身が戦意喪失しかけているのだ。
こんな冗談の集大成みたいな戦場があってたまるか。
「おぉ…神よ…」
近くで両膝をついて空に向かって祈る奴を見て自身を奮い立たせる。祈るにはまだ早いと!フロスト・ドラゴンは確かに脅威だが奴らは上空を飛ぶだけで攻撃はしてこない。そして降下した奴らは見た感じでは100人から150人程度。これならば王国軍より少ないといえどこちらの兵士で対処出来ない数ではない。あとは王国軍を内部の迷路に誘い込んで攻撃する事を諦めて城門を固く閉ざせば問題はない。門を貫いた矢は脅威だがあれ以来一発も撃って来ないところを見ると一発限りだったのだろう。ならば勝てると己に言い聞かせて大口を開ける。
「おちつけぇえええ!!中に入った兵は少数。ドラゴンは攻撃してこない。冷静に対処すれば負けはしないのだ!!」
声を聞いた兵士が震えながらもそうかそうだなとなんとなしに納得しつつ立ち上がる。
「勝てる!俺達は勝つんだ!!門さえ、門さえ破られなければ勝てるんだ!!」
立ち上がった兵士を震えた状態から戦えるように震えたたせる。恐怖を振り払おうと声を振り絞ってあげる。ひとつだけ違う叫びと共に。
「ギガント―――シュラーク!!」
衝撃を身体で感じてそっと門を確認しに見下ろすと門前に大きなハンマーを持ったアルカード伯が…。
部隊が降下するのを確認してから最後の試作武器であるハンマーを手にした。
「轟天爆砕!」
唱えると同時に巨大化の魔法をかけられハンマーの先が人サイズまで巨大化する。横へ振るように構えて足を踏ん張る。
「ギガント―――シュラーク!!」
ハンマーにも《ファイヤーボール》を三つ施してあり、門にぶつけた瞬間に大爆発を起こして門が吹き飛んだ。パラパラと破片が落ちる中、門前に居た兵士達が唖然として固まっていた。その様子に何か悪い事してしまったかなと思っていると、上から視線を感じて見上げると門の上でなにやら叫んでいた男と目が合った。
「アルカード様。王国軍が前進を開始したようです」
報告通り、待機していた兵士達がこちらに向かって駆けていた。門を破った事で突入命令が下されたのだろう。好きに暴れたし、もう後は成り行きを見守ろうか。
「ああああ、アルカード伯爵閣下!!」
立ち去ろうと踵を返そうとすると妙な呼称付きで呼び止められた。だれが閣下だ?振り向いた先では門を守っていたであろう兵士が地面で頭を擦って土下座をしていた。
「どうか命だけは助けて頂けないでしょうか!!私達はただ雇われただけなのです。何でも…何でも致しますんで命だけは!!」
別に抵抗さえしなかったら命まで取ろうとは思ってないのだが、まぁいう事聞くのならそれはそれで良いか。
「では、今回の戦の首謀者を…」
「ハッ!引き渡します!!」
「え?あ、はい」
「てめぇら!アルカード伯が慈悲を与えてくださった!生き残りたくば俺達をこの戦争に参加させた貴族共を引き摺り出せぇえええ!!」
「「「「おおおおおおお!!」」」」
連れて来て欲しいと言うつもりだったのだが、皆血眼となり自分の雇い主を差し出そうと城中を探し回り、『城』に立て篭もっていた貴族達は文字通り引き摺り出された。
今年最後の投稿となりました。
今年も読んで頂き感謝、感謝です。また来年もどうぞよろしくお願いいたします。
次回は1月3日となります。では、良いお年を。