ぼっちは夕食後に皆をこの旅館の目玉である温泉に誘った。ガゼフとブレイン、イノは姿が見えず、村長のコルは酔いが回って熟睡中。ゆえにぼっちと共にいるのはペテルにダイン、ルクルットにクライム、そしてレイルとジェイルなど男性陣では若手ばかりであった。
勿論女性陣とは別々だ。ナーベラル…ナーベとソリュシャンお嬢様が付いて来ようとしたが皆に気付かれる前に追い返した。
「うおっ、凄ぇな」
脱衣所で着替えているとルクルットがマジマジと見つめてきた。誰かに身体を見られて鍛えられた肉体みたいな事で騒がれると本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。肉体設定で作った物で別段意味は無いんです。にしてもジェイル以外は騎士だったり冒険者だったりするからかなり鍛えてある。ガゼフやイノの爺さんほどじゃないが。
「かなり鍛えられているんですね」
「あの吸血鬼とも渡り合ったのも納得なのである」
「俺ももっと鍛えたほうが良いのかな?そのほうがナーベちゃんも…むむむ」
「皆さんもかなり鍛えているじゃないですか」
罪悪感から返事が適当になってしまった。端ではジェイルにクライム、レイルも鍛えたほうがと唸っているが君たちは今のままで良いと思うのだが。特にクライムは小柄な面を生かして小回りが利いた方が戦い易いと思う。それとルクルット。鍛えても向こうに気がないから早々に諦めたほうが懸命だと伝えたほうが良いかい?
軽く話しながら腰にタオル一枚巻いただけの姿(仮面は装備が普通)で浴場へと向かう。途中「俺がいっちば~ん」とルクルットが浴場へ駆けて行った。床はヒノキお場所もあるが大半はタイルの為に水で揺れていれば滑って危ない。ここは注意をしなければと口を開く。
「走ると危な―」
「ぎゃああああああああ!?」
注意は叫び声で掻き消されて皆がこけたんだろうと思い込んで浴場に足を踏み入れると頭から足先まで水浸しでガタガタと震えている姿が。え?一体何があったのこれ?
どうやら一番手前にあった水風呂に飛び込んだようだった。今はペテルとダインに囲まれて身体を洗っている。壁にマナー一覧を張り出しており、中に風呂に入る前に身体を洗う事と書き記したが水風呂に飛び込んで身体を冷やしてそのまま洗わせるって温まってからでもよくないかい?さすがに風邪をひきそうなんだが。湯に浸かるのが駄目ならサウナ室へとも考えたのだが…
『ハ、ハゲザルにしては…中々じゃのう』
『種族の差があるとは言ってもさすがに老体にはきついだろう』
『まだまだ!小僧どもに負けるような鍛え方はしておらぬわ!』
『余裕かましているとこ悪いがガゼフもそろそろ限界なんじゃねぇか…汗で顔がびちょびちょだぜ……』
『そういうブレインこそ身体が揺れているぞ』
いくら風邪を引きそうでもあんな暑苦しい我慢大会の中に放り込んだほうが可哀相だ。
「これぐらいの力加減で宜しいでしょうか?」
「・・・ん。ちょうど良いよ」
身体を洗うに当たってぼっちはクライムに背を洗ってもらっていた。養子とはいえ親子になったのだから少しはそれらしい事をしてもいいだろうとぼっちが言い出したのだ。最初は途惑っていたクライムだが受け入れて洗いっこを行なったのだ。言いだしっぺの法則でぼっちが先に洗い、今はクライムが洗う番となっている。
「背中大きいですね」
「まぁ…ね」
「父親がいたらこんな感じなんですかね」
しんみりとした一言でふと寂しく感じる。両親を知らず、居らずで過ごしていたクライムの想いが込められた言葉は妙に重かった。言葉と同時に背を洗っていた手が止まってしまっていた。
「今は私が居る」
「………はい!」
顔は見ないようにしたが反応から喜んでいるのが分かる。さすがにスキルを使うほどではないし、そのまま背を洗い終えるまでただただ前を見つめていた。
「そういえばここってどの風呂が一番の売りなん?」
背を洗われている最中に隣に腰掛けていたレイルが声をかけてきた。同じく腰にタオルを巻いただけの格好なのだがどこに目を向けるべきか困るんだが。同じ男なのだが見た目が女の子っぽい事もあってドキドキする。これはぼっちだけではなく他の男性陣もである。
「どれがといってもどれもと答えるべきなのだろうが、私は外の露天風呂かな」
「そっか。なら最初に行って見るか」
この温泉旅館には幾つかのお風呂が用意・再現している。まずはメインの肩まで浸かれる大きなお風呂に寝転べる寝湯、熱めの湯が好みの人用の高温風呂にサウナ跡に利用される事を想定した水風呂(ルクルットが飛び込んだやつ)、ガゼフ達が我慢大会を開催しているサウナ室などを用意した。他には魔法の力を利用して作った電気風呂やジェットバスなどを再現してある。少し遊びになるのだがプールのように水流を作り、流れるお風呂なんてのもある。そんな中、話を聞いていた皆が一番に向かったのはこの温泉旅館の目玉である露天風呂だった。
温泉旅館の裏手を全面露天風呂へとしたこの温泉旅館のみならず、王国や帝国など大陸で最大級のお風呂となっている。そもそもこの世界には日本やローマほどの風呂文化は無い。そもそもお風呂に入る事の叶わぬ者が多いわけだが。露天風呂からは満天の夜空を満喫出来、周りの目は気にする必要はまったくないのだ。ホテル上階から見えるだろうと思われるかもしれないがアルシェにより不可視化の防壁魔法を使用させている為にホテルからは見えない。外部からとなる20センチの鉄板を竹で連ねた板により隠されている。上空をフライで飛ぶものならフロスト・ドラゴンもしくはアルシェとの航空戦を覚悟をしなければならないだろう。
サウナ室から出てきたガゼフ達も誘って露天風呂へ向かう。時間も時間で星星が至る所で輝く夜空を眺めることが出来た。それを眺めつつ温泉に浸かる。ここでお酒を飲んでもいいなぁと思いつつ、サービスとして追加しようと頭の中に留めておく事にする。
っと、壁に張り付いて隙間に視線を注ぐ男がひとり。覗こうと必死なルクルットに慌てる事無く告げる。
「中には鉄板が仕込んでますから覗き穴を期待しないほうが宜しいですよ」
「なんと!?」
本当に悔しそうに言った彼に残念さと呆れた表情が集中する。クライムに限っては怒っている。勿論ラナーが向こう側にいるからに他ならないが。もしこれでツアレが向こうにいてセバスがこちらにいたらルクルットの命はなかっただろう。二人は執事とメイドと言う事で先にお部屋の準備やあがった時の用意を行なっているそうだ。
「駄目ですよ!向こうには女王陛下もいるんですから」
「そうである。極刑もありえるのである」
ペテルとダインの注意を受けながら何か手は無いかと悩んでいるようだが気にせずに他のメンバーは湯に浸かって温泉を満喫していた。
「覗き穴が無いんだったら登ればいいじゃないか」
「それだ!!」
ルクルットにとって悪魔の囁きなのか希望を灯されたというべきか分からないがブレインの発言に目を輝かせた。ブレインも悪戯っぽく笑いながら手首を軽く回している。ヤル気十分なのだろう。
「さぁて、行きますか!」
「駄目ですよ!何を考えているんですか!?」
本当に登ろうとしたブレインをクライムが必死に止める。正論を陳べて止めようとするが暴論なのか本能というのか何とも言えない理屈を言いながら登ろうとする。
『男湯騒がしいですねぇ』
反対側の女性陣側の露天風呂より声が響く。ガゼフが頭を抱えるほどブレインと大声で止めようと必死なクライムの声が聞こえていたのだろう。声を聞いたレイルが顔を上げた。
「そっか。向こうにはマインがいるのか…」
「ミュランも…」
急に立ち上がったジェイルとレイルは二人掛りで登りかけたルクルットに抱きついてでも止めようとする。それを眺めながら手足をゆったりと伸ばす。変身型スライムとしての物理的にではない。
「いい湯だなぁ」
ぼそっと呟きながら夜空を眺める。後でああいう覗き行為防止を考えるとして今は温泉を満喫する事にするのであった。