声が出なかった。
頭上で輝く星星を宝石のようにちりばめた夜空と今まで目にした事の無い大きなお風呂に吐息が漏れるばかりだった。竹を連ねた壁に所々に配置された岩や置物が風情を感じさせる。
声は出ないが自然と吐息が漏れ、それぞれが想いを抱いてこの景色を眺めていた。その中で露天風呂に肩まで浸かる者がひとり。一度は命を狙われ、二度目は共闘して敵と戦ったが出会いが出会いなだけに出来れば関わりたくない人物。クレマンティーヌがニタリと笑みを浮かべ軽く挙げて軽い挨拶をしてきた。
「貴方も来ていたんですね」
「来ていたというよりはずっと居たけど。マインちゃんのせいでずっと休んでからねぇ」
「ボクのせいって手合わせに誘ったのは貴方じゃないですか」
「そうなんだけどさぁ。まさか袈裟斬りにされるとは思わなかったけど」
「いやいやいや、スティレットを何本も刺して言う事ではないですよね」
「ん~、三本ぐらい刺したっけ?」
「11本です」
驚愕する内容の話を聞きながら身体を見つめる。タオルで隠してあるものの傷跡らしきものは一切見られない。察するにアルカード伯のアイテムを使用したのだと理解する。例え蘇生する事が出来るアイテムを持っていると言われても何の疑いも無く信じるだろう。
蒼の薔薇に女王様など豪華な面子に囲まれながら湯に浸かる。少し熱いぐらいなのだが不思議と気持ち良い位だ。ゆったりと手足を伸ばしながら夜空と温泉を楽しむなんてアルカード伯やモモンさんと出会う前では想像もつかなかっただろう。……ただティナからがっかりしたような視線とティアから嬉しそうな視線を受けているのが分からない。対象は私以外にマインさんもだけど。
「…にしてもおっきいね」
「確かに大きなお風呂ですよね。手足をうんと伸ばせるなんて」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
隣でふやけたような顔で浸かっていたモミが立ち上がりラキュースに近寄る。急にどうしたのかと首を傾げていると背後に周られ抱き締められる。余計に意味が分からず困惑していると…。
「胸がっていう話」
「ちょっ!?や、やめ…んぁ」
後ろからモミに胸部を揉まれて声を漏らすラキュースに対して嬉しそうに眺めるティアにネムの目をそっとふさぐエンリと多種多様の反応を見せていた。唯一助ける為に行動したのはガガーランだけだった。頭を捕まれ話されたモミはにへらにへらと笑っていた。
「まったく何してんだか…」
「すまぬぇ」
「全然反省してねぇぞコイツ」
「マジで何してんだが」
ニニャは渇いた笑いを浮かべながら自身の胸へと視線を向ける。ラキュースさんやラナー女王、クレマンティーヌに比べたら小さいものである。男装するには良いのだが女性としては思うところがある。ミュランさんも興味なさげに呟いてはいたが自分の胸とラキュースさんの胸をチラチラと見比べていた。他には仮面で顔は分からないがイビルアイさんもなのだろう。
「気にしない。気にしない。貧乳はステータスだ希少価値だぁって誰か言ってたし」
「誰ですかそれを言ったのは?」
「こなた。言ってみたけど言ったところで誰も知らないだろうけど。他には大きい胸には包まれたい。小さな胸は包みたいととある神獣…どちらかと言うと珍獣が言ってたし」
そんな話をしていると男湯のほうから騒がしい声が聞こえてきた。笑いながらマインが『男湯騒がしいですねぇ』と大声で告げるがそのまま騒がしいままだった。あっちでは何をしているのだろうか?
皆は騒がしい男湯に注意がいっていたがナーベさんとソリュシャンさんは澄ました表情で温泉を満喫していた。ラナー女王も綺麗だがおの二人はキレイ過ぎて別格過ぎる。ますで美しくなるように作られた人形のように感じた。
「どうせ誰かが覗きをしようとしてんじゃないの?」
「覗きってそんな命知らず居るの?」
「確実にガガーランに殺されるよ」
「本当に。青い血の流れるガガーランに」
「どうしてお前らは化け物みたく扱うんだ!!」
こちらも騒がしくしていると男湯と女湯の間に立てられている竹の壁にクレマンティーヌに肩車して貰っているモミが…。
「よーし、発進!」
「何処へ行く気ですか!?」
「そりゃあ、決まってるでしょ」
「良い顔していう事じゃないですよね!!」
「…良いと思う」
「ティアまでなにしてんのよ!」
ガガーランに肩車してもらったティアはモミと拳を軽く当てる。あの二人は覗きに行く気なのだろう。さすがに不味い。
「止めたほうが良いと思いますよ。少しは冷静に…」
「向こうにはアルカード伯が居るよん♪」
「ふぇ///そ、それは…えと…ってナーベさんもソ、ソリュシャンさんもヤル気満々ですか!?」
なんだかんだ言ってる間に大半の女性陣が参加する事に。ただ幼いネムさんにエンリさん、ティナは特に興味なしという感じでいる。エンリさんはンフィさんが居れば少しは話が変わってくるのかも知れないが、ンフィさんは中庭に生えていた珍しい花が気になって仲居さんに聞きに行っているから男湯にはいない。
「まったく!!」
「クスタフッ!?」
突如クレマンティーヌの肩の上からモミが消えた。いや、蹴り飛ばされた。蹴ったのは壁を走って高さを合わせたマイン・チェルシーだった。転がったモミに笑みを浮かべて近付いて行く。
「師匠がモミさんが暴走するような事があれば止めてくれって言ったのはこういう事なのですね」
「ちょ、ちょっとマインちゃん。落ち着こうか。ジョーク!ドッキリ!そういう類だから」
「二重の極み!!」
「ゴンドワナッ!?」
目で何をしたかは理解できなかったが吹っ飛んだモミさんの衝撃からかなりの威力を持った打撃技だと認識した。視線をモミからこちらに向け、にっこりと笑う。
「覗きをする人はいらっしゃいますか?」
頷く者など居らず、静かに温泉を楽しむ事にする。