骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第167話 「吸血鬼狩り」

 アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の一員であるイビルアイは目の前の光景に絶句していた。

 

 中級吸血鬼二体に下級吸血鬼200以上、吸血鬼の狼10頭に食屍鬼400もの王国兵士五個大隊以上に匹敵する吸血鬼を主力とした群れに最高潮時の夜に挑むという事実には絶句するのは当たり前だろう。それは『国堕とし』と過去に呼ばれた250年以上を生きた吸血鬼のイビルアイであっても例外ではなかった。しかもカーミラは中級吸血鬼と侮っているが二体のうち一人はあのマイエル=リンクだ。落ち着いた雰囲気に見惚れるほどの美貌。腕は吸血鬼内でもかなりのものだが決して人を襲う事のないと別の意味で有名になっている男。

 

 が、今絶句している理由は吸血鬼の群れに対してではない。むしろ味方に対してである。

 

 今まで聞いた事のないような轟音がそこら中に響き渡るごとに地獄が広がっている。最悪最強の吸血鬼と目されるカーミラ・ホニョペニョコの持つ鉄の塊から何かが放たれるたびに、射線上の者が爆炎と共に消滅している。相手が食屍鬼だと成人した人の頭が入るほどの大穴を空けつつ貫通して行き10体ばかりを巻き込む爆発を起こしている。

 

 「はぁ…手応えがないな」

 

 それはそうだろうと納得してしまう。こんなのは戦いではなく一方的な殺戮だ。両手に持っているそれぞれで威力が違うらしいが弱い方でも直撃した頭部は弾け、中身をあたりに散らばらせていた。その血肉散らばる彼女の狩場にモモンさんが踏み込む。どうやらあの武器は攻撃回数が決まっているらしく、回復させるまで少し時間がかかるらしい。ゆえにモモンさんが前へと突き進み隙を逃すまいと飛び出してくる敵を一振りで切り払う。

 

 「さすがはモモンさ――ん。見事な一撃です」

 「やはりぼ――カーミラ様の戦う姿には惚れ惚れしてしまうでありんす」

 

 すでに『美姫』ナーベとシャルティア・ブラッドフォールンはイビルアイと同じく少し離れた位置より眺めていた。瞳には崇拝に近い感情が込められていたのは言うまでもないだろう。私も何も考える事がなければそういう風に見る事もあっただろうが、モモンさんと並んで戦っているカーミラが敵だという事を考えると手が震える。突然あの鉄の塊を向けられたら私に何が出来るのだ?

 

 何も出来なくあいつらのように消滅する。

 

 モモンさんの実力を疑う訳ではないが原理も解らない攻撃に対処できるのかと疑問を浮かべる。

 

 600以上居た敵はすでに10体ほどまでに減らされ、残っている戦力は正直中級吸血鬼のみだ。表情には冷や汗を掻いている事から彼らにとっても二人は常識はずれに映っていると理解できる。

 

 「何故だ!何故夜の貴族たる我々がこうも追い詰められているのだ!!」

 

 貴族らしい格好をした中級吸血鬼のひとりが喚きだした。対する二人は呆れを含んだため息とくつくつと嗤うことで返した。苛立ちを募らせたやつらは吠えるように叫ぶ。

 

 「貴様!貴様には吸血鬼としての誇りはないのか!!何ゆえ家畜同然の人間に付く。何故同胞である我らに敵対する。どうして……どうして!?」

 「特に理由は無いが?」

 

 小首を傾げながら疑問系で答えられた言葉に吸血鬼は返す言葉を失った。そうだ。あのカーミラとシャルティアにとってはこれは遊びなのだ。モモンさんは王国の人々を守るという大義名分があるが彼女たちは違う。蟻の群れを見て残酷にも潰して楽しむ子供のように遊んでいるだけだ。道理も道徳も関係ない。ただやりたいからやるだけ。それだけだ。

 

 イビルアイはこの光景を他の蒼の薔薇のメンバーが目にすることがなくてほっとしている。ラキュースは狙われている事もあって王国で待機している。近くには蒼の薔薇だけでなく、アダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』も護衛についている。もし私達が撃ち漏らした敵が王都へ接近した際の防衛にも当たる予定だったがこれでは意味はなかったな。

 

 「さて、そろそろ終いにずるか」

 「存外に退屈だった。せめて散り際で興じさせてくれない?」

 「―ッ!?行け!少しでも時間を稼げ!!」

 「はぁ…つまらぬ」

 

 残った食屍鬼八体がのろのろと指示通り動くが逃げる時間など与えない。瞬く間に撃ち抜かれ、斬り捨てられる。時間稼ぎにもなりはしなかった。それどころか威力の低いほうで一体の吸血鬼の左足を撃ち抜いていた。喚いていた吸血鬼は膝より下が千切れてバランスを崩して地面に転がった。マイエルは仲間を助ける為でもなく、ただ悠然と見据える吸血鬼は臆する事無くモモンと視線をぶつける。

 

 「逃げないのか?」

 「逃げ切れないだろう。それに…」

 「それに?」

 「貴族に夜に挑んできた者との決着を付けよう」

 

 蝙蝠のような羽を広げて飛んで来たと思ったら右羽を下に向けて突っ込んで来た。羽が火花を散らしながら地面を擦ってくる様子からかなりの硬度を誇っている事が窺える。並みの吸血鬼ではない。噂どおりの猛者らしい。羽が直撃する寸前に身を低くしてかわして剣を振りぬこうとするが、予想していたのかすぐに着地して同じように羽を振るう。大剣と羽がぶつかりかなりの衝撃が彼らを襲ったが軍配はモモンに上がった。羽を切る事は出来なかったが受け止められなかった一撃の威力に吹き飛ばされ地面に激突した。

 

 「これほどとはな…降参だ。といっても生かされる訳はないだろうが」

 「いや、まだ知りたい事がある。ゆえにまだ生きてもらう」

 「まだ奴がいるだろう」

 「……無理だろうな」

 

 視線を向けた先では片足を失っても何とか逃げ延びようと片足だけでぴょんぴょん跳ねて移動する吸血鬼が。

 

 また轟音が響き渡り今度は右足を吹き飛ばされた。もはや逃げる事も叶わぬと悟り、恐怖に青ざめている表情を愉悦を感じているであろう少女に向けた。

 

 「どうした?まだ足が二本千切れただけだぞ。掛かって来い!使い魔たちを出せ!身体を変化させろ!足を再構成して立ち上がれ!さあ、夜はこれからだ!ハリー、ハリー、ハリー、ハリーハリーハリー!!」

 「あぁ……ああ………助けて…頼む」

 

 まるで新しいおもちゃでも与えられたかのようにはしゃぐカーミラに強靭な歯をカタカタ震わせ、命乞いを始めだした吸血鬼に興ざめしたように表情が沈む。

 

 「はぁ…やっぱりつまらなかった」

 「なんでもする。下僕でもなんでもする。だから…」

 「ペットにする気もない。お前は―――犬の餌だ」

 

 カーミラの左肩が大きく膨らんだと思ったら幾つもの眼を持った牛ほどの犬……狼が現れた。肩から抜け出た狼は人を飲み込めるほどの口を大きく開いて駆け出す。悲鳴を漏らす間もなく吸血鬼は姿をこの世から消した。

 

 「さぁ、敵の大将へ挨拶をしましょうかね」

 

 笑みを浮かべるカーミラにモモンは何も言わずについていく。私は異様な光景を眼にしながら歩き続ける。

 

 このときぼっちはユリを通してラナー王女からの伝言をメッセージで聞いており、そっちのほうが楽しみで仕方がなかった。


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